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平成 25 年度 数学教育学習指導法開発セミナー
身近な「不思議」を探究する
広島大学大学院 教育学研究科 博士課程前期
科学文化教育学専攻 数学教育学専修
平山 成樹
【1】はじめに
学習指導要領解説においては,≪数学的な見方や考え方のよさなどの数学のよさを認
識させ,将来の学習や生活に数学を積極的に活用できるようにするとともに,知的好奇
心,豊かな感性,健全な批判力,直観力,洞察力,論理的な思考力,想像力,根気強く
考え続ける力などの創造性の基礎を養うことや,論拠に基づき自分で判断する力を育成
することなどが特に大切である。≫とあり,学習の「質」の重要性が述べてある。
数学Ⅱで学習する「対数」は,対数関数は指数関数の逆関数として定義されており,
生徒にとっては「対数とは何か,なぜ学習するのか」が分かりにくく,そのため,対数
の学習は,単なる形式的な計算処理を重視することに陥りやすい。
本稿では,そのような課題を踏まえ,数学Ⅱの「指数関数・対数関数」において,「常
用対数」が日常生活と結びついている教材をもとに,対数を学ぶ意義を実感し,学んだ
ことを日常生活や他の学習において積極的に活用しようとする態度を育成することをめ
ざした授業実践について考察する。
【2】授業の概要
(1)ねらい
常用対数を用いて数の性質を考察することで,対数を学ぶ意義を実感するとともに,
学習の成果をさまざまな場面で活用しようとする態度を育てる。
(2)実施時期
対数の学習が終了したまとめの段階で実施する。
(3)生徒の学習の流れ
①身近なデータの特徴を調べる。
(広島大学の学生数,職員数)
②データの特徴を見出し発表する。
③数の最高位の数字の出現割合に注目する。
④分担して集計する。
⑤結果からどのような特徴があるか見出す。
⑥ベンフォードの法則を確認する。
⑦1からnまでの数について,ベンフォードの法則が成り立つことを確認する。
⑧ベンフォードの法則が成り立つことを,常用対数を用いて考察する。
⑨ベンフォードの法則が成り立つ他の例を確認する。
⑩ベンフォードの法則が日常生活で活用されている例を確認し,この他にどのような
場面で活用できるかを考える。
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【3】授業の流れ
(1)身近なデータの特徴を調べる。
(広島大学の学生数,職員数)
資料1
本時の最初の課題として,身近なデータの特徴を調べさせる。この段階では,どの
ように数学の内容が関わっているかは,なかなか予想することはできない。
(2)データの特徴を見出し発表する。
データの特徴を自由に発表させる。特定の学部の人数が多いなど,さまざまな意見
が考えられる。
(3)数の最高位の数字の出現割合に注目する。
データに興味をもたせた後,最高位の数字が最も多いのは1から9のうちどれだろ
うかたずねる。
(具体例を挙げて,問題を正確に理解させる。
)
(4)分担して集計する。
資料2
広島大学の学生数の表の中にある数を,最高位の数字が1から9のいずれかによっ
て分類し,その割合を調べさせる(職員数も同様)
。時間短縮を図るために,生徒に分
担して調べさせ,その結果を全体で集約する。(あらかじめ授業者で集計しておく。)
(5)結果からどのような特徴があるか見出す。
調べた結果から,最高位の数字が1である数の割合が最も高いことを確認する。ま
た,その他の数字については割合がそれほど変わらないことにも気づかせる。
(6)ベンフォードの法則を確認する。
資料3
ベンフォードの法則が成り立つ前提として,
「サンプル数が十分に多いこと」,
「値の
範囲が制限されていないこと」を確認させる。
(7)1からnまでの数について,ベンフォードの法則が成り立つことを確認する。
資料4
1から,1,2,3まで,具体的に最高位の数字の出現する割合をそれぞれ求めさ
せ,その求め方や特徴を理解させる。nを大きくするに従い,割合がどのように変化
しているか,調べさせる。その結果を,グラフで提示することで,nが大きくなるに
つれ,割合は一定の値に近づいていくことを直感的に確認させる。
(8)ベンフォードの法則が成り立つことを,常用対数を用いて考察する。
資料4
2の100乗の値について,桁数や最高位の数字を求める方法を確認する。ここで
重要となるのは常用対数の値であり,この値の小数部分がもとの数の最高位の数字に
関係することを丁寧に確認する。また,その考え方について数直線にまとめることで,
常用対数の値と最高位の数字の関係を,図を用いて認識させる。
(生徒の状況に応じて,
思考過程や計算量を調節する。
)
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(9)ベンフォードの法則が成り立つ他の例を確認する。
資料4
ベンフォードの法則は,身近なデータだけでなく,2のべき乗やフィボナッチ数列,
素数についても成り立つことを確認する。生徒は,日常に存在する無作為な数だけで
なく,規則性のある数についても成り立つことに驚きを感じる。
(10)ベンフォードの法則が日常生活で活用されている例を確認し,この他にどのよう
な場面で活用できるか考える。
資料4
ベンフォードの法則は 1938 年に考え出されたもので,比較的新しい法則である。こ
の法則が会計処理のチェックなど身近な場面で活用されていることを確認する。また,
生徒自らに,この法則をさまざまなデータで確認させたり,どのような場面で活用す
ることができるかを考えさせたりする。
【4】成果と課題
本実践は,
「なぜ対数を学ぶのか」,
「対数が日常生活とどう結びついているのか」とい
う授業者の課題意識からスタートした。この教材を生徒の実態に合わせて授業を組み立
てることで,生徒に対数を学ぶ意義を実感させ,さまざまな場面で応用したり,発展さ
せたりしようとする態度を育成することができると考える。なお,今後の探究課題とし
て,次の2点を挙げる。
(1)ベンフォードの法則の拡張
ベンフォードの法則では最高位の数字の出現割合を考察したが,最高位から2番
目の数字,あるいは,それ以降の数字の出現割合はどのような特徴をもつのだろう
か。また,どのようにして調べたらよいのだろうか。
(2)数学史と数学の学問体系の比較
教科書で扱う順序としては「指数」,
「対数」だが,数学史の観点から考えると,
「対
数」が 17 世紀に,
「指数」が 18 世紀に登場している。このような,数学史と学問体
系との時間的相違に注目し,なぜこの順序で扱われるのか,また,その学問の歴史
的背景は何か,という点を踏まえた上で授業を行うことが重要であると考える。
「指
数・対数」に限らず,他の単元においても,同様の考察を行うことで,生徒への学
習の動機づけを行ったり,指導内容を深化させたりすることができると考える。
【5】引用・参考文献
・川中宣明(2012);『数学Ⅱ』,数研出版.
・ジュリアン・ハヴィル,松浦俊輔訳(2009);『世界でもっとも奇妙な数学パズル』,青土社.
・根上生也(1996);『爽快!2の100乗三話』,遊星社.
・原岡喜重(2001);『数学っておもしろい』,日本評論社.
・文部科学省 (2009) ; 『高等学校学習指導要領解説
数学編 理数編』 , 実教出版.
・ロブ・イースタウェイ,ジェレミー・ウィンダム,水谷淳 訳(2003);
『数学で見につける柔らかい思考力』,ダイヤモンド社.
・http://members3.jcom.home.ne.jp/zakii/enumeration/64_benford.htm
・http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/intro/gaiyou/syokuin/p_9h1n7t.html
・http://www.hiroshima-u.ac.jp/top/intro/gaiyou/gakuseisu/p_4zu3hz.html
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