量子力学で使う線型代数

量子力学で使う線型代数
ゆきみ
http://yukimigo.com/
2015 年 2 月 22 日
つまったところの勉強メモ.
1 同時対角化
ふたつ以上の線型独立な固有状態(以下固有ベクトルをこういう)がおなじ固有値をも
つとき, その固有値は縮退 (degenerate) しているという. また, A のあるひとつの固有値
a に対する固有状態 ϕ が B のある固有値 b に対する固有状態にもなっているとき, ϕ を A
と B の同時固有状態 (simultaneous eigenstate) という. 同時固有状態はブラケットでは
A|a, b⟩ = a|a, b⟩,
B|a, b⟩ = b|a, b⟩
などとかかれる. つぎの一般的な定理が成り立つ.
Theorem 1.1 (同時対角化 (simultaneous diagonalization)). エルミート行列 A, B が
compatible とする. つまり,
[A, B] ··= AB − BA = 0
このとき, A と B はひとつのユニタリ―行列でどちらも対角化できる (同時対角化). さら
に, 逆もなりたつ.
proof. A′ ··= U † AU , B ′ ··= U † BU を対角行列としよう. 明らかに,
AB = U U † AU U † BU U † = U A′ B ′ U †
で, 対角行列同士の積は対角行列より, それを C とすれば
AB = U CU †
1
となる. BA でも同様になる. よって [A, B] = 0
逆に, [A, B] = 0 とする. Avi = avi (i = 1, . . . , d) と A を対角化しておく. d は考えて
いる空間の次元. {vi }i は基底と取れるから,
Bvi =
d
∑
bj vj
j
とかける. これに A を作用させて,
ABvi =
∑
bj aj vj
j
となるが, 一方
BAvi = ai Bvi = ai
∑
b j vj
j
となっていて, 仮定から AB = BA により
∑
bj (aj − ai )vi = 0
j
がわかる. まず各 ai は縮退していないとする. i ̸= j で aj − ai ̸= 0 でなければいけない
から, bj = 0 (i ̸= j) となる. よって Bvi = bi vi がすべての i でなりたつから, A と B は
同時に対角化できる.
つぎに, ai が n 重に縮退しているとしよう. 番号をつけかえて, a1 = a2 = · · · an とし
ておく. このとき, 上と同様に i > n なら bi = 0 だから, おなじようにして
Bvj =
n
∑
bk,j vk
(j = 1, . . . , n)
k
とできる. B がエルミートであることを使うと,
⟨vl , Bvj ⟩ = bl,j = ⟨Bvl , vj ⟩ = b∗j,l
となっているから, B ′ ··= (bl,j )l,j=1,...,n は n 次のエルミート行列となる. よって正規直交
(k)
固有状態 (ONE) uj
がとれて,
n
∑
(k)
bl,j uj
(k)
= ck ul
j=1
2
(k = 1, . . . n)
とできるから, uk ··=
∑n
Auk =
(k)
uj vj とすると,
j
n
∑
(k)
uj Avj = ai
∑
(k)
uj vj = ai uk
(k = 1, . . . , n)
j
j
となる. また,
Buk =
n
∑
(k)
uj Bvj
j
n
∑
=
(k)
uj bl,j vl
=
l,j=1
n
∑
(k)
ck ul vl = ck uk
l
が各 k でなりたつ. uk ̸= 0 より, これらは A と B の同時固有状態. あとはこの議論をつ
づければよい. ♡
2 variational principle
A をエルミート行列, Avi = ai vi とする. このとき, 任意のベクトル v ̸= 0 は
v=
d
∑
c i vi
i
とかける. よって
Av =
∑
ai ci vi
i
から,
⟨v, Av⟩ =
∑
c∗i cj aj ⟨vi , vj ⟩ =
i,j
で,
∑
i
∑
ai |ci |2 ⩾ min ai
i
i
∑
|ci |2
i
|ci |2 = ⟨v, v⟩ により
amin ··= min ai ⩽
⟨v, Av⟩
⟨v, v⟩
(v ̸= 0)
amax ··= max ai ⩾
⟨v, Av⟩
⟨v, v⟩
(v ̸= 0)
i
がなりたつ. 同様に
i
がわかる. v = vmin (i.e, Av = amin v) などと取れば上は等しくなるから, 明らかに
amin = min
v̸=0
⟨v, Av⟩
⟨v, v⟩
amax = max
v̸=0
⟨v, Av⟩
⟨v, v⟩
3
(v ̸= 0),
(v ̸= 0)
となる.
また, つぎがなりたつ.
Theorem 2.1 (Perron-Frobenius). A を d 次の実対称行列とする. すべての i ̸= j につ
いて Ai,j ⩾ 0 で, A が irreducible, i.e., すべての i ̸= j について, ある番号 i0 , . . . , in が
あって, i0 = j, in = i, Ail ,il−1 ̸= 0 (l = 1, . . . , n) ならば, 最大固有値 λmax は縮退して
おらず, 対応する固有状態はすべての成分が正にとれる.
まったく同様にしてつぎも成立.
Theorem 2.2 (Perron-Frobenius (量子力学の場合)). H を d 次の実対称行列とする.
すべての i ̸= j について Hi,j ⩽ 0 で, H が irreducible, i.e., すべての i ̸= j について, あ
る番号 i0 , . . . , in があって, i0 = j, in = i, Ail ,il−1 ̸= 0 (l = 1, . . . , n) ならば, 最小固有
値 EGS は縮退しておらず, 対応する固有状態はすべての成分が正にとれる.
つまり基底状態が一意ということをいっている.
proof. まず Au = λu としておく. すべての i について ui ⩾ 0 とすると, ある i で
ui ̸= 0 なら, すべての i で ui > 0 がなりたつことをみる. 背理法で示す. もしある j で
uj = 0 とすると,
λuj =
d
∑
Aj,i ui = 0
i
となっている.
Aj,i ui ⩾ 0 (i = 1, . . . , d) だから, Aj,i ̸= 0 なら ui = 0 となる.
irreducibility より
Aj1 ,i , . . . , Aj,jn−1 ̸= 0
とできるので, 上の議論をつづければすべての i ̸= j で ui = 0 となる. 矛盾.
つぎに, Av = λmax v ならすべての i で vi > 0 であることをみよう. すべて正だったり
負だったら自明なので, ある i, k で vj > 0, vk < 0 と仮定する. ui ··= |vi | とすると,
⟨u, u⟩ = ⟨v, v⟩ = 1
で, Ai,j ⩾ 0 から明らかに
⟨v, Av⟩ ⩽ ⟨u, Au⟩
となっている. variational principle によって
λmax =
⟨u, Au⟩
⟨v, Av⟩
⩽
⩽ λmax
⟨v, v⟩
⟨u, u⟩
4
だから結局 Au = λmax u. さらに, はじめの議論と定義からすべての i で ui > 0 となる.
よってすべての i で vi ̸= 0 となっている. irreducibility から Al,m ̸= 0, vl > 0, vm < 0
であるような l, m があるので,
vl Al,m vm < ul Al,m um
となり, 上の不等式は
λmax <
(Al,m > 0)
⟨u, Av⟩
⟨u, u⟩
となってしまう. 最大固有値であることに反するので, O.K.
最後に縮退していないことを示す. 仮に縮退しているとすると, 上の議論からそのふた
(j)
つの固有状態 vi (i = 1, 2) は各成分 j で vi
> 0 となっているから, 当然
⟨v1 , v2 ⟩ ̸= 0
になる. 縮退していても対角化したときの固有状態は ONE のはずだから, これはおかし
い. ♡
3 角運動量
つぎの角運動量の交換関係を満たす作用素を考える:
[Jj , Jk ] = iℏεjkl Jl
ここで i =
さらに
√
−1, ℏ はいつものやつで,


{1, 2, 3} の偶置換のとき
1
εjkl ··= −1 {1, 2, 3} の奇置換のとき


0
添字の2つ以上が一致するとき.
J2 ··= Jx Jx + Jy Jy + Jz Jz
とすると、
[J2 , Jk ] = 0
(k = x, y, z)
が直接計算でわかる. Jx , Jy , Jz は互いに交換しないので, どれかと J2 の同時固有状態を
考える. なんでもよいが, だいたい z をとる:
J2 |a, b⟩ = a|a, b⟩,
Jz |a, b⟩ = b|a, b⟩
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としておく. また, 昇降演算子を
J± ··= Jx ± iJy
と導入する. 交換関係から即座に
[Jz , J± ] = ±ℏJ±
[J+ , J− ] = 2ℏJz ,
が出て, また [J2 , Jz ] = 0 から
[J2 , J± ] = 0
も出る. さらに
Jz (J± |a, b⟩) = ([Jz , J± ] + J± Jz )|a, b⟩ = (b ± ℏ)(J± |a, b⟩)
となる. つまり固有値が増える (減る). しかし,
J2 (J± |a, b⟩) = J± J2 |a, b⟩ = a(J± |a, b⟩)
でこちらは変わらない. ブラケット的に
J± |a, b⟩ = c± |a, b ± ℏ⟩
とかける.
これをくりかえすといつまでも固有値を増やせそうだが, そんなことはなくて上限があ
ることをみよう.
J2 − Jz2 =
1
†
†
(J+ J+
+ J+
J+ )
2
に注意すると, これらは当然
⟨a, b|J2 − Jz2 |a, b⟩ ⩾ 0
なので,
⟨a, b|a − b2 |a, b⟩ ⩾ 0
となって
a ⩾ b2
がわかる. よってある bmax があって
J+ |a, bmax ⟩ = 0
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でなくてはいけない. さらに
⟨a, bmax |J− J+ |a, bmax ⟩ = ⟨a, bmax |J2 − Jz2 − ℏJz |a, bmax ⟩
= ⟨a, bmax |a − b2max − ℏbmax |a, bmax ⟩ = 0
となるから,
a = bmax (bmax + ℏ)
となる. 同様に
a = bmin (bmin − ℏ)
となって, bmax = −bmin から
−bmax ⩽ b ⩽ bmax
が b のとりうる値となる. ある n で
(n)
J+ |a, bmin ⟩ = |a, bmax ⟩
のはずだから,
bmax = −bmax + nℏ
から bmax = nℏ/2 となる. j ··= bmax /ℏ とすると,
J2 ψ = ℏ2 j(j + 1)ψ
とかける. m ··= b/ℏ とすると m は
m = −j, −j + 1, . . . , j − 1, j
の 2j + 1 個の値をとり,
J2 |j, m⟩ = j(j + 1)ℏ2 |j, m⟩,
Jz |j, m⟩ = mℏ|j, m⟩
とかけることになる.
4 角運動量の合成
J1 , J2 を角運動量の交換関係を満たし,
[J1 , J2 ] = 0,
(i.e., [J1k , J2l ] = 0)
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なるものとする. 直接計算で J1 + J2 ··= J1 ⊗ I + I ⊗ J2 が角運動量の交換関係をみたす
ことがわかる. よって前の節の議論がそのまま使えて,
(J1 + J2 )2 |j, m⟩ = j(j + 1)ℏ2 |j, m⟩,
(J1z + J2z )|j, m⟩ = mℏ|j, m⟩
とかける. |j, m⟩ を J1z と J21 , J2z と J22 それぞれの同時固有状態 |j1 , m1 ⟩, |j2 , m2 ⟩ で表
すことを角運動量の合成 (composition of angular momenta) という. m1 = j1 , m2 = j2
とえらぶと, |j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩ ··= |j1 , j1 ⟩ ⊗ |j2 , j2 ⟩ について
(J1z + J2z )|j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩ = (j1 + j2 )ℏ|j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩
となり,
J1 J2 =
1
[(J1x + iJ1y )(J2x − iJ2y ) + (J1x − iJ1y )(J2x + iJ2y )] + J1z J2z
2
と
(J1x + iJ1y )|j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩ = 0,
J1z J2z |j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩ = j1 j2 ℏ2 |j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩
に注意すれば
(J1 + J2 )2 |j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩ = (J21 + J22 + 2J1 J2 )|j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩
= (j1 + j2 )(j1 + j2 + 1)ℏ2 |j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩
となっているから,
|j1 + j2 , j1 + j2 ⟩ = |j1 , j1 ⟩|j2 , j2 ⟩
がわかった.
参考文献
[1] Walter Greiner. 『量子力学概論』. 丸善出版, 2012. 伊藤伸泰・早野龍五 監訳.
[2] J.J. Sakurai and Jim J. Napolitano. 『現代の量子力学 (上)』. 物理学叢書. 吉岡書
店, 第 2 版, 2014.
[3] 江沢洋. 『量子力学 2』. 裳華房, 2002.
[4] 田崎晴明. 『数学―物理を学び楽しむために―』, 2014. http://www.gakushuin.
ac.jp/~881791/mathbook/.
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