シンガポール日本人会クリニックに勤務して - 千葉大学

〔千葉医学 83:149 ∼ 150,2007〕
〔 海外だより 〕シンガポール日本人会クリニックに勤務して
千葉大学大学院医学研究院加齢呼吸器病態制御学 日 暮 浩 実 当クリニックはシンガポール在留邦人のために1985
視鏡検査も外科医に来て頂いて行なっています。腹部
年に設立されました。シンガポール日本人会がその
超音波も行なえます。スタッフ,施設としてはかなり
運営にあたっています。日本人会は在シンガポール日
充実してきましたが今の体制となったのは漸くこの 4
系企業を経済的拠り所としていますので当クリニック
月のことです。
はそうした日系企業に支えられているといってよいで
やしの木の茂る南洋の国で,日本でのしがらみを忘
しょう。設立当初,医師は日本人医師 1 人でしたが,
れ,ちょいとゆっくり過ごそうなどと考えて来たのが
1991年,法令によりシンガポール人医師が必要となり,
本当のところでしたが,来てみると,とてものんびり
以来,シンガポール人医師 1 名が常勤で勤務していま
はしていられないことがわかりました。というのもい
す(現在 2 代目)。2001年,現地採用で心療内科を専門
きなり経営的な問題に関わらざるを得なくなったから
とする日本人医師が診療を開始し(非常勤),2005年夏
でした。私はこのクリニックの唯一の常勤日本人医師
からは,更にもう一人,日本人医師(私の妻)が登録
ですから私が在留邦人に信頼されなければ,患者さん
されました。しかしながら,現在でも当院の常勤の日
が来なくなり,すぐにクリニックの経営に障りが出て
本人医師は私一人( 6 代目)です。スタッフは他に薬
しまします。実際,数年前,フィリピンの日本人会医
剤師 1 名,看護師 2 名,検査技師(常勤 1 名,非常勤
療施設の医師が不人気で受診患者数が減少し,存続が
1 名),レントゲン技師 1 名,事務スタッフが常勤,非
危ぶまれたと伺いました(現在では,後任の医師によ
常勤あわせて 6 名,他にも非常勤で言語聴覚士 1 名,
り人気を取り戻しています)。
管理栄養士 1 名が勤務しています。血液検査,尿検査,
また,切実だったのは時代の変化です。シンガポー
レントゲン検査は施設内で行なえます。上部消化管内
ル邦人医療業界は競争の時代に入っていました。翻っ
クリニックスタッフ(前列向かって右から 2 人目が筆者)
150
日 暮 浩 実
てみると,概して外国語が苦手な日本人にとって,日
間はこうした改革にかなりの労力を要しました。衝突
本人医師の存在は,かつてはそれだけで大変ありがた
もありましたが,現在ではスタッフ全員の努力で患者
いことだったに違いありません。当クリニック設立当
数も増えてきました。日本人会会長から,もっとシン
初は日本人医師のいる医療施設は 2 つだけでしたが,
ガポールに長くいて欲しいと言う御言葉を頂いたとき
近年,数が増え,私が赴任した時には事業所としては
は心から嬉しく感じました。
4 つ(分院も含めると, 5 つ *)となっていました。各
当クリニックは日本の田舎の開業医と同じような面
施設とも日本人スタッフを増やすなどサービス向上に
があると思います。よろず診療所です。昔,私が勤務
努め始めていました。スタッフ全員が日本人という施
していた田舎の総合病院のそのまた田舎に小さな医院
設まで出現しました。さらに日本の景気後退のため邦
がありましたが,標榜科の数が,その総合病院のもの
人数が減少したことなどもあり,旧態依然とした当ク
より多かったことが思い出されます。当時は胡散臭い
リニックの受診患者数はここ数年,減少傾向でした。
医院だと思っていましたが,自分の専門に拘らず,い
聞けば,在シンガポール日本企業の役員の方々の中
ろんな患者さんがやってくるので,その対応をしなく
にもこのクリニックは既に不要だとする意見が出てい
てはならならなかったのだなということが今では理解
たとのことでした。厳しい時期に赴任してしまったも
できます。例として図 1 に昨年12月の外来患者さんの
のだと思いました。不要ならば私の代で潰してしまお
疾病の内訳を示しました(少々乱暴な分類ですが御容
うかとも思いましたが,それではなんとも人聞きが悪
赦いただければ幸いです)。内科,小児科(外来患者の
いのでこれは頑張るしかないと思いました。患者さん
うち30%以上は小児)はもちろん,日本だったら皮膚
に気に入ってもらうにはどうすればよいか,これには
科,整形外科,泌尿器科,眼科,耳鼻科などに行くは
様々な要因があり,大変,悩ましい問題です。患者さ
ずの患者さんも当然の如く来院されます。熱傷,気胸,
んに優しくしようとするとスタッフには厳しくなるこ
心筋梗塞,脳梗塞の患者さんも来院され救急病院にお
ともあります。文化の違いからか,日本人スタッフな
連れしました。肺癌,膀胱癌,肝臓癌,胃癌などの方
ら問題なく理解されるところをシンガポール人だとそ
もいらっしゃいました。心の病にかかる方も多いです。
うは行かないことも多々ありました。例えば,患者さ
私は一介の内科医ですから,全ての病気に精通して
んへは笑顔で接するとか少しぐらい患者さんが遅く来
いるわけではもちろんありません。最初は当院にはな
てもいやな顔をしないとかいったことを指摘しても簡
かった問診表を作ったのは,患者さんの待ち時間の間
単には理解されませんでした(日本的人情は通用しま
に,インターネットや本で調べる時間を作るためでし
せん)。私個人としてもサービス向上に努めました。例
た。対応は大変なこともありますが貴重な勉強をさせ
えば,小児の患者さんの場合,必要に応じて私個人の
て頂いていると感じています。在留邦人のために,更
携帯電話番号をお教えし,連絡を頂くようにしました。
に努力を続けて行きたいと思います。
実際,夜に電話が来て救急病院に同行することもあり
ました。その他,詳細は省略いたしますが,この 2 年
* 註 1 …現在はさらに 1 つ増え, 6 つとなっています。
図 1 外来患者内訳(2006年12月)