グローバルレベルでの贈収賄リスク対応

FIDS
グローバルレベルでの贈収賄リスク対応
アカウンティングソリューション事業部 FIDS(不正対策・係争サポート) 田中周一
• Shuichi Tanaka
2005年に当法人に入所。米国FCPA違反に係るDPA(Deferred Prosecution Agreement)対応プロジェクトの主査として、贈収賄リ
スク評価、贈収賄防止に関するコンプライアンスプログラムの現状調査および改善、贈収賄防止の観点からの内部統制のモニタリングな
どについて、広範な実務経験を有している。
Ⅰ はじめに
これまで、グローバルにおける反贈収賄の法執行に
▶図1 国内で贈収賄/汚職が広く行われている
日本 2014年
6
88
関しては、米国が突出していましたが、近年では世界
日本 2012年
72
14
的にも法執行と罰則の強化傾向が見られます。そのた
先進国市場 2014年
75
19
先進国市場 2012年
72
19
め、グローバルにビジネスを展開する企業グループに
おいては、米国の海外腐敗行為防止法(FCPA)のみ
ならず、事業を展開する各国・地域に適用される反贈
収賄法規制に対して、等しく注意の目を向ける必要が
あります。
EYが2013年11月 か ら14年2月 ま で、59カ 国 の
2,700人を超える企業幹部を対象に実施した「第13
回不正行為グローバルサーベイ」によると、全回答者
のうち、38 %が自国で贈収賄および汚職が広く行わ
れていると思うと回答しており、企業が直面するリス
新興国市場 2014年
34
54
新興国市場 2012年
33
56
全体 2014年
52
39
全体 2012年
52
38
いいえ
はい
出典:「第13回不正行為グローバルサーベイ」
クは減少していないことがうかがえます。
この傾向は新興国市場で、より顕著に見られるため、
新興国市場でビジネスの拡大を図る企業グループは、
特に留意が必要です(<図1>参照)。
一方で、同サーベイからは、一部の国や地域において、
取引の獲得や継続のために、非倫理的な行動を取るこ
見られる一方で、新興国市場を中心に贈収賄リスクは
依然として高いのが現状です。
当局から摘発されるリスクが増す中で、グローバル
企業ではグローバルレベルでの贈収賄リスク対応が喫
緊の課題となっています。
とをいとわない姿勢も明らかになっています(<図2>
参照)。
このことは、例えば、これらの国に進出する際に現
Ⅱ リスク評価の重要性
地の企業を買収して販路を開拓したり、現地で代理人
などを起用してビジネスを展開したりする場合に、高
いリスクにさらされることを意味しています。
前記のとおり、世界的に法執行と罰則の強化傾向が
24 情報センサー Vol.102 March 2015
特に新興国市場において贈収賄リスクが依然として
高い現状を踏まえ、企業は自社グループを取り巻くリ
スクを正しく把握するため、グローバルレベルでリス
▶図2 景気低迷期にビジネスで生き残る手段として、正当化できる行為
ベトナム
インド
ネシア
インド
マレー
シア シンガ
ポール
フィリ
ピン ロシア
8
24
34
51
42
52
42
24
8
4
16
2
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33
27
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0
2
0
46
4
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28
28
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2
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52
38
56
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68
58
48
20
質問
平均
日本
米国
中国
取引の獲得または継続
を目的とした接待
29
44
28
取引の獲得または継続
を目的とした贈答
14
8
取引の獲得または継続
を目的とした金銭供与
13
虚偽の財務報告
上記のうち1つ以上
ブラジル
■ 平均より10ポイント以上低い ■ 平均より10ポイント以上高い
* 「平均」は調査対象となった59カ国の平均であり、任意に抽出した上記11か国の平均ではない。
出典:
「第13回不正行為グローバルサーベイ」
ク評価を実施することが重要です。
米国や英国の当局はリスク評価の重要性を指摘し、
各企業のリスクに見合った反贈収賄コンプライアンス
プログラムの導入を求めています。
• 中国や英国などにおいて、民間同士の取引でも
贈収賄により摘発される可能性があることを知
らずに取引を行っているケース
12年11月に米国司法省(DOJ)および証券取引委
員会(SEC)により公表されたFCPAリソースガイド
分野や拠点を把握でき、コンプライアンスプログラム
では、「リスク評価は強固なコンプライアンスプログ
の導入の際に比重を置くべき分野や拠点が明確になり
ラムの策定に不可欠であり、DOJおよびSECが企業
ます。
リスク評価を実施することで、贈収賄リスクの高い
のコンプライアンスプログラムの査定で評価するもう
その結果、リスクの高い分野には厳格な、そうでな
一つの要素である。」とした上で、「DOJおよびSEC
い分野には相応なコンプライアンスプログラムが導入
では、たとえ高リスク分野に注意とリソースが投入さ
され、贈収賄防止に係る統制の実効性と効率性の両立
れたために低リスク分野の違反が防止できなかった場
が可能になります。
合でも、包括的なリスクベースのコンプライアンスプ
ログラムを誠実に実施する企業を大きく評価する予定
である。」と明記されています。贈収賄の容疑で企業
が摘発された場合、リスクアプローチによるコンプラ
Ⅲ グローバルレベルでの贈収賄リスク対応の
必要性
イアンスプログラムの導入の有無が、当局の判断に影
響を与えることを認めています。
グローバル展開をしている日本企業において、反贈
贈収賄リスクに対する認識が不足している場合、下
収賄法規制が厳しい米国や英国の子会社で贈収賄リス
記のような状況を見逃してしまう可能性があり、重大
ク対応の取り組みが先行しているケースや、リスクの
なリスクにつながりかねません。そのため、リスク評
高い国(例えば中国など)だけ対応を行えばいいので
価が属人的になってしまわないように、贈収賄リスク
はないかと考えるケースが見られます。これは、贈収
を増加させるビジネス特性を整理し、客観的なデータに
賄リスクが低い日本での対応は後回しにして、規制の
基づく企業固有の贈収賄リスクの評価が重要なポイン
厳しい国やリスクの高い国での取り組みを先行したい
トとなります。
という考えに基づくと思われます。
• 取引相手が政府系企業に該当するか否かを識別
していないケース
• 代理店などの第三者を経由した取引において、
エンドユーザーを把握していないケース
しかし、企業グループとしてビジネスを展開してい
るため、本社主導で贈収賄リスクに対するグローバル
方針を策定し、子会社に展開する方法が望ましいと考
えられます。FCPAリソースガイドでも「親会社と子
会社の間に代理(支配)関係が存在する場合、親会社
情報センサー Vol.102 March 2015 25
FIDS
は子会社の従業員が行った贈収賄に対する責任を負
う」とされ、親会社の子会社に対する責任が強調され
ています。
前記のサーベイによると、先進国市場と比較して新
興国市場では、贈収賄リスクが高いにもかかわらず反
贈収賄研修への参加率は低いという結果が出ています。
贈収賄リスク対応の方針と手続きを整備しても役職員
に浸透していなければ、導入したルールは形骸化して
しまいます。リスク評価結果を踏まえ、リスクの程度
に応じた教育研修を継続的に実施し、ルールの周知徹
底が重要です。
また、ルールを周知徹底しても、現場で本当にルー
ルが守られているか不安を感じている企業は多いと思
われます。特に海外子会社については、現場の実状を
正しく把握できていない、リソース不足で海外子会社
まで手が回らない、という悩みを抱えている日本企業
は多いのではないでしょうか。次に、このような悩み
に対して、従来型のモニタリングを高度化して対応を
試みる取り組み事例を紹介します。
いての質問が有効と考えられます。
• 取引先などへの財・サービスの提供や接待(以
下、接待等)に関する規程が整備され、会社と
して認められる接待等の範囲が明確になってい
るか。
• 交際費等の利用に関する事前申請書の内容と、
請求書等の内容の整合性を確認した上で、支払
の承認を行っているか。
• 接待等を行う可能性があるにもかかわらず、規
定で認められている接待等の範囲を正確に理解
していないと思われる従業員がいるか。
• 上席者の承認時に、接待等の相手方の所属や氏
名、目的の記載がない、もしくは記載が不正確
なことがあるか。
• 交際費等の利用に関する事前申請書の内容と異
なる接待等が行われることがあるか。
• 交際費等の利用に関する事前申請書の承認がな
いままに、実質的な接待等が行われることがあ
るか(自腹もしくは異なる名目での支出)。
前記の各項目について、現場の従業員は日常業務の
Ⅳ モニタリングの高度化
中で実状を認識していることが多いので、従業員の記
憶にある情報を収集・分析し、きちんと運用されていな
いのであれば、問題が起こる前に改善をしていきます。
1. 現場の実状情報の収集・分析
従来型のモニタリング手法であるコントロールセル
このように現場の実状を収集・分析することで、世
フアセスメント(CSA)や事後的に証憑類をチェック
界中にある子会社の、どの部門や拠点で、どのような運
する手法だけでは現場での運用状況の実状をつかむの
用が行われているかを日本の本社にいながらにして傾
は困難ですが、一方で現場の従業員はいろいろなこと
向値として把握でき、改善方法が分かるとともに、リ
を認識しているのも事実です。例えば、不正調査で従
ソース不足に悩むモニタリング部門でも、真の意味での
業員にインタビューをすると、ここの組織風土は属人
リスクアプローチに資する情報となり得ると考えます。
しょうひょう
的である、このルールは実はあまり守られていなかっ
なお、この手法による現場の実状情報の収集・分析
た……等々、現場の実状をよく知っていますが、それ
は、贈収賄リスクに限定されるものではなく、あらゆ
ぞれの情報は通報するような内容ではないので、なか
るリスクに活用でき、現場に立ち返らないとリスクを
なか事前に通報されることはありません。
なかなか消せないと考えている企業において、最近導
このような、なかなか把握できない現場の実状情報
入が進んでいます。
を収集するために、
「従業員全員を対象にした匿名アン
ケート」を行う事例が、最近増えてきています。従業
2. デジタルテクノロジーの活用
員全員と匿名の2点を確実に担保した上で質問を適切
グローバルレベルでの贈収賄リスク対応では、より
に設定すれば、現場の実状が相当程度正しく把握でき
先進的なデータ分析に基づいた、モニタリングの高度
ることが経験的に分かっているため、一見手間のよう
化が求められています。
ですが、現場の実状を知る意味では、最も効果的かつ
実現可能な方法です。
贈収賄を含む不正リスク対策としてのモニタリング
では、焦点を絞った上で、取引詳細のレビュー、証憑
このアンケートでは、贈収賄リスクに対するコント
の確認、場合によってはヒアリングの実施などの追加
ロールや、従業員の意識などに関する下記の事項につ
手続きの実施が一般的です。しかし、不正が行われる
26 情報センサー Vol.102 March 2015
▶図3 FDAダッシュボードの一例
場合は処理手続きやデータが少なからず操作されてい
析を瞬時に行えます(<図3>参照)。そのため、不
ることが多く、表層的な分析だけでは効果的な絞り込
正リスクモニタリングや不正の発見において、大きな
みを行うことが困難です。
メリットがあります。
このような場合、先端的なデータ分析が有効な手段
となります。贈収賄につながり得る支払データの分析
においても、取引先情報や金額情報だけでなく、支払
口座、送金先の腐敗認識指数(CPI)スコア、各社の
イベント情報、さらには従業員のスケジュール情報な
ど、企業のビジネスの状況に応じた、さまざまなデー
タソースを統合的に分析することで、従来は見過ごし
てきた不正リスクの高いデータ傾向が浮き彫りになる
ことがあります。
EYが14年に実施したサーベイで、FDA利用者が述
べたFDA適用の効果※は次のとおりです。
• リスク評価プロセスの改善
• 以前は検知できなかった潜在的な不正の発見
• 監査・現地調査のプランニングの改善
• 不正の早期発見
また、EYが提供するFDAは、システム開発を前提
としておらず、必要最小限のスコープから適用し、順
ただし、多面的なデータ分析は非常に複雑な工程が
次、対象を拡大できます。そのため、コストや準備期
要求されるため、従来のようなスプレッドシートでの
間に対する効果が大きく、少ない投資で確実に効果が
分析は困難です。グローバル企業における贈収賄リス
得られるというメリットも挙げられます。
ク対策としては、さらに先端的なツールや手法を模索
すべきといえるでしょう。
その一例として、EYでは不正リスク対策のための、
企業はそれぞれのビジネスリスク、システムおよび
データの可用性、リソースの状況などに応じて検討す
べきといえるでしょう。
フォレンジック・データ・アナリティクス(FDA)と
呼ばれる手法を提供しています。FDAは最新のデータ
分析ツールを活用した、不正対策に特化したデータ分
析手法です。特に贈収賄リスクモニタリングの高度化
を目的とした多くのグローバル企業が導入しています。
FDAは従来のデータ分析と異なり、ダッシュボード
と呼ばれる分析画面で、多面的な視点からのデータ分
お問い合わせ先
アカウンティングソリューション事業部
FIDS(不正対策・係争サポート)
Tel:03 3503 3292
※ EYによって11カ国の450人以上のFDA利用者に対して実施したサーベイである、「EY Global Forensic Data Analytics
Survey 2014」から一部抜粋。
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