『「わからない」という方法』 を読む

『「わからない」という方法』iを読む
高知県立高知追手前高等学校
堂元
禄之
はじめに
私はこれまで「倫理」を受け持ったことなく、ましてや「倫理」教育に関する新しい知見もない。し
たがって、書くべきことをもたないのだが、せっかくだから現在関心のあることをまとめようと思った。
授業中私は、
「わかったか」
「わかるね」などとしきりに同意を求めるそうである(五十分で七十数回
も)。この原因ははっきりしている。それは、私自身の教授内容への不安であり、
(「この説明で的外れ
でないか」といったもの)生徒諸君の半可通への恐れである。そして、どちらかといえば、わかってい
ないのにわかった気になられることへの警戒心が勝っている。そのため、かえって理解しにくくなるこ
とを承知で込み入った説明をつけ加えてしまう。では、なぜ、あっさりわかられるのが嫌なのか。これ
を気分からはっきりとした経験にしたかった。これが、書棚で存在感を放っていた橋本治氏の『「わか
らない」という方法』を読むことにしてみた理由の一つである。
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『「わからない」という方法』について
(1)現状認識
橋本氏は、二十世紀とはイデオロギーの時代、
「進歩を前提とする理論の時代」iiであり、どこか
にある正しい理論を追い求めた時代だといい、情報化時代もその悪弊の名残だとみなす。
「なんでも簡単に そ
そして、こうした正解探しの「人の言う方法に頼るべき時代」iiiは終わり、
うか、わかった
と言えるような便利な
正解
はもうない」ivという。この証左として、自身の
著作である「セーター本」の成功が編み物業界と出版業界に与えた衝撃をあげる。従来の正解信仰
に立脚した編み物本や書籍に対しては触手を動かさなかった消費者が、橋本氏のくどいくらいにわ
かる、すなわちわかるまでに相当の辛抱を要する本には関心を示した。このことにより、既存の「正
解(常識)」の虚構性が暴かれると同時に、安直な「正解」記憶型の「わかりかた」では満足でき
ない人の存在が明らかになる。
(2)「わかる」とは
では、橋本氏のいう「わかる」とはどのようなことか。
橋本氏にとって「わかる」とは、「順を追って納得し理解していくこと」である。この納得は、
身体的なものであり、つまり「わかる」は全的な体験であり、ソクラテスの「知」に等しいv。いい
かえれば「わかる」とは、「自分の外側にあるものを、自己の基準に合わせて、もう一度オリジナ
ルな再構成をすること」viである。
このとき、二つの態度が求められる。再構成のためには、まだ自らのものとなっていない事柄(「わ
からない」)全体を構成するうち、
「わかる」を足がかりとして「わからない」ものを個別撃破して
吸収しなければならない。ここに、「わかる」ため「わからない」を率直にうけいれる誠実さが必
要になる。また、いったんまるごと吸収するには、その対象への愛着がいる。たとえば、人から学
ぶとすれば、「わかる」に値するものは、教授者各人によって再構成されたものであるはずなので
ある。したがって、再構成を行った教授者の個性、クセ、人生、まるごとをなぞらずには「わかる」
は訪れない。
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もっとも、橋本氏は上記の「わかる」の真実を「セーター本」で確かめた。これは、「マニュア
ル本」だから、本来の「わかる」に必要な態度より幾分軽くなっているvii。
「わからない」の誠実を
求めるかわりにくどさへの忍耐を、教授者への盲目的な愛着のかわりに「編み物観=人生観」を冒
頭に提示するといった具合に。
(3)「わからない」という方法
(2)でのべたように「わかる」には「わからない」を認めることが前提となる。このときの「わ
からなさ」の深さによってどこまで「わかる」かが決定される。
では、問いを問うたままで「わかる」にいたるのかといえばそのようなはずもなく、問いから新
しい問いを発明するための下地・
「経験」
(蓄えられたデータ)や問いを発し仮説を生む「身体」
(思
考の基盤)、「友人」(思考の結果を検証するもの)を必要としている。また、この三者のうち、最
も重要なのは身体である。性急に錯覚しやすい「脳」をたしなめる働きをする。
このあたりの用法は独特だが、橋本氏のいう身体とは、たとえば「「入ったけど、当面いらない
や」系の記憶」viiiが入るところであり、昔あるいた道を再びとおるときにふと懐かしませるもので
ある。ixまた、ルーブル美術館でモジリアニとボッティチェルリとの類似性を見抜いた「予断なく
ものを見る目」「子供の目」xをいう。このとき、身体といっても脳と対置されるものではなく、無
意識な脳のはたらきも含まれている。すなわち、この場合の「脳」は、どこだか知らないが、意識・
認識を司る部位(思いどおりにできる部分かつ思いどおりにしたがる部分)に限定される。
以上述べたのは「わからない」を方法にするための要素であるが、これより重要な問題はそもそ
も「わからない」という問いを発することができるか否か、である。橋本氏はこの正否を、覚悟、
根性、度胸といった言葉で表している。前述のとおり、
「しっている」に価値をおく状況下、
「わか
らない」をいえば「バカ」呼ばわりされる。そのとき、周囲の蔑視に耐えうる度胸がいるだろう。
また、「わからない」という挫折を、挫折している自分自身を逃げずに認識する。そのことで、は
じめて挫折はスタート地点として設定されることになり、「わからない」という先入見に囚われな
い思索が発動するわけである。
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かんたんな考察1
∼「わからない」をうむもの∼
橋本氏の「わからない」を手放さない思索・行為は、「わかる」ことにより自己の変質が求められる
ようなわかりかたである。だから、「わかった」ことは血となり肉となる。もっとも古典的で本質的な
わかりかた、もしくは「考える」ことである。橋本氏は、こうした「わからない」こそ世をひっくり返
す力を持つと述べるが、現在教職に就く私にとって、「わからない」がつくる思想より、「わからない」
を育てる教育に関心が向いてしまう。
さて、前述のとおり、人から学ぶ際、「わからない」から「わかる」にいたるためには、職人の修業
のようなまるごとの受容xiが必要である。このとき伝えられる鉋のかけ方、鑿の扱い方には、身体とい
う師匠の個性と不可分である。さらにいえば、師匠のそれまでの生き方・スタイル(価値観)がもりこ
まれたものとなっているはずである。したがって、師匠の鉋の使い方を盗みたければ、一旦師匠の人生
をなぞらざるをえない。
こうした関係性は、身体につける芸にとどまらず、知的な認識でも同様であろう。たとえば、阿部謹
也は卒論のテーマ選びにあたって指導教官から人生という秤にかけることを求められた。すなわち、人
生にとって重大なテーマでなければ、歴史という師匠の示している何事かを受けとめることができない
ということであろう。また、小林秀雄は若い友人に読むべき本をたずねられ、全集を読めと返答してい
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る。
このように、人体人の教授に限っても、教授者側は学習者に、個人的な「スタイル」をそっくり身に
つけることを要求する。教授者は、教授者としての自己の職分への誠実さと、自身のつくりあげた「ス
タイル」と自己との同一視のため、学習者の達成基準に厳格になる。できそこないの複製を嫌うからで
あるxii。そして、行動・思考の制約をうけ、達成できていないことを知らされることにより、
(もし、身
につけたいのであれば、もしくは身につけなければならないのであれば)学習者は、他者と自己との違
いを凝視する。自己の精査を行わざるを得なくなる。そして、「わからない」という感触に出会う。
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かんたんな考察2
∼「わからない」に耐えるために必要なこと∼
私は、すでに橋本氏の「わからない」にはじまる方法(生き方)を、肯定してきたが、そもそもすべ
ての人が「わからない」でいる必要があるのか。つまり、あらゆる人が、自力で問いをたてなければい
けないのか、とは思う。橋本氏もいうとおり「わからない」は孤独を引きうけなければならないからで
ある。ただ、脳死・臓器移植など現代の死生観を問い直す技術発達は、多くの人にどこにも公式見解的
な正しさのない決断を迫ってくるxiii。そのとき、自分なりの「わかる」感触にもとづいていかざるを得
ないだろう。齋藤孝氏をはじめとする昨今の身体論系書籍や宗教めいたもの隆盛は、従来型のわかりか
たでは満足できないからであろう。
それでもやっぱり「わからない」のつきつけてくる孤独は厳しい。単に社会的孤立が訪れるだけでな
い。自分の「なにものでもなさ」は、宇宙空間に放り出されるような孤独をもたらすだろう。それは橋
本氏自身旧著で触れているし、同じく東京地下鉄サリン事件に執筆を促された森岡正博氏も述べるとお
りであるxiv。なにしろ、私たちは、幼いころから「わかる」に囲まれて育った。人間の脳は繰り返され
る情報を現実と受けとめるそうであるxv。また、本来生死、時など「わからない」ものへのつきあいか
たを説いた宗教を頼みにくい状況である。そんな者が、どうすれば「わからない」をあたりまえにでき
るか。どこかにあるこたえをさがそうとせずに、自分だけの「わかる」を求める覚悟をもつようになる
のか。
とても「かんたんな考察」で扱えるはなしでなくなっているが、私なりの糸口を記そう。
一つは、学習経験から「わかる」のよろこびを味わうことである。うまくいけば、もっとも「わかる」
を深めたいものとしての職業選択が可能になるかもしれない。
また、人間関係である。他者という「わからない」存在と深く関わることで「わからない」ことを体
験し続ければ、前述脳の現実認識パターンどおり、「わからない」が常態になる。さらに人間関係の場
合、孤独を深めると同時に共感の幸福も得られるだろうxvi。そして、もし「わからなさ」を捨てなけれ
ば、より孤独を深め、より深い共感が得られるに違いない。
最後に、「わからない」代表格の自然である。特に日本人にとって自然の細部を眺め、自己の生き方
に取りこむことは、宗教の代替物であったように思われる。人間関係と同じく自然という「わからない」
存在に接し続けることで、脳は「わからない」をあたりまえのこととするだろう。そして、これは人類
の常識だったはずである。
おわりに
丁寧に考えを進めていくはずが、つい間口を広げてしまい、いつもどおりひとりよがりの雑感に陥っ
た。ただ、私の問題の一つが薄ぼんやりとつかめてきたように思われる。機会を下さった野中事務局長
に感謝している。
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i
橋本治『「わからない」という方法』集英社、2001
同書p.20 参照
iii 同書p.226 参照
iv 同上
v 藤澤令夫『プラトンの哲学』岩波書店、
vi 橋本前掲書、p.105
vii 書物によって、しかも散文によって筆者のいわんとするところを誤解なく伝える、わからせようとす
るのは、ソクラテスがいったように、難しい。小林秀雄は、飛躍により思考をたどらせる方法で、この
難事に挑んだように思う。
viii 橋本前掲書p.237
ix同書p.239
x 同書p.168
xi このあたりの機微は、たとえば、西岡常一『木のいのち木のこころ〔天〕
』
・小川三夫『木のいのち木
のこころ〔地〕』(2001、新潮社)などにくわしい。
xii現在の高校がおかれているやっかいの一つがこれでないか、と思ったりもする。ノウハウ以外に公教
育として提示すべき一定の価値を内包した「スタイル」(公教育だから「道徳」だろうか)が曖昧にな
っている。そこで、教員個人が「スタイル」をもつかどうかだけで成否が左右されてしまう。
xiii養老孟司氏にいわせれば(養老『都市主義の限界』中央公論新社、2002)
、現代、倫理はマニュアル
になっているそうである。仮に、
〈倫理〉を「私がどうすべきか」、
〈道徳〉を「人はどうすべきか」、と
すれば、実は〈道徳〉にすらなっておらず、正しさの所在を手続きに求めてしまっている。無論、手続
きは、社会的正しさを保つための仕掛けとして重要である。しかし、なぞるべき社会的正しさ〈道徳〉
のかわりに、手続きに頼るのは危うい。手続きとは、「○○が起きれば、××の処置を」という行動規
範であろう。行動規範であろうとすれば、構成員に了解された共通の正しさ〈道徳〉に立脚しなければ
ならない。したがって、
〈道徳〉が相対化していたり、
〈道徳〉に用意されていない問題が出現したとき、
手続きは無効である。そして、もとより、手続きに満足できるかどうかは、手続きの正しさとは無関係
である。
xiv 橋本治『宗教なんてこわくない!』ちくま文庫、1999、森岡正博『宗教なき時代を生きるために』
法蔵館、1996
xv 養老孟司『人間科学』筑摩書房、2002
xvi このとき、
「いい人であれば、他者の痛みは自己のものとしてうけとめられる」といったセンチメン
タルな他者理解観はかえって、「わかる」をさまたげる。大森荘蔵は、他我問題の所在を、本来思考的
意味である他者の心を、知覚的意味だと思いこんだことにあると述べている。大森荘蔵「他我問題に訣
別」『他者・関係・コミュニケーション』岩波書店、1995
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