金田保則 論文目 - 東北大学

かねたやすのり
氏名・(本籍)
金田保則
学位の種類
博士(理学)
学位記番号
理博第1335号
学位授与年月日
平成5年4月26日
学位授与の要件
学位規則第4条第1項該当
研究科専攻
東北大学大学院理学研究科
(博士課程)物理学第二専攻
希土類モノプニクタイトの電子状態とフェルミ面
論文審査委員
(主査)
教授立木昌教授小松原武
助教授酒井
論文目
第1章:序論
第2章二LaSbの電子状態の圧力変化と超音波dHvA
第3章二CeSbの電子状態
第4章:まとめと今後の課題
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次
劃
学位論文題目
論文内容要旨
第1章二序論
NaCl型結晶構造(fcc)を持つ希土類モノプニクタイト(RX:R=希土類,X=N,P,As,
Sb,Bi)は,局在4∫電子間の強い相関効果による異常物性を解明する上での基本的物質として,
研究が進められている物質群である。特にCeSbは,低温で磁気的秩序を示す典型的な高濃度近
藤物質として注目を集め,理論・実験の両面からその電子状態について様々な研究がなされて
いる。4ノ『電子を含んでいないLaSbは,この物質の参照系であるが,この電子状態についても
長い研究の蓄積がある。LaSb,CeSbの電子帯構造の特徴は,主としてSbの5ヵ電子からなる価
電子帯と,主としてLa,Ceの54電子からなる伝導帯が僅かに重なった。キャリア数の少ない
半金属物質である事である。このため,占有4∫電子とSbの助ホールとの聞のが混成効果に
より,CeSbのフェルミ面は4∫電子の性質を強く反映したものになる。これらの物質のフェルミ
面構造の解析は,4∫電子間の相関効果を知る上で非常に重要である。
摂待等は,超音波を用いた音響的ド・ハース=ファン・アルフェン(dHvA)効果の観測を,
一連の希土類モノプニクタイトについて行ない,信号強度に強い超音波モード依存性を見いだ
した。音響的dHvA効果の信号強度は,軸性の歪みに対するフェルミ面の応答の強弱を表して
いるが,この信号強度の超音波モード依存性は,4f電子を含んでいないLaSbで最も特徴的で
あった。岡山等は,静水圧(一様歪み)下でのシェブニコフ=ド・ハース(SdH)効果の観測
で,LaSbのフェルミ面が異方的な圧力変化を示すことを見いだした。これらの実験は,LaSb
の電子帯を構成している加混成系に興味深い物性が含まれていることを示している。さらに4
∫電子を含む系の電子状態を知る上で,LaSbのフェルミ面の歪み・圧力変化の解明は重要であ
る。
CeSbの電子状態の研究は,既に多くの研究者によって行なわれてきた。理論的研究には糟谷
等の/ゾ混成モデルによるものがあり,これによりCeSbの異常物性の多くが解明されてきた。
最近,摂待は,やはり音響的dHvA効果の観測により,CeSbの重いフェルミ面(β4ホール面)
を非常に精度よく観測した。このフェルミ面は,が混成モデルに基づいた計算で予測されてい
たもので,4∫電子の強い相関効果がが混成を通してフェルミ面に現れ,電子の有効質量が重く
観測が難しいとされていた。この熾ホール面の観測により,が混成モデルの妥当性は完全に示
されたが,理論計算と若干一一致していない部分があり,計算の見直しが必要になった。またこ
の実験で,β、ホール面の有効質量が4.2m。と測定された。この値は,比熱の測定で得られてい
た電子比熱係数からの予測値より非常に小さく,比熱の実験も見直しが必要となった。
本研究は,まずLaSbを取り上げ,実験で得られているフェルミ面の圧力変化,および音響的
ド・ハース=ファン・アルフェン(dHvA)効果の信号強度の観測結果の解析から,この物質に
おける「電子格子相互作用」の定性的・定量的な解明を行なった。
また,p∫混成モデルに基づいた理論計算でCeSbのフェルミ面を再構成し,実験との食い違
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いをなくすと共に,このフェルミ面を用いてサイクロトロン質量を直接的に計算し,実験結果
との比較からフェルミ面上の電子に対する質量増強因子を求めた。これから計算される電子比
熱係数(γ)の値と,比熱の実験から得られているγとの比較を行なった。
第2章:LaSbの電子状態の圧力変化と超音波dHvA
圧力・歪み下におけるLaSbのフェルミ面変化の解析には,バンド理論を理論的手法として用
いた。これには,局所密度近似(LDA)を用いた自己無撞着なバンド計算と,局在的な軌道状
態のエネルギー準位に経験的な補正を加える手法を用いた。この準位補正とは,LDAが与える
価電子帯と伝導帯の重なり(以下毎overlapとする)を現実的な値に修正し,常圧下でのフェ
ルミ面の大きさを実験と定量的に一致させるものである。
LaSbのフェルミ面は,P点のまわりに2種類のホール面(β,γ)と・X点のまわりに電子面
(α)が存在している。α電子面は,△軸方向に主軸を持つ回転楕円体でほぼ記述できる。この
準位補正を行なうことにより,LaSbの常圧でのフェルミ面の大きさを実験と一致させること
ができる。
計算で得られた,一様圧力下(体積効果:歪みεB)での電子状態の変化の特徴は,LaSbのα
電子面が方向性をもって変化するということである。この変化の定性的な部分は計算の手法に
よらず,実験と一致している。このフェルミ面の圧力変化の方向性は,価電子帯の圧力変化が
毎混成効果を通してα電子面に現れたものである。α電子面を構成している伝導帯の底の変
化は,圧力の増大と共にバンド幅が広がるような変化を示す。躍混成が対称性から0である△
軸方向では,この伝導帯の底の変化がそのまま現れ,α電子面は△軸方向に膨らむ。ところが,
△軸に垂直な方向(Z,Σ軸方向)では,価電子帯上部の圧力変化が毎混成効果を通して伝導
帯に影響を及ぼし,この方向でのα電子面の圧力変化を小さいものにしている。
圧力変化の定量的な部分は,準位補正を取り入れた計算が実験と一致している。この計算に
おけるヵ,ゴバンドの各々の圧力依存性は,LDAで得られるものを基礎としているが,現実よ
りヵ40verlapが大きいLDAの計算では,実験の圧力変化を定量的に再現しない。
縦波超音波cuモードの信号強度の解析結果は,準位補正を用いた計算によれば,体積歪み
(εB)の効果と,体積を変えない歪み(ε、)の効果が互いに打ち消し/増強し,信号強度の超音
波モード依存性を与えていた。この計算結果と実験結果との対応は良い。しかし,フルポテン
シャル法を用いたLDA計算でのバンド変化は,ε。の効果が小さくなり,この結果では実験を説
明できない。現状での計算結果はその手法に依存しているが,準位補正を取り入れた計算結果
の状況が,現実でも起こっていると考えられる。
また,横波超音波。44モードの信号強度の解析結果は,定性的にも定量的にも実験を再現する
ことができなかった。横波娠モードの場合,ある特定の磁場方向で,フェルミ面極値断面積の
歪み1次に比例した変化は対称性から0になる。すなわち,そのような磁場方向では,歪み2
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次以上の変化が信号強度に寄与していることになる。バンド計算から求めたこの歪み2次の変
化の信号強度への寄与は,1次の1/100程度であった。しかし,実験結果は歪み2次の寄与が1
次の寄与と同程度であり,計算と全く一致していない。歪み2次の寄与が大きいという状況は,
他の物質の測定でも得られており,この起源の解明は今後の重要な課題である。また,この結
果は,これまで常識的とされ信号強度の解析に用いられているリフシッツ=コザピッチの表式
に不十分な部分がある可能性も示唆している。
バンド理論に基づいたこれらの解析結果が示している事は,LaSbにおける「電子格子相互作
用」の特徴が図混成効果の強いk依存性にあるということである。さらに,実験結果と定量的
な一致を見るためには,ρ40verlapを現実的なものに取ることが重要である。
第3章:CeSbの電子状態
CeSbのフェルミ面について実験と理論の不一致をなくすため,が混成モデルに基づいた
CeSbのフェルミ面の再構成を行なった。ここでのフェルミ面の計算の特徴は,フェルミレベル
の計算精度に特に注意をはらい,また,断面積計算プログラムを新たに作成して計算したこと
である。この再構成により,細かい点を除いては実験で観測されているdHvA信号の角度変化
との一致を見た。
このフェルミ面を用いてサイクロトロン質量を直接的に計算し,実験結果との比較からフェ
ルミ面上の電子に対する質量増強因子を求めた。この値は,一般には2∼3程度であるが,μ
ホール面は7.3と他に比べ大きく,局在ゲ電子の影響が強く現れていることを示している。しか
し,この因子と計算された状態密度から得られる電子比熱係数は1.6mJ/moleK2と小さく,実
験で与えられている∼10mJ/moleK2程度の大きな電子比熱係数と一致しなかった。
第4章:まとめと今後の課題
一様圧力下でのLaSbのフェルミ面の変化は,今回のバンド計算でほぼ解明された。ただし,
定量的な一致を見るためには経験的な準位補正が必要であった。また,縦波超音波モードの信
号強度の実験結果もこの準位補正を用いた計算で定性的に再現できた。この経験的な準位補正
を第一原理から求め,さらにフルポテンシャル効果を取り入れた,発展した計算手法の開発が
今後必要である。
横波超音波歪みは,現状では理論計算と実験とは一致していない。信号強度に対する歪み2
次の寄与の解明は,理論・実験の今後の重要な課題である。
CeSbのフェルミ面構造は,が混成モデルでほぼ解明され,このモデルの妥当性を再確認し
た。しかし,このフェルミ面から得られた電子比熱係数は,比熱の実験結果と一致していない。
この解明も,実験・理論,両面の課題である。
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論文審査の結果の要旨
希土類モノプニクタイトのうち,Ceプニクタイトは磁気秩序を示す重い電子糸の典型例であ
り,Laプニクタイトはその参照系として長い研究の歴史を持つ。これらの物質は伝導帯とプニ
クトゲンのヵ軌道からなる価電子帯の重なった半金属である。Ceプニクタイトの磁性の異常
性は∫電子とヵバンドの空孔の混成を考えるヵ一∫混成モデルにより解明されてきた。ρプ混成
の効果はフェルミ面形状に強く反映する。最近の音響的ドハース・ファンアルフェン効果の実
験により,汐プ混成の証拠となる信号が明瞭に見出されたが,細部に於て実験と一致せず,理論
計算の再検証が必要とされた。Laプニクタイトに於ては信号強度の超音波モード・印加磁場方
向依存性や,一様圧力下に於けるフェルミ面形状変化の実験があり,これらは変形ポテンシャ
ルに強い波数(κ)依存性のある電子格子相互作用として整理出来る可能性を示している。
本論文は,第一にLaプニクタイトのバンド構造の歪み依存性を理論的に解析した。方法とし
ては電子問相互作用に対して局所密度近似(LDA)を取るバンド計算の標準的手法が用いられ
た。LDAによる計算は歪みのない系のフェルミ面形状を再現し得ないことが知られている。本
論文では希土類54,4∫軌道に対する経験的準位補正を導入して歪みのない出発点のフェルミ
面形状を再現した後,歪みのもとでの計算を行った。
結晶の対称性からκ空間の△一対称軸上でクーゴ混成がなく,そこから離れると急激にヵ一4
混成が大きくなることにバンド構造の特徴がある。これにより変形ポテンシャルのκ依存性が
強くなることを示した。超音波モードに対応した歪みに於ては,体積と純粋歪みによる変化分
の補償と増強の生じ易い情況にあり,これが信号強度のモード依存性に反映することを明らか
にした。バンド構造の基本的な変化は,標準的なLDAの方法により得られるが,実験の結果を
導くには準位補正を導入して,出発点のフェルミ面形状を合致させておくことが必要であるこ
とも示した。
第二にCeプニクタイトのフェルミ面形状をヵプ混成モデルに基づき再構成し,理論上の電
子のバンド質量を求めた。これと実験的測定値の比較により質量増強因子を決定し,比熱の実
験値との不一致を指摘した。
他にも希土類モノプニクタイトのバンド構造に対しては,いわゆる全ポテンシャル近似の計
算を行う必要のあることなどを指摘した。
これらの研究により示された能力と学識は,今後,自立した研究活動を行うに必要な水準に
あると判定され,金田保則提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。
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