検体の違いが牛の尿素窒素測定値に及ぼす影響(PDF:727KB)

検体の違いが牛の尿素窒素測定値に及ぼす影響
上田食肉衛生検査所 ○橋詰祐樹 加藤澄恵 青山真子 本島直子
今村睦 宮入崇夫 金井真佐三
1はじめに
と畜検査において尿毒症が疑われる獣畜を発見した場合、血液を採取して尿素窒素値(以下 UN)を測
定し、重症度の判定を行うとともに必要に応じてと殺禁止等の行政措置を講じることとしている。しか
しながら、生体検査時にそれらを疑う所見を認める例は少なく、解体検査中の所見から異常を発見する
ことも多い。このような場合には生体からの血液採取が不可能であるため、心残血や眼房水等を測定検
体として用いるが、これらの検体は死後変化や夾雑物の影響を受けており、また採取した時点で溶血し
ている場合があるなど生体由来の血液とは性状が異なる。従来より、同一個体の UN 測定において、全
血、血漿、血清の各検体間あるいは生前と死後に採取した検体間での測定値に差を認める事例があり、
検体の種類によって測定値に一定の傾向があるのではないかという疑問が生じてきた。
そこで、同一個体の生前全血、血漿、血清及び心残血血清と眼房水について UN の測定を実施し、検
体の違いによる測定値の差を調査した。また、溶血が測定値に及ぼす影響についても調査したので報告
する。
2材料及び方法
(1) 材料
管内と畜場に通常搬入された牛を無作為に抽出し、生前血、心残血及び眼房水の採取を行った。
生前血をヘパリンナトリウム入り真空採血管(テルモ ベノジェクトⅡ)に採取し、よく混和して
全血を得た。また、この一部を 3000rpm、5 分間遠心分離して血漿を得た。さらに、凝固促進フィル
ム入り真空採血管(テルモ)にも生前血を採取し、完全凝固後に上記と同様の条件で遠心分離して血
清を得た。溶血の影響を調査するため、生前血を容れたシリンジに 23G 注射針を付け、勢いよく噴射
することで圧力による人為的な溶血状態を作出し、血清と同様に処理して溶血血清を得た。心残血に
ついても採取後、血清と同様に処理した。眼房水は採取後、マイクロチューブに移して約 6000rpm、
5 分間遠心分離を行い、その上清を検査に供した。
(2) 方法
上記(1)で得た各検体の UN 値をレフロトロンプラス(以下レフロトロン:ロシュ・ダイアグノステ
ィクス)にて測定した。血清の測定値を基準とし、その他の検体が血清の値と比べどの程度増減するの
か比較した。
3結果
のべ 39 頭の牛から検体を採取したが、レフロトロンの定量限界値(9.0mg/dl)に達しないために値が
比較できないものもあった。比較できたものについての結果は図1、2及び表1のとおりであった。
血清比の平均は全血 89.42%、血漿 100.84%、溶血血清 101.82%、心残血血清 105.10%、眼房水 89.67%
であり、全血と眼房水では血清と比べ 10%以上測定値が低く、心残血血清では 5%程度高くなった。
検査対象とした牛の血清 UN 値は<9.0~20.2mg/dl の
範囲内であったが、測定値の高低と各検体の血清比に
相関性は認められなかった。溶血血清の総ビリルビン
値(以下 Bil)は 0.7~2.8mg/dl で、個体間で溶血の程
度にかなりの差があったが、この範囲では Bil の高低
と UN 値の血清比に相関性は認められなかった。
測定機器によるデータのばらつきを確認するため、
1
頭の牛について全ての検体を 3 回ずつ測定して変動係
数(CV)を算出したところ、血漿、血清、溶血血清及び
心残血血清では 3%以下であったが全血で 3.74%、眼
房水で 3.57%と若干高い数値を示した。
図 1 生前血検体と血清の UN 測定値比較
和牛または交雑種肥育牛では測定値が定量限界値以
下となったものはなかったが、ホルスタイン繁殖牛で
は定量限界に達しない個体が約半数を占め、牛の種類
により UN 値に違いがみられる傾向があった。
4考察
レフロトロンで適用可能な検体は全血、血漿及び血
清である。と畜検査の場においては迅速に結果を出す
ことが求められる場合もあり、遠心分離等の手間が省
けることから全血を用いることがある。また、解体後
に尿毒症を疑ったとき、検査に足る十分な量が確実に
採取できるのは眼房水のみであることから、他の検体
が採取できなかった場合の判定は眼房水の測定値に頼
らざるを得ない。しかし、全血と眼房水は血清値に比
図 2 解体後検体と血清の UN 測定値比較
較して値が低く出る傾向があり、さらに眼房水は適用
外使用であるため、これらの検体を用いる際にはその
表 1 各検体の対血清比一覧
測定値のみを根拠とするのではなく、血漿や血清の測
定あるいは官能検査等を組み合わせて実施すること
溶血は検体採取時の失宜や検体自体の問題により起
対血清比
(平均)
89.42%
n
全血
32
血漿
35
20
88.41~119.05%
100.84%
で尿毒症牛の発見及び排除の確実性がさらに向上する
ものと考えられた。
100%超検体数
対血清比
(対血清比)
4
74.85~121.82%
検体名
溶血血清
31
20
85.65~110.79%
101.82%
心残血血清
33
25
82.89~132.76%
105.10%
眼房水
20
4
73.68~109.48%
89.67%
こりうる。尿素は低分子量で膜透過性が良いため血球
中と血漿中にほぼ同濃度で存在するとされており(1(2、
今回調査した結果も溶血血清値は血清値とほぼ同等であったことから重度でない限り測定値に影響を及
ぼさないことが確認された。
心残血は生前血と比較して測定値が高くなるという報告がある(3(4(5。今回の調査においても心残血血
清は生前血血清より 5%程度高い値を示していた。何らかの死後変化が影響している可能性が考えられ
るが、その原因は不明であった。今回は実施していないが、併せてヘマトクリット値(Ht)等を測定し検
体の水和状態を比較することで原因解明の手掛かりが得られると思われた。
ホルスタイン繁殖牛では UN 値が低い傾向がみられたが、これは蛋白摂取量の違いによるものと推察
された。レフロトロンでは測定することができないが、アルブミン値(Alb)を測定することで蛋白摂取量
と UN 値の関係性を明らかにすることができるかもしれない。
いずれの検体を用いる場合でも、レフロトロンの試験紙には適正な量の検体を滴下する必要がある。
血清を検体とし、適正量の約半量及び倍量を滴下して各 3 回の測定を実施したところ、半量では CV が
25%を超え、倍量では 3 回とも定量上限(140mg/dl)を超えた。専用のピペットを用いる限り、適正量よ
り多い量を滴下することは少ないが、ヘマトクリット値が高い、あるいは一部凝固した全血や夾雑物の
多い眼房水を検体とする際には適正量を滴下する工夫をするとともに、複数回測定により値のばらつき
を確認し補正をすることが特に重要であると思われた。
今回の調査では血清UN の最高値が20.2mg/dl であり、
高UN 値(60mg/dl 前後)を示す牛はなかった。
高 UN の牛は腎機能障害や脱水の影響を受けている可能性が考えられ、正常牛と同様の傾向が出るかは
不明である。この点については今後調査を重ねて傾向を分析する必要があると思われた。
5まとめ
UN 値の測定にあたって全血や眼房水を用いる場合には、適正量を試験紙に滴下して安定した測定値
を出すことが重要である。さらに、測定値は血清に比べ 10%以上低くなる傾向があることから、可能で
あれば血漿や血清を検体とすることが望ましい。
アーチファクトによる溶血については軽度(Bil 値にして 2.8mg/dl 以下)ならば影響しないが、病的な
溶血や黄疸による高ビリルビン血症がある際には基礎疾患や続発疾患によるUN値の増減も考慮に入れ
る必要がある。
心残血は血清に比較して 5%程度高い値となる傾向があり、尿毒症の判定基準値付近の UN を示すも
のについては補正または他検体の測定を実施する必要がある。
今後、高 UN 値を示す牛について同様の調査を実施することで尿毒症の発見及び排除をさらに確実な
ものにすることができると思われる。
参考文献
(1 愛知県臨床検査標準化協議会編:
「臨床化学検査の手引書」~分析前段階~(2010)
(2 孫大輔 他
:日本内科学会雑誌第 97 号第 5 号(2008)
(3 田邊輝雄 他:京都市公害衛生研究所年報(2006)
(4 千田明郎 他:平成 15 年度全国食肉衛生検査所協議会理化学部会抄録(2003)
(5 湯橋翔 他 :平成 21 年度日本獣医公衆衛生学会(中国)抄録(2009)