PdBiSeのフェルミ面:スピン軌道相互作用における質量補正の効果

PdBiSe のフェルミ面:スピン軌道相互作用における質量補正の効果
神戸大院理 播磨 尚朝 Fermi surfaces of PdBiSe: effect of mass correction on the spin-orbit interaction
Department of Physics, Kobe University
H. Harima PdBiSe は立方カイラル対称性(空間群#198, T4 , P21 3)を持つ Tc =1.8K の超伝導体である
[1]。単位胞に 4 分子を含み、全ての原子の局所対称性は3回対称性であり、4 つの原子が3方
向の 2 回らせん軸でつながっている。空間反転対称性を持たないので、パリティ対称性の破れ
にともなうバンドの分裂が起こる。構成元素の価電子のスピン軌道相互作用が大きいために、
大きなバンド分裂が期待されるという考え方もある。さらにカイラル対称性に起因した特異な
超伝導状態の発現と検出が期待される。
図 1 に計算されたバンド構造
を示す。並進対称性で決まるブラ
ベー格子は単純立方格子である
が、4 回軸がないので Z 軸が2種
類(例えば、(1, ζ, 0) と (ζ, 1, 0))
ある。一般にバンドの縮退は解け
ているが、図 1 には、この Z 軸
のほか、S 軸((1, ζ, ζ))と T 軸
((1, 1, ζ))でも二重縮退が残る。
実は、これらの軸を含む BZ 境界
面で縮退が残っているが、この縮
退はらせん対称操作(21 )に起因
するもので、ノンシンモルフィッ
ク(非共型)空間群特有の縮退で
ある。すなわち、スピン自由度で
縮退しているのではなく、スピン
自由度で分裂した 2 組のバンド
のそれそれのスピンが縮退してい
図 1: PdBiSe のバンド構造。EF はフェルミ準位を表
わす。後述の質量補正を考慮した計算結果である。
る。BZ 境界面全体で残る縮退で
あるために、磁場が [100] 方向にあるときのみに dHvA 振動数が一致するフェルミ面がある場
合は、そのフェルミ面の中心は BZ 境界面上にあることがわかる。
図 1 のバンド構造からフェルミ面は 8 枚あることがわかる。一部の対称点を除き、バンドは
スピン自由度で分裂しており、分裂の大きさは直接的ではないが、スピン軌道相互作用の大き
さに依存している [2]。中心力場 V (r) 中の一電子のスピン軌道相互作用の大きさは、
⟩
⟨ 2
ℏ 1 ∂V (r)
ℓ·s=λ ℓ·s
2m2 c2 r ∂r
(1)
と書けて、孤立イオンの場合の λ の値も計算されている [3]。m は電子の静止質量であり、c は
光の速度である。空間反転対称性のない結晶の場合は、スピン分裂の大きさは大雑把には、こ
λ
に依存しており、λ が大きくなればスピン分裂の
の λ と結晶場分裂の大きさ Vcrys との比
Vcrys
大きさも大きくなることが期待できる。
図 2 には、計算され
た dHvA 振動数の角度変
化を示す。ただし、図 2
(左)が (1) 式でスピン
軌道相互作用を見積もっ
た場合の図である。この
時、波動関数はスピン軌
道相互作用のない場合の
Dirac 方程式のいわゆる
大きな成分を使っている
[4]。しかしながら、文献
[4] の (3) 式のスピン相互
作用の項は (1) 式の電子
質量 m を
m → M = m+
1
(E−V (r))
2c2
図 2: PdBiSe のフェルミ面の dHvA 振動数の角度
変化。質量補正がない場合(左)とある場合(右)。
と置き換えたものである。これを質量補正と呼ぶ。古典的な速度を v として、(E−V (r)) ∼
1 2
mv
2
1 v2
) となり、速度が大きくなると質量が大きくなることに対応している。
4 c2
実際に Bi の 6p 電子に対してスピン軌道相互作用の大きさ λ 計算すると、質量補正をしない
なので、M ∼ m(1 +
λ は 106.83mRy だが、質量補正後の λ は 73.56mRy であり、その違いは極めて大きい。質量補
正をした場合のスピン軌道相互作用を用いて求めたフェルミ面の dHvA 振動数の角度変化を図
2(右)に示している。スピン分裂の大きさは半分程度になっている。図 2(右)の結果は実
験結果 [5] と極めてよい一致を示しており、スピン軌道相互作用において質量補正の効果を考
慮することが必要であることが解る。なお、このスピン軌道相互作用のおける質量補正の効果
はスピン軌道相互作用そのものが小さい時は小さいが、さらに、軌道角運動量 ℓ が小さい場合
も相対的に小さい。つまり、Bi-6p では3割もの質量補正の効果が見られたが、これは他の元
素ではそれほと大きくない。U3+ の 5f 電子で 2%程度、Ce3+ の 4f 電子では 0.5%ほどである。
[1] B. Joshi, A. Thamizhavel, S. Ramakrishnan, SCES2014 Th-234, 10 July 2014, Grenoble.
[2] 柳瀬陽一、播磨尚朝:固体物理 46 (2011) 283.
[3] 柳瀬陽一、播磨尚朝:固体物理 46 (2011) 229.
[4] D. D. Koelling and B. N. Harmon: J. Phys. C 10 (1977) 3107.
[5] 垣花将司、仲村愛、照屋淳志、辺土正人、仲間隆男、大貫惇睦:私信.