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2015(平成27)年2月21日
兵 庫 県 教 育 委 員 会
(公財)兵庫県まちづくり技術センター
国道372号丹南バイパス道路改良事業に伴い、
(公財)兵庫県まちづくり技術センターでは、兵庫県教育委員会から委託を
受け、篠山市波賀野に所在する「波賀野遺跡」と「波賀野西遺跡」の発掘調査を実施しています。
調査は、
「波賀野遺跡」の1・2区を合わせて約1,630㎡と、
「波賀野西遺跡」の115㎡について、平成26年11月末から平成
27年2月末までの予定で調査を進めてきました。その結果、中世の集落の内容を知る資料が得られました。
石組2(南から)
石組2と蔵骨器(西から)
波賀野遺跡と
波賀野西遺跡の位置
波賀野遺跡 2011(平成23)年度に実施した調査区では、縄文時代後期(約3,500年前)と古墳時代後期(約1,400年前)
の遺構に限られましたが、今回調査した地区では平安時代末(12世紀)~中世末(16世紀)の遺構が発見されました。
なかでも、2区東部で検出した遺構群は中世(14~15世紀:室町時代)の鍛冶関係遺構であることがわかりました。
鍛冶関係遺構には、鍛冶炉や廃棄物を捨てた穴のほか、掘立柱建物跡があります。鍛冶炉の内面は赤く焼けており、底
には炭がたまっていました。廃棄穴の中からは鉄滓や炉壁片のほか、砥石や丹波焼甕片が出土しました。また、付近から
鉄滓(鍛冶の際に炉の底にたまった鉄分を含んだ不純物)が10数点出土しています。
波賀野西遺跡 波賀野遺跡の西方約200mに位置し、標高235mの尾根突端にあり、山裾との比高差は約25mあります。
ここでは波賀野遺跡の鍛冶遺構と同時期の、中世(14~15世紀:室町時代)の墓地であったことがわかりました。
墓は2箇所あり、どちらも一辺約70㎝の方形に石を組んだもので、そのひとつには石組内に土師器の土鍋を蔵骨器として
納めていました。もうひとつの石組みには石列が接しており、そこから丹波焼の擂鉢と甕の破片が出土しました。こちらは
丹波焼の甕を蔵骨器とし、擂鉢で蓋をしていたものと推定されます。
墓は地元の有力者のものと思われ、付近に「古屋敷」の伝承地があることから、その住人の墓かもしれません。
波賀野遺跡(左)・波賀野西遺跡(右)遠景(北西上空から)
波賀野遺跡1区全景(南から)
石組1詳細(北から)
波賀野西遺跡の全体図と石組・石列の状況
波賀野西遺跡 調査区全景(東上空から)
波賀野西遺跡 石組全景(南から)
2区廃棄穴SK230(南から)
2区北西部の遺構(南から)
2区北西部 SX203 の礫と土器(南東から)
2区鍛冶関係遺構全景(東から)
2区掘立柱建物跡(南西から)
2区鍛冶炉SX228(東から)
2区廃棄穴SK227(東から)
1区
SK227 の鉄滓出土状況
2区
波賀野遺跡1・2区 空中写真