IFRS導入プロジェクトの進め方(1)

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IFRS導入プロジェクトの進め方(1)
IFRS推進室 公認会計士 家泉明彦 公認会計士 河東陽志
• Akihiko Ieizumi
当法人入所後、電気機器、食料品、機械製品などの製造業やソフトウエア業を中心に、多くの業種の会計監査および内部統制監査に従事
するほか、株式公開支援業務やIFRS導入支援業務に従事。現在はIFRSの任意適用を推進するための各種活動に取り組んでいる。著書(共
著)に『電機産業の会計・内部統制の実務』(中央経済社)がある。
• Yoji Kawato
当法人入所後、金融監査部門にてメガバンク・地方銀行、国内監査部門にて消費財産業・信用組合および系統中央金融機関の監査業務を
担当。IFRS導入、内部統制構築、決算早期化などのアドバイザリー業務に従事。2014年より現職。IFRS導入支援業務のほか、法人内外
での研修講師、執筆活動などに携わっている。日本証券アナリスト協会 検定会員。
(%)
50
12.0
を含めると50社を超える状況に至っています。また、
10
2010年前後に、将来の強制適用も見据えてIFRS導
3月
以
降
3月
年
年
11
20
20
0.0
15
3月
年
10
20
Ⅱ プロジェクトを再開する場合の留意事項
5
14
1
0
2.0
14
3
3月
IFRS導入プロジェクトの全体像、影響度調査および
導入計画の策定について解説します。
4.0
28
年
ロジェクトを再開する場合の留意事項に触れた上で、
6.0
20
20
します。第1回目の本稿では、一時中断しているプ
52
13
うに進めていくべきかについて、2回にわたって解説
8.0
30
3月
本稿では、そのようなIFRS導入機運の高まりから、
今後IFRS導入を目指す企業がプロジェクトをどのよ
10.0
株式時価総額
*2
割合(右軸)
20
す(<図1>参照)。
40
3月
を超えており、市場における存在感も増してきていま
年
それら企業の時価総額は、東京証券取引所全体の13%
任意適用(予定)
*1
企業数(左軸)
年
大企業を中心に年々増加傾向にあり、今後の適用予定
(社)
12
わが国における国際会計基準(IFRS)適用企業は、
▶図1 IFRS任意適用(予定)企業数の推移
(2014年12月末現在)
20
Ⅰ はじめに
*1 適時開示資料などを基に筆者にて分類集計
*2 2014年12月末の株式時価総額を基に筆者にて算出
入準備を開始する企業が急速に増加しましたが、11
年6月の金融担当大臣の発言により、プロジェクトを
一時中断あるいは縮小した企業も多いと思います。そ
1. 導入目的の明確化と基本方針の決定
プロジェクト中断からの時間経過に伴い、IFRSの
のような企業が今後プロジェクトを再開するに際し、
導入目的や基本方針が曖昧になっている可能性があり
次の事項に留意して効率的に進めることが重要です。
ます。また、プロジェクト責任者が変更されている場
12 情報センサー Vol.102 March 2015
そのため、情報収集や勉強会の開催などを通じて、
合、これまでと異なった方向性が示される可能性もあ
ります。そのような状況で、プロジェクトを有効にコン
最新動向へ早期にキャッチアップすることが重要で
トロールしていくことは困難です。
す。その際、外部セミナーへの出席、監査人や外部専
門家からの最新情報の入手、IFRS適用企業の開示研
そのため、トップの強力なリーダーシップの下、ま
ずはIFRSの導入目的と全社的な基本方針を、あらた
究などを通じて事例収集することも、有効な手段です。
めて明確にすることが要求されます。その際、企業を
また、経団連が公表している「IFRS任意適用に関す
取り巻く環境がプロジェクト中断時と異なっているこ
る実務対応参考事例」や、金融庁が公表を予定してい
ともあるため、従前の決定をそのまま踏襲するのではな
る「IFRS適用レポート(仮称)
」なども参考となります。
く、現在の環境を踏まえて再検討することが必要です。
Ⅲ プロジェクトの全体像
2. 中断までの状況把握と課題の再整理
プロジェクト中断期間中のIFRS基準の改訂や、会
計方針、業務プロセスの変更などの企業内外の環境変
IFRS導入プロジェクトは、作業期間が長期にわたる
化により、過去の判断が適切でなくなっている場合が
ため、通常幾つかのフェーズに分けて進めていきます。
考えられます。
一般的に<図2>に示したようなアプローチが考えら
そのため、中断前の検討結果を洗い直し、対応済み
れますが、各企業のIFRS導入目的や事業環境などを
と未対応の事項を区分して把握する必要があります。
勘案し、実情に即した内容で進めるのが必要です。ま
その上で、対応済みの事項が、現在の企業環境を踏ま
た各フェーズは、厳密に分かれているわけではなく、
えて今後も利用可能と判断される場合は、可能な限り
一部の活動は並行して進めることになりますが、全
有効活用して、プロジェクトを効率的に進めることが
フェーズを通じて最も大切な活動が、プロジェクトマ
できます。一方、過去の検討結果が陳腐化していると
ネジメントです。
判断される場合には、未対応の事項と同様に影響度調
IFRS導入プロジェクトは経理部門に限ったものでは
査から課題を再度整理することも必要です。
なく、長期にわたりグループ内の多数の部門や関係者
を巻き込んだ全社的な取り組みとなります。そのため、
プロジェクトの全体計画や進捗状況を管理し、多数の
3. 最新動向への早期のキャッチアップ
中断以降の組織変更や人事異動で従前のメンバーが
関係者間のコミュニケーションをサポートする役割が
交代している場合、過去の知識や経験が十分に生かせ
重要です。また、業務プロセスやITシステムなどの各
ない場合があります。
チーム間の調整もプロジェクトマネジメントの重要な
▶図2 IFRS導入アプローチ例
<フェーズ1>
影響度調査
<フェーズ2>
<フェーズ3>
導入計画の策定
対応策の検討・立案
• 基本方針の策定
• 課題の整理
• 全体計画の策定
• プロジェクト体制の
• 会計方針の検討
• 会計方針の文書化
• 開示要件の検討
• スケルトン財務諸表の
構築
作成
• 個別課題対応計画の • 連結パッケージの見直し
との差異の把握
策定
• グループ展開
• 財務数値、業務プロセス
およびITシステムに与え
会計・財務報告対応チーム
る影響度合いの把握
• 現行会計処理とIFRS
<フェーズ4>
導入
• 策定した対応策の
実行
• トライアル財務諸
表の作成
• 研修プログラムの
実施
<フェーズ5>
導入後の対応
• 実際の運用体制へ
の移行と改善点の
検討
• 残課題への対処方
法検討
• IFRSの継続的な
更新
税務対応チーム
業務プロセス・内部統制対応チーム
ITシステム対応チーム
教育・研修対応チーム
プロジェクトマネジメント
情報センサー Vol.102 March 2015 13
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機能です。プロジェクトを成功に導くためには、適切な
IFRS導入に向けた社内のコンセンサスを醸成すること
プロジェクトマネジメントが必要不可欠といえます。
も重要です。
Ⅳ フェーズ1∼影響度調査
Ⅴ フェーズ2∼導入計画の策定
影響度調査とは、現行会計処理とIFRSとの差異が財
導入計画の策定とは、IFRS導入基本方針の策定、課題
務数値、業務プロセスおよびITシステムに与える影響
の整理、全体計画(ロードマップ)の策定、プロジェク
度合いを把握し、対応を検討するための基礎を得るこ
ト体制の構築および個別課題対応計画の策定を行うこ
とです。
とです。影響度調査の一部として、または対応策の検討
と立案の一部として実施することもあります(<図3>
1. ステップ1 調査の準備
参照)。
まず調査範囲を決定します。親会社のみを対象に調
査を行い、後のフェーズで子会社に展開する事例が多
くみられます。事業の内容が異なる子会社がある場
合、課題に迅速に対応するため、子会社に対する調査
1. ステップ1 IFRS導入基本方針の策定
ふ
あらかじめ開示に至るまでのプロジェクト全体を俯
かん
瞰します。適用年度、連結範囲、会計方針の策定、シ
を並行して行う事例もあります。調査項目は全項目で
ステム対応、対応人員の手配、グループ会社への展開
はなく、連結・有形固定資産・収益認識など、影響が
など、決定すべき事項を多面的に考慮します。IFRS
大きいと想定される項目に絞ることもあります。
ベースの財務諸表を各子会社で作るのか、親会社で現
行基準ベースの財務諸表を元に連結調整により対応す
2. ステップ2 調査の実施
るのかは典型的な論点です。報告日の統一、決算早期
業務プロセス、会計処理に関する社内資料に基づき
化、管理会計などの観点が必要な場合もあります。な
事前調査を実施します。J-SOX関連文書、経理規程類
ぜIFRSを導入するのかに立ち戻って方針を決定するこ
その他、有価証券報告書作成に用いる資料などからの
とが重要です。
理解を踏まえ、実務担当者へのヒアリングを行います。
例えば有形固定資産の耐用年数の決定に当たっては、
2. ステップ2 課題の整理
関連する業務プロセスを理解した上で、エンジニアリン
影響度調査の結果に基づき、対応すべき課題をリス
グの担当者から使用状況や保守・更新投資の頻度など
トアップします。ここでは、課題を絞り込むことが後
の情報を入手し、物理的要素・機能的要素の観点も踏
の作業効率の観点から重要です。連結パッケージをど
まえて、耐用年数を決定するための基礎とします。
う作るのか、システムをどの程度変更するのかも判断
ヒアリングなど実地調査のためには、質問項目を網
します。システムの変更は必ずしもIFRS対応のみで
羅できるよう、論点ごとのチェックリストなどの用意
はなく、業務の効率化のための更新として考慮すべき
が有効です。
場合もあります。
3. ステップ3 調査のまとめ
3. ステップ3 全体計画(ロードマップ)の策定
影響度の判定は、財務数値に対する影響の観点だけ
課題ごとに、開示までに実施すべき作業のタイミン
でなく、業務プロセスおよびシステムに対する影響の
グや工数を見積もります。プロジェクトの進管理を
観点も必要です。影響を受ける部署の範囲や対応に要
行う観点から、誰が・いつ・何を・どれぐらいの時間
する時間などを考慮して、対処すべき課題の優先付け
で行うかを明確にします。グループへの展開方針をこ
を行います。
の段階で定める場合もあります。全体計画は、プロジェ
しんちょく
課題の把握は、具体的なアクションプランを立案で
クトの進捗に伴い適時に見直され、項目ごとの作業タ
きるレベルであることが必要です。組織や業務フロー
イミングやリソース配分の見直しに役立てられます。
の変更、システムの更新が求められる場合もあるため、
マネジメント向けに調査結果を報告するとともに、
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▶図3 導入計画策定の全体像
• 基本方針の策定
• 導入の目標年度
• 連結範囲
• 会計方針策定の方針
• システム対応方針
• 対応人員の手配方針
• グループ会社展開方針
など
• 全体計画の策定
• プロジェクト体制の構築
対応項目、マイルストーン、
期間、対応の優先順位
相互に関連
• 課題の整理
• 個別課題対応計画の策定
(フェーズ1より)
影響度調査チェックリスト
課題一覧
会計方針
チーム
プロセス
チーム
システム
チーム
4. ステップ4 個別課題対応計画の策定とプロジェクト
体制の構築
個別課題に対するアクションプラン、
対応期間、担当者…
要な論点を切り捨てることともいえます。アクション
プランを立てられるレベルでの課題の把握も重要です。
課題ごとのアクションプラン、対応期間、マイルス
トーン、担当者などを決定します。後に手戻りが生じ
ないよう、綿密に計画を策定します。
プロジェクトの中心メンバーをどの部署(会計、シ
ステム、IRなど)から集めるか、専任者を置くかどう
かの検討も行います。当初のプロジェクトチームは経
お問い合わせ先
アカウンティングソリューション事業部
Tel:03 3503 3292
E-mail:[email protected]
理部門を中心に構成され、日常業務の傍らで作業を行
うことが多いですが、プロジェクトが進むにつれ、専
任者を配置する必要性が高まります。
Ⅵ おわりに
IFRS導 入 へ 向 け た 国 内 の 環 境 が 整 い つ つ あ り、
IFRS導入プロジェクトの再始動が現実的になってきま
した。
特に一度休止したプロジェクトでは、社内の協力が
得られにくくなり、スケジュールが遅延することも考
えられます。スムーズなプロジェクト進捗のためにも
マネジメントの承認と参加により、プロジェクトの全
社的な目標に沿った明確な基本方針を定め、全体計画
に反映させることが肝要です。
また、対応すべき課題を明確にすることは、対応不
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