平成 24 年度 個体差健康科学研究所研究課題 研究 - 北海道医療大学

平成 23 年度-平成 24 年度 個体差健康科学研究所研究課題 研究成果の概要
研究課題名
研究代表者
(所属・氏名)
研究組織
東北地方太平洋沖地震における被災児童・生徒の PTSD 予防に向けたスト
レスマネジメント技法の開発と遠隔臨床支援技術の整備
心理科学部 臨床心理学科 冨家直明
構成員①
所属・氏名
心理科学部 言語聴覚療法学科 榊原健一
構成員②
構成員③
構成員④
研究成果の概要(図表等を活用してわかりやすく記述してください)
(代表者以外の構成員)
研究の概要:
平成 23 年 3 月 11 日に発災した東北地方太平洋沖地震は極めて大規模な津波被害を東北北関東地域に引き起こし、被災者の生活の安
定と心身の健康管理が重要な課題になった。震災後に出現することが予想される心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress
Disorder;PTSD)やストレス関連心身症、生活習慣病の予防を目的として、被災地や遠隔地など医療の支援を受けにくい環境下にお
ける児童・生徒の健康実態を明らかにするとともに、健康保持増進に資するメカニズムの解明や臨床技法、用具の開発が急務であると
いえる。メンタルヘルス、とりわけ PTSD の発症と維持には心理学的個体差が大きく寄与すると言われており(Kessler,Sonnega,
Bromet,Hughes,& Nelson,1995)
,トラウマ体験後に長期間のストレス曝露が続き難治化しやすい Type2 の PTSD に至る場合が
あることや、逆に、トラウマ体験後の心的回復もしくは心的成長を促進する場合があることがあげられている。後者の例を1つあげる
とパーソナリティ、精神的健康、認知的コーピング等との交絡によって早期回復や人間的成長が期待できるとする Tedeschi & Calhoum
(1996)が提唱したトラウマ後成長(Posttraumatic Growth)モデルが知られている。従来、急性ストレス障害または急性の PTSD
に対する予防効果が高い心理的介入としては、曝露法ベースの認知行動療法とナラティブエクスポージャーセラピー(NET)が良く知
られてきた(Shalev et al. 2009)。中でも Svauer,M(2010)の NET は McEwen(2010)のアロスタティックストレスモデルに基づいて考案
され、ノーマライジングや正当化技法を中心とした心理教育、想像曝露と順化管理を組み合わせた理想的な PTSD 予防パッケージであ
る。しかしながら、曝露法(exposure 法)には治療脱落や拒否が多いこと等が懸念されている他、震災復興過程における学校教育現場
では、単なる予防医学的アプローチにとどまらず、トラウマ体験後の成長を期待してストレスマネジメント教育を取り入れた NET 型
ストレスマネジメントパッケージの心理教育プログラムが必要になるなど、新たな視点が求められている。
本研究の実施にあたっては本学を中心に長崎大学、埼玉県立大学と共同研究体制を構築し、震災支援に関連する PTSD 予防に向けた
マンガを用いた心理教育教材の開発とその効果の検証、高校生の睡眠障害の原因になりうる睡眠衛生の実態調査、対人ストレスの緩和
に資するコミュニケーション教育支援ツールの開発、思春期に多い心身症の1つである過敏性腸症候群のストレス病態機序の解明、テ
レビ会議を利用した遠隔心理教育の効果等について幅広く研究をした。
ここではマンガを用いた心理教育教材の開発とその効果の検証を本課題研究の代表的な成果として以下にその骨子を紹介する。
PTSD 予防に向けたマンガを用いた心理教育教材の開発とその効果の検証:PTSD の治療はその病態機序そのものや、Exposure 法に
代表される治療技法が、誤解や不安等によって正しく理解されず、治療拒否や脱落を増加させる結果となることがある。そのため、と
りわけ児童・生徒に向けては、正確な治療技法
の心理教育的理解を提供することが PTSD の予
防的取り組みや早期治療開始に資する重要な関
門になると考えられる。そこで本研究ではマン
ガを用いた PTSD の心理教育用教材を作成した
上で、高校生を対象とした心理教育講座を実施
し、病態理解と治療動機に及ぼす効果を検証し
た。
〔方法〕地震被災地域に存立する3つの高校(生
徒数総計 2,421 名)において開催されたメンタ
ルヘルス講座において、PTSD 心理教育に関心
を持つ生徒を募集し、154 名の参加希望者を集
めた。現在治療中であるなどの除外基準をクリ
アした 135 名の高校生男女(対象平均年齢 16.6
歳)を対象にマンガをベースとしたクラスとテ
キストをベースとしたクラスの2つの教育条件
を用意し、1 クラス 30 名を上限としたクラス設
定を行って、無作為に振り分けた。心理教育授
業の内容は①PTSD の症状理解、②exposure 法
の理解、③ストレスマネジメントの理解の3回に分けて設定した。心理教育受講前後で IES-R、K6、The Client Satisfaction
Questionnaire の3つの心理検査が実施された。 研究手続き図を Fig.1 に示す。
〔結果と考察〕
分散分析の結果、
有意な pre-post 差が、
IES-R の Total スコア、
PTSD の知識の指標に対して観察された(いずれも p<0.05、
Fig2-1,2-2,5)。また、有意な教材差が K6 と満足度において現れた(Fig3,4)
。治療意欲の増加はマンガ群が高かった(Fig.6)
。また巻
末に本研究で利用したマンガの1頁を添付する。このようなマンガを使用した心理教育教材はテキストをベースとした伝統的な心理教
育方法より理解力などに優れた効果を発揮することが検証された。よりわかりやすいという意味をもつ「低強度化」された心理療法を
望む声が大きい中、本研究結果は1つの回答となりうるだろう。
(本研究成果は ICPM2013 で発表された)
本課題研究の遂行にあたっては、PTSD の中心症状に限らず、被災地支援に関連した児童生徒の健康増進に寄与する幅広い心身医学的
学術成果が生み出された。それだけ被災地のニーズは多様であったということだ。中でも、高校生の睡眠障害の原因になりうる睡眠衛
生の実態調査、対人ストレスの緩和に資するコミュニケーション教育支援ツールの開発、思春期に多い心身症の1つである過敏性腸症
候群のストレス病態機序の解明、テレビ会議を利用した遠隔心理教育の効果等について意義の深い知見が得られ、学術公表された。
睡眠衛生に関する研究については、Sugakawa ら(2013),管川他(2013)が Mastin 博士の開発した睡眠衛生尺度の日本語訳版を作成し、
高校生と大学生を対象とした尺度として完成し、基準データを収集し学術公表した。これによって児童生徒を対象とした睡眠衛生教育
の実施が可能となった。また、ストレスによる食行動異常は被災者の生活習慣病を作り出すが、そうしたストレス性の食行動異常を予
防するためにベックの開発した認知行動療法版ダイエットプログラムを日本語訳し、介入成果が良好であることを検証した(富家・新
川,2012)
。本方法は食行動異常のみならずメンタルヘルスの改善にも同時予防効果が発揮されることがわかった。さらに、対人ストレ
スに関わるコミュニケーション教育用教材の開発研究成果として、
児童生徒の発達段階に応じた社会的スキルの測定尺度を開発した(新
川他,2012; 富家他,2012)
。小中高をスムースにつないだコミュニケーション教育が可能となり、対人ストレスの緩和に期待が出来る。
代表的なストレス疾患の1つである過敏性腸症候群の心身医学的病態機序の解明(Tayama 他 2012a,Hamaguchi 他,2012)
、運動によるス
トレス緩和効果を掘り下げた研究(Tayama 他,2012b)
、遠隔支援技術を活用した心理教育支援事例研究(富家,2013 印刷中)が本課題研
究に関連して生み出された。
以上、本研究課題による研究成果は多岐にわたるが、被災地のニーズを鑑みると単一の疾患の予防のみならずコンパクトで配信しや
すい総合的な健康予防教育の実現を可能にすることこそが求められており、本研究成果を含めた心身の健康保持に及ぼす個体差科学へ
の期待は今後一層高まるであろう。
研究成果の公開状況(論文、学術雑誌、学会発表等)
Tomiie T, Ohno F, Sakakibara K, Hamaguchi T, Tayama J,Fukudo S 2013 Does the
psycho-education of PTSD using comics promote the motivation for the clinical treatment?
ICPM2013 22nd World Congress on psychosomatic Medicine.
Sugakawa J, Mastin D F, Tayama T, Hamaguchi T, Tomiie T 2013 The development of the
Japanese version of the sleep hygiene index. ICPM2013 22nd World Congress on psychosomatic
Medicine.
Ohkubo M, Shinkawa H, Tayama T, Hamaguchi T, Tomiie T 2013 Menstrual cycle
phase-related change in depressive mood, attentional and cognitive function in women with
PMDD. ICPM2013 22nd World Congress on psychosomatic Medicine.
Hamaguchi T, Tayama T, Saigou T, Tomiie T, Kanazawa M, Fukudo S 2013 Changes in
salivary physiological stress markers induced by aromatherapy and physical therapy in
patients with ibs. ICPM2013 22nd World Congress on psychosomatic Medicine.
西塚拓海・新川広樹・富家直明・田山 淳・濱口豊太 2013 反証と適応的思考の思考カテゴリー分類
の試み 日本行動医学会第 19 回大会
富家直明・新川広樹 2012 ストレスマネジメントで行うダイエット. 臨床心理学, 12, 789-794.
新川広樹・富家直明・田山淳 2012 児童生徒の発達段階に応じた社会的スキルを測定する尺度の作
成(1)―小学校低学年・中学年・高学年の生徒指導に向けて― 日本教育心理学会第 54 回大会.
富家直明・新川広樹・田山 淳 2012 児童生徒の発達段階に応じた社会的スキルを測定する尺度の
作成(2)―中学校・高等学校の生徒指導に向けて― 日本教育心理学会第 54 回大会.
菅川仁太朗・富家直明 2013 大学生・高校生を対象とした Sleep Hygiene Index 日本語版の作成. 日
本睡眠学会第 38 回定期学術集会.
Tayama J, Yamasaki H, Tamai M, Hayashida M, Shirabe S, Nishiura K, Hamaguchi T, Tomiie T,
Nakaya N 2012 Effect of baseline self-efficacy on physical activity and psychological stress
after a one-week pedometer intervention. Perceptual and motor skills. 114, 407-418.
Tayama,J., Nakaya,N., Hamaguchi,T., Tomiie,T., Fukudo,S. 2012 Effects of personality traits on
the manifestations of irritable bowel syndrome. BioPsychoSocial Medicine, 6:20
doi:10.1186/1751-0759-6-20.
Hamaguchi,T., Shimizu,K., Tayama,J., Tomiie,T., Saigou,T, Fukudo,S. 2012 Accelerometer and
Autonomic Nervous System Response to Physical Exercise in Patients with Irritable Bowel
Syndrome. 12th International Congress of Behavioral Medicine.
※1)この「研究成果の概要」研究期間終了から 2 か月以内(5 月末まで)に提出してください。
※2)この概要のほかに研究終了 1 年以内に論文として公開することが義務付けられています。
※3)成果が公開されたときには、論文別刷(抜刷)等をご提出願います。
※4)成果が公開されないときには,当該の研究チームの研究代表者はその後2年間は本助成への申
請資格を失います。