妊娠早期の破水管理の実際ーとくに妊娠28週以前の破水症例の場合ー

N―367
1999年9月
.クリニカルコンパス
2. PROM の取り扱い
妊娠早期の破水管理の実際
―とくに妊娠28週以前の破水症例の場合―
聖隷三方原病院
産科部長
宇津 正二
座長:北里大学教授
宮崎医科大学教授
都立広尾病院副院長
西島 正博
池ノ上 克
井村 總一
はじめに
未熟児医療の発達により,超未熟児や極小未熟児の救命率は飛躍的に向上したが,現在,
未熟児に対する胎外補助治療で後障害を残さない生存が期待できるのは,一般的には
1,
000g 以上,又は,妊娠26週以降の出生例からであろう.それ以前の妊娠早期破水例の
早産未熟児が元気に生育できるかどうかは,破水によって胎児に加わる種々のリスクをブ
ロックして,胎児にダメージを及ぼさないような子宮内環境を保ちながら,どこまで妊娠
維持できるかにかかっている.より良い状態で児を娩出して,速やかに未熟児医療にバト
ンタッチすることが基本的な産科管理の役割である.
1,
000g 未満の未熟児出生が予測されるような妊娠早期の破水例は,初期から地域の周
産期センターに母体搬送するのが最も好ましい戦略であるが,実際には,胎児の成熟度と
感染や仮死発生の有無を迅速に判定し,妊娠継続の限界点を的確に見極めたうえで,送る
側の産科施設と受け入れる側の NICU の医療レベルや管理能力などを考慮に入れた総合
的な周産期管理戦略が要求される.
前期破水症例の未熟性に対する基本方針とインフォームドコンセント(IC)
妊娠22週未満の破水は,原則的には流産の開始と認識するべきであるが,妊娠何週の
破水例から妊娠継続治療の対象にするべきかの規定はない.
流早産兆候(規則的な分娩陣痛,頸管開大,胎児下降,羊水流出,出血など)
胎児感染(膿性分泌物や混濁羊水の流出,母体発熱や CRP の異常高値など)
胎児仮死(持続性の胎児徐脈や頻脈,高度一過性徐脈の頻発,胎便排出など)
が明らかな場合には,妊娠継続を断念せざるを得ないが,一般的には妊娠22週未満の場
合には産科的治療対象としないことなどの IC を得ておくことが望ましい(図1)
.
産科的な初期評価
母体疾患の有無(重症妊娠中毒症,子 ,胎盤早期剥離,心不全,敗血症など)
分娩の進行度(腟鏡診,内診,経腟超音波による頸管像,子宮収縮で評価)
胎位と胎児発育,羊水ポケット(超音波所見で評価)
胎児肺成熟度と胎児仮死の有無(羊水マイクロバブルテスト,CTG モニタで評価)
子宮内感染の程度(流出羊水の検鏡,培養,母体 CBC, CRP,発熱で評価)
から,妊娠中断,児娩出か,又は,妊娠継続,待機治療かを決断する.
A)妊娠継続の断念
規則的な分娩陣痛が存在し,子宮口の全開大や腟内へ胎児が下降していたら新生児科医
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日産婦誌5
1巻9号
に立会いを依頼し,スムーズな経腟分娩をめ
周産期センター
ざす.
重篤な胎児仮死兆候や子宮内感染兆候,母
母体搬送
体異常が認められる場合,骨盤位,足位,横
児の成熟
基本的に
妊娠継続
促進の後
は自然経
位などの胎位異常,四肢脱出や臍帯脱出など
過観察
待機療法
早期娩出
の場合は直ちに児を娩出できるような超緊急
20週
22週
26週
28週
帝王切開が要求される.
(−) −
−
−
児娩出までに30分∼1時間程度の時間的余
+
+ IC
+ IC
IC
裕が期待できる場合は,子宮収縮を抑制しな
流 産
超未熟児
超未熟児
がら酸素吸入,ミラクリッド10万単位静脈
インフォームドコンセント(IC)
方針決定の条件
注射などの胎内蘇生を行い,最寄りの高次周
胎児自身のダメージと成熟度
胎児感染の有無
長期入院による母体のストレス
胎児仮死の有無
産期センターへ緊急母体搬送することも考慮
緊急帝王切開のリスク
早産兆候の有無
する.
長期に亘る未熟児医療
(家族の希望)
B)妊娠継続,待機治療
家族の負担
一方,分娩進行や感染,胎児仮死の兆候が
なく,妊娠継続と決断したら,早産,感染, (図 1 )前期破水症例の未熟性に対する産科
的基本方針とインフォームドコンセント
胎児仮死の予防と,胎児肺成熟の促進を基本
とした産科管理を開始し,NICU と連携を
とって,娩出場所と娩出方法も選定しておく.
基本的な産科的初期管理
1.子宮収縮抑制
ベッド上で骨盤高位臥床,絶対安静状態で,分娩監視装置で胎児心拍数変動と子宮収縮
曲線をモニタしながら
β ―刺激剤(塩酸リトドリン)持続点滴《ウテメリン:1A ; 50mg 5ml》
6A 5% TZ 500ml を 5 滴 分(50 µg 分)から始める.20滴 分が極量
MgSO4持続静注《マグネソール:1A ; Mg2g 20ml》
初期量は20ml 時間で始め,維持量は10ml 時間
Ca 拮抗剤(ニフェジピン)舌下錠《アダラート:1錠;10mg》
1錠 時間の舌下で,2回まで投与
インドメサシン坐剤《インダシン坐薬:1個;50mg》
1個 日に限り肛門挿入
などを単独又は併用する.
2.感染防止
外陰部,腟内の消毒《2%イソジン液による洗浄》を充分に行う.
初期評価以降はできるだけ内診操作は避ける.
母体への抗生物質の投与は,羊水の細菌培養と感受性検査結果が判明する前に,抗菌ス
ペクトラムの広い薬剤を 2 剤併用し,経静脈的に8∼12時間ごとに投与する.一旦平静化
した感染指標(母体温,白血球数,CRP など)の再上昇は治療抵抗性の重症感染の再燃
と考え,妊娠継続は断念し,早期に娩出して胎外治療に切り替える.
3.胎児臓器の成熟獲得
胎児の,肺とその他の臓器の成熟,血圧上昇,脳室内出血の予防効果も期待して
betemethazone《リンデロン12mg》12時間ごと 2 回筋注
又は dexamethazone《デカドロン4mg》8 時間ごと 6 回筋注 を行う.
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投与後は効果発現が期待できる最低48時間の妊娠継続を目指す.
4.胎児仮死防止
根本的には子宮収縮の抑制が,臍帯,胎盤,胎児への圧迫や子宮循環の障害を回避し,
胎児仮死や脳室周囲白質軟化症の発現を防止することにもつながる.急性の臍帯胎盤循環
障害による胎児仮死には母体の体位変換や酸素吸入などの胎内蘇生法に加えて,ミラク
リッド10万単位の静脈注射も胎内蘇生効果が期待できる.
5.母体の長期臥床に対する QOL 対策
ベッド上での骨盤高位,絶対安静,さらに点滴ルートや膀胱内留置カテーテル,CTG
モニタなどで繋がれたまま24時間臥床状態で数日から数週間耐えなければならないとい
う状況は,母体にとって肉体的,精神的に多大なストレスを強いることになる.
寝たまま食べられる姿勢や食材,食器などの工夫
便秘に傾かないように酸化マグネシウムの予防的投与
個室管理や家族の付き添い許可
不眠時の眠剤使用
現状治療の説明と今後の展望や予測を逐次話し合う
専任看護婦やカウンセラーによる精神的サポート
などの対策を考慮する.
このような基本的な産科管理だけで妊娠継続が可能な症例もあるが,ほとんどの例が羊
水流失や子宮収縮抑制困難,胎児仮死,感染兆候の再燃などの病的状況の進行が予測され
るため,以下に示すような産科的な特殊治療を追加する例は多い.
自施設で継続して追加治療するか,高次周産期センターへ母体搬送して治療を委託する
かは,施設間相互の状況を協議したうえで,児にとってより有利な選択が望まれる.
産科的特殊治療
1.頸管縫縮術と羊水流出防止対策
頸管縫縮術と羊水量を維持すると,妊娠を短期間延長することができる
マクドナルド氏又はシロッカー氏頸管縫縮術とフィブリンアドヘージョン法(1994,
相良)
,PROM フェンス装着法(1984,
Ogita)などの併用が有効
その後の代用羊水補充による胎児仮死の防止効果が期待できる.
2.温生食代用羊水の補填による胎児仮死防止対策
臍体圧迫による胎児胎盤循環障害の防止と子宮循環改善,子宮収縮抑制が期待できる.
子宮内感染がないことを確認して,羊水ポケット径で3cm,又は AFI で5cm 程度の羊水
量が維持できるように,超音波ガイド下に,経腹的または経腟的に温生食を300ml∼500
ml 時の割合で補填する.
いずれにしても長期間の妊娠継続は望めないが,現時点で無病生存が充分期待できる妊
娠26週を第一目標にし,それも叶わぬ時は産科的な特殊治療も併用しながらステロイド
の胎児臓器成熟効果が期待できる48時間の妊娠延長を最低目標に母児管理を進める.
前期破水例の未熟児出産に対するより侵襲の少ない分娩管理
前期破水早産例の未熟な胎児にとっては帝王切開分娩の方が有利である.妊娠早期の破
水例では,急速に進行して短時間で終了するような幸運な経腟分娩もあるが1,
000g にも
満たない小さな胎児が産道内で長時間物理的な圧迫を受けると,多大なダメージを受ける
ことになる.未熟な早産児に吸引分娩は絶対禁忌だが,産道からの児頭圧迫を軽減するこ
とを目的とした慎重な鉗子分娩は有用な急速遂娩法である.また,前期破水早産例の帝王
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1巻9号
切開術は,子宮収縮抑制作用のあるセボフルレンガスを用いた全身麻酔で行うと,児に優
しい手術操作で娩出することができる.
充分に子宮収縮を抑え,弛緩した状態で子宮切開を加えると,落ち着いて慎重に児娩出
操作を行うことができるため,児に致命的な侵襲を加えることがなく,出生後の未熟児管
理に有利な状態で児をバトンタッチすることができる.出生児はスリーピングベビーの状
態であるためアプガースコアは低いが,臍帯動脈血の pH や酸素飽和度は良好で,胎児仮
死状態での出生ではなく,麻酔ガスが出生後の呼吸循環管理に悪影響を残すこともない.