相次いだ大規模ストライキ (南アフリカ) - 国際協力銀行

http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
2010 年 11 月 15 日
株式会社日本政策金融公庫
国際協力銀行
ロンドン駐在員事務所
相次いだ大規模ストライキ
(南アフリカ)
10 月 31 日、公務員等公共サービス従事者によるストライキが 10 年に 2 度、かつ長期間に亘った
ことの責任をとる形で、ホーガン公営企業担当大臣が更迭された。
10 月 19 日に公務員等公共サービス従事者によるストライキが終了した。治療を受けられない患者
が死亡するなど、国民生活に大きな支障が生じた。このほか、主要産業においてもストライキが相次
ぎ、南アフリカ経済に対する深刻な悪影響が懸念されている。
今回は、繰り返されるストライキと、これを扇動した COSATU など労働組合について、市場関係者、
政府関係者からヒアリングした情報と報道を含む公表資料等をもとに報告する。
1. 公務員によるストライキ
4 月 12 日、南アフリカ公務員労働組合(SAMWU)は、所得環境の改善を求めて、ストライキを実
施した。ヨハネスブルグ、ダーバン、ポートエリザベスの公共サービス従事者が参加した。21 日には
10%の賃上げで交渉が決着し、ストライキは 10 日間で終わった。このストライキの動きは、南アフリカ
運輸労働者組合(SATAWU)やタクシー業界にも及んだ。とくに、タクシー業界によるストライキ(デ
モ行進)は、一部が暴徒化し、警察が出動する事態となった。
2. トランスネットによるストライキ
運輸公社トランスネットの労働者による全国規模のストライキは合同運輸労働者組合(UTATU)と
南アフリカ運輸労働者組合(SATAWU)によって主導された。SATAWU は 5 月 10 日に、UTATU は
12 日にストライキをはじめた。トランスネットからは 8%の賃上げがオファーされたものの、15%の賃上
げを要求した。トランスネットの従業員のうち 90%近くが労働組合に加盟しているため、国内輸送や
輸出入に大きな影響を与えた。その後、5 月 21 日に、先に UTATU が 11%の賃上げの受け入れを
発表した。SATAWU は徹底抗戦の構えをみせたものの、同条件にて両組合は妥結した。当初、トラ
ンスネット幹部や物流業界の一部では、No Work No Pay である以上、労働者はストライキの長期化
に耐えられず、2、3 日で終わると楽観視していた。しかし、予想以上の長期化により、物流業界のみ
ならず、各方面で深刻な影響が生じた。港湾機能が停止したため、鉱物資源、自動車、果実など、
南アフリカ経済を支える重要な輸出品の輸出が滞った。このほか、自動車部品やサッカー・ワールド
1
カップ関連の輸入が滞った。ある船会社にヒアリングしたところ、「ストライキ期間中の輸入は、ポート
エリザベスのクーハ港を利用できた。しかし、積み出し(輸出含む)はどこの港でも出来なかったため、
空のコンテナが増加し、輸出品が港に溢れた」、また、「南アフリカをアジアから西アフリカへの物資
輸送の中継地点としていたため、致命的な打撃を受けることになった」とのことであった。さらに、「輸
入品を港からハウテン州まで運ぶには列車かトラックを利用するしかなかったが、ストライキに便乗し
た値上げが横行したうえ、トラックでの搬送には運送能力に限界があった」との声もあった。一部のト
ラック業者は通常 3 倍の輸送費を請求していたともいわれている。
ストライキが長期化した要因としては、①ワールドカップ開催を控えて各組合が強気になっていた
こと、②SAMWU が 10%の賃金上昇で妥結したこと、③他業種の組合も追随すると見込まれたこと、
などが考えられる。実際、ワールドカップの警備を担当していた警備会社では、警備員との間で賃金
交渉が決裂し、警察が警備を行うこととなった。また、電力会社エスコムにおいても、ワールドカップ
期間中にストライキが実施されるとの話があったが、結果的には 9%の賃上げで妥結し、ストライキは
回避された。
7 月 6 日、ネネ財務副大臣は、賃金上昇が南アフリカ経済に与える負の影響について、「これ以上
のお金が既存の労働者に流れてしまうと、新規雇用のための資金が殆どなくなる」と懸念を表明した。
また、官民問わずあらゆるセクターからの賃上げ要求、とくにエスコムの 9%、トランスネットの 11%で
の賃金上昇の妥結について、「まるで洪水のようだ」と形容した。ABSA グループは、「一連の賃金交
渉の妥結は過度にインフレを加速し、経済に負の影響を与えることに注意が必要」とした。
ワールドカップの開催で沸いた南アフリカであったが、「ワールドカップを開催しても、貧困層にと
っては何も変わらない」、「食料価格の高騰が予想され、物価上昇などによって貧困層はかえって困
窮する」との声も聞かれた。他方、ズマ大統領は、7 月 13 日、サッカー・ワールドカップに続き、20 年
のオリンピック誘致を目指すことを表明した。
3. 公共サービス従事者によるストライキ
8 月 18 日に、公務員等公共サービス従事者によるストライキが再発した。主に病院や公立学校の
教師等によるもので、国家保健労働組合(NEHAWU)と南アフリカ民主教職員連合(SADTU)、南ア
フリカ病院労働組合(HOSPERSA)等が参加する 100 万人以上の組合員による大規模なストライキに
発展した。ただし、警察官のストライキ参加については、裁判所が 8 月 26 日に禁止命令を出したこと
で治安への懸念は払拭された。このストライキでは、公立病院の医師や看護婦が多数欠勤し、治療
を受けられない患者が死亡するケースもあった。また、ストライキに参加しない組合員に対する暴行
もみられるなど事態は深刻化した。このように国民生活に大きな支障が生じたストライキであったが、
国民の怒りの矛先は政府へと向けられ、「ワールドカップにつぎ込む資金があれば、我々の生活を
支えるべきだ」との声もあった。労使交渉では、10 年 7 月の CPI 上昇率が 3.7%であるにもかかわら
ず、政府は財政状況も勘案した上で 7.0%の賃上げと月額 700 ランドの住居手当給付を提案してい
た。しかし、労働組合側は 8.6%の賃上げと月額 1000 ランドの住居手当の給付を要求した。
COSATU は 8 月 26 日、ストライキを主要産業にまで拡大する可能性を示唆し、労働組合側の要求
に応えるよう迫った。一部の都市では、デモ行進が暴徒化し、警察が発砲する騒ぎに発展した。妥
2
結の目途が立たない中、ズマ大統領は、関係閣僚に早期の解決を指示した。こうした中、8 月 30 日
には、政府が 8.0%の賃上げと月額 800 ランドの住居手当を改めて提示し、膠着状態の打開を試み
た。この公共サービス従事者による大規模ストライキは 9 月 6 日に一時中断されたものの、大きな傷
跡を残した。
10 月 6 日、COSATU のヴァヴィ総書記長は SADTU に対し、公共部門の労働組合が実施したスト
ライキについて、組合を一つに統一すべきだったと総括した。「それぞれの組合がエゴに基づいて行
動しても、なし崩し的に交渉が成立してしまい、組合員のためにはならない」と批判した。
その後、10 月 19 日に、SADTU はストライキの終了を宣言した。バロイ公共サービス・行政管理担
当大臣は同省の次官補に、妥結した結果をすぐに賃金に反映するよう指示したことを表明した。
4. 自動車産業等でのストライキ
自動車メーカーでは、8 月 11 日、労働者が 15%の賃上げを求めてストライキに突入した。8 月 20
日、10 年は 10%の賃上げ、11 年と 12 年は 9%ずつの賃上げで妥結された。この間、一部の自動車
メーカーでは 8 月 16 日に輸出が完全に止まった。これに対し、自動車製造業労働者組織(AMEO)
は、「今回のストライキは自動車製造・輸出関連の契約に与える影響は大きい。一度マーケットシェア
を失えば、元に戻すのは相当大変だ」としていた。南アフリカ全国鉱山労働者組合(NUM)は 8 月 27
日、賃金交渉の決裂からストライキに突入した。なお、NUM 関係者は公務員のストライキを支援する
ため、8 月 30 日から他の業界でも大規模なストライキが実施されると警告した。実際、30 日にはタイ
ヤ業界でもストライキが始まった。自動車整備、修理、部品メーカーの従業員が加入している全国金
属労働組合(NUMSA)は、「08 年 7 月、8 月の CPI 上昇率は、それぞれ 13.4%、13.7%であったが、
その間の賃金上昇率はその半分にとどまっていた」、「07 年から 09 年にかけては、高いインフレとそ
れに付随した生活必需品の高騰」により、生活が困窮していたとして、「その賃金ロスを穴埋めするた
め」のストライキとしている。その後、9 月 28 日に、ジム書記長は「タイヤとゴム製造の労働者によるスト
ライキは終結する」と宣言し、「9%の賃金上昇を勝ち取った。今後 3 年間は CPI 上昇率か 7.5%のい
ずれか高いほうを賃金上昇率とすることになった」と発表した。
5. ストライキと労働組合
(1)ストライキに対する批判と懸念
先述のように、10 年春から国民生活に大きな影響を与えるストライキが相次いだことに多くの批判、
懸念の声があがっている。
「南アフリカ国民は、ストライキによって産業にどの程度ダメージがあり、結果として自分たちの生
活にどれほどの悪影響があるかを理解できていない」、「No Work, No Pay が原則である以上、ストラ
イキ期間が長引けば、いくら賃上げしても結果として受け取る給与総額は減少する。しかし、計算の
できないブルーワーカーが COSATU などの知識層に扇動されている」との批判があった。とくに、自
動車産業は裾野が広いため、自動車生産の停滞は、南アフリカ経済全体に悪影響を及ぼすことが
懸念された。また、「高い賃金上昇率を勝ち取る交渉が様々な産業で続けばインフレを加速し、経済
3
に負の影響を与える」との懸念も聞かれた。
「南アフリカでは、企業外組合なので、企業利益など全く無視して賃上げ要求している」と労働組
合のあり方に対する批判の一方、「ストライキ期間中は、No work No pay が原則であり、ストライキで
数%の賃上げを勝ち取ったところで、総じて見れば従業員が損することになる。これに対して、労働
組合幹部は心理的勝利などというが、つまるところ、労働組合の存在意義のためのストライキであり、
従業員のためのストライキではない」、「大規模な労働組合は、既存の労働者、つまり組合費を支払う
従業員の権利を主張するが、失業者の利益は無視している。しかし、状況を理解できていない失業
者がストライキに参加し、ときに暴徒化している。失業率が 25.3%に達している南アフリカにおいては、
既存の従業員の賃金が物価上昇率の倍以上も上がるより、まずは新規雇用の創出が先」との声もあ
った。
(2)COSATU の存在意義
南アフリカでは、79 年にアフリカ人による労働組合が合法化された。反アパルトヘイト運動や労働
者の権利保護運動において労働組合は大きな影響力をもった。南アフリカ最大の労働組合連合体
である COSATU(Congress of South African Trade Unions)は、85 年に創設され、労働問題のみなら
ず、政治にも大きく関与した。COSATU は ANC と SACP との間に「3 者連合」を結び、政治的には同
盟関係を維持している。
COSATU は同盟関係にあるズマ政権に対して批判を強めているが、COSATU 幹部の利益誘導
や COSATU の存在意義を示すためともいわれている。94 年以前の労働組合は所属する会社を相
手にするのではなく、黒人の地位向上のために政府と闘ってきた。政府が黒人政権になると、戦う相
手を失った。そこで、存在意義を見出すため、ストライキや放火などのパフォーマンスを繰り返すよう
になった。南アフリカでは、黒人=労働者であり、黒人の代表が ANC、労働者の代表が COSATU と
いう関係にあった。そのため、COSATU と ANC は一心同体のような関係にあった。しかし、黒人政権
となった今、投票を強制する力のない COSATU と ANC の関係は次第に薄れてきている。そのため、
ANC との関係を気にせず、無理な要求を声高に叫び、存在感をアピールするという状況になってい
る。
(3)その他
SADTU は、「ANC はメディアを使って騒ぎを起こすことができる。他方、我々は(騒ぎを起こすのが
目的ではなく)欲しいものを手に入れるだけ」とし、「この争いは、役員室ではなく、白昼の下で繰り広
げられる」とした。ただし、「教職員は教えること、学ぶことの王者になることなく、給与のために起こす
ストライキの王者になることはできない」ともいい、教育の重要性についても忘れていなかった。
さらに、12 年の ANC 総裁選挙について、「ANC は労働者階級による政党になるだろう。それは労
働者階級のための政党ではない」、「ANC は労働者の武器であり、ANC が一部の個人や指導者を
食べさせるためのスプーンになりさがることを許さない」とした。
公共部門のストライキに対して、政府が迅速に要求を満たそうとしなかったことについて、「政府高
官の子息は(公立学校ではなく)私立の学校に通わしている。(無料の公立病院に行くのではなく)
私立の病院に通っている。(警察がいなくとも)民間警備会社に守られている」からだと皮肉った。
4
政府は、3 年に一度のストライキを恒例行事のひとつとして捉えていたようだが、産業界に与える影
響は大きかった。とくに、海外からの資金流入、直接投資に依存していることを踏まえれば、決して放
置してよい問題ではないだろう。
10 月 31 日、ズマ大統領は内閣改造を行ったが、この際、ホーガン公営企業担当大臣が更迭され
た。有識者の中には、「今回のストライキは今までと性格が変わってきている。これまでのストライキは、
ブルーワーカーが中心であったが、今回はホワイトカラーが主導したものもある。また、COSATU 幹
部は、立派なホワイトカラーだ」との揶揄も聞かれた。
このレポートは、国際協力銀行ロンドン駐在員事務所が信頼できると思われる情報ソースから入
手した情報・データをもとに作成したものですが、本レポートに記載された情報の正確性・安全性
を保証するものではなく、また、国際協力銀行の見解を示すものではありません。本レポートは情
報提供のみを目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではあり
ません。なお、本レポートの全部または一部を予告なしに変更することがあります。
5