硬い核の フェイコチョップ

硬い核の
フェイコチョップ
監修●東京大学医学部 眼科・視覚矯正科
永原 幸
THE RECENT ADVANCE IN
OPHTHALMIC SURGERY
No.12
2000 年 5 月作成
11028 02
0E0 タ 02
なぜ、硬い核をフェイコチョップ法で
処理する必要があるのか?
硬い核ほど有用性が高まるフェイコチョップ法
実際のフェイコチョップ法は核硬度 3 ∼ 4(エメリー分類、以下同様)において適応されることが多く、核
硬度 5 といった極めて硬い核になると、核片が容易に分割できません。
これまで、種々の核分割法が報告されていますが、その概念は共通しています。その中で、フェイコチョ
ップ法はどちらかといえば硬い核に適した手法であり、硬い核における有用性は、超音波効率の観点から
Divide & Conquer 法(以下 D&C 法)に比べて優れていることが報告されています 1)2)。極めて硬い核に
もフェイコチョップ法が適応できれば、その利点を十分手術結果に反映させることができる、といえるで
しょう。
フェイコチョップは核硬度 5でも可能
東京大学の永原先生は、分割しにくい水晶体中心部の後極側線維を最小限の力で切り離すテクニックを
1997 年の日本臨床眼科学会(横浜市)および 1998 年の Ophthalmic Surgens Week in Sendai(仙
台市)でビデオ演題として供覧されています。
最近では極めて硬い核を有する症例は多くはありませんが、それでも高齢者に時折見られます。永原先
生のこの新しい方法は、極めて硬い核はもちろんのこと、それほど硬い核ではなくとも水晶体cやチン小
帯が脆弱、あるいは小瞳孔の症例に対して最小限の負担で核片を分割することができる為、通常の手術に
役立つテクニックであると考えられます。
今回は、この永原幸先生が実践している手法を中心に、硬い核におけるフェイコチョップの手法と注意点
を御紹介します。
東京大学医学部 眼科・視覚矯正科
永原 幸
Nagahara Miyuki
御略歴
平成 12 年 13 月 近畿大学医学部卒業
平成 12 年 19 月 東京大学医学部眼科学教室入局
平成 13 年 12 月 武蔵野赤十字病院眼科
平成 16 年 14 月 東京大学医学部附属病院分院眼科(医局長)
平成 18 年 11 月 大蔵省印刷局東京病院眼科
平成 19 年 17 月 東京大学医学部附属病院眼科(医局長)
平成 10 年 14 月 東京大学医学部附属病院眼科・視覚矯正科
1
ポイント
チョップ 1 回で完全に分割できなくともかまわない
切り残した水晶体線維は、核片を前後にスライドさせて切り離す
硬い核をチョップしていて分割が不十分になった場合(特に水晶体中心部の後極
側)
、亀裂を左右に広げても切り離しは容易ではありません
(図1参照)
。
しかも、硬い
核の多くは水晶体aの萎縮を伴っているため、それ以上の力を加えると後a破損
の可能性が高くなります。操作する方向を左右ではなく前後にスライドさせてひきち
ぎるようにすると、最小限の力と動きでつながった線維を切り離すことができます。
図 1 亀裂を左右に広げても後極側
の線維は容易に切れない
特に分割不十分におわった第一核片の処理がポイント
特に第一核片は、水晶体a内に十分なスペースがなく左右に分け入ることができないので、できるだけ小さな動き
で、つながっている後極側の水晶体線維を切り離す必要があります。核片を一つ処理してa内にスペースができれ
ば、硬い核といえどもその後の分割操作は比較的楽になるので、最初の核片処理が大きなポイントといえるでしょう。
1 高吸引圧下でチップを打ち込み、核をしっかり保持
核が硬いと中心にチップを容易に打ち込めません。吸引圧を150mmHg程度まで
十分上昇させ、高吸引圧下で中心にチップを打ち込みます。超音波出力が低い
状態でチップを打ち込むと、核を前後させて表面を削るだけで終わります。
2 高吸引圧を維持したままチョップ。不十分な分割でもかまわない
ファーストチョップで水晶体中心部がつながったままに終わっても、かまわずそ
のままセカンドチョップを行います。核片は根元がつながった扇型になりますが、
この段階で完全に水晶体線維を切り離そうとする必要はありません。
3 分割不十分な核片にチップを打ち込み、赤道方向へスライドさせる
高吸引圧を維持したまま、つながった扇型の核片にチップを打ち込みます。根
元の残存核側をチョッパーでささえながら、打ち込んだチップを赤道部にスライ
ドさせます。
4 無理な負担をかけることなく、核片が切り離される
つながった後極部の線維が前後に引きちぎられるように切り離され、扇型の核
片が分割されます。
以上の操作で、水晶体aやチン小帯に無理な力を加えることなく、つながった後極部の線維を完全に切ることがで
きます。では、次ページで実際の操作を御覧下さい。
2
実 例
硬度5の核に対するフェイコチョップ
耳側切開からフェイコチョップによる PEA までを紹介します。
核分割前半
極力無理な操作を避けつつ高吸引圧下で処理
CCC・Hydrodissection
創口を作成後、高分子量粘弾性物質で前房内を満たし、前a鑷子で前
aを切開します。次にHydrodissection を行い、核が十分回転するよう
になったら超音波操作中の角膜内皮保護のために低分子量粘弾性物質
で前房内を満たします
(P6コラム4参照)
。
核が硬いほど角膜内皮保護の重要性は大きくなります。灌流下で操作が
行われるPEAの角膜内皮保護には、灌流下でも角膜内皮から離れにくい
低分子量のものが有用です(P6コラム4参照)
。
核へのチップ打ち込み(P2参照)
P2で述べたように、十分吸引圧をあげて
(約150mmHg)チップを核の
中心に打ち込み、しっかり保持します。この時、核の破片が煙のように
舞い上がり視界が遮られることもありますので、チップ先端部を約 2mm
に調節しておき、打ち込んだチップの深さを予測できるようにします。
核を十分保持していないと、分割中に核が傾きます。核が傾くと、分割がで
きないだけでなく、チン小帯断裂や後c破損の原因となります。
ファーストおよびセカンドチョップ
高吸引圧を維持したまま、
ファーストチョップおよびセカンドチョップを行い
ます。この段階で核片が切り離せなくともかまいません。
後極側線維まで完全に切断しようとして無理な操作を加えるのは禁物です。
水晶体cに負担をかけ、後c破損の原因となります。
第一核片の切り離し(P2参照)
高吸引圧を維持したまま、亀裂を左右に割るのではなく、P2で示したよ
うに核片にチップを打ち込み、根元の残存核をチョッパーで支えながら
赤道部にスライドさせて切り離します。この段階で分割ができないなら、
ECCE(a外摘出術)
にコンバートしたほうが無難でしょう。
水晶体c内に空間が十分ないので、亀裂を左右に広げることは水晶体c
に負担をかけるだけにおわり、後極の線維は切れません。
3
核分割後半
水晶体c内に生じたスペースで核が回転しないように注意
核が 1/2 となるまで
核が1/2 となるまで、同様に核処理を行います。核片をひとつ処理する
と水晶体a内に空間ができるので、比較的容易に分割が行えます。残
存核が1/2 となったら、チップで核片を処理している間に残存核が回転
しないよう、チョッパーで押さえておきます
(コラム1)
。
分割スペースが広くなるにつれてc内で核が回転しやすくなるので、
徐々
に残存核のコントロールが重要となります。
コラム 1
残存核は水晶体Hに添わせるような感覚でコントロールする
柔らかい核と異なり、硬い核の場合は、鋭いエッジができるので、後aを破損
したり核が前房内に脱臼して角膜内皮を損傷しないよう、残存核にも注意が必
要です。残存核の回転を制御するには、チョッパーで赤道部を水晶体aに添わ
せるように押さえ
(図2)
、また、残存核を回転させるときは、水晶体aに添わせ
て回転させます。
図2
赤道部方向へ
押さえる
チョッパーによる残存核の回転制御
1/2 からの核処理
このあたりからサージ現象を避けるために吸引圧を下げ、やはり左手の
チョッパーで残存核の回転を制御しながら、最後まで核を処理します。
残存核が 1/ 2 以下となると、コントロールはより一層困難となります。
また、灌流不足やサージ現象によって前房が不安定になると、核の鋭いエ
ッジにより後c破損を来たすことがあります。
コラム 2
チョッパーはなるべく残存核から離さない
残存核が回転しやすくなる後半は、チョッパーで残存核を押さえます。核処理の後半はチップの動きも必要にな
ります。例えば、残存核を二分割した後、一方の核を処理中にチップが核片を突き抜けてしまった場合、チップ
先端をもう一方の残存核に向けてこれを先に処理します。初めの核片はチップに固定されているので、残存核
を先に処理するほうが安全です。
4
注意点
柔らかい核とはこのように違う
硬い核のフェイコチョップ
柔らかい核の場合、フェイコチョップによる分割が不十分
●核が大きく、特に中心部が厚い
に終わってもチップによる核処理が出来ます。しかし非常
→チップを打ち込みにくく、核保持が難しい
に硬い核では、確実に核片を分割しないと核処理が進み
(特に後極側)
→水晶体線維全層にわたるチョップが難しい
ません。また、核が硬いと、フェイコチョップで処理する際
に、柔らかい核では考えられないような場面でも合併症が
起こり得ます
(表1参照)
。
●エピヌクレウスがほとんどない
→残存核のエッジで後b破損を来たす恐れがある
●核片や残存核のエッジが鋭い
→後b破損を来たしやすく、角膜内皮が損傷されやすい
従って、少なくともチン小帯断裂や後a破損といった合併
●高齢者が多く、水晶体cの萎縮を伴うことが多い
症に十分対処できる状態であることに加え、確実な核分
→核分割時の核傾斜や無理な操作により、
チン小帯断裂や
後b破損を来たす恐れがある
割、残存核の制御、角膜内皮の保護などが重要です。硬
い核の処理中はチップ先端の閉塞時間が長くなりやす
いので、チップの発熱によるthermal burn にもより注意
表1
硬い核の主な特徴と操作上の問題点
萎縮した水晶体bや核の鋭い切断面が、思わぬ場面でアクシデント
を来たす
が必要です。
確実な核分割
特に第一核片は最小限の力と動きで分割し、水晶体cに負担をかけない
核が硬い症例の多くは高齢者であり、水晶体aの萎縮を伴っています。従って核片がなかなか切り離せなくとも、
無理な操作は禁物です。特に最初の分割は水晶体a内にスペースが少ないので水晶体線維の切断は容易ではあ
りませんが、P2で紹介したようにつながった線維を前後に引きちぎるような操作なら、小さな動きで核片を切り離す
ことができます。
残存核の制御
特に後半はチョッパーでのコントロールを意識する
核分割が進むにつれてa内のスペースが広がると残存核が回転しやすくなります。核が硬いとクッションとなるエピ
ヌクレウスもほとんどないので回転した残存核の鋭いエッジで後aを破損したり、前房内に脱臼して角膜内皮を大
きく損傷する可能性があります。
回転した残存核によるアクシデントを防ぐためには、コラム1(P4)
で紹介したようなチョッパーによる残存核の制御
が重要であり、特に手術の後半では意識してチョッパーで残存核を押さえておくようにします。これを念頭におくのと
そうでないのとでは、残存核による後a破損や角膜内皮障害の可能性がずいぶん違います。
コラム 3
thermal burnを避けるにはパルスモードか、コンティニュアスモードか?
チップ先端の閉塞による発熱を避けるならパルスモードが有用ですが、コンティニュアスモードを用いてフットスイ
ッチで調節する方法もあります。パルスモードで注意すべきことは、超音波発振が再開される瞬間にはチップ内
部に常に陽圧がかかることです。そのため、せっかくチップで保持した核片を離してしまうおそれがあることを念頭
に置く必要があるでしょう。この現象は、高い吸引圧と吸引流量に設定することで回避できますが、サージ現象
に注意しなければなりません。
5
thermal burn
チップ先端が 5 秒以上閉塞しないように注意
核が硬いと、チップ先端が閉塞しやすくなります。豚眼に
おける実験では、チップ先端閉塞後、約 5 秒で灌流液
の温度は42∼43度まで上昇し
(これは角膜の成分のひ
●確実な核分割(特に第一核片の分割)
●残存核の制御(特に後半)
とつコラーゲンが変性する温度)
、30秒後には沸騰を来
● thermal burn
たします。チップ先端の長時間の閉塞に注意し、5秒以
●角膜内皮保護
(灌流の影響を考慮した適切な粘弾性物質選択)
表2
硬い核におけるフェイコチョップの主なポイント
角膜内皮保護
上閉塞が持続する場合は超音波発振を一旦止めて創
口から灌流液を流して創口付近を冷却する、助手に水
をかけさせる、等の対策が必要でしょう
(コラム3)
。
灌流の影響を考慮して適切な粘弾性物質を選択
フェイコチョップは前房に近い位置で核片の吸引乳化を行いますし、前房に脱臼ぎみに処理する場合もありますの
で、核片や破片が鋭い硬い核では角膜内皮の保護が非常に大切です。実際、角膜内皮の保護の違いで術翌日の視
力の立ち上がりに明らかな違いがあることを経験しており、その重要性は明らかです。
P3で紹介した手法では、手術前半において、Hydrodissection 施行後に低分子量粘弾性物質を満たしました。ここ
で注入する粘弾性物質は低分子量であることが重要です。続く操作が灌流下で行われるため、灌流下でも角膜裏
面に残りやすい低分子量のものを選択することで、高い角膜内皮の保護効果が期待されます(コラム4参照)
。
コラム 4
粘弾性物質の分子量と角膜内皮保護
国内では眼科用粘弾性物質として分子量の異なるヒアルロン酸ナトリウム製剤が市販されていますが、分子量
の違いは灌流下における残留率の違いにつながることが報告されています 3)4)。つまり、家兎眼を灌流下で実
験したところ、高分子量のものは灌流開始後 20 秒以内にほぼ全量が一塊となって消失しましたが、低分子量の
ものは残存率が高く、角膜裏面に残存して灌流液と混合しながら徐々に消失しました。
この報告は、実際の手術では、粘弾性物質によっては前房内に注入しても超音波乳化吸引中に流出し得るこ
とを意味します。超音波乳化吸引下の角膜内皮保護には、手術経験の多少に関わらず低分子量粘弾性物質
が必要であるといえるでしょう。
実際、hydrodissection 後に低分子量のものを使用した手術では、高
分子量を使用した場合と比較して角膜内皮細胞の損傷が少なく、角
膜厚の増大が抑制されるために術翌日の視力回復が良好であることが
報告されています 3)4)。
白内障手術の主流がa外摘出術から超音波乳化吸引術に移っている
現在、灌流下での残留率が高い低分子量粘弾性物質の角膜内皮保護
図 3 低分子量粘弾性物質による
角膜内皮保護効果のイメージ 3)
効果に注目されます。
引用文献 1)
稲村幹夫:横浜医学 47, 551, 1996
2)
永本晶子、
高塚忠宏:眼科手術 8, 297, 1995
3)
永原幸他:眼科手術 6, 459, 1993
4)
永原幸他:臨床眼科 48, 900, 1994
6
Santen サージカル インフォメーション シリーズ一覧
「THE RECENT ADVANCE in OPHTHALMIC SURGERY」
No.1
白内障無縫合手術ー Self-sealing と粘弾性物質の有用性
同潤会 眼科杉田病院副院長 杉田 元太郎
No.2 新しい超音波乳化吸引術ー Multi-Modulation Phaco Technique
北里大学医学部眼科学教室教授 清水 公也
No.3 VISCO-CCC と後b破損時の処置
医療法人節和会 三好眼科院長 三好 輝行
No.4 アイバンクと角膜移植術ー全層角膜移植術と粘弾性物質の有用性
順天堂大学医学部眼科学教授 金井 淳
No.5 角膜屈折矯正手術の現況ー乱視矯正手術
(AK:Astigmatic Keratotomy)
宮田眼科病院 宮田 和典
No.6 難治症例の白内障手術ー小瞳孔の白内障手術
同潤会 眼科杉田病院副院長 杉田 元太郎
No.7 白内障手術の麻酔法
創樹会 大木眼科院長 大木 孝太郎
No.8 前b切開
東京大学医学部眼科助教授 大鹿 哲郎
No.9 後b破損後の白内障手術 +IOL 挿入術
横浜市立大学医学部眼科学教室 門之園 一明
No.10 耳側強角膜一面切開
東京慈恵会医科大学眼科学教室助教授 常岡 寛
発売元
No.11 フェイコプレチョップ Phaco Prechop
三井記念病院眼科部長 赤星 隆幸
No.12 硬い核のフェイコチョップ
東京大学医学部眼科・視覚矯正科 永原 幸
No.13 PEA における破b後の ECCE
井上眼科病院 副院長 徳田 芳浩 No.14 白色白内障における CCC
杏林大学医学部眼科学教室講師 永本 敏之 ※上記の情報誌をご希望の場合は、弊社担当者までお申しつけください。
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