接触多様体におけるルジャンドル部分多様体の存在条件について

接触多様体におけるルジャンドル部分多様体の存在条件について
徳
永
一†
健
概 要
奇数次元の多様体における重要な概念である接触構造は、局所的には接触形式と呼ばれる 1 次微
分形式が 0 となる接束の部分束で定義される。接触構造の最大次元の積分多様体をルジャンドル部
分多様体と言う。ここでは、ルジャンドル部分多様体をファイバーとするしずめこみが存在すると
き、そのファイバーの位相が球面か射影空間に限ることを、プファッフ方程式から初等的に示す。
1
接触幾何
最初に主定理を述べるための接触幾何に関する諸概念と、基本的な例について挙げることにする。
1.1 接触多様体
,
が次の条件を満たすとき、接触多様体と言う。
=2 + 1
は奇数次元の微分可能多様体である。dim
は接束
の余次元1の部分束である。
任意の
に対してその近傍 と、 上の1次微分形式 が存在し、
= ker
かつ
は零点をもた
ない。
このとき を接触構造と言う。
1.2 接触形式
接触多様体
,
において、
= ker かつ
が零点をもたないような1次微分形式 が
上に存在す
るとき、 を接触形式と言う。
1.3 例
3次元トーラス
1,
2,
3
3
上の接触形式は次のようにして与えることができる。 =R/2 ゼとみなして、R 3 の座標系
を用いて記述することにする。ここで、
= sin
1
2+
cos
1
3
とおくと、
=
となる。よって、 = ker とおくと、
3
,
1
2
3
は接触多様体で、 は接触形式である。
* On a topological condition of the existence of Legendre submanifolds in contact manifolds.
†
e-mail: [email protected]
─ 193 ─
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1.4
/
接触形式が存在することと、ベクトル束
に零点をもたない切断が存在することは同値である。
1.5 ルジャンドル部分多様体
,
の部分多様体 がルジャンドル部分多様体であるとは、dim
込み写像を とするとき、
=2 +1 のとき、dim
= であり、埋め
が成り立つことである。
ルジャンドル部分多様体とは、接触構造
の積分多様体で次元が最大のものと言ってもよい。
1.6 例
例 1.3において、任意の
2,
3
1×
に対し、
2,
3
はルジャンドル部分多様体である。
3
1.7 命題
を接触多様体
,
,
の接触形式とする。
はシンプレクティックベクトル束を与える。
がルジャンドル部分多様体のとき、埋めこみ写像を :
任意の
,
に対して、
は
に両立する概複素構造
とすると、 *
= 0 が成り立つ。すなわち、
に関するラグランジアン部分空間である。
が存在する。
1.8 ダルブーの定理
接触多様体は局所的には R2
+1,
0
と同型である。ここで 0 は、R2
+1
の座標系を
1,
2,
,
,
1,
2,
,
,
としたとき、
0=
1
1+
2
2+
+
-
で与えられる1次形式である。
1.9 リーブベクトル場
接触多様体が接触形式 を持つとき、ベクトル場
0で
0
1と
0 を満たすものが存在する。これをリー
0
ブベクトル場と言う。
1.10 例
再び例1.3の場合を考えると、リーブベクトル場は
0=
sin
1
2
+ cos
1
3
で与えられる。
1.11 注意
接触多様体が接触形式 を持ち、ルジャンドル部分多様体 があるとすると、その法束はリーブベクトル場
と概複素構造 を用いて R
0
と書くことができる。
─ 194 ─
0
接触多様体におけるルジャンドル部分多様体の存在条件について
1.12 ルジャンドルしずめこみ
,
を接触多様体とするとき、 :
が
はしずめこみである。
任意の
に対して、
-1
が
のルジャンドル部分多様体である。
を満たすとき、ルジャンドルしずめこみであるという。
1.13 例
*
をリーマン多様体として、余接束
*
多様体である。余接束
の基本形式を
とすると、
*
,
=-
はシンプレクティック
の計量を用いて長さ1の余ベクトル全体からなる余接球面束
*
,
=
=1
*
を考え、ここに を制限すると、接触形式になる。
このとき、余接球面束の射影
:
*
はルジャンドルしずめこみである。
2
5次元トーラスの場合
2.1
5次元トーラス
1,
2,
3,
4,
5
5
の接触形式について考えてみる。例 1.3 と同様に、 =R/2 ゼ とみなして、R5 の座標系
を用いて記述することにする。
2.2 補題
5
上の1次形式 =
3
3+
4
4+
5 の場合、
5
3
=- 2det
4
5
3
3
1
2
4
4
1
2
5
5
1
2
1
2
3
4
5
2.3
3,
上のようなかたちで が与えられているとき、
任意の
3,
4,
5
に対し、
2
5
を
1,
1,
2
4,
2,
5
3,
を
4,
5
5
から R3 への写像と考える。
なる埋めこみと考えて、上の写像との合成を考
え、これを とする。
:
2
1, 2
上のような に対しては、
R3
1, 2,
3
が零点を持たないと言うことは、補題 2.2により ,
であることと同値である。このとき明らかに
は原点を通らないはめ込みである。
─ 195 ─
1
,
2
が一次独立
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2.4 命題
:
2
R3 が原点を通らないはめこみのとき、
2
上の点
R3 と原点 0
で
R3 を結んだ直線が
2
と接
するようなものが存在する。
2.5 証明
そのようなものが存在しないとする。
であり、 ,
2
の被覆はR
1
,
2
または
2
上の点 に対して、
が1次独立であることから、 :
2
2
R
2
と原点を通る直線を
とすると、
は非特異であり、従って被覆写像である。R
R
2
2
上
と同相なものに限る。従って矛盾である。
2.6 系
はめこみ :
含めて、
2
2
R3 により接平面も R3 の中で考えることにすると、上の命題の結論は、 が原点を通る場合も
上の点 で 0
2
*
となるものが存在する、と言うことができる。
2.7 定理
上のような は
5
上の接触形式にはなりえない。
2.8 証明
3,
が接触形式だとする。任意の
4,
を固定した上で、 :
5
面上のある点 での接平面が原点を通る(0
す。補題2.2より
*
2
2
R3 を考えると、命題2.4よりはめこまれた曲
R3 )。これは、
,
1
,
2
が一次従属であることを表
が零点を持つことになり、矛盾である。
2.9 系
:
5
3
(
1,
2,
3,
4,
5
=
3,
4,
5
) をルジャンドルしずめこみとするような、
5
の接触形式は存在し
ない。
2.10 証明
がルジャンドルしずめこみになるような接触形式は
3
1 成分と
2 成分が0でなければならない。
接平面が原点を通る条件
ここでは、 は 次元のコンパクトで境界のない多様体とする。
3.1 定義
はめこみ :
R
+1
に対し、
+
を における
*
=
R
+1
-
の接平面と呼ぶことにする。
以下では、はめこみ を固定して考えることにする。
─ 196 ─
*
R
+1
接触多様体におけるルジャンドル部分多様体の存在条件について
3.2 定義
を動かしたときに における
の接平面全ての和集合を T
T
=
+
と書くことにする。
*
3.3 命題
における
の接平面が R
+1
の基底を 1,
の原点を含むことと、
det
,
*
1
,
*
2
, ,
2,
,
とするとき、
=0
*
が成り立つことは同値である。
3.4 命題
いかなる における接平面もR
+1
の原点を含まない(0
T
)ならば は球面
または実射影空間 R
に
同相である。
3.5 証明
0
T
からR
とすると、
に対して、
と原点を結ぶ直線
は接平面と横断的に交わる。よって、
への局所同型写像を与える。これは被覆写像になる。R
上の被覆は R
自身か
は
と同相なものに
限る。
3.6 系
がR
1,
を
2,
または
,
と同相でないならば、接平面が原点を通るような点 が存在し、その点 の接束
の基底
とすると、
det
,
*
1
,
*
2
, ,
=0
*
が成り立つ。
4
主定理
4.1 定理
多様体
2 +1
が接触形式 を持つとき、コンパクトで境界のない部分多様体 が次の条件
はルジャンドル部分多様体である。
の法ベクトル束が自明である。
の管状近傍
× で、任意の
を取ったときに ×
がルジャンドル部分多様体になるようなもの
が存在する。
を満たすならば、 は R
または
と同相なものに限る。
4.2
以下では常に定理の仮定が満たされているとする。また、ルジャンドル部分多様体 は
証明は が R
または
と同相でないと仮定して、矛盾を導く。
─ 197 ─
の部分集合とみなす。
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4.3
1,
法束が自明なので、 上各点で一次独立な法ベクトル場
のR
+1
2,
,
+1
をとることができる。これを用いて、
への写像を
:
,
1
R
+1
2
, ,
+1
とおく。
4.4
における
の基底を 1 ,
の接束
1,
2,
2,
,
,
,
!
=2
-1
+1 !
とすると、次節で与える計算により
1,
+1
2
2,
,
det
+1
,
*
,
1
*
2
, ,
*
となる。 が接触形式であることから、この式は0でなく、 の微分は単射となり、従って
ははめこみである。
4.5
がはめこみであることから、前節の議論がそのまま使えて、系3.6より、
通るような点
における
の接平面が原点を
が存在し、その点で
det
となる。4.4より、この点で左辺
,
1
*
,
*
2
, ,
=0
*
が0となってしまう。これは矛盾である。よって定理が示された。
4.6 系
ルジャンドルしずめこみ
:
があるとき、そのファイバー
-1
は球面または実射影空間と同相である。
4.7 注意
定理の最後の条件は省略することはできない。
を多様体とし、余接束
*
の基本形式を とする。R の座標を とするとき、 -
式を与える。このとき、零切断の像を
*
は
*
× R 上の接触形
とすれば、 × 0 はルジャンドル部分多様体である。
従って、どのような位相を持つ多様体でもルジャンドル部分多様体となりうる。特に、接束が自明な多様体
をとれば、リーブベクトル場と概複素構造により法束も自明である。これは最後の条件を省略した場合の反例を
与えている。
5
評価式の計算
この節では、4.4で与えた式の計算を与える。
5.1
仮定より、 を接触多様体
の1次独立な切断として、 =
の接触形式とし、 をルジャンドル部分多様体、
とおく。
とし、 1 ,
─ 198 ─
,
1,
,
+1
を の法ベクトル束
は における の接ベクトル空間の基底とする。
接触多様体におけるルジャンドル部分多様体の存在条件について
× とし、 における の近傍
の管状近傍を
をうまくとると、
,
び
上の
をとって、
の1次独立なベクトル場として
× となるもの
における の近傍で、
と
が拡張できて、
,
=0、
=0 およ
= 0 を満たすようにできる。
5.2 補題
1
=2
,
1次形式 に対する外微分の公式
-
,
-
から次の式が直ちに導かれる。
1
=2
,
5.3 補題
,
,
1,
,
〈
1,
, ,
+1
!
= 2 ! -1
-1
2
det
〈
が成り立つ。ただし、
は
を除くことを意味する。
5.4 証明
=
+1 として証明してもさしつかえない。表記上の問題から、 =
とも書くことにする。外積の定義
+
から
1,
である。1
,
,
2
1
= 2 !
,
に対して、
,
1
2 -1
2
,
2
2
,
=0 なので、右辺の和は
,
または
(1
,
) という
ものだけの積となっている項のみが残る。
このような項を与える
2
は
0
2
を1
に対して、
=2 -1
0
+ =2
0
とおき、
と
を
=
+
=
+
2 -1 = 2
-1
2 = 2
のように作用させて、 =
1,
,
ゼ / 2ゼ を を 2 -1 成分と 2 成分の互換として作用させると、
=
という形で書ける。このとき の作用は、
替えを表すので、
と等しい。また、
1
0
,
2
= -1
の括弧の第1項と第2項の入れ替えを表し、 は掛け算の順序の入れ
2 -1
-1
2
0
,
2
は
0
の作用のみの項
なので、
1
,
2
2 -1
2
─ 199 ─
,
2
0
1,
1
,
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=2 ! -1
-1
2
1,
,
1
が成り立つ。
補題 5.2を用いると、
1,
,
,
1,
2 !
= 2 ! -1
!
= 2 ! -1
,
1
2
-1
2
-1
2
1
1
2
1
det
を得る。
5.5
よって、求める式の左辺
1,
,
,
= 0 なので、
を に関する評価式で整理すると、
1, 2,
=
,
+1
のみ残り、
+1
-1
×
+ -1
1,
,
,
1,
,
〈
1
2 +1
2,
, ,
+1
=1
となる。補題5.3 より
!
1
2 +1 ! -
+1
2
+1
-1
-1
det
=1
となる。行列式の展開公式により、これは
!
1
2 +1 ! -
+1
2
det ,
1
*
,
2
*
, ,
*
に等しい。
5.6 注意
補題 2.2は =2 とおいて、この式を適用すると
1
,
2
,
3
,
となることからも求められる。ただし、外積の定義を
6
4
,
5
1
2!
=- 5! det
5
1
,
,
,
1
5
,
2
1
= 5! としていることに注意する。
埋め込みが接触形式を持つための条件
6.1
2 + 2 次元のユークリッド空間 R2
る。この2次形式の積分の1つを =
+2
1
2
には自然なシンプレクティック構造
=0
2 +1
2 +1
6.2 補題
0=
1
2
とおくと、 =
0
であり、
─ 200 ─
とおく。すなわち
=
=
=0
2 +1
である。
2 +2
が存在す
接触多様体におけるルジャンドル部分多様体の存在条件について
=
1
0
2
2 +1
2 +2
が成り立つ。
6.3 定理
超平面の埋め込み :
=
が
R2
+2
のR2
による
+2
の中の接平面の和集合T
が原点を含まないことと、
の接触形式になることは同値である。
6.4 証明
における
の基底を
1,
2,
1,
2,
,
,
2 +1
2 +1
=
=
1
1
,
,
2
1
1
=2 2
+2 !
が R2
である。命題3.3 より、接平面
とすると、
+2
2
,
,
2 +1
2 +1
2 +2
,
1
,
0
2
1
,
,
,
2
,
,
2 +1
2 +1
の中で考えたときに原点を含まないことと、この値が0にはならな
いことは同値である。すなわち接平面の和集合が原点を含まないことと、この1次形式が接触形式になることは
同値である。
6.5 系
超平面の埋め込み :
R2
+2
によって、 =
が
の接触形式になるならば、
は球面
2 +1
に同相で
ある。
参考文献
[1] V. I. Arnold and A. B. Givental. Symplectic geometry. In V. I. Arnold and S. P. Novikov, editors, Dynamical systems IV. Springer-Verlag, 1990.
[2] Yakov Eliashberg. Contact 3-manifolds twenty years since J. Martinet’s work. Ann. Inst. Fourier Grenoble, 42 (1–2): 165–192, 1992.
[3] Paulette Libermann. Legendre foliations on contact manifolds. Diff. Geom. and Its Appl., 1: 57–76, 1991.
[4] Dusa McDuff and Dietmar Salamon. Introoduction to Symplectic Topology. Oxford University Press,1995.
[5] 伊藤光弘.奇数次元トーラスと接触構造.筑波大学微分幾何学セミナー,1995.
[6] 深谷賢治.シンプレクティック幾何学.岩波書店,1999.
─ 201 ─