まさのぶ ラ 島 に 駐 留 し て い た 一 昌 の 二 男、 昌言さんが父。終戦後の混乱期や まるで、鳥のさえずりが一斉に響き渡るように――。 早春賦 Sousyunfu 希望の春、海を越えて 4年前のスマトラ沖地震によっ 人が参加。サクラさんは「私は自 ぎ や て、 最愛の家族を奪われてしまい せ ん で し た。 そ し て、 そ の 心 は、 この映画では、昌昭さんのいとこ 分のルーツに誇りを持って生きて 日に そして、安曇野が生んだ文学者・藤森秀夫が作詞した「めえめえ児山羊」。 こ 「人生の春を待つ心。この詩には 賦 に 歌 わ れ る よ う な「 新 し い 春 」 昌昭さんは昨年、早春賦をテー やはり災害で家族を失ったディー で、インドネシア・スマトラ島在 いる。この地を訪れ、心が満たさ 月 をしのぶと同時に、子どもたちの 音楽性をはぐくんできました。 今年は、小中学生の作詞作曲コ ンクールや発表の対象を市全域の 小中学生に広げました。この日は、 家 族 連 れ な ど 約 4 0 0 人 が 参 加。 藤森の三女、佐野秀穂さんの伴奏 により、全員で「めえめえ児山羊」 を合唱しました。 同実行委員会会長の山本紘子さ ん は、「 安 曇 野 の 自 然 の 中 で 育 っ た子どもたちは、感性の宝庫。そ れを引き出す機会となれば」と期 待を寄せます。 郷土を代表する2つの唱歌がそれぞれの音色を奏でました。 そ ん な 意 味 も 込 め ら れ て い る 」。 ます。し か し、 サ ク ラ さ ん は 早 春 そう語るのは、「早春賦」の作詞者・ が来ることを信じ、希望を捨てま マにしたドキュメンタリー映画 バさんへ歌い継がれます……。 かずまさ 吉丸一昌の孫である昌昭さん。 「二つの故国をつなぐ歌~Diva 日の早春賦まつりには2 住のサクラ・ナルカヤさんと孫の れた気分。早春賦は私の勇気。い 月 ディーバさんが登場し、サクラさ つか安曇野の皆さんにインドネシ 早春賦をうたう」を制作しました。 んの半生と早春賦の心が描かれま アで歌ってほしい」と新しい夢を サクラさん(左)とディーバさん(右) 年2組の出来事」が選ば れ、クラスメートととも に曲を披露(写真左下、 中央下)。また、優秀賞に は、三郷中1年の唐木泉 さん、由井智也くんの作 品「虹色の笑顔」が選ば れました(写真左上)。招 待演奏会の第 2 部では、 声楽家の幅谷恵理さん が、童謡を歌うことで日 本の四季をたどりました (写真右)。 安曇野の春が題材になったといわれる「早春賦」。 童謡祭りは、子どもたちばかりでなく、音 楽愛好家が集い、歌うことの喜びを分かち 合っています。豊科地域内のコーラスグル ープ(写真右)と、市内に4つある「童謡 唱歌をうたう会」 (写真左)の有志で結成し たグループが歌声を響かせました。 した。 日 の「 こ ど も の 日 」 は、 年前の同日、豊科出身 すべき日だといえます。 今から 旧・豊科町では、毎年 5 「 童 謡 祭 り 」 を 開 催 し、 藤 森 秀 夫 5 内 に 建 て ら れ ま し た。 そ れ 以 降、 念碑が、現在の近代美術館の敷地 の文学者・藤森秀夫を顕彰する記 44 29 語りました。 4月から5月にかけては、早 春賦にかかわるイベントが 数多く開かれます。4月 29 日には、第 25 回早春賦まつ りが穂高川沿いの歌碑前で 開かれ、早春賦の合唱やイン ディアンハープの演奏など が行われました。 第27回作詞作曲コンクー ルでは、最優秀賞に豊科 南小4年の中槇亜依さん、 ももこ 宮瀬百紅さんの作品「3 春の歌声響く。 すべての子どもたちへ 月 5 安曇野の音楽史にとっても、記念 5 4 市内のコーラスが好きな子どもたちが集 まり、昨年2月に結成されたAJCあづみ のジュニアコーラス。新作愛唱歌「やさし いあづみの」、 「7つの子」を歌いました。 サクラさんは、戦時中にスマト 童謡祭り Douyoumaturi
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