全文(2.03MB) - 産学官の道しるべ

2007年 9月号
●巻頭言 知的財産人材について想う
小川 洋
……
1
児玉 俊洋
……
2
近藤 靖彦
……
5
加藤 隆幸
……
8
宮田 隆司
……
11
竹中 修
……
13
山下 勝比拡
……
16
伊藤 詣二
……
19
平尾 敏
……
21
大橋 延夫
……
23
中村 義一
……
25
……
27
……
29
…………………………………………………………………………………
31
● 特集
東海地域クラスター
●地域クラスターの東海モデル
大企業主導型のクラスタープロジェクト
●ロボット技術のサブクラスターが始動
コーディネート機能強化し会員の課題に対応
●保有技術を非自動車分野へ積極的に移転
テクノフェア通じ18件の技術契約
●テクノフェアが産学連携マインドを醸成
コーディネータ育成が課題
●知的クラスターはナノテクで大きな成果
「名古屋モデル」
で研究開発過程を管理
● 産学の個々の研究者のつながりを重視する東芝の産学連携
●連載
国立高専が地域と交流 大阪府立工業高等専門学校
NPO法人北河内エコエナジーと府立高専の産学連携
●連載 大学発ベンチャーの若手に聞く
現代版ピノキオの誕生を目指して
青江 順一氏、
樫地 真確氏(株式会社言語理解研究所)
に聞く
● 長い特許係争を勝ち抜いて名声を得る
ライト兄弟、
フォード、
エジソンに学ぶ
「執念が技術開発の原点」
● 製品をフェアに評価してもらえる海外市場
産学官連携はグローバルな視点で
●インタビュー 仙台フィンランド健康福祉センター研究開発館長 メリア・カルッピネン氏
優れた技術の中小企業、高レベルの大学が仙台の魅力
̶ 中小企業同士の連携では時間もかかり補助金も必要 ̶
●ハイテクパークで科学技術成果を産業化
̶上海・蘇州のハイテクパークを訪れて̶
●編集後記
Vol.3 No.9 2007
鈴木 雅博
http://sangakukan.jp/journal/
●産学官連携ジャーナル
小川 洋
(おがわ・ひろし)
内閣官房 知的財産戦略推進事務局長
◆知的財産人材について想う
知的財産戦略本部は 5 月 31 日、安倍内閣としては初めての「知的財産推進計
画 2007」を策定した。今回の計画では、現内閣が取り組んでいるイノベーショ
ンの創造と日本の魅力の海外への発信を念頭に置き、従来にも増して「国際的展
開」と「コンテンツの振興」に力を入れているが、これらに加えて、「知的財産
に関する人材の育成」を重要な課題と捉えている。
我々が目指す知財立国の目標は、知的財産の創造、保護、活用の「知的創造サ
イクル」の好循環が自律的に起こる社会である。それを人材の観点からみると、
「知的創造サイクル」の各段階を担う多様な人材が絶えず供給され、参入してく
る社会になることだと思う。多様な人材を質・量両面で確保することは、一朝一
夕にできることではない。家庭、学校、地域、さらには社会がうまく協働し、地
道に努力することで初めて実現されるものである。産業に従事する実務家が学校
や地域における人材育成の現場で活躍するなど、人材育成面での産学官連携も
もっと進めるべきである。
また、「知的創造サイクル」がうまく回っている社会は、多様性、違いを認め
合う。だから、人が努力して生み出した価値を正当に評価する。社会として、多
様性があり、選択肢が多く、その選択に必要な情報が提供され、自由に選択でき
る状況にあることが求められる。
各制度の見直し・整備に当たっても、これらがキーワードになると考えてい
る。その際、「知的創造サイクル」の各段階および技術分野に限らず、成功事例
を 1 つでも多く生み出し、提供することが重要である。次に続く者を増やし、
鼓舞するからである。
昨年秋、富山県の小学 6 年の少年が傘の置き忘れを警告する装置について特
許をとったことが報じられた。彼は小学校の課外のクラブ活動に参加しており、
ご家族の雰囲気も影響しているものと思われる。例えば、この 1 つの事例を契
機に、学校や地域における理科教室、発明クラブといった取り組みが強化され広
がっていくこと、そして「よーし、自分もやってみよう」という子どもが一人で
も多く出てくることを期待したい。こうした積み重ねが多様な人材を生み、この
国を知財立国に近づける。
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
1
特集 ● ̶̶̶̶東海地域クラスター
地域クラスターの東海モデル
大企業主導型のクラスタープロジェクト
全国各地の産業クラスタープロジェクトで自立化の方向性が見えるもの
には、当該地域の有力な中小企業が主導的役割を演じている場合が多い。
しかし、本特集で掲載する東海地域の産業クラスタープロジェクトは中部
経済界の主力を構成する大企業が積極的な役割を担っており、自立化の方
向性について他地域にも参考になるもう 1 つのパターンを示している。
2001 年度から開始された産業クラスター計画は、2006 年度から第 2 期
の 5 カ年に入った。各地で推進されている産業クラスタープロジェクトが
真に実を結ぶためには、自ら担い手となって主体的に参加するメンバーが
増えること、そのような意味で自立性を持った活動となることが必要であ
る。産業クラスターの構成メンバーとしては、企業、大学、その他の研究
機関、金融機関、各種の専門家、行政および公的支援機関などさまざまな
主体があり、それぞれに役割があるが、なかでも企業の存在は不可欠であ
る。言うまでもなく、大学や支援機関がいかに熱心であっても、研究成果
を事業化する企業がいなくては産業クラスターが成り立たないからである。
児玉 俊洋
(こだま・としひろ)
京都大学経済研究所 教授/
本誌編集委員
◆担い手は産学連携を有効に活用できる企業
ただし、企業のすべてが産業クラスター形成の担い手になれるわけでは
ない。産業クラスター計画および知的クラスター創成事業に見られるわが
国クラスター政策の政策文脈におけるクラスターあるいは産業クラスター
とは、単純化して言えば、「産業集積の構成主体間に、産学連携および企業
間連携(新技術、新製品、新事業の開発を目的とするもの。以下同じ)から
なるネットワークが発達した状態である」ととらえることができる。した
がって、産業クラスター形成の担い手になれる企業とは、産学連携や企業
間連携を自らの製品、事業に有効に活用でき、産学連携や企業間連携にメ
リットを感じ、産学連携や企業間連携に積極的に取り組む動機を持った企
業でなければならない。
また、知的クラスター創成事業は、地方自治体の主体性の下に、大学そ
の他の地域の拠点となる公的研究機関において産業界の協力を得て産業界
で活用できる技術シーズを開発することに主眼があるといえよう。したが
って、産業クラスター形成の担い手、あるいは、産業クラスタープロジェ
クトの自立化の担い手となりうる企業とは、知的クラスター創成事業の文
脈で言えば、そこで生み出された研究成果を活用できる企業であると言う
ことができる。
◆自立化の可能性を示している1つはTAMAプロジェクト
全国各地の産業クラスタープロジェクトは、各地の経済産業局が旗振り
役となり、多くの場合、まず当該地域の有力な中小企業(いわゆるベンチ
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
2
ャー企業を含む)の参加を得て、これらと大学とのネットワークを形成す
ることから進展している。その中で、現時点で自立化の方向性が明確にな
っている産業クラスタープロジェクトは必ずしも多くはないが、自立化の
方向を示している典型事例(現時点で財政的自立化を達成していることを
意味するわけではない)としては、本誌 2005 年 11 月号の特集で取り上げ、
その後も何度か関連記事が掲載されている「TAMA プロジェクト」が挙げ
られる。
TAMA とは、東京都の多摩地区を挟んで埼玉県の南西部と神奈川県の中
央部に広がる首都圏西部地域を指し、Technology Advanced Metropolitan
Area の頭文字をもってそのように呼称されている。TAMA でのクラスター
推進機関である(社)TAMA 産業活性化協会には、企業、大学その他の教
育研究機関、大学教授等の個人、商工団体、市町村、TAMA コーディネー
タと呼ばれる専門家が会員となって参加している。これらの会員の参加意
思のひとつの証左は会費を払って参加していることである。特に、企業会
員は資本金 1 億円以下の企業でも年会費 7 万円を払って参加している。企
業会員の多くは製品開発型中小企業 *1 や製品開発型への脱皮を図る基盤技
術型中小企業 *2 など、地域の中核的な中小企業である。TAMA 協会の活動
の活発さは、直接的には協会トップのリーダーシップと協会事務局の活躍
によるところが大きい。しかし、それが可能となっているのは、企業をは
じめとする会員の強い理解と関心と支えがあるからである。TAMA 協会は、
参加意欲の強い会員に支えられた自立性の高い活動であり、企業の中で言
えば、製品開発型中小企業に代表される有力な中小企業が自立化の方向を
主導している。
他の例では、本誌 2006 年 9 月号の特集で紹介した諏訪地域が、中小企
業を中心とした地域経済界の発意によって諏訪圏ものづくり推進機構が設
立されるなど、やはり中小企業を中心とする自立化の方向を見せている。
◆東海ではトップ企業の首脳がイニシアティブ
このように TAMA や諏訪地域における産業クラスタープロジェクトが、
中小企業が主導する自立化の可能性を示しているのに対して、東海地域で
は大企業が積極的な役割を果たす自立化の可能性を示している。
東海地域の代表的な産業クラスタープロジェクトは「東海ものづくり創
生プロジェクト」である。東海ものづくり創生プロジェクトの推進組織で
ある「東海ものづくり創生協議会」には、豊田中央研究所(トヨタグルー
プの技術開発面での中核企業)、デンソー、日本ガイシなど中部経済界の主
導的な立場にある大企業の首脳が副会長として参加し、旗振り役の中部経
済産業局とともに東海ものづくり創生協議会の理念を共有するとともに、
自らのイニシアティブ(経費的負担を含む)で具体的な事業を提案、展開
し、協議会の活動をリードしている。後掲、加藤隆幸氏インタビュー記事
は、その一例として「豊田中研テクノフェア」を紹介したものである。ま
た、中部経済界のトップ企業の首脳がイニシアティブを発揮することに
よって、当該企業のみならず、各系列に連なる中堅企業、中小企業にも産
業クラスター計画の理念が浸透しやすくなっている。
http://sangakukan.jp/journal/
*1:「 製 品 開 発 型 中 小 企
業」とは、設計能力と自社
製品の売り上げがある中小
企業として定義する。ここ
で、自社製品とは、自社の
企画、設計に基づく製品を
指し、部品を含み、自社ブ
ランドだけでなく他社ブラ
ン ド 向 け の OEM 供 給 製 品
を含む。筆者のこれまでの
調査研究では、このように
定義した製品開発型中小企
業は、産学連携や開発目的
の企業間連携を有効活用で
きる企業類型である。
*2:「 基 盤 技 術 型 中 小 企
業」とは、機械加工、鋳・鍛
造、プレス、板金、表面処理、
各種部品組立など機械金属
系製造業の各種の基盤的な
加工・組立を行う中小企業。
その業務は、受託加工(い
わゆる下請け)であること
が多い。
産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
3
各地の産業クラスタープロジェクトは中小企業が中心になっている場合
が多いので、東海地域では大企業が主導的役割を演じていることに意外と
感じる人も多いだろう。しかし、産業集積に集積している多様な技術、知
識の連携によって新製品、新事業を輩出する、すなわち、イノベーション
を促進するという産業クラスター計画の狙いからすれば、中小企業でなく
て大企業が主導的な役割を演じていても一向に差し支えない。むしろ、連
携成果の市場規模としては大企業主導型の方が大きなものが生み出される
可能性がある。ただし、大企業が主導する場合には、当該大企業の系列グ
ループ内の閉じたネットワークとなってはいけない。この点、東海ものづ
くり創生プロジェクトは、既存大企業系列を超えた地域の横断的な取り組
みとなっている。
◆東海型の自立化の方向を目指して
ただし、大企業が技術の出し手として機能するだけでなく、優れた技術
を持つ中小企業と連携して製品開発を行うという方向も必要であろう。ま
た、積極的に参加する中小企業が増えることも必要であろう。今後、この
ような課題をクリアすれば、東海地域が、クラスタープロジェクトの自立
化に関するひとつのモデルを提示する可能性があると言えるだろう。
本特集においては、このような東海地域のクラスタープロジェクトにつ
いて、まず、はじめのインタビュー記事において、近藤靖彦氏((財)中部
科学技術センター専務理事)が「東海ものづくり創生プロジェクト」の全
体像を紹介し、次のインタビュー記事において、加藤隆幸氏((株)豊田中
央研究所主席技師)が、大企業のイニシアティブで展開している事業の事
例として「豊田中研テクノフェア」を紹介する。3 番目のインタビュー記
事では、東海ものづくり創生協議会の運営委員会委員長を務める宮田隆司
氏(名古屋大学副総長)が、クラスタープロジェクトへの大学のかかわり、
および、大学の貢献によって東海ものづくり創生プロジェクトの活動から
発展、独立した「東海バイオものづくり創生プロジェクト」について紹介
する。最後の 4 番目のインタビュー記事では、竹中修氏((財)科学技術交
流財団知的クラスター創成事業本部事業総括)が、知的クラスタープロジェ
クトである「愛知・名古屋ナノテクものづくりクラスター」について、そ
の特色である技術移転マネジメント方式を中心として紹介する。
これらの記事全体を通じたもうひとつの特徴は、製造業に強い地域のク
ラスタープロジェクトとしての性格である。本特集記事は、そのような製
造業に強い地域のクラスタープロジェクトとしての特徴を見いだすという
観点からも読むことができるであろう。
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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特集 ● ̶̶̶̶東海地域クラスター
ロボット技術のサブクラスターが始動
コーディネート機能強化し会員の課題に対応
東海地域の産業クラスター計画「東海ものづくり創生プロジェクト」は第 2 期(2006̶2010 年)に入って
いる。鋳物に続き、ロボット技術に関する研究会がサブクラスターとして動き出した。推進組織である東海
ものづくり創生協議会の事務局である近藤靖彦中部科学技術センター専務理事に、プロジェクトの概要と当
面の課題を聞いた。
まず、プロジェクトの全体像について簡単に説明してください。
近藤 愛知、岐阜、三重 3 県の東海地域の産業クラスター計画は第 2 期
(2006̶2010 年)に入っています。その名称が「東海ものづくり創生プ
ロジェクト」で、推進組織が「東海ものづくり創生協議会」です。プロ
ジェクトの対象分野は新産業のみならず伝統産業を含む製造業全般です。
産業集積の競争力強化と新技術、新事業の創出が狙いです。新技術、新
事業を創り出すためには、「大学・研究機関と企業」「大企業と中堅・中
小企業」
「異分野の企業間」などのクラスターを形成してマッチング・ネッ
トワークの形成や、創業を促進する必要があります。いろいろな形の連
携が求められているのです。
産業界が中部経済連合会など各種団体のメンバーとして活動してきまし
たし、移動も1時間圏内ということもあり、非常にまとまっているとい
う印象を受けます。
近藤 靖彦
(こんどう・やすひこ)
財団法人 中部科学技術センター
専務理事
近藤 そうですね。歴史的に浜松はオリジナルの技術が多いのですが、東
海地域の特徴は、技術を改善していい方向にもっていくという、擦り合
わせ型のものづくり産地ということも、まとまりに影響しているかもし
れません。例えば、トヨタグループとその取引先が縦のネットワークだと
すると、クラスター計画は横のネットワークづくりといえます。縦糸と横
糸を織り合わせて強固なものづくり地域にしていきたいと思っています。
他の地域のクラスター計画の対象には、
「情報・バイオ分野」
、
「環境・エ
ネルギー分野」
、
「健康・環境分野」
、
「半導体分野」など具体的でイメージ
しやすいものが多いですが、東海クラスターはなぜ製造業全般なのですか。
近藤 自動車・同部品、一般機械など擦り合わせ型の製造業の集積という
イメージが強いのですが、電気・電子、窯業なども盛んで対象を絞り込
めません。それで各種産業の基盤となる「ものづくり」としているので
す。最近は電子部品・デバイスの生産が大きく伸びています。多くの産
業でトップシェアを誇っていますが、主要生産品の全国シェアをみると、
タイル 95%、碍子(がいし)87%、毛織物 86%、陶磁器製飲食器 59%
などの伝統産業の強みもあります。
貴センターが「東海ものづくり創生協議会」の事務局を担当されていま
すね。どういう組織になっているのですか。
近藤 東海ものづくり創生協議会は平成 14 年 6 月に設立され、社団法人
中部経済連合会が事務局を務めていましたが、平成 15 年度から私ども
のセンターも事務局に加わり、その後は当センターが中心となって運営
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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しています。当初は 500 社ほどだった会員企業は現在、拠点事業を含め
て 1,400 社余りです。組織は会長と 12 人の副会長で構成する「正副会
長会」と、その議論を踏まえ、プロジェクトの活動を具体的に向上させ
ている「運営委員会」の 2 つが全体の企画運営機能を担っています。現在、
運営委員会を強化しています。
具体的には?
近藤 運営委員会のもとにワーキンググループを設置してプロジェクトの
内部評価を行うようになったこともその一つです。PDCA サイクルに対
応できるようにします。また、当地域の特徴ある事業のテクノフェアに
ついても各主催者からなるワーキンググループを設置して相互の開催ノ
ウハウを共有できるようにしています。
平成17年度から5つの拠点事業が動いていますね。これは地域をさらに
限定して、東海クラスター内にさらに小さなネットワークをつくろうと
いうものなのですか。
近藤 地域、テーマを限定した、一種のクラスター形成でしょう。具体的
には、尾張東部・東濃西部で新セラミックスへの挑戦、東三河地域で精
密加工分野の新産業創出、愛知県で健康長寿産業クラスター形成への取
り組みがあります。3 県にまたがるものでは、ものづくりと連携した IT
新事業支援(岐阜地域、三重地域)と、航空宇宙産業プロジェクトの 2
つがあります。航空宇宙産業については、もともと東海地域はその集積
地で、航空機・同部品生産の国内シェアは約半分を占めており、今年度
は「川上・川下ネットワーク構築支援事業」として独立して取り組んで
いきます。
東海ものづくり創生協議会の事業、活動について教えてください。
近藤 製品化、創業、新サービス提供などの「新事業創出」に至る経過を
3 つのステージに分けて説明します。「新事業創出の苗床づくり・産学官
のネットワーク形成」「技術開発」「企業化」の 3 つです。
まず、「苗床づくり・産学官ネットワーク形成」にはポータルサイトや
メールマガジンなどの情報提供があります。次の「技術開発(イノベー
ション)」にはさまざまな支援施策があります。
この「苗床づくり・産学官ネットワーク形成」と「技術開発」の 2 つ
のステージにまたがる事業がテクノフェアと研究会です。いずれも中心
となる活動です。テクノフェアは本プロジェクトの正副会長会議発のオ
リジナル事業で、企業、大学が保有する特許、技術を会員企業に展示して、
マッチングを図る事業です。事業化につながった例が多く出ています。
また、「企業化」を促進する最後のステージでは、金融支援、商談会、
技術評価、マーケティングなどで応援します。今年からは新たな仕組み
を導入します。
今年はどんな事業に力を入れますか。
近藤 アドバイザーによるコーディネート機能を強化します。具体的には、
会員が抱える個別の課題に対応するため、技術、経営などさまざまな分
野のアドバイザーを派遣し、研究開発、ものづくり、販路、知的財産な
どの面でアドバイスや支援を行います。単に、大学等の特許、技術と企
業をマッチングさせるだけでは不十分で、それを企業化するためには、
こうした支援が決め手になります。また、中小企業にとって役所等に出
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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す書類の書き方の支援は重要で、アドバイザーの業務としています。また、
マッチングにより企業が導入した技術を製品化し、事業化するまでのプ
ロセスの管理もアドバイザーの重要な任務です。時にはつなぎ融資のお
世話も必要になります。
研究会には個性的なものが多いようですが、研究会の意義を含めて現状
を説明してください。
近藤 研究会活動は、テーマを設けて会員企業や大学などの研究機関がネッ
トワークを組み、共同研究を通じて新技術・新製品開発を目指す活動です。
研究会における共同研究は、出口をはっきりさせることが重要です。あ
る程度進んだら、組織の自立の道を探ることになります。最近では、中
部戦略的鋳造研究会があります。もともとこの地域は、鋳物の国内生産
の 40%のシェアを握る地域です。この研究会には中小鋳造業 70 社とユー
ザーの大手企業 14 社が入っていました。昨年 11 月、同研究会が「グレー
ター・ナゴヤ・イモノフォーラム」に発展しました。
今年度から、新しい研究会「ロボット技術(IRT)クラスター」を立ち上
げるようですが……。
近藤 6 月にキックオフセミナーを開催し、270 人が集まりました。岐阜
県が力を入れていたのですが、ロボットは幅広い多くの技術を必要とす
るものであり、すそ野の広いものづくり産地にふさわしい分野です。産
業用ロボットをはじめとしてユビキタス利用、画像認識など 4 つの柱を
立てています。9 月には「ロボットビジネスフォーラム」を盛大に開催
しました。
知的クラスターと連携した活動は?
近藤 産業クラスターと知的クラスター合同の事業として、毎年 1 月に「グ
レーター・ナゴヤ・クラスターフォーラム」を開催しています。これが
クラスター事業にとって一番大きなイベントです。
最後に、展望をお聞きします。
近藤 東海地域は元気のよい地域として評価されていますが、中堅・中小
企業の持つ基盤技術がしっかりと築かれているから、世界でも高く評価
される自動車、航空機、工作機械などの商品が生み出されていると考え
ております。新たな技術を求めると同時に固有技術の高度化も必要であ
り、そのためにお手伝いできることは最大限支援させていただけるよう
プロジェクトを育てていきたいと思います。会員企業が会員であること
にメリットを感じるようになればクラスターの自立化も可能になるはず
と確信しており、このためには中部経済産業局の指導のもとに各種の事
業がいかにメリットを生み出せるかを常に活動の核として推進していき
たいと思います。幸い、中部経済産業局の提唱する多くの中小企業支援
策(新連携事業、提案公募型事業、グレーター・ナゴヤ・イニシアティ
ブ事業など)は本プロジェクトと連動して進められており、官・民一体
の構造が生まれようとしています。東海ものづくり創生協議会が官・民
の橋渡し役を担って、今までにないモノづくり拠点が構築されることを
期待しています。
ありがとうございました。
取材・構成:登坂 和洋(本誌編集長)
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特集 ● ̶̶̶̶東海地域クラスター
保有技術を非自動車分野へ積極的に移転
テクノフェア通じ18件の技術契約
トヨタ自動車グループの基礎研究所である豊田中央研究所は、保有する特許や技術を非自動車分野へ積極的
に移転している。自動車関連技術は完成度、信頼性が高く低コストなので、さまざまな分野で受け入れられ
ている。シーズとニーズのマッチングの場は同研究所のテクノフェア。技術契約した企業には製品になるま
できめ細かなアフターサービスを行っている。テクノフェアの狙いをキーマンが熱く語る。
大企業が保有する特許や技術を地域の意欲ある中小企業に移転すること
を目的としたテクノフェアは、東海ものづくり創生協議会の主要事業の
1つ。平成14 年度に「豊田中研テクノフェア」を始められた経緯につい
て教えてください。
加藤 豊田中央研究所はトヨタ自動車、豊田自動織機、トヨタ紡織、デンソー
などトヨタグループの中核的な基礎研究所として自動車関連技術の研究、
開発を行っていますが、これまで研究成果は弊社の株主会社(トヨタグ
ループ)へ還元されていました。しかし、自動車技術として使われない
ものもあり、これらが長年にわたって蓄積されてきました。そこで、こ
れら特許、ノウハウ等の保有技術の有効活用を図ることを目的に、非自
動車分野への横展開の方法としてテクノフェア活動を企画しました。
当初は東海ものづくり創生協議会からの要請により行動を開始しまし
たが、より広範囲な展開を図るために対象をトヨタ関連部品メーカー(協
豊会)等へも広げました。
東海地区の広範囲な異業種へ自動車関連技術を紹介することにより、
地域社会の活性化と発展に貢献することを主旨とする考え方が弊社トッ
プと共有化でき、現在は中部を中心に、関東、近畿、北陸などの広い地
域にわたってテクノフェア活動ができる仕組みが出来上がりました。
加藤 隆幸
(かとう・たかゆき)
株式会社豊田中央研究所 知的財
産部 事業開発グループ 主席技師
加藤さんはどういう経緯でテクノフェアなどの技術移転にかかわったの
ですか。
加藤 経営サイドからは、休眠特許などを少しでも有効活用したいという
ことがあります。私は元々研究職ですが、この業務を始めるにあたりトッ
プから、テクノフェアの企画、実施、ライセンス活動などを任せられま
した。弊社テクノフェアには、最初はトヨタの技術を採用したいという
ことでいろいろな企業が参加してきました。シーズとニーズとがマッチ
して技術交流を開始し、1 年も経ると、企業間を通り越して人と人との
つながりが出てきます。それが大切であり、技術移転の基本と思います。
技術交流先のトップから従業員まで気さくに付き合えるのが私の取りえ
と思っています。リピーターの企業が数社も出てきたのは、技術的信頼
以外にこうしたことが背景にあるように思います。時には企業訪問時に
技術以外の交流(例えば気功指導)も大いに喜んでいただいています。
トヨタグループと中小企業の間のコーディネーターというわけですね。
加藤 そうです。技術の評価、いわゆる目利きが必要ですね。休眠特許な
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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どから約 600 件の保有技術を掘り起こしました。それを技術的価値、市
場ニーズ、実現性などを考慮してふるいにかけます。現在、テクノフェ
ア等に公開できる特許、ノウハウ等を 100 テーマほど抱え、1 回のテク
ノフェアに 20 から 30 テーマを公開しています。そして、テクノフェア
のマンネリ化を防ぐため、毎回 3 分の 1 程度の展示テーマを新規に入れ
替えるようにしています。ただし、何回もテクノフェアを実施してくると、
人気のある定番技術が出来上がり、どんなイベントでも引き合いが出て
きますね。これはうれしい悲鳴です。
テクノフェアにより、これまでに移転した技
テクノフェア名称
技術名
連携先
術や企業を教えてください。
マイナスイオン
福花園種苗:三重
03/2東海ものづくり
加藤 2003 年以降、テクノフェアを通じて技
LLC微生物分解技術 トヨキン:豊田市、
明電舎:東京
術契約した件数は 18 件、連携先は 25 社に及
高誘電体薄膜技術
野田スクリーン:愛知
03/9東海ものづくり
びます(表 1)。
アルミ鋳物気孔率
トークエンジニアリング:岐阜
ストレス計測
ポッカコーポレーション:愛知
一番苦労したのは、2003 年に(株)明電舎
04/2東海ものづくり
マイナスイオン
小島プレス工業:愛知
に技術移転したエンジン冷却液(不凍液)の
ストレス計測
医学生物学研究所:名古屋市
バイオ分解技術です。この不凍液の主成分は
04/10東海ものづくり
太陽化学:三重
エチレングリコールですが、これを分解しそ
FSM
(ナノ多孔体)
ポッカコーポレーション:愛知
うな菌を自動車解体現場から見つけて単離し、
AI-Si溶射膜
近畿高エネ加工技研:兵庫
培養、固定化する研究に数年かかりました。 04/12近畿マッチング会
ゴムメタル
タクミナ:兵庫
この微生物分解技術の実用化は、実験室レベ
超臨界流体技術
隆祥産業:香川
05/10中部特許フェア
ルから小型の実証試験レベルに移行し、この
05/12産学官交流フェア
ゴムメタル
テクノ高槻:大阪
芳香マイナスイオン
日立ハウステック
:富山
結果を基に、トヨキン(株)へ大規模なプラン
06/7北陸テクノフェア
エアーレート粉末充填 渋谷工業:金沢
トを建設しました。しかし、一挙のレベルア
07/1クラスターフォーラム
芳香マイナスイオン
東邦ガス:名古屋
ップのために、微生物の活性不足でエチレン
表1 豊田中央研究所の主な技術移転例
グリコールを分解しない、においが出るなど
数度の失敗を余儀なくされました。そこで 3 社が初心に戻って、課題を
共有し、我慢と協調の下で改善を推進しました。その結果、2005 年度
にプラントを完成させることができ、現在、豊田市の産業廃棄物処分業
として、新事業展開が行われています。このバイオ分解はにおいがない
という特徴もあります。明電舎は車の解体業のトヨキンと提携してビジ
ネス展開を始めています。
移転しようとする技術は他の業種でどう受け止められていますか。
加藤 自動車研究からのシーズであるため、研究終了後、数年を経た成果
でも異業種から見れば新規技術です。特許の権利が残り数年の技術でも
買ってもらえることもありました。材料、機械、加工、バイオ、環境、
計測、分析、ソフトなどあらゆる分野の技術を開示しているため、非自
動車分野からの技術移転要望が極めて高いですね。特に技術分野、ハイ
テク、ローテクの区分は無く、満遍なく反応があります。
連携企業の担当者はすべて新技術、新規事業開拓などに意欲が旺盛で
あり、また、それらの企業はトップの理解があり、開発環境が整ってい
ますね。
技術移転する相手企業には、実際に製品になるまでアフターケアをされ
ているのが特徴といわれますが、具体的には?
加藤 まず、技術契約締結後、こまめに会社訪問を行い、開発状況を把握
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
9
します。定期的な開発経過報告会を持ち、場合によっては弊社発明者(研
究者)も同席して、課題の早期解決を行うこともあります。弊社にて追
試実験を行う場合もあります。
また、要望で契約会社の事業分析を行い、新規事業の考え方や、新規
事業提案もします。契約会社の技術的トラブル(基幹事業)のコンサルテー
ションとして現場に赴き、研究者、作業者などと面談し、対策方法の提
案をすることもあります。さらに、訪問時には契約技術以外の関連技術
紹介や従業員を対象とした講演会も開催しています。
全国の地域クラスター事業のなかで、東海クラスターのように大手企業
グループが「産産連携」の中心になっているケースは少ないといわれます。
貴研究所およびトヨタグループは大きな役割を果たされています。
加藤 自動車関連技術が非自動車分野で役立ち、地域社会の活性化や発展
に貢献できれば、弊社のテクノフェアの意義は高いと考えています。そ
うした思いはトップも共有しています。自動車関連技術は完成度・信頼
性が高くかつ低コストなので、広く民生分野等への融合が容易と思いま
す。非自動車分野の技術革新につながっており、意義が高いと思います。
特に食品分野、衣料分野、建築分野、医療分野など予期していなかった
異分野に展開できています。
テクノフェアは 13 機関(企業、大学)と連携して開催されていますが、
こうした技術移転が進むと、東海地方の産業が占める位置付けは変わる
でしょうか。
加藤 数年前に完成させた技術は、時を経ても異業種では新規技術になる
ため、ものづくり会社などへの技術革新につながると思います。技術移
転先の基盤技術に付加して新技術を取り入れることにより、企業の技術
幅が広がり、企業発展性および持続性が助長されるでしょう。これまで
に弊社から技術移転した企業さんの利益向上に結び付けられることが本
来の産業クラスターの意義でありますので、今後も地道で息の長い技術
移転活動を行っていきたいと思います。
ありがとうございました。
取材・構成:登坂 和洋(本誌編集長)
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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特集 ● ̶̶̶̶東海地域クラスター
テクノフェアが産学連携マインドを醸成
コーディネータ育成が課題
東海地域の大学は、クラスター事業を地域貢献の重要な活動ととらえ積極的にかかわっている。名古屋大学
の場合、総長らが「東海ものづくり創生協議会」の役員として参加しているほか、サブクラスターの 1 つを
推進する NPO 法人東海バイオものづくり中部の事務所は同大学インキュベーション施設内にある。名古屋
大学の産学官連携の責任者である宮田隆司副総長が東海クラスターへの期待を語る。
宮田先生は東海ものづくり創生協議会の運営委員会委員長で、平野眞一
名古屋大学総長は同協議会の会長を務めていらっしゃいます。産業、知
的を問わず東海地域のクラスターに名古屋大学および地域の各大学がど
うかかわっていますか。
宮田 クラスター事業はそれぞれの地域で産学官のネットワークを生かし
て進めるものです。われわれも積極的にかかわっていますし、地域の他
の大学も同じ姿勢だと思います。この地域はトヨタ自動車グループをは
じめ産業界の力が強いのが特色ですが、それだけに大学としてもクラス
ター事業をあらためて地域貢献の重要な活動としてとらえています。そ
れに、愛知県を中心とした東海、さらには中部地方の経済の状態が良い
といっても、関東、関西地方と伍してやっていくには産学官の連携、
「学」
に限れば域内の大学のネットワークを強固にする必要があると思ってい
ます。産学連携の国際化が産学官連携活動の次のステージとして文部科
学省からも提示されていますが、これについても東海地区大学の連携強
化を進めています。
宮田 隆司
(みやた・たかし)
名古屋大学副総長・産学官連携
推進本部長
協議会の研究会から独立し、いわばクラスターのサブクラスターとい
う位置付けで活動しているものがあります。2003 年 10 月に独立した
「NPO 法人バイオものづくり中部」に続き、今、ロボット関係の動きが
急になってきました。こうした研究テーマと大学の関係はどうですか。
宮田 サブクラスター等の芽となる各種分野の研究会では、名古屋大学を
はじめ各大学の教員が産業界の技術者、研究者と協働して地域コンソー
シアムなどへ発展させる仕組みがすでに出来上がっています。東海バイ
オクラスターでは、推進機関・事務局である NPO 法人東海バイオもの
づくり中部の事務所が名古屋大学インキュベーション施設内にあります。
また、NPO 発足以来、名古屋大学関係者がその役員や実務者として関与
してきたことも大きいです。東海バイオクラスターの特徴は、創薬・先
端医療といった分野に限定していないことで、生物系、有機系新材料や
環境負荷削減技術を東海地区の製造業に技術移転することにも力を入れ
ています。最近、工学系研究者がかかわるケースが増大してきています。
ロボット技術クラスターを目指す活動は、東海地区の自動車をはじめロ
ボット技術の集積が背景にあります。大学にロボット、メカトロニクス
研究者が多いですし、多岐にわたるロボットユーザーが存在するなどロ
ボット産業を育む素地があるわけで、次世代産業の核になるものと官民
挙げて取り組み始めたところです。
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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産学官の協同事業であるクラスター活動を通じて名古屋大学はどんな影
響を受けましたか。先生たちの意識改革を促したものはなんですか。
宮田 産学官連携を教員が極めて身近に感じるようになったということが
挙げられます。特に今年で 8 回目を迎えるテクノフェアは 10 年近く前
に名古屋大学が最初に始めました。テクノフェアという名称も本学の工
学研究科が最初に使用したと自負していますが、工学系教員に産学連携
マインドを醸成していく上で大きな役割を果たしてきたと思っています。
また、学内において「知的財産の整備、特許取得、産学連携活動等の社
会貢献は、これからの大学にとって教育、研究と並ぶ重要なミッション
である」とのコンセンサスを得る上でも、クラスター活動は重要な役割
を果たしたと思っています。各種コンソーシアムを形成したり、クラス
ター形成に貢献することが外部資金の獲得にもつながっていく、そのこ
とがようやく理解されるようになってきたと思います。
大学内の意識が大きく変化しています。大学は時代のニーズにどう対応
していかれますか。
宮田 産学官連携を進めていく上で痛感するのは、産業界のニーズと大学
のシーズを結ぶつなぎ役、調整役としてのコーディネータの役割の重要
さです。ベンチャー起業のための経営人材の不足は従来から言われてい
ることですが、産学の双方向連携を深める最も効果的な手段は有能なコー
ディネータをいかに確保するかです。大学にとって大事なことは産学連
携の名の下に研究基盤を見失わないことです。このことを踏まえて、基
盤的研究の成果を生かすにはコーディネータの活用が極めて重要で、こ
の分野の人材育成も大学にとって必須の課題と考えます。名古屋大学と
してもコーディネート活動を積極的に行い、外部資金の導入、各種助成、
競争的資金への応募を支援する体制を強化したいと思っています。成果
報酬型のコーディネータ制度も検討しています。
東海クラスターへの期待を聞かせてください。
宮田 東海ものづくり創生プロジェクトへの参加企業は 2002 年の発足当
初は約 500 社でした。それが、現在は約 1,400 社にのぼっており、裾野
の拡大を実感しています。第 1 期ではネットワーク形成に注力してきま
したが、アドバイザー活動、中部経済連合会との連携もあって軌道に乗
り始めています。今後は中部経済連合会の中経連新規事業支援機構との
連携を深めてビジネスマッチングを進めるなど起業、新事業創生に結び
付くような活動を展開したいと考えています。東海地区は擦り合わせ型
産業の集積があります。また、中部経済連合会を中心とする産業界、大学、
自治体、中部経済産業局などの官との連携を強化するにはちょうどよい
規模ではないかと思います。産業クラスター形成に向けてより強固なネッ
トワークを構築し、ものづくり基盤の強化を図るとともに、併せて東海
地区への国内外からの人材集積を図りたいというのが大学人としての私
の期待です。
ありがとうございました。
取材・構成:登坂 和洋(本誌編集長)
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特集 ● ̶̶̶̶東海地域クラスター
知的クラスターはナノテクで大きな成果
「名古屋モデル」で研究開発過程を管理
「愛知・名古屋ナノテクものづくりクラスター」は、ものづくりの高度化と環境負荷低減を同時に達成する「自
律型ナノ製造装置」開発を目指している。今年度は第 1 期の最終年度。これまでに特許出願 199 件、事業化・
商品化 28 件など大きな成果が出ている。同クラスターの竹中修事業総括に、狙い、特徴、第 2 期に向けて
の展望などを聞いた。
地域独自の研究開発テーマを設け、地元の大学・公的研究機関を核にし
て企業も加わり技術革新を目指す「知的クラスター創成事業」。文部科学
省が平成 14 年度にスタートさせたこの技術革新システムは、ブドウの
房(クラスター)のように、全国各地に国際的競争力のあるさまざまな革
新技術の集積(知的クラスター)をつくり出すことを目指していて、現
在、全国で 18 の地域が取り組んでいます。この事業では、地域の主体性、
イニシアティブが重視されているようですね。「愛知・名古屋ナノテクも
のづくりクラスター」はその 1 つですが、なぜ「ナノテク」なのですか。
竹中 愛知県にはものづくりの基盤を支える高度な加工技術、材料技術の
集積があります。生物はナノテクですし、材料開発はそもそもナノテク
の世界です。産業界、ものづくりの立場から見ると、ナノテクは「手段」
です。また、低温プラズマで一番進んでいる名古屋大学をはじめ、関連
技術の研究に取り組んでいる大学、研究者の層が極めて厚い。こうした
ことから、愛知・名古屋地域は「ナノテクを利用した環境にやさしいも
のづくり構想」を提案し、ものづくりの高度化と環境負荷の低減を同時
に達成する「自律型ナノ製造装置」開発を目標としました。
竹中 修
(たけなか・おさむ)
財団法人 科学技術交流財団
知的クラスター創成事業本部
事業総括
◆「試行地域」の危機意識が出発点
「知的クラスター創成事業」が始まった平成 14 年度は、愛知・名古屋地
域は「試行地域」でしたね。
竹中 製造品出荷額が日本一のこの地域がなぜ補欠にあたる「試行地域」
になってしまったのか。この危機意識が、私がクラスター本部体制強化
のために拝命した「事業総括」の役割をいかに果たすのかの出発点です。
初めは悪戦苦闘の連続でした。国、県、市、大学にはそれぞれの風土があり、
中の人たちの意識も異なります。役所、大学の責任体制の不明確さ、規
則・ルールの形式主義、予算執行の固定化などは、企業出身の私にはカ
ルチャーショックでした。「前例がない」というのが大きな壁でした。何
が何でも本採択を獲得するという使命感がなかったら、1 カ月で断念し
たでしょう。
翌15年度は本採択されましたが、名古屋地域は産業界の力が強すぎて、
かえって産学連携にご苦労されていると聞きますが。
竹中 有力企業が多いこともあり、知的集積と産業集積の間の横糸が弱い。
しかも、この地域は景気もいいですから、産学官の連携は非常にやりに
くい。それだけに逆にやりがいもあります。私の行動指針の第 1 は現場
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
13
を見るということです。民間にいるときから現地現物主義でやってきま
した。他の知的クラスター地域にもすべて足を運びましたし、ドイツ、
フランス、米国、韓国も視察しました。行動指針の 2 番目は多くの人と
会うことです。4 年間で延べ 3,000 人。そうしたなかで信頼関係もでき
てきました。文化の著しく違う大学の先生も、そういう過程を経て、3
年目からようやく私のほうを向いてくれるようになりました。最も苦労
したことは、大学の研究シーズを事業化にもっていくためのプロセス管
理です。
◆応用基礎研究からビジネス開発まで5つのフェーズに分ける
それが竹中さんのおつくりになった「名古屋モデル」という技術移転の
マネジメント方式ですね。
竹中 そうです。これは研究開発のプロセスを、応用基礎研究(3 段階)、
要素開発(3 段階)、製品開発(3 段階)、量産技術開発、ビジネス開発の
5 つのフェーズ(細かく分けると 11)に分け、各プロジェクトのテーマ
が現在、どこにあるかを整理するものです。研究開発に時間軸、分かり
やすく言えば、時間(納期)の感覚を取り入れて研究をみるということ
です。
そうしたマネジメントは企業では普通に行われていますね。
竹中 もちろんです。基本的なことです。しかし、大学の先生には、この
ような経験を持つ人が少ないのです。企業のように「出口」が明確でな
いからです。ですから、先生方に実用化、事業化とはどういうことかと
いう教育から始める必要がありました。先生は教えることには慣れてい
るが、教育されたり、管理されたり、共同で研究することには不慣れな
人が多いのです。
今年度は、愛知・名古屋クラスターの1期目の最終年度ですね。これま
での成果を教えてください。
竹中 成果の 1 つとして、世界初の「自律型ナノエッチング装置」の開発
に成功しました。これによって従来のように経験と勘に頼ることなく、
エッチング(プラズマ化学反応で、半導体基板上の薄膜を超微細加工す
ること)工程の生産性を大幅に向上できます。これを含め、今年 1 月ま
での実績を見ると、特許出願が 199 件(うち外国 28 件)、論文 509(う
ち海外発表 377)、ベンチャー企業創出 4 社、事業化・商品化 28 件、国・
地域コンソーシアムなどの採択 5 件といったところで、「名古屋モデル」
とともに評価していただいております。
ベンチャー企業 4 社で、年間 2 億円以上の売り上げがあります。コン
ソーシアムについては、経済産業省の産業クラスターとの連携で、毎年
1 件採択されています(他府省連携枠)。平成 19 年度も 3 件申請し、1
件採択されました。
ナノテクの材料分野は長い開発期間を必要とします。最近は「成果」が
厳しく問われる時代、その辺のご苦労はありますか。
竹中 結果を性急に求めてはいけないというのが持論です。無論、件数な
ど実績を出していくことは大事ですが、そうした評価に偏ってはいけま
せん。名古屋の場合は 4 つのプロジェクトが動いていますが、その 1 つ、
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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堀プロジェクトのなかには短期的に成果が出て商品になっているものも
あります。例えば、超小型ラジカル診断センサーはすでに半導体メーカー
に売れています。しかし、それは長い基礎研究のなかから生まれている
のです。ですから、10 年、20 年という時間がかかる例もでてくるでしょ
う。成果を求めるならば短期的、中期的なものだけでなく、長期的な見
方も欠かせません。
◆産学連携の仕組みづくりも「成果」
クラスター事業では各地域の自主性が重視されています。名古屋地域の
産業界の機運も高まっているようですし、何より大学の姿勢が大きく変
わってきたのではないですか。
竹中 はい、この事業を通じて大学は変わらざるを得なくなったし、地域
も真剣になってきました。成果ということを言うとき、産学で出口に向
かって研究開発を進める仕組みができたとか、インフラが整ってきたと
いうこともカウントすべきだと思います。
第2期に向けての展望を聞かせてください。
竹中 第1期の成果を踏まえて提案しようと思っています。まだ案の段階
で確定していませんが、柱は 3 つです。
①先進プラズマ技術開発、②窒化物系光・電子デバイス開発、③高機
能ナノ材料開発、で、いずれも産業界のニーズ(出口)を踏まえて、ナノ
テクを利用したものづくりクラスターの形成を目指していきます。
産業クラスターとの連携にはどう取り組まれますか。
竹中 クラスターには「知的」も「産業」もないし、一体で取り組むこと
が重要です。海外を視察して驚いたのは米国などはそうした障壁がない
こと。もっと海外を見てほしい。学ぶことが多いはずです。わが国でも
他府省連携で、戦略策定、人材育成、知的財産、コーディネート活動、
財政支援などソフト面の支援をセットでしてほしいですね。
ありがとうございました。
取材・構成:登坂 和洋(本誌編集長)
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産学の個々の研究者のつながりを
重視する東芝の産学連携
東芝は産学連携の柱の1つとして大学の人材育成への協力と支援を掲げている。2005年度にスタートした研
究インターンシップ制度は3年目。この特徴は、研究テーマを東芝から提示し、組織間協定を結んで面での
運用をしていることなどだが、インターン生を介して大学と東芝の研究者の出会いの場を設けて共同研究な
どにつなげる狙いもある。インターンシップ運用後、それまでの師弟、先輩・後輩中心のつながりが面へと
拡大する効果が出ている。同社の2006年の国内の共同研究/委託研究費は海外のそれを上回った。東芝の産
学連携の取り組みを解説する。
◆はじめに
産学連携の仕事を引き受けてすぐに、全国の北から南にある 20 あまり
の大学の産学連携推進組織を訪問しヒアリング調査を行った。その際、組
織的な枠組みの連携協定が成立した話もいくつか聞いたが、どこか現場感
に欠けていると感じた。次のラウンドではできるだけ研究現場を訪問した。
そこでわかったことは、大学の現場の研究者の多くは独自での研究活動を
好んでいることであった。この傾向は企業の研究現場でも大差は無い。い
わゆる、NIH(Not Invented Here)症候群である。しかし、研究テーマによ
っては産学の研究者が連携したほうがより多くの成果が期待でき、相互に
意義のある連携ができることも多い。また、食わず嫌い的な面もあり、実
際に会って情報交換すると一緒にやりましょうという場合も多い。産学連
携の活性化のために必要なことのひとつは現場の研究者の出会いの機会を
提供することであるとの結論に達した。
山下 勝比拡
(やました・かつひこ)
株式会社 東芝 理事
◆海外の大学との連携
東芝では、海外の大学との連携では地域に応じて異なった対応をとって
いる。技術先進国の大学とは共同研究やスポンサーシッププログラムに参
加して、技術獲得、アンテナ基地、情報発信基地として活用している。一
方、アジアを中心とした発展途上国では奨学金制度やインターンシップ制
度を運用して、まず大学との関係構築と人脈づくりを行っている。時間の
経過とともに技術や研究レベルが高 2500
億円
まった中国などでは共同研究もいく
つか始まった。また、他の途上国で 2000
は、新しい教育科目やコース設立企
1500
画支援や、次のステップとして、大
学キャンパス内に大学との共同ラボ 1000
設立の話が進んでいる。
500
経済産業省の調査では日本の企業
が産学連携で使用する費用の海外、
0
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
国内比率は海外のほうが 2 倍半以上
国内大学
海外大学・研究機関
多くなっている(図 1)。
99
00
01
02
03
04 年度
出典:総務省「科学技術研究調査報告」
図1 日本企業の国内外大学・研究期間への研究費支出の推移
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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1989 年に逆転して以来、年々その差は開いている。
◆米国の大学と国内の大学との違い
日本の企業による海外の大学への研究費支出が国内への支出より多くな
っている要因はいろいろ考えられる。ひとつには、米国を中心としたトッ
プレベルの大学は世界最先端の研究を行っていて、日本企業にとっても魅
力的であり、資金を出す価値を感じている。次に、大学のマーケティング
活動が活発で、教授自ら企業を訪問してマーケティングを行っている。待
ちの姿勢の国内の大学とはかなり差がある。また、米国の大学は期待され
た成果を、期待された期間に出す努力をしているところが多い。要約すれ
ば、米国の大学は世界トップの研究をしているところが多く、企業との連
携のためのマーケティング活動が活発で、連携後のアフターケアが良いと
いうことになる。
◆人材育成も産学連携の大きなテーマ
産学連携においては、大学側から見れば外部資金の入る共同研究や受託
研究などに一般的には関心が高いと言える。一方で、大学の本来の使命の
中で最も重要なもののひとつとして教育とそれによる優秀な人材の社会へ
の供給がある。東芝では産学連携の柱のひとつとして、大学の人材育成へ
の協力と支援を掲げて活動している。
◆研究インターンシップ制度とその効果
3 年前に大学側に研究インターンシップ構想を提案し、2005 年度より
運用を始め、今年で 3 年目を迎えた。国内の大学が中心である。東芝の研
究インターンシップの特徴は次の点にある。①研究テーマを東芝から提示。
② 1 カ月から数カ月の長期間。③組織間協定を結んで、面での運用。④イ
ンターン生を介して大学と東芝の研究者の出会いの場を設けて、共同研究
などの産学連携につなげる。
受け入れ部門はコーポレート、社内カンパニーの各研究・開発・技術セ
ンターで、研究テーマは東芝のビジネス領域をカバーし、多岐にわたって
いる。現在、8 大学、18 研究科/研究機構から院生を受け入れている。イ
ンターン終了後、各大学で終了報告会が開催される。
参加した院生には「計画的で時間的制約を意識した研究、研究の管理と
進め方、市場を意識した研究などが体験できた」、「コミュニケーション、
プレゼンテーション、グループワークの重要さがよく分かった」、「研究に
対するイメージが具体化し、自分の研究に対するモチベーションが高まっ
た」、「コスト、品質、安全に対する意識が高まった」と好評で、期間的に
はもっと長くしてほしいとの要望も強い。研究インターンシップは一種の
異文化体験で院生の視野の拡大に間違いなく貢献している。
研修期間中に大学の先生方が研究現場を訪問したり、東芝の研究者が研
究テーマ説明会、終了報告会などで大学を訪問して研究者間の交流が行わ
れている。その結果、いくつかの共同研究が始まった。インターン生への
指導の質を高く維持するためには、すでに、現在の受け入れテーマ数は限
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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界に近くなっている。他の多くの企業でも同様のインターンシップ制度を
運用していただき、日本の大学院の人材育成に産業界として協力できれば
と望んでいる。
かつては、師弟関係、先輩・後輩の関係のつながりが中心であったが、
研究インターンシップ運用後、徐々に今までに無かった糸がつながり始め、
面へのつながりへと拡大しつつある。
図 2 は東芝における共同研究/委託研究費の海外と国内の比率の推移を
示している。1997 年の支出総額を 100 とした場合の
2003、2005、2006 年度の相対値をグラフ化した。
政府の産学連携政策に呼応して東芝の国内連携比率が
高まってきている。1997 年に総支出の 34%であっ
た国内比率が 2006 年には総支出の 62%に増加した。
その内訳を分析すると、総費用は2倍近くになってい
て、その増加分がほとんど国内の大学との連携に向け
られた。研究インターンシップ制度がこの傾向に部分
的に貢献している。
200
175
150
125
100
国内
75
海外
50
25
0
97
03
05
06 年度
図2 産学連携 国内外研究費支出の推移(東芝)
◆産学連携活性化のために
最近では多くの大学が情報開示に努力され、研究成果や内容の発表会が
社会、特に、企業に向けて行われている。その効果は確実に出ていると言
える。東芝で最近始まった共同研究もこのような機会に産学の研究者が接
触したのがきっかけになったものもある。大きな目標を持った組織的な連
携を行うのは理想であるが、やはり、最終的には大学と企業の個々の研究
者が意気投合し、相互に連携の価値が出ないと共同研究もうまくいかない。
そのためにも、研究者同士の出会いの機会をできるだけ多く作って、NIH
症候群の人たちの意識改革を図ることが望まれる。
日本はエネルギーや環境問題、少子化、高齢化問題など多くの課題を抱
えている。これらの課題を解決していくことで新しい価値が生まれ、日本
発のイノベーションにつながる可能性を秘めている。テーマによっては複
合的な領域の研究者が共同で研究を行うことも必要となる。そのためには、
複数の研究者が参加するプロジェクトをうまく管理して推進していく機能
が大学側にも必要となる。どちらかというと 個 を尊重する大学において
組織的運営の必要性が高まりつつあると言える。
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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連載 国立高専が地域と交流
大阪府立工業高等専門学校
NPO法人北河内エコエナジーと
府立高専の産学連携
大阪府立工業高等専門学校は、3年余り前から産学官連携で分散型クリーンエネルギー機器開発とその利用
に取り組んできた。平成18年5月、NPO法人「北河内エコエナジー」を設立、太陽光およびマイクロ風力発
電システムを完成させた。その経過をたどるとともに、将来を展望する。
◆きっかけ
伊藤 詣二
大阪府立高専は、平成 15 年 8 月 27 日の第 3 回大阪府立工業高専産官
学交流会の中で開催された環境シンポジウムで、北河内地区において分散
型クリーンエネルギー機器を開発することや淀川水系および寝屋川水系の
地域特性を利用した電源開発を提案した。
(いとう・けいじ)
大阪府立工業高等専門学校
研究担当副校長
総合工学システム学科
物質科学コース・教授
工学博士
◆経緯
大阪府立高専の呼び掛けで、北大阪商工会議所や寝屋川市・枚方市など
の自治体と、北河内を中心とした大阪府内の中小企業が集まって、「北河内
Eco-Energy Project 研究会」が平成 16 年 4 月に任意団体として発足した。
その活動の 1 つとして、本校が中心となって開発した 300 ワットクラスの
マイクロ風力発電システムの普及がある。現在、1 号機と 2 号機が風力エ
ネルギーで発電中である。また、各種の産学交流会に風力発電のモデルを
出展したり、大阪府や自治体が主催するエコフェアにも出展したりして、
環境啓発活動を行ってきた。さらに、市民対象の環境講演会などでも環境
啓発を行っている。平成 18 年 3 月 1 日に、このエコエナジー研究会が発
展的に解散し、特定非営利活動法人(NPO 法人)
「北河内エコエナジー」と
して再出発することとなった。この設置目的は、研究会のときの設立の理
念を引き継ぎ、次のようにうたっている。
この NPO 法人の目的は、①北河内地区を中心に中小企業や大学・高専、
市民および産業支援機関等の産官学民が一体となって環境・エネルギーに
かかわる新技術や製品開発を通し、中小企業の活性化に貢献する ②クリー
ンエネルギーの普及および省エネルギーの提案を通して環境保全を図る
③そのような活動を通して元気で活力のあるまちづくりに貢献することに
ある(図 1)。
大阪府立工業高等専門学校の概要(所在地:大阪府寝屋川市 URL:http://www.osaka-pct.ac.jp/)
学 校 長 :武田 洋次(たけだ・ようじ)
沿 革 :昭和 38 年 4 月、2 学科(機械工学科、電気工学科)で開校。さらに同年 12 月、2 学科(工業化学科、
土木工学科)の増設認可、200 名定員。平成 17 年 4 月、200 名定員 1 学科(総合工学システム学科)
6 コース制(機械システムコース、システムデザインコース、メカトロニクスコース、電子情報コー
ス、物質化学コース、環境都市システムコース)への学科改編。同年同月 20 名定員 1 専攻(総合工
学システム専攻科)4 コース(機械工学コース、電気電子工学コース、応用化学コース、土木工学コー
ス)の専攻科を設置。
教育目標:ものづくりの現場でのリーダー的資質を備えた創造力のある実践的な技術者の育成
〈内容は掲載当時〉
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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◆成果と結果
平 成 18 年 5 月 21 日 に 枚 方 市
中小企業支援センター きらら で
NPO 法人北河内エコエナジー設立
総会を開催した。その後の活動は毎
月第 3 木曜日に大阪府立高専や枚方
市・寝屋川市などの自治体や、その
他の有志を交えた 北河内環境エネ
ルギー推進協議会 を開催し、環境
に関する勉強会や環境啓発活動を行
ってきた。
NPO 法人に移行して 1 年余りが
経過したが、NPO 法人化前を含め、
これまでの活動をここに報告する。
平成 17 年度の大阪府農林水産部環
取り組み内容
企業
μ風力発電の研究
実証実験・実用化
商工会議所
市民
省エネ
活動
分散型電源モデル
の設置・啓蒙
NPO
北河内
エコエナジー
情報発信
(新エネルギー)
行政
(3市)
省エネルギー
診断
研究機関
学校
普及支援
団体
NPO
図1 北河内エコエナジーの活動イメージ
境みどりの推進課が募集した「大阪府民
発電事業」に応募し、平成 17 年 10 月に
採択された。これに伴い、大阪府の庭窪
浄水場の施設内にマイクロ風力発電機と
太陽光発電のハイブリッドシステムとし
て2キロワットの施設を作ることになり、
写真1 マイクロ風力発電機と太陽光発電
資金協力を呼びかけた結果、個人と企業
団体合わせて約 25 団体から約 250 万円の基金が寄せられた。この基
金をもとに、平成 17 年度末には一応のシステムを完成することができ
た(写真 1)。平成 18 年度に入って、庭窪浄水場の厚意で本館管理棟の
中に発電システムの出力表示やコントロール機器類を設置するために
一室を提供していただくことになり、見学者にも見てわかりやすい展
示をしている。さらに風力発電エネルギーを利用した噴水を設置した。
また、マイクロ風力発電機を夜間ライトアップする LED 照明灯は、松
下電器産業株式会社・照明社様により、その開発および機器の提供を
受けた(写真 2)。これにより、太陽光およびマイクロ風力発電システ
ムは完成した。
写真2 ライトアップするLED照明灯
◆展望
平成 19 年度でこの活動も 4 年目に入り、新聞やテレビでも取り上げら
れ知名度も上がってきた。その成果か、現在 2 つの団体から大阪府立高専
開発のマイクロ風力発電機を設置したいとの引き合いがあり、設計・製作
中である。これらの成果をもとに、さらに高機能化し、平成 20 年度上期
の商品化を目指している。
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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連 載
大学発ベンチャーの若手に聞く
現代版ピノキオの誕生を目指して
青江 順一氏、樫地 真確氏(株式会社言語理解研究所)に聞く
取材・構成:平尾 敏
言語理解研究所 *1 は徳島大学知能情報工学科の青江順一教授の研究成果から誕生したベンチャー企業。青江
教授は、徳島県が生んだジャストシステムの変換ソフトである ATOK の初期開発にかかわった一人だ。同社
の事業の中心は言語理解エンジンと知識辞書構築がもたらす IT である。財産として蓄積した用語は 8,000
万語。最近は「電子メール理解」という商品がヒットしている。
手塚治虫の描いた「鉄腕アトム」は正義の味方ロボットだ。スピルバー
グが制作に関与した映画「AI」の主人公は、自分がロボットであることを
知り、人間になれないことに絶望し悲しむ感情を持ったロボットだ。ピノ
キオがモデルだともいう。手塚治虫もスピルバーグも主人公のロボットに
人工知能を装備した。
*1:株式会社言語理解研究所
http://www.ilu.co.jp/index.
html
徳島大学の青江順一教授(写真 1)は、同大学に学生として入学した時か
ら一貫して情報工学に携わってきた。「知能情報工学科青江研究室」が蓄積
してきた知的財産を事業化し社会貢献を実践している。事業の中心は「言
語理解エンジン」と「知識辞書構築」がもたらす IT だ。究極の目標は感情
を理解し会話のできる人工知能を確立すること。とてつもない壁が立ちは
だかっているように思えるが青江先生の表情は明るい。
◆言語理解エンジンと知識辞書
例えば、「あたる」という言葉も前後の言葉とのつながりで全く違う意味
になってしまう。車に「あたる」と「痛い」となるし、宝くじに「あたれ」
ば「ラッキー」や「幸せ」となる。また、同じバナナでも、「食べて美味
しい果物」であり、「南の豊かな島」や「チンパンジー」を思い出したり、
「同じ果物としてリンゴ」を連想したりする。
今日までに、財産として蓄積した用語は 8,000 万語、4,000 種類の概念
知識、さらにこれらから連想される 150 万語の連想語辞書を構築している。
会社案内には 3 つの主力製品が示されている。
①電子メール理解……最近のヒット商品(後述)
②感性理解……感情理解でありインターネット商品の顧客好感度チェッ
ク等に利用
③音声対話理解……ロボット音声やカーナビ音声等に感情表現を植え付
けるシステム
最近ヒットしている「感情お知らせメール」*2 は「おまかせデコメール」*2
として人気の携帯電話機能だ。携帯メールに書かれた文章から、どのよう
な気分で書いたかを瞬時に判断し、その気持ちをメール画面で表してくれ
る。悲しい単語がたくさん並んでいても内容が楽しいことであれば楽しそ
うな画面が表示される。メール用語や絵文字、最近問題の乱れた文法な
ども含めた日本語文章を瞬時に解析し送信者の「気持ち」を表現する仕
掛けだ。
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写真 1 代表取締役 青江順一氏
(徳島大学大学院教授兼務)
*2:「感情お知らせメール」「お
まかせデコメール」は日本電気
株式会社の商標または登録商標。
産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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蓄積された知識辞書をもとに組み合わせを計算すると何百億通りにもな
るというが、時間をかけずに答えを出すのがこのエンジンの特徴だ。
指導教官の青江教授に誘われて、責任者として社員をリードしているの
が代表取締役の樫地真確氏(写真 2)。人気商品であるモバイル向け感情理
解プログラムの中核技術者でもある。青江教授が立ち上げたベンチャーに
すんなりと飛び込んできた。学生時代とベンチャーでの 6 年間を合わせ、
およそ 10 年間を言語理解に捧げてきた。「当初から他の就職先は全く考え
なかった」と言う樫地氏。「毎日がチャレンジの連続」というエキサイティ
ングな 10 年でもあった。
写真 2 代表取締役 樫地真確氏
◆課題は2歳児レベルの成長
言語理解研究所が開発している人工知能の現在のレベルについて、青江
教授は胸を張って、「チンパンジーを超えた」と言う。しかし、人間と比較
をするとせいぜい 2 歳児程度だそうだ。単語の数や、難しい言葉を覚える
のはたやすいのだが、感情が伴わない。「うれしい」、「悲しい」、「楽しい」
というやつだ。人間の脳がいかに優れているかの証でもあるが、たとえ 2
歳程度とはいえ、そのレベルに到達している事実は素晴らしい。
言葉の関連付けから感情を把握すると聞くと例の漢字変換ソフトが思い
起こされる。まさに、青江先生はご当地徳島県が生んだジャストシステム
の変換ソフトであるATOKの初期開発にかかわった一人だ。創業期のジャ
ストシステムと共同研究を締結し基盤解析に10年間携わった。産学連携と
いう言葉も無かったころに始まった典型的な産学連携だ。しかし、一定の
成果が商品に反映されたところで共同研究は切れてしまった。研究成果の
実現を途切れなく行うことが重要だと考えた氏は、結局自分でベンチャー
を興すことになってしまった。
ベンチャーを始めて 6 年。売上高は 2 億 5,000 万円前後で数年間推移し
ている。横ばいながら、常時 30 人のスタッフを抱えて事業を推進してい
る。開発分野もあえて他社が手を出さない言語理解技術に特化している。
取り組む課題は多い。2 歳のレベルを一刻も早く成長させなければなら
ない。人間は自分で学習するがコンピュータには情報を入れてやらなけれ
ば成長しない。しかも、「言語理解につながる関連付け」が肝心だ。知識辞
書は日々成長している。それを助けているのは 20 人の入力スタッフであ
り指揮官の樫地氏だ。子供は、ある時期から一気に成長する場面がある。
このアルゴリズムはそれが明日なのか、遠い将来なのか予測がつかない。
◆筆者の言葉
「高度な技術を求めていくとビジネスモデルはいくらでも出てくる」とは
青江先生の言葉だが、この道 20 年の経験からくる言葉は妙に説得力があ
り重い。例えば、音声による株価情報サービスではもうかった時と損をし
た時の声の表情が違ったり、カーナビでは、事故にならないような会話が
常にされていたり、お年寄りの人たちが寂しくならないような音声サービ
スが提供されたりのコンテンツが想像される。しかし、本当に役に立つコ
ンテンツを創造するのは、それを必要としているわれわれユーザー一人一
人だ。
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長い特許係争を勝ち抜いて名声を得る
ライト兄弟、
フォード、エジソンに学ぶ「執念が技術開発の原点」
初の飛行機による有人動力飛行に成功したライト兄弟は、ライバルたちとの激しい特許係争を勝ち抜いてその
名声を獲得したが、初飛行が認められるのに45年という長い歳月を要した。ほぼ同じ時代を生きた自動車の
フォード、白熱電灯のエジソンも係争に明け暮れた。その執念こそが技術開発の原点である。
飛行機、自動車、白熱電灯の先駆者は誰かと問えば、ほとんどの人はラ
イト兄弟、フォード、エジソンを思い浮かべるであろう。しかし、彼らが
その名声を得るに至った陰には熾烈(しれつ)な特許係争と飽くなき執念が
あったことを知る人は少ない。
ライト兄弟は、度重なる危険な試験飛行の末、1903 年 12 月 17 日、米
国ノースカロライナ州、キティホークの海岸でついに 260 メートル、59
秒の 飛行 に成功した。その 飛行 とは、
(1)空気より重い機体に、
(2)
人間が乗り、(3)動力を用いて、(4)安定的にかつ、(5)持続して飛行する
こと、と定義されるべきものであった。彼ら以前にも欧米には多数の学者
や 飛行機野郎 がいて、空飛ぶ夢の実現に挑戦していたが、ライト兄弟
は この定義にかなう飛行 になぜ初成功した(と目された)のだろうか?
しかしこの成功が 公認 されるまでになぜ 45 年に及ぶ歳月が必要だった
のだろうか。
大橋 延夫
(おおはし・のぶお)
JFE スチール株式会社 顧問
◆ライバルが無効を主張して提訴
ライト兄弟は単なる冒険飛行家ではなかった。彼らは手製の風
洞(写真 1)と極めて巧妙な天秤を用い、最大浮力を得るのに適し
た翼断面形状と空気の正確な圧縮係数を科学的に追求、立証し、
彼らの機体設計に適用した **1 **2。また飛行を安定化させるために
は、翼をひねることと尾翼を連動して制御させることが必要である
ことを見いだし、飛行制御の原理ともいうべき特許 **3 を取得した。
しかし、これらの成果は、多くのライバルたちによって素直に 写真1 ライト兄弟手製の試験風洞(1901年)
認められるものではなかった。中でも、第 2 次大戦中
X :競合関係
(X)
:一部競合関係
の軍用機名にもなったカーチスや、当時スミソニアン
̶ :親密な関係
博物館長であったウォルコットらは、ライト特許は自
X
シャヌート
ベル
エジソン
然原理の発見に過ぎないことを主張して無効の提訴を
ラングレー
行った。この熾烈な係争は数年にわたり続けられたが、
カーチス
フォード
ウォルコット
スミソニアン博物館
第 1 次大戦の最中に軍命によって強制的に和解させら
(X)
X
X
れ決着した。しかし彼らはライト兄弟の生涯を通じて
(X)
ライト兄弟
の強力なライバルとなったのである(図 1)。
X
また、ライト兄弟のわずか 9 日前に独自の機体で飛
行を試みたラングレーは、明らかに失敗に終わったに
ヨーロッパの飛行家たち
もかかわらず、先に飛んだのは自分であることを主張
図1 ライト兄弟を取り巻く人間関係
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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して譲らなかった。彼は、当時著名な学者であり、スミソニアン博物館の
役員でもあったため、カーチスを含め彼を支持する人が多かった。この係
争は連綿と続けられたが、同博物館が非を認め、1928 年以降ロンドン科
学博物館に貸し出していたライト兄弟の最初の機体を引き取って展示した
のは 初飛行 から実に 45 年後のことだったのである。
持続時間はわずか 59 秒であったにもかかわらず、ライト兄弟が結局初
飛行者と認知されたのは、綿密な科学的裏付けと飛行制御原理の発見、そ
してその後の急速な発展に対する大きな貢献を誰もが認めざるを得なかっ
たからであろう。しかしその栄冠は、 初飛行者 としての彼らの自負と勝
利への飽くなき執念があればこそであった。この間、兄のウィルバーは病
で早世したが、多くの特許係争に疲れたのも一因と言われている。
◆白熱電灯には20余名の先行者
1850
1900
1950
ウィルバー・ライト
46歳
彼らと同時代に生を受け(図 2)、同様に学歴がなかった
オービル・ライト
78歳
フォードとエジソンは生涯を通じて親密な関係にあったが、
サミュエル・ラングレー
グレン・カーチス
共に多数のライバルとの特許係争に終始した。フォードは
ヘンリー・フォード
85歳
1903 年 4 月に4サイクルエンジン搭載の車を開発して会社
ジョージ・セルデン
を設立したが、先行のセルデンの特許を理由にライセンス
トーマス・エジソン
85歳
ジョージ・ウエスチングハウス
協会から提訴され、4 年の係争の結果勝利して会社の基盤を
ジョセフ・スワン
固めた **4。エジソンは、その代表的発明とされる白熱電灯に
ついて、20 余名の先行者、特にスワン(英)との特許係争 図2 ライト兄弟、フォード、エジソンとライバルたちの年次
で強引に勝利してその名を残したが、英国ではいまだにこれを認めていな
い。彼が、電信機、電話機、蓄音機、映写機など多数の発明のいずれにつ
いても強力なライバルとの係争に明け暮れたのは周知のことである **5 **6。
近代工業技術の黎明(れいめい)期に繰り広げられた彼らの苦闘を見ると
き、新技術の創生とその実用化には幾多の困難と激しい競争に打ち勝つた
めの執念が必須であり、それが技術開発の原点である思いがする。技術の
世界では単に特許取得をもって成果とみなすことは無意味であり、それが
真に実用化されて初めて評価されるべきであろう。ここが科学の世界での
新発見と大きく異なる点であることを、あらためて強く認識する必要があ
るのではなかろうか。
●参考文献
**1:赤木昭夫;槌屋治紀.技術の分析と創造.(財)放送大学教育振興
会,2002-3-20, p.101.
**2:Russell Freedman( 松 村 佐 知 子 訳 ). ラ イ ト 兄 弟.( 株 )偕 成 社,
1993-10.
**3:Wright brothers Patent. Flying Machine. U.S.Patent 821,393,1906.
**4:Robert G. Szudarek. How Detroit became the Automotive Capital.
The Typocraft Co.,1996.
**5:Martin V. Melosi.Thomas A.Edison and the Modernization of
America. Scott, Foresman/Little, Brown Higher Education Co.,1990.
**6:Robert Friedel ; Paul Israel. Edison s Electric Light. Rutgers
University Press, 1987.
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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製品をフェアに評価してもらえる海外市場
産学官連携はグローバルな視点で
東京都三鷹市にある、従業員35人の三鷹光器(株)は、天文・宇宙科学分野の観測用機器製造からスタート
し、産業機器、医療機器に手を広げ順調に成長してきた。現在、太陽エネルギーを利用した2つの国際プロ
ジェクトにも挑戦している。創業者の中村義一会長は、成功の秘訣(ひけつ)は、「海外市場は製品をフェア
に評価してくれる。産学連携はグローバルな視点で」と強調している。
当社は、およそ 40 年前の国産ロケットに搭載した観測用機器、南極観
測隊のオーロラ観測機器、次いでスペースシャトルコロンビアに搭載する
特殊カメラなど、当初は主として天文・宇宙科学分野の観測用機器を製造
してきました。その後、産業機器を手掛け、最近では医療機器分野でも脳
手術装置などを製造しています。
天文機器は光学機器技術に基づくもので三鷹光器の歴史の原点です。私
は、17 歳の時に東京大学天文台に就職し、天体観測用望遠鏡などの光学観
中村 義一
(なかむら・よしかず)
測機器の製作に従事しておりました。1966 年 5 月、現在の会社を創業す
三鷹光器株式会社 代表取締役会長
ると同時に、東京大学宇宙航空研究所が内之浦実験場から打ち上げた国内
初の観測用ロケットに当社製のカメラや望遠鏡などを搭載してもらいまし
た。同年 7 月に、東京大学天文台向けに日食観測用実験装置を設計製作、
11 月には同宇宙航空研究所が打ち上げた K-10 ロケットに当社製 X 線望遠
鏡が搭載されました。こうした天文機器の事業は、まさに産学官連携活動
そのもので当社の成長期を支えました。
産業機器については超精密技術を応用した非接触三
次元測定装置の製造販売で、0.01 ミクロンの世界で高
い測定精度に挑戦しています。医療機器はわが社が培
った技術を基に生命を預かる各種手術用システムを提
供するものです。それまでは人工衛星から地球を観測
する商品を提供していましたが、この分野では、地球
を人の頭や人体に置き換えてみることを基本として高
解像度手術顕微鏡(写真 1)などを開発、販売していま
す。いずれも、市場が要求するものをいち早く察知し
提供しています。その間、各分野でお客さまや関係者
写真1 高解像度手術顕微鏡MM50 の信頼を獲得できました。
◆商品に対してフェアな評価をする海外マーケット
当社の業績がいままで順調に伸び発展してきた要因は、わが社の製品を
フェアに評価してもらえる海外マーケットを対象に事業を展開してきたこ
とにあると考えています。国内の産業構造には、中小企業が成長するため
には大きな制約とリスクがあり、中小企業がなかなか安心して挑戦できな
い構造になっています。本来、産業政策を担当する省庁や自治体は、旺盛
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
25
なアントレプレナーシップをもつ中小企業を大企業とは異なる視点で積極
的に育成すべきです。しかし、現実には短期間で成果を求めることから安
全サイドを指向する傾向があり、大企業側の支援に回ってしまいがちです。
また、産業界にあっては、大企業が中小企業との間で Equal Partnership
の関係を認めようとせず、力に物を言わせて下請けとしての関係を強要し
たり、中小企業の技術をうまく取り込んでしまいます。これでは、中小企
業はリスクが大きく、安心して協調できないわけです。その点、海外の企
業やマーケット・顧客は中小企業といえどもフェアに扱ってくれます。
例えば、当社が提携関係にあるライカやカールツァイスなどは双方が協
力して開発した商品には三鷹光器の商標もちゃんと表示してくれますが、
国内の大企業でそのような扱いをしてくれることはまずありません。よっ
て、海外のマーケットで海外の企業と一緒になって挑戦する方がやり甲斐
がありますので、どうしても海外に目を向けて事業を展開することになり
ます。結果的にはこれが当社の業績を伸ばしています。
◆国内の中小企業にとっての産学官連携のあり方と伝えたい
メッセージ
当社は成長過程にあり、いまだ企業として成功したとは思っておりませ
ん。現在も太陽エネルギーを利用したエネルギーソリューションワールド
を実現するために、2つの国際プロジェクトを進めています。地球環境・
エネルギー対策に貢献するオーストラリアとの石油代替燃料計画と、バー
レーンなどとの海水の淡水化・農業計画プロジェクトです。あえて申し上
げるならば、産学官連携活動は、国内に限定することなくグローバルな視
点で進めていただきたいと思います。特に、国内は制約が多く何かと閉塞
感があり、これを個別の企業が解決するのは並大抵ではありませんから、
当初からフェアな競争ができる海外マーケットで事業展開することを考え
ていただきたいと思います。
聞き手・記事編集:藤井 堅
(東京農工大学大学院 技術経営研究科 非常勤講師/
本誌編集委員)
企業情報
・商号:三鷹光器株式会社
・所在地:東京都三鷹市
・URL:http://www.mitakakohki.co.jp/index.html
・代表取締役社長:中村 勝重氏
・設立:1966 年 5 月
・売上高(平成 18 年度):およそ 18 億円
・従業員数:35 人
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産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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インタビュー
仙台フィンランド健康福祉センター研究開発館長 メリア・カルッピネン氏
優れた技術の中小企業、高レベルの大学が仙台の魅力
̶中小企業同士の連携では時間もかかり補助金も必要̶
国際的な産学連携によるイノベーションが期待されている仙台地域。その一つの施設、仙台フィンランド健
康福祉センター研究開発館長に2007年7月に就任したメリア・カルッピネン氏は「優れた技術を持つ中小企
業やレベルの高い大学が仙台の魅力」と語る。
筆者は、産業構造の方向性を左右するものとして、①ハイバリュー(大
学等の R&D、大企業の R&D、ハイテクベンチャー企業、マーケティング、
知財の専門家の機能)、②ミドルバリュー(デザイナー、エンジニア、試作
等の機能)、③ローバリュー(大量生産機能)の 3 つがあると考えている。
戦後、わが国はこれらの機能をフルセットで国内に保持しようとしてい
たが(図1)、冷戦崩壊以後、量産機能をアジア諸国に求めるようになった。
21 世紀に入り、欧米だけでなくアジア諸国もより高い機能を身につけよう
としている(図 2)。筆者は、「わが国が国際競争に打ち勝つには、わが国
と他の先進国とのハイバリュー、ミドルバリュー機能を連携させ、付加価
値がより高いイノベーションを創出していく必要がある」
(図 3)との仮説
を立てている。
筆者は、前号で国際的な産学連携で仙台地域に新しいイノベーションモ
デルが生まれつつあることを紹介した。ここでは、本年 7 月に 3 代目の研
究開発館の館長に就任したメリア・カルッピネン氏に、この仮説をもとに
インタビューを行った。
学術機関のR&D
大企業のR&D
ハイテクベンチャー企業
マーケティング、知財の専門家集団
エンジニア
デザイナー
試作開発…
ハイバリュー機能
日本
ハイバリュー機能
ミドルバリュー機能
ミドルバリュー機能
アジア諸国
大量生産
ローバリュー機能
ローバリュー機能
図1 1990年以前の日本の産業構造
図2 1990年以後の日本の産業構造
日本
ハイバリュー機能
メリア・カルッピネン
(Dr. Merja Karppinen)
仙台フィンランド健康福祉セン
ター研究開発館長・理学博士
聞き手・本文構成:
西山 英作
(東経連事業化センター 副セン
ター長/本誌編集委員)
欧米
ハイバリュー機能
ミドルバリュー機能 ミドルバリュー機能
アジア諸国
ローバリュー機能
図3 新しいイノベーションモデルの方向性
フィンランドと日本の両国が国際競争に打ち勝つには、お互いのハイバ
リュー、ミドルバリューの機能を連携させる必要があると考えています。仙
台フィンランド健康福祉センターはそのモデルになるのではないでしょうか。
カルッピネン 同感です。フィンランドが欧州の、仙台がアジアのそれぞ
れのイノベーションのゲートウェイを目指せば、世界のモデルになると
思っています。
仙台の魅力は何でしょうか。
カルッピネン フィンランドには数多くの零細企業がありますが、首都圏
の大企業と連携した場合には飲み込まれてしまいます。仙台には優れた
技術を持つベンチャー企業や零細企業、そしてレベルの高い大学が存在
します。仙台とはイコールパートナーとして質の高い新しいモデルを作
れると考えています。
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◆連携の成果
センターが設立されて 3 年。どのような成果が生まれていますか。
カルッピネン 2004 年 2 月にヴァイーノ・コルピネン社(フィンランド)
と(株)ジェー・シー・アイ(仙台市)の間でトイレ用補助手すりと洗面
台等の販売提携が結ばれました。2005 年 9 月にはオーディオライダー
ズ(フィンランド)と弘進ゴム(株)
(仙台市)とが就寝者の生体情報を
検知・判断するセンサーシステムの開発業務提携を結びました。2006
年 10 月に、東北大学、仙台大学とオウル大学との間で骨粗しょう症の
共同研究が開始されています。
2007 年に入ると、西花苑コミュニティと呼ばれるフィンランドのコ
ンセプトを取り入れた高齢者向け賃貸住宅プロジェクトが民間ベースで
立ち上がり、1月にはノルディックウォーキングを推進する日本ノル
ディックフィットネス協会が仙台市に設立されました。さらに4月には
マウウェル社(フィンランド)とライズ(株)
(仙台市)が歯科矯正ソフ
トウエアの共同研究と平行して共同でのマーケティングをスタートさせ
ました。このように本年に入りフィンランドと仙台市との連携が加速し
ています。
◆両国の文化の違いを埋める
連携の成果が着実に生まれ、大変感銘を受けました。ところで仙台でビジネ
スを行う上で障害はありますか。
カルッピネン 先ほど、仙台の魅力は高い技術力を持つベンチャー企業や
零細企業の存在と申し上げましたが、これがボトルネックにもなってい
ます。大企業同士の連携であれば、成果も大きく早いのですが、国際的
なビジネスに取り組んだことがない零細企業同士だと時間もかかります。
このため、補助金も必要です。あるプロジェクトでは、フィンランドと
仙台市が同じプロジェクトに共同で補助金を出しました。
さらに両国の文化の違いを埋めることも重要です。R&D ユニットはこ
の役割も担っており、ビジネス開発ディレクターを配置して支援してい
ます。このように手間はかかりますが、その分だけ両国にノウハウが蓄
積されると思います。長期的にみれば、このアプローチは両国の強みに
なると確信しています。
最後に新館長として、今後の抱負をお聞かせ下さい。
カルッピネン 女性の視点を大事にし、日常生活や人間の内面に着目した
いです。仙台は極めて生活の質の高い地域でありますので、これが可能
だと思っています。
インタビューを終えて
フィンランドが仙台市に目を向けるのは高い技術力によるものだと考え
ていたが、仙台が誇る質の高い生活環境も大きな魅力だと感じた。確かに
生活の質の高さは、優秀な人材を惹きつけ、イノベーションを引き起こす
源泉である。仙台がアジアのイノベーションのゲートウェイになるために
は、生活の質の高さを保持しながらの国際競争力強化が重要であると痛感
した。
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ハイテクパークで科学技術成果を産業化
̶上海・蘇州のハイテクパークを訪れて̶
中国の長江デルタ(上海、蘇州、江陰)地帯で産学官連携活動を行う機関・施設などを視察した報告記。ハ
イテクパークと呼ばれる研究開発集積地はこの地域にもあり、研究成果の産業化、国際化を促すという国策
で進められている。こうしたハイテクパークには、中国全土から多くの人材が集まってくるが出入りも激し
く、競争が激しい模様である。
2007 年 7 月中旬、(株)コラボ産学官などの企画により、中国の長江デ
ルタ地帯で産学官連携活動などを行う機関・施設等を訪問する機会を得た。
長江デルタ地帯は、上海が 1980 年代から経済技術開発特区に指定され、
また東側に位置する上海浦東新区は経済特区並みの扱いとされたこともあ
り、その周辺を含めて地域経済の発展が著しいエリアとされる。今回はこ
の地域のハイテクパークと呼ばれる研究開発集積地を何カ所か訪れたが、
そこで見聞きした印象について紹介させていただく。
鈴木 雅博
(すずき・まさひろ)
◆国策「科技興国」
の柱
まず、浦東新開発区にある張江ハイテクパークについてである(写真 1)。
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部
研究領域総合運営部 主査
ハイテクパークは中国各地にあるが、これは科学技術成果の商品化、産業
化、国際化を促すという国策として進められているものである。「科技興
国」の柱として国家レベルのものが幾つも作ら
れている。著名な例としては北京近郊の中関村
などがある。ここ張江でも企業体が集積してい
たが、その 40%は外資企業であり、米国、ドイ
ツ、インド、台湾などの企業が見られた。日本
からもソニーや京セラ、デンソーなどその名を
よく聞く企業のグループ・関連企業などが入居
している。今回はこの一部である、上海ソフト
ウエアパークを訪問した。
◆全土から集まる人材
写真1 上海浦東ソフトウエアパークにて
このソフトウエアパークの担当者と話をする機会を得たのだが、その際
にこの地に集まる人材について興味深い話を聞いた。ここにはおおむね 2
万人ほどの人材が中国全土から集まっているらしい(そのうち 3 分の 1 は
内陸出身)。新卒採用者の規模は数千人。出入りも激しく、競争が非常に
激しいようである。集まってくる人たちの平均年齢は 30 歳ほどとのこと。
パーク内に人材紹介センターを設け、企業と求職技術者とのマッチングを
図る取り組みも行っているようだが、職を求める人の伸びが著しいので、
需給バランスが崩れるかもしれないという話も聞かれた。
http://sangakukan.jp/journal/
産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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◆企業進出、人材集めに力
もう 1 つは、上海から内陸に 100km ほど行っ
た蘇州ハイテク産業開発区についてである。蘇
州は 2500 年もの歴史がある街ながら、研究開
発の振興にも非常に注力しており、Newsweek
誌で「世界 9 大新興科技都市」の 1 つに選定さ
れたこともあるそうだ。ここでは「科技城」と
いう機関が、企業進出の促進や人材の確保、融
資制度の運用などを実施している(写真 2)。こ
の活躍もあってか、ここでも日本企業を含む外
資企業が多数進出していた。科技城の担当者に
写真2 蘇州ハイテクパークの科技城にて
よると、人材は蘇州以外からも集まっており、上海・南京から来るケース
も多いということであった。まだそれほど競争は激しくないという話だっ
たが、その活動内容について聞いていると、企業や人材を集める努力は相
当なものであるという印象を受けた。
◆中国の原動力の一因か
中国では生活インフラ整備を含め、土地・施設等を提供するなどの優遇
措置により、研究開発を行う企業・人材を集める施策を強力に進めている
印象を受けた。こうした研究開発拠点に全国から人が集まり、競争もある
ということを聞くと、それが近年の中国に活気がある一因とも思われる。
またこうした組織の担当者・責任者にも比較的若い人が多いように感じら
れ、自らの考えを、自信を持って話していた姿が印象的であった。
さて、日本では研究開発に関連する若い人材がこうした研究開発集積地
に集まり活躍するという話はほとんど聞かない。中国のように国を挙げて
集中的に取り組むというやり方に善し悪しはあるのだろうが、結局は人間
の力が国の研究開発能力や活力につながるのだと考えると、研究開発の振
興や人材の活用について、例えば特区を設けるような施策も面白いのでは
ないか。それはともかく、国レベルでのハイ・テクノロジー振興への取り
組み方について、彼我の大きな違いを感じさせられる今回の訪中であった。
http://sangakukan.jp/journal/
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★ある経済誌に「イノベーション=ハイテク この認識は間違いです」と題した米国識
者のインタビューが掲載されていた。産学官連携もハイテクやビジネスと直接等式で
裾野を広げていく
産学連携事例を
伝えたい
結ばれるものではなく、技術とサービス、営利と非営利を含む非常に多様な形態が存
在しうる概念と認識すべきだろう。実際に大学側でも理工系分野ばかりでなく、人文
系分野での活動が盛んになってきている。そもそも理系、文系という区分け自体が陳
腐化しているのかもしれないし、最近では教員養成系大学と金融機関の連携も見られ
る。一段と裾野を広げていく産学官連携の事例を盛り込んでいくのが「旬の素材を使っ
た幕の内弁当」である本ジャーナルの真骨頂だと考えている。 (伊藤委員)
★「市場を視野に入れた製品開発」へと産学連携がシフトをはじめたといわれている。
ビジネスの世界から見れば当然の発想で、市場を前提としない製品開発などありえな
い。世界レベルで競争している企業では、アイデア段階から市場・顧客を視野に入れ
た製品開発を行うことが常識である。これは、価値創造(製品開発)プロセスにおける
「価値の選択・提供・伝達」のシークエンスとして、すでに 20 年前に、多くの論者に
より指摘されている。わが国の産学連携でも、ようやく「学の意識」が変わりつつあ
「学の意識」の
変化に期待
るということであろうか。しかしながら、学をあげて産学連携に邁進することになっ
たら異常であると思う。おそらく、数パーセントの研究者が産学連携に熱意をもって
くだされば、経済的には十分な成果が上がるのではあるまいか。 (川村委員)
★東海クラスター特集でお話を伺った豊田中央研究所の技術移転ノウハウは面白かっ
た。「トヨタさんは変わりましたね、と中小企業がびっくりしています」と、推進役で
ある加藤隆幸さん。同グループの影響力なのか、異業種の有名企業も相次いでこの「産
東海クラスター特集
産産連携のモデルと
して一読を
産連携」を学びにきているという。眠っている保有特許を活用したいという意識は産
業界に広がっているようだ。大手企業から中小企業への新タイプの技術移転を生かし
たビジネスモデルが定着するかもしれない。この連携が、クラスター事業の牽引車に
なっているところが興味深い。こうした記事をもっと取り上げていきたいと思う。
さて、8 月号の編集後記でお出ししたクイズ(?)の答えです。文中に隠れていた阿
久悠作詞の曲名は 12 曲でした。 (登坂編集長)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2007年9月号
2007年9月15日発行
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携事業本部 産学連携推進部
人材連携課
編集責任者:
江原秀敏 文部科学省
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都市エリア産学官連携促進事業
筑波研究学園都市エリア科学技術コーディネータ
コラボ産学官事務局長
産学官連携ジャーナル Vol.3 No.9 2007
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