Retrospective に 5 年間の経過を振り返った原発性肺 - 日本呼吸器学会

日呼吸会誌
●症
42(5)
,2004.
419
例
Retrospective に 5 年間の経過を振り返った原発性肺平滑筋肉腫の 1 例
高倉るみ枝1)
有田 健一1)
大橋 信之1)
西野 亮平1)
駄賀 晴子1)
藤原
森谷 知恵1)
恵2)
要旨:症例は 5 年前に右下肺野の肺炎の既往を有する 35 歳女性.発熱,咳嗽出現し入院.胸部 X 線写真や
胸部 CT で右下葉の無気肺と右 S6 から発生した腫瘍が認められ,気管支鏡検査では右中間気管支幹まで伸
展した黄色調の腫瘍がみられた.病理学的に平滑筋肉腫と診断された.肺以外に原発巣や転移を疑わせる所
見なく,原発性肺平滑筋肉腫として右中下葉切除術を行った.5 年前からの胸部写真を振り返ると腫瘍の見
られた部位は 5 年前の肺炎を生じた部位に近く,2 年前にみられた無気肺様の所見は今回入院時にも認めら
れた.本症は早期に手術が行えない場合予後は良好とは言えないという.胸部異常所見の経過観察にあたっ
ては,依頼する医師側も依頼される医師側も同じ視点を持つことが大切で病診連携のあり方を再考させる症
例であった.年齢にとらわれることなく,胸部異常所見に対して積極的な検索を進めていればもっと早く確
定診断に至ったかもしれない.
キーワード:肺平滑筋肉腫,若年者,画像読影,病診連携,リスクアセスメント
Pulmonary leiomyosarcoma,Young people,Imaging diagnosis,Relationship between
hospital and clinic,Risk assessment
はじめに
若年者に生じた肺・気管支の悪性腫瘍は老年者に比べ
1)
れば病理学的に多彩である .今回著者らは約 5 年前に
受診することはなかった.この風邪症状は対症療法で改
善したことからさらに 27 カ月後に 38.9 度の発熱と咳
嗽,息切れが出現して当院第 2 回目の紹介入院となるま
で再び紹介元の医師を受診することはなかった.
肺炎として治療を受けた既往を持つ原発性肺平滑筋肉腫
入院時理学的所見:身長 157 cm,体重 62 kg,意識清
の 1 例を経験した.病診連携を考える上からも多くの示
明,体 温 37.5℃,血 圧 124!
90 mmHg,脈 拍 84!
分 整,
唆を与える症例と考えられたので若干の文献的考察を加
表在リンパ節は触知しなかった.右下胸部の呼吸音は減
えて報告する.
弱していたがラ音は聴取しなかった.心音異常なく,四
症
例
肢に腫瘤は認めなかった.浮腫やばち指も認めなかった.
入院時検査所見:CRP(5.08 mg!
dl)とフィブリノー
患者:35 歳,女性.
ゲン(742 mg!
dl)の上昇を認める以外,末梢血液検査,
主訴:発熱,咳嗽.
生 化 学 検 査 に 異 常 を 認 め な か っ た.腫 瘍 マ ー カ ー
既往歴:特記すべきことはない.
家族歴:特記すべきことはない.
喫煙歴:20 本!
日,17 年間.
(CEA,NSE,SCC,CYFRA,pro-GRP)は正常範囲内
であった.
第 2 回目入院までの胸部 X 線写真:第 1 回目入院時
現病歴:右下肺野に生じた肺炎のために当院第 1 回目
の胸部写真を Fig. 1A に,同退院時の胸部写真を Fig. 1B
の入院となった.原因菌は特定できなかったが抗生物質
に示す.退院時には肺炎は改善したものの未だ中枢側に
の投与で改善した.その後は胸部陰影の経過観察を目的
は陰影が残存し右下肺の含気量は減じていた.第 1 回目
に再び紹介元に逆紹介となったが,臨床症状がなかった
退院後 33 カ月で撮影された胸部写真を Fig. 1C に示す.
ために 33 カ月後に風邪症状を呈するまでその紹介元を
写真条件は悪かったが右下肺野の陰影は腫大し,右横隔
膜面は不鮮明であった.
〒730―8619 広島市中区千田町 1―9―6
1)
広島赤十字・原爆病院呼吸器科
2)
同 病理部
(受付日平成 15 年 9 月 4 日)
第 2 回目入院時胸部 X 線写真(Fig. 2)
:右肺門部の
腫瘤陰影とそれに連なる右下肺野の無気肺像が観察され
た.
第 2 回目入院時胸部 CT 所見(Fig. 3)
:右 S6 に無気
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Fig. 3 CT scan showing a round tumor with atelectasis
of the right lower lobe
A B
C
Fig. 1 Change of chest radiographs along the clinical
course
A : Chest radiograph of pneumonia on first admission
B : Chest radiograph on one week after first discharge
C : Chest radiograph 33 months after first discharge
Fig. 4 Bronchoscopic findings showed an endobronchial tumor causing obstruction in the right lower
bronchus
肺を伴う境界明瞭で内部が不均一な球形腫瘤を認めた.
腫瘍と一塊になった肺門リンパ節腫大も疑われた.
気管支鏡所見(Fig. 4)
:表面に陥凹と毛細血管の怒張
を認める黄色調の腫瘍が右下葉気管支を閉塞し,腫瘍の
先端は右中間気管支幹を中枢側に向かって進展した.腫
瘍の同じ部位を繰り返し生検し,気管支壁に核異型のあ
る紡錘型細胞を認めた.vimentin,actin,desmin の各
免 疫 染 色 が 陽 性 で keratin,EMA,CEA,S-100,CD 34
の各染色は陰性であった.これらの所見から平滑筋肉腫
Fig. 2 Chest radiograph on second admission, showing
a tumor(3 cm in diameter)with atelectasis in the
right lower lung field
と診断された.
入院後経過:当初 37 度台の発熱がみられたため抗生
物質の投与を 1 週間行い,以後発熱は認めなかった.転
移性腫瘍の可能性も考えて全身検索を行った.67Ga シン
チでは右下肺野に一致する部位に集積がみられた.婦人
科的診察・検査では異常がみられなかった.頭部や腹部,
pulmonary leiomyosarcoma
Fig. 5 Macroscopically resected specimen of the right
lower lung lobe, showing the yellow mass with mucus
accumulation(arrow)
421
Fig. 7 Tumor cells positive for α-SMA(a)
, and a nuclear mitosis image was detected using MIB-1 stain
(b)
などの各免疫染色は陰性であった.MIB-1 染色で核分裂
像を認めた(Fig. 7 b).縦隔・肺門リンパ節には転移を
認めなかった.
術後経過:術後 16 カ月を経た時点で,再発を認める
ことなく経過観察中である.
考
察
原発性肺肉腫は肺原発悪性腫瘍の 0.2∼1% とされ,
著者らが検索した限り本邦での報告は 100 例にも満たな
い.平滑筋肉腫が最も多く2),40 歳代に発症のピークが
ある3).しかしその診断は比較的困難とする報告が多い.
Fig. 6 Microscopic findings(H-E stain)revealed a striate pattern of spindle cells with cellular atypia and
pleomorphism
LDH や NSE の増加を認めた報告4)や SLX の増加を認め
た報告5)もあるが,本例のように腫瘍マーカーは正常で
あることが多い6)7).喀痰細胞診で診断に至ることは少な
く,気管支鏡下生検で診断を得た症例も多くはない8).
CT 下肺生検や胸腔鏡下あるいは開胸肺生検が必要な場
骨盤腔内には CT,MRI で異常を認めなかった.内視鏡
合 も あ る.赤 嶺 ら9)は 2 年 生 存 率 63.8%,5 年 生 存 率
検査で上部消化管や下部消化管にも異常を認めず,骨シ
37.8%,平均生存期間 36 カ月と報告した.血行性転移
ンチも正常であった.以上の検査結果から肺原発平滑筋
を生じやすい3)ともいわれている.早期に手術が行えな
肉腫と診断し,右中下葉切除術および 2 a 群リンパ節廓
い場合予後は良好とは言えないという.
清術を施行した.
本例を原発性と最終診断した理由は次の通りである.
切除肺肉眼所見(Fig. 5)
:腫瘍は大きさ 6×3×2 cm
すなわち,!子宮筋腫の既往がなく,婦人科的内診や超
で右 B6 に存在し,辺縁明瞭でその割面は黄色調であっ
音波検査,骨盤腔内 MRI 検査などで婦人科領域の異常
た.右下葉枝は腫瘍で閉塞していた.閉塞部より末梢に
は認められなかったこと,"四肢に筋肉病変はなく,#
は粘液が貯留し(矢印)
,閉塞性肺炎や無気肺をきたし
腹部・消化管にも異常を認めなかったこと,$ Warren
ていた.腫瘍の先端は右中間気管支幹を中枢側に向かっ
ら10)は気管支腔内進展を示した転移性平滑筋肉腫を報告
て伸展した.肺動静脈への浸潤や巻き込みはみられな
したが,本例では他に原発巣にあたる病変が認められな
かった.
かったこと,%気管支壁を置き換えるように浸潤し気管
切除肺病理所見:腫瘍部では気管支壁を置き換えるよ
支内腔を中枢側に向かって伸展した発育形態,&術後 16
うに増殖する核異型のある紡錘形の細胞を認めた(Fig.
カ月を経ても他に原発巣らしき新たな病変の出現がみら
6)
.平滑筋腫瘍のマーカーである α-SMA 染色が陽性
れないこと,などである.中枢型(気管支型)であった
(Fig. 7 a)で,その他 vimentin,actin,desmin 染色も
ことが気管支鏡下生検で術前診断に至った大きな理由の
陽性であった. keratin , EMA , CEA , CD 34 , S-100
一つである.
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本腫瘍がどの時点から存在していたかについては明ら
の読影上の問題を指摘するのではなく,病診連携にあ
かではない.最初から悪性腫瘍(平滑筋肉腫)であった
たって呼吸器専門医として一般臨床医をリードしていく
のか,あるいは平滑筋腫のような良性腫瘍がどこかの時
大切さを感じている.病診連携において呼吸器専門医は
点で悪性変化したものなのかも明らかではない.しかし
臨床上の危険性を考察する用心深さを発揮すべきである
これらの疑問に答えようとする立場から改めて本例の胸
し,臨床的な課題を有する本例のような症例においては
部写真を振り返ってみると,第 1 回目入院の肺炎を生じ
細かい経過観察計画を提示するくらいの配慮が求められ
た部位が本腫瘍がみつかった部位と近いことや,初回退
よう.経過観察を依頼する側も依頼される側も臨床上の
院後 33 カ月経った時点の胸部写真が第 2 回目入院時の
課題に対して同じ視点を持つことが大切である.紹介内
胸部所見と類似して無気肺様の所見を呈したことなど気
容や紹介手段の質の向上は病診連携にあたって常に心に
がかりないくつかの点に気付く.本例の臨床経過から反
留めておく必要がある.
省点をあげるとすれば次のようになる.
文
まず著者らは 5 年前の肺炎陰影が胸部 X 線写真上で
献
完全に消失したことを確認するべきであった.確認でき
1)君塚五郎,石橋正彦,大和田英美,他:高齢者と若
ないにしても陰影が残っている以上,定期的な観察が必
年者肺癌の病理組織学的比較研究.肺癌 1996 ; 36 :
要なことをよく説明し患者を医師の観察下におく努力を
1―6.
すべきであった.そして陰影が残っているのであれば退
院後少なくとも 3∼4 カ月の時点で胸部 CT での検討な
ど陰影の背景を検討すべきことを紹介元に依頼すべきで
あった.一方,紹介元の医師は 33 カ月後の胸部 X 線写
真を初回退院時の胸部 X 線写真と比較するべきであっ
た.右下肺野にみられた異常陰影が抗生物質治療後に
残った器質化病変であったとすれば末梢を主体とした陰
影が残存しなければならなかったし,横隔膜面の不鮮明
さは初回退院時には明らかでなかったからである.
2)高田 隆,山下清章,田原栄一,他:原発性肺平滑
筋肉腫の 1 剖検例.肺癌 1979 ; 19 : 371―378.
3)辰巳明利,北野司久,山中 晃,他:原発性肺平滑
筋肉腫の 1 手術例と本邦報告例の検討.日本胸部外
科学会雑誌 1987 ; 35 : 1790―1795.
4)半谷七重,池田高明,西村嘉裕,他:右肺動脈原発
平滑筋肉腫の 1 手術例.肺癌 1995 ; 35 : 943―947.
5)平野博嗣,指方輝正,坪田紀明,他:肺原発平滑筋
肉腫の 1 例.肺癌 1996 ; 36 : 803―807.
6)加藤弘明,林 裕二,安部達也,他:原発性肺平滑
しかしこれらの諸点に対して著者らは,若年者に生じ
筋肉腫の 1 例.北海道外科会誌 1996 ; 41 : 194―198.
た肺炎と考えていたこと,すでに疾病は治癒段階にある
7)鈴木康弘,近江 亮,高橋基夫,他:原発性肺平滑
と考えていたこと,紹介元への早期の逆紹介が推進され
筋肉腫の一例.日本呼吸器外科学会雑誌 1998 ; 12 :
ていたことなどから経過観察を紹介元に依頼し,その過
712―716.
程で結果的に患者を医師の観察下に置くという点が曖昧
8)池谷朋彦,杉山茂樹,星永 進,他:気管支鏡下肺
になってしまった.一方,紹介元の医師は患者が若年者
生検にて肉腫と診断し得た原発性肺平滑筋肉腫の 1
であったこと,対症療法により風邪症状が簡単に消失し
たこと,初回退院時まだ胸部陰影が残存していたことが
伝えられていたことから胸部写真上の陰影を治癒した肺
炎に伴うものと考えたこと,胸部写真の条件が良くな
かったこと,などから背景にあるかもしれない疾病を疑
例.日本呼吸器外科学会雑誌 1997 ; 11 : 81―84.
9)赤嶺晋治,内山貴堯,君野孝二,他:原発性肺平滑
筋肉腫の 2 例.日本胸部外科学会雑誌 1990 ; 38 :
1203―1208.
10)Warren WH, Bleck P, Kittle CF, et al : Surgical management of pulmonary metastatic leiomyosarcoma
うことなく第 2 回目の入院まで積極的な検索を行わな
with gross endobronchial extension. Ann Thorac
かった.
Surg 1990 ; 50 : 739―742.
ここにある問題と向き合う時,著者らは単に胸部写真
pulmonary leiomyosarcoma
423
Abstract
A case of primary pulmonary leiomyosarcoma with history of pneumonia 5 years before
Rumie Takakura, Ken-ichi Arita, Nobuyuki Ohashi, Chie Moritani,
Ryohei Nishino, Haruko Daga and Megumu Fujiwara
Hiroshima Red Cross Hospital and Atomic Bomb Survivors Hospital
Department of Respiratory Disease 1―9―6, Senda machi, Nakaku, Hiroshima, 730―8619
A 35-year-old woman with past history of pneumonia in the right lung field 5 years before was admitted to
our hospital because of fever and cough. Chest radiographs showed a pulmonary tumor with atelectasis of the
right lower lung. Chest CT also revealed a round clear-edged tumor at the right S6 with atelectasis of the right
lower lung lobe. Bronchoscopic findings showed a yellowish endobronchial tumor in the right truncus intermedius, which proved to be leiomyosarcoma. We could not find any other malignant lesion, and therefore, on a diagnosis of primary pulmonary leiomyosarcoma, right middle and lower lobectomy was performed with lymph node
excision. Retrospective examination of the chest radiographs revealed not only that the original region of the leiomyosarcoma seemed to be near the site of the earlier pneumonia, but also that the atelectasis-like findings 2 years
before were similar to the findings on this admission. It was reported that, if an operation could not be performed
at an early stage, the prognosis might be poor. In the follow-up of the abnormal chest radiographic findings, the
clinic physician should observe the symptoms from the same viewpoint as hospital doctors. It is important to keep
an active relationship between clinic and hospital. We might have reached our final diagnosis earlier if we had
been more active in seeking an examination for abnormal chest radiographic findings, without attaching too much
importance to the patient’
s age.