有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 第 13 回「脱離反応」 ハロゲン化アルキルが求核置換反応を起こすことを学んできた。ハロゲン化アルキル には、もう一つの代表的な反応がある。それは脱離反応 elimination で、ハロゲン原子 と隣の炭素に結合した水素原子が失われて C=C 二重結合が形成される反応である。 X + H–X C C C C H 求核置換反応と同じように、ハロゲン化アルキルの脱離反応にも二種類の反応機構が ある。一つはカルボカチオンを経由する E1 反応、もう一つはカルボカチオンを経由し ない E2 反応である。今回も、カルボカチオンを経由しない E2 反応の方から先に見て 行こう。 1. 臭化 t-ブチルと強塩基の反応:E2 反応 臭化 t-ブチルと HO–の反応を考えてみよう。HO–は強塩基であり、強い求核剤でも ある。しかし、立体障害が大きいため、三級炭素への背面攻撃は不可能である。すなわ ち、SN2 反応は起こらない。 CH3 Br 背面攻撃:起こらない C CH3 + –OH CH3 三級ハロゲン化アルキルなので、SN1 反応は起きる可能性があるが、その前に別の反 応が進行する。すなわち、–OH が強塩基として働き、メチル基の水素原子を H+として 引き抜く。それと同時に Br–が脱離して、C=C 二重結合が生成する。この反応を E2 反 応 E2 reaction と呼ぶ。 E2反応 Br CH3 H C C H + –OH CH3 H H H3C Br– + + H2O C C H3C H ”E” は「脱離 elimination」、”2”は「二分子反応」であることを表す。「二分子反応」 の意味は、反応の律速段階に「ハロゲン化アルキルと塩基の両方」が関与する、という ことである。なお、この反応は中間体を持たない一段階の反応なので、この反応自体が 律速段階となる。 巻き矢印が三本もあるので、電子の動きは複雑である。三本の巻き矢印に対応する分 –1– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 子軌道の変化を図示すると、次のようになる。(図は塩化 t-ブチルの反応である。) H Cl H3C C H3C C Cl H H H3C H3C H C C Cl H H3C C H3C H O O H H H O H H C H C–Cl結合 Cl上のローンペア C–H結合 C–Cπ結合 O–H結合 O上のローンペア なぜ–OH は C–H 結合を攻撃できるのだろうか。臭化 t-ブチルは電気陰性の原子(臭 素)を持っているが、それは攻撃される C–H の隣の炭素原子に結合しており、C–H 結 合自体は特別に分極しているわけではない。それにも関わらず、「隣に」電気陰性の原 子、すなわち脱離基が存在することは、E2 反応が起きるために必須の条件である。そ の理由は、遷移状態の構造によって説明することができる。 X X + C C –OH !– C C !+ H OH 遷移状態 H 強塩基 (–OH)が C–H 結合を切断し始めると、C–H のσ結合電子は C 原子上に溜ま って行く。炭素の電気陰性度は低いため、このままではたいへん不安定な「C 原子上の –2– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 陰イオン」が生成してしまう。 炭素アニオン(不安定!) 脱離基がないと + C C !– C C –OH H H OH ここで隣の炭素に脱離基 X がついていれば、C–H 結合が切れるのと同時に C–X 結合 が切れて、C–X の結合電子を X が持ち去ることによって、炭素原子上に負電荷が溜ま ることを避けられる。 脱離基が電子を持ち去る 脱離基があると X X + C C –OH !– C C !+ H OH H E2 反応では、H+が引き抜かれる炭素と脱離基が離れて行く炭素が隣同士でなくては ならない。このようなタイプの脱離反応をβ脱離と呼ぶ。 「β」とは、 「置換基(脱離基) が結合している炭素の隣」を意味し、脱離基のβ位から H+が引き抜かれることを示し ている。 X! " C C + C C –OH H + X– + H–OH β脱離 例題:次の化合物の E2 反応で、生成し得る物質をすべて書きなさい。 H H3C C CH2CH3 Br 考え方:Br が脱離基である。脱離基が結合している炭素(α炭素)の「隣の炭素(β 炭素)」は2つある。 β炭素 H H3C C CH2CH3 Br α炭素 β炭素 –3– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 それぞれから水素原子が脱離した化合物を書けばよい。また、内部アルケンが生成する 場合は、cis/trans 異性体の可能性を考える。 答: H C C H CH2CH3 H3C H C C H H CH3 H3C C C H H CH3 2. 水中での臭化 t-ブチルの脱離反応:E1 反応 E2 反応では、強塩基によるβ水素の引き抜きによって反応が開始される。一方、強 塩基が存在しない条件でも、脱離反応が進行することがある。 CH3 Br C CH3 H3C + H2O H H3C CH3 + H3O+ + Br– C C H 生成物は同一だが、反応機構が異なる。この場合は、先に C–Br 結合が切断され、カ ルボカチオン中間体が生成する。 CH3 Br H3C C CH3 + Br– H3C C CH3 CH3 その後、塩基がβ炭素から H+を引き抜く。t-ブチルカチオンは pKa=–12 程度と極め て H+を放出しやすいため、この反応は弱い塩基でも速やかに進行する。 H H3C C CH2 + H2O H3C H3C H3C H C C H + H3O+ まとめると、次のようになる。この反応を E1 反応 E1 reaction と呼ぶ。 E1反応 CH3 Br C CH3 CH3 H H3C C CH2 律速段階 H3C H2O H3C H3C H C C H + H3O+ + Br– ”1”は「一分子反応」であることを表す。なぜ一分子反応かと言うと、反応の律速段 階にハロゲン化アルキルのみが関与するためである。 E1 反応は、アルケンに対する求電子付加反応のちょうど逆の反応にあたる。従って、 –4– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 E1 反応における電子の流れは、求電子付加のちょうど反対になる。 問:第6回で詳述した求電子付加反応における電子の流れを復習し、逆向きにたどると 上の E1 反応の電子の動きに対応していることを確かめなさい。 3. E1 反応・E2 反応の位置選択性 E1 反応、E2 反応はどちらもβ脱離である。すなわち、脱離基が結合している炭素の 隣の炭素(β炭素)からプロトンが引き抜かれる。ここで、β炭素が複数あるとき、ど のβ炭素からプロトンが引き抜かれるかによって、異なる生成物が得られることがある (3ページの例題参照)。 β炭素 H H3C C CH2CH3 Br β炭素 H CH2CH3 C C H H3C C C , H H H H3C CH3 C C , H H CH3 どの生成物が優先的に得られるのだろうか。E1, E2 反応の場合は、最も安定な生成 物が優先的に得られることが実験からわかっている。一般にアルケンは、sp2 炭素に結 合しているアルキル基の数が多いほど安定性が高い。また、アルキル基の数が同じであ れば、立体的に大きなアルキル基同士がなるべく離れているものほど安定性が高い。 上の3つのアルケンの場合、1-ブテンよりも2種類の 2-ブテンの方が、sp2 炭素に結 合しているアルキル基の数が多いため、安定性が高いと言える。 H CH2CH3 H3C C C H C C H H アルキル基1つ H H3C CH3 , H C C H CH3 アルキル基2つ(より安定) 2種類の 2-ブテンを比較すると、立体的に大きなメチル基が離れている trans-2-ブテ ンの方が安定である。 H3C CH3 C C C C H H cis-2-ブテン H H3C H CH3 trans-2-ブテン(より安定) 従って、生成する速度は trans-2-ブテン > cis-2-ブテン > 1-ブテンの順になる。これ –5– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 は E1 でも E2 でも同じである。反応のエネルギー図で示すと、下のようになる。 活性化エネルギーの違い エネルギー エネルギー E2 H CH3CH2 C CH2 H H3C C CH2CH3 + CH3O– Br H3C CH3 C C H H E1 活性化エネルギーの違い H H3C C CH2CH3 + H2O Br H CH3CH2 C CH2 H3C H CH3 C C H H3C H C C H CH3 H3C H H C C CH3 反応座標 反応座標 sp2 炭素についたアルキル基の数が多いほどアルケンが安定になるのは、超共役の効 果である。π結合性軌道の電子は C–H のσ反結合性軌道に(部分的に)流れ込み、逆 に C–Hσ結合性軌道の電子は C=Cπ反結合性軌道に(部分的に)流れ込む。 H H H H C C H C C H H H CH σ* C=C π CH σ* CH σ C=C π* CH σ 一方、cis/trans の間の安定性の差は、アルキル基(メチル基)同士の立体ひずみに よるものである。 結合電子同士の反発 H H C H H H C C C H H H 注1:「最も安定な生成物が優先的に得られる」というのは、すべての有機反応に共通の原理で はない。多くの反応についてはそうであるが、そうでない反応もたくさん存在する。このような 場合、反応温度や反応時間によって、優先的に得られる生成物が異なることがある。詳しくは、 教科書で「速度論支配と熱力学支配」について調べること。 例題:下の化合物と–OH の反応で生成するアルケンの構造を示し、生成しやすい順に –6– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 並べなさい。 CH3CH3 CH3 C H C CH2CH3 Br 考え方:β炭素は三種類あり、それぞれ異なる生成物を与える。二重結合の炭素につい ているアルキル基の数が多いものほど安定である。また、立体異性体があるものは、か さ高い置換基同士が離れているものの方が安定である。 CH3 CH3 CH3 CH CH3 CH H CH3 CH3 CH3 CH H CH3 3 CH C C C C C C C C H CH3CH2 H CH3 CH3 CH3 CH3 CH2CH3 答: 4. ハロゲン化アルキルの構造と E1 反応・E2 反応の起こりやすさ 反応物であるハロゲン化アルキルの構造と、E1 反応・E2 反応の起こりやすさの関係 について見て行こう。 まず、脱離基について考える。E1 反応・E2 反応ともに、脱離基が離れる過程が律速 段階に含まれている。従って、脱離基が良いほど反応は進行しやすい。これは E1 反応・ E2 反応に共通である。 E1反応 E2反応 R–I > R–Br > R–Cl > R–F 遅い 速い 次に、アルキル基の構造について考える。これは E1 反応の方がわかりやすい。E1 反応はカルボカチオンを中間体として経由するので、カルボカチオンが生成しやすい三 級アルキル基を持つものが最も E1 反応を起こしやすい。 R R E1反応 C Br R 三級アルキル > R H C H Br R 二級アルキル H >> C Br R 一級アルキル E1反応は起こさない E2 反応の場合も実は同じ順序になるのだが、理由は異なる。E2 反応はカルボカチオ ンを経由しないため、反応性をカルボカチオンの安定性で説明することはできない。 E2 反応で三級アルキルハロゲン化物が最も反応しやすい事実は、生成物の安定性の違 –7– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 いで説明することができる。脱離基が離れたあとの sp2 炭素に結合しているアルキル基 の数が、三級・二級・一級の反応物に対してそれぞれ2個・1個・0個となる。このこ とから、三級ハロゲン化アルキルの E2 反応が最も安定なアルケンを与える。E2 反応 の場合、生成物の安定性が高いほど活性化エネルギーが低く、反応が速くなるため、反 応性は三級>二級>一級の順になる。 E2反応 R R C R Br H C R H 三級アルキル C H R C R C R 三置換アルケン (最も安定) (最も反応しやすい) H R Br H C R H 二級アルキル C H H H H Br C H C R 二置換アルケン H C R H 一級アルキル C H H C R 一置換アルケン (最も不安定) (最も反応しにくい) 5. 塩基の種類と E1・E2 反応の起こりやすさ 次に、もう一つの反応物である塩基の種類が、E1 反応・E2 反応の起こりやすさにど のように影響するかを考えよう。ハロゲン化アルキルとしては、E1 反応・E2 反応のど ちらも起こしやすい三級ハロゲン化アルキルを考える。 E1 反応と E2 反応の違いは、最初に C–X 結合が単独で切れるか(E1 反応)、それと も C–H 結合が切れると同時に CX 結合が切れるか(E2 反応)である。塩基が強い場 合、H+の引き抜きが進行しやすい。すなわち、C–H 結合の切断が進行しやすく、従っ て E2 反応が起こりやすくなる。 H+引き抜きが 起きやすい E2反応が優先 CH3 H Br C CH2 CH3 H H3C + Br– –OH 強塩基 + + H–OH C C H3C H 一方、塩基が弱い場合、ハロゲン化アルキルからの H+の引き抜きは進行しにくい。 この時は、H+の引き抜きを待たずに C–X 結合の切断が進行し、E1 反応が起こる。先 にも述べた通り、カルボカチオンの水素原子は酸性度が極めて高いため、弱塩基でも簡 単に引き抜くことができる。 –8– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 E1反応が優先 CH3 H Br C CH2 H3C + H2O Br– 弱塩基 CH3 C–Br切断が 先に起こる + C CH2 + H–OH2 C C + H2O H3C H3C H+引き抜きが 起きにくい H H3C H カルボカチオンからなら H+を引き抜ける H + Br– 誤解してはいけないことは、E1 反応自体が「弱塩基の方が進行しやすい」わけでは ない、ということである。E1 反応の速度は、カルボカチオンの生成速度で決まるため、 弱塩基であっても強塩基であっても変わらない。上で述べたことは、「塩基が強くなる と E2 反応の速度が増大するため、塩基の種類によって反応機構が切り替わる」という ことである。下のような概念図を頭に入れておくとよい。 反応速度 弱塩基=E1優先 強塩基=E2優先 E1 E2 塩基の強さ 6. E1 と E2 の比較 E1 反応と E2 反応の特徴をまとめておこう。 (溶媒効果については上で述べなかった が、SN1/SN2 の時と同じ議論が成り立つ。)SN1/SN2 の表では「求核剤」となっていた ところが、この表では「塩基」に変わっていることに注意。 反応機構 中間体 段階数 律速段階に関わる分子数 脱離基の種類による反応性 塩基の種類による反応性 E1 先に脱離基が解離し、 その後 H+が引き抜かれる カルボカチオン 二段階 1つ(脱離を受ける反応物 のみ) 脱離能が高いほど速い 変化せず E2 脱離基の解離と H+の引き抜きが同時 なし 一段階 2つ(脱離を受ける反応物 と塩基) 脱離能が高いほど速い 塩基性が高いほど速い –9– 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 溶媒効果 アルキル基の種類による 反応性 (カッコ内は反応しない) アリル型の反応性 転位 プロトン性極性溶媒> 非プロトン性極性溶媒> 無極性溶媒 無極性溶媒> 非プロトン性極性溶媒> プロトン性極性溶媒 三級>二級>>(一級) 三級>二級>>一級 高い カルボカチオン転位の 可能性あり 高い なし 7. SN2/E2 反応条件と SN1/E1 反応条件 上の表と前回学んだ SN1/SN2 の比較表を見比べてみると、 「SN2 反応に有利な条件で は E2 反応も有利であり、SN1 反応に有利な条件では E1 反応も有利である」項目があ ることがわかる。具体的には、次の2つの項目である。 SN1/E1 求核剤(塩基)の 種類による反応性 変化せず 溶媒効果 プロトン性極性溶媒> 非プロトン性極性溶媒> 無極性溶媒 SN2/E2 求核性(塩基性)が 高いほど速い 無極性溶媒> 非プロトン性極性溶媒> プロトン性極性溶媒 このことから、「高濃度の強い求核剤(塩基)を非プロトン性溶媒中で作用させる」 と SN2/E2 反応が優先し、「弱い求核剤(塩基)をプロトン性溶媒中で作用させる」と SN1/E1 反応が優先する。これらをそれぞれ SN2/E2 反応条件、SN1/E1 反応条件と呼ぶ。 注1:SN2/E2 反応条件の中に「高濃度の」と書かれているのは、求核剤(塩基)の濃度が高い ほど SN2/E2 反応が速くなるためである。 例題:下の反応で主に得られる置換生成物、脱離生成物を示しなさい。 Br CH3O– (高濃度) 考え方:溶媒が指定されていないが、強い求核剤(塩基)を高濃度で使っていることか ら、SN2/E2 反応条件である。置換生成物は立体反転する。脱離生成物は、多置換のア ルケンが優先する。 答: – 10 – 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 Br OCH3 + CH3O– + Br– (置換生成物) Br + Br– + CH3OH (脱離生成物) + CH3O– H 8. 置換反応と脱離反応の競争 SN1/SN2 反応は、脱離基を持つ化合物と求核剤の反応である。一方、E1/E2 反応は、 脱離基を持つ化合物と塩基の反応である。求核剤は塩基でもあることが多いため、SN1 反応と E1 反応、また SN2 反応と E2 反応は常に同時に起きることが予想される。この ように、2つ以上の反応が同一条件で同時に起きるとき、それらの反応は競争する compete という。つまり、SN1 反応と E1 反応は競争し、SN2 反応と E2 反応も競争す る。 置換反応と脱離反応が競争するとき、どちらが優先するのだろうか。まず、SN2 反応 と E2 反応の競争について考えてみよう。これらの反応は、アルキル基の構造に対する 依存性が異なる。すなわち、SN2 の反応性は一級>二級>>三級の順であり、E2 の反応 性は逆に三級>二級>一級の順である。従って、次のことが言える。 ・ 一級ハロゲン化アルキルでは、SN2 反応が E2 反応よりも優先する。 ・ 二級ハロゲン化アルキルでは、両方の反応が進行する。 ・ 三級ハロゲン化アルキルでは、E2 反応のみが進行する。 SN2/E2反応 Br + –OCH3 一級ハロゲン化アルキル OH SN2(主生成物) + –OCH3 E2(副生成物) + Br 二級ハロゲン化アルキル Br + OCH3 SN2 E2 SN2 起こらない + –OCH3 E2 三級ハロゲン化アルキル – 11 – 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 一方、SN1/E1 反応の場合、アルキル基の構造による反応性の差は存在しない。SN1 反応も E1 反応も、同じカルボカチオン中間体を通るためである。つまり、SN1/E1 反 応条件では、置換生成物と脱離生成物が両方得られるのが一般的である。 SN1/E1反応 + CH3OH Br 二級ハロゲン化アルキル + OCH3 SN1 + CH3OH Br E1 + OCH3 三級ハロゲン化アルキル SN1 E1 注2:波状の結合は、立体化学が特定されない、または両方の立体配置の混合物であることを表 す。上の図では、SN1 の生成物がラセミ混合物であることを示している。 SN2/E2 でも SN1/E1 でも、置換生成物と脱離生成物を作り分けるのは易しいことで はない。最終的には「化合物に聞いてみないと」(=実際に実験をしてみないと)わか らないのだが、いくつか助けになる指針は存在するので、一部だけ紹介しておこう。 (1) 立体障害が大きな塩基を使うと、脱離反応が優先する。 置換反応の反応点は炭素原子で、脱離反応の反応点は水素原子である。一般には置換 反応の方が脱離反応よりも立体的に混み合っている。このため、立体障害の大きな塩基 では脱離反応が優先的に起こる。 Br + + O E2(主生成物) O SN2(副生成物) (2) 温度が高いと、脱離反応が優先する。 これはエントロピーの効果による。置換反応では2つの分子(ハロゲン化アルキルと 求核剤)から2つの分子(置換生成物と脱離基)ができるため、分子数が変化しないの に対して、脱離反応では2つの分子(ハロゲン化アルキルと塩基)から3つの分子(脱 離生成物・脱離基・塩基の共役酸)ができる。分子数が増える反応は「エントロピーが 増大する」反応であり、熱力学の理論によれば、高温ではエントロピーが増大する反応 の方が優勢になることがわかっている。 – 12 – 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 OH Br + + –OH 45 °C 100 °C SN2 E2 47% 29% 53% 71% 9. まとめ ・ 一つの分子から二つの置換基が失われる反応を脱離反応と呼ぶ。特に、隣同士の炭 素に結合した二つの置換基が失われて炭素炭素二重結合を作る反応をβ脱離と呼 ぶ。 ・ 最も一般的なβ脱離の一つとして、sp3 炭素に結合した電気陰性の置換基と、その隣 の炭素に結合した水素原子が失われる反応がある。生成物はアルケンである。この反 応には反応機構の異なる二つの種類があり、それぞれ E2 反応、E1 反応と呼ばれる。 ・ E2 反応は、強塩基によって H+が引き抜かれ、それと同時に脱離基が解離する反応 である。 ・ E1 反応は、先に脱離基が解離してカルボカチオンを生成し、その後カルボカチオン から H+が引き抜かれる反応である。 ・ E1 反応・E2 反応で、等価でないβ水素が存在する場合は、複数のアルケンが生成 しうる。安定なアルケンほど生成しやすい。 ・ アルケンの安定性は、sp2 炭素に結合しているアルキル基の数が多いほど高い。これ は超共役によるものである。また、立体異性体がある場合は、かさ高い置換基が trans の位置にあるものの方が安定性が高い。これは立体ひずみによるものである。 ・ E1 反応、E2 反応とも、アルキル基の種類による反応性の順序は、三級>二級>>一 級である。この順序は、E1 反応の場合は中間体カルボカチオンの安定性、E2 反応の 場合は遷移状態の安定性によって説明できる。また、アリル型の化合物は反応性が高 い。 ・ E2 の反応性は、塩基が強いほど高い。一方、E1 の反応性は、塩基の強さに依存し ない。 ・ 非プロトン性極性溶媒中、強い求核剤(塩基)を用いると、SN2/E2 反応が起こりや すい。逆に、プロトン性極性溶媒中、弱い求核剤(塩基)を用いると、SN1/E1 反応 が起こりやすい。 ・ SN2 と E2、SN1 と E1 は常に競争する。SN2 と E2 の場合、三級アルキル化合物で – 13 – 名城大学理工学部応用化学科 有機化学Ⅰ 第 13 回「脱離反応」 講義資料 は E2 のみが起こり、一級アルキル化合物では SN2 が優先する。二級アルキル化合物 では両方が起こる。SN1 と E1 の場合、一級アルキル化合物は反応しないが、二級ア ルキル化合物・三級アルキル化合物ではどちらも両方が起こる。 ・ 立体障害の大きな塩基を使うと、脱離反応が優先する。また、反応温度が高いと、 脱離反応の割合が高くなる。 – 14 – 名城大学理工学部応用化学科
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