説明的文章指導における学習材化研究

説明的文章指導における学習材化研究
小原千知
1目 研 究 の 目 的
筆者の大きな問題関心は,説明的文章指導のあり方についてである。木修論では,卒業論文でまと
めてきた基本的な理論などを取り込みつつ,説明的文章指導において,どのような学習材をどのよう
r
学習材」に視点をおいた研究を進め
に学習に生かしていけばよいのか,という問題意識のもとで
ていくこととした。ここでいう学習材とは,教科書にあるものだけでなく,身の回りにある説明的文
章,例えば新聞や図鑑,雑誌等の他,学習者の反応までもが含まれる。これらの「素材」を「学習材」
として使用するために,単元全体を過して行うのが「学習材化研究」であり,多機な学習材を必要に
応じて柔軟に用いることで,学習者の意欲を引き起こし,効果的に論理的思考力を育成することがで
きると考えられる。
2
.本研究のまとめ
(1) r
第 I章 説 明 的 文 章 指 導 に お け る 基 礎 理 論 』 の ま と め
まず,普段使われている「説明文J. r
説明的文章 J などの遣いや,それらの定義について考える。
説明的文章の定義付けは難しい。そこで,第 1節では,厳密な定義付けをせず,たくさんの種類の
文章の中にある つの形として,説明的文章を扱っていくこととした。そしてその中でも,森田信義
の論を参考に.__r書;'<手が.事象(ものご/::)の本質世 論部的な認識方法によってどちえ /
:
:
ら
え
た卒、の券論理的に表現することによって牛み出台れる文章 lを,本論文で主な説明的文章として扱う
こととした。次に第 2節では,説明的文章指導によって身につく力について調べ,説明的文章教育に
論理的思考力・表現力」であることがわかった。説明的文章教育によって身
よって育成される力は. r
につく力を大きくまとめると,以下のように表せる。(まとめは筆者による)
I
説明的文章教育によって身につくカ]
・論理的思考力 説明的文章に替かれている内容の本質を論理的に理解する力
・論理的表現力 ものごとの本質を論理的に表現する力
・説み手(児童・生徒)の認識主体としての自立と成長 論理的思考力・表現力を主体的に用いる力
また,説明的文章を読むときの目標は,以下の通りとなる。(まとめは筆者による)
①内容を E確にとらえること
電読み取った情報の内容と送り出される方法を吟味 評価すること
次に,主な研究社者と研究内容について調べた。 1960~1970 年代から 1980 年代 .1980 年代から 1990
年代に移り変わる日寺期に,説明的文章教育の内容に大きな変化が見られる。具体的にはまず. 1
9
8
0年
代からは情報化社会に対応した説明的文章も扱うようになっている。また. 1
9
8
0年代からは,主な研
究者として,小田迫夫,森田信義,渋谷孝の三人の研究・実践が主に取り上げられるようになってい
る。説明的文章指導の展開についての歴史を見ると. 1
9
8
0年代までの説明的文章指導における内容主
義と形式主義に関して,この三人は以下のように論じている。(まとめは築者による)
被谷孝
(
1
叩O
)・明治以来の内容主義と形式主義の盤週
(
19
8
η ・内容主義 車材としての物事が先行1.-.既知のことばを使って未知のことばの宜
味を推察もしくは想像することを評価していない
I
-4
1ー
(8)
-形式主義ー形式的で表面的な理解にとどまりやすい
-士脈に即した文章の「分析的検討j が重要であるが,場合によって「補助資料
による補い J も必要である
(
1
9
8
6
) 内容主義
小田迫夫
読み解く過程を重視しない情報読み
→文章と情報のかかわりが十分に問われていない
-形式主義・文章構成読み
→日常的な読みの意織に準じた情報意臓の形成が不十分であり,不活発な学習
状況を招く
(
19
8
4
) 小田迫夫と同様の問題意識に立ち,
森田信義
r
読書行為」について主張
→ (1)内容,ことがらを理解することを主とする第一層の読み
(2)表現や論理構造の把握を主とする第二層の読み
(3)筆者の立場を追求することを主とする第三層の説み
(
19
8
9
)・従来の「確認読み」だけでなく,筆者の工夫を問う「評価読み j の必要性
(
19
9
8
)・説明文の読みの能力の系統についての試案の提示
以上から, 1980年代からの説明的文章指導の課題として,説明的文章の内容だけ,形式だけをみる
読みから,文章内の情報,表現方法,筆者の考え・立場などといった問題について評価したり,複合
的・構造的に考えたりすることが挙げられているとわかる。
次に, 1990年代からは,寺井正憲,難波博孝などの研究が主に取り上げられ,説明的文章指導の展
開 に つ い て の 歴 史 を 見 る と , 大 き く 「 筆 者J概念の活用から,批判的読みへの移行が読み取れた。
(2) r
第 E章 学 習 材 化 研 究 に お け る 基 礎 的 理 論Jの ま と め
形 式 主 義J
,r
内容主義」それぞれの立場の考え方を踏ま
説明的文章指導に関する歴史的な流れや, r
えた上で,説明的文章を学習材として扱う際の内容について,森岡信義は以下のように述べている。
小型惜の開閉的支主主教材の朗材どして
寸る(説明する)ものが
たホの jいして惟拾しやす〈
自棋界に存在する事象について
児童の興映・間 dれか臨担しや寸〈
主た
i
「それが何であ乃のか l が明らかに
教材の構 i
貸(論期構 i
告) 1-して卒、某本的
また児訟に私坤解しやすいという判断によるのであろう肉
説明的文章教材として拙うと J
レかためらう卒、の止して
「言語教材 l 左呼ばれる恥のがある内これは題材が
雪栴である』どいろ点が帆の説明的文章と異なるだけで 説明や解説を目的と寸る耕明的立宣教材ぞの恥のであ
ると考えてよい。したがって,その扱いに際しては,国語科に関連する内容そのものの学習指噂に留意しなが
らも,ほかの説明的文章教材と同様に,説明や解説の仕方にかかわる理解と
吟味・評冊秒寸るようた学習指
揮になることが望ましい内
この言語教材を除けば,国語科の説明的文教材の内容は
どのようなものであってホ柵わない 理科的なも
m
のであろうと,社会科的なものであろうと 哲学的なものであろうと,その内容の指噂が最優先されるべきも
のでなく 投材の内容となっている恥のごとの f説明・解明や主張の方怯 I !-ぞの『表現 l の官が問われる存
j
j
在でなくてはならないからであるぬ
文 化 Jr
社会」の系
森 田 信 義 に よ る と , 小 学 校 国 語 教 科 書 の 説 明 的 文 章 の 内 容 は , 多 く が 「 自 然J r
列を意識した編集であり,さらにそのうち「自然」に関する題材が約半分を占めているとされている。
その理由として,小学校における,学習者の興味関心が高い内容であること,内容構成が 2
吉本的で,
一般の小学校児童に理解しやすいことが挙げられている。しかし,国語単元学習的に学習者の実態や
興味・関心から学習材を選択することが望ましいため,ここは学習者把握によって柔軟に対応しなく
てはならない段階である。内容に関しては,国語科における説明的文章指導は,文章の内容構造や論
理を学習するもので,文章の内容自体を学習するものではないため,理科的なものであっても,社会
-4
0ー
(9)
的なものであっても,全く問題にならないと述べられている。大切なのはその説明的文章を用いて,
文章の論理や表現を学習することであるからである。
また,これから学習材化する説明的文章においては,例え文章の表現が物語的・随組的であっても,
l
l
要な観点として,書く活動との閲迎,学習者
内容と形式の両方からの吟味が必要である。さらに, i
の読みと認識のプロセスとの閑)iliも挙げられている。これらの観点を取り入れると,今まで以上に学
材」の幅が広がると考えられる。
習材化できる
次に,教材研究と学習材化研究の追いについて,明らかにしたことを述べる。まず,この二つの違
いを以下のように表せる。(まとめは集者による)
教材研究
既成の教材(教科書教材)を典型として分析・研究し学習に血開
r
*
教材化研究
学習材化研究
既成町教材を研究する以前から,学習者の実憶を見据えながら的磁な材料や素材を開拓して
いく→学習材化研究
例)子どもが書いた作品や学習中の多様な反応
出それらが成立しているかどうかは 授措の進展中でしか判明しないとともあるため,反応
を切り捨てることなく,順位生かしていく必要がある a
j
以上を踏まえて,筆者が想定する,説明的文章指導における学習材化研究の流れを図化すると,以
下のようにできる。
テキストの加工
、て,学習のスタート地点にあるのは,学習者の実態である。まずはここに至るまでの学
習を通して,どのような力が身についているのか,足りないのかを把握する。次に,最終的に付けた
いカ(ここでは論理的思考力)を決め,学習者が必要性をもってその力を発捕しようとするような学
習の場や学習材を設定していく。ここで教師は,学習者の意欲や関心を引き出すために,反応を予測
しながら学習を進めてし、かなくてはならない。従来の教材研究においては,学習に入る前に,教師の
考えや判断のみで学習材を完成させ,それをそのまま学習者に使用させていく形が多かったと考えら
れる。しかし学習材化研究では,学習が始まってからも研究が続く。予測していた反応と,学習の中
で実際に返ってくる反応とを合わせて,学習材や学習そのものを修正していくことが求められるので
ある。学習材化研究においては,学習者の使用したロークシートや反応そのものも学習材として考え
るため,上図で示した矢印の部分には,全て教師が関わり,その様子を見取って学習に生かしていく
ための研究を行わなくてはならない。
Qd
。
内
(1
0)
(3) r
第 E章 先行実践における学習材化研究の考察』のまとめ
ここでの実践分類・分析の目的は,今までまとめてきた理論をもとに,具体的な実践の分煩・分析
を通して,以下の 4つの項目を明らかにすることである。
①単元学習の中で,教師が Eのように学習材を選定・吟味するのか
②学習材がどのように学習者と関わっていくか
@学習材どの関わりの中で生まれる反応を教師はどのように見取るのか
@@で見取った反応をその挫の学習にどのように生かすのか
そのために,説明的文章教材を用いた実践例を多く取り上げ,それらを筆者が設定した観点によっ
て分類・分析していく。対象とする実践例は,論理的思考力育成を目標とする説明的文章を扱った学
習で,最終的に引用した記事の数は 497倒,そのうち分類・考察した実践数は 297個となった。
取り上げた先行実践における,学習材化研究の様子について考察すると,複数の学習材を用いたり,
学習者の反応を取り上げつつ,学習を展開させたりする実践はいくつかあったが,全体的に見ると,
行われているのは,従来の「教材研究 Jであるように感じられた。従来の教材研究とは,素材の研究・
分析を,学習前にのみ行い,学習に移ることである。本論文では,単元全体を通して,学習材の効果
や影響を確認しつつ,必要に応じて学習材を噌減させたり,加工したり,あるいは学習者の反応さえ
も学習材として取り入れたりすることで,より効果的に論理的思考力を育成することができると考え
ている。しかし,今回分類した先行実践では,学習材の分析は学習前に終了してしまい,後の学習の
中で効果について吟味されることは少なかった。学習後の反省として,学習材について考察している
実践はあったが,理怨は,単元の中でそれを行い,課題が出た時点で修正していくことが求められる。
学習の中で生まれた学習者の反応や作品を生かしている実践もあったが,交流程度に位置づけられて
いるものが多かった。
学習者の反応」が学習に生かされることで,より質の高い学習を展開できると
次に, 2墳では, r
r
書くこと」につなげる
いう,学習材化研究の理論が証明された実践を取り上げた。この実践には
ための「読み取り」の学習において,課題がいくつか見られたが,学習者の論理的思考を自然に引き
出していた点で,学習材化研究は,効果的に行われたとみることができる。この実践は『おにごっこ』
という学習材を中心に展開されており,学習者は,木文と自分のおにごっこについての経験を比較す
ることで,内容の読み取りを進めている。教師は,学習に際して,取り上げられたおにごっこに関し
て,必ず学習者に「自分の経験」を考えさせて,本文に書かれていることと比較する活動を行ってい
r
学習者の経験」も学習材として取り上げていることが
る。ここから,おにごっこの例だけでなく
分かる。思い出した「経験」は,全体の場で発表させ,交流することを過すことで,さらに比較や理
由などについて思考する場をつくることができていた。また,これらの活動は,単元を通して常に行
われていたことで,カが付いていったのであると思われる。ここから,学習者の実態にせまる発問と,
その発問に対する学習者の反応を全体で交流することが,単元中の学習材化研究に必要であることが
わかった。
3
. 本研究における成果
(1)学習材化研認における基礎的理論
第皿章における実践分類・分析・考察を通して,学習材化研究に必要なことは,以下 3点であると
考えた。一点目は,常に学習者の実態や反応を見取り続けていくことである。二点目は,学習材とな
る「素材」の研究は,学習前だけでなく,単元全体を通して続けていくことである。これは,前述し
たように,学習前・中・後のすべての学習過程において,学習材の研究を続けることと同義である。
三点目は,教科書だけでなく,新聞や図鑑,雑誌の他,学習者の反応も含んだ様々な「素材」を「学
習材」として,柔軟に用いるようにすることである。また,これらは関連し合っており,学習者の意
欲を引き起こし,効果的に論理的思考力を育成するためには,学習者の反応も「素材」に含み,単元
(
)
l
3
8-
学習を通してその効果を吟味し,学習材の内容や情報量などを,学習者の実態に合わせて修正してい
く必要があることが分かつた。
また,学習材となる「素材」のーっとして,学習者の反応を取り上げていくことも主主要である。こ
こでいう「学習者の反応」とは,学習者の発言や,ワークシートなどに書かれたことなど,機々な形
があるが,従来の学習では,これらが発表されることはあったが,そのほとんどは交流で終わり,学
習者の思考を深めるには至っていなかった。しかし,学習材化研究では,学習者の反応も学習材のー
っとして教師が提示し,実際の学習で思考のための道具・手立てとして使用される。学習者の反応は,
学習者にとって一番身近な「素材 Jであるため,学習の中でうまく学習材化できれば,親しみやすく,
扱いやすいものとなると考えられる。
(2) 本論文において示した「学習材化研究」の有効性
二点目は,上記で挙げた理論の一部の効果を,実践分析によって証明できたことである。本論文の
第 E 章において,一つの単元の様子を細かく分析し,学習材化研究の効果を考察した。ここでは,単
元全体を通して研究を行うこと,学習者の反応を学習材として生かすことで,学習者の論理的思考を
うながしたと恩われる実践例を取り上げた。この分析・考察によって,学習者の反応を学習材として
取り上げることの有効性を,少しではあるが示すことができたと思われる。 自分の実践において学習
材化研究の効果を証明することはできなかったが,本研究で学んだことは,これからの説明的文章学
習において生かしていきたいと考える。
4. 本 研 究 に お け る 課 題
(1) r
学習材化研究」の実践化に向けた理論の不足
まず一点目は,筆者は,説明的文章指導における学習材化研究のあり方を明らかにすることを目的
としていたが,本論文においては,学習材化研究の理論を構築するのみとなってしまい,実践化する
ことができなかったことである。第皿章の実践分析においては,学習材化研究の実践において,学習
前にどのような学習材研究を行うか,単元の中では,どのように学習材を分析していくのか,また,
学習者との関わりをどのように見取るのか,なとーについての方法論を明らかにしていく予定であった
が,最終的には,この部分は未解決のままとなってしまった。
特に,学習材化研究では,学習者の実態を第一に考えるということが重要な要素であるため,学習
者の読みの機子や,その思考過程などの実態調査は,必要不可欠であった。第 i
l
l
l
苦で実践の分析を行
う前に,学習者の説明的文章学習における様子を見取ることができなかったために,学習材化研究の
方法論を明らかにすることもできなかったと思われる。また,第田市で行った先行実践の分類及び考
察において,従来の「教材研究」に関する,全体的な傾向を分析したいと考えたが,具体的な数値と
して表すことができなかったため. r
教材研究」の課題と「学習材化研究」の有効性を示す根拠として
は不十分な考察となった。
(2)分析用実践における課題
二点目は,本論文の第 E章において,単元全体の学習材化研究の様子を分析するために取り上げた
実践が,内容的にも量的にも不十分であったことである。今回,筆者は実践を選ぶ際に,学習者の学
習の様子が詳しく記録されていたものを優先したため,分析・考察した例は二つしか挙げることがで
きなかった。さらに,取り上げた実践は,学習材化研究を意識して行われた実践ではなかったため,
筆者のみが学習材化研究であると判断した,客観性の低い分析となってしまった。また,分析の観点
においても,教師側の視点と学習者側の視点を分けなかったため,学習材化研究の様子やその過程が
見取りにくく,これも方法論の確立ができなかったことの原因としてあげられる。
i
森田信義「説明的文章教育の研究」森田信義他編 (
2
0
1
0
) W新 訂 国語科教育学の基礎』換水位 p
p
.
1
4
9
1
5
0
-3
7ー
(1
2)