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10 月 17 日(月)10:15-10:55【研究発表 3 分科会 C】
ハイデッガー芸術論の歴史概念形成に果たしたニーチェ受容の影響
同志社大学
近岡資明
本発表はマルティン・ハイデッガー(Martin Heidegger 1889-1976)の芸術論における芸術と歴
史との関わりについて考察するものである。
ハイデッガーの芸術論としては 1935-36 年に行われた講演をもとにした「芸術作品の根源」
が最も広く知られている。そこで芸術は歴史の樹立(die Stiftung)であるとして本質的に歴史に
関係づけられていながら、その歴史概念の内実、時間構造については詳述されていない。そ
こで本発表では「芸術作品の根源」と同時期のテキストを参照しつつ、ハイデッガー芸術論
における歴史概念とその時間構造の解明を試みる。
「芸術作品の根源」と同時期のテキストで芸術や歴史について最もまとまった考察が展開
されているのは 1936 年から数年に渡って行われたニーチェに関する講義であろう。1936-37
年の第一講義『ニーチェ、芸術としての力への意志』では、後期ニーチェの主要思想である
「力への意志」を中心に据えたニーチェ美学の再構成が試みられている。ハイデッガー芸術
論の考察においてニーチェ講義を参照する場合、従来はこの第一講義が中心的に取り上げら
れてきた。
しかし本発表で注目したいのは、1937 年の第二講義『西洋的思考におけるニーチェの形而
上学的な根本の立場』で展開された、一見したところ芸術からは縁遠いニーチェ思想の時間
論的考察である。この第二講義では「力への意志」とともに後期ニーチェの主要思想である
「同一物の永劫回帰」が中心に考察されている。そこでハイデッガーは、現在の「瞬間(der
Augenblick)」において無限に続く過去と未来が衝突(zusammenstoßen)し回帰することを決断
(die Entscheidung)のうちに思索している。この決断によってはじめて過去と未来とが対峙し
超克される。ハイデッガーは永劫回帰の本質を単なる永遠の時間の反復にではなく、歴史の
対峙とその超克の内に認めているのである。
T. コロニーは、この永劫回帰の思想が開示される「瞬間」の時間構造を、第一講義で展開
された芸術家の創造性を中心としたニーチェ美学の考察へと捉え返し、ハイデッガーのニー
チェ講義の眼目である「力への意志」と「永劫回帰」との本質的な共属性を解明している。
本発表はこの先行研究を踏まえながら、ハイデッガーがニーチェ講義において考察した永劫
回帰の「瞬間」のもつ時間構造を、芸術論のもとに捉え返すことで、従来のハイデッガー研
究においては詳述されてこなかった、芸術論における歴史概念の時間構造と、その形成に果
たしたニーチェからの影響を解明するものである。