河−1

河−1
流出計算における再現計算結果の適合度判定に関する一考察
帯広開発建設部
治水課
○岡本
拓三
田中
史雄
小林
幹男
1.まえがき
流出計算において再現計算結果の適合度を判定する際は、河川砂防技術基準(案)
等で提案されている誤差指標によっている。しかし、それらの誤差指標を満足してい
る場合であっても、視覚的に評価した場合適合度が良いとは評価されない場合もある。
また、再現計算結果の許容誤差については、実務者の主観により判断されるため、
個人差がないよう許容誤差の範囲を検討する必要がある。
こうした状況を踏まえ、本研究は、①現在用いられている誤差指標の整理、②実務
者に対するアンケート調査より、数多くの再現計算結果をもとに視覚的な観点から適
合度を評価、③アンケート調査結果と現在用いられている誤差指標との比較検討、④
視覚的評価の持つ意味、視覚的評価を含めた新たな誤差指標の提案を行い、考察した
ものである。
2.流出モデルの検証と誤差指標
流出計算に使用する貯留方程式等の流出モデルには、洪水の実績値を用いて決定す
べき定数が含まれており、最適な定数の組合せを持つ流出モデルを決定することにな
るが、そのためには、流出モデルによる計算値が洪水の実績値と適合するかどうかが
判定の基準となる。
洪水の実績値と流出モデルによる計算値の適合度を検討する場合、洪水流出を例に
挙げれば、洪水のピーク値の一致に重点をおくか、流出曲線(ハイドログラフ)の全
体的な一致を重視するかで、適合度の評価が異なってくる。
適合度の評価に際し、現在使用及び提案されている誤差指標は次の通りである。
2.1
河川砂防技術基準における適合度検証手法
1)
「河川砂防技術基準(案)」 では適合度の検証方法として、①洪水の実績ハイドログ
ラフと再現計算ハイドログラフを目視により比較する、②洪水の実績値と流出モデル
による計算値の誤差Eを算出し、0.03以下となるよう定数を同定する式(1)の2つの方
法が提案されている。
1 n  Qo(i)− Qc(i)
E = Σ

n i=1 
Qop

2
………………………………………………
Takuzo Okamoto , Fumio Tanaka , Mikio Kobayashi
(1)
ここで、
E:誤差
n:計算時間数
Qc(i):i時の計算流出量
Qo(i):i時の実測流出量
Qop:実測の最大流出量
再現計算では、式(1)により流出モデルの適合度評価が行われているが、実際に誤差
Eが0.03以下であっても、流出モデルが適合していないと判断される場合が多く見受け
られる。
2.2
高水計画検討の手引き(案)における適合度検証手法
ま た 現 在 、 再 現 計 算 結 果 の 適 合 度 を 判 定 す る に 際 し 、「 高 水 計 画 に お け る 流 出 解 析 手
法 に つ い て 」 2)で 定 量 的 評 価 の 指 標 と し て 、 表 − 1 に 示 す 誤 差 指 標 ( E q 、 E w 、 E v 、 E p )
が提案されている。
なお、表−1の誤差指標Eqは式(1)で表される誤差Eに同じである。
3.適合度の評価及び許容誤差の検討
2章で、適合度の評価
表−1
適合度評価の定量的指標
に際し現在使用及び提案
されている誤差指標につ
いて記したが、誤差指標
の許容範囲(許容誤差)
については、現在明確な
基準がなく、流出モデル
の適合度評価は、実務者
の主観により行われてお
り、これにより、許容誤
差の個人差が生じ、同じ
誤差であっても実務者に
よって適合度評価が大き
く異なることとなってい
る。
こうした状況から、実
務者の主観による個人差
が生じないよう、流出モ
デルの許容誤差の検討を
行う必要があり、実務者
の主観による個人差をなくすために、1つのハイドログラフについて、複数の実務者
が視覚的な観点(目視)から適合度の評価を行い、許容誤差を設定することが望まし
いものと考えられる。
よって、許容誤差の検討に先立ち、実務者に対して既存再現計算結果のサンプルに
よる適合度評価のアンケート調査を行った。
3.1
アンケート調査
アンケート調査の実施要領は、以下の通りである。
(1)アンケート調査対象者の選定
アンケート調査対象者は、北海道開発局及び㈱ドーコン職員の中から流出計
算業務に携わる実務者20名程度を選定した。
(2)ハイドログラフの選定
ハイドログラフは、道内12水系15地点での主要洪水2ケースの合計30ケース
を選定した。なお、ハイドログラフは、洪水の実績値と計算値の、式(1)による
誤差Eが0.03以下を満たし、かつ欠測がないものを選定した。
(3)適合度の判定手法
選定した再現計算結果について、検証範囲(適合度の判定を行う範囲)を
図−1に示すとおり、立ち上がり部、ピーク部、減水部、全体の4部位に大別
し、部位毎に、目視により以下に示す適合度の定性的評価(5段階評価)を行
った。
A:実績値と計算値が適合してい
る
B:実績値と計算値がどちらかと
いえば適合している
C:どちらともいえない
D:実績値と計算値がどちらかと
いえば適合していない
E:実績値と計算値が適合してい
ない
図−1
3.2
検証範囲
アンケート調査結果及び解析
前記の実施要領をもとに、適合度判定のアンケート調査を行った結果、23名の実務
者より適合度の判定回答が得られた。
アンケート調査結果より、目視で適合度が高い、即ち定性的評価AもしくはBの判
定が多いと評価されたハイドログラフと、適合度が低い、即ち定性的評価Dもしくは
Eの判定が多いと評価されたハイドログラフの中から、特徴的な波形を持つ例を図−
2及び図−3示し、さらに対応する判定結果を表−2に示す。
なお、表中の「判定結果」の数字は、定性的評価ランク(A∼E)の判定人数を表
している。
図−2
目視による適合度が高い例
図−3
図−2のハイドログラフでは、
立ち上がり部、ピーク部におけ
る波形及び洪水のピーク値は実
表−2
ハイドログラフ
NO.
適合度が良い例
(図−2)
大きく異なっている。全体で見
立ち上がり部
減水部
全 体
B
C
D
E
A
B
C
D
E
A
B
C
D
E
A
B
C
D
E
14
9
0
0
0
23
0
0
0
0
0
0
6
5
12
1
17
5
0
0
0.0008
0.0019
0.0255
0.0078
Ew
0.0785
0.0040
0.2291
0.1052
Ev
0.2320
Ep
(図−3)
ピーク部
A
Eq
判定結果
適合度が悪い例
判定結果
検証範囲
適合度指標
判定結果
測値と計算値でほぼ一致してい
るが、減水部においては波形が
目視による適合度が低い例
0.0216
−
0
1
3
0.4106
−0.0075
13
6
1
10
8
3
1
0.1524
−
0
3
1
−0.0075
13
6
0
3
5
13
2
Eq
0.0144
0.0065
0.0076
0.0090
Ew
0.2620
0.0126
0.1303
0.1285
Ev
Ep
0.4929
−
0.0407
−0.0506
0.2542
−
0.1603
−0.0506
た場合にこのハイドログラフが適合していると判定されているのは、治水実務者の立
場においては、減水部の誤差はさほど重要ではないと判断されたと考えることができ
る。また図−3のハイドログラフでは、ピーク部の一部の波形が一致しているものの、
波形及び洪水のピーク値が実測値と計算値でかなり異なっていることから適合度が低
いと判定されていると考えられる。
次に、アンケート調査結果の部位毎の定性的評価ランク(A∼E)の判定人数及び
誤差指標の値より、以下の通りとして許容誤差の検討を行った。
①アンケート調査の定性的評価で、AまたはBと判定された場合は「適合」の対
象とし、定性的評価DまたはEと判定された場合は「不適合」の対象とする。
② 「 適 合 」 及 び 「 不 適 合 」 と 判 定 さ れ た 割 合 を 算 出 し 、「 適 合 」「 不 適 合 」 判 定 率
と 誤 差 の 相 関 図 を 作 成 し 、「 不 適 合 」 判 定 率 が 5 0 % 以 下 と な る 誤 差 指 標 数 値 の 範
囲を許容誤差とする。
図 − 4 ∼ 図 − 7 に 誤 差 指 標 の 「 適 合 」「 不 適 合 」 判 定 率 と 誤 差 の 相 関 図 を 示 す 。
Eq=0.006
図−4
判定率−誤差相関図(Eq)
Ew=0.019
図−5
判定率−誤差相関図(Ew)
Ev=-0.170
図−6
Ep=-0.031
Ev=0.158
判定率−誤差相関図(Ev)
図−7
判定率−誤差相関図(Ep)
AまたはBと判定された割合を「A+B判定
表−3
許容誤差
率 」、 D ま た は E と 判 定 さ れ 割 合 を 「 D + E 判 定
誤差指標
許容誤差
率 」 と し て 、「 D + E 判 定 率 ≦ 5 0 % 」 を 満 足 す る
Eq
0.000∼0.006
誤差の範囲(図中の網掛け部分)を相関図より
Ew
0.000∼0.019
算出した結果、誤差指標毎の許容誤差は表−3
Ev
-0.170∼0.158
の通りとなる。
Ep
-0.031∼0.000
3.3
既存検討資料による許容誤差との比較
下に示す、流出計算に関する既存検討資料の中で、適合度評価及び許容誤差の検討
が行われており、3.2で算出した許容誤差との比較検討を行う。
① 「 十 勝 川 水 系 工 事 実 施 基 本 計 画 」 3)で の 洪 水 の 再 現 計 算 精 度
②「十勝川水系工事実施基本計画」で設定されている基本高水ハイドロと計画高
水ハイドロの誤差率
③ マ ニ ュ ア ル (「 高 水 計 画 検 討 の 手 引 き ( 案 )」 及 び 「 高 水 計 画 に お け る 流 出 解 析
4)
手法について」 )における誤差率
④十勝川基本高水検討における既往再現計算結果による適合度評価
図−8∼図−11に、既存検討資料①∼④における誤差指標の許容誤差整理結果を示
す。
既存検討資料①∼④では、各ハイドログラフについて、今回実施したアンケート調
査 と 同 様 、 目 視 に よ り 「 ○ 」( 適 合 し て い る )、「 ○ + × 」( ど ち ら と も い え な い )、「 × 」
( 適 合 し て い な い ) の 3 段 階 評 価 に よ り 適 合 度 の 判 定 を 行 っ て お り 、「 ○ 」( 適 合 し て
いる)と判定される誤差の範囲を許容誤差としている。
既存検討資料①∼④での誤差指標の許容誤差整理結果より、Eq=0.000∼0.008、Ew=
0.000∼0.048、Ev=-0.080∼0.044、Ep=-0.112∼0.047が許容誤差となりうることが判
明している。
Eq
Ew
0.1000
0.5000
工実再現
工実基本高水
&計画高水
各種マニュアル
既往検討
工実再現
0.0900
0.4500
0.0800
0.4000
0.0700
工実基本高水
&計画高水
各種マニュアル
既往検討
0.3500
×
0.3000
0.0600
0.0500
青線
赤線
0.0400
基準
0.0300
×
0.2500
0
5
0.008
0.008
0
5
0.039
0.039
青線
赤線
0.039
0
0.03
5砂防基準 基準値
0.03
0.03
0.2000
0
5
0.048
0.048
0
5
0.116
0.116
0.1500
0.116
○+×
0.1000
0.0200
○+
0.0100
0.008
○
○
0.0000
0.0000
図−8
0.048
0.0500
既存資料による許容誤差(Eq)
図−9
既存資料による許容誤差(Ew)
Ev
Ep
0.2000
0.4000
工実再現
工実基本高水
&計画高水
各種マニュアル
既往検討
工実再現
×
0.1500
0.138
0.1000
既往検討
0.3000
0.281
○+
青線
0.0500
赤線
○
各種マニュアル
0.2000
○+
×
0.0000
工実基本高水
&計画高水
×
0
5
0
5
0.044
0.044
0.044
-0.08
-0.08
0
5
0.138
0.138
0
5
-0.138
-0.138
青線
0.1000
0
5
赤線
0.0000
○
-0.0500
0
5
-0.112
-0.112
0.047
0.047
0.047
0
5
0.281
0.281
0
5
-0.386
-0.386
-0.112
-0.1000
-0.080
-0.1000
-0.2000
○+
○+
-0.138
-0.1500
-0.3000
×
-0.386
-0.2000
図−10
-0.4000
既存資料による許容誤差(Ev)
既存検討資料による許容誤差
とアンケート調査結果による許
図−11
表−4
×
既存資料による許容誤差(Ep)
誤差指標
許容誤差
誤差指標
既存資料
アンケート調査結果
容誤差を比較し、表−4に示す。
Eq
0.000∼0.008
0.000∼0.006
表−4より、アンケート調査
Ew
0.000∼0.048
0.000∼0.019
より算出した許容誤差は、Evを
Ev
-0.080∼0.044
-0.170∼0.158
除き既存検討資料①∼④の許容
Ep
-0.112∼0.047
-0.031∼0.000
誤差の範囲内となっていることが分かる。
4.新たな誤差指標の考え方
2章、3章で整理した誤差指標は、ある時間での実績値と計画値の流量誤差(ハイ
ドログラフ鉛直方向の誤差)で表現されている。しかしながら、目視によりハイドロ
グラフの適合度の判定を行う場合は、流量誤差からの評価よりもハイドログラフの線
形自体の誤差からの評価がより適切であると考えられる。
よって、ここではハイドログラフの線形誤差を新たな誤差指標として考え、提案す
る。
ハイドログラフは時間と流量の関係を表したものであり、次元が異なることから、
ハイドログラフをそのまま用いて線形誤差を算出することは難しい。
そのため、ハイドログラフを次に示す処理を行い、線形誤差を考えるものとする。
①ハイドログラフ検証範囲を無次元化し、相対ハイドログラフを作成する。
②相対時間毎の相対実績流量を直線近似化し、実績流量線分と計算流量線分との
最短直線距離を線形誤差とする。
図−12に相対ハイドログラフ模式図を、図−13に線形誤差模式図を示す。
図−12
相対ハイドログラフ模式図
図−13
相対誤差模式図
なお波形誤差は、適合度評価の定量的指標を参考に、式(2)及び式(3)を考える。
Eqk =
1 n  x(c) 
Σ

n i= 1  Qop(c)
Ewk =
1 n  x(c) 
Σ

n i=1  Qo(c)
ここで、
Eqk
2
……………………………………………………
(2)
……………………………………………………
(3)
2
:誤差指標(流出波形の従来の誤差指標:ピーク流量に対する誤
差比率の評価に対応)
Ewk
:誤差指標(流出波形の新誤差:時間毎の流量の誤差比率に対す
る評価に対応)
n
:相対ハイドロにおける検証範囲時間数
X(c)
:相対ハイドロにおける線形誤差(無次元)
Qop(c):相対ハイドロにおける実績ピーク流量(無次元)
Qo(c) : 相 対 ハ イ ド ロ に お け る 実 績 流 量 ( 無 次 元 )
式(2)及び式(3)より、3章のアンケート調査で使用したハイドログラフ30ケースに
ついて線形誤差Eqk、Ewkの算出を行った。
目視が流量誤差よりも線形誤差と密に関連してい
るハイドログラフの例を図−14に、対応する判定結
果を表−5に示す。
ハイドログラフの立ち上がり部に着目すると、表
−5から見て取れるように、誤差指標Eq、Ewによる
計 算 値 で は 本 研 究 中 で 求 め た 許 容 誤 差 Eq=0.000∼
0.006、Ew=0.000∼0.019の範囲を大きく上回ってい
るが、アンケートによる判定結果においては回答者
の6割以上が適合すると判定している。また、線形
誤 差 で も E q k = 0 . 0 0 0 7、 E w k = 0 . 0 1 5 8 と 、 E q 、 E w に 比 べ
著しい減少が見られることからも、
図−14 新しい誤差指標が有効な例
線形誤差と目視との関連性は高いと
考えることができる。しかしなが
ら、線形誤差では、ピーク部におけ
る最短距離の設定方法など、まだ検
表−5
判定結果
検証範囲
ハイドログラフ
NO.
適合度指標
判定結果
立ち上がり部
A
B
3
12
Eq
適合度が良い例
Ew
Ev
(図−14)
Ep
Eqk(検討指標)
Ewk(検討指標)
C
D
ピーク部
E
A
6
2
0 13
0.0166
0.1648
0.4333
−
減水部
B
C
D
9
1
0 0
0.0039
E
0.0068
0.0375
−0.0149
0.0007
0.0158
0.0002
0.0004
A
B
4
10
C
全 体
D
E
6
3 0
0.0019
A
B
7
12
0.0561
0.1016
−
0.0017
0.0512
C
D
E
3
1 0
0.0051
0.0588
0.0921
−0.0149
0.0010
0.0285
討すべき課題も多く残されている。
5.あとがき
本研究より、適合度評価に関するアンケート調査の結果より算出した誤差指標の許
容誤差は、既存の検討結果より得られた許容誤差の範囲内となっているため、より精
度の高い許容誤差が得られたと言えると同時に、今後活用する上でも妥当な数値であ
ると言える。
但し、目視による評価では、減水部における実測値と計算値の誤差が大きな場合で
あっても、全体で見ると適合していると判断されるなどの課題も明らかとなった。
また、今回、新誤差指標(線形誤差)の提案によって、従来の流量誤差よりも目視
に近い評価を得られることが検証できた。しかし、線形誤差ではピーク部において課
題も残されていることから、今後検討事例を増やし、さらに目視との関連性を詳細に
得たいと考えている。
参考文献
1)改訂新版
建設省河川砂防技術基準(案)同解説
調 査 編 :( 社 ) 日 本 河 川 協 会 ,
山 海 堂 , p.85∼86, 平 成 9 年 9 月 .
2)高水計画における流出解析手法について
設コンサルタンツ協会
− 貯 留 関 数 法 を 中 心 と し て − :( 社 ) 建
河川計画専門委員会計画論検討ワーキンググループ,
p.64∼65, 平 成 1 1 年 6 月 .
3)十勝川水系工事実施基本計画参考資料
第Ⅲ編
流量解析:北海道開発局,
p.82∼109及びp.200∼202, 昭和56年8月.
4)高水計画検討の手引き(案)ver.5:
( 財)国土開発技術研究センター, p.32∼3
5, 平 成 1 1 年 1 月 .