上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 19. 不活性結合の触媒的変換による医薬品合成 中尾 佳亮 Key words:アミノシアノ化,パラジウム, 協働金属触媒 京都大学 大学院工学研究科 有機材料 化学講座 天然物有機化学分野 緒 言 人類の豊かな現代生活を支える医薬は,天然資源に頼るには限度があるため,化石資源を出発とする化学合成に大き く依存している.しかしながら現在の医薬品プロセス化学には,環境調和,省資源,安全性の観点から解決すべき課題 はきわめて多い.化石資源を最大効率で活用して医薬を供給しながら,持続可能社会を実現するためには,既存の反応 に基づいたプロセス化学がもたらす環境負荷を大幅に低減する必要があるが,ブレークスルーを得るには,既知反応の 改良では限界が見えており,全く新しい概念に基づく新反応の創成が急務である. ニトリルは,多くの生理活性物質に含まれているうえに,カルボニルやアミノメチル基などに容易に変換できるた め,合成中間体としても汎用されている.したがって,効率のよいシアノ基導入手法の開発は,有機合成における重要 課題の一つであり,現在でも極めて活発に研究されている.アルケンやアルキンなどの不飽和結合に,シアノ基と官能 基を付加させるシアノ官能基化反応は,入手容易な出発物質から高度な構造を有するニトリルを一挙に得ることができ るため,極めて有用なニトリル合成手法である.これまでに報告されたシアノ官能基化反応は,X–CN 結合(X = Si1), Ge2), Sn3), B4), S5))の低原子価遷移金属錯体への酸化的付加を経て進行すると考えられている.一方我々は,ニッケル (0) とアルミニウムやホウ素の協働触媒作用が,ニトリルの C–CN 結合活性化に極めて有効であることをすでに見出し ている.ここでは,窒素原子においてルイス酸に配位したシアノ基がニッケル (0) に η2-配位した化学種がまず生じた のちに,C–CN 結合が酸化的付加することを実験および理論化学計算によって明らかにしている.このような協働触媒 作用を,通常不活性な X–CN 結合活性化に応用すれば,シアノ官能基化反応の適用範囲を大きく拡充できると考えた. なかでも,シアナミドの N–CN 結合は,安定で反応性が低く,その活性化を経る有用な有機合成反応はほとんど知ら れていないが,これを活性化して不飽和結合を挿入させるアミノシアノ化反応を実現できれば,β-アミノ酸をはじめ とする生理活性分子に容易に変換できる β-アミノニトリルを,入手容易なシアナミドとアルケンやアルキンなどの不 飽和化合物から極めて容易かつ高効率に得る手法になると期待した. 方 法 同一分子内にアルケン部位を有するアニリンや脂肪族アミンを臭化シアンと反応させた後,窒素をアセチル化あるい はアルコキシカルボニル化してシアナミド 1 を合成し,これをいろいろな金属触媒存在下に反応させて,分子内アミ ノシアノ化を検討した.具体的な実験方法は,シアナミド基質をバイアル瓶中に秤量し,これを窒素雰囲気のグローブ ボックス中に持ち込み,触媒,内部標準物質,溶媒を加え,封をしてグローブボックスから取り出し,アルミブロック 付き撹拌装置で加熱撹拌した.ガスクロマトグラフを用いて反応の進行を追跡して,反応基質の消失を確認後,シリカ ゲルパッドを通じて触媒や不溶物を取り除き,濃縮して得られた粗生成物を,シリカゲルカラムを取り付けた中圧分取 クロマトグラフを用いて精製し,得られた生成物を 1H および 13C 核磁気共鳴スペクトルならびに高分解能質量分析装 置によって解析して,生成物を同定した. 1 結 果 まず反応条件の最適化を検討したところ,Pd/Xantphos 触媒と BPh3 あるいは BEt3 触媒の複合利用が極めて有効で, N–CN 結合にアルケンが 5-exo-型に挿入して,環状構造を有する β-アミノニトリル 2 が良好な収率で得られた(図 1).アニリン由来の基質からはジヒドロインドール型の生成物が得られた一方,脂肪族アミン由来の基質からは,多置 換ピロリジンが収率よく得られた.窒素上の保護基としてアシル基やアルコキシカルボニル基を有する基質の反応が 良好な収率で進行し,アルキル基置換の基質では,反応がほとんど進行しなかった.また,6 員環構築の収率も低かっ た. 図 1. アルケンの分子内アミノシアノ化反応:基質適用範囲の代表例. アルケン部位を有する芳香族および脂肪族アミンから合成した様々なシアナミドの分子内アミノシアノ化反応 が 5-exo-型に進行して,β-アミノニトリル 2 が良好な収率で得られた. 考 察 想定している反応機構を図 2 に示す.まず,ホウ素に配位したシアナミドの N–CN 結合がパラジウム(0) に酸化的付 加し,N–Pd 結合への cis-アルケン挿入,還元的脱離を経て進行するものである.ホウ素ルイス酸は,N–CN 結合活性 化に極めて有効であり,ルイス酸を添加しない同条件では,基質はほとんど転化しない.窒素にカルボニル基が結合し た基質のみ円滑に反応が進行したことから,ホウ素ルイス酸触媒は,カルボニル酸素の配位を通じて N–CN 結合のパ ラジウム(0) への酸化的付加を促進している可能性も考えられる.一方,配位挟角の大きい Xantphos 配位子は,cis-ア ミノパラデーションの段階に有効であると考えられる.他の配位子を用いると,酸化的付加に由来すると考えられる脱 シアノ化体のアニリドが多く生じる. 2 図 2. アルケンの分子内アミノシアノ化:想定反応機構. ホウ素に配位した N–CN 結合のパラジウム(0) への酸化的付加,アルケンの cis-アミノパラデーション,還元的 脱離を経る触媒サイクル. 共同研究者 本研究の共同研究者は,京都大学大学院工学研究科の宮崎洋輔である. 文 献 1) Chatani, N. & Hanafusa, T. : Palladium-catalysed addition of trimethylsilyl cyanide to arylacetylenes. J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1985, 838-839. 2) Chatani, N., Horiuchi N. & Hanafusa, T. : Palladium-catalyzed addition of trimethylgermyl cyanide to terminal acetylenes. J. Org. Chem., 55 : 3393-3395, 1990. 3) Obora, Y., Baleta, A. S., Tokunaga, M. & Tsuji, Y. : Platinum complex catalyzed reaction of tributyltin cyanide with alkynes. J. Organomet. Chem., 660 : 173-177, 2002. 4) Suginome, M., Yamamoto, A. & Murakami, M. : Palladium- and nickel-catalyzed intramolecular cyanoboration of alkynes. J. Am. Chem. Soc., 125 : 6358-6359, 2003. 5) Kamiya, I., Kawakami, J., Yano, S., Nomoto, A. & Ogawa, A. : A highly regioselective cyanothiolation of alkynes via oxidative addition of thiocyanates to tetrakis(triphenylphosphine)palladium(0) catalyst. Organometallics, 25 : 3562-3564, 2006. 3
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