よりやさしい インスリン治療を目指して

第 18 回日本糖尿病教育・看護学会学術集会
ランチョンセミナー開催
共催:ノボ ノルディスク ファーマ株式会社
よりやさしい
インスリン治療を目指して
座長
大橋 優美子氏
東京大学医学部附属病院
看護部
糖尿病看護認定看護師
──自己注射管理指導からみえる患者の世界
2013 年 9 月 23 日
(月・祝)
,パシフィコ横浜で
第 18 回日本糖尿病教育・看護学会学術集会が開催された.
ノボ ノルディスク ファーマ株式会社共催のランチョンセミナーでは,
注入器の視点からみたインスリン治療と
自己注射管理指導について講演が行われた.
講演者
朝倉 俊成氏
新潟薬科大学
薬学部
臨床薬学研究室 教授
安全性の情報があってはじめて医薬品に
にとっては,
“私に起こるか,起こらない
糖尿病の薬物療法指導における
なりうる.朝倉氏は,
「私たちは,
“こうし
のか”が重要です.しかも,自己注射
コミュニケーションの重要性
て使えば安全で,効果がある”という情
の場合は,副作用を自分で引き起こす
報を提供する義務があります.手技指導
危険性があります.それをどう伝える
講演の冒頭で朝倉氏は,薬物療法にお
も同様で,正しい指導があってはじめて
かがきわめて重要であり,わかりやす
ける指導ポイントとして,①病気に対す
医薬品の正しい扱いが保障されるのです.
さに配慮したコミュニケーションを行
る正しい知識,②薬剤に対する正しい理
糖尿病の薬物療法では,人がモノをどう
うために,私たちは努力する必要があ
解の 2 つをあげた.糖尿病の場合はこれ
使うかという適正使用を中心に考える必
ります」
と述べた.
に加えて,③器具使用法の正しい理解が
要があります」
と強調した.
必要であり,薬剤を正しく体内に移行さ
実際の指導におけるコミュニケーショ
せるという,
「自分で行動することが求め
ンでは,伝えたいことが 100%相手に伝
られる病気」
であることを強調した.
わっているかどうかはわからず,
“ずれ”
2型糖尿病治療は,
食事療法をベースに,
患者の誤解やミスによる
ノンコンプライアンスを防ぐために
が生じる.そのため,健康や医療に関す
すべての 2 型糖尿病患者がインスリン
運動療法が加わり,薬物療法によって補
る情報を探し,理解し,活用する能力,
治療を正しく継続できるわけではなく,
完される.朝倉氏は,
「器具の誤った使用
また,情報を受信するだけでなく,発信
インスリンをまだ使用していない 2 型糖
は,リスクになります.治療の中心では
する医療者の能力も含む
「ヘルスリテラシ
尿病患者の 57%が,将来のインスリン治
ないものによりリスクが高まることは,
ー」
の見極めが重要となる.
療への不安をかかえているといわれてい
患者さんにとって非常に不幸なことです」
と説明.
「ヘルスリテラシーは,患者さんの理解
る.朝倉氏はこうした心理的な面にも配
度と自己効力感を高めることに寄与して
慮すべきだとして,
「インスリン治療の導
薬物療法には,適正な使用の継続が求
おり,最終的には血糖コントロールにも
入前から患者さんに説明する必要がある」
められる.
「薬物療法に対する身構えは,
影響するという報告があります」と朝倉
と語った.
患者さんの生活に合わせて工夫し,
“遊び”
氏.さらに,インスリン治療においては,
をつくることができる食事療法や運動療
情報を獲得するだけでなく,それを行動
与回数,つまり用量,用法,剤形もコン
法とは違うことを理解してください」
と解
できるかという点が大きい.
プライアンスに影響する.投与回数が少
説した.
医薬品は,治験を経て得られた有効性,
「医薬品の情報はきわめて専門的です
が,たとえば副作用の場合,患者さん
また,1 日に処方されるインスリン投
ないほどコンプライアンスは高く,血糖
コントロールも良好になるという.
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適正性
安全性
確実な識別
確実な投与量設定
有効性
(高品質)
確実な注入操作
経済性
障害への適応
さまざまな(生活)環境
QOLの向上
良好な使用感:官能性,機能性
アドヒアランスの向上
簡便性
使用者の順応性
良好な
血糖コントロール
コンプライアンスの向上
朝倉俊成:もう対応に困らない糖尿病療養指導.p.267 〜 277,じほう,2013.より一部改変
図 1 注入器からみた良好な血糖コントロールを得るための自己注射指導のポイント
「薬物療法では基本的な決まりごとを守
創意工夫をした.しかし,結局インスリ
型注入器が主流となっている.その理由
ってもらう必要があり,それをストレスに
ンは注入されていなかった,②一旦単位
について朝倉氏は,ペン型注入器のフレ
感じるとやらなくなる可能性があることを
設定をしたにもかかわらず,ダイアルを
ックスタッチⓇとシリンジ製剤との使用
ふまえて患者さんに確認することが必要
ゼロに戻して自己注射していたため,イ
性比較のデータを示し,
「握りやすさや単
です.また,患者さんが一生懸命やって
ンスリンが投与されていなかった,など
位の見やすさなどで有意差があるだけで
いるからといって,薬が効果を出してくれ
の事例もあるという.
「これらの事例で患
なく,外観の良さも毎日の自己注射にお
るわけではありません.薬が効果を発揮
者さんを責めることはできません.私た
いては重要なポイントであることがわか
できる使い方,行動をしたときにだけきち
ちがどこかで気づいて介入すべきことな
ります」
と説明した.
んと効果が出るのです」
と話した.
のです.節目節目で振り返りを行う機会
さらにシリンジ製剤の場合,扱い慣れ
をつくり,コンプライアンスを得ること
ている看護師では容易な単位設定も,使
が重要です」
と解説した.
い慣れていない患者では,その精度に差
しかし,3 年以上とインスリン治療歴
の長い患者でも自己注射の重要な操作が
できていなかったり,ミスをすることが
朝倉氏は,薬物療法のコンプライアン
があることもわかっている.ペン型注入
ある.年齢とともに握力が低下し,針を
スを高めるための方法として,①薬物療
器は携帯性だけでなく,ダイアル式で単
抜くまで注入ボタンを押した状態を保て
法に前向きになってもらうこと(心理的
位設定の精度に差が出ず,数字を目で見
なくなっているなど,注入器が現在の患
サポート),②ちょっとした法則でも重
て確認しやすいことが普及につながった.
者の身体状況に合わなくなっていたり,
要なことを理解してもらうこと(原理の
メーカーでは,①適正性,②良好な使
長年同じ注入器を使用していることによ
説明,効率化の工夫など),③結果的ノ
用感:官能性,機能性,という視点から
って注入器自体が経年劣化を起こし,イ
ンコンプライアンスを発見し,修正する
注入器を開発している
(図 1 )
.医療者や
ンスリンが正しく投与されていなかった
こと
(誤解の解消,継続チェックなど)
の
患者の要望に応じてさまざまな注入器が
というミスも起こりうる.
3 つを示した.
開発されてきたが,朝倉氏は,
「患者さん
がどのような環境にあっても安全に注射
結果的にノンコンプライアンスになっ
た例として,①カートリッジ式インスリ
ンの処方が変更され,注入器も交換する
「安全」と「安心感」を兼ね備えた
患者にやさしい注入器とは
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でもあるやさしい注入器,やさしい治療
につながります」
と話した.
必要があるのに,何とか既存の注入器を
利用しようとキャップをつけ換えるなど
ができるという視点が,本講演のテーマ
現在,インスリン治療においてはペン
患者にとってやさしい注入器とは,
“安
全”と“安心感”を兼ね備えたものであり,
操作手順
ポイント
現在使用されている注入器は,
「少なくと
も注入精度も含めた安全性が担保されて
影響を及ぼす主な障害
◦確実な組み立て
Step1
◦認知障害
組み立て
◦視覚障害
◦手指障害
いる」
ものである.
「注入時の安心感をどの
ように醸成するかが課題となります」
と朝
倉氏.
障害のある患者であっても安全に注
Step2
◦使用する製剤の識別
◦
(懸濁製剤の場合)
十分な混和
識別・針の
取り付け
◦視覚障害 ◦手指障害
◦後針を確実にゴム栓に穿刺
(貫通)
させる
射を行うためには,いくつものハード
ルがある
(図 2 )
.
「注入器は正しく握れば単位表示が見え
Step3
試し打ち
◦空打ちによる安全性の確認
(空打ちの目的を理解 ◦視覚障害
(空打ち)
し,実行する)
ますが,手指障害や握力低下があると,
指が届きにくく,力を込めて押し込まな
ければなりません.しっかり握ることが
できず,注入精度が低下したり,注射の
Step4
◦投与量の確認
◦認知障害
◦確実な設定
(目視確認,クリック音・感触の利用)
◦視覚障害
◦聴覚障害
投与量設定
◦握力低下
◦手指障害
痛みが増大することになります」
こうした障害があっても安全に注射が
Step5
注射
◦注射部位・注射場所の確認
◦摘みあげと穿刺
(角度)
の確認
(皮内注射・筋肉注射
を避ける)
◦最後まで注入する
◦注入後のカウント時間の確保
◦逆血防止
(注入ボタンを押したまま)
Step6
後片付け
◦使用した針を取り外す
(再使用禁止,注射針を付
けたままにしない)
◦適正な保管環境の確保
(適正温度,遮光)
できる注入器が求められており,
「せり出
しや注入抵抗がなく押し込みが不要であ
り,握りやすく,安定性が高いのがフレ
と話した.
ックスタッチⓇです」
フレックスタッチⓇは,従来の注入ボ
タンに採用されている圧縮バネではなく,
スプリングトルクというねじりバネを使
用.注入ボタンを触れることでバネが自
動的に押し込む力をつくる,いわば半自
◦認知障害
◦視覚障害
◦聴覚障害
◦握力低下
◦手指障害
図 2 障害と自己注射の操作ステップの関係
動型の注入器である.
「従来の注入器では,空打ちで薬液の出
方が違うという不安の声もありました.
これは,空打ちのときの押す力やカート
注入ボタンのせり出しが
「大きい」
滑りといった複合的な影響によるもので
す.フレックスタッチ は一定の力で薬
Ⓡ
液が出る構造です」
と説明.注入ボタンの
「解消」
「大きい」
「小さい」
=
握りやすくする
認する必要はあるものの,ほかの注入器
注入ボタンを最後まで
の数字が表示窓の 1 か所でしか見えない
ため,混乱をまねく危険性がない
(図 3 )
.
続いて朝倉氏は,人間の直感と注入器
の関係について,
「操作が簡単すぎて“た
「押し込まない」
システムにする
注入抵抗が
せり出しがないため,単位表示を必ず確
と違い,フレックスタッチⓇは単位表示
「注入抵抗」
をなくす
+
リッジ,カートリッジのゴムピストンの
「せり出し」
をなくす
「押し込む」
従来のキット型注入器
(フレックスペンⓇなど)
安定性を高める
「押す」
フレックス
タッチⓇ
適正な注入,
QOL向上
図 3 従来の注入器とフレックスタッチⓇの注入システムの違い
だ操作した”だけのものに対しては不安
を感じるものであり,フィードバックがあ
ると安心感が得られます」
と説明.フレッ
クスタッチⓇは押し込む感覚がないため,
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“操作が完了している”ことを患者にフィ
器として定着しているイノレットⓇとフ
次に,インスリン自己注射の説明の流
ードバックするために,単位設定や単位
レックスタッチⓇの選択理由を比較する
れを紹介.
「実際の自己注射の説明は,手
リセットの際に異なる音で知らせる仕組
と,選びやすさや使いやすさで有意差が
技説明と実践評価に分けられます.フォ
みになっている.さらに,1 か所の単位表
出た.さらに,
「イノレットⓇの特徴でも
ローアップでは,注入器との相性を確認
示窓を確認することでダブルチェックが
ある握ったときの安定感や押しやすさで
するとともに,誤解によるノンコンプラ
できる.
「簡便だからこそ,患者さんが気
も,フレックスタッチ のほうが好評価
イアンスが起こらないように,どこかの
づかないことを教えるフィードバックが
でした」
と説明
(図 4 )
.
タイミングで介入する機会を持つことが
Ⓡ
フレックスタッチ は使用対象者の幅が
たくさんあります」
と朝倉氏は説明した.
Ⓡ
大切です」
と話した
(図 5 )
.
広く,朝倉氏は,
「押し込まなくてよいとい
最後に朝倉氏は,使用説明書を見る
注入器特有のポイントを
うだけでも,患者さんのQOL向上に寄与
際のポイントとして,
「注入完了確認」を
よく吟味することが重要
していると考えられます.現状では,フ
あげた.
レックスタッチ がもっとも“患者さんに
説明書には,基本となる注入器そのも
やさしい注入器”だと思います」
と語った.
のの説明と,注入器特有のポイントが書
Ⓡ
障害がある患者,高齢患者向けの注入
かれている.ほかのインスリン注入器に
も注入完了確認のポイントが書かれてお
*
注入器の使用
*
注入器の準備
これまで,
イノレットⓇ
投与量
目盛りの表示
で高評価で
あった項目
り,①押したまま,②ゼロになるまで,
③カウントする,という点は共通してい
る.ほかには,その注入器に特有の注意
すべきポイントがあり,フレックスタッ
投与量調整
つまみの回転
*
握ったときの安定性
チⓇでは,クリック音が重要項目として
表記されている.
注入ボタンの押しやすさ
*
「注入器の特性を吟味すること,説明書
注入ボタンを押しきった
ことのわかりやすさ
*
にはこうした情報が重なって書かれてい
フレックスタッチⓇ
イノレットⓇ
0
10
20
30
40
50
60
70
80
80
100
「非常に/かなり」と回答した被験者割合(%)
*フレックスタッチⓇ平均評価とイノレットⓇ平均評価の間にp<0.05
対象:手指機能障害がある,もしくは障害のない日本人 2 型糖尿病患者 45 例
方法:面談時,被験者は無作為順序にて 2 種類の注入器を気泡クッションに 10 単位
(U)
,30U,50Uの模擬注射し,
選好性を比較した質問票に回答した
Asakura T, et al : 糖尿病. 56( Suppl 1 ): S-411,2013.より引用
図 4 イノレットⓇとフレックスタッチⓇの比較
checkpoint
ることを理解していただきたいと思いま
す」
とし,
「自己注射ですから,患者さん自
身にチェックしてもらうということが有
用な場合もあります.私たちは患者さん
の世界を患者さんの管理記録やチェック
リスト,さまざまな言動から把握し,適
切な介入と支援が必要です」
と結んだ.
after follow
(follow-up)
【デバイスの選択】
患者に合ったデバイスを選択する
after follow
(follow-up)
【適正使用の確認】
患者とデバイスの相性を確認する
【修正】
患者の誤解を解消し,誤った手技を修正する
効果
使用感
継続性
血糖
QOL
面談
結果的ノン
コンプライアンス
コンプライ
アンス
問題
正しい
使用法
使用意思の
向上
使用時点の
環境
+
使用意義の
理解
生活環境
理解力
手技力
性別・年齢・
性格
checkpoint
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確認
図 5 患者にやさしいインスリン自己注射を保つための支援と介入時期
確立する
確認
工夫
手技
理解
注意
基本
ADL
確認
背景
手技説明
【適応に合致した説明】
患者に合った指導(説
明)で,適正な手技を
実践評価
朝倉俊成:患者自己注射における服薬指導.月刊薬事,38(13):
71 〜 79,1996.より一部改変