玉田康成研究会第 8 期 音楽パート 岡崎 達也 中川 秀人 松本 俊一 山田 隼也 横山 惇 はじめに ここ十年程でのコンテンツのデジタル化、インターネットの発展といった急速な情報化 社会への変革は他のメディアコンテンツ産業と同様に音楽産業業界にも大きな影響をもた らした。2000 年代に入ってからは、これまでの主要な流通手段であったCD(パッケージ 販売)の売上が例年落ち続け、アップル社の iTunes に代表される有料音楽配信(ノンパッ ケージ販売)が急速な成長を続けている。これには、CD の値段に変更がない一方で、有料 音楽配信は今日に至るまで値下げを繰り返し、消費者のニーズに対応してきたことが一因 としてあげられる。何故レコード会社と、有料音楽配信サイトでこのような違いが生じた のだろうか。一つとして、音楽に対する考え方の違いをあげることができる。レコード会 社は、音楽を販売することによって利益を得ようと考えているのに対して、有料音楽配信 サイトは、音楽をハード、つまり音楽再生機器を売るための手段として考えているのであ る。この観点から現在の音楽業界を眺めてみると、昨今のレコード会社の低迷は、レコー ド会社と有料音楽配信サイトとのインセンティブの衝突と捉えなおすことが出来ると言え よう。果たして、レコード会社は従来通りのスタイルで生き残ることが出来るのだろうか、 それとも別の道を進んでいくことになるのだろうか。そこで、この論文では最初に音楽業 界の歴史や現状について述べたうえで、そもそも音楽とはどのような特徴を持つ財である かを定義し、その上で有料音楽配信業界が参入する前のレコード会社のモデルを経済学的 分析を用いて議論する。さらに、現在の音楽市場に起きている問題についてより詳しく述 べたうえで、レコード会社が生き残るための戦略について考察していきたいと思う。 1 目次 はじめに 1 第1章 音楽市場の歴史と現状 4 1-1 CD が売れない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 1-2 有料音楽配信 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 1-2-1 PC 向け音楽配信 1-2-2 携帯向け有料音楽配信 1-3 レコード会社の利益・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 1-4 音楽産業の将来・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 10 第2章 『音楽』とは 2-1 『音楽』とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 2-1-1 『情報財』とは 2-1-2 『経験財』とは 2-1-3 『著作権』とは 第3章 従来のレコード会社のビジネスモデル 3-1 11 CD レンタルとその経済学的分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 3-1-1 価格差別について 3-1-2 モデルによる検証 3-2 再販売価格維持制度について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 3-2-1 再販売価格維持制度とは 3-2-2 再販売価格維持制度の歴史 3-2-3 レコードの再販売価格維持制度が必要な理由 3-2-4 再販売価格維持制度の限界 3-3 小売価格が高い理由とその経済学的分析・・・・・・・・・・・・・・・・ 3-3-1 モデルによる検証 2 20 22 第4章 問題点の指摘 CD 売上減少の原因・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 4-2 配信会社とレコード会社の目的の乖離・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 4-3 有料音楽配信の更なる低価格化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 4-1 第5章 付加価値を付与する戦略と補完市場への戦略 28 5-1 付加価値を付与する戦略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 5-1-1 CD シングル、アルバムの販売を続けるために 5-1-2 AKB48 の戦略 5-1-3 抱き合わせ販売とその経済学的分析 5-1-4 通時的価格差別 5-2 ライブで儲ける―補完市場からの利益獲得―・・・・・・・・・・・・・・・32 第6章 有料音楽配信へ配信権を販売する戦略 34 6-1 レコード会社が直面する価格面における問題・・・・・・・・・・・・・・・35 6-2 有料音楽配信の価格設定とその経済学的分析・・・・・・・・・・・・・・・35 6-3 価格をコントロールするための垂直統合・・・・・・・・・・・・・・・・・38 6-4 moraの失敗・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 6-5 再販売価格維持・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 第7章 結論 41 参考文献 43 3 1章 音楽市場の歴史と現状 1-1 CDが売れない 音楽用コンパクトディスク(以下、CD)は 1982 年にソニーとフィリップスによって共 同開発されて以降、アナログレコードにとって代わり世界中で主な音楽供給媒体としての 役目を担い続けてきた。マイケル・ジャクソンのCDアルバム「スリラー」は全世界で1 億枚以上の売上を記録し、またCDが全盛期を迎えていた 1999 年には日本国内でシング ル・アルバムあわせて 40 作品のCDが 100 万枚を超えるミリオンセラーとなった。しかし、 近年ではCDの売上は大きく減少傾向にあり「スリラー」のような大ヒットはもちろんミ リオンセラーを記録する作品でさえかなり稀になってしまった。2007 年の国内のミリオン セラーCDはわずか3作品であったことからもCD販売の売上がいかに落ち込んでいるか が伺える。 実際には、CDの市場規模はどう変化しているのだろうか。以下のグラフは、1999 年~ 2008 年にかけてのシングル・アルバムをあわせた CD 生産量の遷移を表したグラフであ る。 (参考) 社団法人 日本レコード協会 http://www.riaj.or.jp/data/cd_all/cd_all_q.html 見ての通り、CD生産量は明らかに右肩下がりに減少し続けている。2008 年の生産量は 242,451 枚、1999 年(423,758 枚)の約半分まで落ち込んでいる。金額ベースからみても、 1999 年に 5696 億円に記録していた音楽ソフトの総生産額は 2008 年には 3618 億にまで落 ち込んでいる。 また、こうしたCD販売が伸び悩んでいる昨今の状況はCD小売店にも大きな悪影響を 4 もたらしたことは言うまでもない。米国音楽ソフト販売大手であったタワーレコードを経 営するMTSは、2006 年8月に日本の民事再生法に相当する連邦破産法 11 条の適用を申 請し事実上の経営破綻となった。タワーレコードは 1960 年に誕生し、これまでに全米 20 州で 89 店舗を展開していた。また日本国内にも 1979 年に進出し 79 店舗を持っている(た だし、日本法人は独立しているため影響はない)。このニュースが近年のCD販売の低迷 ぶりを象徴しているかのようだ。 ただ、CDなどの音楽ソフトの売上の減少を単に音楽産業自体の衰退と結び付けてしま うのは早計である。これらの背景には有料音楽配信というパッケージ販売に対する強力な 代替財の登場があるからだ。 1-2 有料音楽配信 1-2-1 PC 向け音楽配信 これまで繰り返しているように、メディアの発展・多様化がインターネットを通じた有 料音楽配信という新しいビジネスモデルをもたらし音楽産業業界に急激な変革をもたらし た。1998 年頃にPCにおいてMP3フォーマットが世間一般に普及し、音声ファイルの受 け渡し、保存、コピーが手軽になり、一部でインターネットを通じた音楽ファイルの配布 が始まった。 そして有料音楽配信の代表とされるのが、2004 年にアップル社がサービスを開始した音 楽配信サイト iTunesMusicStore(現 iTunesStore)である。iTunesMusicStore は1曲 99 セント(当時のレートで約 100 円)という低価格、開始当初から 45 万曲という十分すぎる 品揃え、保存コスト・探索コストの低さといった利便性を兼ね備えていたため、同社のオ ーディオメメディアプレイヤーipod とともに急速に消費者に浸透・普及していった。日本 では、利益の減少を恐れたレコード会社の抵抗もあり、世界各国に少し遅れをとり 2005 年 に iTunesMusicStore が上陸した。現在 iTunesStore は世界 22 ヶ国で展開され、各国で多 少の差異はあるものの、いずれの国でも約 100 円相当の低価格と 600 万曲を超える大量の コンテンツを配信している。現在、iTunesStore の PC 向け有料音楽配信の市場シェアは日 本国内で 60%、米国では 70%を超える圧倒的な市場シェアを誇っている。 しかし、iTunesMusicStore が登場するまでこうした有料音楽配信サービスが存在しなか ったわけではない。次に、日本の PC 向け有料音楽配信市場に絞って、その歴史について みていこう。 2004 年 4 月 CD の売上の減少を懸念し、音楽配信に対して消極的だった日本のレコー ド会社だったが、ソニー・ミュージックなどレーベル各社が共同出資し株式レーベルゲー トを設立。そのレーベルゲートが運営する有料音楽配信サービス mora(モーラ)がスタート 5 する。 2004 年 10 月 マイクロソフトが運営するMSNミュージックがサービスを開始する。 2005 年 2 月 ヤフーが運営するヤフーミュージックがサービスを開始する。 2005 年 3 月 オリコンが運営する音楽配信サービスがスタートする。 2005 年 8 月 iTunesMusicStore が日本に上陸(20 ヶ国目)、サービスを開始する。 日本は情報技術の先進国でもあり、米国に次ぐ第 2 位の音楽消費国でもある。しかし、 上記のようにアップル社にとってかなり良い市場でありそうなその日本に iTunesMusicStore が上陸したのは mora スタートから一年以上遅れ、競合の既存サービス が多数ある状況でのスタートとなった。iTunesMusicStore の日本進出を遅らせたのは、日 本のレコード会社であった。繰り返しになるが日本のレコード会社はCDを売りたいがた めに、音楽配信サービスの開始に対して積極的ではなかった(自分たちで運営する Mora の開始に対してでさえ腰が重かった)。iTunesMusicStore が国内でのサービスを始めてか らも、当初ソニー・ミュージック、ワーナーミュージックなど一部の大手レコード会社は iTunesMusicStore への楽曲提供を拒否していた。しかし、日本の他の音楽配信サービスは 既存企業の優位性を持ちながらも、価格面でも楽曲数でも圧倒的に優る iTunesMusicStore の普及を止めることはできなかった。例えば Mora が 1 曲 200 円前後の価格で、1 年半かけ てやっと約20万曲を揃え、楽曲転送に3回という回数制限を設けていたのに対し、 iTunesMusicStore は1曲 150 円の低価格で、開始たった4日で楽曲数は 100 万曲を超え消 費者に不便な利用制限は何も無かった。結局、わずか一ヶ月後にソニー・ミュージックが iTunesMusicStore への楽曲提供を発表した。また、mora、ヤフーミュージック、オリコ ンなど他の国内音楽配信サービスも楽曲の価格を iTunes に合わせて値下げした。こうして 日本国内のレコード会社は CD といった従来のパッケージ販売のみに固執する戦略をやめ、 有料音楽配信というノンパッケージ販売による新しいビジネスモデルを受け入れざるを得 なくなった。 視野を日本国内から国外に広げてれば海外での PC 向け有料音楽配信の成長・拡大は日 本以上であり、特に米国では CD などパッケージ販売を含めた音楽市場全体のうち 25%の シェアを iTunes Store が占め楽曲小売販売のトップに立った。またイギリスの人気ロック バンド、レディオヘッドは 2007 年 10 月に発売したアルバムを、レコード会社を介さずに オンライン販売のみで、それも個々の消費者に自由に価格設定をさせて販売するという新 しい流通形態を用いて話題を集めた(後日、CD やアナログレコードによるパッケージ販売 も行われた)。レディオヘッドの例は彼らの知名度と人気によって成せた特例ではあるが、 やはり世界的にも PC 向け音楽配信の拡大は衰える様子を見せず、いずれ CD などパッケー ジ販売にとって代わる主要な音楽流通手段になるといって間違いないだろう。国内、国外 問わずレコード会社は従来通りのビジネスモデルのみに頼らずに、PC 向け音楽配信の成 長に対し何らかの戦略を取らなければならないことも自明である。レコード会社の具体的 6 な戦略とその効果の経済学的分析については次章以降で行う。 1-2-2 携帯向け有料音楽配信 いままで述べてきた有料音楽配信サービスについての議論は PC 向けサービスに関する 内容だった。しかし、有料音楽配信についてはもうひとつ議論しなければならない流通手 段が存在する。それが携帯電話向け有料音楽配信である。以下のデータを見てほしい。 (参考) 社団法人 日本レコード協会 http://www.riaj.or.jp/data/cd_all/cd_all_q.html 国際レコード産業連盟調べ 上記の数値から分かるように、世界的には有料音楽配信といえば PC 向けの配信が主流 7 だが、唯一日本国内の市場に限って言えば携帯向け音楽配信は音楽配信市場全体の 90%以 上を占め、PC 向け配信の 10 倍以上の規模を持っている。日本国内における音楽の主な購 買層である若年層には、携帯電話の音楽配信サイトで気になった曲を検索し、即座に低価 格で購入し、その端末でそのまま音楽を聴くという「着うた」が浸透しているようだ。 また、ミリオンセラーとなった楽曲の数からも日本における着うたの市場規模の大きさ が分かる。2007 年にミリオンセラーとなった音楽ソフトは前述した通り3作品のみ(いず れも CD アルバム)であるのに対し、着うたで 100 万ダウンロードを超えた楽曲は12作 品あり、宇多田ヒカルの「Fravor of life」に至っては 700 万ダウンロードを超える大ヒッ トとなった。 こういった特殊な日本の音楽市場の状況を踏まえれば、日本のレコード会社が利益を最 大化するために一番注意しなければならない収益モデルは着うたなのかもしれない。そし て、あるいは海外のレコード会社にとってみても携帯向け有料音楽配信はこれから大きな 拡大の可能性を持った重要な市場なのかもしれない。 1-3 レコード会社の利益 繰り返し述べてきたように、メディアの多様化によって音楽産業の環境は大きな変革の 時代を迎え、これまでの主流だった CD などのパッケージ販売は衰退期に入り、PC・携帯 向けへの有料音楽配信が新たな収益モデルとして急成長を続けている。しかし、はたして この変革は音楽産業にとってプラスの影響をもたらしたのだろうか。有料音楽配信が普及 するとともに CD 売上が確実に減少したことも事実である。昨今のレコード会社の利益は どう変化しているのか。まずは以下の図を見てほしい。日本の最大手レコード会社エイベ ックスの最近8年間の当期純利益および当期純利益率の推移を表したグラフである。 (出典) エイベックスグループ・ホールディングス 財務情報 http://www.avex.co.jp/ 8 財務ハイライト 見ての通り、2005 年度に 44 億 7800 万円あった当期純利益が翌年から年に 10 億から 20 億円のペースで右肩下がりに大幅な減少をし続け、2009 年3月の決算報告ではついに約マ イナス9億円という赤字を記録してしまった。急激に純利益が減少し始めた 2005 年のエイ ベックスの決算短信によると CD の売上だけで 39 億円の減少があったそうだ。利益の減少 の原因については、単純に良い作品(ここでは多くの人に買われる作品という意味)が生 まれなかったなどの制作面での理由も考えられる。しかし、この異様な CD 売上額の減少 と、ちょうど 2005 年が iTunes が日本進出を果たした時期であることを考えると、有料音 楽配信の登場という外部環境の変化がレコード会社の利益にマイナスの効果をもたらした と考えるのが自然だろう。 1-4 音楽産業の将来 それでは音楽CDはこのまま消えてなくなり、そして音楽産業はこのまま衰退していくの か。結論から言うと、まず CD が無くなるということはないだろう。CDには音のデータ 以外にもジャケット、歌詞カード、特典などの付加価値を持たせることが可能だし、CD を購買することで所有欲という効用を得る消費者もいるはずだ。またCDの前世代メディ ア媒体であるアナログレコードも、いまだに一部の消費者のために存在し続けている。そ してCDの生産枚数、生産額は右肩下がりで減少し続けているが、その減少率も下がりつ つある。よってCDが音楽市場から完全に消えるとは想像しがたい。しかし、有料音楽配 信という強力な代替財の登場が、現状のままでは CD という主要な収益モデルがなくなり レコード会社の利益の減少、しいては音楽産業全体の衰退につながることはこれまでの議 論から容易に推測できる。なぜなら、CD の衰退により弾力性の小さい楽曲は淘汰されて しまうためである。この傾向が進めば、安価で没個性な楽曲のみが存続することが予想で きよう。したがって、レコード会社は有料音楽配信の登場という外部環境の変化に対応し た適切な戦略をとる必要がある。 それでは、最初にそもそもこの論文の核となる音楽という財について次章で触れていき たいと思う。 2章『音楽』とは 2-1 『音楽』とは 9 この章では、音楽市場が扱う『音楽』とはどのような性質を持つ財であるかということ について言及していきたい。音楽は曲が作られるまで作曲家や作詞家が多大な時間やコス トをかけられ、曲が作られてからはその複製が簡単であるということから『情報財』とし ての性質を持つ。また、消費者にとっては曲を聞いてみないとその価値がわからないため に『経験財』であるという性質を持つことから、音楽という財は『情報財』と『経験財』 の 2 つの財の性質を持った物である。さらに、これらの性質を持つことから作者のインセ ンティブを保つために著作権という法律で守られなければならないのである。では、もう 少しこの財の定義について以下で触れることにする。 2-1-1 『情報財』とは 情報財の定義について説明すると、情報財とは、「通常の財と違い非競合的かつ非排除 的という性質をもつ財」のことを言う。非競合的とは、何回その財を使っても無くなると いうことは無いということである。また、非排除的とは、一回財を得れば、誰でも使用す ることが出来るということである。 また、性質として、生産するには多額の初期費用や時間を費やすのにも関わらず、複製 についてはコストがほとんどかからないので容易であるという性質を持つ。元々、音楽の 流通手段であるレコードや CD というのは物体に情報を付着させているものであり、通常の 財と情報財の中間地点の性質を持つものと考えることが出来たが、最近ではインターネッ トの普及に伴い、個人の複製も簡単になったり、MP3の形で売買されるようになったりと 情報財の性質が強く出るようになった。 2-1-2 『経験財』とは 経験財の定義について説明すると、経験財とは「使用してみないとその価値が分からな いような財」のことを言う。例として、食品やゲームソフトなども、財の価格に限らず実 際に体験してみなければ本当の価値がわからないために、『経験財』とみなすことができ る。 2-1-3 『著作権』とは 著作権法は、第1条において「この法律は、著作物ならびに実演、レコード、放送およ び有線放送に関し著作者の権利、および、これに隣接する権利を定め、これらの文化的所 産の公正な利用に留意しつつ、著作権者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与 することを目的とする」と規定している。また、著作権法の第2条によると、著作物とは 「思想または感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲 10 に属するものをいう」とし、さらに、著作者は「著作物を創作する者をいう」としている。 音楽市場には、二つの権利が絡んでくる。1つ目は、作詞家や作曲家といった著作者 のための著作権である。2つ目は、レコード会社やアーティストが持つ著作隣接権である。 これによって、レコード会社は許諾権と報酬請求権を持つことができる。許諾権とは、他 人がレコード会社の許可なく音源を利用することを止めることができる権利のことである。 例えば、複製権・送信可能化権によって他人が許可なくコピーすることやインターネット にアップロードすることを止められることが挙げられる。また、報酬請求権とは、他人が 市販の CD などを使用することは認めるが、その使用の対価を請求することができる権利 である。これはレンタル店から報酬を受ける際に使われる権利である。 これらの権利があることで、作者の楽曲に対するインセンティブは保たれ、またレコ ード会社も CD に入っている楽曲に対し独占権を持つ。 このことから次章以降、文中にある『音楽』という財は『情報財』と『経験財』の 2 つ の性質を持ち、著作権を持つためにレコード会社は曲について独占権を持つという前提で 議論を進めたいと思う。 3章 従来のレコード会社のビジネスモデル この章では、有料音楽配信が登場する以前のレコード会社のビジネスモデルについて考 察して、どのような戦略をレコード会社が生き残るためにとっていたかについて言及して いこうと思う。 従来のレコード会社は、もちろん、ライブやグッズによる収益もあったが、主に CD 等 のパッケージ販売や、CD のレンタルによって、収益を出していた。これには、再販売価 格維持制度という日本独自の法律の存在などが影響してくるのだが、まずは、何故 CD レ ンタルというビジネスモデルをとったのかについて述べていきたいと思う。 3-1 CD レンタルとその経済学的分析 レコード会社は、CD を発売してから、しばらくして CD がレンタルとして売られること を許容してきた。確かに、CD を発売してしばらく経った後に、安い値段でレンタル CD を 出せば売り上げが伸びるということは感覚的にわかる。しかし、レンタル CD を出すこと で、それを予期して CD 購入する者が減り、逆に売り上げが減ってしまうということも考 えられるのではないだろうか。そこで、理論的にレンタル CD を出すことによって、売り 上げが伸びるということを示してみたいと思う。また、レコード会社は、レンタルに対し ては好意的であるようにも思える。何故ならば、レコード会社には貸与権が与えられてお 11 り、以下に述べるように、1 年間、賃レコードの使用を許諾・禁止出来る権利を持ってい るにもかかわらず、現実として、3 か月で賃レコードの使用を許諾しているからだ。 レコード会社は、CDを発売してから、3 ヶ月後にCDレンタルをすることを許可し ている。これは、音楽が情報財であるという側面を使って、価格差別を行っていると 言えることが出来るので、今回は、時間を使った価格差別を使って、CDレンタルによ って売上が上がることを示していきたい。 3-1-1 価格差別について 価格差別とは、顧客に関するインフォメーションをつかい、その顧客に個別化した製 品を、個別化した値段で売るというものである。簡単にいえば、高く買ってくれる人 には、高い値段で売り、そうでない人には、安い値段で売るというものである。こう することで、供給者は、皆に同じ値段をつけるよりも高い利益を得ることができる。 しかしながら、Varian(1995)は、 Pricing Information Goodsの中で、以下のような問 題点を指摘している。 (1) 個々の消費者が支払う意思のある価格を見極めることが困難 (2) 高い価格を支払ってもよいと考えている消費者とそれ以外を分離することの 困難 これらの問題点を考えると、個々の消費者ごとに価格差別を行うのは難しいと言え る。そこで今回の価格差別では、消費者を音楽に対する評価の高低によってグループ を2つに分けて考えることにする。音楽に対する評価の高いグループは、なるべく早 く、そして高い価格であっても購入しようとし、一方で、音楽に対して評価の低いグ ループは、なるべく安い価格で購入するため、待つことを厭わないものとする。この 前提の下で時間を使った価格差別が可能となる。 最後になるが、時間を使った価格差別とは、始め音楽に対して評価が高い人をターゲ ットにして音楽を売り、しばらく時間をおいてから、音楽に対して評価が低い人をタ ーゲットにして音楽を売る方法である。 3-1-2 モデルによる検証 さて、長い前置きとなったが、時間を使った価格差別は、本当に収益を上げることが 12 できるのだろうか。これからモデルを使って、単一の値段でパッケージ販売をするよ りも収益が出ることを確かめてみたいと思う。 レコード会社は音楽を製造・販売する独占企業、音楽に興味を持っている人を評価 対象とし、パッケージを買う人を評価の高い人、パッケージをレンタルしてしまう人 を評価の低い人と仮定してしまう。そうすると、社団法人日本レコード協会の 2008 年 度「音楽メディアユーザー実態調査」によると CD 購入率は、40.9%。インターネ ット有料音楽配信利用率は、6.4%、レンタル利用率は、34.3%であるので、 消費者の評価は、今も昔も変わらないというという前提のもとで、CD 購入率:レンタ ル利用率=1:1と仮定する.市場には2種類のタイプの消費者が存在し,タイプ1 の消費者は音楽を 1000 円と評価するのに対し(曲に 1000 円 まで支払ってもよい), タイプ2は、レンタル店のネット宅配レンタルが 1 枚当たり500円であることを利 用して、500 円と評価しているとする.レコード会社は販売当初とその 3 ヶ月後の年 2回のタイミングで価格を設定できる.消費者は 3 カ月後に音楽を購入する場合には, 3 か月使えないこともあり,3 ヶ月後で評価すると音楽の価値を δ(1 > δ > 0)で割 り引くことになる.レコード会社は、パッケージ販売で売っても、レンタルで売って も同じ割合で利益を得るものとする(売り上げが多い方が、利益が大きいものとする)。 また,レコード会社はタイプ1とタイプ2を区別することはできないが,割合がタイ プ1:タイプ2=1:1であることは知っている.そして,音楽の製造・販売費用は ゼロであるとしよう.最後に,レコードの中古市場は存在しないとする。 仮に1月のみ価格を設定出来るとすると、レコード会社は、 消費者の数を 1 に基準化しておくと、 1月の価格p が 1000< p ならば誰も購入しない, 500<p ≤ 1000 ならばタイプ1のみが購入する,p ≤ 500 ならば全員が購入する,とい う3点に注意すると, レコード会社の市場の需要関数は X(p) = 0 if p > 1000 1/2 if 1000≥ p > 500 1 if 500≥ p, となる. さて,1000≥ p > 500 の範囲で,利潤を最大化する価格は 1000 であり(タイプ1のみ に購入させる最高価格),500≥ p の範囲では 500 である(全員に購入させる最高価格). この2つのケースにおける利潤を比較すると。p = 1000 の場合,利潤は 1/2×1000=500, p = 500 の場合の利潤は 500 となるため,利潤最大化のための価格はP=500or1000 とな る 。 13 次に、レコード会社が発売当初にタイプ1に,3ヶ月後にタイプ2に販売するような 価格差別を考える.いま,タイプ1の消費者は発売当初に購入してしまっているとす る。つまり、3 か月後にはタイプ2の消費者しか購入しないとする。この時、レコード 会社は3カ月にいくらで販売するかを考えると、タイプ2のみしか市場にいないので、 P3=400 となる。 最後に この帰結を予想する消費者1が,発売当初に音楽を購入する最高価格を求めて みる。上に述べたように、タイプ1の消費者が発売当初に音楽を買わなかったとする と、3ヶ月後に500という価格で、音楽を得ることができる。この場合、タイプ1 の効用は、1月で評価すると、δ(1000-500)と言える。このため、タイプ1が1月 に音楽を購入するための条件は、発売当初の価格をP1とすると、 1000-P1≧δ(1000-500) すなわち、 P1≦1000-δ500 となり、 タイプ1が1月に購入する最大の価格は P1=1000-δ500 となる。 この価格は、500 よりも高いため、タイプ2は3カ月に音楽を購入しない。 さて、この時のレコード会社の利益の合計は、3 ヶ月後の利潤を割り引かないとする と、 1/2×(1000 – δ500)+ 1/2 ×500 =500-δ250+250 =750-δ250 と書ける。 価格差別をしない時に利益は、500 だったので、これと差別化した結果を比較してみる と、価格差別をした時の方が大きな利潤を得ることが出来ていることが示せた。 ちなみに、評価が低い人の価格を、400円と設定すると、 上と同様のやり方で 価格差別をしない時の利潤は、1000×1/2 = 500 価格差別をした時の利潤は、1/2(1000-δ600)+1/2×400=700-δ300 14 となり、どちらの利潤が大きくなるかは、消費者の割引因子 δ の大きさに依存するよ うになる。 以上のことから考察として、価格差別をすると価格差別をしない時に比べて大きな利潤 を得ることが出来ることがわかった。また、レコード会社が貸与権が 1 年間あるにも関わ わらず早くレンタルをしだす理由としては、現に、ツタヤ駅前店で2泊3日のCDレンタ ル料が400円となっており、さらに安いところもあることもあるのに価格差別が成 立していることを考えると、消費者の割引因子が大きいために、早いうちにレンタルを 出す必要があるからではないかと言える。 3-2 再販売価格維持制度について さて、これまでレンタルという販売方法をとる理由についてみてきたが、実はレンタル 販売は、日本独自の制度といってもよい。開発途上国では、レンタルしても返ってくるか どうかわからないし、欧米諸国では、著作権保護の観点からビジネスとして成立していな いのである。このようなレンタル販売を支える制度として、再販売価格維持制度を挙げる ことが出来るので、少し述べていこうと思う。 3-2-1 再販価格維持制度とは 再販売価格維持制度とは、ある生産者または供給者が卸・小売業者に対し商品の販 売価格を指示できる制度のことである。独占禁止法では、再販維持行為は流通段階で の自由な価格競争を妨げるものとして禁止しているが、著作物であるレコード・新 聞・書籍等は、同法で法定再販物として認められている。それは、著作物では、価格 の高低もさることながら、商品の選択の幅を確保し、全国どの地域でも平等かつ手近 にその文化を享受できることが、消費者にとって最大の利益と考えられたからである。 現在、この再販制度によって、多種多様なレコードや出版物が、全国ほぼ同一の価格 で、安定的に消費者のもとに供給されている。 3-2-2 再販売価格維持制度の歴史 日本において、大手出版取次の主導で 1919 年に雑誌定価販売制が成立したことにより、 これ以降雑誌の返品が増えるという問題が起きたことから、1931 年返品対策のために雑誌 15 における時限再販売価格維持制度が一年間施行されることになる。その後、1947 年に独占 禁止法が制定され、その時点では再販売価格維持行為が禁止になるが、独占禁止法の例外 として再販売価格維持制度が 1953 年に制定され、それ以来、日本国民の生活に密着し た流通制度のひとつとして、現在までの 50 年以上を機能してきた。しかし一方で、公 正取引委員会では、経済環境や流通形態、消費行動の変化に合わせて、制度の見直し を図っている。この制度の見直しのために、公正取引委員会は 1991 年に「政府規制等 と競争政策に関する研究会」を発足させ、指定再販については、1997 年で化粧品・医 薬品等が指定から外れ、全廃ということになり、その後規制緩和のために、更なる著 作物の再販制度の見直しが検討され始めた。 その結果、翌年 1998 年に公正取引委員会は 「政府規制等と競争政策に関する研究会」 の提言を受け、「著作物再販制度の取扱いについて」を公表した。この具体的な内容は 以下のとおりである。 『~本来的な対応とはいえないものの文化の振興・普及と関係する面もあるとの指 摘もあり、これを廃止した場合の影響について配慮と検討を行う必要があると考えら れる。したがって、この点も含め著作物再販制度について引き続き検討を行うことと し、一定期間終了後に制度自体の存廃についての結論を得るのが適当であると考えら れる。』 1 その後、数回にわたる著作物再販協議会が開かれ、2001 年公正取引員会は、競争政 策の観点から再販制度は廃止すべきであるが、国民的な合意が未形成であることから、 独占禁止法の改正に向けた措置を講じて著作物再版制度を廃止することは行わず、当 面再販制度を存置すると公表され、現在もこの状態が続いている。 3-2-3 レコードの再販売価格維持制度が必要な理由 現状、日本以外の国では再販価格維持制度が撤廃されているにもかかわらず、現在 でも日本のレコード業界においてこの制度が必要とされる理由は 1)音楽文化の維持、 発展 2)音楽の多様性の保持 3)安定した価格で供給 4)レコード業界と小売業者にかかる 二重マージンを解消するための 4 点にあると考えられている。 具体的にはまず、日本のレコード産業はこの制度があることで多様な音楽を販売す ることが出来ている。この結果、日本の大衆音楽や伝統芸能だけでなく、世界各国の 最新音楽、民族音楽まで世界で最も多くの音楽作品を消費者に提供し、消費者の多種 多様な文化的欲求に応え、文化水準の維持向上を可能としてきた。しかし、レコード 1 社団法人 日本レコード協会「著作権再販制度について」 <http://www.riaj.or.jp/all_info/saihan/saihan1.html> 16 の再販売価格維持制度が撤廃されると、レコード業界は売れる物しか販売しなくなり、 その結果音楽の多様性が失われることにつながる。加えて、この制度がない状況では 販売店が価格競争をしてしまうために競争力の弱い販売店は淘汰され、レコード店の 大多数を占める中小レコード店の多くは廃業を余儀なくされると同様に、競争の過程 でコスト削減が求められると地方へは配達コストがより多くかかるために文化の地域 格差も広げてしまうことになる。また、日本のレコード市場は日本国内に限らず海外 へも開かれた公正な市場であり、日本のレコード業界は貸レコード業との共存という 厳しい環境下に置かれているが、企業努力により 30 年前とほとんど同じ販売価格を保 っていることが販売者のフリーライダー問題の解消にもつながるために上記のことを 可能としているのである。 では、ここでいう販売者のフリーライダー問題とはどういったものであるかを以下に詳 しく述べておきたい。 この問題は小売店同士が競合している状態で、各店舗が同一の物を販売している場合に よく起こる現象である。仮に二つの小売店が同一の物を販売している状況を想像してほし い。その販売物の需要は二つの小売店の価格だけでなく広告や店員の丁寧な対応、品質保 持などのサービスによって決まる。仮に二つの小売店を A、B と区別することにして、小 売店 A はとても広告に熱心で、店員の対応は完璧、店内はきれいに整備されている。これ に対して小売店 B は店は汚いし、チラシ一枚出さないような店だとする。一見、このよう に サービスに差がある場合は小売店 A の需要の方が大きいと感じられるかもしれないが、小 売店 A と B で価格にも差がある場合は必ずしもそうなるとは言い切れない。具体的に、小 売店 A がその販売物を 10000 円で、小売店 B がその販売物を 5000 円で売っていたとする。 このような状況で、消費者はまず広告をもらった小売店 A で店員から丁寧に説明され、そ の商品を欲しいと考えるが値段が高いので一度考え直すために店を出て、ふと隣の小売店 B にも立ち寄ることにした場合、そこでは先程欲しがった商品が 5000 円も安く売っていた ので即座に購入してしまうだろう。消費者にとっては商品が同一である以上、普通価格が 安い方を選んでしまうためにこのような現象が起こるのである。しかし、以上の現象が続 くと小売店 A は広告を出すのをやめ、店員の育成も諦めて価格を安くするだけの戦略をと ることになってしまう。つまり、これまでのことをまとめると価格が一定でないかぎりサ ービスは自社の需要を増加させるだけでなく、他社の需要も増加させてしまうために価格 競争に陥りやすく、サービスへの支出が減少してしまうことが問題になる。このことを一 般に販売者のフリーライダー問題というのである。 さて、再販売価格維持制度がある音楽業界では以上のことがどう解消されているのだろ うかということについてもここで触れることにする。まず、小売店はこの再販売価格維持 制度に従い、常に一定の価格をつけるために価格競争が起こることはない。そのため、消 費者はどこで購入しても同じ効用を得られることからサービスがいい店で購入しようとす 17 るインセンティブが生まれる。具体的に音楽は経験財であるために、購入するまでその財 の本当の評価がわからないことから店で曲を流したり、試聴スペースを作ったりして、消 費者にその財の評価を購入前に知らせることで、消費者の不安を取り除き、購入しやすく することでその店の需要が増加するのである。よって、各小売店はより購入しやすい状況 を消費者に与えるためにサービスの支出を増加させるインセンティブが生じるのである。 次に、再販売価格維持制度があることによって二重マージンを解消し、レコード会 社と小売業者がそれぞれで利潤最大化のための意思決定をするときよりも、レコード の価格は安くなることが挙げられる。この理由を垂直分離と垂直統合のモデルを用いて 説明したい。 垂直分離とは、生産者であるメーカーと小売業者がそれぞれ自分の利益を最大化させる 意思決定ができる状態にあることを指している。この場合、メーカーM は限界費用 c で生 産し、卸売価格 w で小売業者にレコードを販売する際に意思決定を、小売業者 R は卸売価 格 w でレコードを購入し、消費者に価格 p で販売する際に意思決定を行う。このとき、議 論を簡潔化するために消費者の需要を D(p)=a-p とし、メーカー、小売業者は共にそれ以 外の費用はかかっていないものとする。 まず、小売業者の意思決定について述べたい。 小売業者の問題: であることから、利潤最大化させる ような価格 p と数量 q は 、 を得る。 であることから、利潤最 次に、メーカーについては問題が 大化させるような卸売価格 w は w な価格 p と数量 q は = となる。このことから、小売業者にとっての最適 、 が定まり、それぞれの利潤は 、 ということになる。 を得る。よって、生産者余剰は これに対して、垂直統合とはメーカーと小売業者が統合することによって全体の利 益を最大化させるような意思決定ができる状態にあることを指している。この場合の 統合企業の問題は する価格 p と数量 q は となることから、利潤最大化 、 となり、 18 を得ることができる。こ れは統合前の状態と比べ、価格が下がり、数量が増えたことによって利益が上昇して いることになり、二重マージンを取り除けたことになる。以上の議論を図として以下 に表す。 では、今までのことを踏まえて再販売価格維持制度があることによって垂直統合してい ない企業が二重マージンを解消できることを以下で表していくことにする。 メーカーは小売業者に対して再販価格を伝えることができるので にするように伝 えたとする。すると、垂直統合時の利潤と等しい利潤をメーカーは得ることができる。こ のことから、再販売価格維持制度の存在によりレコード会社は垂直統合時と等しい利潤を 得ることができ、なおかつ消費者にとっては安定して、垂直分離しているときよりも安い 値段でレコードを手に入れることができるのである。 以上のことから、レコード業界において再販売価格維持制度が必要であるという声 も止まないために政府は独占禁止法の例外としてのこの制度に対処しきれずにいると いうのが現状である。 3-2-4 再販売価格維持制度の限界 再販売価格維持制度により、メーカーは、再販価格を維持することが出来ている。しか しながら、この制度は、独占禁止法の例外に当たるもので、商慣習のようなものにすぎず、 強制することは出来ないとされている。これを示す例として、日本レコード協会事件があ げられる。日本レコード協会事件とは、 社団法人日本レコード協会が、販売業者に割引販売をやめるように、メーカー各社を通 じて圧力をかけたとして、公正取引委員会(公取委)から独禁法違反の審決を受けた事件。 のことである。 19 (公正取引委員会勧告審決昭和 55 年4月 24 日審決集 27 巻 18 頁(未見) 。) 詳細に述べると、1976(昭和 51)年9月、社団法人日本レコード協会は理事会で、レコード の廉売の増大に対処すために、(1) 小売業者の割引販売をやめさせる措置を講じること、 (2) 卸売業者の遵守事項を定め再販維持を励行させること、という2点を決定した。 具体的には「割引販売対策について」と題する文書を、会員各社を通じて交付させた。 その内容は、まずメーカーの代表者や卸売業者が口頭で割引販売をやめるように申し入れ、 それでもダメなら内容証明付きの文書を送り、なおやめない場合は出荷停止を警告、それ でもやめない場合は実際に出荷停止、というふうに段階的に「脅し」をかけていった。こ れに対して、1980(昭和 55 年)年の公取委の審決では、日本レコード協会が会員社に、レコ ード等の再販売価格の維持を励行させる行為は、各事業者の活動を不当に制限するもので、 独占禁止法8条1項4号の規程に違反する、という判決が下された。 3-3 小売価格が高い理由とその経済学的分析 さて、前節により、再販売価格維持制度の重要性についてはわかったが、再販売価格維持 制度は独占禁止法の例外に位置づけられるものなので、それ自体は法的拘束力を持ってお らず、守る「義務」がないこともわかった。ただの民間業者の取り決めであるにも関わら ず、逸脱する者がでないで、高価格が維持されるのは何故であろうか。この節では、繰り 返しのゲーム理論を使って経済学的に分析してみたいと思う。 3-3-1 モデルによる検証 プレイヤーは1,2の2つの企業とする。2 企業は、再販売価格維持の下で、高価格Cを とることを約束しているものの、音楽に対して、それぞれ高価格Cと低価格Dをつけるこ とができると仮定する。下図の通り、2 企業とも、高価格をつけた場合、利潤が2ずつ得 られるとする。もし、一方が高価格Cをつけて、もう一方が低価格Dをつけた場合は、高 価格の方は、利潤を得られず、低価格の方は、3の利潤を得られるものとする。そして、 両方とも低価格をつけた場合は、1ずつ利潤を得られるものとする。 この時、1 回限りのゲームであれば、各企業とも利潤の最大化を目指すので、ナッシュ 均衡は、(1,2)=(D、D)となる。 次に、このゲームが、企業が予想できない回数繰り返し行われるものであるとする。この 時、企業は長期にわたって存在しようとしているので、短期的な利潤ではなく、長期的な 利潤に興味を持つようになる。そして、追加の前提として、各企業はトリガー戦略をとる ものとする。トリガー戦略とは、裏切りに対する報復行為であり、今回の場合で言うと、 最初は、Cをプレイし、(C,C)が続く限り、Cをプレイするが、逸脱が生じたら、そ 20 れ以降Dをとりつづけるという戦略のことである。 企業1がトリガー戦略を選択していたとする。 企業2がCをとり続けた場合、→2の利潤を獲得し続ける。 企業2が裏切ってDをとった場合→今期は 3 の利潤になり得をするが、次期以降利潤はず っと1になってしまう。 企業2が長期的な利潤を考慮した場合、裏切るインセンティブはないので、両企業がとも にトリガー戦略を選択することがサブゲーム完全均衡となり、そのもとで、共謀解が長期 的に実現できる。 図 引用・参考 産業組織論(春学期)石橋孝次 以上のことから考察して、再販売価格維持制度を遵守して逸脱しないものが出ないのは、 企業が、短期的利潤ではなく、長期的利潤を考えており、暗黙の共謀が行われているから だと言える。 従来のレコード業界は、再販売維持制度とそれに伴う小売店の間の価格維持の影響を受 け、競争が阻害されていた影響もあり、CDの価格が高めに設定されていても、CDの販 売とレンタルCDの価格差別を利用して利潤をあげることが出来てきた。しかしながら、 前述したが、インターネットの普及に伴い、安定的であった音楽に価格破壊が起こること となる。次章では、インターネットが普及したことによって起きた問題点について述べて いこうと思う。 21 4章 問題点の指摘 4-1 CD 売上減少の原因 3章で述べたように、これまでレコード会社はレンタル CD との価格差別を用い CD を高 く売る収益モデルで利益を上げることに成功してきた。この従来の収益モデルでは近年ど のような状況にあるのか。 まず CD レンタルの面でみると、CD レンタル店の店舗数は減少傾向にあるが、これは店 舗の大型化が進んでいることが原因にあり、店舗総面積・在庫数はほぼ横ばいで推移して いるため、CD レンタルは依然としてレコード会社にとっての収益源の役割を保っている といえる。 しかしその一方で、1章で既に説明した通りだが、レコード会社の主要な収益源であっ た CD の売上は最近約 10 年で半分近くまで大きく落ち込み、それを受けレコード会社全体 での純利益も低迷している。このCD販売の低迷がレコードの会社にとって軽視できない 深刻な問題であることは言うまでもない。では、ここまで CD の売上を急激に減少させた 原因は何なのだろうか。いくつか考えられるが、ここでは大ざっぱに2つの主な原因に注 目して、それらを順に考えていく。 原因1:消費者の音楽への需要減少 まず初めに考えられるのが、単純に音楽という財へ消費者が見出す価値が下がっている ことである。まずは消費者の余暇の時間の使い道の変化を表した次の表を見て頂きたい。 表2:余暇活動の参加人口 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1998 年 余暇活動 外食 ドライブ 国内観光旅行 カラオケ ビデオ鑑賞 音楽鑑賞 動物園など バー・スナック 映画 ボーリング 万人 6940 6200 5640 5260 4990 4630 4200 4140 3860 3750 2007 年 余暇活動 外食 国内観光旅行 ドライブ カラオケ ビデオ鑑賞 宝くじ 動物園など パソコン 映画 音楽鑑賞 万人 7200 5700 5130 4310 4240 4230 4160 4050 4010 3800 http://www.meti.go.jp/press/20090527004/20090527004-2.pdf 22 見ての通り CD の販売売上が最も好調だった時代の 1988 年と売上が低迷している近年の 2007 年の余暇活動の参加人口順位では、全体的に著しい順位変動は無い中で音楽鑑賞の順 位が4ランクと大きく下がっているのが分かる。順位ではなく音楽鑑賞の参加人口の絶対 的な数値を比較しても9年間で 800 万人の急激な減少となっている。また、この表には反 映されていないが携帯電話の普及などもあり、他の代替的な余暇活動の影響によって、最 近では消費者が余った時間のうち音楽鑑賞に費やす時間が年々減少していると考えられ る。 あるいは楽曲のクオリティそのものが下がっているという制作面の問題も無いとは言え ないが、とにかくこうした理由によって単純に消費者の音楽全体への需要が下がったこと が CD の売上が落ち込んだ原因のひとつとしてまず考えることができる。 原因2:有料音楽配信の登場 そして CD の売上を落としたもうひとつの大きな要因として、有料音楽配信というパッ ケージ販売にとって代替的な販売方法が普及したことが挙げられる。これは一章で既に何 度も繰り返し記述してきたことではあるが、この章ではその影響についてもう少し経済学 的観点から見ていく。 まず有料音楽配信について議論する際に、特筆しなければならないのはその価格面のこ とである。有料音楽配信を代表する iTunesStore は楽曲を米国で1曲 99 セント、日本で 150 円~200 円という価格での提供を行っている。そして CD シングルが一枚およそ 1000 円で販売されているため、有料音楽配信の価格は従来の販売方法に比べ圧倒的に低価格で あることが分かる。また、時間の面でみても CD レンタルが主に CD 販売の 3 ヶ月後に開 始されていることに比べて、有料音楽配信は CD 販売に遅れを取るどころか先行配信と称 して CD が販売される以前に先に販売されているケースも少なくない。これらの現状を考 えれば2章で説明した CD 販売と CD レンタルによる時間を通じた価格差別を行う従来の 収益モデルは、この低価格かつ時間の早い新たな代替財の登場によって成立しなくなる。 このことは感覚的にも明らかであるとは思うが、3章で用いたモデルを用いて説明しよ う。まず音楽市場の需要関数は変わらず、以下の通りであると仮定する。 X(p) = 0 if p > 1000 1/2 if 1000≥ p > 500 1 if 500≥ p そして、2章ではレンタルを利用することで3ヶ月後に 500 という価格で音楽という財 を得ることができるとしていた。そのため、音楽を高く評価するタイプ 1 の効用から 23 1000-P1≧δ(1000-500)⇔ P1≦1000-δ500 とし、CDの価格を 1000-δ500 で販売することができるとの結論が得られた。 しかし、これは有料音楽配信を考慮していない従来のモデルであり、これからは有料音 楽配信という3番目の入手方法の存在もこの分析に加味しなくてはならない。CDシング ルは一枚に数曲入っていることもあるため、このモデル上での有料音楽配信の価格をかな り高めに見積もって 500 としよう。また、有料音楽配信の楽曲配信時期も遅く見積もって CDの販売と同時と仮定する。タイプ1にCDを買わせるためのCDの価格P1は以下の 条件を満たす必要があると書き換えられる。 1000-P1≧δ(1000-500) 1000-P1≧1000-500 割引因子 δ<1より上の条件式より明らかにP1≦500 が導かれるため、このモデル分析 の結果からはCDシングルの販売価格は 500 円以下に下げなければならないことが言え る。 もちろんこのモデルはかなり簡易化したものであり、CDには良音質、ジャケット、歌 詞カードなど音楽配信にはない様々な付加価値がある。また、有料音楽配信とCDでは音 楽の再生方法や保存方法が異なっていることからも一概に比較はできない。現在でもCD を購入する人が0にならないのはこういった理由があるからだろう。それでも有料音楽配 信にもCD購入と比べ保存・入手コストが少なくなるなどといったモデル分析の範囲外の 利点があり、低価格な有料音楽配信の普及が従来のCD販売とCDレンタルの時間を通じ た価格差別の収益モデルにいくらかのマイナス効果を与えていることは間違いない。 4-2 配信会社とレコード会社の目的の乖離 ここまで、消費者の音楽への需要減少(原因1)と有料音楽配信の登場(原因2)、C Dの売上を減少させレコード会社の従来の収益モデルに害を与える2つの大きな原因につ いて議論してきた。このうち原因1については消費者の嗜好の問題であり、解決すること は簡単なことではない。ここからは、議論の余地を残している原因2の有料配信の低価格 についてもう少し掘り下げて考えていく。 では、なぜ現状で音楽産業の収益モデルに悪影響を与える有料音楽配信の低価格が成立 してしまっているのだろうか。結論から言えば、これはレコード会社と音楽配信会社が垂 直分離されていてそれぞれが自社の利益最大化のための行動を取っていること、つまりレ コード会社と音楽配信会社のインセンティブのズレに原因の根源がある。 24 1章の有料音楽配信の歴史で説明した通り、日本の音楽市場において有料音楽配信を低 価格競争に持ち込んだのは iTunesStore を運営するアップル社であり、他の有料音楽配信 サービスは iTunesStore の低価格に追随する形で価格を下げたというのが現状である。ア ップル社が音楽をここまで低価格で販売するのには、補完財市場での収益を上げるという 戦略的理由がある。その補完財とは携帯デジタル音楽プレイヤーの代名詞にもなっている 同社の iPod のことである。iPod は 2009 年現在で世界累計販売台数が2億台に達し、アッ プル社の重要な収入源となっている。そして日本に iTunesStore が上陸したときに既に iPod は携帯デジタル音楽プレイヤー市場で既に36%というトップシェアを持っていた。 また iPod は iTunesStore と高い連携機能を持つため、それぞれがお互いに需要を高めあう 補完財の関係となっている。 つまり、アップル社からすれば自社の大きな収入源である iPod を販売し利益をあげるこ とが重要で、iTunesStore による音楽配信はその iPod の需要を高めることを目的とし大量 の楽曲を低価格で配信することで間接的に利益をあげることができる構造となっていたの である。つまり、極端な議論をすればアップル社は有料音楽配信での価格を限界費用と等 しくなるまで下げ、補完財の iPod だけで利益をあげる収益モデルが成立することになる。 ここに有料音楽配信会社からできるだけ多くの権利使用料を受け取りたいレコード会社と のインセンティブのズレが生じているのである。 4-3 有料音楽配信の更なる低価格化 上で説明したアップル社の収益の構造と、音楽の情報財ならではの性質を考えると有料 音楽配信は今以上に価格競争を激化させる可能性があると考えられる。以下に、その推測 の経済学的分析による説明を与える。 まず音楽が情報財であるという点に注目する。2章で説明したように、情報財は生産す るにあたり初期費用が大きいが複製が容易であるため限界費用が低い、という性質を有し ている。そして近年では有料音楽配信が普及し音楽がデジタル化し複製がさらに簡易化し たことを受け、一曲配信するごとの限界費用はほぼ0にまで近づいたと言える。しかし、 音楽配信事業であっても配信サイトを立ち上げ、レコード会社と契約し無数の楽曲を揃え るためなどの初期費用が大きくかかることに変化はない。そのため、音楽配信市場には初 期費用という参入障壁が存在するため新規参入は比較的困難であり、少数の売り手が支配 する寡占状態になりやすい市場である。現にアップル社が音楽配信市場のシェアの半数以 上を占めていることや、他の音楽配信サービスのサービス終了や統合が頻繁に見られるこ とからも音楽配信市場を寡占市場として議論を進めて良いだろう。 さて、音楽配信市場のような寡占市場においては売り手の間での戦略的行動が起きやす 25 い。大きく分けて、各企業が価格を連続的に変化させるベルトラン競争と各企業が生産量 を連続的に変化させるクルーノー競争のどちらかに陥ることが考えられる。企業の生産量 に限界があるケースではクルーノー競争になることもあるが、音楽配信市場のように複製 にコストがかからず数量にも限りがない場合、最も低価格をつけた企業が市場を独占する ベルトラン競争の状況へなりやすいと考えられる。 この状況を簡易化してゲーム理論を用いて以下に示す。音楽配信市場にはA社とB社、 2つの企業が存在し、それぞれ高価格と低価格の2種類の価格付けを行うことができる。 両者の価格付けによって、両者の利得は以下のようになるとしよう。 B社 高価格 低価格 A社 高価格 100,100 0,120 低価格 120,0 60,60 これは両方の企業が同じ価格を付けると市場は折半されるが、一方のみが高価格であれ ばすべての消費者が低価格の配信企業から購入するような状況を表している。このとき、 両者にとって低価格を付ける戦略が支配戦略となっているため(低価格、低価格)がベル トラン・ナッシュ均衡となる。よって、ベルトラン競争下にある音楽配信市場では低価格 を付けるインセンティブがはたらくこと示せた。 ただし、上のゲームは企業が一回のみ価格付けを行うという前提のもとに成り立ってい る。実際の音楽配信市場では何度も価格を変更することが可能なので、繰り返しゲームも 想定して分析する必要がある。繰り返しゲームを考える場合、3章でCDの小売価格が高 い理由を示したときと同じように、トリガー戦略によって有料音楽配信市場に高価格が維 持される可能性がある。このとき割引因子を δ とすると、A社が高価格を選択し続けた ときの長期的利得は 100+δ100+δ^2・100+δ^3・100+…=100/(1-δ)である。一 方、裏切って低価格を選択した場合の長期的利得は 120+δ60+δ^2・60+δ^3・60+ …=120+60δ/(1-δ)である。100/(1-δ)≧120+60δ/(1-δ)である場合、つまり δ≧1/3 が成立するときにはトリガー戦略によって高価格が維持されることとなる。全 く同様の議論がB社にもできる。 よってベルトラン競争状況の音楽配信市場においても、一定の条件の下では高価格 が維持される可能性もあることが分かった。しかし、裏を返せばその条件を満たさな い限りは、やはり価格競争が起こりやすいということも明らかになった。また、前節 で説明した補完財市場で利益を得るというアップル社の収益構造を考慮に入れれば、 トリガー戦略成立の条件は厳しくなる。つまり、アップル社の複雑なインセンティブ 26 が音楽配信の低価格化を促進するのである。このことを上記で用いた戦略型ゲームの モデルを再び用いて説明しよう。 A社は音楽配信の他に、その配信サービスと強い連携機能を持つ補完財、携帯デジ タル音楽プレイヤーを販売している。そのため音楽配信市場において多くの楽曲を配 信することで補完財市場での追加的利益を得ることができる。市場を独占していると きは a の追加利得、市場をB社と折半しているときはbの追加利得が得られるとしよ う(a>b>0)。このとき利得表は以下のように書き換えられる。 B社 A社 高価格 低価格 高価格 100+b,100 0,120 低価格 120+a,0 60+b,60 まず一回限りのゲームを考えると、両社ともやはり低価格をつける戦略が支配戦略にな っていることに変わりはない。しかし、A社に注目すると高価格戦略と低価格戦略での利 得の差が広がっているため、低価格をつけるインセンティブは補完財を考慮しなかった以 前のモデルより強くなることがわかる。 つぎに繰り返しゲームを考えると、A社がトリガー戦略を維持し続ける条件は以下 のように変化する。 (100+b)/(1-δ)≧120+a+δ(60+b)/(1-δ) ⇔δ≧(20+a-b)/(60+a-b) 先程のモデルでは高価格維持の条件は δ≧1/3 であった。 ここで a>b>0であるため、 (20+a-b)/(60+a-b)≧1/3 が成立する。つまり、高価格が維持されるための割引因 子の条件が厳しくなったことが判明した。言い換えれば、これは繰り返しゲームにお いても低価格戦略をとる傾向が強まったことを意味している。したがって、アップル 社のように補完財市場での利益を得ることが出来る音楽配信会社はより強く低価格を 付けるインセンティブを持つことが分かった。そして、補完財を持たない他の音楽配 信会社も競合会社に合わせて低価格を付けざるを得ないため、音楽配信市場は低価格 のナッシュ均衡に陥りやすいのである。 これまでのこの章の議論をまとめると、音楽が情報財であること、さらにアップル 社の特殊なインセンティブが音額配信市場での価格競争を生み出しやすくしている。 極端に言ってしまえば、アップル社が iPod 販売売上での利益に特化することで音楽配 信の価格を、レコード会社に支払う楽曲の権利使用料、約 70 円と同等の価格まで下げ 27 る戦略を取ることさえ考えられる。こうして配信会社とレコード会社の分離が引き起 こす有料音楽配信の低価格化は、CD販売売上の減少の主要因となっている。このま まではレコード会社はCD販売とCDレンタルの時間を通じた価格差別という従来の 戦略だけに頼って利益をあげることは困難となるのは明白である。そこで、レコード会 社はこの危機的状況に対して何らかの効果的な戦略を取らなければならないだろう。 その方法については、有料音楽配信に頼らない戦略を5章で、有料音楽配信に頼る戦略 を6章といった形で分けて議論を進めていきたい。 5章 付加価値を付与する戦略と補完市場への戦略 5-1 付加価値を付与する戦略 5-1-1 CD シングル、アルバムの販売を続けるために 既述したように、現在パッケージ形式での販売戦略を続けることは困難になりつつある。 そんな状況を打破する方策の1つとして、パッケージ購入に何らかの付加価値をつけると いう方法があげられる。その方法としてよくとられるのが、「初回限定盤」 「特別盤」とい ったスタイルである。おもにパッケージのジャケットが通常盤とは異なっていたり、写真 や直筆サインなどのプレゼントが同封されていたりするケースが多い。 この戦略が有効である裏には、メディアの多様化に伴い、CD 購入コストが重視されて いるという背景がある。 インターネットの普及により、オンラインで気軽に音楽を楽しめるようになってきてい るという事実は無視できない。この傾向は特に若者に顕著である。消費者は、以下のよう なコストを検討したうえで CD 購入を決断すると考えられる。 ・入手コスト:わざわざ店舗まで足を運び、CD を購入するだけの価値があるのか。 ・支払いコスト:オンラインでならば数百円で購入できる楽曲に対し、1000 円以上支払う 価値があるかどうか ・保存コスト:オンラインで購入すればデータで管理できる。にもかかわらず、わざわざ CD を購入して保存しておく必要はあるのか CD パッケージに付加する戦略は、上記のコストを負担してでも CD を購入したいという インセンティブを消費者に与えることが可能である。そして近年、そんな方法で売上を伸 ばしている例が「AKB48」というグループである。ここでは、簡単に AKB48 のビジネス 戦略について述べていきたい。 28 5-1-2 AKB48 の戦略 ・AKB48 とは 『AKB48(エーケービー フォーティエイト)は、秋元康の全面プロデュースにより、2005 年に誕生した、日本の女性アイドルグループである。秋葉原に専用劇場であるAKB48 劇場 を持ち、ここでほぼ毎日公演を行っている。』 2 AKB48 は、公演やイベントを軸に、CD 購入を促進するような戦略を多数取っている。以 下、2009 年 10 月に販売された「River」というシングルに着目し、具体的な戦略を挙げて いく。 ●チェーン店特典 購入する場所によって、それぞれ違う特典が付与されるような戦略をとっている。 HMV で購入した場合→直筆サイン入り応募ハガキ TSUTAYA で購入した場合→イベント参加用応募ハガキ など。これらの戦略により、熱心なファンが同じ CD を複数枚購入するような仕組みが構 築されている。 ●リリース形態 1.通常盤:通常握手会に参加するためのチケットが特典としてついてくる。 2.劇場盤:特定メンバーの来場する握手会への参加チケットが特典としてついてくる。 これらの方法は、既存消費者を囲い込み、継続的に購入し続けるユーザーを増やすこと を目的としているといえよう。特に、メディアの多様化(後述)により CD パッケージ購入の 価値が低下している中、オフラインでのイベントを絡めて CD の売上を伸ばすという方策 は有効であると考えられる。 また、こうした戦略により売上枚数が増加すると、当然メディア露出も増加する。その 結果、更に認知度が上昇し新規消費者が増加するという良い循環を生んでいるとも考えら れる。事実、AKB48 はすでにシングルでも売上枚数で首位を獲得するほどの勢いを見せて いる。(以下参考文献も一読されたい) 『AKB48 初のシングル首位、17.9 万枚で 09 年女性アーティスト初動売上トップに (2009 年 10 月 27 日 05 時 00 分) 秋葉原出身の女性アイドルグループ・AKB48 がメジャーデビューから 3 年目で、遂に初の シングル首位を獲得。17.9 万枚を売上げ、女性アーティストとしてはシンガー・ソングラ イターのYUIが今年 6 月に復帰作「again」で記録した 11.1 万枚を上回り、今年最高の初動 2 Wikipedia より引用 <http://ja.wikipedia.org/wiki/AKB48> (2011/11/8 アクセス) 29 売上となった。』 3 以上のように、他のレコード会社も CD シングル/アルバム売上を今後も伸ばしていくた めには、何らかの形で付加価値をつけることが有効であるといえる。 またこの戦略は、リアルなイベントとの結びつきが強い点も秀逸である。すなわち、 CD 購入=握手会やイベントに参加するための権利購入と同義であるため、レンタルやネ ット配信といった代替手段に対するインセンティブが大きくなっている。そういった意味 でも、ファン心理をうまくついた戦略であるといえよう。 では、今までに挙げた戦略を次節で経済核的分析を用いて説明していきたい。 5-1-3 抱き合わせ販売とその経済学的分析 抱き合わせ販売とは、複数の商品・サービスをセットにして販売する手法のことであ る。 多くの場合、「人気のある商品・サービス A」+「あまり人気のない商品・サービス B」と いう形での提供がなされている。 消費者は A という商品・サービスだけが欲しかったとしても、B という商品も合わせて購 入しなければならない。 ここでは、簡単な例を挙げて抱き合わせ販売について経済学モデルを用いて検討した い。 前提:あるアーティスト A が新曲を発売した。レコード会社は、この新曲を CD:1000 円 iTunes(ネット配信):200 円で販売することとした。 ここで、この楽曲を販売日に購入しようとしている消費者の行動について考える。 消費者の行動は、その消費者が楽曲に対しどれほどの価値評価を下しているかに依存す る。 ここでは、消費者を3つのタイプX,Y,Zに分けて考える。 楽曲 サイン色紙 合計評価額 X 1000 円 なし 1000 円 Y 500 円 なし 500 円 Z 0円 なし 0円 消費者 X は楽曲に 1000 円以上の価値を感じているため、CD でも購入する。 3ORICON STYLE『AKB48 初のシングル首位、17.9 万枚で 09 年女性アーティスト初動売 上トップに』より引用 <http://www.oricon.co.jp/news/rankmusic/70103/full/> 30 (2011/11/9 アクセス) 消費者 Y は楽曲に 500 円と価値をつけているため、ネット配信でなら購入するが CD は購 入しない。 消費者 Z は楽曲に価値を見出していないため、楽曲に対し支払いを行わない。 ここで、CD に何らかの付加価値をつけるとする。 イメージしやすくするために、ここでの付加価値は「アイドルのサイン」としよう。 これに対し、アーティストの各消費者が 500 円の価値評価を下すとする。 この時、先ほどの例は以下のようになる。 楽曲 サイン色紙 合計評価額 X 1000 円 500 円 1000 円 Y 500 円 500 円 500 円 Z 0円 500 円 0円 レコード会社は依然として CD を 1000 円で売り続けている。 しかし消費者にとっては、CD の価値が 500 円上昇したことになる。 この時、消費者 Y にとって CD は 1000 円以上の価値があるものになったため、CD を購入 するのである。 この例において、例えばサイン色紙が他では手に入らないものであると仮定する。その 場合、サイン色紙を手に入れたいと考える消費者は、楽曲に対する価値評価に関わらず、 CD を購入しなければならない。そのため今回の例では、Z のような消費者は自分の評価額 を超える支払いをしなければサイン色紙を手に入れることができない。Z は 500 円と評価 しているサイン色紙に対し、1000 円というコストを支払う必要があるのである。 この例は、「サイン色紙」という人気のある商品に、「CD」というあまり人気のない商 品を抱きあわせて販売しているケースであるといえる。今回はサイン色紙であったが、実 際のレコード会社はこれをイベントのチケット、写真など様々なものを用いており、それ によって CD の販売を促進させているのである。 更に、この戦略は前述のライブビジネスにも紐づけることが可能である。すなわち、ただ 単にライブへの導入としてではなく、ライブとの抱き合わせとして楽曲を提供していくと いう戦略が有効となってくるであろう。権利の問題やアーティストの知名度など解決すべ き点も多いが、今後は「CD を購入しないとライブに参加できない」といったような抱き合 わせ販売が増加してくるかもしれない。 5-1-4 通時的価格差別 31 アーティストによっては、「初回限定盤」という形態を利用して CD にプレミアをつけ ている場合がある。そして多くの場合、CD ジャケットのデザインが通常盤と異なったり、 前述のような付加価値がついていたりする。 実は、この戦略は価格差別を確実に機能する上でも有効である。これは初回限定盤が販売 日当日、ないしは事前に予約して購入する必要があるためである。 多くの財は、時間とともに価値が低下していく。特に音楽の場合これは顕著であるとい うことは、レンタルショップの存在を考えれば納得がいくだろう。 1000 円で販売されていた CD は、少しすれば 500 円以下でレンタルができるようになる。 またレコード会社自体も、アルバムの販売により価格差別を行っている。 シングルは 1~2 曲収録で 1000 円という価格設定だが、アルバムの場合 10 曲以上を収録し ているケースが多い。 さて、初回限定盤について話を戻す。この戦略では、販売日に購入するインセンティブを 消費者に与え、価格差別を有効にしていると考えることができる。だから、[発売日に CD を購入する利得]≦[レンタル開始後に CD を借りる利得]であるような消費者に対しても、 [発売日に初回限定盤を購入する利得]≧[レンタル開始後に CD を借りる利得]として CD を 販売することが可能となるのである。 5-2 ライブで儲ける-補完市場からの利益獲得- 表:音楽コンテンツ年度別売上 オーディオレコード 音楽ビデオ CD レンタル コンサート カラオケ 配信 合計 カラオケ除く合計 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 03-07 年 3997 3774 3672 3516 3333 83.39% 565 539 550 568 578 102.30% 610 599 598 624 610 100.00% 1329 1364 1429 1518 1440 108.35% 7851 7466 7431 7395 7188 91.49% 0 150 343 535 755 14352 13892 14023 14156 13899 96.68% 6501 6426 6592 6761 6716 103.31% (単位 億円) http://www.meti.go.jp/press/20090527004/20090527004-2.pdf 上表より、ここではコンサート(ライブ)、に注目したい。 これまで音楽業界にとってライブとは副次的存在にしかすぎなかった。レコード会社 にとって、ライブとはパッケージをより多く売るための宣伝の一つと考えられ、ライブの 採算を度外視するような傾向があった。しかし、ネット配信などといった、いわゆるフリ 32 ーコピーが蔓延している現状では、パッケージはなかなか売上を伸ばすことができず、低 迷してきている。このままでは、ライブでもパッケージでも利益を得られないという状況 になりかねない。そこで、逆転の発想として「ライブを利益の主として、パッケージはむ しろライブの宣伝のために販売する」といった方法が考えられる。ライブの魅力とは、CD などでは決して味わうことのできないその場限りの経験にある。二度と同じライブはなく、 その場の雰囲気や、生の歌声、演奏を聴くことのできる緊張感や迫力は CD やネット配信 には決して現れることはない。つまり、ライブによって経験価値を得ることができるので ある。 図1 上の図より、ここ 10 年、日本のコンサート市場は順調に拡大を続けていることがわかる。 また、同様に世界的にもライブ収入は拡大している。 この要因として、大型野外フェスティバルの成功や海外の大型アーティストによる来 日公演を挙げることができる。。国内4大ロックフェスティバルとして、FUJI ROCK FESTIVAL、SUMMER SONIC、RISING SUN ROCK FESTIVAL、ROCK IN JAPAN FESTIVAL があり、どれも入場者数は 10 万人前後から 20 万人近くであり、世界最大級の ライブ規模を誇っている。また、最近は欧米の有名アーティストだけでなく、いわゆる韓 流スターの人気も高まっていて、大勢の熱狂的なファンによって支持されている。最近、 日本5都市でツアーした某韓流スターの経済効果は 100 億円にも及ぶとされている。 また、ライブでは、会場でのパッケージ販売やグッズ販売などによる利益も期待でき る。これまでレコード会社は比較的マーチャンダイジングビジネスにこだわってこなかっ た。しかし最近ではライブでのマーチャンダイジングビジネスに乗り出し、業績を確保し ているレコード会社の事例もあるため、ライブにおいてもマーチャンダイジングビジネス は新しいビジネスチャンスの一つと言えるだろう。 33 これらを総括して考慮すると、ライブそのものに独特な魅力があり、ライブビジネス として成立するように思える。実際、海外では、マドンナなどの有名なアーティストが、 活動の力点を CD からライブへと移している。一部のアーティストの収入は CD などのパ ッケージ販売よりもライブの方が大きい割合を占めるようになった。しかし一方で、マイ ナーで著名度の低いアーティストはいきなりライブで利益を出すのは困難である。そこで、 いかにしてライブ主体のビジネスモデルを構築していくかを考えていく。 まずライブで利益を確保するために最も問題になるのは、どれだけ会場の設備費を節 約できるのかである。その方法として、「一回のライブに複数のアーティストを出演させ る」 「アーティストに合った会場を設定する」ことが挙げられる。前者の場合、大型野外フ ェスティバルが良い例である。さまざまなアーティストが一緒になってライブをするオム ニバス方式にすることで費用削減することができる。後者は、演歌歌手のようにどんな場 所であろうとライブを営業活動として、いろいろな所に出向き、会場で CD を販売すると いった方法である。今までのシングル→アルバム→ライブからライブ→シングル→配信と いう形式に変えることでライブ中心のビジネスモデルにするのだ。ライブでしか味わえな い経験価値を体験した観客にこそ、曲を買ってもらうようにするのである。 しかし、現実問題として上の戦略は実現が難しい。なぜなら、アーティストに対して も、ライブに対しても、レコード会社が主導権を持ち得ていないことが多いからだ。 ライブの入場価格決定権はイベンターが握っているため、新人アーティストだからと いって入場価格を戦略的に低くすることは難しいと思われる。またアーティストは所属し ている芸能プロダクションが中心となるので、アーティストを自由に組み合わせてオムニ バスライブを行うにはその度に許可を得なければならず、現状では不可能である。 これを解決するには、レコード会社が総合音楽事業会社へと変わるしかないだろう。 つまり、垂直統合することでパッケージを売るだけでなく、CD、ライブ、ネット配信な ど、あらゆる方向から音楽コンテンツを利用できるように戦略的自由度を高めるのだ。 すでにこうした動きは、一部のレコード会社で行われている。コロンビアミュージッ クエンターテイメント社は、全額出資の子会社として芸能プロダクションを 2005 年に設立 している。この目的は、アーティストの権利を多目的利用することにあるのだ。こうした 背景には「曲の購入手段が CD から携帯電話、インターネットへと広がる中、生演奏の価 値も高まっている」ということがある。 6章.有料配信業界へ配信権を販売する戦略 4 章では現在の有料音楽配信会社が曲を 1 曲販売するごとに権利使用料を支払う収益モデ ルをとっていることをあげた。現状、前章からわかるように今のままではレコード業界の 34 売上の減少を止めることができないために、この章では有料音楽配信会社が参入したこと によりレコード会社が受ける問題を述べ、有料音楽配信業界と連携することによってレコ ード業界が生き残る戦略を考えていきたい。 6-1 レコード会社が直面する価格面における問題 はじめに、有料音楽配信会社が日本の音楽産業に参入してきたことにより、楽曲の販売 価格の差から生じる問題をもう一度あげたい。現状、CDはシングルが 1000~1500 円、ア ルバムは 3000 円前後という価格に対して、iTunesMusicStoreでは 150~200 円という低価 格で販売されている。この価格の差が消費者に大きな変化を与えたのは言うまでもない。 続々と有料音楽配信会社が参入するにつれて、レコード会社にとっても新たな市場である 有料音楽配信はさらなる成長が見込める場だったのであろう。しかし、現実は毎年CDの 生産高が減少し、日本最大手レコード会社エイベックスも利益を失っている。 4 以上のような事態は何もエイベックスだけではなく、他のレコード会社にも起きている が、この反面、有料音楽配信会社の利益は着実に増加している。この章では、価格という ことに軸を置き、4 章で述べた低価格競争に陥りやすい状況をレコード会社や政府が止め ることによってレコード会社が生き残る方法を考えたい。具体的には現在配信されている 楽曲の価格が低すぎることを述べたうえで、レコード会社は有料音楽配信の価格をコント ロールできる状態になることで、つまり垂直統合をすることにより上記の問題が解決でき るかということを経済学的分析を用いて議論していく。 6-2 有料配信楽曲の価格設定とその経済学的分析 iTunes などの有料音楽配信会社は年々ダウンロード回数が増加している傾向にあるため、 レコード会社には提供する楽曲の価格を上げてほしいという希望がある。このことから、 現在の有料音楽配信の価格付けが低すぎるのではないかと考えたために、最初に簡単な経 済学的分析を用いてこの疑問を解決したい。 まず、前提としてCDを購入しようとする人は有料音楽配信会社の提供する楽曲の代わ りになるため、パッケージ販売にとって配信楽曲は代替財 5であるが、配信楽曲を購入す る人は配信楽曲の価格のみに依存して購入するとする。 4 をそれぞれある曲 p.8 図参照 5代替財とはコーヒーや紅茶、エアコンと扇風機のような関係の財である。これらの財は一 般に同時に使用されることはなく、片方の財が需要されることで他方の財の需要が減少す るような関係を持つ。加えて、二つの財の価格と需要について補足するならば、一つの財 の価格が上昇することにより、他方の財の需要が増加するような財を『代替財』と呼ぶ。 35 のパッケージ販売、配信楽曲の需要量とし、 は配信楽曲の権利使用料、 はレコード会 社の卸売価格を指す。ここで、レコード会社の卸売価格とは現在のシングルCDの価格に 一定の率をかけたものだと仮定し、α(0<α<1)を代替性を示す変数 6とすると以下の式が成 立する。 次に、音楽が情報財であるということから配信楽曲には限界費用がかからないものとし て、パッケージ販売には CD やジャケットなどの限界費用 がかかる。 このとき、レコード会社の問題は max となる。 ここで、シングル CD は再販売価格維持制度により安定して 1000 円で販売していると仮 定すると は 1000 円に一定の率をかけられたものであるという前提から所与であると考え ることができる。よって、ここでの問題は に依存するということから問題は以下のよう に書き換えることができる。 max この問題において、利潤最大化条件は さて、ここで出てきた最適の解に現実の値を代入して、数値を求めていくことにする。 補足としてこの数値を求めるにあたっては、2005 年時点のデータを用いたい。2005 年時 点の有料音楽配信におけるダウンロード回数は 9 百万回 7であり、iTunesMusicStoreが約 6 消費者にとってパッケージと配信楽曲との間にどれだけ製品差別化がされているかを表 す数値。0 ならばまったく別物として評価でき、1 ならば製品差別化がされていないために 完全代替財である。 7 第 7 回著作物再販協議会資料、表 1 より参照 <http://www.jftc.go.jp/pressrelease/07.july/07072302-01-tenpu02.pdf> (2011/11/16 アク セス) 36 百万曲を提供していたことから 1 曲あたり平均約 9 回の需要があったと推定できる。この ことからB= + となり、配信楽曲の権利使用料である は当時のiTunesMusicStore の平均提供価格である 150 円とすると前章より、米国ではレコード会社との収益配分を 3:7 と設定していることから日本においても同様の契約関係であると仮定し、105 円と設 定されているとする。よって、B=114 となる。また、シングルCDの限界費用は『もっと 自由な音楽を。:CDの製造コストって?』 8より 120 円と、 は前提よりrを一定の率とす ることで =1000rと仮定することができる。このことから最適な の数値は となる。 代替性を示す α は 0 から 1 までの値で変動するために、 は 57≦ ≦500r-3 の値をと る。 では、これから現在の価格設定が妥当であるかどうかについて述べたい。仮定として iTunesMusicStore への配信楽曲の使用料を 105 円としたが、このときレコード会社が再販 売価格の 0.7 倍(r=0.7)で卸売価格を設定していたとすると α≒ 0.17 を得る。しかし、消費 者にとってパッケージと配信楽曲の違いがそんなに大きいものだと考えているだろうか? 現在、有料音楽配信会社の技術が高まっているために配信楽曲は曲を配信できるだけでな く、ジャケットや歌詞までも配信できるようになっている。このことから配信楽曲の質が 高まり、消費者にとっては代替性が上昇することになるだろう。つまり、以上のことを言 い換えれば代替性が相当低くないと今の価格は正当化できないのである。また、4 章の今後 の音楽市場の変化において有料音楽配信会社が競争状態になることから、さらに低価格で 販売されてしまうという問題を解決するためにレコード会社は有料音楽配信への価格を規 制し、値上げをすることが必要である。 しかし、安易に値上げをすることはできないという現実があることもここで補足してお きたい。なぜレコード会社は簡単に有料音楽配信の価格を値上げできないかというと、こ こに 4 章で述べたレコード会社と有料音楽配信会社のインセンティブのズレが関わってく るのである。音楽プレーヤーを売りたい有料音楽配信会社はその補完財である配信楽曲の 価格が上がれば上がるほど、音楽プレーヤーの需要が減ってしまうために、最大限価格を 下げる努力をしている。そのため、配信楽曲の値上げをする気など有料音楽配信会社にと っては毛頭ないと言っても過言ではない。では、これに対してレコード会社が価格をコン 8 小松真実 『もっと自由な音楽を。:CD の製造コストって?』 <http://blog.livedoor.jp/musicsecurities/archives/13151588.html> アクセス) 37 (2011/11/16 トロールできるようになるためには、やはり有料音楽配信会社をレコード会社と統合させ ることが必要になるであろう。このために次節では統合するという戦略で問題を解決でき るかということを検討していきたい。 6-3 価格をコントロールするための垂直統合 前節の議論から現在の配信楽曲の価格は低すぎることを示せた。では、この問題に対し てレコード会社が有料音楽配信会社と垂直統合をすることによって、価格を規制して双方 の利益を最大化することができないかということを経済学的分析を用いて検討していきた い。 そこで、3章であげた垂直分離と垂直統合の経済学モデルをこの問題に対応させた形で 再掲したい。垂直統合される前のレコード会社Rは固定費用Cで曲を生産 9し、権利使用料 wで有料音楽配信会社にレコードを販売する。また、有料音楽配信会社Nは権利使用料wで レコードを購入し、消費者に価格pで販売をする。このとき、議論を簡潔化するために消 費者の需要をD(p)=a-pとし、レコード会社、有料音楽配信会社は共にそれ以外の費用が かかっていないものとする。 このことから、同様にレコード会社と有料音楽配信会社が垂直分離している場合のそれ ぞれの利潤を求めていく。はじめに、有料音楽配信会社の場合はモデルと問題が変わらな いために利潤最大化させるような価格 p と数量 q は 、 を得る。 と費用の部分が変わるた 次に、レコード会社についての問題は めに利潤を最大化させる権利使用料 w は w = を得る。このことから、有料音楽配信会 社にとっての最適な価格 p と数量 q は 、 、 が定まり、それぞれの利潤は を得る。よって、生産者余剰は ということにな る。 これに対し、垂直統合後のレコード会社・有料音楽配信会社の問題は となり、利潤を最大化する価格 p と数量 q は を得る。このときの生産者余剰は 、 となる。 9 音楽は情報財であるということからこのモデルにおいては、曲を生産することに対して 限界費用はかからず、固定費用のみがかかっているものとしている。 38 以上のことから、曲を生産する際に限界費用ではなく、固定費用がかかっているという 前提に変えても、垂直統合によって利益が増加することがわかった。しかし、以上のこと は有料音楽配信会社が有料音楽配信にのみ力を入れている場合に成立することであり、現 実では簡単に垂直統合することがかなわない。この理由を実際の mora という PC 向け有料 音楽配信会社を例に次節で述べたい。 6-4 mora の失敗 最初に、このmoraというPC向け有料音楽配信会社について簡単に説明したい。moraと い う 有 料 音 楽 配 信 サ イ ト は SONY グ ル ー プ の レ ー ベ ル ゲ ー ト が 運 営 し て お り 、 iTunesMusicStoreが日本の市場に参入する前から存在していた。名称の由縁は「音楽を網 羅(もうら)する」から来ており、日本にある主要レコード会社が楽曲を提供していることか ら国内で一番大きなPC向け有料音楽配信サイトである。加えて、価格も 1 曲 150 円からと しているが、それほど提供する曲が充実しているのにも関わらず現在も知名度は低く、 SONYグループの売上を伸ばすことはできなかった。この原因は、日本ではPC向けよりも 携帯電話向け有料音楽が流行したこと 10と事実上価格をコントロールできなかったこと、 コピーコントロールを配信楽曲につけることで互換性を低くし、SONYが設定した拡張形 式のみでしか聴くことを許さなかったことが挙げられる。 2 章でも挙げたとおり、日本は外国の市場と異なり、圧倒的に携帯電話向け有料音楽配信 の売上高が大きい。このため、当初PC向け有料音楽配信に徹底していた 11moraは流行に乗 ることができなく、知名度を高めることができなかった。また、価格を規制できなかった ことに対しては他の有料音楽配信会社が低価格で配信しているのに自社だけ高価格で配信 できずに結局価格競争に乗らざるをえなかかったのが原因である。さらに、moraはATRAC3 という独自の拡張形式を利用したことにより、専用のプレーヤーでしか聴くことをできな くした結果、SONYのウォークマンや携帯への互換性を高めて売上を増加させようという思 惑とは別に、消費者全体にとっては気軽に聴くことができないことから不便であると感じ られた。その逆に、競合であるiTunesMusicStoreはmp3 という拡張形式で曲を配信したた めに、パソコンやプレーヤーへの互換性が高かったことから参入後すぐに知名度は高まり、 着実にシェアを伸ばすこととなった。 以上のことから、レコード会社が有料音楽配信会社と垂直統合するにあたって事実上全 ての有料音楽配信会社がレコード会社と垂直統合し、なおかつ価格に対しては共謀して同 時に価格を上げることができなければ価格をコントロールすることができないのである。 また、配信楽曲に対しては厳しいコピーコントロールをつけることなく提供することが望 ましいと考えられるが、自社でプレーヤーを生産している場合は互換性が高い曲を配信す 10 11 p.7 円グラフ参照 尚、現在では携帯電話向け有料音楽配信サービスも行っている。 39 ることで場合によっては自社のプレーヤーの需要を落とし、他社のプレーヤーの需要を増 加させてしまうことから望ましい戦略とは言えない。では、レコード会社はこのまま有料 音楽配信会社の参入によって売上を落とし続けることになるのだろうか。そうなればやは り音楽市場全体の縮小は免れなくなるために、ここに政府が介入する必要があると考えた。 次節では具体的に政府がどのように介入したら良いかということについて検討していく。 6-5 再販売価格維持 前節では自社の製品を販売するために音楽を配信する有料音楽配信会社との垂直統合は あまりレコード会社にとって望ましい戦略ではないことが述べられた。そこで、この節で はレコード会社と有料音楽配信会社が垂直統合することなく政府が介入することによって インセンティブのズレを和らげ、利益を増加させる戦略について検討していく。 最初に、その戦略とは 3 章に出てきた再販売価格維持である。この戦略により、レコー ド会社が有料音楽配信会社に配信楽曲の価格を強制させることで垂直統合したときと同様 に利益を増加させることができるのである。しかし、この戦略には 3 つの問題がある。そ れは、先にも述べたように政府が再販売価格維持制度を配信楽曲にも提供できるようにす ることと、配信楽曲自体も著作物として認められる必要があることで、ここでいう著作物 とは著作権を有した「もの」であるということである。また、再販売価格維持という戦略 は企業の利益は増加するが、社会的厚生が減少するという事実があるためにこれを政府が 認めるかということが問題となる。 以下では3章で用いた図をこの議論にあわせた形で再褐し、法を改正する妥当性につい て論じたい。 音楽とは創作するにあたって創作時には固定費用 C がかかるが、一度完成してしまえば コピーを作るのに非常に小さな限界費用で大量生産できるという情報財の特徴を思い出し てほしい。ここでは、限界費用がほぼ 0 になるという仮定を置いて、図を作成した。仮に、 40 レコード会社が有料音楽配信会社への権利使用料を 0 にして、有料音楽配信会社も価格を 0 にしたとすると消費者余剰をあらわす□EFG と生産者余剰 の和である社会的厚生 は最大化される。また、レコード会社が有料音楽配信会社に価格 を強制させたとすると 消費者余剰は△EHI、生産者余剰は赤い部分で示された□HIJF となり、社会的厚生は青 い部分である△IJG だけ減少することになる。社会的厚生のみを見れば政府は再販売価格 維持を認めるわけにはいかないが、生産者余剰にも目を向けるとマイナスの値となること からレコード会社は存続できないことになる。よって、レコード会社は役割の一部である 曲の創作者をマネジメントできなくなることから曲が世に出回るのが遅れたり、世に出回 らないという現象が起こってしまうと考えられる。そうなると、さらに社会的厚生は減少 することになるため、政府がレコード会社に配信楽曲においても再販売価格維持を認める ことが妥当であるとする理由になる。 また、この制度の利点が二重マージンを解消するだけでないことも思い出してほしい。 価格が固定されることによって、有料音楽配信会社はサイトをより充実させて自社のサイ トから購入してもらう努力をするだろう。そうなれば消費者にとってはより欲しい楽曲に 近づけることから余剰も増えると考えられるために、この点においても政府が介入するこ とが音楽市場のためになると言える。 7章 結論 5章で述べた抱き合わせ販売や補完市場の利用、また6章で述べた有料楽曲配信に戦略 をシフトすることで、レコード会社の生き残る術が見えてきた。いずれにしても、レコー ド会社は既存のビジネスモデルからの脱却、および CD 販売以外の収入ルートを築くこと が必要となってくるであろう。 しかし、これらの戦略は音楽業界全体に対して、必ずしも良い影響を与えるとは言い切 れない。すなわち、以下の3つのような弊害が生じる可能性が存在するのである。 まず、楽曲の多様性が失われる可能性がある。有料楽曲配信の普及が進めば、楽曲単価 の低下は避けられない。その際コアな消費者を対象とした、ニッチで高単価な楽曲が淘汰 されていく恐れがある。なぜなら弾力性の小さい楽曲ほど、CD 衰退の影響を受けやすい からである。そして有料楽曲の低価格にも耐えうるような、安価で没個性な楽曲のみが存 在しつづける。 更に CD の減少・消失により再販価格維持が機能しなくなった場合、この傾向は加速す る。価格の維持が行われないため、店頭で販売されるのは売れる楽曲のみになることが予 41 想されるためである。 また再販価格維持の機能が失われることは、新規参入アーティストの減少をも助長する 可能性がある。前述の通り売れる楽曲のみが販売されるようになるということは、新しい アーティストの楽曲に触れる機会が失われるということと同義である。その結果消費者は 新しい楽曲に触れるために自らアクションを起こさなければならないが、ただでさえ音楽 に触れる時間が短くなってきている昨今、消費者がそのような行動をとることは考えにく い。従って、結果として新規参入の減少がもたらされるであろう。だからこそ6章のよう な戦略は、外部からの介入が必須となってくるのである。 最後に、レンタルという販売形態の消失が考えられる。3章[従来のレコード会社のビジ ネスモデル]で述べた通り、既存市場ではシングルとレンタルの価格差別が機能していた。 しかし今後より安価な有料配信が普及していった場合、音楽に対する評価が低い人をター ゲットとしていたレンタルは消費者にとって価値あるものでなくなるであろう。そしてこ の現象は、前述の「楽曲の多様性の喪失」 「新規参入の減少」を更に助長する。これら3つ が互いに影響し合って、没個性的な楽曲のみが音楽業界で生き残るという現象が進むので ある。 以上のことから、消費者や音楽業界全体の発展を考えた場合、なんらかの形で外部から の介入が必要となってくる。これは6章内でも指摘したことであるが、レコード会社の利 益だけに着目している限り業界全体の発展は望めないであろう。 そこで、具体的な解決案をいくつか提示する。 まず、有料配信における再販価格維持の認可が方法の一つである。6章でも述べた通り、 政府がこれを認可することで社会的厚生は減少する。しかし、これにより楽曲の多様性、 及び新人アーティストの参入が守られることを考えれば、長期的に見た場合消費者余剰も 大きくなると考えることができよう。 また、5章で検討した抱き合わせ販売、ライブで儲ける戦略も無視できない。これらの 戦略を有効に用いることができれば、レコード会社は CD も売り続けることができる。こ れにより CD の衰退を防ぐことができれば、前述の弊害を緩和することにもつながるだろ う。 以上のことを踏まえると、音楽業界全体が発展していくためにはレコード会社は、抱き 合わせ販売やライブ戦略を用いて CD の価値を高め、消費者の CD 離れを食い止めると共 に、政府は再販価格維持を認可し、レコード会社が音楽業界に残るインセンティブを与え るという二つの手段が有効である。 42 参考文献一覧 落合真司(2008)『音楽業界で起こっていること』、初版、青弓社 落合真司(2006)『音楽は死なない!』、初版、青弓社 ヒューマンメディア(2007)『コンテンツビジネス業界がわかる』、初版、技術評論社 矢野誠(2007)『法と経済学―市場の質と日本経済―』、初版、東京大学出版会 新宅純二郎、柳川範之(2008)『フリーコピーの経済学』、初版、日本経済新聞出版社 スザンヌスコッチマー著、安藤至大訳(2008)『知財創出 イノベーションとインセンティ ブ』、初版、日本評論社 西村和雄(1995)『ミクロ経済学入門』、第2版、岩波書店 社団法人 日本レコード協会<http://www.riaj.or.jp/> METI/経済産業省『「音楽産業のビジネスモデル研究会」報告書について』 <http://www.meti.go.jp/press/20090527004/20090527004.html> (2009/11/7 アクセス) 文化庁長官官房著作権課(2008)『著作権テキスト~初めて学ぶ人のために~』 <http://www.bunka.go.jp/chosakuken/pdf/chosaku_text.pdf>(2009/11/9 アクセス) IT+PLUS<http://it.nikkei.co.jp/business/column/data.aspx?n=MMITaj000014032008> (2009/10/19 アクセス) Joseph Farrell and Carl Shapiro(2004)“Intellectual property, competition, and information technology” UC Berkeley Competition 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