2014 年 10 月 1 日 エコカーの生産拠点を目指すマレーシア バンコク事務所 東 幸治 国産車保護政策の影響により、東南アジアの中でタイ、インドネシアの2大 生産拠点に大きな差をつけられたマレーシア。本年1月に発表された新国家自 動車政策(NAP)では、ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)などの省 エネルギー自動車(EEV)の生産を拡大する方針が示され、今後は東南アジア 諸国連合(ASEAN)のエコカー生産拠点として産業集積が進むことが期待され る。 1.2大生産拠点に挟まれたマレーシアの自動車産業 ASEAN では、第二次世界大戦後の輸送需要の高まりに応じて完成車の輸入販 売が活発に行われたが、1960 年代に入ってからは、輸入コストを下げ、自国の 自動車産業を育成することを目的に、完成車の輸入規制及び CKD1生産への方 針転換が図られ、タイ、インドネシア、マレーシアを中心に自動車の現地生産 が始まった。日系を中心とする外国自動車メーカーの受入れを行ってきたタイ、 インドネシアと違い、マレーシアでは国産車保護政策を採用し、国産車メーカ ーの保護を続けてきた。その結果、国内 表1 自動車生産台数の推移 (千台) の自動車普及率は大きく向上したものの、 タイ インドネシア マレーシア 国際競争力は上がらず、生産台数におい 2000 412 292 359 てタイ、インドネシアに大きな差をつけ 2001 459 279 429 2002 585 299 457 られることとなった(表1)。 2003 752 322 424 国別の人気車種を見ると、タイでは貨 2004 928 422 472 2005 1,125 501 564 物や人を多く運べるピックアップトラッ 2006 1,188 296 503 クが主流で、最近では都市化に伴ってエ 2007 1,287 412 442 2008 1,394 601 531 コカーの需要が高まっている。また、イ 2009 999 465 489 ンドネシアでは大家族で乗れる MPV(多 2010 1,645 703 568 2011 1,458 838 534 目的車、いわゆるミニバン)の人気があ 2012 2,454 1,066 570 る。一方、マレーシアでは国産車メーカ 2013 2,458 1,209 602 ーのプロトン、プロドゥアが、セダンや 出典:タイ工業連盟(FTI) インドネシア自動車工業会(GAIKINDO) 小型車を中心に外国自動車メーカーより マレーシア自動車協会(MAA) 安価に供給してきたため、セダンの普及比率が最も高い。 1 コンプリート・ノックダウン(Complete Knock-Down) 。部品を輸入して現地で組み立てを行う方式。 1 2.国産車保護政策について マレーシア自動車産業の最大の特徴は、東南アジアの中で唯一国産車メーカ ーを有し、長い間政府の保護を受け続けてきた点にある。マハティール首相(当 時)の国産車構想のもと、1983 年にはプロトン、1993 年にはプロドゥアが設立 された。プロトンは当初、三菱自動車との提携により、三菱車をベースとした 中・大型車を生産していた。しかし、プロトンは次第に独自色を強め、三菱自 動車の経営再建問題も重なった結果、2004 年には資本提携の解消に至った。一 方のプロドゥアは、ダイハツが 20%を出資して小型車を中心に生産を開始した。 その後、ダイハツがプロドゥアの製造部門を子会社化するなど、一貫して関係 強化を続けてきた。 日系自動車メーカーとの関係が両社の明暗を分け、プロトンの業績が悪化す る一方で、プロドゥアは着実に販売台数を伸ばし、2006 年にはプロドゥアがプ ロトンを追い越してマレーシア最大の自動車メーカーとなった(表2)。国産車 構想を推進したマハティール元 表2 国産車の販売台数とシェア 首相は、2003 年からプロトンの プロトン プロドゥア 全体 台数 シェア 台数 シェア 台数 顧問を務めていたが、本年5月 2005 166,812 30.3% 139,680 25.3% 551,045 には会長に就任してプロトンの 2006 115,706 23.6% 155,419 31.7% 490,768 再建を目指している。 2007 118,134 24.2% 162,152 33.3% 487,176 なお、2013 年の自動車販売シ 2008 141,958 25.9% 167,393 30.5% 548,115 2009 148,031 27.6% 166,736 31.1% 536,905 ェアは、プロドゥア 29.9%、プ 2010 157,274 26.0% 188,641 31.2% 605,156 ロトン 21.1%に次いで、トヨタ 2011 158,657 26.4% 179,989 30.0% 600,123 13.9%、日産 8.1%、ホンダ 7.9% 2012 141,121 22.5% 189,137 30.1% 627,753 となっており、国産車のシェア 2013 138,753 21.2% 196,071 29.9% 655,793 出典:マレーシア自動車協会(MAA) は減少傾向にあるとはいえ、現 在でも約 50%を占めている。 ASEAN 自由貿易地域(AFTA)をはじめとする自由貿易協定(FTA)の進展 により、マレーシアの自動車産業も自由化が進んでいるが、政府の国産車保護 の姿勢は変わっていない。2004 年から 2005 年にかけて、自動車・同部品の関税 引き下げを相殺するように物品税が導入され、さらに物品税の還付を受けるた めには、部品調達先がマレーシア自動車部品工業会のメンバーであるか、プロ トンやプロドゥアのベンダーであることという条件が課されたため、事実上の 国産車保護政策が継続している。また、中古車を含む自動車の輸入には輸入許 可証(AP)が必要だが、AP はブミプトラ政策(マレー系民族優遇政策)によ りブミプトラしか取得することはできない。マレーシアにとって国産車保護と ともにブミプトラ政策は重要課題であり、後述する新たな自動車政策(NAP) においても、物品税や AP は当面継続されることとなった。 2 3.新国家自動車政策(NAP)の発表 近年は、各国の自動車産業を取り巻く環境も変わり、タイ、インドネシア、 マレーシアでもエコカーを優遇する政策が導入され始めている。 タイでは、2007 年に導入された第1期エコカー政策をきっかけとして日系5 社による投資が行われ、ピックアップトラックが主流だったタイの自動車市場 に大きな変化を引き起こした。本年から始まる第2期計画では、日系6社をは じめ計 10 社が参加を表明しており、エコカー生産がさらに加速することが予想 される。 インドネシアでも、2013 年に政府が導入した低価格エコカー(LCGC:Low Cost Green Car)政策により、日系自動車メーカーを中心に生産体制の増強が 図られている。今後は、自動車の低価格化、所得上昇による中間層の増大に伴 い、長期的にエコカー販売が増えることが期待されている。 マレーシアでは、本年1月に NAP が発表され、2020 年までに国内生産車の 85%を EEV に転換し、EEV の一大生産拠点を目指すことが定められた。2013 年末まで HV や EV に対する輸入関税(最高税率 10%) ・物品税(最高税率 105%) が免除されていたが、今回 CKD 生産車に対してのみ、同措置を HV は 2015 年 末まで、EV は 2017 年末まで延長することとなった。今後はトヨタやホンダが ハイブリッド車の現地生産を増やすことにより、EEV の販売台数増加が期待さ れている。また、外国自動車メーカーの投資や技術移転を奨励し、2020 年まで に自動車生産台数を年間 125 万台に倍増させ、さらに輸出を現在の年間2万台 から 25 万台に引き上げることで、ASEAN における自動車生産拠点としての地 位奪還を目指すという目標も定められた。これまで、ブミプトラ政策の一環と して国産車保護政策が採られてきたが、周辺環境の変化に伴い、競争力強化に 向けた政策に舵を取り始めている。 4.マレーシア自動車産業の展望と課題 NAP に HV や EV 向けの優遇措置が新たに盛り込まれたことを受けて、すで にこれらの車両を販売しているトヨタ、ホンダ、日産などが影響を受けると予 想されている。トヨタは「カムリ・ハイブリッド」の CKD 生産を年内に開始す る予定。ホンダは CBU2輸入車の「シビック・ハイブリッド」 「CR-Z」 「インサ イト」のほか、すでに CKD 生産を行っている「ジャズ・ハイブリッド」を継続 して販売する予定。日産は「リーフ」の CBU 輸入車を販売しているが、優遇措 置の対象が CKD 生産車のみであるため、マレーシア政府と優遇措置について協 議を行っている模様。また、国産車メーカーのプロドゥアも9月、国産車初と なる EEV モデル「AXIA」を発表。プロトンも年内に HV の生産を開始する見 込みである。2013 年のマレーシアでのハイブリッド車の販売台数は 1 万 8,967 2 コンプリート・ビルドアップ(Completely Built-Up) 。完成車。 3 台(前年比 23.5%増)3となっており、NAP の発表が追い風となって、今後も EEV の生産台数が増加することが期待される。 しかし、1人当たり名目 GDP が 10,514 ドルと周辺国に比べて高いマレーシ アでは、1,000 人当たりの自動車所有台数は 378 台に達しており、タイ、インド ネシアと比べて自動車普及率が高い一方で、人口が 2,972 万人と少ないため、 今後の販売台数の拡大には限界があるといえる(表3)。また、自動車研究の専 門家によると「EV はインフラ依存度が高いため、マレーシアでどこまで普及す るか分からない」と疑問視する声もある。 表3 人口、1人当たりGDP、自動車所有台数 基準年 タイ インドネシア マレーシア 人口(万人) 2013 6,701 24,987 2,972 1人当たり名目GDP(米ドル) 2013 5,779 3,475 10,514 1,000人当たり自動車所有台数(台) 2011 172 69 378 出典:世界銀行ホームページ 2005 年の日本マレーシア経済連携協定では、日本・マレーシア自動車産業協 力事業(MAJAICO)を実施することが決定し、2006 年から 2011 年までマレー シア人技術者の育成などが行われた。同事業はマレーシア自動車研究所(MAI) によって引き継がれているが、現在は具体的な事業は行われていない模様。筆 者がマレーシア中小企業公社(SME Corporation Malaysia)を訪問し、本県が 今年度マレーシアで実施予定の「アジア中小企業経営者交流プログラム」につ いて協議を行った際、ハフサ・ハシム最高経営責任者(CEO)より自動車分野 での協力について強い関心が示された。その背景には、NAP により自動車産業 の育成を図らなければならない一方で、技術協力事業が現在進んでいないこと があったと思われる。 本県では、これまでタイやインドネシアを対象として自動車分野の交流を実 施し、成果を収めてきた。今後はマレーシアにおいても連携の余地は十分にあ ると考えられる。 3 出典:JETRO 資料「2013 年主要国の自動車生産・販売動向」より。 4
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