概要 表面物理特論 Surface Physics 東京大学 工学部物理工学 大学院工学系研究科物理工学専攻 Graduate School of Engineering, Department of Applied Physics 福谷克之 教授 生産技術研究所 (IIS) http://oflab.iis.u-tokyo.ac.jp [email protected] 長谷川幸雄 准教授 物性研究所 (ISSP) http://hasegawa.issp.u-tokyo.ac.jp [email protected] 固体の表面,あるいは界面とは ものが存在すれば,必ず表面がある. 外からそのものにアクセスしようと思うと,それは必ず表面を介して行われる. 光をあてる,熱を加える,温度をはかる,など,あるいは表面は物質が我々に見せる顔とも 2つのものを組み合わせてできたものーその接合面は界面 固体のバルクとしての性質もさることながら,表面や界面の性質がその大部分を決める場合もある. ナノスケールでは表面の影響がさらに顕著 ものの数だけ表面がある.表面の性質を考える上で基礎となる考え方を勉強する. 表面の2つの側面 A. 固体の表面=結晶の表面 1.表面では,結晶の持つ3次元的な対称性が失われる. 対称性の低下(表面垂直方向の並進対称性がなくなる) 電子状態的には,縮退が解ける 2.次元性の低下: 電子状態としては,電子間の相関の増強 → バルクとは異なる物性の発現: 特異な電子状態,磁性,相転移(超伝導) B. 異なる相の界面:固相ー気相,固相-液相 物質が光や粒子と相互作用する場,物質・エネルギー交換の場/ 原子の運動の自由度が高い 電子的には,固体が空間的に広がった状態=ブロッホ波として波数表示 原子・分子が空間的に局在した状態=原子軌道実空間表示 学問的には,物理と化学の境界領域:固体物理の手法と量子化学の知識 電子系の物理,原子の運動,舞台は広い 表面物理… 表面物理… 関連分野と応用 授業の予定 数値計算 分子・結晶学 固体物理 量子化学 長谷川 真空工学 表面原子 構造 HˆΨ = (Tˆ +V )Ψ = EΨ V(Ri, rj) 表面ダイナミクス (気相との反応) 粒子線 (電子、イオン…) X線・光 表面科学 局所分析 福谷先生 表面電子 状態 表面保護・腐食 半導体デバイス 福谷先生 不均一触媒 (固体触媒) 薄膜・結晶成長 触媒反応 ナノテクノロジー スピントロニクス 1 表面物理… 解析手法 入射 検出 電子・イオン・光子 電子・イオン・光子 情報 相互作用に 関する物理 相互作用 表面 原子密度(単位面積当たり): NS ≈ 1015 cm-2 試料 固体(バルク) 原子密度: NV ≈ 1022 cm-3 要求される条件 ・表面選択性(バルクに対して) ・感度 ・清浄性(試料表面を汚さない) 理論計算の場合、表面垂直方向に周期的 境界条件が破れる 「表面・界面の科学」に関わる歴史 光電効果の発見 1887年 H.R. Hertz 電子の発見 1897年 J.J. Thomson 光量子仮説 1905年 A. Einstein 1909年頃 O.W. Richardson 1917年頃 I. Langmuir 物質波 1926年 L.V.de Broglie 電子の波動性の証明 1927年 C.J. Davisson, G.P. Thomson, S. Kikuchi 電子顕微鏡の開発 1930年頃 E. Ruska 1947年 Brattain, Bardeen, Shockley 1952年 E.W. Muller 1967年頃 K. Siegbahn 物質波・電子の波動性 1980年 K. von Klitzing 1981年 B. Binnig, H. Rohrer 2007年 G. Ertl Davisson-Germer の実験 vol.30(6), 705 (1927) Ni表面で散乱される電子線の 角度分布の測定から、 de Broglieの式を電子線で実証 Clinton J. Davisson (左側、1937年ノーベル物理学賞) 極角θ依存性 方位角依存性 2 現在は・・・ 低速電子線回折(LEED) 電子の回折 電子のド・ブロイ波長 λ= 150eVの電子では、 λ h 2mE λ (A ) = 150.4 E (eV ) o ≈ 1 ( Α) 回折図形 → 原子配列構造を反映 反射高速電子線回折(RHEED) 回折強度 → 構造解析 回折点形状 → 長距離・短距離秩序 例: 相転移(臨界指数) I ∝ A1 − T Tc β X線回折(バルクの結晶構造決定)の電子線版 (電子は物質と相互作用が強く、潜れない) 1887年 1897年 1905年 1909年頃 1917年頃 1926年 1927年 1947年 1952年 1967年頃 1980年 1981年 2007年 H.R. Hertz J.J. Thomson A. Einstein 熱電子放出 O.W. Richardson I. Langmuir L.V.de Broglie C.J. Davisson, G.P. Thomson, S. Kikuchi Brattain, Bardeen, Shockley E.W. Muller 電界電子放射・電界イオン顕微鏡 K. Siegbahn K. von Klitzing B. Binnig, H. Rohrer G. Ertl 熱電子放出 電界放出 電子線源として利用(TEM・SEMなど) → 仕事関数が低い指数面・材料が有利 LaB6など 3 電界放出 電界イオン顕微鏡(FIM) 仕事関数を下げるに十分な電界(数V/nm)を実現するために、 先端の鋭い針に高電圧(~kV)を印加 針に正の高電圧をかけ、ヘリウムなどの希ガスを導入 ヘリウム原子がトンネルによりイオン化し、反発される 針先の原子モデル ヘリウム原子 電界放出パターン 仕事関数の差を反映して 強度にコンラスト いろいろな指数の 面が見えている 「表面・界面の科学」に関わる歴史 1887年 H.R. Hertz 1897年 J.J. Thomson 1905年 A. Einstein 1909年頃 O.W. Richardson 1917年頃 I. Langmuir 表面の触媒機能 1926年 L.V.de Broglie 1927年 C.J. Davisson, G.P. Thomson, S. Kikuchi 1947年 Brattain, Bardeen, Shockley 1952年 E.W. Muller 1967年頃 K. Siegbahn 1980年 K. von Klitzing 1981年 B. Binnig, H. Rohrer 2007年 G. Ertl 表面の触媒機能の 原子レベルでの解明 FIM像 針先の原子が見えている 電球の中で起こる化学反応 Irving Langmuir 1932年ノーベル化学賞 2200℃ ラングミュア・サイクル ・電球中の水分により酸化タングステン(~900℃で昇華)と水素が生成 ・酸化タングステンは揮発してガラス面に付着(黒化) ・付着した酸化タングステンと水素が反応が反応して水が再生 希ガスを導入することで、サイクルを抑えることができ、寿命を延ばすことができた 4 1887年 1897年 1905年 1909年頃 1917年頃 1926年 1927年 1947年 1952年 1967年頃 1980年 1981年 2007年 H.R. Hertz J.J. Thomson A. Einstein O.W. Richardson I. Langmuir L.V.de Broglie C.J. Davisson, G.P. Thomson, S. Kikuchi Brattain, Bardeen, Shockley トランジスター E.W. Muller 光電子分光法の確立 K. Siegbahn K. von Klitzing B. Binnig, H. Rohrer G. Ertl 光電子分光 電子状態の測定に用いられる 量子ホール効果 電子状態の測定:光電子分光 電子状態の測定:光電子分光 (1s)2(2s)2(2p)6(3s)2(3p)2 シリコン2pの内殻準位 結合エネルギー ~100eV 単層カーボンナノチューブ 黒丸は酸素 価電子帯(フェルミ準位近傍)の評価 O原子との結合により Siの荷電状態が変化 → 内殻準位が変化 フェルミ準位近傍での立ちあがりから、 朝永・ラッティンジャー流体であることを 発見 5 電子状態の測定:角度分解光電子分光 角度分解光電子分光 エネルギー分散関係 出射される電子の放出角を測定することによって、 電子状態の波数kに関する情報も得られる。 K⊥ hν K θ Ek = 表面局在した2次元電子状態 Au(111)表面 hK 2 2m K//=k// 表面に平行な 波数成分は保存される k// k // = K // = フェルミ面 表面状態 (k⊥は無視できる) 2m Ek sin θ h = 0.51(A -1 ) Ek (eV ) sin θ 空間反転対称性の破れによる スピン分裂(Rashba効果) 電子の脱出深さ 光電子分光でどれだけの深さの電子状態が検出されるか? 物質に依らない ユニバーサル曲線 10原子層 1原子層 電子・正孔対生成 による損失 プラズモン(自由電子の集団励起) による損失 1887年 1897年 1905年 1909年頃 1917年頃 1926年 1927年 1947年 1952年 1967年頃 1980年 1981年 2007年 H.R. Hertz J.J. Thomson A. Einstein O.W. Richardson I. Langmuir L.V.de Broglie C.J. Davisson, G.P. Thomson, S. Kikuchi Brattain, Bardeen, Shockley E.W. Muller K. Siegbahn K. von Klitzing B. Binnig, H. Rohrer 走査トンネル顕微鏡 G. Ertl 6 STM像の例 走査トンネル顕微鏡 Si(001) Scanning Tunneling Microscope (STM) Pt(111)-NO 探針位置を圧電素子で 精密制御 ・超周期構造 探針ー試料間のトンネル電流を測定 原子の凹凸を観察 原子で字を書く ・吸着したNO分子が2倍周期で 配列した様子が見える 原子を円形に並べると 表面電子状態・フェルミ面の観測 Xe 原子 2kf FT スピン分解計測 ヘリカル磁性 Mn/W(110) Fe原子(合計48個) Cu表面 表面準位の実空間観測 7 「表面・界面の科学」に関わる歴史 1887年 H.R. Hertz 1897年 J.J. Thomson 1905年 A. Einstein 1909年頃 O.W. Richardson 1917年頃 I. Langmuir 1926年 L.V.de Broglie 1927年 C.J. Davisson, G.P. Thomson, S. Kikuchi 1947年 Brattain, Bardeen, Shockley 1952年 E.W. Muller 1967年頃 K. Siegbahn 1980年 K. von Klitzing 1981年 B. Binnig, H. Rohrer 2007年 G. Ertl 一酸化炭素の酸化反応 1 CO + O2 → CO2 2 活性化障壁 大 そのままでは反応しない Pt表面では 1 CO + O2 + Pt → CO2 + Pt 2 活性化障壁 小 表面の触媒機能の 原子レベルでの解明 Pt表面でのCOの酸化 反応における振動 O2 解離吸着 Gerhard Ertl 2007年ノーベル化学賞 G. Ertl, Surf. Sci. 299, 742 (1994). 8 振動現象 CO O2 O2 ML (monolayer) 被覆量を表す missing row (列欠損)構造 1x2構造 fcc構造 1x1構造 (110)面 CO2 Pt(110)清浄 表面の構造 CO: 1x1上での吸着のほうが安定 1x2から1x1での転移を誘起 O: 1x1上での吸着確率が高い 山猫 うさぎ ロトカ=ヴォルテラ方程式 9 酸化反応:光電子顕微鏡像 明部:CO 暗部:O2 空間的な反応の振動 渦構造 光電子顕微鏡(PEEM) (photoemission electron microscope) (courtesy of Prof. G. Ertl at Fritz-Haber Institute) ソリトン 0.3 µm 仕事関数の違いをコントラスト O吸着: 暗い部分 CO吸着: 明るい部分 Phys.Rev.Lett. 65, 3013 (1990) 10 仕事関数 ϕ ジェリウムモデル 一様な正電荷の中に同じ密度の電子 金属中の電子の振る舞いを 考える際の最も単純なモデル ・表面から電子を取り出すのに必要なエネルギー ・真空準位とフェルミ準位のエネルギー差 自由電子1個が占める 体積(球)の半径:rs 真空準位 仕事関数 フェルミ準位 4 3 1 πrs = 3 ρ rs = 3 交換・相関 ポテンシャル 電子の感じるポテンシャル 例: 光電効果 放出される電子の最小エネルギー Emin = hν − ϕ 2つの要因: バルク項(交換相互作用)と表面項(電荷二重層) 3 4πρ v v ρ + (r ' ) v ρ − (r ' ) v v Veff ( ρ − , r ) = −e 2 ∫ v v dr '+e 2 ∫ v v dr ' r −r' r − r' + VXC ( ρ − ) ハートレーポテンシャル (-電荷) イオンポテンシャル (+電荷) キャンセル 電気二重層 交換相互作用(交換ポテンシャル) +電荷 表面の電荷分布 ↓スピンを持つ電子の分布(一様) -電荷 着目する電子の スピンが↑とすると ↑スピンを持つ電子の分布 電子は表面から 浸み出す 真空側 パウリ排他律により、同じ向きのスピンが排除される(交換正孔、 exchange hole)ので、その分クーロンエネルギーが得する効果。 電気2重層 ⇒ポテンシャルの段差 電子を固体内に閉じ込める 固体側 - - - - - + + + + + 11 表面項とバルク項 電子密度依存性 電気2重層 (表面項) 固体側 真空側 自由電子1個がしめる 体積(球)の半径:rs 4 3 1 πrs = 3 ρ 仕事関数 rsが小さいほど 表面の効果大 運動 エネルギー 交換・相関ポテンシャル (バルク項) すべてrsで記述 h2 2 kF 2m 実験値と良く一致 吸着による仕事関数の変化 ϕ (CO / Pt (110)) < ϕ (O 2 / Pt (110)) O2 CO 吸着子による双極子の大小によって、局所的な仕事関数が変化 光電子顕微鏡 仕事関数の違いをコントラスト O吸着: 暗い部分 CO吸着: 明るい部分 12
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