安定化制御器とその設計法

フレキシブルリンクの制御 資料–5
安定化制御器とその設計法
数理工学コース 制御システム論分野 大木
2015 年 1 月 10 日
御器の特徴付けを学ぶ. Youla パラメトリゼー
概要
ションとは, 制御器の代数的性質を用いた安定
制御の目的は, 大まかに言って次の 2 つで
化制御器の特徴付けであり, 例えば 1 つ安定化
ある.
補償器が見つかれば, それを基にして制御対象
を安定化する全ての制御器を比較的簡単に見つ
• 安定に動作させること.
けられる. 制御性能や制御仕様を達成するため
• 望ましい性質 (制御仕様または制御性能)
には, 安定化制御器の中から制御器を探さなけ
を満たすこと.
ればならないため, 安定化制御は制御の最も基
「望ましい性質」とは, 制御系の設計者が設定す
本的な部分である. 以上までが安定化制御器の
る性質で, 速応性であったり実際にかかる費用
設計に関するものであるが, 3 節以降では, 安
であったりと様々であり, 制御理論だけでは決
定性に加えて制御仕様を与え, それを満たす制
められない (*1 . 一方, 制御理論では, 制御対象
御器の設計法について述べる. 線形系の安定
を安定化する制御器 (安定化制御器もしくは安
化制御のポイントは, 任意の初期応答を零にす
定化補償器という) の研究が古くから行われて
るという意味で制御器を設計している. これ
おり, とくに線形系に対しては, どのようなと
に対し, 実際の制御系では, 所望の動作を行う
きに安定化可能であるかが分かっている.
ことが要求される. そのため, 制御系に理想的
本稿では, まず制御器を作成する際に注意し
な動作, すなわち目標軌道への追従をさせねば
なければならない, 不安定な極零相殺の影響に
ならないが, 3 節では追従制御の方法論につい
ついて述べる. なぜ安定化のためにフィード
て述べる. また, 4 節ではフィードバック制御
バック制御が大事かを, 極零相殺を通して説明
とフィードフォワード制御を同時に用いる, 2
する. 次に極配置法を導入し, 与えられた制御
自由度制御についても述べる. これは安定性を
対象を安定化する制御器が存在することを示
フィードバック制御で保証し, 性能をフィード
し, その設計法にも触れる. また, Youla パラ
フォワード制御によって達成するもので, 2 つ
メトリゼーションと呼ばれる方法で安定化制
の性格の異なる制御方法を併用することで制御
性能を向上させる方法である.
(*1
望ましい性質の解析的な結果がある最適制御
現場でよく用いられる制御仕様や, 理論的に扱いや
すい制御仕様に関しては, それを満たす制御器の設
計法についての研究は多くなされている.
とロバスト制御については, 別の稿で述べる.
1
るが, P (s) や C(s) のパラメータが完全に分
1 安定化制御と極配置法
かっていることは現実的な設定ではありえず,
制御対象が与えられたとき, それを安定化す
P (s)C(s) =
s−1.1+ϵ1
(s−1.1+ϵ2 )(s+1+ϵ3 )
となってしま
る制御器が存在すれば, その制御器を安定化制
う. したがって, このフィードバック系は安定
御器 (stabilizing controller) もしくは安定
性を保証できない. 現実的な理由としては, こ
化補償器 (stabilizing compensator) とい
の説明で十分であるが, 初期値応答を考えると
う. 例えば,
仮に厳密にパラメータが分かっていても問題が
P (s) =
1
1
=
2
s − 3s + 2
(s − 2)(s − 1)
生じることを, 以下の問題を通して述べておく.
(1)
+
は比例制御器によるフィードバック制御では
-
安定化できないが, PD 制御器によるフィード
+
バック制御では安定化できる. これらは具体的
+
に制御器を構成し, その安定化可能性を確認し
図1
て分かるが, 「制御器が PID 制御器でなければ
フィードバック制御系 [1]. P (s) は対
象系の伝達関数, C(s) は制御器の伝達関数,
ならない」などの制約やこだわりがなければ,
H(s) はセンサの伝達関数を表わす. 測定で
きる信号は出力 y(t) であり, d(t) は外乱入力,
r(t) は参照入力 (目標値入力), r2 (t) はセンサ
雑音を表わす. 特に断らない限り, 本節では
H(s) = 1 と固定する.
制御器も動的システムにすることで閉ループ系
を安定化する制御器を構成することができる.
ただし, 以下で注意するように, 制御器を作る
際には “極零相殺”に注意が必要である.
1.1 不安定な極零相殺
図 1 のようなフィードバック制御系を考え
問題 1. 制御対象 (1) を, 同じ次数をもつ制
る. ここで P (s) は対象系の伝達関数, C(s) は
御器
制御器の伝達関数, H(s) はセンサの伝達関数
を表わす. 測定できる信号は出力 y(t) であり,
C(s) =
d(t) は外乱入力, r(t) は参照入力 (目標値入力),
r2 (t) はセンサ雑音を表わす. 本稿では外乱入
で制御することを考える.
力とセンサ雑音は零とする.
(1) 図 1 の閉ループ系で H(s) = 0 とし, 次
極零相殺 (pole zero cancellation) とは,
のように制御器を作ったとする.
システムの伝達関数の極と制御器の伝達関数の
零点が一致する場合, 伝達関数の積を取ること
C(s) =
で, 見かけ上, 極が消えてしまうことをいう. 例
s2 − 3s + 2
(s + 1)2
d(s) = 0 ならば制御器は安定化制御器と
えば
なりそうだが, 実際にはそうはならない.
1
s − 1.1
P (s) =
, C(s) =
s − 1.1
s+1
(a)制御対象 (1) は,
d2
d
y(t) − 3 y(t) + y(t) = u(t)
2
dt
dt
という組み合わせを考えたとき, P (s)C(s) =
1
s+1
β2 s2 + β1 s + β0
s2 + α1 s + α0
となることである. 一見良さそうにみえ
2
という式で記述されるシステムであ
致しないとする. このとき, 出力は
り, その Laplace 変換が
Y (s) =
Y (s) =
d
y(0) − 3y(0)
sy(0) + dt
2
s − 3s + 2
1
+ 2
U (s)
s − 3s + 2
d
y(0) − 3y(0))
δ(s)(sy(0) + dt
=
δ(s)(s − 1)(s − 2) + γ(s)
となることを確認せよ. このとき, 閉ルー
で与えられることを確認せよ.
プ系の安定性は, α(s)(s−1)(s−2)+β(s)
(b)フィードフォワード制御入力
の根の実部が厳密に負になればよい. 閉
ループ系を安定化するパラメータ α1 ,
U (s) = C(s)R(s)
α0 , β1 , β0 を求めよ.
としたとき, 出力
Y (s) =
(4) 図 1 の閉ループ系で H(s) = 1 とし, 次
sy(0) +
− 3y(0)
2
s − 3s + 2
1
+
R(s)
(s + 1)2
d
dt y(0)
のように制御器を作ったとする.
C(s) =
ように, 閉ループ系の極を pi を指定した
いて発散することを示せ.
い. すなわち,
(2) 図 1 の閉ループ系で H(s) = 1 とし, 次
のように制御器を作ったとする.
(s + p1 )(s + p2 )(s + p3 )(s + p4 )
=γ(s)(s − 1)(s − 2) + δ(s)
s2 − 3s + 2
.
(s + 1)2
が成り立つように, パラメータ α1 , α0 ,
このとき, 出力は
β1 , β0 を求めよ.
d
P (s)(sy(0) + dt
y(0) − 3y(0))
1 + P (s)C(s)
(s + 1)2
=
(s + 1)2 + 1
問題で扱ったように, 制御対象と制御器の間
Y (s) =
×
に極零相殺があると, フィードバック制御で安
定化することができない. 一般的な有理伝達関
数の場合で確認しよう. 制御対象の伝達関数を
d
sy(0) + dt
y(0) − 3y(0)
2
s − 3s + 2
P (s) とし, それを次のように分母多項式と分子
多項式の比で表わす.
となり, 出力が発散することを示せ.
(3) 図 1 の閉ループ系で H(s) = 1 とし, 次
P (s) =
のように制御器を作ったとする.
C(s) =
γ(s)
β1 s + β0
=
.
s2 + α1 s + α0
δ(s)
また, 出力 y(t) がなるべく早く減衰する
は, 有限個の点を除いた初期値にお
C(s) =
d
P (s)(sy(0) + dt
y(0) − 3y(0))
1 + P (s)C(s)
β1 s + β0
γ(s)
=
.
s2 + α1 s + α0
δ(s)
bn sn + bn−1 sn−1 + · · · + b0
n(s)
=
n
n−1
s + an−1 s
+ · · · + a0
d(s)
(2)
で表し, 制御器も同様に
ただし, C(s) の零点は P (s) の極とは一
C(s) =
3
γ(s)
βn sn + βn−1 sn−1 + · · · + β0
=
sn + αn−1 sn−1 + · · · + α0
δ(s)
(3)
ただし, n = 1, 2, · · · .
で表す. 厳密にプロパな伝達関数を考えるので
あれば, bn = 0, βn = 0 と置けばよい. 制御対
(1) 各 n に対し, 閉ループ伝達関数の極を求
象のシステムは次の微分方程式で記述される.
n
∑
k
ak
k=0
d
y(t) =
dtk
n
∑
めよ.
k
bk
k=0
d
u(t)
dtk
(2) 各 n に対し, 閉ループ伝達関数を部分分
数展開せよ.
(3) 各 n に対してインパルス応答を求めよ.
これを Laplace 変換して整理すると,
また, n を大きくするとインパルス応答
1
Y (s) =P (s)U (s) +
fp (s)
d(s)
がどのように変化するか, 考察せよ.
1.2
である. ただし, 初期値に関する項をまとめて
有理伝達関数の極配置法
極零相殺は, 安定化制御器の設計のための必
fp (s) と置いた. 一方, 制御器のシステムも同様
要条件である. したがって, それをクリアし
に求めると,
U (s) = −C(s)Y (s) −
たからといって安定化制御器が作れるとは限
1
fc (s)
δ(s)
らない. しかし, とくに制御入力に制約がない
場合, 一般のプロパな有理伝達関数にも, それ
となる. したがって,
1
Y (s) =
1 + P (s)C(s)
(
fp (s) fc (s)
−
d(s)
δ(s)
を安定化する制御器が必ず存在することが知
)
られている
(4)
(*2
. 安定化制御器を作成するため
の 1 つの手段として, ここでは極配置法 (pole
となり, P (s) と C(s) の間に不安定な極の極零
assignment) を取り上げる. 極配置とは, 閉
相殺が起こると, 初期値応答に対して不安定極
ループ伝達関数の極を指定し, それを達成する
が残ってしまうため, 発散する. 極零相殺のな
ように制御器を作成する方法である.
い閉ループ系は
Y (s) =
制御対象と制御器の伝達関数をそれぞれ
δ(s)fp (s) − d(s)fc (s)
δ(s)d(s) + γ(s)n(s)
P (s), C(s) とし, 式 (2), (3) で表わす. 厳密
(5)
にプロパな伝達関数を考えるのであれば, 分子
と, 初期値の関数として表すことができ, かつ
多項式の係数 bn = 0 と置けばよい. P (s) と
安定性の問題は初期値に独立となる.
C(s) の間には, 不安定な極零相殺は生じないと
仮定する. このとき, 閉ループ伝達関数は
以上から分かるように, フィードバックによ
る制御対象の安定化は, 制御対象のもっている
不安定極自身で相殺することにより達成され
1
d(s)δ(s)
=
1 + P (s)C(s)
d(s)δ(s) + n(s)γ(s)
る. これがフィードフォワード制御にはない,
(6)
フィードバック制御のもつ特徴である.
問題 2 (漸近的な極零相殺). 図 1 の閉ループ
となり, 安定性は閉ループ伝達関数の分母多項
系で H(s) = 1 とし, 制御対象と制御器を次
のように仮定する.
P (s) =
s − (1 + n1 )
1
, Cn (s) =
s−1
s+1
(*2
4
現代制御論の言葉でいえば, これは伝達関数がシス
テムの可制御可観測な部分を扱っているためである.
式の根によって決まる.
えよ.
(1) 閉ループ系の極が {−1 ± 2i} となるよう
d(s)δ(s) + n(s)γ(s)
=
n
∑
に, 制御器のパラメータを求めよ. ただ
sk1 +k2 (ak1 αk2 + bk1 βk2 )
しi=
k1 ,k2 =0
=
2n
∑
sm
m=0
m
∑
√
−1.
(2) 閉ループ系の極が {−1, −5} となるよう
(ak αm−k + bk βm−k ).
に, 制御器のパラメータを求めよ.
k=0
(3) 閉ループ系の極が {1, 5} となるように,
ただし, k ≥ n + 1 で αk = βk = ak = bk = 0
制御器のパラメータを求めよ.
とする. 一方, 閉ループ系の分母多項式を次の
αn = 1 に 注 意 す る と, 未 知 パ ラ メ ー タ
ように仮定する:
2n
∑
n
{αi }n−1
i=0 , {βj }j=0 を求めるためには次の代数
方程式を解けばよい.
sm qm .
m=0

ただし, q2n = 1 とし, この根は安定であるとす
m
∑
(ak αm−k + bk βm−k )
(7)
k=0
が成り立つようにパラメータ αk , βk を決定す
ればよい. 例えば
P (s) =
1
β1 s + β0
, C(s) =
s+1
s + α0
(8)
に対して閉ループ系の分母多項式が (s + 4)(s +
2) = s2 + 6s + 8 となるように制御器のパラ
メータを決めるには,
s2 + 6s + 8 = s2 + (1 + α0 + β1 )s + α0 + β0
⇒
∀β1 ∈ R, α0 = 7 − β1 , β0 = 1 + β1
とすればよいことになる. ここで β1 は自由パ
ラメータとなる.
問題 3. 式 (8) の制御対象と制御器が与え
られているとする. このとき, 次の問題に答
(*3









q
n−1


 qn − a 0 




..


.


q2n−1 − an−1 
q2n − an

a0
0 ···

..
 a1
.
a0

 ..
 .

an−1 · · · · · ·

=  an
··· ···

 0
an · · ·

 .
 ..

 0
···
0
0
···

b0
0 ···

 b1 b0 . . .

 ..
.

+ bn · · · · · ·

 0 bn · · ·

.
 ..
る (*3 . したがって, m = 0, 1, · · · , 2n に対して
qm =
q0
..
.
0
不安定な極を指定することもできるが, ここでは安
定化のみを考える. また, 考えている問題は配置し
∏
たい極 pk , k = 1, 2, · · · , 2n を用いて 2n
k=1 (s +
∑2n
pk ) = m=0 qm sm であるので, q2n = 1 と置い
ても一般性を失わない.
···
0
0






0
 α0


a0 
  α1 


.
a1   . 
. 
a2 
 αn−1



an 
0

0

 
 β0

 
0
  β1 
 . 
b0 
  .. 

b1 
 βn

bn
(9)
さらに q2n = an = 1 であるので, 一般性を失
わず βn = 0 と置いてよい. このとき, 式 (9)
5
は, 次のようになる.

で表わされている伝達関数であれば, 実はいつ

q0
..
.








qn−1


 qn − a0 




..


.
q2n−1 − an−1

a0
0 ···

..
 a1
.
a0

 ..
 .


= an−1 · · · · · ·
 an
··· ···

 0
an · · ·

 .
 ..
0

b0

 b1

 ..
.

+ bn

0

.
 ..
···
0
0
b0
···
..
.
···
bn
···
···
···
[ ]
[
] α
⃗
= A B ⃗
β
0
0
でも成り立つ. 証明はしないが, このことを例
題を通して調べてみよう.
問題 4. 以下の問で与えられる伝達関数に対
し, 式 (10) の行列 A, B を求め, 行列 [A, B]
の正則性を調べよ. 伝達関数が約分できる場
0
合でも, 約分はしないこと.





 α0
0
  α1 


a0 
  .. 


. 
a1 

a2  αn−1


an

0



 β0



0
  β1 
 . 
b0 
  .. 

b1 
 βn−1

bn
(1) P (s) =
(2) P (s) =
(3) P (s) =
(4) P (s) =
(5) P (s) =
約分できる場合, すなわち可約な有理関数で
表わされている場合は, 行列 [A, B] が正則に
ならないことが分かると思う. 以上の知識で,
極配置法を実際に行うことができる.
問 題 5 (極 配 置 法). 図 1 の 閉 ル ー プ 系 で
H(s) = 1 とする. このとき, 以下の問で与え
られる制御対象の伝達関数に対し, 閉ループ
(10)
系が指定された極をもつように, 制御器を作
⃗ ∈ Rn である. した
ここで A, B ∈ R2n×n , α
⃗, β
成せよ.
⃗ を求める問題は, 行列 [A, B] ∈
がって, α
⃗ とβ
(1) 制御対象と閉ループ系の極を以下のよう
R2n×2n の正則性を調べることに帰着する. 行
にする.
列 [A, B] ∈ R2n×2n が正則ならば,

[ ]
[
α
⃗
= A,
⃗
β
s
.
s(s − 1)
s−1
.
s(s − 1)
1
.
s−1
1
.
s
s+2
.
s2

P (s) =
q0


q1




..


.

]−1 
 qn − a0 
B


 qn+1 − a1 




..


.
q2n−1 − an−1
1
, (p1 , p2 ) = (−1, −1)
s−1
これを達成する制御器を求めよ.
(2) 制御対象と閉ループ系の極を以下のよう
にする.
P (s) =
s−1
, (p1 , p2 ) = (−1, −1)
s+1
これを達成する制御器を求めよ.
により, 閉ループ系の極を指定した制御器が構
成できる. [A, B] の正則性は, 既約な有理関数
6
の安定な伝達関数に対し, 並列結合と直列結合
2 安定化制御器のクラス
は安定性を変えない. したがって, 安定な伝達
極配置法を知っていれば, 安定化制御器を作
関数の全体からなる集合 S は,環である (*6 . す
ることが可能である. 安定化制御器を 1 つ求め
なわち, G, H ∈ S ならば, G+H ∈ S, GH ∈ S
られれば, それを元に制御対象を安定化する制
である. この性質は, 入出力数が等しい伝達関
御器の全てを求める方法があり, それを制御器
数行列 (正方行列) に対していつでも成り立つ.
の Youla パラメトリゼーションという. 制御器
入出力数が異なる場合には積が定義できない
と制御対象の役割を変えれば, これは与えられ
が, 既約分解という手法を用いることで以下と
た制御器で安定化可能な制御対象の集合を求め
同じ議論ができる. 以下では 1 入力 1 出力系を
ることと等価であり, ロバスト制御と深く関係
考えるが, 多入力多出力系に関しては, 適当な
する. 本節では, 安定化制御器のクラスに着目
参考文献を参照されたい.
し, Youla パラメトリゼーションを概説する.
2.1
Youla パラメトリゼーションとは, 代数学を
既約分解と安定化制御器
次のプラントを考える.
用いた制御器の特徴付けのことである. ある性
P (s) =
質を満たす集合に対して, 演算 (例えば和や積)
s+2
(s − 1)(s + 3)
(11)
を施してもその性質を保つとき, 集合は演算に
このプラントは, 次のように, 安定な 2 つの伝
対して閉じているという. 例えば, 自然数は和
達関数の比で表わすことができる.
と積に関して閉じており, 商演算 (割り算) や
差には閉じてない. また, 有理数は和,差,積
Np (s)
,
Dp (s)
s+2
(s − 1)(s + 3)
Np (s) =
, Dp (s) =
(s + a)2
(s + a)2
(12)
P (s) =
および商の四則演算に対して閉じており, 実数
のスカラー倍には閉じてない. 実数は四則演算
に関して閉じており, 実スカラー倍にも閉じて
いる. 粗い言い方ではあるが, 和と積に関して
閉じている集合を環 (ring) といい, 環がスカ
ここで a > 0 である. Dp (s) は安定かつバイ
ラー倍に関して閉じているとき, 多元環もしく
プロパー, Np (s) は安定かつプロパで, それぞ
は代数 (algebra) という. 整数や有理数は環
れ同じ極を持っていれば何でもよい (それぞれ
であるが代数ではなく,実数は代数である.こ
制御器を求めるための仮想的なシステムであ
の概念を,方程式にも拡張して考え,集合全体
るため). 重根の形式にしているのは, 計算が
の特徴づけを利用することで,安定化可能な制
楽になるという理由からなので, 分母多項式と
御器を構成することができる.
同じ次数をもつ安定な多項式ならば何でもよ
伝 達 関 数 は, プ ロ パ ー な 実 有 理 関 数 で あ
い. ただし, 既約な有理関数にする必要があ
り (*4 , 並列結合および直列結合を行ってもプロ
る. 与えられた伝達関数 P (s) をこのように分
パーな実有理関数である
(*5
. 特に 2 つの任意
(*6
(*4
本稿では,有理関数で表せない伝達関数は考えな
い.
(*5 伝達関数は, 既約なもののみを扱う. 既約とは, 分
母と分子の多項式が同じ根を持たない, という意味
7
である.
正確な環の定義は, 加法に関して可換群であり, 乗
法に関してモノイドであること(定義は「代数系」
の本には載っている). 以下の議論では, 和と積に
関して閉じていることが重要なので, 細かい定義は
気にしなくてもよい.
解することを, P の S 上の既約分解 (coprime
い が, その よ う な 場 合 も 式 (13) に 帰 着 さ れ
factorization) という.
る
(*9
. 式 (13) を, Bezout 恒等式 (Bezout
このシステムに対し, フィードバック制御に
identity) という. Bezout 恒等式を満たす
よって閉ループ系を安定化することを考える.
Dc , Nc ∈ S は存在することが知られているの
制御器 C(s) も同じく安定かつプロパ (分母有
で [2, 4 章], 任意の制御対象 P (s) に対して, 閉
理関数はバイプロパ)
ループ系を安定化する制御器 C(s) は必ず存在
する. 例えば,P (s) =
1
s+2 ,
C(s) = 1 のとき,
Nc (s)
C(s) =
Dc (s)
Np (s), Dp (s), Nc (s), Dc (s) の組を1つ求めて
の形で表わすと, 閉ループ伝達関数は次のよう
みる.手がかりとして,次のように a, α, β ∈ R
で特徴付けた伝達関数を考える.
になる.
1
, Dp (s) =
s+a
s+β
Nc (s) =
, Dc (s) =
s+α
C(s)P (s)
1 + C(s)P (s)
Nc (s)Np (s)
.
=
Dc (s)Dp (s) + Nc (s)Np (s)
Np (s) =
G(s) =
ここで
したがって, 閉ループ系の安定性は,
Np (s)Nc (s) + Dc (s)Dp (s)
H(s) := Dc (s)Dp (s) + Nc (s)Np (s)
=
としたとき, Dc (s)Np (s) と Nc (s)Np (s) が同
じ分母多項式を持つので,H −1 ∈ S になるか
(s + 3)(s + β)
=1
(s + a)(s + α)
を満たすには,
否かで決まる. Dc , Dp , Nc , Np ∈ S なので, 環
a = 3,
の性質から H ∈ S である (*7 .
H, H −1 ∈ S となる H(s) は, ユニモジュラ
(unimodular) あるいは単元と呼ばれる
(*8
α=β
とすればよい.したがって,Np (s) = 1/(s+3),
.
Dp (s) = (s + 2)/(s + 3), Nc (s) = Dc (s) = 1
ここでは伝達関数を考えているので, ユニモ
である.
ジュラは, バイプロパかつ不安定極および不安
残る問題は, 安定化制御器の具体的な形をど
定零点を持たない伝達関数と言い直すことがで
のようにして求めるかである.
きる. 最も単純なユニモジュラは H(s) = 1 で
問題 6. 制御対象 (11) は, 式 (12) の Dp (s),
ある. このとき,
Dp (s)Dc (s) + Nc (s)Np (s) = 1
s+2
s+a
s+β
s+α
Np (s) で表わされているものとする.
(13)
(1) Dc (s) =
s+β
s+α ,
Nc (s) =
γ
s+α ,
α > 0,
となる制御器を求めればよい. もちろん, 右
β, γ ∈ R とする. このとき, 式 (13) を
辺はユニモジュラな伝達関数ならば何でもよ
α, β, γ について解き, 閉ループ系を安定
化する制御器を求めよ. ただし a = 10
(*7
バイプロパな伝達関数とプロパな伝達関数の和は,
バイプロパになることに注意されたい.
(*8 例えば, x ∈ R かつ x ̸= 0 はユニモジュラである.
正方行列が正則行列であれば, やはりユニモジュラ
であるという. 考えている集合の性質によって, 何
をユニモジュラと呼ぶのかは異なってくる.
(*9
8
W (s) を ユ ニ モ ジ ュ ラ と し, Dp (s)Dc (s) +
Nc (s)Np (s) = W (s) とするならば, 両辺を W (s)
で 割 り, Dc′ (s) := Dc (s)W (s)−1 , Nc′ (s) :=
Nc (s)W (s)−1 と改めておけばよい.
に意味のない解も得られることがある. S 上の
とする.
(2) Dc (s) =
s+β
s+α ,
Nc (s) =
γ
s+α ,
既約分解では, このようなことが生じない.
α > 0,
β, γ ∈ R とする. a = 1 としたとき, 式
では, 不安定な有理関数も許すことにし, プ
(13) を満たすパラメータ α > 0 が存在
ロパーな実有理関数のみで考えるとどうであろ
しないことを確認せよ.
うか? これは, Dc (s)Dp (s) で不安定な極零相
s2 +βs+γ
(s+a)2 ,
s2 +δs+ϵ
(s+a)2 ,
殺を起こしうるため, フィードバック系が内部
β, γ, δ, ϵ ∈ R とする. このとき, 任意
安定にならない. 結局, 安定性の議論を行うた
の a > 0 に対して式 (13) を満たすパラ
めには, S 上の既約分解が必要になる
(3) Dc (s) =
Nc (s) =
メータ (β, γ, δ, ϵ) を求めよ.
問題 7. 既約分解を多項式で表わした場合,
(4) Dc (s) = 1, Nc (s) = kp とする (比例制御
プロパとは限らない伝達関数が得られること
器). このとき, 式 (13) を満たす組 (a, kp )
があるが, そのような例を示せ.
を求めよ.
2.2
Np や Nc は仮想的なシステムなので, a の選
安定化制御器の全体
Bezout 恒等式を解くと, 安定化制御器が一
び方は安定化問題に対して本質的ではない. 考
つ求められることを見た. 今度は, 与えられた
えている制御対象 (11) は比例制御器でも安定
制御対象を安定化する制御器の集合がどのよう
化できるが, これを Bezout 等式から求めるに
に特徴づけられるかを求めよう.
は, 仮想的なシステムの選び方も工夫しなけれ
Bezout 恒等式を満たす制御器 C(s) の既約
ばならない. Bezout 恒等式を解くアルゴリズ
分解 (Nc (s), Dc (s)) が得られているものとす
ムとして, Euclid の互除法や MacDaffee の方
る. このとき, Nc (s) + Y (s), Dc + X(s) とし
法が知られている [3, 4]. しかし, ここでは極配
て, 新たな制御器
置法を用いた単純な方法を考えよう.
Nc (s) + Y (s)
˜
C(s)
=
Dc (s) + X(s)
(1) n 次の伝達関数 P (s) に対して, −1 を閉
ループ系の 2n 重根としてもつよう, 極配
を考えよう. この新たな制御器を用いたとき,
置法によって n 次の制御器 C(s) を求める.
閉ループ系の安定性は
(2) P (s) と C(s) の分母多項式および分子多
1 =(Dc (s) + X(s))Dp (s)
項式を, それぞれ (s + 1)n で割る.
+ (Nc (s) + Y (s))Np (s)
このようにすれば, Bezout 恒等式を満たすよ
うに Np (s), Dp (s), Nc (s), Nd (s) を求めるこ
を満たす (X(s), Y (s)) を探すことと同値にな
とができる.
る. C(s) の既約分解は Bezout 恒等式 (13) を
満たすので,
最後に, 既約分解を S 上, すなわち安定な伝
達関数で行う理由についても述べておく. 安定
X(s)Dp (s) + Y (s)Np (s) = 0
性は, 分母多項式の根を調べることと同値であ
るが, 多項式を用いて Bezout 等式を導くこと
となることが必要十分条件である. これは,
は可能である. しかし, そのようにして得られ
Q ∈ S を用いて,
た制御器がプロパーであるとは限らず, 物理的
X(s) = Q(s)Np (s),
9
Y (s) = −Q(s)Dp (s)
と表わすことができる.
対象と同じ次数になるしかし, 例えば制御対
したがって, 制御対象 P (s) が与えられたと
象が安定の場合, 比例制御のみで安定化可能で
き, その既約分解 (Np (s), Dp (s)) に対して閉
あったように, 制御器が複雑な形になる. 安定
ループ系を安定化する制御器は, 次の集合に属
化するために必要な制御器の次数に関する結果
する.
も知られている [5].
{
}
Nc (s) + Dp (s)Q(s)
: Q∈S .
Dc (s) − Np (s)Q(s)
ここで, (Nc (s), Dc (s)) は, Bezout 恒等式 (13)
を満たす S の元である. 安定化制御器は, 自由
2.3
制御器が安定化できる制御対象の全体
P (s) と C(s) の役割を変えると, 次のような
問題も考えられる.
「ある制御対象 P (s) を安定化する制御器 C(s)
が一つ得られたとする. このとき, その C(s) が
パラメータ Q ∈ S によって表わされる(図 2).
安定化できるプラントの集合を求めよ. 」
この問題は, 設計した制御器が安定化できる制
御対象のクラスを求めることを意味し, 制御器
のロバスト性を意味する.
ある制御対象 P (s) = Np (s)/Dp (s) に対し,
Bezout 等式を用いて作成した安定化制御器
C(s) = Nc (s)/Dc (s) が求められたとする.こ
の制御器が安定化できる実有理関数でモデル化
される制御対象は,次で表現される集合の元で
ある.
{
図2
安定化制御器の全体.
問題 8.
3 追従制御と内部モデル原理
安定化制御器の集合を特徴づけよう.
(1) P =
1
s−1
これまでの話は, 閉ループ系の安定性につい
とする. このとき, P (s) を安定
ての話が主であった. 閉ループ系の安定性は,
化する制御器の集合を求めよ.
(2) P =
1
s2
}
Np (s) + Dc (s)Q(s)
: Q∈S .
Dp (s) − Nc (s)Q(s)
多くの制御問題では “必要条件”であり, 安定だ
とする. このとき, P (s) を安定
からといって望ましい制御性能が達成できる
化する制御器の集合を求めよ.
わけではない. 制御対象の出力が望み通りの信
安定化制御器を求める問題は, 本稿程度で用
号にしたいという問題は, 安定性に加えて “望
いる代数学の知識で十分ということになる. 用
み通りの信号 r(t)”に追従させるという制御目
いている理論は単純だが, このように豊かな結
標を達成しなければならない. これは, r(t) と
果を導ける.
出力 y(t) の差 e(t) を零にする問題であり, 漸
Bezout 等式を用いて求めた制御器は, 制御
近的に達成するための条件は, 内部モデル原理
10
(inner model principle)(*10 という名前で
定性は保証されない. したがって, αp (s)αc (s)
知られている [6]. ここでは r(t) のラプラス変
の根が, αr (s) の根を全て含んでいなければな
換が有理関数になる場合のみを考えよう. とく
らない (これが内部モデル原理と呼ばれる所以
に興味のある場合は, r(t) が零に収束しない場
である). このとき,
合である. このとき,
R(s) =
lim e(t) = lim sE(s) = 0
t→∞
βr (s)
αr (s)
s→0
となり, y(t) が r(s) に漸近的に追従する.
の分母多項式 αr (s) は, 虚軸を含む複素閉右
問題 9. 制御対象の伝達関数を
半平面に少なくとも 1 つは根をもつ. e(t) の
P (s) =
Laplace 変換を E(s) とすると,
E(s) =R(s) − Y (s)
1
=
R(s)
1 + P (s)C(s)
とする. このとき, 以下の問に答えよ.
(1) 追従制御で最も基本的なものは, ステッ
プ応答である. R(s) =
である. ここで
P (s) =
1
s−1
1
s
としたとき,
e(t) = r(t) − y(t) → 0 となる制御器を
βp (s)
,
αp (s)
C(s) =
βc (s)
αc (s)
作成せよ.
(2) 正弦波への追従問題を考える. R(s) =
3
s2 +9
とすると, 誤差信号は
としたとき, e(t) = r(t) − y(t) → 0
となる制御器を作成せよ.
αp (s)αc (s)
βr (s)
E(s) =
(14)
αp (s)αc (s) + βp (s)βc (s) αr (s)
で表わされる. もとの閉ループ制御系が不安定
であれば, |y(t)| → ∞ となり, 安定限界ならば
y(t) は入力次第で発散しうるため, 閉ループ制
御系は安定である必要があることに注意され
たい. これは, αp (s)αc (s) + βp (s)βc (s) の根が
安定になることを意味する. Laplace の最終値
定理
lim e(t) = lim sE(s)
t→∞
s→0
を用いることを考えると, これは E(s) の極に
図3
連続関数の階段関数近似.
s = 0 を持ち,他の極が全て安定になることが
必要十分であった. E(s) の極で不安定になっ
速いステップ応答が実現できれば, 追従誤差
ているものは, R(s) の極のみであるので, これ
は零ではないものの, 大抵の連続関数に “だい
を分子多項式で相殺しなければ, e(t) の漸近安
たい”追従できる. 連続関数が階段関数の極限
(*10
で近似できることを思い出せば, 速いステップ
プロセス制御では, 内部モデル制御と呼ばれる方法
もあるが, これとは異なる.
応答が重要であることが分かると思う(図 3).
11
内部モデル原理で保証されることは, t → ∞
計算すると,
で誤差が零になることであるため, 速いステッ
プ応答を実現するためには別の工夫が必要であ
る. そこで, 追従誤差 e(t) の二乗積分を最小化
となるので, Kp が大きいほど速く減衰し, Ki
することを考えよう. 内部モデル原理を用いた
が大きいほど時間応答が振動的になる. 時間応
安定化制御が行えているとすると, Parseval の
答の振動性は, 二乗積分の際に有利になるため,
公式 (*11 より,
∫
∞
e(t)2 dt =
0
1
2π
∫
}
{
√
−(Kp − 1) ± (Kp − 1)2 − 4Ki
1
2
これらのパラメータは大きいほどよい. しかし,
∞
−∞
|E(jω)|2 dω
あまり大きくしすぎると, モデル化誤差に対す
(15)
るロバスト性は失われるので, 実際の設計では
複数の性能を同時に考える必要がある.
が成り立つ [4]. 右辺は, 周波数領域でのゲイン
の二乗積分である. 解析的な複素関数の虚軸上
の二乗積分の平方根をとったものは, H 2 ノル
ムと呼ばれ, 閉ループ伝達関数の H 2 ノルムは
400
制御性能の代表的な指標の 1 つである [7]. こ
350
こで制御対象を
300
250
1
P (s) =
s−1
200
150
100
としよう. PI 制御を行うと, 比例ゲイン Kp >
50
0
10
1, 積分ゲイン Ki > 0 のとき, 閉ループ系は安
8
8
定で, ステップ応答の追従誤差を零にできる.
6
6
4
x 10
4
4
4
x 10
2
1
s(s − 1)
2
s + (Kp − 1)s + Ki s
s−1
= 2
s + (Kp − 1)s + Ki
2
0
0
Ki
E(s) =
Kp
図4
比例ゲイン Kp と積分ゲイン Ki をそ
れぞれ動かして閉ループ伝達関数を作成し,
E(s) のステップ応答の H 2 ノルムの逆数を
プロットしたもの.
したがって, 制御器を PI 制御器に限定したと
き, 閉ループ系を安定化する範囲で Ki と Kp
を適当に動かし, 最適なパラメータの組を探せ
ばよい. Ki を 100.1 から 105 まで, Kp を 100.1
ロバスト性のためによく知られている指標
から 105 までそれぞれ動かした際の E(s) の
は, 伝達関数の H ∞ ノルムである. 伝達関数
H 2 ノルムの逆数を, 図 4 に示す (*12 . ここで
G(s) とすると,
逆数をとった理由は, 3 次元の図では最大値の
∥G∥H ∞ :=
方が分かりやすいからである. この例では, Ki
も Kp も大きい方が望ましい応答になる. 極を
sup
s∈{s∈C | Re(s)>0}
|G(s)|
で定義される.1 入出力系の場合, 安定な伝達
関数の H ∞ ノルムはゲインの最大値と一致す
(*11
より一般的には Plancherel の定理という.
(*12 作成したアルゴリズムは, 本稿の最後に載せる.
る. この指標は,入力を u(t),出力を y(t) とす
12
ると,
最適化指標の凸結合したものを新たな評価指標
√∫ ∞
∫0∞
0
∥G∥H ∞ = sup
u∈L2
として用いることも多い. 最適制御については,
|y(t)|2 dt
|u(t)|2 dt
別の項で改めて取り上げる.
4 2 自由度制御
とも表せる.ここで L2 は,
∫
L := {u : R → R |
2
∞
フィードバック制御が安定化に対して重要で
|u(t)|2 dt < ∞}
あるのに対し, フィードフォワード制御は制御
0
で定義される関数の集合である.H ∞ ノルム
性能を高めるために重要である. フィードフォ
を小さくすると, モデル化誤差に対してロバス
ワード制御の本質は, 予測制御である. 数理モ
トな制御ができていると解釈される. 先ほど
デルに不確かさがなく, パラメータの不確実さ
と同じ条件で PI 制御のパラメータを変化させ
もない場合, 与えられた情報から未来の挙動を
H ∞ ノルムを計算し, その常用対数をとった
完全に推測できるため, “完璧な制御”が可能に
ものの逆数をプロットしたものを図 5 に表わ
なる. すなわち, “完全な情報”の下では, フィー
す
(*13
ドフォワード制御のみで性能が保証される. ほ
. 図 5 からは, Kp を大きくした方がよ
んのわずかな数値誤差でも許されないため, こ
く, Ki は小さい方がよいことがわかる.
れは非現実的なのだが, フィードバック制御も
併用するとかなりの改善が可能になる.
5
x 10
1/(H infinity norm)
10
8
6
4
2
0
10
図 6 2 自由度制御系.
8
6
4
5
x 10
4
4
x 10
2
0
0
Ki
Kp
図 6 のシステムを考えよう.
図5
{
Y (s) = P (s) P (s)−1 M (s)R(s)
(
)}
+ C(s) M (s)R(s) − Y (s)
比例ゲイン Kp と積分ゲイン Ki をそ
れぞれ動かして閉ループ伝達関数を作成し,
その H ∞ ノルムの対数の逆数をプロットした
もの.
より, 簡単な計算から,
(1 + P (s)C(s))Y (s)
工学では, このように複数の指標を同時に最
= (1 + P (s)C(s))M (s)R(s)
適化したい場合が多い. 複数の性能を同時に最
⇒Y (s) = M (s)R(s)
適化することは, 多目的最適化 (multi objec-
(*14
(16)
(17)
tive optimization) と呼ばれる. 多目的最適
が得られる
化問題をそのまま解くのは難しいため, 複数の
特性をもつ伝達関数に設計すればよい. 参照入
(*13
(*14
対数をとったり逆数をとったりしている理由は見
やすくするためであって, 本質的ではない.
13
. この M (s) を, 望ましい伝達
数学的には式 (16) の両辺を約分してよいが,工学
的には,本稿で述べたように,不安定な極零相殺を
力 r(t) の応答 M (s)R(s) は, 一見するとプラン
る必要がある. したがって,
トに依存しない任意の伝達関数 M (s) によって
M (s) =K
表現されているが, 実際には, M (s) は次の条件
s−2
,
(s + a)n
n ≥ 2, a > 0
(19)
を満たす必要がある.
P (s)−1 M (s) =K
• P (s)−1 M (s) がプロパー.
• M (s), P (s)−1 M (s) が安定.
−1
この場合, P (s)
2
s + 3s + 1
(s + a)n
(20)
となる.
と M (s) との間に不安定な
極零相殺があってもよいことに注意しよう. す
なわち, P (s) の不安定零点を M (s) で消しても
よい. 図 7 を見ると, P (s)−1 と M (s) の極零
相殺は, 制御器の中で行うため, 解析的にかつ
初期値の応答を気にせずに行えるためである.
P (s)−1 と M (s) というシステムを作ってから
図 7 2 自由度制御系の制御器と制御対象.
かけ合わせているのではなく, P (s)−1 M (s) と
いう伝達関数を作っているのである. 例えば,
次の制御対象と制御器を考えよう.
s−2
P (s) = 2
s + 3s + 1
−1
C(s) =
s+1
さて, ここで前節と同じく初期値応答につい
て考えよう. 式 (17) の導出をみると, フィー
ドバック制御器 C(s) は何であっても良さそう
(18)
であるように見えるが, 初期値応答を考えると
C(s) は P (s) と不安定な極零相殺がなく, かつ
閉ループ系を安定化するように設計しなければ
この閉ループ系は安定となるが, 制御対象が不
ならないことが分かる. さらに, 初期値の応答
安定零点を含む. そこで, P (s)−1 M (s) が安定
が速く消えるためには, C(s) の設計において
となるように,
初期応答が素早く減衰するように設計しなけれ
M (s) = K
s−2
m(s)
ばならない. 現実的な応答を考えるには, M (s)
のみの設計だけでなく, C(s) の設計も重要で
ある.
とおく. つまり, P (s) の不安定な零点が, M (s)
の零点にあればよい. K ∈ R で m(s) は安定な
問題 10. 追従制御の問題を考えよう. 追従誤
1 次以上の多項式である. m(s) は安定ならば何
差 E(s) = R(s) − Y (s) = (1 − M (s))R(s) が
でもよいため, 例えば m(s) = (s + a)n , n ≥ 2,
t → ∞ の極限で 0 になるための条件は, 前節
a > 0 とすればよい. ここで K や a は設計の
で述べた通りである.
自由度であり, 欲しい制御性能に応じて決定す
(1) 出力 y(t) がステップ入力 R(s) =
1
s
に追
従するための M (s) の条件は, M (0) = 1
行ってはならない.このため,(1 + P (s)C(s)) が
安定となるよう,制御器 C(s) を設計する必要があ
る.
であることを示せ.
(2) 出力 y(t) が正弦波入力 R(s) =
14
ω
s2 +ω 2
に 追 従 す る た め の M (s) の 条 件 は,
[7] Kemin Zhou,
M (jω) = 1 であることを示せ.
John C. Doyle,
and
K. Glover. Robust and Optimal Control.
Prentice Hall Upper Saddle River, NJ,
追従制御の場合, 定常状態で追従を達成する
1996.
には, R(s) の不安定極を (1 − M (s)) の不安定
劉 康志, 羅 正華 共訳 : ロバスト最適制御,
零点で相殺しなければならない. R(s) の不安定
コロナ社, 1997.
極 s∗ ∈ C, Re(s∗ ) ≥ 0 で R(s∗ ) = ∞ となるた
め, 不安定極 s∗ の極零相殺とは 1 − M (s∗ ) = 0
付録 A
を意味している. したがって, 問題で述べた条
件が必要となる. 不安定極が虚軸上にある場合,
図 4 と図 5 の作成アルゴリ
ズム
この条件は M (s) の Bode ゲイン線図がその極
Kp=10.^(0.1:0.2:5);
で log |M (jω)| = 0 となることを意味する.
Ki=10.^(-1:0.2:5);
H2norm_E=zeros(length(Kp),length(Ki));
参考文献
Hinfnorm_G_cl=
[1] 片山徹. フィードバック制御の基礎. 朝倉
zeros(length(Kp),length(Ki));
書店, 2005.
[2] Mathukumalli Vidyasagar. Control System Synthesis:
for kp=1:length(Kp)
A Factorization Ap-
for ki=1:length(Ki)
% ステップ応答の Laplace 変換
proach. MIT press Cambridge, MA, 1985.
[3] 前田肇, 杉江俊治. アドバンスト制御のため
G_cl=tf([1,-1,0],
のシステム制御理論. システム制御情報ラ
[1,Kp(kp)-1,Ki(ki)]);
イブラリー 3. 朝倉書店, 1990.
E=tf([1,-1],[1,Kp(kp)-1,Ki(ki)]);
% H2 ノルムの計算
[4] John C. Doyle, Bruce A. Francis, and
Allen R. Tannenbaum. Feedback Control
H2norm_E(kp,ki)=norm(E,2);
Theory. Prentice Hall, Inc., 1992.
% Hinf ノルムの計算
藤井隆雄 監訳, フィードバック制御の理
Hinfnorm_G_cl(kp,ki)=norm(G_cl,inf);
論 – ロバスト制御の基礎理論–, コロナ社
% ステップ応答の H2 ノルムと
% 閉ループ伝達関数の Hinf ノルムが
(1996).
% 最小になる添え字を更新
[5] V. L. Syrmos, C. T. Abdallah, P. Dorato, and K. Grigoriadis. Static output
if kp==1 && ki==1
feedback–A survey. Automatica, Vol. 33,
ind_min2=[kp,ki];
No. 2, pp. 125–137, 1997.
ind_min_inf=[kp,ki];
[6] B. A. Francis and W. M. Wonham. The
else
internal model principle for linear multi-
if H2norm_E(kp,ki) <
variable regulators. Applied Mathematics
H2norm_E(ind_min2(1),ind_min2(2))
and Optimization, Vol. 2, No. 2, pp. 170–
ind_min2=[kp,ki];
194, 1975.
end
15
if Hinfnorm_G_cl(kp,ki) <
Hinfnorm_G_cl(ind_min_inf(1),ind_min_inf(2))
ind_min_inf=[kp,ki];
end
end
end
end
figure
mesh(Kp,Ki,1./H2norm_E’)
xlabel(’Kp’,’fontsize’,14)
ylabel(’Ki’,’fontsize’,14)
figure
mesh(Kp,Ki,1./log10(Hinfnorm_G_cl’))
xlabel(’Kp’,’fontsize’,14)
ylabel(’Ki’,’fontsize’,14)
16