日心第71回大会 (2007)
反応歪曲の影響を考慮した心理的特性値の推定法
服部 環
(筑波大学大学院人間総合科学研究科)
Key words : 質問紙,反応歪曲,項目反応モデル
ハイステークスな受検状況では,受検者は質問紙に対する社
ω0 ,ωl の真値を与えず,βi の真値として平均 0,標準偏差 0.5
会的望ましさ反応の構えを作るため,回答が歪むと考えられ
の対数正規乱数を与えた。そして,上記の真値を所与として
る。本稿はそうした反応歪曲の影響を除去した上で心理的特性
p∗i,NI(t−1)+j,k を求め,それと一様乱数とを比較することによっ
値を推定する項目反応モデルを考え,人工データへ適用する。
て平常受検時の項目反応(10 項目分;平常反応)と反応歪曲を
混入した項目反応(10 項目;歪曲反応)の人工データを生成
方法
した。
モデル 平常受検時における受検者 i の特性値を θi ,項目 j の
結果と考察
識別力を aj ,カテゴリ k の困難度を bj,k とする。そして,社会
的望ましさの影響を受けて増加するカテゴリ困難度の増分を δj
母数の推定には WinBUGS(Spiegelhalter, Thomas & Best,
2000)を用いた。その際,バーンインのサンプル数を 1, 000,
Gibbs サンプル数を 10, 000 とした。
ましさの影響を受ける状況での回答であるとき t = 2 とする。
項目母数の推定 (1) 母数を同時推定した(θ (1−1) )。そして,
このとき,本稿のモデルは受検者 i が項目 NI(t − 1) + j におい
δj ,βi ,aj ,bj,k の推定値を式(2) に代入して,歪曲反応(10
項目)から θi を推定した(θ (1−2) )。また,βi = 1 と置き,さ
てカテゴリ k 以上の値(uij ≥ k ≥ 1)を取る確率 p∗i,NI(t−1)+j,k
らに δj = 0 と置いて歪曲反応(10 項目)から θi を推定した
を次式によって定義する。
∗
(
θ (1−3) と θ(1−4) )。
p
(通常は負)
,受検者 i が示す反応歪曲の強さを βi ,さらに検査
の項目数を NI,平常受検時の回答であるとき t = 1,社会的望
i,NI(t−1)+j,k
=
1
£
¤´
1 + exp − aj θi − {bj,k−1 + (t − 1)δj βi }
³
ただし, t = 1, 2, βi = ω0 +
m
X
l=1
(1)
ちなみに,βi = 1 として全母数を推定し,その推定値を固定
した上で改めて βi を推定したところ,その値と θ(1−1) の平均
はいずれも 1.14,推定値の相関は 0.99 であった。
項目母数の推定 (2) 平常反応から aj ,bj,k ,θi を推定し
ωl (xil − x
¯ l ) + ²i
(θ (2−1) ),推定値を式(1) に代入して δj と βi を推定した。さ
t = 1 の場合(項目 1 から項目 NI まで),本稿のモデルは通
常の段階反応モデル(Samejima, 1969)であり,t = 2 の場合
(項目 NI+1 から項目 2NI まで),各カテゴリ困難度に δj βi が
応(10 項目)から θi を推定した(θ(2−2) )。また,βi = 1 と
加算される。受検者集団が社会的に望ましい方向で回答すれば
推定した(θ(2−3) と θ(2−4) )。以上の推定値の平均と標準偏差
らに,aj ,bj,k ,δj ,βi の推定値を式(2) に代入して,歪曲反
置き,さらに δj = 0 と置いて歪曲反応(10 項目)から θi を
カテゴリ困難度が小さくなるので,δj は負の値を取る。また, (SD),真値との相関を表 1 に示す。θ (e−2) と θ(e−3) の平均は
社会的に望ましい方向へ回答する傾向の強い受検者ほど βi は
ほぼ 0 であり,集団全体としては反応歪曲の影響を除去でき
正の大きな値を取る。βi は当該の質問紙の回答とは別の測定値
た。しかし,当然ながら,θ(e−3) には過小推定された受検者と
xil (
, l = 1, 2, · · · , m)によって推定し,βi を適切に推定できな
過大推定された受検者がいる。θi の真値とその推定値の相関
いときは βi = 1 と置く。
は,θ(1−1) が 0.88,θ(1−2) が 0.79,θ (1−3) が 0.71,また,θ (2−1)
■モデル母数の推定 同一受検者集団の平常時の回答と採用試
が 0.83,θ(2−2) が 0.81,θ(2−3) が 0.71 と大きい。同様に,真
験のように反応が歪曲した状況での回答を用いて項目識別力
値と θ (1−4) ,θ(2−4) の相関も大きいが,特性値が過大推定され
aj ,カテゴリ困難度 bj,k ,受検者 i の特性値 θi ,δj を推定する。
るので,実際には利用できない。
あるいは,平常受検時の回答のみを用いて項目識別力 aj ,カテ
本稿の実験は不十分な点もあるが(ω0 ,ωl を推定した実験は
ゴリ困難度 bj,k ,受検者 i の特性値を θi を推定し,それを固定
服部 [2007]),以上から,反応歪曲の影響を除去して特性値を
した上で反応歪曲を受けた回答を用いて δj を推定する。いず
推定できる可能性が示唆された。今後は βi を適切に推定する
れの場合も,βi の値を推測する測定値 xil を準備しておき,重
変数を探索することが課題である。
み ω0 ,ωl を求めることになる。
■検査の運用 δj ,ω0 ,ωl の推定値を用いて,反応歪曲の混
入が予想される回答に次式を適用して特性値 θi を推定する。
p∗i,NI(t−1)+j,k
平均 SD θi との相関
−0.09 1.00
全母数の同時推定を行ったときの推定値(θ (1−1) )
1
³
=
£
¤´
1 + exp − a
ˆj θi − {ˆbj,k−1 + (t − 1)δˆj βˆi }
ただし, t = 2, βˆi = ω
ˆ0 +
表 1 人工データの尺度得点と特性値 θi の推定値
θi の真値と推定値,尺度得点
θi の真値
項目母数の推定 (1) におけるθi の推定値
m
X
l=1
(2)
ω
ˆ l (xil − x
¯l )
数値実験 受検者数を 200,項目数(NI)を 10,各項目の反応
カテゴリ数を 4,θi の真値を標準正規乱数,aj = 1,bj,1 = −1,
bj,2 = 0,bj,3 = 1 とした。δj には −3.0 と 0,およびそれ
を 9 等分する値を与えた。また,ここでは状況を簡略化して
δj とβi を所与としたときの推定値(θ(1−2) )
δj を所与,βi = 1 としたときの推定値(θ(1−3) )
δj = 0 としたときの推定値(θ(1−4) )
項目母数の推定 (2) におけるθi の推定値
平常受検時の回答を用いた推定値(θ (2−1) )
δj とβi を所与としたときの推定値(θ(2−2) )
δj を所与,βi = 1 としたときの推定値(θ(2−3) )
δj = 0 としたときの推定値(θ(2−4) )
平常受検時の尺度得点
反応歪曲を受けたときの尺度得点
0.00
0.01
−0.01
1.02
0.91
0.69
0.93
0.82
0.88
0.79
0.71
0.71
0.00
0.01
0.02
1.09
24.62
32.24
0.88
0.64
0.93
0.83
6.49
5.47
0.83
0.81
0.71
0.71
0.83
0.70
(HATTORI Tamaki)