入 谷 敦

いり
氏
名
学 位 論 文 題 目
入
たに
谷
おさむ
敦
Association between blood pressure and disability-free
survival among community-dwelling elderly patients
with antihypertensive treatment
(降圧薬治療中の地域在住高齢者における高血圧到達値と
自立生活維持との関連)
学位論文内容の要旨
研究目的
60 歳以上の高齢者高血圧例における 8 件の大規模介入試験のメタ解析、60 歳以上の高
齢者に限定した近年の多くの臨床試験、および 80 歳以上の高齢者高血圧例を対象とした
HYVET 試験で、高齢者といえども降圧薬治療により脳心血管疾患の発症率・死亡率を有意
に減少させうることが明らかとなった。一方、脳心血管病変を有する高齢者高血圧例にお
ける脳心血管疾患の発症率・死亡率に対し到達収縮期血圧(SBP)、拡張期血圧(DBP)お
よび、その双方において、J 型現象が認められることが報告されている。また、高血圧は
高齢者の生活機能の低下にも関係していることも知られている。我が国においては、生活
機能の低下した障害高齢者に対しては要支援・要介護認定が行われ、介護サービスが提供
される。しかし、地域在住の高齢者高血圧例における自立生活維持と到達血圧との関連性
を検証した研究はない。そこで、降圧薬治療下血圧値と要支援・要介護認定、死亡リスク
との関連性につき検討した。
実験方法
U 町を対象地域とした。2008 年 4 月、地域在住の 65 歳以上の要支援・要介護認定を受け
ていない 4,050 例の高齢者のうち、1,091 例が健康診査を受診し、このうち 62.6%(n =
683)の高齢者は、血圧 140/90 mmHg 以上または降圧薬治療中の高血圧例であった。これ
らのうち、84.8%(n = 579)は降圧薬治療を受けていた。本研究の 4 年間のエンドポイン
トは、初回要支援・要介護認定および死亡とした。また認定時の主治医意見書の主病名か
ら認定原因疾患を脳障害、転倒・骨折、認知症・うつ、その他の疾患の 4 群に分類した。
SBP および DBP は、それぞれ 4 群に分類した(SBP: <120、120~139、140~159、 ≥160
mmHg; DBP: <70、70~79、80~89、≥90 mmHg)。初回要支援・要介護認定または死亡へ
の未調整ハザード比(HR)および 95%信頼区間(CI)を推定するために、Cox 比例ハザー
ド回帰分析を用いた。年齢、性、および同検定にて P<0.20 を与える全ての因子を交絡因
子とした。SBP: 140~159 mmHg 群および DBP: 70~79 mmHg 群を対照群とし、他血圧群に
おけるエンドポイント発生の HR および 95% CI を算出した。
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実験成績
降圧薬治療を受けた 579 例のうち、転出した 9 例を除外した 570 例(男性 225 例、女性
345 例)を対象とした。年齢は 74.2±6.1 歳(65~94 歳)であった。4 年間の全イベント
(初回要支援・要介護認定または死亡)の発生率は SBP: 140~159mmHg の群で底値を示し、
この群と比較して、SBP: 120 mmHg 未満の群(HR=2.81、95% CI=1.15-6.82、P=0.023)、お
よび 160 mmHg 以上の群 (HR=4.32、95% CI=1.90-9.83、P<0.001)で 2 峰性に有意に高かっ
た。また、4 年間の初回要支援・要介護認定の発生率も SBP が 120 mmHg 未満の群
(HR=3.37、95% CI=1.18-9.60、P=0.023)、および、160 mmHg 以上の群 (HR=4.09、95%
CI=1.03-8.16、P=0.043)において 2 峰性に、有意に高率であった。これら全イベントおよ
び初回要支援・要介護認定における J 型現象は、75 歳以上例で認められたが、75 歳未満
例では認められなかった。死亡に関しては、SBP が 160 mmHg 以上の群 (HR=6.10、95%
CI=1.33-19.5、P=0.017)で有意に高率であった。認定原因疾患としては、脳障害の発生が
SBP 120 mmHg 未満群(HR=27.3、95% CI=1.09-684、P=0.044)で有意に高率で、転倒・骨折
の発生は SBP 160 mmHg 以上の群(HR=25.0、95% CI=1.61-388、P=0.021)で有意に高率で
あった。
総括および結論
本研究では、地域在住高齢者高血圧例において、脳心血管疾患の発症・死亡のみならず、
地域における自立生活の終焉となる要支援・要介護認定および死亡の発生に、降圧薬治療
下収縮期血圧に依存した J 型現象が認められることを初めて明らかにし、高齢者、特に後
期高齢者における過降圧および降圧不良は、ともに生活機能の低下に繋がる可能性を示唆
した。本研究の限界としては、観察研究で介入試験ではないこと、単一地域モデルである
こと、降圧薬の種別が調査されていないことなどが挙げられ、今後さらに検討が必要と考
えられる。
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