牙狼〈GARO〉 -女神ノ調べ- らいどる ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ ※この小説はPixivにも投稿しています。 s。そのメンバーの一人である園田海未の家に、一 廃校の危機に瀕した音ノ木坂学院を救うため立ち上がった、スクー ルアイドル・μ ││闇を斬り裂く、金色の牙を││ ** のクロスオーバーです。 ! 以上の点に注意して、お読みください。 ・独自設定ありです。ラブライブ側にも手を入れています。 めます。 ・一人称と三人称がコロコロ変わります。ただ基本的に三人称で進 ・オリ主です。原作キャラはお馴染みの魔導輪くらいです。 牙狼︿GARO﹀とラブライブ ! 怪物という〝闇〟に追い詰められたとき、彼女たちは目撃する││ 噂と思われたそれはやがて現実となり、遂に彼女たちへと牙を剥く。 それと前後して、街の中に広がり始めた人を喰う怪物の噂。ただの 人の少年が暮らし始めた。 ' 目 次 第1話 騎士 │││││││││││││││││││││ 1 第1話 騎士 光あるところに、漆黒の闇ありき 古の時代より、人類は闇を恐れた しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって││ 人類は希望の光を得たのだ ** ││ああ、またですか そう思ったのは今自分に起きていることが初めてではないからだ。 自分は今、5歳くらいの姿で近所にある公園でブランコを漕いでい る。だけど周りには2人の幼馴染はおろか人っ子一人おらず、不気味 なほど静まり返っている。 だけど慌てることはない、自分にはこれがただの夢だとわかってい るからだ。 なにせ本来の自分は16歳の高校2年生なのだ。こんな5歳の姿 を取っているわけがない。 また、というのもこの夢を見るのは初めてではない。ここ最近、時 折こうやって同じ夢を見るようになったのだ。夢はすぐに忘れてし まうと言うが、ここまで何度も見ていれば嫌でも覚えてしまう。 だからこれから何が起こるのか手に取るようにわかる。それに対 1 して自分が感じるのは一つ。 ││恐怖だ。 ﹁⋮⋮⋮﹂ やがてブランコを漕ぐ自分の目の前に、フードを深く被った男が現 れた。フードに深く覆われたその顔は窺うことができず、代わりに洩 れてくるのは獣のような深い吐息。 生臭さの混じったその吐息に顔を顰めていると、異変が現れた。 骨と肉が裂き弾ける音と共に男の体が膨れ上がり、身に纏っていた ﹂ フードを突き破ってその下に隠されていた姿が白日の下に晒された。 ﹁キシャァァァァァ そこにいたのは怪物だった。 おとぎ話に出てくるような悪魔の姿に、イメージぴったりの黒い翼 と到底似つかわしくない純白の翼をもった、見るだけで嫌悪感に包ま れるような醜悪な怪物だ。 ﹂ 姿を晒した怪物は驚愕と恐怖に塗り固められた自分に向けて、おぞ いやぁぁぁぁ ましい腕を伸ばした。 ﹁っ !! あんな怪物に捕まってしまっては何をされるかわからない。もしか したら殺されてしまうかもしれないし、それ以上にひどい目に合うか もしれない。そんな思いが自分の体を動かしていた。 やがて公園の出口にまでたどり着いたが、白い靄に包まれた出口は まるで見えない壁があるかのように塞がれ、通れなくなっていた。 ほのか ことり ﹂ ││まるで、お前に逃げ場などないと言うかのように。 ﹁助けて ! ! 姿が増えていたのだ。 ふと後ろを振り返れば状況はさらに悪くなっていた。あの怪物の 膨れ上がっていくだけだった。 で状況が変わるわけでもない。ただ自分の中の不安と恐怖が大きく 幼馴染の名前を叫びながら出口をふさぐ見えない壁を叩くが、それ ! 2 ! その瞬間、ブランコを飛び降りた自分は脱兎のごとく駆けだした。 ! 空から舞い降りるように一体、地面から這い出るようにまた一体と ﹂ どんどんと増えていき、次第に自分の周囲は完全に怪物で埋め尽くさ れてしまった。 ﹁い、いや⋮⋮こないで、こないで⋮⋮ ﹁キシャァァァァ ﹂ そうして眼前まで迫った怪物の手が自分に触れようとした時││ し、命乞いをするしかなかった。 じりじりと迫りくる怪物たちを前に、もはやしゃがみ込んで泣き出 ! ﹂ ﹁⋮⋮おお⋮⋮かみ ﹂ かれ、その光の正体が露になった。 そうして自分を襲っていた怪物たちはあっという間に全て斬り裂 物たちの体を斬り裂いていく。 唖然とする自分をよそに、その金色の光は一閃、また一閃と走り、怪 ﹁え⋮⋮ 一筋の光が、怪物を斬り裂いた。 !? 小鳥のさえずりと共に、カーテンの隙間から朝日が洩れる。 ﹁⋮⋮あ﹂ ││チュン、チュン そこで自分の意識は暗転した。 界全てが真っ白になり││ いや、狼だけではない。周囲の光景すべてがぼやけ始め、やがて視 そう尋ねようとした瞬間、狼の姿がぼやけ始めた。 ﹁あなたは⋮⋮﹂ された長剣を携え、緑色の瞳が自分をじっと見据えていた。 手には先ほどの怪物たちを斬ったのであろう、幾何学的な装飾が施 そこにいたのは││金色に輝く狼の騎士だった。 ? 覚醒したばかりで僅かに重い体を起こし、カーテンを一気に開くと 3 ? 遮られていた眩い日光が差し込み、自分の目に突き刺さってくる。そ うして目に突き刺さった日光によって寝起きでぼやけていた頭も一 気に覚醒してきた。 ﹁⋮⋮またあの夢ですか﹂ こうして私││園田海未の一日が始まった。 * 身支度を整え、道着に着替えると家に併設されている道場へと向か う。 剣道の自己鍛錬をするためだ。将来園田流の看板を背負う身とし て、こうした鍛錬を欠かしたことはない。もはや習慣となっており、 特別な用事でもない限りはこれをしないと一日が始まった気になら ない。 そうして道場に近づき、扉に触れようとした時、扉の奥から微かな 音が聞こえてきた。竹刀を振る音、すり足の音だ。 ││また先を越されてしまった。 そう思いながら扉を開けると予想通り、先客が既に素振りをしてい た。 同じ道着を纏い、まっすぐな瞳で素振りを行う同じ年頃の〝彼〟の 姿はこの道の先輩である私から見ても非常に様になっていると思う。 髪を後ろに流し、僅かに前髪が垂れている彼は私に気づいたのか、素 振りの手を止め、額に流れる汗を拭いながら振り返った。 ﹁おはよう海未、今日も早いんだな﹂ さいが ﹁おはようございます彩牙くん。それは私の台詞ですよ﹂ ││彼の名は、村雨彩牙。 園田道場の門下生にして、この家の居候である少年だ。 * ﹁それじゃあ今日も一戦、お願いしようか﹂ 4 ﹁ええ、こちらこそお願いします﹂ ここ最近、朝の日課に新たに加わった彩牙との対面稽古。 互いに竹刀を構え合う││が、彩牙の構えを見て海未は苦言を漏ら した。 ﹁彩牙くん、またですよ﹂ ﹁あ。ごめんよ、つい﹂ 彩牙のとった構えは剣道本来のそれから大きくかけ離れていた。 腰を低く落とし、竹刀は顔の横に添えられて切っ先はまっすぐ相手 に突き付けられていた。 無意識だったのか、注意されるとすぐに本来の構えに戻した。その 様子を見て、海未は彩牙について思考を巡らせる。 ││村雨彩牙。 彼と出会ったのはもう1か月は前になる。 あれは雨の日だった。μ sの練習が長引いてしまって遅くなった 帰り、家の前で傷だらけの姿で倒れていたのを見つけたのだ。その様 子は酷い有様で、一緒にいたことりなどは悲鳴を上げて危うく卒倒し かけた。 何せ全身血まみれで、新たな血が雨と一緒にどくどくと流れ続けて いたのだ。荒事に無縁な女子高生に平気でいろと言うのが無理な話 だ。 ことりの悲鳴に気づいた両親によって救急車が呼ばれ、搬送された 先││真姫の両親が経営する病院で三日三晩眠り続けた後、彩牙はよ うやく目を覚ました。これでめでたしめでたし││とはいかなかっ た。 目覚めた彩牙の経過は順調で、常人とは比べものにならないほど凄 まじい早さで回復していった。だが一つだけ、どうしても回復できな いものがあった。 記憶だ。 目覚めた彩牙は自分の名前以外、何一つ覚えていなかったのだ。 どこに住んでいるのか、普段何をしているのか、どうしてあんな場 5 所で倒れていたのか、あの怪我はどうしたのか、そういったことが何 一つわからなかったのだ。これでは彼の処遇を決めることができな い。 どうしたものか││誰もがそう思った時、その均衡を破ったのは驚 ﹂ いたことに海未の両親だった。 ﹁家で暮らさないか その場に居合わせた海未、そして言われた彩牙本人も唖然にとられ た。 海未の両親││特に武道家である父は非常に厳格である。会って 数日もしない││それも記憶喪失の身元不明の少年を受け入れよう とするなど到底信じられなかった。 母も母で、優しい性格ではあるが由緒正しい日舞の家元。そんな母 がどこの馬の骨ともわからない男を招くなど家の名に泥を塗ること になりかねないのではと思ったのだ。 そもそも家族でも知り合いでもない、同じ年頃で全く赤の他人の男 女が同じ屋根の下で暮らすというのはいかがなものだろうか。きっ と彩牙もそう思っていたことだろう。 何故と聞いてもはぐらかされるだけの上、彩牙の処遇に困っていた のは事実だったためそのまま彩牙は園田家に預けられることになっ た。 最初は突然現れた彩牙に警戒心をもっていた海未だったが、それも 徐々に薄れていった。 彩牙はとても気の利く少年だった。炊事、掃除、洗濯などのような 家事全般に加え、道場や日舞などにおける雑事を、 ﹃お世話になってい るから﹄と誰に言われるわけでもなく手伝い始めたのだ。 その上落ち着きのある性格をしており、そこらの男子のようにへら へらと軽薄な笑みを浮かべたりするでもなく、かといって他人の顔色 を窺うような卑屈さがあるわけでもない、芯のしっかりした好青年 だった。元々男性に対して苦手とまでいかなくても初心なところが ある上厳格な父を見て育ったため、へらへらした性格や卑屈な性格│ │所謂男らしくない男性が好きではなかった海未にとって、そういっ 6 ? た彼の姿は好印象だった。 そうして雑事の手伝いをしているうちに彩牙は剣道の稽古に加わ るようになったが、そこでも海未は彼に驚かされた。 彩牙の太刀筋は昨日今日剣を持ったような人間のそれではなかっ た。粗さはあるものの、その太刀筋に迷いや雑念はなく、非常に鋭い ものだった。幼いころから稽古していた自分と同じ││いや、それ以 上⋮⋮彩牙の太刀筋に海未はそう感じた。 太刀筋は振るう者の心を表すもの。その淀みのない太刀筋からこ うも思った。 ││彼は悪い人間ではない。 そういった経緯もあって、ほとんど海未の貸し切り状態だった早朝 ﹂ の稽古に彩牙の姿が加わるようになり、今ではこうして対面稽古をす る仲に││ ﹁メェェーーンッ バシン、と防具越しに頭に響く竹刀の弾ける音と衝撃。見れば自分 の目の前で防具に弾かれた竹刀を持った彩牙の姿があった。 ││いけない、やってしまった。 稽古の最中だというのに考え事に没頭してしまった。きっと彩牙 ﹂ の目には隙だらけの間抜けな姿が映っていたことだろう。海未は自 分の迂闊さを恥じた。 ﹁油断大敵だよ、海未﹂ ﹁⋮⋮申し訳ありません。ですが、次はこうはいきません ﹁望むところさ﹂ ﹁彩牙くんもお疲れ様です。また太刀筋が鋭くなったのではないです ﹁今朝もお疲れさま、海未﹂ ** そう思いながら身を引き締め、海未は再び稽古に臨んだ。 まずは彩牙から一本取る前に自分の心から一本取らなければ。 ! 7 !! か ﹂ ﹁俺はまだ新参者だからね、先生や海未に追いつけるように頑張らな いと﹂ ﹁それを言うなら私も同じですよ、まだまだ修行中の身ですから﹂ 朝の鍛錬を終え、身支度を整えて広い園田家の廊下を進む二人。 汗を流すために浴びたシャワーで若干火照った体で、海未は隣を歩 く彩牙の横顔をちらりと見た。 顔立ちは悪くない。むしろ世間一般からすれば十分美形の部類に 入るだろう。だが野性味⋮とまではいかなくても荒波に揉まれたよ うな逞しさが感じられる。テレビで見るような線の細い男性アイド ルとはまた違った魅力が││ ││って、私は何を考えているのですか ことで初めてお付き合いするもので││ ﹁あら、海未さん、彩牙さん、もう朝の稽古は終わったのですか ? た。 ﹁でしたら││久しぶりにお稽古を見てさしあげましょうか ﹁はい、お願いします﹂ ﹂ 儀していた彩牙に続くように慌てて海未もお辞儀し、﹁はい﹂と答え そこにいたのは園田家の現当主││海未の母だった。すでにお辞 と、悶絶していると向こうから呼びかける声があった。 ﹂ ない。知り合い、お友達と時間をかけて互いのことを深く知っていく だいたい男女とはそんな簡単な気持ちで付き合っていいものでは のことを好きになるなどまるで軽い女のようではないか。 だ出会って一月も経っていないのだ。そんなよく知りもしない男性 確かに彩牙は悪い人間ではない、それだけは断言できる。しかしま 彼にときめいているようではないか、それだけはあり得ない。 浮かんだ考えを払うように、ぶんぶんと頭を振る。これではまるで ! 姿だと海未は捉えている。 のだ。師匠の言うことには全て﹁はい﹂と答えるのが弟子のあるべき 即答だった。普段は優しい母でも日舞においては敬うべき師匠な ? 8 ? 稽古を言い渡したのも、きっとさっきの心あらずな様子を見たから なのだろう。海未は反省した。 私が行くべきなのですけど、どうしても外 ﹁それと彩牙さん、申し訳ないのですけど夕方にお使いを頼まれてい ただけないでしょうか せない用事と被ってしまって⋮⋮﹂ ﹁わかりました。俺でよければ﹂ ﹁いつもすみませんね、勝手なお願いばかりして﹂ ﹁いえ、先生と奥様にはお世話になっていますから、これくらいは﹂ ﹂ ﹁ありがとうございます。それでは海未さん、参りましょうか﹂ ﹁はい﹂ 母に促され、その後をついて舞台に向かう海未。 その背に彩牙が声をかけた。 ﹁そういえば海未、さっき顔が赤くなってたけどどうしたんだ ﹁⋮⋮なんでもありません、お気になさらず﹂ ││やっぱり、嫌いではないが苦手かもしれない。 ﹂と彩牙のポカンとしたような表情 ? ** ﹂ ﹁││1,2,3,4 ﹁は、はいっ ﹂ ﹂ もっと周りに合わせてください 花陽、少し遅れています ﹁穂乃果は少し速すぎです ﹁うん ﹂ に挟まれて、海未は恥ずかしさで再び顔が赤くなるのを感じた。 母のからかうような笑みと、 ﹁ ? ! ! 少女たちの姿があった。 彼女たちこそ音ノ木坂のスクールアイドル〝μ s〟。廃校の危機 に陥った母校を救うため、たくさんの生徒が集まるようにと、海未の 幼馴染の穂乃果を中心に立ち上がったスクールアイドルグループだ。 今はつい先日ライブを行ったオープンキャンパスの結果を待ちな 9 ? ! 海未の通う国立音ノ木坂学院の屋上に、彼女をはじめとした9人の ! ! 時間は流れ、放課後。 ! がら、次の目標であるラブライブ ││スクールアイドルの全国大会 それじゃあ少し休憩しましょう﹂ に向けて練習中である。 ﹂ ﹁││はいストップ ﹁は∼い ! 比べて格段に上達していた。 ﹁そんなこと言って∼、ホントは嬉しいんやろ ちょっと希、からかわないで﹂ ? 親友だった。 ! これなら廃校にも待っ ﹁でもさ、やっぱりどんどん上達してるよね、私たち ﹂ ンパスの時もお客さんの反応良かったし たがかかるよね オープンキャ 絵里と同時にμ sに加入したメンバーであり、一年のころからの 友人、東條希。 そんな絵里をからかうように後ろから抱き着いてきたのは彼女の ﹁きゃっ ﹂ その甲斐もあり、μ sメンバーのダンスのキレは彼女が加わる前に の跡取りである海未と共にメンバーのダンスの指導にあたっていた。 絵里は幼いころ、バレエの経験があった。その経験を活かし、日舞 絵里は照れるように頬を掻いた。 ﹁そ、そんなことないわよ。みんなの努力あってこそよ﹂ 絵里先輩が指導してくれたおかげですね﹂ ﹁ええ、オープンキャンパス前と比べると見違えるようです。これも ﹁みんな、動きがだいぶ良くなってきたわね﹂ ていることだろう。 ここが男性に覗かれる心配のない女子高でよかったと誰もが思っ ンが露になる。 だ。流れる汗によってシャツが体にへばりつき、健康的なボディライ ンバーたち。まだ7月半ば、これからどんどん暑くなるという時期 絵里の号令により、穂乃果と凛をはじめとして次々とへたり込むメ ﹁もう疲れたニャ∼﹂ ! ! 彼女の言う通り、先日のオープンキャンパスの結果が乏しくなかっ 元気いっぱいに叫ぶ穂乃果。 ! 10 ! ! たら音ノ木坂の廃坑は確定していたのだ。だがオープンキャンパス 当日、彼女たちのライブに集まったのはたくさんの中学生たち。その みんなが笑顔になっていた。 まだはっきりとはわからないが、きっと廃校確定だけは免れただろ うと誰もが思っていた。 テンション上がってきたニャー ﹂ ﹁そうだね♪ お母さんも明るい表情してたし、きっと大丈夫だよ﹂ ﹁本当 ! ね﹂ ﹁そうだね どうしたの花陽ちゃん﹂ ! ぎた。 ﹁嫌よね⋮⋮被害者には私たちと同じ年の子もいたんでしょ 先輩も気を付けてくださいね﹂ 海未 華の女子高生である彼女たちを恐怖させるにはあまりにも十分す │このニュースを含めれば7人もの女性が被害にあっている。 警察の必死の捜査にも関わらず犯人は捕まらず、これまでに6人│ 在しない〝首なし死体〟となった猟奇的な殺し方だった。 被害者はいずれも若い女性、そのどれもが首から上が切断されて存 た。 ││それはここ数か月、東京23区内で起こる連続殺人事件だっ にこの呟きに、その場の全員が沈痛な表情で沈黙した。 ﹁⋮⋮この犯人、まだ捕まってなかったのね﹂ ││﹃連続猟奇殺人、新たな被害者﹄ ていた。 その画面にはたまたま映ったのか、あるニュースのテロップが流れ マートフォンを覗き込んだ。 どうしたのだろう。と、穂乃果をはじめとした全員が花陽の持つス と暗くなり、怯えるようなものになっていった。 スマートフォンを操作していた花陽の表情が明るいものから段々 ﹁ 大会も近くなってきたし、μ sの今の順位⋮は⋮⋮﹂ ﹁そ れ じ ゃ あ 次 は 本 格 的 に ラ ブ ラ イ ブ に 向 け る こ と に な る の か し ら !? ﹁そうよね⋮⋮この中じゃ海未さんが一番狙われやすいかもしれない ? 11 ? し﹂ ﹁海未ちゃん 死んじゃやだよ ﹂ ! から﹂ ﹁本当 本当だよね 嘘だったら針千本飲ますからね ﹂ ! どうしたのだろうと思いながら電話に出た。 文字が。 バッグの下に駆け寄り、携帯を開いてみるとそこには﹃彩牙﹄の二 と、その時海未の携帯が鳴り響いた。 ﹁⋮⋮あ、すいません。私のようです﹂ ││プルルルル 海未。多分本人に面と向かって言うことはないだろうが。 まあ、それが穂乃果のいいところなのですけど││と、密かに思う バーな気もする。 幼馴染の自分を心配してくれるのは嬉しいが、些か感情表現がオー 涙交じりの顔で迫る穂乃果を嗜める海未。 ﹁わかってます、わかってますから少し離れてください。近すぎです﹂ !? ﹁大丈夫です。穂乃果やことりを残して先に逝くわけにはいきません は一番犯人に狙われやすく、危険だと言える。 それ故、青みのある艶やかな黒い長髪を持つ海未がメンバーの中で だ。 証言により、被害者は全員黒い長髪だったことが明らかになったの この連続殺人事件、もう一つ特徴があった。被害者の関係者からの る。 真姫、絵里、穂乃果をはじめとした全員が海未に心配な視線を向け ! ﹂ ﹁彩牙くん ? ﹁はい、彩牙くんもお気をつけて﹂ ﹃ごめんね。最近物騒だから気を付けて﹄ ﹁そうですか⋮⋮それじゃあ仕方ありませんね﹂ ちょっと厳しそうでさ﹄ でちょっと遅くなりそうなんだ。だから今晩の稽古に付き合うのは 今朝奥様に頼まれていたお使いなんだけど、先方の都合 ﹃あ、海未 ? 12 !? 少し残念に思いながら電話を切ると、全員が海未を見つめていた。 ﹂ 希を含んだ何人かがにやにやしているのは気のせいと信じたい。 ﹁海未ちゃん、今のってあの日倒れていた⋮⋮ ﹁ええ、そういえばことりはあまり話したことがありませんでしたね﹂ ﹁う、うん⋮⋮﹂ どうもことりは彩牙のことが苦手なようだと海未は思った。 しかし無理もないと思う。倒れていた彩牙を見つけた時、彼の傷は 本当に酷いものだった。 まるで事故にあったか、獰猛な獣にでも襲われたかのように血だま りの中に倒れていたのだ。身に着けていたボロボロの白いコートが 余計にその姿を映えらせていた。 その姿がトラウマになったのか、ことりは彩牙に苦手意識を持つよ うになってしまっていた。 ﹂ ﹁それにしても海未ちゃんが男の子と同棲するなんて、すっごい意外 やね♪ 噂じゃ結構カッコいい子なんやろ 今時珍しく ﹁あ、彩牙くんならこないだ家に饅頭買いに来てたよ ﹂ 礼儀のしっかりした子だってお母さんたちが言ってた ﹁おお、海未先輩も隅に置けないニャー⋮⋮﹂ ﹁ア ン タ ね、仮 に も ア イ ド ル な ん だ か ら 下 手 に 付 き 合 っ た り す る ん しません そんな破廉恥な ﹂ じゃないわよ。 アイドルの熱愛報道なんてシャレにならないんだ からね﹂ ﹁つ、付きっ⋮⋮ ! 謝の言葉を浮かべた。 ありがとうございます││僅かに赤くなった顔で、海未は密かに感 sの元気を再び引き上げてくれた。 だが偶然とはいえ彩牙のかけた一本の電話が、沈みかけていたμ 話題でからかわれる立場にあり、非常に恥ずかしかったが。 子の話題で盛り上がるのはごく自然とも言えた。海未としてはその スクールアイドルとはいえ、彼女たちも華の女子高生。気になる男 た声が響き渡る。 先ほどまでの重苦しい雰囲気はどこにいったのやら、和気藹々とし ! 13 ? ! ? ! !? ** ││チョキ、チョキ シザーの音が響く。 ここは個人経営のヘアサロン。こじんまりとしているが隅々まで きっちり整理されて清潔感に溢れ、真っ白な壁と床にところどころ浮 かんでいる赤のワンポイントが洒落た雰囲気を出していた。そして 一角には練習用のウィッグが並んでいた。 ﹁⋮⋮お客さんの髪、とっても綺麗ですねぇ⋮⋮カットし甲斐があり ますよ﹂ その中で一人、若い男が〝女性客〟の髪をカットしていた。 彼はこのヘアサロンの持ち主であり、唯一の店員だった。 ﹁僕ね、お客さんみたいな髪の人って大好きなんですよ。日本的って いうのかな、大和撫子を彷彿させるみたいで﹂ ﹁そう、こんな感じの艶のある黒い髪が﹂ うっとりとした顔つきで、男は〝女性客〟の背まであるような〝黒 い髪〟をなでる。 〝女性客〟は何も答えない。 シザーの髪を切る音が響く。 ﹁美容師になったのも、そんな髪を美しくカットしたいと思ったから なんですよ。もう好きで好きでたまらなくて││﹂ ﹁││だから、カットしたら帰すのが勿体なくなって、手元に置いてお きたくなっちゃったんですよ﹂ シザーの音と同時に、粘着質のある音が響く。 ﹁お客さんでちょうど7人目ですよ。今までのお客さんたちも本当に 本当に、美しい髪をお持ちでした﹂ 14 ﹁でも⋮⋮美しさはいつまでも続かないんですよ。段々髪の質も痛ん で、匂ってきちゃったんです。そんな時は新しいお客さんを〝ご招待 して〟また美しい髪をカットしたんです﹂ あそこに並んでいられるのが過去のお客さんたち ポタリ、ポタリと、液体の滴り落ちる音が響く。 ﹁ほら見えます です。皆さんかつては美しい髪だったんですけど、今じゃあそこまで みすぼらしくなっちゃって﹂ 指差した先には、一角に並べられていたウィッグ││ ││いや、女性の生首だった。 ﹁お客さんはいつまで美しいままでいられるんでしょうねぇ。ずっと 美しいままなら嬉しいんですけどね﹂ ﹁まあ、もし駄目になったらまた新しいお客さんを〝招待する〟だけ ですけど﹂ 血に塗れたシザーが閉じられる。 髪のカットが終わった〝女性客〟││の生首から、新たな血が床に 滴り落ち、新たな赤いワンポイントとなる。 ﹂ ││この男こそ、東京一帯の女性を恐怖に陥れている連続殺人事件 の犯人だった。 ﹁よし、今日のカット終わり きた。 ざくり、とシザーが突き刺さり、粘性の高い血がじわりと滲み出て り、生首めがけて振り下ろした。 そう呟いた直後、男は台に置いたばかりの血塗れのシザーを手に取 ﹁⋮⋮駄目だ⋮⋮﹂ に満ちたものへと変化していった。 しかしそれも束の間、悦の入った表情はやがてみるみるうちに憤怒 べ、愛でるように女性の生首の髪をなでる。 血に塗れたシザーを台にコトリと置くと、男は光悦の表情を浮か ! 15 ? ﹂ ﹁こんなんじゃ、駄目だ 及ばない こんなのじゃ、僕の求める美しさには到底 ﹃⋮⋮⋮し⋮⋮なぃ⋮⋮⋮ ﹂ ? だ、誰 ﹂ ﹄ 気のせいかな、と思ったその直後だった。 アサロンに。 ふと、声が聞こえたような気がした。男以外、生者が誰もいないヘ ﹁⋮⋮ん ﹄ ﹁もっとだ⋮⋮もっと美しい髪の女性なら僕の求める美しさに⋮⋮﹂ があった。 した時には血まみれで髪がボロボロになり、肉が醜く崩れ落ちた生首 そうして何度も振り下ろし、息を荒げ、男がようやく平静を取り戻 れていく。 何度も、何度も、何度も突き刺し、生首の髪は乱れ、肉が、形が崩 狂気に取りつかれたように何度もシザーを振り下ろし、突き刺す。 !! ﹃もっと沢山の女の髪を切りたくないか ﹁ !? ? 男のような女のような、老人のような子供のような、複数の声色が 混じったような声だった。 一体どこから、と辺りを見回していると、ある一点で目が留まった。 ﹂ シザーだ。男が普段カットに使い、さっきまで使っていたシザーが 妖しい光を帯びていた。 ﹁⋮⋮そ、そこにいるのか 切りたくないか ﹄ ﹃貴様の欲望、美学、見せてもらった。どうだ、もっと沢山の女の髪を ? ﹃美しさを永遠に保ったまま、女の髪を切り続けていたいと思わない ? 16 !! ? また声が聞こえた、今度ははっきりと。 !? か ﹄ ﹃それができると言われたら││貴様はどうする ﹄ その声が語る内容は、男にとって非常に魅力的で甘美なものだっ た。 それらは全て男が望んでやまないもの、到底現実にはできないもの だった。 ﹂ 僕はそうしたい ﹄ カットした美しい髪を永遠に保ち続け だから││男に迷う隙はなかった。 ﹁うん たい ﹃││その身体、俺によこせぇぇぇぇぇ ﹃⋮⋮いいだろう。ならば││﹄ ! ﹂ !! き出していき、そして女性の生首だったものはあっという間に黒い髪 あろうことか髪の毛だった。切っていくたびに髪の毛がどんどん噴 しかし切り口から血が噴き出ることはなく、代わりに出てきたのは 女性の生首を切りだした。 ││ジョキン 変化させ││ そして、すぐ傍にあった女性の生首を見るや否や、指先をシザーに 少しうなだれた後、カッと金色の瞳になった目を見開いた。 ││そうして、噴き出した〝闇〟が全て男の中に入り込むと、男は 肉体だけではない、意識を、心を、魂を全て黒く染めていく。 中を侵食していく。 目から、鼻から、口から、耳から、穴という穴から入り込み、男の んできた。 噴き出した〝闇〟は、まるで意志を持つかのように男の中に入り込 ﹁う、ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ その瞬間、シザーから〝闇〟が噴き出した。 !! ! ! の毛の山になっていた。 17 ? ? そして山になった髪の毛はなんとひとりでに浮かび上がり││ ││ズゾゾゾゾ 男の口に吸い込まれていく。 余りにも異常な光景だが、男は嫌悪感を浮かべるどころか光悦な表 情を浮かべており、髪の毛が全て吸い込まれると咀嚼し始め、やがて ごくりと音を立てて呑み込んだ。 ﹁⋮⋮うん、なかなかいい趣味をもった人間だね。とっても美味だ﹂ ﹁さて、久しぶりの人界だ。たらふく食べるとしようかな﹂ ぺろり、と口の端に残っていた髪の毛を舐め取り、満悦そうにつぶ やく男││だったもの。 そこにいた男はもう、人間ではなかった。 それは太古の時代より人の陰我に引き寄せられ、人に憑依し、人を 食らうモノ。 その名は││ 18 ** ﹁すっかり暗くなっちゃったね﹂ ﹂ ﹁全くです、穂乃果が忘れたりするからですよ﹂ ﹁ホントごめんなさいっ く言わなくても⋮⋮﹂ ﹁まあまあ海未ちゃん、穂乃果ちゃんだって反省してるしそこまで強 のために絵里先輩が早めに切り上げたと思っているんですか﹂ ﹁普段からしゃんとしていなからこのようなことになるのですよ、何 ていた。 に学校まで戻って回収し、戻ったころにはすっかり夜も更けてしまっ とを家の近くで思い出し、一人で行くのは危険ということで3人一緒 ノート││しかも明日提出しなければいけないものを忘れてきたこ 何人かずつでまとまって帰っていた。しかし穂乃果が学校に課題の 元々は絵里の提案で暗くなる前に練習を切り上げ、万が一のために 夜も更けた帰り道、海未、ことり、穂乃果の姿があった。 ! ﹁ことりは穂乃果に甘いのです、穂乃果のように抜けてる相手にはそ れこそ何度でも言わないと駄目なんです﹂ ﹁うぅ、耳が痛いよぉ⋮⋮﹂ しょんぼりとうなだれる穂乃果。これできちんと次に生かしてく れれば海未としては文句ないのだが、きっと無理だろう。 ともあれ、何事もなく無事ここまで来ることができた。あとは目の ﹂ 前の角を曲がれば自分たちの町に入ることができる。 お嬢さんたち ││そう思った時だった。 ﹂﹂﹂ ﹁││こんばんは ﹁﹁﹁ひゃっ ! 笑顔が浮かんでいる。 ﹁な、何ですかあなたは ﹁あ、驚かせちゃったかな ﹂ ごめんごめん ! !? ? た。 ﹁美容師⋮⋮ですか ﹂ していきません 横を見ればことりと穂乃果も同じことを思ったのだろうか、二人の う││海未にはその笑顔があまりにも不気味なものに思えた。 男は相変わらずニコニコした笑みを浮かべている。だが何故だろ に人気のない場所で女子高生を捕まえて言うセリフだろうか。 髪を褒められたというのにちっとも嬉しく思えない。こんな時間 ││怪しい。怪しすぎる。 ﹂ ﹁は、はぁ⋮⋮ どうです、ウチでその髪をもっと美しく 小さなヘアサロンなんだけどね。偶々見つけたお嬢さんた ? ちの髪がとっても綺麗で ﹁そう ﹂ そこには﹃滝川﹄という男の名前と、美容師である旨が記されてい そう言って男が差し出したのは、一枚の名刺。 けど﹂ 僕、こういう者なんだ ような若い男だ。帽子の下から覗かせるその顔には人懐っこそうな 慌てて振り向くと、そこには一人の男が立っていた。20代半ばの 突然、後ろから声をかけられた。 ! ? 19 !? ? ! ! 顔も強張っていた。 そんなに美しい髪なのにもったいないよ ﹁あの⋮⋮すみませんが急いでますので遠慮します﹂ ﹁えぇどうして 断っても男はしつこく言い寄ってきた。 ﹂ 交番も近いし、いっそのこと通報してしまおうかとも思った。 じた。 ただ自分が楽しくなるため││自分の欲を満たすためだと海未は感 穂乃果のはみんなのため、一緒に楽しくなるためにあるが、男のは 穂乃果とは全く別だと感じた。 断られてもめげない強引さ││穂乃果にもある点だが、男のそれは ! ﹂ ﹂ 最近起きてる殺人事件ですけど⋮⋮﹂ ﹁お 断 り し ま す。最 近 は 物 騒 な の で 早 く 帰 ら な い と 家 族 も 心 配 し ま す﹂ ﹁物騒 ﹁知らないんですか 遠慮しがちにことりが言う。 だから早く帰らないと⋮⋮ それに続くように穂乃果も言う。 ﹁そ、そうなんです ﹁⋮⋮そっか、残念だなぁ⋮⋮﹂ ! ﹁うん、しょうがないから││ ││しょうがないから、この場でカットすることにするよ﹂ ﹂ ﹂ 穂乃果を押し倒すと同時に、自分たちがいた場所をあるものが横 切った。 20 !? ﹁わかっていただけましたか。申し訳ありませんが、それでは﹂ ! ? ? 穂乃果 ﹁え ﹁ ! ? 真っ先に気づいたのは海未だった。 ! ﹂ 穂乃果ちゃん ﹂ それは、男が手にしたシザーだった。 ﹁海未ちゃん ﹁大丈夫ですか、穂乃果 ﹁う、うん⋮⋮﹂ ﹁あーあ、外しちゃった﹂ たのに﹂ ! 〝この人間〟は君みたいな黒い髪の子ばかりを ﹁ま、まさかあなた、例の連続殺人の⋮⋮ ﹁うん、そうだよ ﹂ ﹁君たちも今までのお嬢さんたちのように美しくカットしようと思っ 男の持つシザーが、血に塗れていたことを。 その時、3人は気づいた。いや、気付いてしまった。 そう言いながらチョキチョキとシザーを開いては閉じる男。 ! 逃げますよ、穂乃果 ﹂ ことり ﹂ ! うんだよね﹂ ﹁⋮⋮ ﹁う、うん ! ﹁〝僕としては〟、隣の子たちも美味しい〝つけあわせ〟になると思 狙ってたみたいだけど⋮⋮﹂ ! 今すぐにここから離れなければ殺されると。気づいた時にはこと りと穂乃果の手を握って駆け出していた。 幸い、この曲がり角を曲がった先すぐには交番がある。そこに駆け ﹂﹂﹂ 込んで助けを求めれば││ ﹁ハロー♪﹂ ﹁﹁﹁きゃあぁぁぁっ 何故、どうして、自分たちの後ろにいたはずなのにどうやって一瞬 ││曲がった先には、あの男が待ち構えていた。 !! 21 ! ! やばい、やばすぎる。本能がそう叫んでいた。 ! ! のうちに先回りを││ そんな疑問を考えるより先に足が先に動いていた。逆方向になっ てしまうが仕方ない。 今はとにかくあの男から逃げなければ││ ** そうして逃げているうちに人気の全くない夜の公園へと辿りつい た。 幼いころはよく3人で遊んでいたこの場所が不気味な雰囲気を帯 び、まるで自分たちの処刑場かのような錯覚を受けた。 まずい、まんまと誘導された││海未はそう思い、そして後悔した。 僕の即席サロンへ ﹂ せめて自分一人だったら二人を巻き込まずに済んだのに││と。 ﹂ ﹁やあようこそ ﹁ひいっ ! ザーを投げ捨てた。凶器のはずのそれを││である。 そう海未が己を奮い立たせていると、男はおもむろに血に塗れたシ こんな時に二人を守れないで何のために修練してきた武道なのか。 だけど今は穂乃果とことりが││最も大切な二人が傍にいるのだ。 なる。 かわからないし、本音を言うととても怖い。今すぐ逃げたい気持ちに ││やるしかない。このような猟奇殺人犯相手にどこまでやれる 血に塗れたシザーを弄びながら、ゆらゆらと歩み寄ってくる男。 なぁ⋮⋮﹂ ﹁お嬢さんたちの髪、本当に美しくて綺麗だからカットし甲斐がある てくる。 そして仰々しくお辞儀をすると、男は深い笑みを浮かべて歩み寄っ た。ご丁寧にもヘアサロンにあるような散髪椅子を横に添えて。 案の定というべきか、3人の目の前にはあの男が立ちふさがってい ことりが涙交じりの短い悲鳴を上げる。 ! もしかして気が変わったのか。海未をはじめ、3人はそんな希望を 22 ! 抱いた。 ﹁⋮⋮そして、とっても美味しそう﹂ しかしそれは、淡い希望でしかなかったことを思い知らされた。 3人は自分の目が信じられなかった。目の前で起きていることが 現実だと、到底受け入れられなかった。 目の前にはあの男が立っている。頭も、胴体も、腕も、足も、すべ てが人間のものだった。 ただ一つ違っていたのは指先だった。シザーの金属音とともに、男 の指がありえないものへと変形していく。 ﹁⋮⋮な、なに⋮⋮あれ⋮⋮﹂ 震える声で穂乃果が呟いた。 シザーだ。男の指一本一本がシザーの刃へと変わっていく。それ も普通の長さではない、少なく見積もっても膝下までの長さがあっ た。 23 10本のシザーの刃が、まるで爪のように動く。動くたびにカチャ カチャと甲高い金属音が響く。 ││この男は、本当に人間なのだろうか。3人の胸に浮かんだのは 同じ思いだった。 ﹂ 言いようのない恐怖││まるで子供のころ理由もなく怯えていた、 ﹂ ││ああ、ここで終わってしまうのですね。 かってシザーに変化した指を突き出す。 一瞬のうちに目前まで迫った男が狂気に染まった笑顔で、海未に向 みると庇われたことを理解した悲しみのものに変わっていく。 ことりを突き飛ばしていた。二人の呆気にとられた表情、それがみる あの男が信じられないスピードで駆け出した瞬間、海未は穂乃果と ! 闇のような恐怖と共に。 ﹂ 穂乃果、ことり ﹁お嬢さんたちの髪はどんな味がするのかなぁ⋮⋮楽しみだなっ ﹁ ﹁えっ﹂ ﹁海未ちゃん ! 無意識に体が動いていた。 ! ! 全てがスローになった視界で、海未はそう思った。 折角μ sが9人になり、オープンキャンパスも成功し、ラブライ ブに向けてようやく軌道に乗り始めたというのに。2人を残して逝 く気はないと言ったばかりなのに、早速破ってしまった。 2人を助けてよかったと思うと同時に、申し訳ないという気持ちが 溢れてきた。 ││穂乃果、ことり、あなた達はどうか無事に逃げてください││ ││ガキンッ 鳴り響く金属音。 のだと、海未は思った。 割り込んでシザーを止めたのは、一本の剣だった。 細身の両刃剣で、10本もあるシザーの刃をいとも簡単に押し留め ていた。その〝赤い柄〟を握る腕を、海未には見覚えがあった。 いや、見覚えがあるどころの話ではない。海未はその腕をここ数週 間、毎日見ていた。 ﹂ 24 ││痛みはない。斬り裂かれた感触もない。 自分はまだ生きているのか、しかしどうやって 刃〟によって。 ﹁あ、あれって⋮⋮まさか⋮⋮ ﹂ ││いや、止められていた。横から割り込んできた、もう一つの〝 シザーの刃は海未の体に触れるギリギリのところで止まっていた。 おそるおそる目を開くと、今度は驚きで更に目が見開かれた。 ? 驚愕の表情で呟くことり。きっと自分も似たような顔をしている ? そう、日が昇ったばかりの早朝、他に誰もいない道場で一緒に竹刀 を握っていた││ ﹁⋮⋮彩牙、くん⋮⋮ ? ﹁⋮⋮﹂ ││村雨彩牙。 園田家の居候兼門下生の少年がボロボロの白いコートを身に纏い、 ﹂ ﹂ いいところだったのに﹂ たった一本の剣で海未に迫るシザーを押し留めていた。 ﹁なぁに、君は ﹁貴様、ホラーか ﹁⋮⋮だとしたらどうするの ﹁狩る﹂ ﹂ 男はまだ生きていた。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁そうか⋮⋮貴様、魔戒騎士か ﹂ 穂乃果とことりの潜めていた息からかすかな悲鳴がもれた。 ばされる。 肩から腰へ、更にそこから袈裟斬りを刻み込み、男の体は大きく飛 その体を斬り裂いた。 すかさず彩牙はその腹に強烈な蹴りを叩きこみ、蹲りかけた瞬間に 胴体むき出しになった。 彩牙が剣を握る腕を振るうと押し留めていたシザーが弾かれ、男は 次の瞬間、状況は一変した。 ﹁ぎゃっ に彩牙なのだろうかと言い知れぬ違和感を覚えた。 穏やかな普段の彼とはまるで違う。海未は目の前にいるのは本当 た低い声。 見たこともない鋭い目つき。聞いたこともないような怒りを込め ? ? ? た。 で正反対の、苦痛と怨嗟に満ちたおどろおどろしい声が発せられてい そしてその口からは先程までの余裕と不気味な無邪気さとはまる ないと言わんばかりに。 を歪ませながらもしっかりと立っていた。まるでこれしきでは死な 袈裟にかけて刻まれた大きな傷から夥しい量の血を流し、苦痛に顔 ! 25 !! こんな人間が本当にいるのか、そもそもこれを人間と呼んでいいの ﹂ か。3人は目の前の現実にただ戸惑うだけだった。 ﹁さ、彩牙くん⋮⋮ ﹁隠れていろ﹂ 彩牙は海未に振り向くこともなく、男から目を離さずに剣を構え る。 海未はその構えに見覚えがあった。 腰を低く落とし、顔の横に添えた剣の切っ先を相手に向ける。毎朝 大丈夫 ﹂ 稽古のたびに直すよう注意していたあの構えだ。 ﹁海未ちゃん !? ﹂ 通れないよ ﹁なんで、どうして ﹁あ、あれ ﹂ 海未がそう思った、そのときだった。 その剣にはどこか別の感情が込められているような気がする。 圧倒的だ。彩牙の剣にはブレがなく、隙もない。だが何故だろう、 る。 反撃で繰り出したもう一方の腕のシザーを剣で弾き、再び距離を取 を叩き折り、そのまま胴体を斬り裂いた。 す。息を一気に吐き出し、力が抜けた男の隙を見逃さずに剣でシザー 一瞬で鞘の持ち方を変えるとその先端を男の鳩尾めがけて突き出 拮抗する二人。その均衡を破ったのは彩牙だった。 赤い鞘で受け止められ鍔迫り合いになる。 男は空いている片腕のシザーで彩牙を斬り裂こうとするが、今度は 火花と共にギチギチと金属同士の擦れ合う音が響く。 距離を詰めた彩牙が剣を振り下ろす。男はシザーで剣を受け止め、 ふと振り返れば、彩牙が男に向かって駆け出していた。 海未はこの時自分の足が震えていたことに気づいた。 る。 海未の下に穂乃果とことりが駆け寄り、支えられてその場を離れ ﹁穂乃果、ことり⋮⋮﹂ ! 穂乃果が何もない空間をバンバンと叩く。ことりもまるでそこに !? 26 ? !? ? 壁があるかのようにペタペタと手を動かす。 いや、あるかのようではない。そこには本当に見えない壁があった のだ。 まるで獲物はここから逃がさないと言うかのように。 ﹂ そしてその獲物を狙う狩人││男がぎょろりとこっちを見つめて いた。 ﹁ウゥゥゥ⋮⋮ガアァァァ 獣のような唸り声と共に、男の体が再び変化していく。 全身から無数のシザーが肉体を内側から食い破らんと突き破って 這い出てくる。ことりから恐怖と嫌悪感に満ちた悲鳴がもれる。 やがて突き破ったシザーが男の体を覆い尽くすと、肉を追い出すか のようにシザーが弾き飛ばされた。 ﹁な⋮なに、あれ⋮⋮﹂ そうして露になった男の姿は、もはや人間の形をしていなかった。 肌はぬめりのあるごつごつとした黒い肌に、それを覆うような外骨 格。シザーの刃となった指、全身に現れた美容師を彷彿とさせるよう な赤、青、白の意匠。 ﹄ 見るも醜悪な怪物が、そこに立っていた。 ﹃││カアッ び出してきた。 シザーだ。歪な形の無数のシザーがまるでスチールウールのよう に絡み合い、ボール状の塊となって吐き出されたのだ。 それも一つではない、二つ三つと続けて吐き出された。 ﹂ ││見えない壁に逃げ道をふさがれた、海未たちめがけて。 ﹁きゃあぁぁっ 塊は3人を切り刻まんと突き進む。 そしてシザー塊が目前まで迫った、そのときだった。 27 ! 怪物が息を深く吸うと次の瞬間、信じられないものがその口から飛 !! 悲鳴と共に屈みこむ3人。だがそんなことはお構いなしと、シザー ! ﹁││はっ 彩牙だ。 ﹂ 海未たちの前に躍り出た彩牙が、シザー塊を剣で弾き飛ばす。 一つ、二つ、三つ。どんな硬度をしているのか、その剣はあれだけ のシザー塊を弾き、鍔迫り合いをしたというのに刃こぼれ一つしてい なかった。 海未がほっとしたのも束の間、彩牙の目の前には新たなシザー塊が 迫っていた。 それも先程のとはまるで違う、自分たちの背丈ほどはあるかのよう な巨大なシザー塊だ。 あれだけ巨大なものを弾き返せるのか││そう思った次の瞬間、海 未はぎょっとした。 巨大なシザー塊が迫る中、彩牙は剣を構えてなかった。あろうこと かその切っ先はシザー塊にではなく天を突くかのように掲げられて ﹂ ﹂ ! いた。 ﹁な、なんで シザーが⋮⋮ ! した。 愕で目を見開いた。 そして光がやんだ時、彼女たちは、中でも海未は他の二人以上に驚 う音だけだった。 光の向こうから聞こえてくるのは、火花が鳴る、金属同士が擦れあ しかし肉体の裂かれる音は聞こえない。 ﹁彩牙くんっ ﹂ の光が辺りを包む。それと同時に巨大なシザー塊が彩牙の体に到達 光の円から〝何か〟が降り注いで彩牙の体を包み、眩いほどの金色 光は円全体におよび、金色の光を放つ。 天高く掲げられた剣が円を描く。その軌跡が宙に残り、光り輝く。 ﹁何やってるんですか !? !! 28 ! ﹁黄金の⋮⋮狼⋮⋮ ﹂ そこにいたのは彩牙ではなかった。 騎士だ。 狼を模った、華美な装飾の施された黄金の鎧を纏った騎士が立って いた。 巨大なシザー塊は騎士の左腕一本で受け止められ、力を込めて握り しめたと同時にシザー塊は砕け散り、元のシザーとなってバラバラと 地面に零れ落ちる。 手にしていた細身の剣は、金色の柄に装飾の施された厚みのある黒 い刀身の長剣へと変化していた。 緑色の瞳が怪物を睨み、牙を剥き出しにした憤怒の表情からは狼の 唸り声が上がる。 それはまさに、海未の夢に現れたあの黄金の騎士そのものだった。 ﹄ ただ一つ違う点を挙げるとすれば、夢に出てきたものよりも〝くす んだ金色〟をしていたことか。 ﹂ こんな小僧が ﹄ ﹁彩牙、くん⋮⋮ ﹃バ、バカなっ ﹃〝ガロ〟だとっ 彩牙││いや、ガロと呼ばれた騎士は何も答えないまま、怪物に向 かって歩を進める。 怪物は怯えるかのようにシザー塊を次々と吐き飛ばしていく。 しかしガロの歩みは止まらない。ガロが腕を振るうだけでシザー 29 !? 怪物が狼狽え、信じられないような叫びをあげる。 !? ? !? !? 塊は砕け散り、みるみるうちに距離を詰めていく。 シザー塊だけでは駄目だと悟ったのか、怪物は両手のシザーを振 るってガロに斬りかかる。 ││そこから、勝負は一瞬で着いた。 怪物の振るったシザーは、ガロの振るった長剣によって叩き折られ た。そしてガロはそのまま長剣を怪物の脇腹に充て、一気に振りぬい た。 振りぬいた長剣の軌跡は金色の光となり、それは怪物の体を一刀両 断していた。 金切り声の断末魔と共に、怪物の体は血飛沫を撒き散らして弾け飛 んだ。 ﹂ ﹂ そしてその血は││ことりめがけて飛んでいた。 ﹁え ﹁ことり 嫌な予感がする。あの血をことりに着けてはいけない。 ﹂ そんな直感を感じた海未は、ことりを庇うように覆いかぶさった。 ﹁っ 海未の背中に浴びせられた、あの怪物の血。 ﹂ 肌が焼けるような感覚の後、その血は一瞬だけ黒い跡を残して肌に ﹂ 吸い込まれるように消えていった。 ﹁海未ちゃん、大丈夫 ﹁は、はい。ことりも大丈夫ですか ﹁う、うん⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮無事かい 海未﹂ ﹁彩牙くん⋮⋮﹂ そしてそこに立っていたのは、元の彩牙の姿だった。 いった。 直後、鎧がいくつものパーツに分離され空へ還るかのように消えて 緑の瞳でじっと海未たちを見つめていたガロ。それが一際光った 互いの無事を確認し、海未たちはガロに向き直る。 ? !? 先程までの苛烈さはどこへ消えたのか。 ? 30 !! ? ! そこにいたのはいつもの穏やかな表情を浮かべた、海未のよく知る 彩牙だった。 先程までの苛烈な戦いを繰り広げた彩牙と、今目の前にいる彩牙。 一体どちらの姿が本当の彼なのか。 穂乃果、ことり、そして海未は只々困惑の表情で彩牙を見つめるこ としかできなかった。 *** 闇に潜む魔獣〝ホラー〟 奴らは人間の邪心をゲートに人間界に現れ、人を食らう それを討ち倒すは人を守りし者││〝魔戒騎士〟 今宵、ホラーを狩る若き魔戒騎士 そして9人の少女たちによる ││新たな伝説が幕をあける││ *** 海未﹁私たちは知りませんでした。彼のことを﹂ 海未﹁私たちは知りませんでした。この世界の真実を﹂ 海未﹁今、彼の口から本当のことが語られる﹂ 海未﹁次回、﹃彩牙﹄﹂ 海未﹁彼の戦う理由、それは││﹂ 31
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