ベクトル解析 補足プリント 3 2014 年度前期 工学部・未来科学部 2 年 担当: 原 隆 (未来科学部数学系列・助教) ■微分形式の引戻し 以下、Rm から Rn への無限階微分可能なベクトル値関数 ϕ1 (x1 , . . . , xm ) .. : Rm → Rn ϕ(x1 , . . . , xm ) = . ϕn (x1 , . . . , xm ) を考える。 ✓ 微分形式の引戻し ∑ Rn の上の k 次微分形式 ω = ∑ ai1 ...ik (y1 , . . . , yn )dy1 ∧ . . . ∧ dyik i1 <...<ik の ϕ による引戻し pullback を ϕ∗ ω と書き、 ϕ∗ ω = ✏ ai1 ...ik (ϕ(x1 , . . . , xm ))dϕi1 ∧ . . . ∧ dϕik i1 <...<ik で定める。但し dϕj = m ∑ ∂ϕj ℓ=1 ∂xℓ (x1 , . . . , xm )dxℓ とする。 ✒ ✑ ※ ϕ∗ ω は Rm 上の k 次微分形式。 r1 (u, v) ϕ1 (u, v) 例: 曲面 S のパラメータ表示 ϕ(u, v) = r(u, v) = r2 (u, v) = ϕ2 (u, v) とおく (但し r3 (u, v) ϕ3 (u, v) 3 (u, v) ∈ D) に対し、R の 2-形式 ω = A1 (x, y, z) dy ∧ dz + A2 (x, y, z) dz ∧ dx + A3 (x, y, z) dx ∧ dy を引戻してみると (上の式で y1 = x, y2 = y, y3 = z の場合)、 ϕ∗ ω = A1 (ϕ(u, v)) dϕ2 ∧ dϕ3 + A2 (ϕ(u, v)) dϕ3 ∧ dϕ1 + A3 (ϕ(u, v)) dϕ1 ∧ dϕ2 = A1 (r(u, v)) (r2,u du + r2,v dv) ∧ (r3,u du + r3,v dv) +A2 (r(u, v)) (r3,u du + r3,v dv) ∧ (r1,u du + r1,v dv) + A3 (r(u, v))(r1,u du + r1,v dv) ∧ (r2,u du + r2,v dv) = {A1 (r(u, v))(r2,u r3,v − r2,v r3,u ) + A2 (r(u, v))(r3,u r1,v − r3,v r1,u ) + A3 (r(u, v))(r1,u r2,v − r1,v r2,u )} du ∧ dv = A(r(u, v)) · (r u (u, v) × r v (u, v)) du ∧ dv となり、面積分の変数変換の公式 が自然に導かれる (各自確認してみよう)。 1 ■微分形式に関するポアンカレの補題 ´’s Lemma) ポアンカレの補題 (Poincare Rn (n = 1, 2, 3) の k 次微分形式 ω が閉形式であるならば、ω は完全形式である; 即ち、 dω = 0 が成り立つならばある k − 1 次微分形式 η が存在して ω = dη と表される。 ✓ ✏ 系 以下、ベクトル場は全平面 (または空間) 上定義された無限階微分可能なベクトル場とする。 A1 (x, y) の渦度 Ω (x, y) が 0 ならば、(無限階微分可能な) (1) 平面ベクトル場 A(x, y) = A A2 (x, y) 平面スカラー場 f (x, y) が存在して A(x, y) = −grad f (x, y) と表される (このような平面 スカラー場 f (x, y) を平面ベクトル場 A(x, y) の スカラーポテンシャル scalar potential と呼ぶ)。 A1 (x, y, z) (2) 空間ベクトル場 A(x, y, z) = A2 (x, y, z) の回転ベクトル場 rot A(x, y, z) が 0 ならば、 A3 (x, y, z) (無限階微分可能な) 空間スカラー場 f (x, y, z) が存在して A(x, y, z) = −grad f (x, y, z) と 表される (このような空間スカラー場 f (x, y, z) を空間ベクトル場 A(x, y, z) の スカラー ポテンシャル scalar potential と呼ぶ)。 A1 (x, y, z) (3) 空間ベクトル場 A(x, y, z) = A2 (x, y, z) の発散スカラー場 div A(x, y, z) が 0 ならば、 A3 (x, y, z) (無限階微分可能な) 空間ベクトル場 F (x, y, z) が存在して A(x, y, z) = −rot F (x, y, z) と 表される (このような空間ベクトル場 F (x, y, z) を空間ベクトル場 A(x, y, z) のベクトルポ テンシャル vector potential と呼ぶ)。 ✒ ✑ 注意 - ポアンカレの補題および以下で述べる証明は、領域内のある基点 O と領域内の任意の点 P と を結ぶ線分 OP が再びその領域に含まれる様な領域 D (このような領域 D を 星形領域 star body と呼ぶ) に対しても成り立つ*1 。 - ポアンカレの補題は 高次元の空間 Rn (n ≥ 4) に対しても成り立つ。 *1 より一般に 可縮 contractible な空間に対しても成り立つことが知られています 2 【証明の方針】 [発展] Rn+1 の座標変数を (t, x1 , . . . , xn ) とし、Rn+1 の上の k 形式 ξ を ξ= ∑ a ˜j1 ...jk−1 (t, x1 , . . . , xn ) dt ∧ dxj1 ∧ . . . ∧ dxjk−1 + (dt を含まない部分) j1 <...<jk−1 と表したときに、積分作用素 I を (∫ ∑ I(ξ) = j1 <...<jk−1 s=t ) a ˜j1 ...jk−1 (s, x1 , . . . , xn )ds dxj1 ∧ . . . ∧ dxjk−1 s=0 で定める。このとき、I(ξ) は Rn+1 の k − 1 次 微分形式となる。 さて、ベクトル値関数 tx1 . n+1 . ϕ(t, x1 , . . . , xn ) = → Rn . :R txn に関する Rn の k 次微分形式 ω = ∑ ai1 ...ik (x1 , . . . , xn )dxi1 ∧ . . . ∧ dxik の引戻し i1 <...<ik ϕ∗ ω = ∑ ai1 ...ik (tx1 , . . . , txn )(x1 dt + tdx1 ) ∧ . . . ∧ (xn dt + xn dt) i1 <...ik を考えると、直接計算によって d(I(ϕ∗ ω)) + I(d(ϕ∗ ω)) = ϕ∗ ω · · · (∗) が成り立つことが確認出来る*2 。特に ω が閉形式ならば I(d(ϕ∗ ω)) = I(ϕ∗ (dω)) = 0 なので d(I(ϕ∗ ω)) = ϕ∗ ω となることが分かる。ここで、埋め込み写像 ι1 (x1 , . . . , xn ) = (1, x1 , . . . , xn ) : Rn → Rn+1 による ϕ∗ ω の引戻し ι∗1 ϕ∗ ω を考えると、引戻しの定義から ι∗1 ϕ∗ ω = ω となる (各自チェックして みよう)。つまり ω = ι∗1 ϕ∗ ω = ι∗1 d(I(ϕ∗ ω)) = d(ι∗1 I(ϕ∗ ω)) が成り立つので、η = ι∗1 I(ϕ∗ ω) とおけば ω = dη と表すことが出来る。これは ω が完全形式である ことを表していることに他ならない。 (証明終わり) *2 多少面倒な計算が必要。後述。 3 注: - 等式 (∗) の証明の詳細に関しては [森田, 命題 3.13] の証明を参照のこと。 - この定理の証明で構成した η は非常に抽象的で実用に向かないので、実際に物理学や工学で ポテンシャル (特にベクトルポテンシャル) を求める際にはより具体的な構成を行う方が多い。 - この証明では 「引き戻しと外微分が可換であること」、つまり d(ϕ∗ ω) = ϕ∗ (dω) が成り立つことを縦横無尽に用いている。この性質についての詳細は [清水, 第 8.3 節] または [志賀, 第 23 講], [森田, 命題 2.10] 等を参照して下さい。 ■微分形式に関する参考文献 微分形式を独学でより深く勉強してみたいという方のために、微分形式に関する教科書を幾つか列 挙してみます。 [清水] 清水勇二著,基礎と応用 – ベクトル解析,サイエンス社 (2006). ベクトル解析の教科書。最終章の第 8 章に微分形式について簡単に (天下り式の) 紹介がされ ており、マクスウェル方程式への応用について書かれています。 [志賀] 志賀浩二著,ベクトル解析 30 講, 朝倉書店 (1989). 所謂「30 講シリーズ」でおなじみの志賀浩二さんによるベクトル解析の教科書。最初から微分 形式を前面に押し出して 3 大積分定理を紹介する、という構成になっており、本講義とはまた 違った角度からベクトル解析を眺めることが出来て楽しめるのではないかと思います。また、 あまり数学の教科書らしくない独特の語り口調で、読み物的に読むことが出来るのではないで しょうか? ただし、前半部は線形代数の復習となっていますが、高度な線形代数の知識も ちらほら登場するので、線形代数の教科書を手元に置きながら読むのが良いかもしれません。 [坪井] 坪井俊著,ベクトル解析と幾何学,朝倉書店 (2002). ベクトル解析についての教科書であると同時に、多様体を表に出さずに微分形式の理論にも踏 み込んだ本となっています。が、こちらは [志賀] とは異なりかなり「きっちり」書かれた教科 書で、内容も高度なものを相当量扱っていますので、読み進めるためにはかなりの数学的な素 養が要求されるかもしれません。 [森田] 森田茂之著,微分形式の幾何学, 岩波書店 (2005). 微分形式に関する定番の教科書。この本を 1 冊読破すれば微分形式の基礎知識は十分ものにで きるでしょう。但し、数学科の学生向けの教科書であるため序盤から多様体を前面に押し出し て書かれています。第 1 章で多様体の説明はされていますが、それでもよく分からない人は、 最初に [志賀] の後半部で多様体の概念に慣れてからチャレンジすると良いかもしれません。 4
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