若きサイエンスの萌芽

若きサイエンスの萌芽
第 1 回 TOBIRA 研究助成田中啓二特別賞
マイクロ構造物を迷路構造に配列し,血液中の血球を捕捉
し血漿成分を効率よく抽出する,マイクロ血漿成分抽出
フィルタの開発
筒井博司
大阪工業大学工学部ロボット工学科
高齢化社会を迎え, 医療は QOL (Quality of Life) を重視し, 治療から
予防や早期発見へ重心を移すとともに, POC (Point of Care) に用いるμ
-TAS または Lab on a Chip と呼ばれるマイクロ血液分析デバイスの研究が
盛んになった. 本研究は, 遠心分離機やメンブレンフィルタなどによる前処
理を必要としない, 使い捨てマイクロ血液分析デバイスに組み込むことので
きる, マイクロ血漿成分抽出フィルタの実現を目指すものである. 本フィル
タの原理は, MEMS 技術を用いることにより, 血球を破壊することなく血漿
成分のみを抽出するものである.
●マイクロ構造物を迷路構造に配列 (基本原理)
マイクロ血液分析デバイスの特徴は, ごく少量の血
液採取によりその場で分析ができることである. そこ
で遠心分離機やメンブレンフィルタの前処理を必要と
せず, マイクロデバイス内で目詰まりや血球を破壊す
ることなく血漿成分のみを抽出できるフィルタの構造を
考案した. マイクロ血液分析デバイスは基本的には
ディスポーザブルであることから, メンブレンフィルタ
が 3 次元的構造に対し, 本研究のマイクロ血漿成分
抽出フィルタはシンプルに 2 次元的構造, すなわち
面として構成することを基本とした.
マイクロ流路内で, フィルタを通過する血液中の血
球成分のみをフィルタ全面で捕捉し, 血漿成分のみ
を 抽 出 で き る 構 造 を, MEMS 技 術 (Micro Electro
Mechanical Systems) を用いて考案した.
そ の 原 理 を Fig.1 に 示 Fig.1
す. 図のようにフィルタ面
全面にマイクロ構造物を迷
路のように配置する. 図中
赤丸は赤血球, 青の矢印
は血液の流れ, 小さな四
角はマイクロ構造物であ
る. フィルタ内に左側から
全 血 が 注 入 さ れ る と, 血
球は迷路状に配置された柱状のマイクロ構造物からな
るポケットに捕捉されるが, 血漿成分は構造物の隙間
を通過して前方に抽出される. 最終的に血球成分は
フィルタ全面に捕捉され, 血漿成分のみがフィルタ外
に抽出される.
●MEMS 技術
マイクロ血液分析デバイスはディスポーザブルであ
ることを目指し, 樹脂加工が可能なマイクロ構造物で
あることを前提として, フォトリソグラフィ技術により微
細構造を作製した. 赤血球は直径約 8μm, 厚さ約
2μm の円盤状をしているが, 非常に柔らかく変形能
力が大きいために, マイクロ構造物の高さと間隙の決
定が重要である. 原理実証実験において, フィルタ
面積 510×510μm2 柱状 Fig.2
マイクロ構造物の底面
3.4×3.4μm2, 高 さ 5μ
m, 間隙 0.85μm とした.
フォトリソグラフィ技術により
ガラス基板上にフォトレジ
ストを用いてマイクロ構造
物およびマイクロ流路を作
製し, 樹脂製蓋を接着す
る こ と に よ り 完 成 す る.
Fig.2 に作製した流路とフィ
ルタ部マイクロ構造物の写真を示す.
●血漿成分抽出実験
Fig.3 にヒトの全血を用いた血漿成分抽出実験を示
す. (a) ~ (c) は全血がフィルタ内を通過するに従い
血球成分と血漿成分に時系列に分離し, 最終的に
(d) のようにフィルタ外に血漿成分が抽出された.
Fig.3 に示すように, 左側
面より注入した全血のうち
赤血球はフィルタ入口より
徐々に捕捉され, 透明の
血漿成分のみが前方に抽
出 さ れ る. 血 液 を 前 方 に
押し出す力は現在毛細管
現象を利用し, 外部圧力
Fig.3
を 負 荷 し て い な い. そ の
ため, 微細構造物のポケットに捕捉された赤血球に
は毛細管現象による流体にかかる圧力以外に負荷が
かからないため, 赤血球が破壊損傷することがない.
この点が本血漿成分抽出フィルタの重要な特長であ
る.
●今後の展開
以上の原理実証に基づき, 今後は実用サイズに
拡張した血漿成分分離実験を経て, ディスポーザブ
ルを目指したデバイスに取り組んで行く予定である.
E-mail : [email protected]
URL : http://www.tobiraproject.or.jp/
TEL : 042-367-5638
産 ・ 官 ・ 学 ・ 医の連携を