8.3 微分形式とフロベニウスの定理 前の節では,ベクトル場の立場から積分多様体を調べました.ここでは, ベクトル場のかわりに,その双対ベクトルである一次微分形式 (一階共変ベ クトル場) を用いて同じ議論を行います. ベクトル場では可積分条件の Intrinsic の表現として交換子積が用いられ ました.この章では外微分を用います.微分形式に不慣れな場合は 2.交代テンソル を読んでおくことをすすめます. この節では,反変ベクトル (ベクトル場),共変ベクトル (1 次微分形式) の 両方出てきます.それらの計算にはちょっとしたこつがあります.それから 始めます. ベクトル空間(反変ベクトル空間)V の要素がいくつかあり,添字を用い るときは vi のように添字は下に置きます.V の基底を {e1 , . . . , en } として V の要素 v を表すときは成分の添字は上に置く.たとえば V 3 v = v 1 e1 + · · · + v n en = v i ei ここで一番右の式はアインシュタイン規約に従った表示.アインシュタイ ン規約とは1つの項の中に上下に同じ添字があるとき,その添字が動く範囲 全体の和をとるということ. さらに V の要素は列ベクトルとして扱う. 次に V の双対空間(共変ベクトル空間)V ∗ についてです. V ∗ の要素がいくつかあり,添字を用いるときは wi のように添字は上に 置きます.V ∗ の基底を {f 1 , . . . , f n } として V ∗ の要素 w を表すときは成分の添字はしたに置く.たとえば 1 V ∗ 3 w = w1 f 1 + · · · + wn f n = wi f i V ∗ の要素は行ベクトルとして扱う. さらに V ∗ の要素と V の要素の自然な演算は行列の積で行う. このようなルールを決めて行うとすっきり理解できます.(1.テンソル 積 参照) 双対基底について次のようになる. {e1 , . . . , en } をベクトル空間 V の基底,その双対基底を {e1 , . . . , en } とする.このとき e1 ) . ( . e1 · · · en = E . en ただし,E はn次正方行列. が成り立つ.同様に逆行列をもつ n 次正方行列 A = (aij ), B = (bij )(行列 A の第 i 行,第 j 列成分が aij ) によって wi = aij ej , vi = bji ej のとき,V ∗ の基底を {w1 , . . . , wn }, V の基底を {v1 , . . . , vn } で定めるとき 1 w . ( . v1 . wn ··· ) vn 2 e1 . ( . = A . e1 en = AB ··· ) en B であるから, {w1 , . . . , wn } が {v1 , . . . , vn } の双対基底になるのは AB = E すなわち B が A の逆行列のときで,そのときに限る. 行列の次の性質を用います. E n 次単位正方行列, m 次単位正方行列とするとき (n , Em をそれぞれ )( ) ( ) En A En B En A + B = 0 Em 0 Em 0 Em であるから ( ) En A 0 Em の逆行列は ( ) En −A 0 Em である. もう1つ微分形式の外微分を用います.使う公式は次の式です ω が1次微分形式(1階共変テンソル場)のとき,反変ベクトル場 X, Y に対して dω(X, Y ) = X(ω(Y )) − Y (ω(X)) − ω([X, Y ]) が成り立つ.ちなみに,この式は座標を用いない外微分の Intrinsic な表 現です. それでは本題に入りましょう. 定義 3 n 次元ユークリッド空間 Rn の開集合 U 上の r 個のなめらかな1次微分形 式の方程式 ω p = 0 (1 5 p 5 r) を U 上の連立 Pfaff 方程式または連立全微分方程式という. なめらかな1次微分形式とは座標系を用いて ω p = api dxi と表したとき ai ∈ C ∞ (U ) を意味する.なお以下扱うのはなめらかな微 p 分形式だけで,いちいちなめらかとは断らない. ベクトル場で述べた定義を繰り返すことになるが,連立 Pfaff 方程式の積 分多様体を定義する. 定義 U は Rn の開集合. ω p = 0 (1 5 p 5 r) を U 上定義された r 個の連立 Pfaff 方程式とする. このとき,Rm の開集合 N から U への埋め込み f : N (⊂ Rm ) −→ U が存在し f ∗ ω p ≡ 0, (1 5 p 5 r) を満たすとき m 次元多様体 f (N ) を連立 Pfaff 方程式 ω p = 0 (1 5 p 5 r) の積分多様体と呼ぶ. さらに,U 上の任意の点 P に対して,P を通る n − r 次元の積分多様体 が存在するとき,この連立 Pfaff 方程式 ω p = 0 (1 5 p 5 r) を完全積分可能と呼ぶ. 4 まず,文字の使用ルールを決めよう. Rn において,r 個の Pfaff 方程式からなる連立方程式を扱うとき, 使う文字について i, j は 1 5 i, j 5 n p, q は 1 5 p, q 5 r α, β は r + 1 5 α, β 5 n を動くとする. 表記はアインシュタイン規約に従い,従わないときは Σ を用い通常の書 き方をする. Rn の開集合 U における r 個の連立 Pfaff 方程式の積分多様体の最大次元 にいては少し説明が必要である. U 上で r 個の Pfaff 形式 ω p (p = 1, . . . , r) が与えられたとき一次独立 の個数は一定であるとは限らないが,ここでは至る所一次独立,すなわち rank(階数) が r と仮定する. 座標系 (U, xi ) を用いて ω p = api dxi と表す.行列で表示すると ω1 a11 · · · a1n dx1 . . . . .. . =. . . . .. . . ωr a1r · · · arn dxn p 行列 (ai ) の rank が r である,新しく ω r+1 , . . . , ω n を追加して {ω 1 , . . . , ω n } · · · (1) が U のおける Pfaff 形式の基底とする.行列 (aij ) の逆行列を (bij ) とする と (1) の双対基底 X1 , . . . Xn は Xi = bji ∂ ∂xj である.共変ベクトルと反変ベクトルの自然な演算を行列で表示すると 5 ω1 ) . ( . X1 · · · Xn . ωr dx1 ( a11 · · · a1n . . ∂ .. .. .. .. = . . ∂x1 ar1 · · · arn dxn ... 1 ) b1 . ∂ . . 1 ∂x br1 ··· .. . ··· b1n .. . brn となる.このように,反変ベクトルは列ベクトル,共変ベクトルは行ベク トルとし,共変ベクトルと反変ベクトルの自然な演算を行列の積で行えば, 和についてのアインシュタイン規約が合理的であることが理解できる, U 上で r 個の一次独立な Pfaff 形式 ω1 , . . . , ωr が定義されたとき,U 上の各点 P で Dn−r (P ) = {X ∈ TP (Rn )|ω 1 (X) = 0, . . . , ω r (X) = 0} が定義できる.双対ベクトル {X1 , . . . , Xn } を用いれば Dn−r = Span{Xr+1 , . . . , Xn } であるから dim Dn−r (P ) = n − r である. すなわち,U 上定義された r 個の連立 Pfaff 方程式 は U 上の n − r 次元の分布 D n−r を定義する. ここで,U 上で r 個の一次独立な Pfaff 形式 ω1 , . . . , ωr とこれらの Pfaff 形式より定義される n − r 次元の分布 D n−r は可逆な関 係である. 実際,各 ω p がなめらかなら,基底となる追加する ωr+1 , . . . , ωn をなめ らかにとり,逆行列は分数式であるからなめらかであり,Dn−r もなめらか な分布となる.. 6 さらに,Rn の部分多様体 (N, f ) が連立 Pfaff 方程式 ω p = 0 (1 5 p 5 r) の積分多様体のとき,任意の N のベクトル場 X に対して 0 = (f ∗ ω p )(X) = ω p (f∗ (X)) が成り立つから,(N, f ) は D n−r の積分多様体である. したがって, ω p = 0 (1 5 p 5 r) が完全積分可能 ⇐⇒ Dn−r が完全積分可能 分かる. 以上をまとめると次のようになる. 命題 U をn次元ユークリッド空間 Rn の開酒豪とする.U 上で r 個の一次独立 な Pfaff 形式 ω1 , . . . , ωr が定義されたとき,U 上の各点 P で n − r 次元のベクトル空間 Dn−r (P ) = {X ∈ TP (Rn ) : ω 1 (X) = 0, . . . ω r (X) = 0} が定義できる.このとき 連立 Pfaff 方程式 ω p = 0 (1 5 p 5 r) が完全積分可能 ⇐⇒ Dn−r が完全積分可能 が成り立つ. 連立 Pfaff 方程式 ω p = 0 (1 5 p 5 r) が完全積分可能であるための条件を調べよう.これは,ベクトル場で扱っ たときの,交換子積に関して閉じているを微分形式で表現すればどうなるか 7 である. 定義 U をn次元ユークリッド空間 Rn の開集合とする.U 上で定義された連 立 Pfaff 方程式 ω 1 = 0, . . . , ω r = 0 は各 p(1 5 p 5 r) に対して dω p = θqp ∧ ω q を満たす r 2 個の1次微分形式 θqp が存在するとき フロベニウス条件を満たすという. 定理 U をn次元ユークリッド空間 Rn の開集合とする.U 上で定義された連 立 Pfaff 方程式 ω 1 = 0, . . . , ω r = 0 がフロベニウスの条件を満たすとき完全積分可能であり逆も成り立つ. 証明 Pfaff 形式 {ω 1 , . . . , ω r } に n − r 個の Pfaff 形式を付け加えて基底としそ れを {ω 1 , . . . , ω n }, 双対基底を {X1 , . . . , Xn } とする.ここで {ω 1 , . . . , ω n } が完全積分可能 ⇐⇒ Xr1 , . . . Xn が交換子積について閉じている を用いる. {ω i ∧ ω j |1 5 i < j 5 n} は 2 次微分形式の基底であるから 8 p dω = ∑ a pij ω i ∧ ω j i<j とおくことができる. dω p (Xα , Xβ ) = Xα (ω p (Xβ )) − Xβ (ω p (Xα )) − ω p ([Xα , Xβ ]) = −ω p ([Xα , Xβ ]) したがって, ω 1 = 0, . . . , ω r = 0 がフロベニウス条件を満たす ⇐⇒ Span{Xr+1 , . . . Xn } が完全積分可能 ⇐⇒ ω 1 = 0, . . . , ω r = 0 が完全積分可能 証明が終了した 以上で連立 Pfaff 方程式の完全積分可能性に関してはわかったが,具体的 に微分方程式を解こうとするとこれだけでは使い物にならない.座標系を用 いて,具体的に扱っていこう. 1次独立な r 個の Pfaff 形式 ω p (p = 1, . . . r) を座標系用いて ω p = ωip dxi p と表す.ωi は Rn 上の関数で ωip = ωip (x1 , . . . , xn ) と書くべきもの. p 行列 (ωi ) の rank は r であるから,第1列から第r列までが逆行列を持 つとしてよく r 次正方行列 (ωqp ) の逆行列を (apq ) とし,{θ p } を θp = apq ω q = dxp + bpα dxα となる.ただし 9 bpα = apq ωαq 行列で表示した法がわかりやすく次のようになる. a11 θ1 . . .=. . . ar1 θr a11 . . = . ar1 ··· .. . ··· ω1 a1r .. .. . . ωr arr ω11 .. .. . . ··· .. . a1r ··· arr ω1r dx1 . 1 ωn .. .. dxr . . r+1 . ωnr dx . dxn ··· .. . ωr1 .. . 1 ωr+1 .. . ··· .. . ··· ωrr r ωr+1 ··· dx1 . 1 1 1 0 . . . 0 br+1 . . . bn .. dxr = . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . r r 0 ... 0 1 br+1 . . . bn dxr+1 .. dxn dxr+1 , . . . , dxn を加えた {θ1 , . . . , θ r , dxr+1 , . . . , dxn } n が R の共変ベクトル場の基底になる.行列で表すと 1 0 . . . 0 b1r+1 . . . b1n dx1 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . r r 0 . . . . . . b 0 1 b n r+1 dxr 0 0 1 0... 0 0 . . . r+1 .. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . dx . dxn 0 .................. 0 1 である. {θ1 , . . . , θ r , dxr+1 , . . . , dxn } の双対基底は 10 X1 , . . . X n 行列で表すと, ( ∂ ∂x1 ... −b1r+1 −b1n 1 0 ... 0 ... . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ) r r 0 . . . 0 1 −b . . . −b ∂ n r+1 ∂xn 0 0 1 0... 0 0 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 0 .................... 0 1 である.このように行列表示をすると見やすいと思う. すなわち,1次独立な r 個の Pfaff 形式 ω p (p = 1, . . . r) は第 1 行から第 r 行であり,これらの Pfaff 形式より定まる n-r 次元分布 Dn−r は第 r+1 列 から第 n 列までのベクトルで生成される. なぜマイナスがつくだけかを考えよう.一般の次元で考えると分かりづら いので,2次元曲面すなわち R5 における2次元曲面で考えよう. 2 次元曲面 x = x(u, v) y = y(u, v) z = z(u, v) で ∂x ∂x ∂y ∂y ∂x ∂x = a, = b, = c, = d, = e, =f ∂u ∂v ∂u ∂v ∂u ∂v とおく.このときこの曲面の連立 Pfaff 方程式は ∂x ∂x dx = du + dv = adu + bdv ∂u ∂v ∂y ∂y dy = du + dv = cdu + ddv ∂u ∂v ∂z ∂z dz = du + dv = edu + f dv ∂u ∂v したがって θ1 = dx − adu − vdv = 0 θ2 = dy − cdu − ddv = 0 11 θ3 = dz − edu − f dv = 0 さらに θ4 = du θ5 = dv として基底 θ 1 , θ 2 , θ 3 , θ 4 , θ 5 を行列表示すると 1 0 0 0 0 0 0 −a 1 0 −b dx −d dy 0 1 −e −f dz 0 0 1 0 du dv 0 0 0 1 一方,この曲面の接ベクトル X1 , X2 は ∂ ∂x ∂ ∂y ∂ ∂z ∂ X1 = + + + ∂u ∂u ∂x ∂u ∂y ∂u ∂z ∂ ∂ ∂ ∂ = +a +c +e ∂u ∂x ∂y ∂z ∂ ∂ ∂ ∂ +b +d +f X2 = ∂v ∂x ∂y ∂z X1 , X2 を行列表示すると a b c d ( ) ∂ ∂ ∂ ∂ ∂ e f ∂x ∂y ∂z ∂u ∂v 1 0 0 1 この例で見ると,Pfaff 方程式とベクトル場の関係がすっきり理解できる −c のではないでしょうか. さて,ここまで連立偏微分方程式の可積分条件をベクトル場,およびその 双対ベクトルである Pfaff 形式で見てきました. ベクトル場の場合は交換子積を用いました.Pfaff 形式では外微分用いま した.これはともに座標系を用いていません(Intrinsic).これが重要なの 12 でしょう.交換子積はその定義 [X, Y ] = XY − Y X より座標を用いていないことがすぐ分かるが,外微分は座標を用いて定義 しているように思うが,外微分の本来の定義は ∧ Rn の交代テンソル場(微分形式) (Rn ) 対して (1)d は R 線型 (2) 関数 f に対しては df は普通微分かつ d(df ) = 0 ∧k 5 ∧ (3)ω ∈ (R ), η ∈ (R5 ) のとき d(ω ∧ η) = dω ∧ η + (−1)k ω ∧ dη とこの3条件で一意的に決まる作用素 d: ∧ (Rn ) −→ ∧ (Rn ) です. 積分多様体をベクトル場で扱うのも,Pfaff 形式で扱うのもどちらでも同 じことですが外微分 d を利用すると簡単に可積分条件が求められる場合があ ります. 例1 R3 における ω 1 = P dx + Qdy + Rdz の可積分条件を求めよう. ω 2 , ω 3 を追加して {ω 1 , ω 2 , ω 3 } が基底であるようとり,その双対基底を {X1 , X2 , X3 } とする. dω 1 = aω 1 ∧ ω 2 + bω 1 ∧ ω 3 + cω 2 1 ∧ ω 3 13 とおく. ω 1 が完全積分可能 ⇐⇒ c = 0 さらに, dω 1 ∧ ω 1 = cω 2 ∧ ω 3 ∧ ω 1 = cω 1 ∧ ω 2 ∧ ω 3 したがって, ω 1 が完全積分可能 ⇐⇒ dω 1 ∧ ω 1 = 0 を得る.これを使えば ω = P dx + Qdy + Rdz の可積分条件を簡単に求めることができる. ∂P = Px ∂x 等と表せば dω ∧ ω = (Py dy ∧ dz + Pz dz ∧ dx + Qx dx ∧ dy + Qz dz ∧ dx + Rx dx ∧ dz + Ry dy ∧ dz) ∧ (P dx + Qdy + Rdz) = (P (Ry − Qz ) + Q(Pz − Rx ) + R(Qx − Py )) dx ∧ dy ∧ dz = 0 したがって可積分条件は P (Ry − Qz ) + Q(Pz − Rx ) + R(Qx − Py ) = 0 である. なお,この問題は前出 藤原松三郎 微分積分学(第二巻)内田老鶴圃 に詳しい解説がある.参考にして欲しい. 例2 前節で 14 ∂ ∂ X1 = + (x3 + 3(x1 )2 ) 4 1 ∂x ∂x ∂ ∂ X2 = + x2 4 2 ∂x ∂x ∂ ∂ 1 X = + x 3 ∂x1 ∂x4 x4 (0, 0, 0) = 0 を解いた. 行列で表示すると ( X1 ( = X2 ∂ ∂x1 X3 ∂ ∂x2 ∂ ∂x4 ) ∂ ∂x3 したがって,双対基底は 1 0 0 1 0 0 0 x3 + 3(x1 )2 0 x2 1 x1 ∂ ∂x4 1 ) 0 0 0 0 0 x3 + 3(x1 )2 1 0 x2 0 1 x1 0 0 1 ( dx1 dx 2 dx 3 dx 4 ) 0 0 0 1 {X1 , X2 , X3 } に対応する Pfaff 形式は −(x3 + 3(x1 )2 )dx1 − x2 dx2 − x1 dx3 + dx4 = 0 ∴ dx4 = (x3 + 3(x1 )2 )dx1 + x2 dx2 + x1 dx3 (微分形式とフロベニウスの定理の項目終わり) 15
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