国際農業・食料レター(2014年9月号)

国際農業・食料レター
9
2014年 月(№178)
全国農業協同組合中央会
〈今月の話題〉
・TTIP交渉における米国とEUの対立
~SPSとGIに関する論点を中心に~
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TTIP交渉における米国とEUの対立
~SPSとGIに関する論点を中心に~
はじめに
WTOドーハ・ラウンドが事実上漂流するなか、世界では環太平洋経済連携
(TPP)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、環大西洋貿易投資パートナー
シップ(TTIP)などこれまでの二国間ベースのFTAと比べ、経済、人口などの
点で規模が巨大な、いわゆるメガFTAの交渉が進められている(表1)。
なかでもこれまで世界の貿易ルールを主導し、「規制」や「標準」に対し圧倒的な
影響力を及ぼしてきた米・EUは、昨年来、最大規模のFTA交渉であるTTIP交
渉を進めている。しかし、両国・地域は食料・農業分野にかかる基本的な考え方で大
きく異なるところがあり、例えば、「遺伝子組み換え作物(GMO)規制」、「地理
的表示(GI)制度の取り扱い」などが、今後どのような展開を見せるのか注目さ
れている。
わが国は米国とTPP交渉、そしてEUともEPA交渉を進めている最中にある
が、本稿では、米・EUが歴史的に対立してきた衛生植物検疫措置(SPS)分野
とGIに焦点をあて、両国・地域と交渉を行っているわが国への影響等について理
解する一助としたい。
【表1:主なメガFTAの経済・人口規模(2013年)】
経済規模
人口規模
兆ドル
世界に占める割合(%)
億人
世界に占める割合(%)
TTIP
32.3
45.0
8.3
11.8
TPP
27.6
38.5
7.9
11.4
RCEP
21.2
29.6
34.0
49.0
出典:IMF "World Economic Outlook Database" (April, 2013)
1.SPS分野における米国・EUの対立
欧州委員会は、第6回TTIP交渉後の7月29日に「TTIP交渉の現状」を公表
した。SPS分野については、「SPS章でカバーされる幾つかのテーマ、すなわち
制度設計や同等性、検査・検証、貿易円滑化について模索し続けている。双方は次回
交渉に先立ち、テキスト案を交換する意向」とされており、同分野での協議が容易に
は進展していないことをうかがわせている。今回はEUと米国の考え方に大きな相違
が見られる成長ホルモン使用牛肉と遺伝子組み換え作物(GMO)に焦点を当てたい。
-1-
⑴ 成長ホルモン使用牛肉規制問題
米国では、肉用牛の肥育期間短縮や飼料効率改善のため、天然および合成の成長ホ
ルモンが広く利用されている。その効用は、ホルモンの種類や肉牛の月齢・性別な
どによって異なるものの、概ね増体率が10 ~ 20%改善し、牛肉生産のコストを5~
10%低減することができるとされている1。また、成長ホルモン施用牛は、非施用牛
と比較し、低カロリーの赤身肉を多く含むことから、健康志向が高まっている米国消
費者のニーズにも合致する。このような背景により、米国においては、フィードロッ
ト(多頭数集団肥育場)で肥育される肉牛の約9割に成長ホルモンが施用2されるな
ど、極めて広く普及している。
対照的にEUでは、成長ホルモンを使用した牛肉と牛肉製品の流通・輸入は禁止さ
れている。これは、食品の安全性にかかる消費者不安を背景に、1981年にEEC(欧
州経済共同体、EUの前身となった組織の一つ)が成長促進目的の合成ホルモン3を
使用した牛肉と牛肉製品の流通と輸入を禁止したことに端を発するもので、新たな措
置の導入などにより形を変えながらも、現在も継続している4。
成長ホルモン使用牛肉に関するEUの輸入規制の是非については、図1に示す通り、
1990年代以来、長年にわたって争われてきたが、WTOの紛争解決機関(DSB)に
おける解決が追求され、2009年に米EU間で覚書の締結という形で一定の合意をみた。
しかし、米国のビルサック農務長官は2014年6月17日、「覚書は締結したが、それは
WTOにおける紛争についてであり、問題を永続的に解決するものではない」と述
べ、覚書をもって問題が決着したわけではないという考えを示している。
全米最大の肉牛生産者団体である全国肉牛生産者・牛肉協会(NCBA)も同様
に、「EUはいわゆる『予防原則』に基づき、科学の進歩の恩恵の利用を阻害してお
り、米国の牛肉は長年の間、不当な貿易制限の犠牲となっている」(2013年5月10日)
などと批判している。この背景には、EUが設定しているホルモンフリー牛肉(成長
ホルモンを使用せずに育てた牛の肉)に対する関税割当は、フィードロット(多頭数
集団肥育場)で肥育される肉牛の約9割に成長ホルモンが使用されている現状におい
て、割当枠の拡大などでは何ら問題解決につながらず、規制そのものの撤廃を求めて
いることが挙げられる。
1 Iowa State University, Iowa Beef Center“UNDERSTANDING HORMONE USE IN BEEF CATTLE",
March 2011.
2 Congressional Research Service R40449,“The U.S.-EU Beef Hormone Dispute", Johnson and
Hanrahan, December 2010.
3 ゼラノール、酢酸トレンボロン、酢酸メレンゲステロールの3種
4
「EUの食品安全ガバナンスと国際貿易ルール」一橋大学大学院経済学研究科研究員 山川 俊和
(農林水産省「主要国の農業情報調査分析報告書(平成20年度)」
-2-
【図1:成長ホルモン使用牛肉規制をめぐる米国・EUの対立の経緯】
EUの主張
米国の主張
・安全性に疑いが存在する場合、「疑わ ・1996年、欧州委員会の成長ホルモン使用牛肉規制は、以
しきは消費者の利益に」の立場で、 下のような問題があるとしてWTOに提訴。
予防原則を重視
①リスク評価に基づいていない
・消費者不安を背景に、成長促進目的の
②恣意的・不当な区別により差別または偽装された制限
合成ホルモンに対し、安全性に疑問
をもたらす
があるという理由から、これらを使
③コーデックス委員会の策定した国際基準に基づいてい
用した牛肉と牛肉製品の輸入を禁止
ない
【WTOパネル報告(1997年)】
・立証責任は欧州委員会にあるとし、国際基準への調和を厳しく要求
・予防原則はSPS協定5.1条(科学的根拠に基づくリスク評価)に優越するものではない
【上級委員会報告(1998年1月)】
・成長ホルモンに関するコーデックス基準が既に策定されていること、欧州委員会が提出した科
学的証拠の客観性が不十分であることなど、欧州委員会のSPS措置が明確なリスク評価に基
づいたものではなかったと指摘。
・国際法における予防原則の地位は定式化を待っている段階であるため、現段階ではSPS協定
を形式的に解釈することとなり、予防原則をもってリスク評価に基づいてSPS措置をとるこ
とを定めた協定5.1条の規定を覆すことはできない。
⇒EUの措置は科学的根拠による明確なリスク評価に基づいたものではなくWTO協定違反
【上級委員会報告の採択(1998年2月)と欧州委員会の不履行、米国等による制裁】
・上級委員会報告がDSBによって採択され、欧州委員会がDSBの裁定・勧告を履行するため
の期間は15か月(1999年5月まで)と定められた。
・欧州委員会が期間内に履行しなかったため、米国は対抗措置(EUの特定産品に対する100%
の関税引き上げ)を実施。
【欧州委員会の新たな措置に米国が反論、WTO上級委員会が折衷案を発出】
・欧州委員会は禁止措置の科学的根拠について改めてリスク評価を行い、科学的根拠を示しつつ、
「成長ホルモン使用牛肉には潜在的に人の健康へのリスクがある」との立場を維持。2003年12
月に新たな成長ホルモン使用牛肉禁止措置を施行。この手続きをもってリスク評価が必要だと
するDSBの勧告・裁定を「履行した」として米国の対抗措置を2005年1月に逆に提訴。
・米国はEUのリスク評価の適切性について問題を提起。成長ホルモン使用牛肉の安全性につい
ては、世界的に科学的コンセンサスが得られていると主張。
・2008年10月、WTO上級委員会は米国の制裁措置の継続を容認しつつ、EUの輸入禁止措置も
容認するという混合ルールを発出。
【米EU両者が覚書を締結】
・2009年、EUがホルモンフリー牛肉に対する無税の追加的な関税割当枠(当初2万トン、後に
4万5千㌧に拡大)を配分する代わりに、米国は対EUの制裁関税を段階的に延期・撤廃する
という覚書が締結され、一定の合意をみた。
出典:「EUの食品安全ガバナンスと国際貿易ルール」一橋大学大学院経済学研究科研究員 山川 俊和
(農林水産省「主要国の農業情報調査分析報告書(平成20年度)」
-3-
一方、欧州議会は、TTIP交渉開始を控えた2013年5月23日、TTIP交渉に関
し、「『予防原則』といった基本的価値を損なうものであってはならない」などとする
決議を採択した。EU諸国は1990年代に狂牛病(BSE)のまん延による危機的事態
に直面し、2002年1月に「一般食品法」((EC)178/2002)を制定するなど、食品
の安全性を重視してきた経過がある。同法では、「リスクに関する科学的情報が不確
定な場合は、予防原則に基づいたリスク管理の手法をとることができる」としてお
り、予防原則を選択肢の一つとして正式に規定している。
TTIP交渉開始から1年が経過したが、その間デフフト欧州委員(通商担当)は
再三にわたり、「成長ホルモンを使用した牛肉を輸入してしまえば、我々の基本的な
法制度を変更することになる。規制を変更するつもりはない」との意向を表明してい
る。EUの農業者・協同組合を代表する組織であるCOPA-COGECAのペソネン事務
局長も、「WTOでの紛争調停により、すでに成長ホルモン不使用牛肉に対する関税
割当を設けることで合意しており、それが維持されるべきである」と述べ、歩調を合
わせている。
このように、「成長ホルモン使用牛肉」をめぐっては、EU側の「予防原則」の考
え方と米国側の「科学的根拠が示されない限り規制は許されない」という考え方とが
真っ向から対立しており、容易に解決策が見出される状況にはないと思われる。
⑵ 遺伝子組み換え作物(GMO)規制問題
TTIP交渉のSPS分野におけるもうひとつの大きな争点は遺伝子組み換え作物
(GMO)規制である。
GMOの栽培面積は、商業化されはじめた1996年の170万haから、2013年にはその
100倍以上の1億7,500万haに拡大している。しかしながら、全世界であまねく栽培さ
れているというわけではなく、GMO栽培面積上位3カ国で8割弱を占める(表2)。
なかでも米国は、世界のGMO栽培面積の4割を占め、主要輸出穀物であるトウモロ
コシと大豆の全体の生産面積に占めるGMOの割合がそれぞれ約93%、94%に上るな
ど、世界一のGMO生産大国となっている5。
一方でEUは、域内の消費者不安を背景に慎重な立場をとっており、米国と鋭く対
立している。1998年にEUが実施した、新たなGMOの商品化(商業生産・市場流
通)にかかる新規承認手続きを凍結する措置(「事実上のモラトリアム」)は、GMO
に関する紛争の端緒となった。これによりGMOの輸出機会が失われた米国などの農
産物輸出国は、「EUの措置は非関税障壁でありWTOルール違反である」とし
てWTOに訴え、2003年にパネルが設置された。2006年に出された最終報告書では、
EUの措置の違法性は確認したものの、論点はその「手続き」に限定され、GMOの
リスクや、当該措置とWTO協定との関係について具体的な判断は示されなかった。
5
USDA Economic Research Service,“Genetically engineered varieties of corn, upland cotton, and
soybeans, by State and for the United States, 2000-14"
-4-
この間の2003年に「事実上のモラトリアム」措置は解除され、以降は一部のGMOが
承認されているものの、承認にかかる期間が長大だとして米国政府および業界団体か
らの批判はやまず、GMO規制をめぐる両者の紛争は依然として決着していない。
【表2:主要な遺伝子組み換え作物栽培国(2013年)】
順位
国
栽培面積
(百万ha)
割合
(%)
品 目
1
米国
70.1
40.0
トウモロコシ、 ダイズ、 綿花、 菜種、 テンサイ、
アルファルファ、 パパイヤ、 カボチャ
2
ブラジル
40.3
23.0
ダイズ、 トウモロコシ、 綿花
3
アルゼンチン
24.4
13.9
ダイズ、 トウモロコシ、 綿花
4
インド
11.0
6.3
綿花
5
カナダ
10.8
6.2
菜種、 トウモロコシ、 大豆、 テンサイ
6
中国
4.2
2.4
綿花、 パパイヤ、 ポプラ、 トマト、 パプリカ
7
パラグアイ
3.6
2.1
大豆、 トウモロコシ、 綿花
8
南アフリカ
2.9
1.7
トウモロコシ、 大豆、 綿花
9
パキスタン
2.8
1.6
綿花
10
ウルグアイ
1.5
0.9
大豆、 トウモロコシ
約175百万ha
100.0
全世界
出典:ISAAA "Global Status of Commercialized Biotech/GM Crops" (2013)
また、米国とEUでは、遺伝子組み換えに関する表示(ラベリング)政策について
も大きく異なっている。米国ではGMOを含む食品かどうかは原則として「任意表示」
とされているが、実際に「GMOを含む」旨の表示を行っている事業者はいないとも
いわれている6。一方で、EUは、2004年施行の「食品・飼料規則」「表示・トレー
サビリティ規則」により、混入率0.9%以上のGMO由来商品全てに表示義務が課さ
れている(表3)。
【表3:米国とEUのラベリング政策の比較】
米国
EU
・混入率0.9%以上のGMO由来商品全てに表示義務
・最終製品にDNAを含むか否かにかかわらず、GMOから製造された
食品・飼料に表示義務
原則として任意表示
・事業者は、GMO関連製品の取り扱いに関する記録をフードチェーン
のすべての段階で5年間保持する義務
出典:"Food for human consumption and animal drugs, feeds, and related products :
Foods derived from new plant varieties; policy statement, 22984"
(米国食品安全医薬品局)
「
、食品・飼料規則
(EU
Regulation No.1829/2003)」、「表示・トレーサビリティ規則(EU Regulation No.1830/2003)
6
Center for Food Safety,“GE Food Labeling: States Take Action", June 2014.
-5-
前 出 の W T O パ ネ ル で は 、「 表 示 義 務 」 に つ い て も 決 着 が つ い て お ら ず 、
TTIP交渉の中で米国は批判を強めている。2014年6月17日、ビルサック農務長官
は「米国における食品『表示』とは栄養表示のことであり、それ以外の何かを表示
するときは、『害を及ぼす可能性がある』と消費者に伝える必要がある場合であり、
EUと米国では哲学が異なる」としてEUの規制・考え方を批判した。
また、米国の業界団体も、EUのGMO表示規制に対して批判の声を上げている。
特に、GMO比率が94%を占める大豆の生産者団体は、
「EUのGMO表示規制によっ
て、(米国から)EUへの大豆輸出に明らかな影響がでている。EUでは消費者が
GMOの摂取を避ける傾向が強く、食品会社がGMO原料を調達しようとしない」と
し、EUの規制のみならず、それによる消費者の嗜好までをも批判している。
これに対し、EU側では、米国の圧力によってルールを変更する意思はないことを
示 し つ つ、デフフト欧州委員は2014年7月17日の欧州議会での演説において、
「GMOの全面的な容認はしない。イデオロギーではなく、EFSA(欧州食品安全
機関)による科学的評価に従う」と述べ、自らの科学的評価に基づき今後の対応を決
める意向を示唆した。
このように、GMOに関する規制についても、米国側がEUの基本的考え方に疑問
を呈し、規制緩和を強硬に主張する一方、EU側は、GMOに対する消費者の根強い
不信を背景に、あくまでも自らの科学的評価に基づき対応する構えを見せるなど、
米・EU間での考え方の違いがTTIP交渉で浮き彫りとなっている。
2.地理的表示に関する米国・EUの対立
地理的表示(GI:Geographical Indication)とは、WTOにおける知的財産権の
貿易関連の側面に関するTRIPS協定の定義によれば、「ある商品に関し、その確立し
た品質、社会的評価その他の特性が当該商品の地理的原産地に主として帰せられる場
合において、当該商品が加盟国の領域又はその領域内の地域若しくは地方を原産地と
するものであることを特定する表示」とされ、誤認・混同を生じさせる地理的表示の
使用を規制している(TRIPS協定22条2項)。また、ぶどう酒・蒸留酒については、
真正の原産地が表示される場合など、誤認・混同が生じない地理的表示であっても使
用を規制する、追加的な保護措置がとられている(同23条1項)。例えば、「北海
道産ロックフォール」等の表示は、公衆を誤認させないということで許容される一方、
「山梨産シャンパン」や、「ボルドー風ワイン」などの表示は認められないことになっ
ている。ただし、当該地理的表示が加盟国において一般名称として用いられている場
合は、これらの規定は適用されないという例外規定も設けられている(同24条6項)。
-6-
EUにおいては、域内各国で古くからGI制度が確立されてきたが、1992年に農林
水産物および食品のGIの保護に関するEU全体に適用される仕組みが導入され、そ
の後2006年3月に、農業生産の多様化の奨励、農家の所得向上および農村人口の維
持、消費者の最善の選択などを目的とした、「農産物および食品に係る地理的表示保
護および原産地呼称の保護に関する理事会規則」((EC)510/2006、以下「EU規
則」)が定められ、GIを独立した知的所有権とみなして保護している。「EU規則」
では、地理的表示について、
「原産地呼称保護(PDO)」、
「地理的表示保護(PGI)」
の2つの仕組みで保護しており、地域との結びつきに関する特徴などを定めた産品明
細書の条件に合致した農産物等を販売・流通させる当該地域の者のみが、当該表示を
使用することができる7。
【表4:EUのGI制度による保護】
原産地呼称保護
PDO(Protected Designation of Origin)
地理的表示保護
PGI(Protected Geographical Indication)
〇 農産品・食品の表記に使用される地理的
名称
〇 名称が特定の国・地域等に由来
〇 対象農産品・食品の品質又は特徴が、そ
の地域固有の自然的および人的要因を備
えた特定の地理的環境に基本的または排
他的に起因
〇 その生産、加工、調整の全てが特定の地
域内で実施
〇 農産品・食品の表記に使用される地理的
名称
〇 名称が特定の国・地域等に由来
〇 対象農産品・食品が、その原産地に起因
する特定の品質、評判、その他の特徴を
保有
〇 その生産、加工、調整のいずれかが特定
地域内で実施
出典:農林水産省「地理的表示の保護制度について」(平成24年3月)
例えば、チーズの一種である「ゴルゴンゾーラ」(PDO)は、イタリアのピエモ
ンテ州およびロンバルディア州にまたがる定められた県において、その地域の原料
を用い、定められた製法等で生産されるチーズとして保護されている。そのため、
異なる地域において、または異なる原料・製法を使用して生産された場合などは、
「ゴルゴンゾーラ」と表示することが認められていない。さらに「EU規則」では、
「産物の真の原産地が表示されている場合、又は保護名称が翻訳されているか若しく
は「style(様式)」、「type(型)」、「method(手法)」、「as produced(~産と同
様の)」、「imitation(模造品)」その他類似の表現が添えられている場合であっても
同様とする」(「EU規則」13条1項(b))とされているため、EU域内では、真正な
原産地を表示した場合等であっても、産品明細書の条件に合致していなければ当該地
理的表示を使用することは認められておらず、例えば、「米国産ゴルゴンゾーラ」な
どと表示することはできない。
7
農林水産省「地理的表示の保護制度について」(平成24年3月)
-7-
一方、米国はEUと異なり、地理的表示の保護そのものを目的とした制度はなく、
一般的に米国連邦商標法(ランハム法(1947年7月6日施行))により、地理的表
示を「当該商品・サービスにかかる原産地、原材料、製造方法、品質、精度その他
の特徴を証明する標章」である証明商標として保護している8が、EUのような農産
品等に対する追加的な保護は設けられておらず、「米国産ゴルゴンゾーラ」などの表
示が可能になっており、そうした商品が実際に製造・販売されている。
TRIPS協定では、協定内容を遵守する範囲において、保護の形式を各国に委ねる
ことにしており、WTO加盟各国は、GI法、商標法、不正競争防止法など様々な法
制度で保護している。WTOドーハ・ラウンドにおいて、TRIPS協定の追加的保護
を一般品目に拡大させるか否かについて、TRIPS理事会で議論されてきた経緯があ
るが、ドーハ・ラウンドの停滞により、最終的な結論には至っていない。このため、
EUをはじめとするWTO加盟国は、FTAなど複数国・地域間の貿易協定でGIを
1つの主要論点として交渉を行い、規制の調和を図ろうとしている。具体的にEUは
米国に対して、米国内で一般名称と捉えられているゴルゴンゾーラ、パルメザン、フェ
タ、ボローニャなどの使用を規制したいとの意向を示している。
これに対し、米国では、ヨーロッパ発祥の名称を用いた産品が既に生産・販売され
ている例が少なくないことから、それらの販売が制限されることを懸念し、EUの保
護水準に反対する声が強い。例えば、全米最大の酪農生産者団体である全国生乳生産
者連合会(NMPF)と、全米の生産者や乳製品製造・加工・輸出業者等で構成され
る米国乳製品輸出協議会(USDEC)は、米国通商代表部(USTR)の意見募集に
対する2013年5月10日付の意見書で、「(GI制度は)一般名称の使用を制限し、米国
の競争力を削ぐものである」と断じた上で、「現在米国市場で一般名称と認識されて
いるものについて新たな制限が生じないようにすること」を要求している。
こうした状況の打開策を模索すべく、米・EU両陣営は、6月16日にルクセンブル
グで開催されたEU諸国と米国の農業大臣会合において会談の機会を持ったが、ビル
サック農務長官は、EUのGIルールをTTIPの合意に導入することは「考えにく
い(Unlikely)」と強調した一方、チオロシュ欧州委員(農業・農村開発担当)
は、「GI抜きで(TTIP交渉が)妥結することは考えられない」と述べ、双方の
主張には依然として歩み寄りは見られない。
8
社団法人日本国際知的財産保護協会「諸外国の地理的表示保護制度及び同保護を巡る国際的動向に
関する調査研究」、農林水産省「地理的表示の保護制度について」
-8-
おわりに
デフフト欧州委員は、「EUの制度を全面的に変更するような妥結は、EUの伝統・
文化そのものを変えることにつながる」として強い姿勢で交渉に臨んでいる。一方、
米国側も、利害関係者である業界団体や議会が反対するなか、TTIP交渉で簡単に
譲歩するとも考えにくい。
TTIP交渉について米国とEUは、2014年中に技術的な作業を可能な限り進展さ
せ、2015年末までの妥結を目指して、政治的に困難な課題に焦点を当てていくことを
目指していると報じられているものの、これらの対立課題について解決策を見出すの
は容易ではないだろう。
わが国も食の安全に関する国民の関心はきわめて高く、さらには本年6月に地理的
表示法(特定農林水産物等の名称の保護に関する法律)を制定している。しかしなが
ら、SPS措置や表示などのルールにかかわる課題については、今後ますます重要性
が増していくものと思われるものの、これまで広く国民に知られてきたとは言えず、
TPP交渉やEUとのEPA交渉での情報も十分には開示されていない。
こうしたなか、これまで世界の貿易ルールづくりを主導してきた米・EUによる
TTIP交渉の行方は、将来的な世界の貿易ルールのデファクト・スタンダード(事
実上の標準)になる可能性もあることから、今後の展開を十分注視していかなければ
ならない。
-9-