最前線 Silicon Valley の半導体関連企業 《Element Sixの先端エレクトロニクス事業戦略》 プラズマCVDダイヤモンド結晶で 新たなエレクトロニクス用途を開拓 服部コンサルティング・インターナショナル 代表 服部 毅(本誌編集顧問) 工業用合成ダイヤモンドを製造・販売する多国籍企業Element Sixは、従来の機械工具向け用 途に代わる、先端エレクトロニクス分野の新たな用途開拓に賭け、米国カリフォルニア州Silicon Valleyに進出した。マイクロ波プラズマCVD法で製造したダイヤモンド結晶をEUVリソグ ラフィ光源の光学ウインドウや高電子移動度トランジスタ(HEMT)用GaN-on-Diamondの実 用化に取り組んでいるが、近い将来には、ダイヤモンド単結晶を用いたパワー半導体デバイス や量子コンピュータの実現にも期待が寄せられている。 ●ダイヤモンドを先端エレクトロニクスに活用 米国カリフォルニア州Silicon Valleyには、かつて Intel、AMD、National Semiconductorをはじめ、多 数の半導体メーカーの工場が林立していた。しか し、ほとんどの半導体工場はとっくの昔に州外へ 移転してしまい、今は半導体ファブレスやICT企業 などハイテク産業の超モダンなガラス張りオフィ スビルばかりが目立つ。 そんな中で、工業用合成ダイヤモンドを製造・ 販売する多国籍企業Element Six(登記上の本社は ルクセンブルグ)の米国法人Element Six Technology US(カリフォルニア州Santa Clara)が、Intel本 社のすぐ近くに、製造工場を開設したのは2年前の 2012年5月のことだ。Element Sixは、ダイヤモンド 導波路 マグネトロン プラズマ ガス導入口 真空ポンプ 冷却水 図1 60 ダイヤモンド結晶成長用マイクロ波プラズマCVD装置 Electronic Journal 2014 年 6 月号 の採掘から加工・販売まで全てを手掛ける世界規 模の資源メジャーDe Beers(本社:南アフリカ)グ ループの一員である。社名のElement Sixは、ダイ ヤモンドの化学式である周期律表の6番目の元素、 つまり炭素(C)を意味する。同社は、これまでは 最も堅いというダイヤモンドの物理的性質を生か して砥粒やパウダーなど機械工具向けに営業活動 をしてきたが、最近は先端エレクトロニクスやハ イテク分野に注力している。 ●Silicon Valleyにあえて工場を開設した理由 Element Six では、マイクロ波プラズマ CVD 法 (図1)によりCH4 メタンガスを高純度水素で還元・ 分解して、単結晶ダイヤモンド(商用では8mm角、 研究段階では10mm角)上に単結晶ダイヤモンドを エピタキシャル成長、あるいは金属タングステン (通常は直径5インチウェーハ)上に多結晶の薄膜 ダイヤモンドを生成している(図 2)。現場には、 同社の特許に基づく自社製のマイクロ波プラズマ CVD装置がずらりと並んでいる。 「なぜSilicon Valleyに工場を開設したのか? 」と の筆者の問いに、同社の戦略的製品開発担当ディ レクターのDaniel Twitchen氏(図3)は次のように 答えた。 「我々が米国に進出したのは、米国市場での合 成ダイヤモンドの需要が急増していることに対応 するためだ。進出後、この2年間、年率3割の成長を 最前線 Silicon Valley の半導体関連企業 同社は、米国防総省国防高 等研究事業局(DARPA)の 資金援助を得て、米TriQuint Semiconductorや米Raytheon などと協業し GaN-on-Diamond RF デバイスの実用化 を目指している。 もう 1 つの有望応用分野 は、半導体プロセスにおけ 図2 多結晶および単結晶ダイヤモンド成長と製品群 図3 Daniel Twitchen氏 る超微細加工用のEUVリソ 遂げている。Silicon Valleyに工場を開設したのは、 グラフィである。そのレーザ生成プラズマ(Laser Produced Plasma)光源の出力は、現在数十Wしか ここがハイテク産業の集積地だからだ。半導体や ないが、Intelは半導体デバイス量産に適用するに 光学分野の需要が急増し、さらにハイテク産業で は250Wは欲しいとし、蘭ASMLに出力の大幅アッ 新たな用途が開けつつある。ダイヤモンド結晶成 プを要求している。光源出力を高めるには、まず 長には長時間を要するので、電気の安定供給が必 励起用CO2 レーザを高出力化する必要がある。この 須だ。Silicon Valleyには、元々半導体工場が多数あ ため、高いIR透過率と高熱伝導率を併せ持つダイ ったし、現にIntel本社は今でも当社のすぐ近くに ヤモンドを、光源周辺の光学ウインドウへ適用す ある。このため、当地域の電気供給インフラは昔 る試みが行われている。EUV光源のさらなる高出 から完璧なまでに整備されている。しかも、当地 力化やウインドウの劣化による交換のための、 の電気代が安いのも魅力だ。優秀な技術者や労働 EUV露光装置の運転休止時間を減らすことができ 力も確保しやすい」。 るという。 ●HEMTやEUV露光への用途を開拓中 同社は、工場運営に先立ち、2011 年に Element Six Venturesという名称のベンチャーキャピタル部 門のオフイスを当地に開設し、合成ダイヤモンド 結晶を用いた製品を開発するベンチャーに投資し ている。さらには、合成ダイヤモンドの新たなハ イテク用途を模索している。 すでに、合成ダイヤモンド製の電極を用いたハ ンディなオゾン水生成装置を製造販売する米Electrolytic Ozoneや、窒化ガリウム(GaN)半導体と合 成ダイヤモンドとを原子レベルで結合したGaN-onDiamond基板上に高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor:HEMT)を世界で初め て製作した米Group4 Labsなどに出資してグループ 企業化している。 ダイヤモンドの熱伝導率は銅の5倍以上もあり、 加えて、不純物無添加のダイヤモンドは電気的に 絶縁体である。このため、ダイヤモンドは半導体 パワーデバイスや高出力レーザなどのヒートスプ レッダとして最適である。放熱が優れているため、 RFデバイスの高周波出力を上げることもできる。 ●将来はダイヤ半導体や量子コンピュータにも 単結晶ダイヤモンドのエネルギーバンドギャッ プは、SiCの3.1eV、GaNの3.5eVよりもずっと大き い5.5eVもあることから、高耐圧、高耐熱、高耐放 射線のいわば究極のダイヤモンドパワーデバイス 実現の潜在性がある。この実用化には、もうしば らく時間がかかりそうだ。 合成ダイヤモンド単結晶を用いた量子メモリや 量子コンピュータ(量子力学の原理を情報処理に 適用し、従来の概念とは全く異なる超並列処理に よるコンピュータ)の実現にも期待がかかる。こ れには、質量数13の炭素同位元素を多く含む合成 ダイヤモンド結晶をCVDで生成し、その結晶中の NV中心(結晶中の炭素を置換した窒素と隣接した 空孔で構成される複合欠陥)の示す電子スピン、 核スピンと呼ばれる磁気的性質を利用している。 このように、人工ダイヤモンド結晶の先端エレ クトロニクス、さらにはその先のハイテク分野へ の応用が次々と開拓されており、新しい未来が創 造されつつある。 Electronic Journal 2014 年 6 月号 61
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