和声の基礎 20 - 旋律の充填 バス課題などで声部を充填する際に、効率的な手順は次のようなものであった。 a) バスを読んで和声進行を決める。 b) 和声進行に従ってまずソプラノを書く。バスと反行させると良い。 c) 和音の配置(開離・密集・オクターブ)に気をつけてテナーを書く。このとき重複させる 和声音を同時に考える。 d) 最後にアルトを書く。 b)の手順でいきなり一拍毎に四声部を積み上げて書いていくような書き方だと、連続五度や対 斜が出やすい。両外声を先に決めるようにすると、禁則には触れにくい。 しかしながら、音楽的な声部の充填とは、このような規則に従って自動的に書けば良いもので はなく、規則よりも音楽的な要請が上位に来ることは言を俟たない。 教科書を勉強すると、例えば開離配置と密集配置の話が出て来る。そこで注意に従って「配置 に気をつけながら」書くようになる。しかし、ここには重大な本末転倒がある。実際には、美し く自然な声部の充填が対位法的に書けていれば、配置も自然と規則通りになるのである。必ずし も規則に従ったから声部がうまく書けるわけではなく、うまく書けた声部は規則を破っていない ということである。ここで必要条件と十分条件を取り違え、規則さえ守れば上手に声部が書ける と勘違いしてはいけないのである。 自然な声部書きのためには、各声部の役割と特徴的な横への進行を知っていなければならない。 ①バス: バスは終止形などで他の声部が順次進行しているのに対して、四度、五度、オクターブで動く といった特徴的な動きを持つが、他の多くの部分ではむしろ順次進行が多い。また、和声の根音 を受け持つ場合が非常に多い。性格としては、「動き回る声部」である。順次進行が多くとも、 旋律線の全体ではっきりとした上下にうねる曲線を描き、それが音楽を前に運ぶ推進力ともなる からである。バスが退屈だと音楽も退屈になる。 ②ソプラノ: ソプラノ声部もバス同様、動き回る声部であり、旋律線は全体として上下にうねる曲線を描く。 その曲線がバスが反行形になっていると、声部の独立性がよく、作曲もうまくいくことが多い。 旋律の要請にしたがってソプラノにも四度以上、場合によってはオクターブ以上の跳躍進行が現 れる場合もあるが、跳躍が連続することは稀である。(跳躍が連続するような旋律はメロディー として不自然だからである。)器楽曲であっても、「歌いやすさ」を基準にすると良く、順次進 行が多いと歌いやすい。 ③アルトとテナー: 内声の二声部は、性格としては「動かない声部」である。和声に共通音があれば、なるべく内 声が保続する。その結果として、ある長さに渡って同じ音を弾き続けるといったパート譜になる 場合さえある。また、密集配置の場合にはアルトとテナーは互いにあまり離れすぎない方が良い。 (アルトを単純にソプラノの三度平行などで動かすと、内声が開きがちなので注意を要する。) 逆に、開離配置においては、アルトとテナーがあまり近づきすぎないようにするのが良い。また、 ソプラノが高音域にある際には、内声がバスに近づくのは良くない。 こうした原則以外に、例えばソプラノとアルトの両声部が対等に掛け合いを演じる部分や、バ スとテナーが交差するなど、声部の役割が入れ替わったり、声部の扱いが部分的に対等になるよ うな状況はあり得る。しかし、こうした効果は純粋に音楽的な要請によって用いるべきで、奇を 衒って不必要に用いるべきではない。 このような声部の特徴と役割を十分に考慮し、なおかつ自然で効果的な旋律の流れを優先した 結果として、教科書の規則に触れる部分が出てきたとしても、それは音楽的要請に従うべきであ る。
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