Science 2014 年 5 月 9 日号ハイライト

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Science 2014 年 5 月 9 日号ハイライト
その人の先祖が植えた物がその人を表す
新しいニューロン:記憶の形成と忘却
変異を認識する T 細胞で癌と闘う
薬物耐性に対してワンツーパンチ
その人の先祖が植えた物がその人を表す
You Are What Your Ancestors Sowed
祖先が田畑に何を植えたかは人の個人主義や分析思考の程度に影響を及ぼすと考えらえるこ
とが、麦作対稲作を評価した研究により示された。ここ数十年で東洋と西洋の文化の相違点
が心理学者によって類別され、具体的には、西洋の文化はより個人主義で分析思考、一方、
東洋の文化はより相互依存的で全体論的思考であるという。こういった相違の理由は不明だ
が、様々な説が上げられている。たとえば、社会は裕福になり教育も向上するにつれて個人
主義も進むという近代化論や、(中国のような)一部の国で感染症が多発することでそこで
の外国人への対応は危険な状況となり、結局その文化は孤立し、集産主義的なものになって
しまうという病原体蔓延論がある。
T. Talhelm らは第三の可能性を探った。それは生存スタイル論(subsistence style theory)を展
開したもので、ライス理論(rice theory)と呼ばれる。生存スタイル論では、一部の農業形
式には特別な連携が必要だとされている。たとえば、水稲は水が十分になければ育たず、し
たがって水稲の栽培地域では隣人らが一体となって灌漑を行い、収穫日についても収穫時に
手助けし合えるように合わせている。これは作業がより単独的な麦作農家には当てはまらな
い。生存スタイル論を評価した過去の研究では、麦作も稲作も含め、あらゆる農業形式を一
括して扱っていたのに対し、Talhelm らは麦作対稲作で社会に対する各々固有の影響 ――
東洋と西洋の文化の違いを決める要因だと彼らが考えている影響 ―― についてより詳しく
調べようとした。そこで彼らは、麦と米の両方が栽培されている中国に注目した。個人主義
と集産主義に関する 3 つの認識手法を用いて、中国各地の稲作および麦作地域の被験者
1,000 名を調べ、全国規模のデータセットと、麦作中心の北部と稲作中心の南部の境目であ
る 3 つの省の人々に限定した小規模のデータセットにおいて自分たちの仮説を裏付ける証拠
を発見した。(彼らが確認した思考方法の相違は平均値に基づいたものであり、たとえば、
稲作地域の人がすべて麦作地域のどんな人よりも全体論的思考が強いということではない)。
Perspective では Joseph Henrich がさらなる見解を述べている。
Article #11: "Large-Scale Psychological Differences Within China Explained by Rice Versus Wheat
Agriculture," by T. Talhelm; S. Oishi at University of Virginia in Charlottesville, VA; X. Zhang; D.
Duan at Beijing Normal University in Beijing, China; C. Shimin at South China Normal University in
Guangzhou, China; X. Lan; S. Kitayama at University of Michigan, Ann Arbor in Ann Arbor, MI.
Article #3: "Wheat, Psychology and Innovation," by J. Henrich at University of British Columbia in
Vancouver, BC, Canada.
新しいニューロン:記憶の形成と忘却
New Neurons -- Forming and Forgetting Memories
われわれ大人が小さな子どもの頃の記憶を憶えていないのはなぜだろうか?新しい研究によ
り、神経新生(新たにニューロンが作り出されること)がこの「幼児期健忘(infantile
amnesia)」において重要な役割を担っている可能性があることが示された。幼児期健忘は
ヒトのみならず、数多くの種でみられる現象である。ニューロンは脳の海馬の中で常に作ら
れていて新しい記憶を形成しているが、研究者は、この新しいニューロンの絶えざる統合が
脳の中での神経結合を再編成し、古い記憶を壊すことで忘却をもたらすのではないかと考え
てきた。Katherine Akers らは、この現象がマウス、モルモット、デグー(小型のげっ歯類)
で起こることを突き止めた。彼らはマウスのグループに対し弱い電気ショックを用いて、特
定の環境に対し恐怖を抱くように訓練した。その後、一部のマウスを回転輪を使って走るこ
とができる状況に置いた(走ることは神経新生を促す)。これらのマウスを恐怖を感じる環
境に戻して比較したところ、回転輪で走らせなかったマウスは電気ショックを明確に想起し
たが、走らせたマウスは多くがその恐怖を忘れていた。次に、一般に成体マウスよりニュー
ロン産生が多い幼若マウスに対し、神経新生を遅らせる薬物を用いたところ、薬物を投与し
なかった対照の幼若マウスと比べ、より記憶が保持されていた。最後に Akers らは、出生時
から成熟ニューロンを持ち、幼若期の神経新生が少ない動物であるモルモットおよびデグー
を用いて、神経新生が忘れやすさに及ぼす影響を調べた。その結果、幼若モルモットおよび
幼若デグーは、幼若マウスほど速やかに恐怖を忘却しないことが明らかになった。しかし、
これらのげっ歯類に神経新生を刺激する薬物を投与したところ、同様に恐怖を忘れるように
なった。この結果は、幼児期健忘の機序の解明につながる可能性がある。Lucas Mongiat と
Alejandro Schinder による Perspective の記事で、本研究についてより詳細に解説している。
Article #10: "Hippocampal Neurogenesis Regulates Forgetting During Adulthood and Infancy," by
K.G. Akers; A. Martinez-Canabal; L. Restivo; A.P. Yiu; A. De Cristofaro; H.-L. Hsiang; A.L.
Wheeler; A. Guskjolen; Y. Niibori; B.A. Richards; S.A. Josselyn; P.W. Frankland at The Hospital for
Sick Children in Toronto, ON, Canada; A. Martinez-Canabal; H.-L. Hsiang; A.L. Wheeler; A.
Guskjolen; S.A. Josselyn; P.W. Frankland at University of Toronto in Toronto, ON, Canada; H. Shoji;
K. Ohira; T. Miyakawa at Fujita Health University in Toyoake, Japan.
Article #5: "A Price to Pay for Adult Neurogenesis," by L.A. Mongiat at CONICET in Bariloche,
Argentina; A.F. Schinder at CONICET in Buenos Aires, Argentina.
変異を認識する T 細胞で癌と闘う
Fighting Cancer with T Cells that Recognize Mutants
上皮癌患者で、腫瘍細胞が発現している変異に特異的な T 細胞が抗腫瘍活性を示すことが、
新しい報告で示された。悪性腫瘍には遺伝子変異があり、養子 T 細胞療法ではこの特性を利
用している。養子 T 細胞療法とは、リンパ球などの免疫由来細胞の数を in vitro で増やし、
患者に戻して免疫を促進する治療法である。最近、特定の悪性腫瘍が特定の変異を有するこ
とが明らかになり、これらの変異に特異的な T 細胞が作製された。これを患者に注入したと
ころ、抗腫瘍免疫反応が起きた。メラノーマに対しては治療効果が認められているが、メラ
ノーマよりも変異が少ないことが多く、全てのヒトの悪性腫瘍の 80%超を占める上皮癌に対
して、ヒトの免疫系が T 細胞応答を開始できるかどうかは不明であった。今回、Eric Tran ら
が、全ゲノム配列決定を利用して、肝臓と肺に転移した胆管癌と呼ばれる上皮腫瘍を有する
患者由来の腫瘍が発現している変異抗原に特異的な腫瘍浸潤 CD4+T 細胞を同定した。増殖
させた変異特異的 T 細胞集団を患者に注入したところ、腫瘍が縮小し、疾患が安定化した。
さらに、非常に純度の高い変異特異的 T 細胞を用いた治療で腫瘍縮小が認められたことで、
変異特異的 T 細胞が腫瘍縮小を媒介したことが確認された。Tran らの研究は、将来的に、
免疫系による変異特異的 T 細胞応答を利用して、有効な個別化癌免疫治療が開発できること
を示唆している。
Article #20: "Cancer Immunotherapy Based on Mutation-Specific CD4+ T Cells in a Patient with
Epithelial Cancer," by E. Tran; S. Turcotte; A. Gros; P.F. Robbins; Y.-C. Lu; M.E. Dudley; J.R.
Wunderlich; R.P. Somerville; K. Hogan; C.S. Hinrichs; M.R. Parkhurst; J.C. Yang; S.A. Rosenberg at
National Cancer Institute, NIH in Bethesda, MD; S. Turcotte at Centre Hospitalier de l’Université de
Montréal in Montréal, QC, Canada; M.E. Dudley at Novartis Institutes for BioMedical Research in
Cambridge, MA.
薬物耐性に対してワンツーパンチ
One-Two Punch to Overcome Drug Resistance
新たな研究により、がん治療のための 2 剤遅延放出ナノ粒子送達システムが開発されたこと
が報告された。2 剤を用いたがん治療法が増えているが、2 剤の同時送達は必ずしも最大の
効果が得られるわけではなく、ある種のがん細胞はこのような治療に対してもなお耐性を発
現する。送達をずらす方法は、最初に DNA 損傷を引き起こす薬剤などの細胞毒性薬にがん
細胞を感作させる薬剤を用いると、より高い効果が得られる可能性がある。今回 Stephen W.
Morton らは、このような送達方法をデザインするために、2 つ以上の薬剤を同時送達するの
によく適したナノ粒子を利用した。開発されたナノ粒子送達システムは、DNA 損傷を引き
起こす薬剤を中心におき、がん細胞をこの細胞毒性薬に感作させる薬剤を外層の膜内におい
た。癌細胞がこのナノ粒子を取り込むと、外層の薬剤が速やかに放出され、がん細胞の細胞
シグナル伝達ネットワークを変化させ、細胞を第二の薬剤に対して高度の感受性をもつよう
にさせる。第二の薬剤は少し遅れて放出されて、がん細胞を殺滅する。著者らは、いくつか
の異なる薬剤の組合せを用いた 2 剤含有ナノ粒子を開発したと述べており、培養がん細胞と
マウスモデルの腫瘍において殺滅効果を示すことを実証した。2 剤含有ナノ粒子を投与され
たマウスでは、第一の薬剤に反応した腫瘍に減少がみられたが、細胞毒性薬のみを投与され
たマウスでは腫瘍の増殖が持続してみられた。いずれの投与条件でも細胞毒性薬は DNA 損
傷を引き起こすが、がん細胞が第二の細胞毒性薬に対して十分な感受性をもつためには、第
一の薬剤に曝露される必要があった。今回デザインされた、ナノ粒子を用いた遅延放出薬物
送達システムは、化学療法に対してがん細胞が発現する耐性を回避できる可能性がある。
Ronnie H. Fang と Liangfang Zhang による Perspective では、さらなる洞察について述べられて
いる。
Article #22: "A Nanoparticle-Based Combination Chemotherapy Delivery System for Enhanced
Tumor Killing by Dynamic Rewiring of Signaling Pathways," by S.W. Morton; M.J. Lee; Z.J. Deng;
E.C. Dreaden; E. Siouve; K.E. Shopsowitz; N.J. Shah; M.B. Yaffe; P.T. Hammond at Massachusetts
Institute of Technology in Cambridge, MA; M.B. Yaffe at Beth Israel Deaconess Medical Center in
Cambridge, MA; M.B. Yaffe at Harvard Medical School in Cambridge, MA.
Article #23: "Combinatorial Nanotherapeutics: Rewiring then Killing Cancer Cells," by R.H. Fang; L.
Zhang at University of California, San Diego in La Jolla, CA.