有機反応の基礎(第三回)
薬化学教室
伊藤 喬
7.7 アルケンの求電子付加反応

求電子付加反応: electrophilic addition
電子豊富なπ結合に求電子試薬が付加し、次に
アニオンが結合する。
不飽化合物
カルボカチオン中間体
carbocation
飽和化合物
求電子付加反応のエネルギー変化
一段階目の遷移状態
カルボカチオン中間体
二段階目の遷移状態
反応は二段階で進行
最初の遷移状態がより
高いエネルギーを持つ
一段階目が律速過程
反応の進行
求電子付加反応の反応例
94%
2-メチルプロペン
1-ペンテン
1-メチルシクロヘキセン
2-クロロ-2-メチルプロパン
2-ヨードペンタン
1-メチルシクロヘキサノール
反応は
HCl、HBr、
H2Oと酸などで
進行する。
HIはKIとリン酸
を反応させて作る。
注)有機反応の記載方法について
幾つかの異なった書き方があるので注意する。
溶媒
2つの出発物質(アルケン
とHCl)両方を強調する書
き方。矢印の上に溶媒、下
に反応条件。
試薬
一方の原料(有機化合物)
にのみ注目する書き方。
試薬は反応式の上、溶媒
は下に書く。
溶媒
両方とも全く同じ化学反応
7.8 求電子付加の配向性:
Markownikov(マルコウニコフ)則


非対称なアルケンを用いた場合、位置選択的付加反応が進
行する
位置選択的:2つの異なる反応位置のうち一方のみで反応
Markovnikov(マルコウニコフ)則

alkeneへのH-Xの付加反応では、Hは置換基の
少ない方の炭素、Xは置換基の多い方の炭素に
結合する。(マルコウニコフが1869年に提唱)
(今の言葉で言い換えると)
中間体として、より安定なカルボカチオンを生成
する方向に反応が進行する。
具体例(1)
CH3 H
H3 C
H+
H3C
H
H3C
H
C
C
H
Br
CH3 H
-
H3C
H
(A)
第三級carbocation
+ H-Br
(B)
CH3 H
H+
H3 C
C
C
H
C
C
Br
H
H
生成物
CH3 H
Br-
H3 C
H
第一級carbocation
C
C
H
H Br
全く生成しない
より安定なcarbocation経由で反応が進行する
(A)のみが起こる
具体例(2)
CH3
CH3
+ H-Cl
H
H+
(C)
(D)
H+
H
CH3
Cl-
Cl
H
H
第三級carbocation
H
CH3
H
生成物
CH3
Cl-
H
Cl
H
第二級carbocation
H
全く生成しない
より安定なcarbocation経由で反応が進行する
(C)のみが起こる
問題1
1) 次の反応の生成物の構造を書きなさい。
2) 次のハロゲン化アルキルを合成するためにはどのような
アルケンを用いればよいか。(複数の解答がある)
1)の解答
置換基2個の炭素
2
3
置換基1個の炭素
1-エチルシクロペンテン
2
3
1-クロロ-1-エチルシクロペンタン
1-chloro-1-ethylcyclopentane
「Hは置換基の少ない方の炭素、Xは置換基の多い方の炭素
に結合」というマルコウニコフ則をそのまま適用すればよい。
2)の解答
3
2
2
3
シスートランス異性体が存在
2
3
Clが結合している炭素の隣の炭素
には、三種類のHが存在している。
それぞれのHを取り除くと、三種類
のアルケンが原料として考えられる。
シスートランス異性体が存在
シスートランス異性体を考慮すると5種類のアルケンが出発物質になりうる。
問題2
以下の付加反応の生成物の構造を示しなさい。
H2Oと硫酸によって
HとOHの付加が起こる
解答
問題3
次の化合物を合成するために、どんなアルケンから出発したらよいか。
解答
7.9 カルボカチオンの構造と安定性


カルボカチオンcarbocation(3価で+に荷電した炭
素)
平面正三角形構造(BH3と同じ構造)
空の2P軌道
水素の1S軌道
H
C
H
H
2
SP 混成
H
C
H
H
平面正三角形
三組の電子対が最も遠ざかった構造
カルボカチオンの安定性の序列
空の2P軌道
安定性
R
R
C
R'
R''
C
R''
R'
第三級
R
R
> R'
C
C
> H
H
H
第二級
第一級
H
> H
C
H
メチル
安定化の理由 → 超共役 (hyperconjugation)
H
C
C
C-H結合のσ電子が空のP軌道に流れ込む
H
H
電子が広がって存在できるようになり安定化する
メチル基は電子供与性基として働く
カルボカチオンの静電ポテンシャルマップ
(教科書P232)
メチルカチオン
第一級
第二級
第三級
電荷の分布:赤は電子豊富(δー)、青は電子不足(δ+)を示す。
置換基が増えると+荷電が弱まっていくことが分かる。
問題4
次の反応で予想されるカルボカチオン中間体の構造を示しなさい。
解答
7.10 Hammondの仮説
中間体として、より安定なカルボカチオンを生成する方向に反
応が進行する。(Markovnikov則)
安定な中間体を経由することと「反応が速い」こととは直接結
びつかないはず。
「速い反応」とは、活性化エネルギー∆Gキが低い反応である。
より安定な中間体(カルボカチオン)と、遷移状態の間にどのよ
うな関係があるのか?
この2つを結びつける理論
ハモンドの仮説
ハモンドの仮説とは?
遷移状態の構造は最も近くにある安定な化学種の構造に似ている。
吸熱反応の遷移状態構造は生成物に似ており、発熱反応の遷移
状態構造は出発物質に似ている。
遅い反応
不安定な
カルボカチオン
速い反応
反応の進行
安定な
カルボカチオン
仮説に従えば
安定な中間体を通る
反応の方が活性化
エネルギーも低い。
アルケンに付加反応が起こる際の
遷移状態の構造は?
Brー
反応前のアルケン
生成物に似た構造の遷移状態
カルボカチオン
遷移状態では
1 二重結合のp軌道の一方がHBrのHと結合し始めている。
2 二重結合は切れ始め、左側の炭素はカルボカチオンに近くなる。
3 HBr間の距離が伸び、Brがマイナスに荷電しかかっている。
7.11 求電子付加の機構に対する証拠
(carbocation中間体の転位)
3-メチル-1-ブテン
2-クロロ-3-メチルブタン
(予想生成物)
2-クロロ-2-メチルブタン
(意外?な生成物)
2つの生成物がほぼ同量得られる。
アルケンとHClが反応する過程で、構造が変化している。
(この場合は水色で示した水素Hの位置が移動している。)
Hが元あった位置(1位)から隣(2位)に移動しているので、1,2転位という(1,2-ヒドリド移動)。
1,2-転位の反応機構
3-メチル-1-ブテン
第二級カルボカチオン
第三級カルボカチオン
最初に生成する第二級カルボカチオンが、より安定な第三級カルボ
カチオンに変化するためにHー(ヒドリド)が隣の炭素上に移動する。
転位するのはHだけではない
3,3-ジメチル-1-ブテン
第二級カルボカチオン
第三級カルボカチオン
最初に生成する第二級カルボカチオンが、より安定な第三級カル
ボカチオンに変化するためにメチル基が隣の炭素上に移動する。
問題5

ビニルシクロへキサンとHBrの反応で、1-ブロモ-1エチルシクロヘキサンが生成する。その反応機構を
示しなさい。
+
ビニルシクロヘキセン
H-Br
CH 2 CH 3
Br
1-ブ ロ モ -1-エ チ ル シ ク ロ ヘ キ サ ン
解答例
H Br
Br
H
a)
(A)
C CH3
H
Br
b)
(B)
H
C CH3
H
H Br
CH CH3
c)
Br
CH2 CH3
(C)
(D)
a) 最初に付加するプロトンは末端の炭素に結合
→ カルボカチオン(A)が生成
b) (A)(第二級) → (B)(第三級)への転位反応
c) (B)に対して臭化物イオンが付加し、生成物(C)が得られる。
もしカルボカチオン(A)が転位前に反応すると化合物(D)が得られるはずだが、
この場合には全く生成しない。
問題6
1-イソプロピルシクロヘキセンへのHClの付加反応では,以下の
ような転位生成物が得られる。
中間体の構造を示し、各段階における電子の動きを示すのに曲
がった矢印を用いて、反応機構を示しなさい。
1-イソプロピルシクロヘキセン
解答
1) 二重結合のπ軌道にH+が付加。マルコウニコフ則に従う。
2) 分子内でHの転位が起こる。
3) 端の方に生成したカルボカチオンに対してClーが付加。