ホタルの擬態 大場信義 ( 神奈川 県横須賀市) は じめ に 異な った生物間 において驚 くほど形態 ・色 彩が相互 に類似 していることがあるが , 偶 然 に似て いるのか , ま たは必然 的な ことなのか を判断することは困難であ り, 多 くの事例 に おいては推測 の域 を出ない。 熱帯 には特定 の木 に数千, 数 万 と集 まって 明滅発光 を繰 り返す ホ タルが知 られて い る ( H a r v e y , 1 9 5 2 ; H a n e d a , 1 9 6私6ヤ )ま。 ノヽプ ア ・ニュー ギエ アのプテ ロプテ ィックス ・ェ フルゲ ンス Prerθ rr」 ァ ,s(以 下 エフ pryX θ gθ ルゲ ンスと呼ぶ)と マ レー シアのマング ロー プ地域 に生息するプテ ロプティ ックス ・テナ ー P.rθ ″er(以 下テナー)の 集団発光行動の 比較観察 を行 ってきたなかで ,こ れ らのホタ ルの集団内にお いて擬 態 と考え るのが妥当と 思われ る事 例 を確認 した (大場,1992b;大 場,1995)。 ここではホタル集団内 の擬態 に ついて私 自身が観察 し,解 釈 した ことを中心 に紹介する。 1.パ プア ・ニ ュギニ アのホタルの集団発光 と擬態 エフルゲ ンスのオス成 虫 は体長約 8 mm,前 胸背板は橙色,鞘 翅 は黒色で,鞘 翅先端が内 側 に折れ曲 り,発 光器 は腹節第 5・ 6節 日と 4節 目の半分 にある。 メス成 虫 はオスに似て いるが ,体 がやや 幅広,鞘 翅の先端 は折れ 曲 がつてお らず ,発 光器 は 5節 目にある。オス メス成虫 ともに全体が黒色であ り,前 胸背板 は鮮やかな種色である。 エフルゲ ンスの集団は年間を通 して 同一場 所 に形成され集 団発光 を行 っている (羽根 田 ・ 大場,1992a;大 場,1992b)が ,こ の集団の 中 に混 ざって ,色 彩 パ ター ンが非常 によく似 た他科 の昆虫類が,同 一 の木 において も,エ フルゲウスが止 まっている同 じ一枚 の葉で も 多数発見 された。確認できた もので もジョウ -41- カイボ ン科 ・ベエ ボタル 科 ・ハム シ科 ・カ ッ コ ウム シ科 ・カ ミキ リモ ドキ科 ・ハ ネカ クシ 科 な どが あげ られ ,他 に小蛾類 の 1種 が ある。 これ らのなか には ,交 尾 中 の 昆虫 も多数観察 され ,集 団発光 の木 が これ らの昆 虫類 の配偶 行動 の 場 とな って いた。 これ らの昆 虫 はホ タ ルの擬態者 と考 え られ るが , この ことを裏付 けるには , これ らの昆 虫がな ぜエ フルゲ ンス に色彩 を似せ るか とい うことが示 されな けれ ばな らな い。 エ フル ゲウスは夜行性で あるが,昼 間 は葉 で 休息 して い るので ,夜 間 も昼間 も常 に捕食 圧 が加わ って いる ことにな るので ,終 日何 ら かの 方法 によ り防衛 しな い限 り,た ち まち捕 食者 に食 べ られて集 団 の維持 がで きな くな る ことが想定 され る。 こうした なかでホ タルが 擬態者 のモ デル にな るため には,捕 食者 がホ タル を忌避 す る必 要が ある。 一 般 に多 くのホ タルのホ タルの成 虫 は体 に刺激 を加 える と体 の 周縁 の 定位置 にある分泌線 か ら嫌 な臭 いや 体波 を放 出 し,動 物が忌述す る ことが 実験 的 にも確認 されて いる (Bulum&Sannasi,1974 ;Ohba&Hidaka,1991)。 この体液 を放 出す る行動 (Reflex bleeding)は 鳥な どの捕 食者 か らも防 衛効果が ある ことが 報告 されて いる ことか ら,ホ タルがモデル とな る可 能性 が高 い。以上の背景か らエ フルゲ ンスのホ タルが 有す る臭 いによる防衛行動 と発光行動 を結び つ ける ことで ,特 に学習能 力 の ある捕 食者 に 対 して ,発 光 が警告 シグナル としての役割 を 演 じて いる可能性が高 い。 この考 え を支持す る発 光行動 を有す るホタルが 西表 島か ら発見 されて いる。 加″Sθ肋 2, イ リオモテボタル 跡 2gOpヵr力 2ア は メス 成虫が幼虫型で あ り,オ ス を誘 引す る ときには ,逆 立 ち した体制で尾端腹側 にある 1節 の発光器 を強 く発 光 させ るが ,交 尾後 に は ,岩 の 隙間な どに潜 り,体 を ドー ナツ型 に 丸 めて抱 卵保護す る。 この ときに少 しで も刺 激 を加 える と,各 体 節 に両脇 と背 中 に 3個 づ つ並ぶスポ ッ ト状の小 さな発光 器 か ら光 を放 つ 。 この発光 の様子 は リング状 に光 る 目玉模 様 を連想 させ る もので あ り,卵 を外敵か ら守 るための警告 シグナル とみな され る。イ リオ モテボ タルの メス はオス を誘引す る とき と卵 を守 る とき とで ,発 光部位や発光 の しかた を 虜1的に使 い分 けて いる。イ リオモテボ タル の メス も特殊な臭 いを放 ち, この ことと発光す る 目玉模様 を結び あわせた 形で防衛行動 を適 応 させた と思われ る。 エ フル ゲ ンスは臭 い と発光 を結び合わす こ とによ り夜 間 にお ける防衛行動 を獲得 した と 考 え られ るが ,昼 間 につ い て は更 に説 明が必 要で ある。夜行性 のエ フルゲ ンスの 前胸背板 が鮮やかな 色彩 で あるの は ,昼 間 の外敵 に対 す る警告色で ある とみな され る。 夜行性 の ホ タル に とって昼 間 は外 敵 ,特 に鳥類 の捕食圧 が高 くな る状 況 にある。 特 に特定な木 に集合 して いる場合 にはた ち まち捕 食 されて しま う 危険が高 い。そ こで ,エ フルゲ ンス は臭 い と 色彩斑紋 パ ター ンを結び合 わす ことで 学習能 力 のある外敵 の捕 食圧 を下 げた と考 え られ る。 即ち,エ フルゲ ンスは夜 間 には学 習能 力 の ある夜行性 の外敵 に対 し,発 光 =臭 い分泌液 を放 出 =ま ず い,一 方 ,昼 間 は警告色 =臭 い 分泌液 =ま ず い とい う効果 が働 き,学 習能 力 のある外敵 に対 して も捕 食圧 を下 げる効果 を あげて いる と考 え られ る。 エ フルゲ ンスの大 集 団 のなか には嫌 な臭 い を出 した り,味 の悪 い とされて いる科 の 昆虫 も含 まれ るが,エ フルゲ ンス に比 較 して捕食 圧が少 しで も大 きけれ ば , このよ うな ミュ ラ ー 型擬態 も成立す る。 一 般 にホ タルの外敵 と しては ,ク モ ,イ モ リ,カ エル ,サ ンシ ョウ ウオ,コ ウモ リ,カ メ,鳥 な どが予想 され る が ,野 外で の確認 は至 難 の ことで ある。 私 は この擬態構造 を知 るため に,無 作為 に エ フルゲ ンスが集 団 を形成 して いる木 をスイ ー ピング (1∼ 2mの 高 さの 範 囲)し て ,擬 態者 の 比率 を算 出 した 結果 ,10∼ 30%で ある ことを突 き止 めた ほか (大場,1992b),各 々 の擬態者 の構成比 も求 め る ことがで きた。 こ れ まで ,同 一 の狭 い生 息環 境 のなかで ,擬 態 -42- 者 の比率が数量的に把握 された例 は全 く無 く, 擬態 の進化過程を探 る上で重要な知見 となっ た。ホタルの大集団内に数種類以上の甲虫や 鱗翅類がホタルに擬態 していることを報告 し た例は全 くな い。今後,さ らに擬態者の季節 変動 を追跡するとともに,種 構成 の変化 につ いて も追跡調査する予定である。 2.マ レー シアとイ ン ドネシアのホタルの集 団発光 と擬態 マ レー シアのマングロー プに生息す るテナ ー はエフルゲンスと同様 に集団発光 し,周 期 を一斉 に揃 えて明減するが,年 間通 して 同一 場所 に集合 し,集 団を維持 している。テナー は全体 に淡褐色であ り, 6 mm前後 の小型 のホ タルである。 このホタルの集団発光 とそ こに 生息する昆虫類を観察 した結果,エ フルゲン スの生息地 でみ られた と同様,テ ナー に擬館 していると推定される多 くの昆虫を確認する ことができた。擬態昆虫はジョウカイボ ン科, ハムシ科,ウ ンカ類 な ど多様であ り,擬 態者 の比率は最大40%ま で及んだ (大場,1995)。 エフル ゲンスとは全 く色彩の異なる淡褐色 の 擬態昆虫が,遠 距離 にある異な るホタルの大 集団 において類似 した擬態構造が明 らかにさ れたのはこれが初めての ことである。 テナー は年間通 して同一場所で集団発光 し, 擬態者が集合 しやすい状況 にある。以 上の実 例 か らみて も, こ こに報告 した事例は単なる 偶然的な現象ではな く,必 然性があって の こ とと考 えるほうが妥当であ り,普 遍的な現象 として理解 できる。 一方,イ ン ドネシアに生息するムナキキベ リボタル Pyrθ p力2コθs appe,何cどF2r2も 特定 の木 に集合 して集団発光す るが,同 種 の集団 か ら無作為 に採集 された資料を調査 した結果, ムナキキベ リボタル に擬態 したと思われる昆 虫 は認め られて いな い。ムナキキベ リボタル は集団形成場所 が時 々変わる (松香,1988) ために,仮 に擬館者が存在 しても,集 団形成 場所 に追従することはきわめて困難である。 以上 の ことか らも,擬 態者が生 じる背景 に は , 1 ) 擬 館者 の生 活環境が至近距離 内 に存在す る。 2 ) モ デ ル とな る ホ タル が 同 一 場 所 で 移 動 す yθ ttθ s」 k2 びメry川竹sθど コ,(12)i48. る こ とな く集 団 を形 成 して い る。 とい う条 件 が 少 な くて も満 足 され て い る必 要 松香宏隆 1988.南 の 島 の ホ タル の 木 .イ ン セ クタ リゥム,25(2):12-17. 大場信義 1992a.熱 帯 の ホタル に擬態す る昆 虫 .日本動物行動学会第 11回発表要 旨集 :14. が あ る。 ing in the lampyrid せ ヽθrメ コ」s p/raFisi 大場信義 1992b.ラ バ ウルでみたホタルの木 . イ ンセ クタ リゥム,29(5)i22-24. 大場信義 1995.驚 異 の世界 一ホタル擬題. defensive function. ア . びθ ″p, P力ys,θF., 144!277-286. 生 物科学,49(1)117-22. Ohba,N, & T.Hidaka 1991. Reflex bleeding 引用 文 献 Bulum M., & A.Sannasi 1974. Reflex bleed― larvey,N. 1952. J】θFlrPブ 切θscθ,Cθ. Academic of fireflies and prey― predator relation― ship. 2J″ど F″′ θr,, θr,θ F, cθ ″rθ. 2bSr. i 3 1 . Press, New York Haneda,Y. 1966. Synchronous ilashing of firefhes in New Guinea. Scメ .妃θ pr. │1畿 │辛 夕習 肇 祓 :轟 霰 討 革 :ん │:報 轟■! ゑ 鸞繋畳 襲 写真 1 . パ プア ・ニ ュ ー ギ ニ アのホタル の集 団 に混 ざ って発見 された擬態昆虫 1 ∼ 1 2 . べニ ボタル科の各種 , 1 3 . ジ ョウカイボ ン科の 1 種 , 1 4 . カ ッ コ ウムシ科の 1 種 , 1 5 . ハム シ科の 1 種 , 1 6 . 蛾 の 1 種 , 1 7 . プ テ 回 プテ ィックス ・エ フルゲ ンス ( ホタル科) - 43 -
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