全文(3.29MB) - 産学官の道しるべ

2008年 9月号
特集
ベンチャーの
法則
シーズの囁きに
どう応える
■ 遠藤弥重太・愛媛大学教授が語る 「応用研究への夢と事業化の責務」
■オプセル ■オキサイド ■積層金型 ■JSTベンチャー調査
連載
・ビジネスゲーム開発による起業教育 東北大学の挑戦
・大学発特許から見た産学連携 「出願人」の実態
・新しい技術者像を探る 「女性研究者」への2つの視点
Vol.4 No.9 2008
http://sangakukan.jp/journal/
CONTENTS
佐伯 浩
................ 3
浜田 良樹
................ 4
登坂 和洋
................ 6
登坂 和洋
................ 12
松尾 義之
................ 15
小澤 育夫
................ 18
齋藤 和男
................ 21
金間 大介
................ 24
小川 賀代
................ 27
山本 外茂男
................ 30
—新技術協会の調査研究:10 事例が語る開発成功の真実—
飯沼 光夫
................ 33
●IC無線タグでブランド魚の流通を追跡
高橋 貞三
................ 36
●巻頭言 産学官連携の現状
●連載
ビジネスゲーム開発による起業教育(上)
東北大学 BASE プロジェクトの挑戦
●特集
ベンチャーの法則
シーズの囁きにどう応える
●インタビュー 愛媛大学教授 遠藤弥重太氏
応用研究への夢と事業化の責務
●株式会社積層金型 新手法の樹脂用金型メーカー
自在の冷却水路で成形サイクルを短縮
●株式会社オプセル レンズ光軸合わせ「シュリンクフィッター」
大手企業の課題に技術を売る
●株式会社オキサイド 高品質な光学単結晶メーカー
顧客も経営戦略も世界を視野に展開
●JSTのベンチャー企業の実態とその支援策
設立後平均 3.8 年、60% が研究開発段階
●連載 大学発特許から見た産学連携(前編)
大学発特許の「出願人」の実態
●連載 新しい技術者像を探る
「女性研究者」への2つの視点
—支援モデル育成事業に携わって—
●今求められる産学官連携コーディネーター人材育成プログラム
●独創技術を商品化するまでの長い道のり
●イベント・レポート 2008 年 第1回 名古屋大学起業家セミナー
大学発ベンチャーを中心とした産学官連携 .................................................................................................... 38
●編集後記
.............................................................................................................................................................. 39
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
●産学官連携ジャーナル
佐伯 浩
(さえき・ひろし)
北海道大学 総長
◆産学官連携の現状
わが国において、産学連携、産学官連携は 1990 年代から活発になってきた。
当時は、経済情況の見通しが定まらない時期であったが、米国における産学連携
や大学発ベンチャービジネスの成功例が報告されたことにも刺激されたのであろ
うか、日本の各大学で地域連携や産学官連携組織の設置が始まった。その後、平
成 16 年度からの国立大学法人化移行を見据え、大学自らの組織的な知的財産戦
略・産学連携の推進体制の構築が始まった。
本学においては、平成 15 年度に知的財産本部が設置され、ほぼ時を同じくし
て、北海道の自治体、産業界と本学が連携し、本学北キャンパスを中心に一大産
学官連携拠点の形成を図ろうとする「北大リサーチ&ビジネスパーク構想」が本
格的に動き出した。そのことを踏まえ、創成科学研究機構が、学内における中核
機関として位置付けられ、企業等との包括連携や研究成果の事業化に向けたさま
ざまな取り組みを行ってきた。
しかしながら、組織的な知的財産戦略・産学連携推進を担う組織運営は、文部
科学省からの時限付き事業を受けて運営されていたのが実状である。これらが平成
19 年度で終了することになっていたことから、自立した組織として、新たに平成
19 年 10 月より知財・産学連携本部として再構築し、産学官連携、知的財産それに
技術移転を一元的にマネジメントし、知的財産の創出、権利化、活用にわたる一連
のワンストップ・サービス窓口機能を提供している。産学官連携については、10
年の歴史と経験を踏まえ、ようやく完成に近い型となりつつあるところである。
さて、産学官連携をより強化するためには、いまだ多くの課題を残しているの
も事実である。1つ目は、本州に拠点を置く大企業や研究型独立行政法人との連
携は年々強まっているものの、産業基盤の弱い北海道内の企業との連携の実績が
増えないことである。本学のミッションの1つである地域経済強化の駆動力にな
ることについては、残念ながら、成果はこれからに期待するしかない。
2つ目は、地元自治体との連携強化である。国のプロジェクト等については協力
して獲得し、その成果は上がっているが、地元産業への貢献にまで至っていない。
3つ目は、知財に結び付くまでの研究には、大学院生、ポスドクの研究者が数
多く携わっていて、企業への就職を希望している者も多いが、博士課程修了者の
企業への就職情況は厳しいのが現実である。
前述した「北大リサーチ&ビジネスパーク構想」も、しっかりと本学北キャン
パスに根付いた。3つのインキュベーション施設、本学の主要な研究所等も創成
科学研究棟を中心に設置された。また、今年はシオノギ創薬イノベーションセン
ターも建設され、産学官連携強化に向けたハード面での対応も型を成してきたと
いえる。産学官連携の成果としての果実を得ることができるか否かは、これから
のわれわれの努力にかかっている。
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
ビジネスゲーム開発による起業教育(上)
東北大学 BASEプロジェクトの挑戦
学生にバーチャルな会社を経営するゲームを行わせ、そのルールを通じて経営と会計の
センスを身に付けさせる—。東北大学大学院情報科学研究科の浜田良樹講師の研究室は
ビジネスゲームを使った起業教育プログラムを実施している。東北大学生活協同組合に
事業として取り組んでもらい、地域の企業、団体、行政が支援する。大学からの補助金
はなし。このユニークな起業教育の仕組みは?
◆日本一の起業教育を目指して
筆者の研究室(浜田研)では、ビジネスゲームを使った起業教育プロジェクトを
手掛けている。目標は、
「日本一の起業教育の教材を開発し、日本一の起業教育の
ノウハウを持った集団になること」である。
浜田 良樹
(はまだ・よしき)
東北大学大学院 情報科学研究科
講師
◆コンセプト
浜田研が手掛けているのは、
「起業教育」である。立ち位置としては「キャリアデ
ザイン教育」に近い。
アントレプレナーシップは、
「普通の就職をする」学生にこそ重要だと考えてい
る。就職先が産官学いずれの分野であれ、お金の話は避けて通れない。アントレ
プレナーシップは、プロジェクトの立ち上げ、企業内起業、出向など、ある日突
然に必要となる。しかるに、従来の起業「家」教育は、大学発ベンチャーを目指す
学生を想定し、しばしば大学院並みの学習を求めた。もう少し割り切ってダウン
サイジングすれば、学生のニーズは大きいのではないか。
◆ BASE プロジェクト
このような問題意識から、2004 年 12 月に BASE(Business and Accounting School
for Entrepreneurs)プロジェクトという起業教育プログラムを立ち上げた。特徴を図
1 に示す。
◆ビジネスゲームを使う
BASE では、参加者にバーチャルな会社を経営
するゲームを行わせ、ゲームのルールを通じて経
営と会計のセンスを身に付けさせる。ゲームの進
捗状況に応じた講義を織り交ぜる。
ビジネスゲームは、プレイヤー各自に資本金を
与えて会社を創業させ、市場から材料を調達して
製品を完成させ、プレイヤー同士の入札で販売
し、一連のプロセスを記帳して財務諸表を作ると
いう「工場経営ゲーム」である。2007 年秋からは、
医学部 ・ 歯学部の学生のリクエストに応え、オリ
ジナルの「病院経営ゲーム」を追加した。併せて
2008 年秋からは、
「工場経営ゲーム」もオリジナ
ルに移行する。現在、最終の開発を行っている。
BASEプロジェクトの特徴とその効果
経営学講義は
難解!敷居が
高い!
1. ビジネスゲームを使う
楽しみながら
経営・会計の
センスを!
必要性は分かる
けど忙しい!
2. 温泉で合宿をする
集中的に学習
同時に思い出
も作れる!
担い手不足で
ノウハウの継承
ができない!
3. インストラクターをスカウトし
翌年の企画に参加させる
モチベーション
が上がり急成長
する!
リアルな講義
が必要だ!
4. 広範な産学連携体制を
構築する
地域経済界から
講師派遣!
補助金頼りでは
持続しない!
5. プロジェクト自体を
事業化する
究極のOJT
になる!
図1 BASE プロジェクトの特徴とその効果
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
◆温泉で合宿する(BASE CAMP)
BASE が提唱する「普通の学生のためのアントレプレナーシップ」は、企業社会に
デビューする前の学生には理解しにくい。それでもあえて時間を取るのだから、最
小限の長さの拘束にとどめたい。短い時間だから、雑音を排除して集中させたい。
このため、仙台から車で 1 時間半ほどの山形蔵王温泉に出向き、2 泊 3 日の合宿で
学生を缶詰めにすることにしている。
◆インストラクターをスカウトする
合宿のあと、ビジネスゲームの面白さに魅了され、もっとやってみたいという学
生が一定割合で現れる。そういう学生をインストラクターとして登用し、OJT で鍛
える。大学は長くても 6 年以内にすべての人間が入れ替わってしまうところだ。事
業を持続する上で、ノウハウの世代間継承は極めて重要である。彼らには「去年と
同じことをやっても意味がない、イノベーションの担い手は自分たちだ」という意
識を徹底させている。だから、短期間のうちに驚くほどの急成長を遂げる。
◆広範な産学連携体制を構築する
BASE は大学公認の組織にはしていない。
できるだけ多くの部局の学生に門戸を開きた
いから、あえて特定の部局に付けないのだ。
事業主体は東北大学生活協同組合(生協)で
ある。にわかには信じられないだろうが、大
学生協もまた、オーソドックスなビジネスモ
デルの転換期にある。新しいサービスとして
教育事業の立ち上げが必要だと熱心に語る職
員がいて、筆者はその意欲に打たれたのだ。
実践的なビジネスの講義をしたいが、大学
生協にはそのノウハウがない。そこで、筆者
は地域に向けて「ともに地域の未来を背負う
人材づくりを」と言って協力を要請し続けて
きた。その結果、地域のいろいろなセクター
が資材、人材、テキストなどを持ち寄り、超
党派で応援してくれるようになった。特徴を
図2に示す。
BASEプロジェクトのスキーム
東北大学生活協同組合
「学びと成長」支援
事業部
車両・会議室
などを保有
職員
(50名)
共同研究
契約
印刷・旅行・保険
などの実務
食堂
(8店舗)
東北大学浜田研
次の
BASE CAMP
の企画
代表 浜田良樹
新ゲームの
開発
インストラクター
購買
(7店舗)
産学連携
さ
MOT研究会の
イベントへの
ら
運営
協力
に
部局・学年に関係なく勧誘できる
興
味
を
持
(約3万人)
っ
た
強い興味を持った学生だけが来る
学
生
を 主催: 東北大学生活協同組合(事業主体)
ス
東経連事業化センター(講師派遣)
カ
共催: 日本政策投資銀行東北支店(ゲーム卓貸与、講師派遣)
ウ
中小企業基盤整備機構東北支部(協賛、講師派遣)
ト
東北大学地域イノベーション研究センター(学生向けPR協力)
組合員
BASE CAMP(年1回・山形蔵王温泉)
東北ニュービジネス協議会
株式会社エコーエンタープライズ(ホテル運営会社)
特別協賛:アイリスオーヤマ株式会社
株式会社ディスコ
後援: 東北経済産業局
イラストの出典:Microsoft クリップアート
図2 BASE プロジェクトのスキーム
◆プロジェクト自体を事業化する
BASE は大学からいかなる補助金も受け取っていない。補助金に合わせるために
ポリシーの変更をするのは本末転倒だし、補助金に依存した財務体質をつくって
は長続きしないからだ。
また、BASE は東北大学生協の事業だが、企業内プロジェクトとして独立採算を
取っている。予算が足りない分はインストラクターが関連事業を提案して賄う。
例えば、BASE の PR 媒体の空き枠を利用し、イベント会社などに広告の出稿を勧
誘するなどだ。まさに究極の OJT である。常に新しいゲーム・カリキュラム開発
をしているので資金繰りは常に苦しい。しかし 2007 年、ついに単独で黒字化を果
たした。
◆今後の目標
このような活動を通じ、BASE は日本一の起業教育教材とノウハウを持った集団
になろうとしている。今後は東北大学以外の大学、病院、自治体などの研修ニーズ
に応えたい。農業経営ゲーム、MOT ゲームなどゲームのバリエーションも増やし
ていきたい。その過程で、BASE はアントレプレナーシップに満ちた優秀な人材を
輩出する。今後もプロジェクトを持続させ、1人でも多くの学生を育てていきたい。
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
特集●
ベンチャーの法則
インタビュー 愛媛大学教授 遠藤弥重太氏
応用研究への夢と事業化の責務
株式会社セルフリーサイエンスは愛媛大学発のバイオベンチャー企業である。同
大学の遠藤弥重太教授の開発した「小麦胚芽無細胞タンパク質合成技術(ENDEXT®
テクノロジー)」を事業化するために、2002 年 7 月、遠藤教授、愛媛大学、ベンチャー
キャピタルなどが出資して横浜市に設立した。
この技術は、タンパク質合成阻害因子を除去した小麦胚芽抽出液(WEPRO®) に
アミノ酸などの基質と目的 mRNA を加えるだけで、微生物から高等生物、さらに
は人工タンパク質に至るまで安定して効率的にタンパク質を合成するものである。
この合成技術は世界的に注目され、国内外でタンパク質の機能や構造等の基礎科
学から、医薬品候補の探索、ワクチン候補の探索等の産業分野に至るまで幅広く活
用されており、ポストゲノム時代のプラットフォーム技術とされる。
同社の事業の柱は 2 つ。まず、タンパク質合成試薬である小麦胚芽抽出液、ベ
クター類、合成用バッファーやそれらをコンパクトにパッケージ化したタンパク質
合成キットの製造販売。2 つ目は、全自動タンパク質合成装置 *1 の開発販売である。
このほか、ENDEXT® テクノロジーを使った約 500-600 種類 / 月のタンパク質の
生産受託や、がんや感染症の薬剤標的タンパク質の探索やハイスループット化合物
スクリーニング技術の開発受託、それらのライセンスアウトも行っている。
前期年間売上高は 3 億 3,000 万円余り。大学等のアカデミア向けが約 60%、製
薬企業向けが約 40% だが、製薬向けの比率が年々上がってきている。国内外の
比率は半々で、北米が大きく伸びた。同社は早くから海外市場の開拓が重要と考
え、2005 年に米サンノゼの日本貿易振興機構(JETRO)インキュベーション施設
内に営業・技術サポート拠点を設置し、海外展開を模索してきた。現在は、米国
Emerald 社との販売提携へと形を変え、共同販売体制により市場開拓を活発に行っ
ている。今年度から Cambridge Isotope Laboratories 社との販売提携をスター
トさせ、NMR 市場の開拓を足掛かりに、欧州市場の開拓を本格化させる。
会社設立以来、ほぼ増収基調。年次決算では収益を生むまでには至っていないが、
前期第 2 四半期から月次決算で黒字基調が続いており、展望が開けてきた。本年度
は、通期黒字化を目指す。
転機は昨年 7 月、本社・研究部門を横浜から愛媛大学内に移したこと。これと並
行して、国内、海外向けと分けていた営業部門(横浜事業所)を統合し、効率化を
進めた。改善の余地はあるが、情報の共有を極力行い、地理的には離れたが研究と
営業の一体度が増した。
尾澤哲社長は「愛媛大学は無細胞タンパク質合成研究のメッカ。この技術のアド
バンテージを活かしたマラリアワクチン候補の探索、バイオマーカーの探索、が
んの薬剤標的の探索や自己抗体プロファイリングなど、より医療・産業分野に近い
フィールドでの研究も活発。共同研究を進め、試薬、全自動タンパク質合成装置に
次ぐ、第 3 の柱を加えたい」と述べている。 (本誌編集長 登坂和洋)
遠藤 弥重太
(えんどう・やえた)
愛媛大学 理事
(学術・国際交流担当)・教授
先端研究推進支援機構長
無細胞生命科学工学研究センター長
株式会社セルフリーサイエンス
取締役
——セルフリーサイエンスの設立は 2002 年 7 月ですが、事業化は先生ご自
身のお考えですか。
*
1:同社の主力全自動タンパク
質合成装置である「Protemist®
DT Ⅱ」は、最大 6 種類の標的タ
ンパク質を 20 時間で全自動合
成・精製する能力を持つ。6 種
類のモデルタンパク質での値で
あ る が、6 種 類 そ れ ぞ れ 150300 μ g/ ウ ェ ル(80 - 90% 精
製度)、6 種類同じタンパク質で
あ れ ば、 約 1-2mg の 合 成 能 力
を持つ。スクリーニング用に少
量合成スケールモードも搭載し
ており、機能の解析やタンパク
質のアミノ酸配列異型を複数合
成し可溶化の検討などにも威力
を発揮する。タンパク質合成そ
のものは、同社のウェブサイト
を通じて公開している一定のプ
ロトコルを再現すれば、全自動
合成機がなくともタンパク質合
成は可能であるが、Protemist®
DT Ⅱを用いることにより、必
要な時に、フレッシュなタンパ
ク質を、毎回同じ品質で、簡便
に合成できるという利点を研究
者に提供することができる。薬
剤標的タンパク質の探索や、化
合物スクリーンにおいては、重
要な品質特性である。また今年
度中に主に構造解析研究者向
けにタンパク質 100mg 超の大
量合成可能な Protemist® X と、
この機器用に単位反応容量あた
り合成効率を数倍に高めた新抽
出液の上市を目指している。
遠藤 試験管の中で生き物を使わずに化学反応を起こしてタンパク質をつく
る、その基本的な技術ができたのが 2000 年です。その論文を出したら、三菱
化学の海外戦略部長の名取さんという人が会いに来て、事業化を勧めてくれた
のがきっかけです。その人は理化学研究所発の遺伝子に関するベンチャー企業
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
にかかわっていた。いろんな生き物から cDNA をとって、つまり、タンパク質
をコードする遺伝子をとってライブラリーにするビジネスです。完全長 cDNA
を何万種もそろえていた。その遺伝子を何に使うかという時代だったんですよ
ね。1 つは DNA チップという使い道があるとかいう話だったが、われわれの
技術は、その遺伝子を放り込んだら、次の日にはタンパク質が何ぼでもできま
す。そういう網羅的な合成もできる、大量につくって構造解析もできる、機能
解析もできる…。
——だから、この日本がリードしていた遺伝子資源とタンパク質合成技術の 2
つがタイアップすれば活用の幅が広がる。
遠藤 2 つの要素技術を合わせればね。僕のこの技術も事業として立ち上げ
て、それをタイアップしたら、生き物を使わないでバイオの研究ができる。安
く、しかも日本独自の、ということなんですよ。自由自在にタンパク質ができ
る、それを製薬会社等々を対象にビジネスに持っていこうということだったと
思います。
◆研究成果事業化の夢
——それ以前に、遠藤先生の中では、ご自身の研究成果を事業化しようという
発想はなかったのですか。
遠藤 ないではないんですよ。私は 40 歳ぐらいのときから、研究も楽しいん
だけども、何かのネタがあったら会社をやってもいいなと。ただし、自分は経
験がないし、そういう状態ですよ。2000 年に最初の論文を発表して、最初に
接触してきたのはロシュグループでした。発表から 1 週間ほどでした。ドイツ
から 3 人、僕のところに来ました。ロシュは大腸菌による抽出液を使った試
験管のタンパク合成法っていうのを売り出して 1 年から 1 年半たっていまし
た。僕のパテントが欲しいというんですよ。彼らは、彼らが開発した大腸菌の
細胞タンパク合成法に限界があることを既に知っていましたのでね。だから、
高等生物からつくった、タンパク質の合成システムが必要だということで、僕
のとこへ即近づいてきたんですね。ロシュが高額な値段で売ってほしいと言っ
たときには、心が動きましたよ、僕は。そのほうが楽でしょう。
だけども、その名取さんの説得だけでなく、大学側も、ぜひ愛媛大学発とい
うことで日本でそのベンチャーを立ち上げてくれんかとということだったんで
すよ。半年ぐらいで会社をつくった。
——先生はその会社の経営のかじ取りには直接かかわっていらっしゃらない。
遠藤 直接はやってません。経験もないし。
——よく大学発ベンチャーで、大学の先生が実際に社長というか、かじ取りを
しているところもあるんですけど、なかなか難しい。
遠藤 そういう能力がある人もおるかもしれんけど、そんな経験はないのが普
通でしょう。だから、僕はもう初めから、もちはもち屋にと。僕はそれを支え
る技術開発だとか、あるいは、顧客の研究者に技術の優れた部分、限界や応用
株式会社セルフリーサイエンスの概要
本社所在地:愛媛県松山市文京町 3 番 愛媛大学ベンチャービジネスラボラトリー
URL:http://www.cfsciences.com/
代表取締役社長:尾澤 哲
設立:2002 年 7 月 資本金:2 億 4,200 万円 従業員数:16 名
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株式会社セルフリーサイエンス
代表取締役社長 尾澤 哲氏
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
についてちゃんとした説明するとか、講演するとか、そういう部分ですね。
◆本社を横浜から愛媛大学内に移す
——セルフリーサイエンスは横浜で創業し、営業を展開してきましたが、昨
年、本社を愛媛大学内に移しました。第 2 創業的な意味で、もう一度研究か
らやるという意味もあるのですか。
遠藤 なぜ、松山で創業しなかったのか。われわれはこの技術について完璧に
自信を持っていますけど、これを世に広める、そしてビジネスにつなげるとい
うときに、やっぱり都じゃないと。つまりそういうことをやっている人が多い
ところじゃないと話にならない。愛媛でやったって、買う人は誰もおらんわけ
全自動タンパク質合成装置
卓上型 Protemist® DT Ⅱ
ですよ。東京でやると、海外からいろんなビジネスで来た人が、ついでに寄っ
て見ていってくれるという期待が持てる。さらに、人材の確保の問題です。田
舎には、外国語が堪能でビジネスもできるバイオの専門家など 1 人もいませ
ん。だけど、東京都内はちょっと高過ぎるんで、横浜にベンチャーのための施
設ができたので借りて入るということになったわけですね。
で、実際に、海外も含めて本当にたくさんの会社が来てくれました。日本に
かなり多くの取引先を持つ海外企業の人も、東京へ来たときに、ぱっと寄れる
んですよね。ビジネスだけでなく、技術も広がってきました。だから、それは
大成功だった。この技術がどのぐらいのものかということを、まず知っても
らって、試してもらってということで、第 1 段階としては、思惑どおりいっ
たという面があります。
全自動タンパク質合成装置
ハイスループット機
GenDecoder® 1000
横浜市は安いといってもそんなに安くないですよね、地方と比べたら。横浜
の営業の前線の機能を保ちつつ、本社の本籍地を松山に持ってきたということ
です。これもテクニックですよ、そういうシナリオでいったわけです。
◆大学発ベンチャーへの地元「産」
「官」の期待
——愛媛大学は 2003 年 4 月、遠藤先生を長とする無細胞生命科学工学研究
センターを設立し、現在、10 人の研究者(教員)で取り組んでいる。また、同
センターは 2003 年から毎年、
「プロテイン・アイランド・松山 国際シンポジ
ウム」を開催。このシンポジウムは 2 回目からは愛媛県、松山市、松山商工会
議所との共催であり、大学および地域の期待が大きいわけですね。とはいえ、
大学から見ると、登記上の本社をどこに置くかというのは非常に大事なこと。
県とか市の立場からしても、松山発のベンチャー企業といっても、本社が横浜
にあるのと、こちらにあるのとでは、支援の力の入れ方が違います。
遠藤 おっしゃるとおりで。松山市の中村市長は横浜の中田市長と若いときか
ら親しいんだそうですよ。それで、よく会うらしいんだけど、
「中田市長から、
セルフリーサイエンスの本籍地は横浜だよネ、って言われる」と言うんですね。
だから彼は、できることなら本社を松山へ持ってきてくれたらありがたいとい
う思いは強かったと思います。
——愛媛大学や松山市のホームページを見ていたら、松山の中村時広市長とサ
イボウズ株式会社の青野慶久社長と愛媛大学の小松正幸学長の鼎談(ていだん)
があり、これが非常に面白い。インターネット用のソフト開発などを行って
いるサイボウズは東証一部上場、2008 年 1 月期売上高は約 40 億円、連結で
約 120 億円です。松山市で 1997 年に創業した当時はもちろん無名のIT企業
だったから、人材が集まらないということで、創業地を捨てて東京へ出ていか
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
ざるを得なかったようです。
遠藤 同じ理由がありました、われわれが最初、首都圏に出たことにも。われ
われのビジネスは科学のこの分野がわからなきゃいかんのですよね、ある程
度。それと、外国語ができないと。先ほども言ったように、両方できる人は首
都圏だったらおるんですよ、結構。
◆東京はノイズが多過ぎる
——IT特有の問題かもしれませんが、この鼎談のなかでサイボウズの青野さ
んは、
「東京のIT企業の多くは米国の見よう見まねで、日本は世界のトップ
になれないと思う」と言っている。同社は創業地の松山市と愛媛大学のバック
アップで松山市に開発拠点をつくり、地域に密着して、やりたいことを 10 年、
20 年続けて世界に通用するものを出していきたいという。イメージで言うと
シリコンバレーではなく、トヨタだと言うんですね。非常に面白い発想です。
イノベーションは東京からは出てこないのでしょうか。
遠藤 うん、なかなか出にくい、そうだと思う。だけど、やっぱり NHK の紅
白に出ないと芸能人は売れんのですよ。そういう面として、まず本社もみん
な晴海に持っていって、いい人も集めて、わっとやって、一応そうなったら、
ゆったりとユニークな研究とか、事業ができるところがいいと。見かけ上は、
かなり似ていると思いますよ。しかし、根本的には違っている。トヨタのビジ
ネス相手は一般の人で、自動車のなんたるかはみんな知っており、市場が確立
しているのでベンチャーではない。多くのベンチャーは、市場づくりから始め
ないといけないのです。
確かに、東京のような雑多なところではノイズが多過ぎて、どれが本物の音
やわからんところがある。ところが、地方から見ていると静かですからね。
◆地方で国際的研究を続ける意味
——遠藤先生は幾つもの賞を受けられていますし、国内外で毎年多くの招待講
演をなさっています。特に、海外での評価が高く、昨年は、愛媛大学が豪州の
研究機関などと取り組むマラリアワクチン研究に米ビル・ゲイツ財団から多額
の資金を得ています。先生は東京とか海外に研究の拠点を移したいとお考えに
なったことはないんですか。
遠藤 ないですね、それは。私は流行に乗らんタイプなんですね。人と同じ道
は歩きたくないタイプ、何も残ってないからね。東京へ行って、1 万円拾お
うと思ったって無理でしょう、道路で。松山だったら拾えるんですよ。100 万
円でも。人がまだ通ってない道がいくらでもあるから。
研究っていうのは、われわれのこのベンチャーにしてもいろいろステージが
あるんですよ。今は一番初めのステージで、そういう技術を確立して、小さな
ビジネス。その次は、いろんな分野の研究者と共同研究。それは別にそこへ研
究の場を移す必要はない。次のアプリケーション、テーラーメイドの医療に向
かったりとか、新規酵素、産業用の酵素を開発するとか、いろんな道があると
思います。
ただ、この技術はあくまで今の段階では、単なる 1 つのツールなんですよ
ね。これをスコップに当てはめると、遺伝子という世界中が持っているすごい
資源を掘り起こすために使うということなんですよね。
遺伝子産物をタンパク質とした場合、タンパク質はこういうアミノ酸からで
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
きている。ここまではわかるんですよ。けれど、それがどういう機能を持って
いるかというのは、タンパク質にしないとわからないんですよ、原理的に。言
葉で言えば、ゲノム研究の成果によってスペル(遺伝子がコードするタンパク
質のアミノ酸の結合順序が判明)は分かったんだけど意味(機能)がわからない
というのが、ゲノム時代なんです。意味を解明するには、タンパク質をつくっ
て、その機能を解析する、私らの技術を使って、ゲノムワイドに、網羅的に
ね。で、その遺伝子の意味するところを 1 つ 1 つ解明して辞書をつくる、遺
伝子辞書を。その辞書を片手に、DNA に何が書いてあるかという文章を解読
していく、こういう方法なんだけどね。
その解読というのは、病気とか、それも人だけじゃなくて、家畜、魚、植物
などいろんな生き物が対象です。
◆応用の共同研究に取り組む
——研究分野にもよりますが、
「基礎」をやっている研究者が一定の成果を出す
と、その先は別の人に任せて、基礎的な領域でまた研究を続けるケースが少な
くありません。
遠藤 いやいや、それは任せられないんですね。このバイオっていうのは広い
分野があるでしょう。学部からいっても、すべてに入り込んでいるような分野
ですから。さらに、このような使い道がある、という証拠をわれわれが見せな
いと使ってくれない時代です。タンパク質をどうやってつくるか、つくるとき
にどういうふうな形のタンパク質、印をつけるかだとか、どうやって分析する
かとか、すべてが単独でなく、深くかかわっているんですよ。
例えば僕らはマラリアワクチンをつくるための共同研究に取り組んでいま
す。これは世界の願いですけど、マラリアはインフルエンザと違って、ワクチ
ンを簡単につくれないんです。インフルエンザウイルスなどは、ニワトリの卵
に接種すると簡単に増えるので、これを集めて感染しないような処理をすれば
ワクチンの出来上がりです。しかし、人に感染するヒトマラリアは、人でしか
遠藤弥重太 教授
(愛媛大学提供)
増えないし、ヒトの培養細胞を使っても増殖しない。だから、組み替え法など
を使って、1 つ 1 つのマラリア遺伝子からタンパク質をつくることから始め
ないといけない。だから、何十年もみんな研究している。そうしているうち
に、マラリアの遺伝子が 6 年くらい前に解読された。タンパク質を片っ端か
らいっぱいつくって、マラリアの患者、しかし発病していないぴんぴんした患
者たちの血液と混ぜていったら、そのマラリアのどのタンパク質に対する抗体
を持っているから元気だということがわかりますね。そうしたら、そのような
不顕性患者血液と反応するタンパク質が、マラリアワクチンキャンディデイト
になるんですよ。
このような研究を、豪州、米国のグループの大学、NIH や海軍とも今、われ
われはやってます。
あと、ウイルスが原因で起こる病気がありますね。エイズだとか、C型肝炎
とかいろいろ。治療中にウイルスがどんどん変異していくから、つまりウイル
スがつくるタンパク質がちょっと違った構造になっているから、そのうちに薬
が効かなくなる。そこで、治療の始めから治療中に、患者の血液から PCR 法
でそのウイルスをとってきて、それからタンパク質(ウイルスの酵素)をつく
れば、治療前どう性質が違っているか(ウイルスの変異)と、つまり薬が効く
かどうか全部チェックできて、個々の患者に最適の治療法が見つかることにな
http://sangakukan.jp/journal/
10
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
る。これはまさにテーラーメイドなんですね。それから精密な病気の診断法の
ための新規なバイオマーカーの検索とかもやっていますね。
製薬会社とがんに対して、もっと副作用が小さい、そして有効な薬ができな
いかということもやっている。そのがんのどの遺伝子産物、つまりタンパク質
が原因でがんになっているとか、それに結合する薬を探す研究手法の開発とか
もやっています。
——全部基本的なところにつながっているんですね。
遠藤 やっぱり僕らが一番この方法のいいところを知っているから。しかし限
界もある、応用に当たってその限界をわれわれは克服していかなきゃいかん面
がある。今言ったのは人ばかりだけども、植物だって、魚だって、家畜だっ
て、さらにバクテリアだってある、対象としてね。
◆後ろ姿を見せて学生に気付かせる
——大学のシーズというか、若い研究者に関して言うと、東京から離れている
地方で研究するうえで、何が一番大切ですか。一昔前とは環境が変わり、大学
経営も大変です。
遠藤 大変だ、はい。試験にいい点を取って、つまり教科書に書いてあること
を短時間で理解して暗記して、それを試験のときにアウトプットして出す。こ
のすごく優れた能力と、教科書がない真っ白なキャンバスに独自の絵をかける
能力というのは別なんですよね。ペンキ屋さんと画家の違いといってもいいか
もしれない。まねをするほうは、日本人は特にうまい。教科書に書いてあるも
のじゃないと信用しないし、それが金科玉条、そういう時代がこの 2000 年間
というものずうっときた。しかし、ここまでくると、政治、経済にしても教科
書はない。マニュアルがない分野は非常に不得意ですよね。
地方には後者のような、つまり白いキャンパスに自分なりの絵がかける若者
は、たまにおるんですよ。そういう能力については、自分自身もわからんこと
が多いんですよね。だから一度やってみて、面白かったらその分野を楽しむ。
始めの知識が最小限でも必要に応じて教科書を読めばいいわけでね。
——そういう人を発掘して育てるような環境が必要ですね。
遠藤 それが一番。私の一番大事な仕事です。後ろ姿を見せて、研究を通し
て、学生に自分自身で気付かせる。自分で気が付くというのが一番です。大学
ができることは、そのような環境を整える(人材を整える)、これしかないん
ですよ。
無細胞生命科学工学研究セン
ター(CSTRC) (愛媛大学提供)
まあ、マニュアルどおりのことをきちっとやれるという、素晴らしい能力を
持った人、これは官僚としてはすごいシステムだと思います。先進国や先人に
追いつくまではね。だけど、ほぼ近づいてきて借りるマニュアルがなく独自の
ものが要る時期になったら、このシステムはもう無力を通り越して、百害あっ
て一利なしだと思います。日本の課題は、そういう自他共に優等生と言われて
いた人たちが、何もかいていないところへ絵をかけるような人を排斥して刹那
(せつな)的な安心感を得たいという、蔓延(まんえん)している風潮にいかに
風穴を開けていくか、ということだ思うんですよ。
——どうもありがとうございました。
聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長)
http://sangakukan.jp/journal/
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
特集●
ベンチャーの法則
株式会社積層金型 新手法の樹脂用金型メーカー
自在の冷却水路で成形サイクルを短縮
積層金型という金型の新しい製造方法がある。文字通り金属の板を積み重ねる方法で、
1980 年代、東京大学生産技術研究所にいた中川威雄教授らが提案した。この事業化を
目指した株式会社積層金型は試行錯誤の末、樹脂射出成形用の金型の開発に成功し、営
業面でも軌道に乗りつつある。特徴は金型の中に張り巡らせた「冷却水路」である。
1980 年代、東京大学生産技術研究所の中川威雄教授(現在、東京大学名
誉教授)と大学院生の国枝正典氏(現在、東京農工大学教授)が金型の新しい
製造方法を提案した。積層金型――文字通り金属の板を積み重ねてつくる
方法である。この新技術をそのまま社名にし、その事業化を目指したベン
チャー企業が株式会社積層金型である。マツダ株式会社で 30 年間、自動車
用部品の金型設計に携わっていた山崎久男氏(写真1)が 2001 年4月に設立
した。
同社は試行錯誤の末、合成樹脂射出成形(自動車、電気機器の高機能部品
など)用の積層金型開発に成功し、営業面でも展望が開けつつある。この工
法による金型の最大の特徴は、金型の内部につくる「冷却水路」の設計自由
度が高いことである。あらかじめ水路などの加工を施した板材を積み重ね
写真 1
株式会社積層金型
代表取締役 山崎 久男氏
て(結合させて)製作するので、成形品の形状に沿った理想的な水路になる。
◆金型は熱交換器
冷却水路には冷たい水を流す。なぜ水路が重要なのか。
樹脂射出成形の工程は射出→冷却→型開→突出→型閉である。180 〜
450 度の熱を加えて液体状態にした樹脂を、圧力を加えて型に押し込んで
充填(じゅうてん)する。それが 40 度前後に冷却されて固まったら取り出
す――これが1サイクルである。この冷却に必要なのが、金型の内部に張
り巡らせた水路である。
射出から型閉までの1サイクルで一番時間がかかるのが「冷却」で、その
60 ~ 70%を占める。この冷却時間をいかに短くするかが生産性を上げ製
造コストを下げるカギである。最近、高機能の樹脂成形品では、転写性を
よくするため、射出前に蒸気で金型を温めておくケースが増えているとい
う。そうなると、ますます冷却が重要になるわけである。
株式会社積層金型の概要
本社所在地:広島県呉市苗代町 445-1
URL:http://www.sekisou.com/pc/
代表取締役:山崎 久男
設立:2001 年 4 月 資本金:4,250 万円 従業員数:7人
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
山崎社長は「樹脂成形金型は熱交換器である」と
樹脂成形用積層金型の狙い
いう。金型を温めて、冷ます。これを何十秒かの間
樹脂成形金型=熱交換器
に行う。その成形サイクルの短縮化(「ハイサイク
成形サイクル時間
ル化」という)ができて製造のスピードが上がれば、
金型の価格が割高でも、成形業者にとってはメリッ
トが大きいはず。ここが積層金型のセールスポイン
射
出
冷却
型
開
突
出
型
閉
型
開
突
出
型
閉
トである(図1)。
◆金属プレス用の金型を目指して会社設立
とはいえ同社は、開発が順調に展開したわけでは
射
出
冷却
なかった。会社設立時は金属プレス用の金型を安く
製造するのが狙いだった。
「積層金型」との出会いは、山崎社長がマツダのグ
ループ会社の社長だったときのこと。いまから 15
~ 16 年前のことである。鋼板の不良在庫を処分し
冷却時間の短縮が
ハイサイクル化の決め手!
図1 樹脂成形用積層金型の狙い
なければならなくなり、その材料を再利用して、付加価値を付けられない
かと考えていた。不況だったので、安く金型をつくりたいという思惑も
あった。そんなとき、従来から知っていた中川氏の積層金型のことが頭に
浮かび、開発を思いたった。
通常の金型は金属ブロックあるいは鋳物を切削加工してつくる。しかし、
金属ブロックは切削に、また、鋳物は鋳型づくりにそれぞれ長時間を要し
た。積層金型の技術を使えば、いわば在庫品の鋼板を活用でき、かつ安く、
早く金型ができるのではないか ・・・ そんなことを考えていた。
そして、山崎氏は定年退職。起業の構想を練って準備し、会社設立 ・・・。
しかし、その間、金型を取り巻く環境が猛烈な勢いで変化していた。あま
り削らなくても済む「切削レス」が積層金型の強みだが、NC(数値制御)工
作機械で精密な切削が比較的容易にできるようになり、しかもこうした金
型の製造が中国へ移っていった。
当初、想定していたマーケットの思わぬ異変。走り始めたばかりの同社
は経営戦略の練り直しを余儀なくされた。
当初の金属プレス用から樹脂成形用にターゲットを変え、新たな開発に
乗り出した。その基本技術を確立したのは、採択されて取り組んだ科学技
術振興機構(JST)の「委託開発」
(2002 年2月~ 2004 年8月)だった。課題
名は「ハイサイクル樹脂成形用積層金型」だ。
教訓1 環境の変化には、勇気を持って軌道修正せよ
◆拡散結合の活用を共同研究
「委託開発」はほぼ順調にいったものの、技術的課題が残っていた。積み重
ねた金属の板を1つの固まりとして固定する方法である。接着剤を利用す
るなどさまざまな方法を試みたが、納得できなかった。それを解決するた
め2004年から国枝氏と共同研究を始めた。中川氏の研究室にいた国枝氏は、
東京農工大学の教授になっていた。中国経済産業局の「地域新規産業創造技
http://sangakukan.jp/journal/
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
術開発」補助金など幾つかの資金を得た。
金型の中につくった温度調節用の水路
そして、
「拡散接合」という方法を利用す
ると、うまくできることがわかり、その
技術も確立した(図2)
(写真 2)
。
拡散接合とは次のようなものだ。金
属の板と板を密着させ、それらの融点
以下の温度条件で、塑性変形をできる
だけ生じさせない程度に加圧すると、
接合両面に原子の拡散が生じて接合す
るものである。これを専用の炉の中で
可動側
行う。
固定側
図2 金型の中につくった温度調節用の水路
拡散接合は精密機械、航空機などで
よく使われる方法で、金型の世界とは無縁な技術だった。それを利用しよ
うという発想が面白い。
もともと積層金型という発想自体が、従来の “削る” 方法から “積み上げる”
方法への転換という突飛(とっぴ)なものだった。
教訓2 技術的課題解決には逆転の発想で臨め
◆系列の壁に食い込む
拡散接合による樹脂射出成形用積層金型の営業に本格的に乗り出してか
写真2 図2の金型でつくった
成型品
ら約2年。鋳物を用いた従来タイプの金型や機械の受託生産も手掛けて
おり、経営はそれらに大きく依存している。2008 年3月期の売上高は約
7,000 万円で前の年度とあまり変わらず、分野別の売上比率は鋳物の金型
が 60%、拡散接合による積層金型が 30%、機械受注が 10%だ。積層金型
の比率は、前年度の 15%から大きく伸びた。
自動車の場合、自動車メーカー ―部品メーカー(樹脂成形など)―金型会
社―材料商社という系列の壁もある。
樹脂成形に限らず、どの業界、企業ともコスト引き下げは絶対命令。
「高
機能の樹脂成形品を効率よく生産できる積層金型はコスト引き下げ効果が
大きく、潜在ニーズはある。ビジネスがしやすくなった」と山崎社長は語る。
昨年度は独立系の成形会社に食い込んだ。今年度は、部品メーカーと話を
して、設計図に基づいて冷却水路を組み込んだ積層ブロックを金型会社に
納入するケースが増えている(この場合、金型会社が金型に削る)という。
60 歳で会社を起こした山崎氏は現在 67 歳。会社のナンバー2の専務取
締役には息子の拓哉氏がいる。前に進むしかない。
(本誌編集長:登坂 和洋)
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
特集●
ベンチャーの法則
株式会社オプセル レンズ光軸合わせ「シュリンクフィッター」
大手企業の課題に技術を売る
株式会社オプセル(本社:さいたま市)は、光学の大手企業の技術的課題に応える光ビジネ
スのベンチャー企業である。複数個のレンズを組み合わせるとき、それらの光軸を合わせる
ことが重要で、これに関する新田勇新潟大学教授の「シュリンクフィッター」という技術を生
かすために事業化した。商品を売ること以上に、技術でニッチ市場を攻めるユニークなベン
チャー企業経営とは?
◆ JST プレベンチャー事業の一期生
松尾 義之
(まつお・よしゆき)
カメラで日本メーカーが世界市場をほぼ 100%独占しているように、光
株式会社白日社 編集長/
学分野における日本の技術力は極めて高い。コピー機やプリンターなどは
東京電力科学誌「イリューム」
編集長
もちろん、半導体製造用のステッパーなども日本のお家芸だ。光学顕微鏡
も新たな進化を続け、共焦点顕微鏡などは、細胞を生きた状態で観察でき
るために、世界中の研究室で使われるようになった。
こうした光学機器でカギとなるのが、レンズ設計。さまざまなレンズを
何個も組み合わせて、それぞれの用途に合った性能を引き出す設計技術だ。
例えば共焦点顕微鏡1つをとっても、何を観察したいかによって、その性
能を引き出すレンズ設計は違ってくる。従って、新製品を作ろうとすれば、
新たなレンズ設計が必ず必要になるといってよい。
ここで重要になるのが光軸合わせ。複数個のレンズを組んだとき、それ
ぞれのレンズの軸が、一直線上にすべてきちんと乗ってく
るよう組まなければ、望みの性能は出ないからだ。そこに
は何らかの仕掛けが必要になる。新田勇・新潟大学教授の
特許であるシュリンクフィッターは、レンズと鏡筒の間に
樹脂(エンプラ)のリングを挿入し、
「焼きばめ」によって固
定する。加熱した状態でレンズを組み込み、常温に下がる
際に樹脂が均質に収縮(シュリンク)して、全体の光軸がう
まくそろった状態で固定化される。新田教授は、この樹脂
部品(フィッター)に特殊な工夫を施した(写真1)
。
写真1 シュリンクフィッター
平成 13 年 12 月、株式会社オプセルはこの技術を生かす
形で、独立行政法人科学技術振興機構(JST)のプレベンチャー事業の第一
期生として、さいたま市に設立された。マンションの一室からスタートし、
現在は川口市の SKIP シティーにある埼玉県産業技術総合センター内のイン
株式会社オプセルの概要
本社所在地:埼玉県さいたま市緑区太田窪 1-1-21
埼玉研究室:埼玉県川口市上青木 3-12-18 SAITEC 752
URL:http://www.opcell.co.jp/
代表取締役社長:小俣 公夫
設立:平成 13 年 12 月 10 日 資本金:1,500 万円 従業員数:4人
http://sangakukan.jp/journal/
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
キュベーションラボに部屋を借りている。社員は 4 人、年間売上は 1 億円
をちょっと超えたあたりだ。
◆事業者は民間出身の小俣社長
オプセルの社長である小俣公夫さん(写真2)は、もともと光学技術者。
写植機で有名な株式会社写研に 20 年勤め、その後、株式会社荏原製作所に
移って、ポリゴンミラー(光を走査するのに使う多角形の鏡)用のセラミッ
ク軸受けの研究開発にかかわった。その後、セイコーインスツル株式会社
写真2 株式会社オプセル
代表取締役 小俣 公夫氏
に移り、ポリゴンモーターの量産までかかわったが、急きょ、事業が縮小
されることになった。
こんなとき、仕事の関係で新田教授(写真3、当時は助教授)と旧知の関
係だったこともあり、プレベンチャー事業に応募してオプセルが産声をあ
げたのである。今年で7年になるが、会社として維持されてきた秘訣(ひ
けつ)は、小俣さんの営業力にある。大学に籍を置く新田教授は、開発担
当の取締役。技術開発の面での役割に徹して事業は小俣さんが全責任を持
つ。これがたぶんオプセルが成功しているポイントだ。
(写真 4)と「レーザ直接描画
現在の主力商品は「レーザ走査イメージャ *1」
写真3 新潟大学 新田勇 教授
装置」。ともに新田研究室との合作で、レーザービームのスキャニング技術
に基づいており、これがオプセルの「売り」である。特に前者は、10 ミリ
*1:広視野の共焦点レーザー顕
もの広範囲をスキャニングできる共焦点顕微鏡だ。ともに小俣さんが得意
微鏡
としてきた分野の製品である。
オプセルは、商品や部品を設計し、必要な部品をメーカーに製造しても
らって、それをもとに組み立てる。つまり、部品の
製造は外注し、設計と組み立てと検査をオプセルで
やって得意先に納入するのである。組み立てるのは
ラボの一室の机の上。町工場よりも小さなスペース
だ。
面白いのは、会社設立の根拠となったシュリンク
フィッターのこと。意外にも、この技術はいまなお
開発段階にあり、普通の意味での実用化はできてい
ない。新田教授の研究室にある高精度のプラスチッ
写真4 レーザ走査イメージャ
ク加工機械によってのみ、作れるものだからだ。当
然コストは高い。従って、オプセルの実際の商品は、コストの安い別の方
法で作っている。看板技術と会社運営の微妙な違いが面白い。こうした現
実をきちんと理解して対応しないと、ベンチャーはやっていけないという
ことだろう。
◆商品を売るより、技術や評判を売る
注意したいのは、オプセルはこれらの商品をただ単に売り込んで収益を
上げているわけではないところだ。
光学分野では、メーカーが大会社になってしまったこともあって、開発
や研究さえ外部の力ある技術者や小企業に頼るようになっている。外の知
恵やアイデア、あるいは部品を購入するように変わってきている。つまり、
光学分野にはニッチ(すき間)のビジネスがかなりある。オプセルはここで
生きているわけだ。
http://sangakukan.jp/journal/
16
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
また、
「レーザ直接描画装置」などは、生産や研究開発の現場をよく知ら
なければ商品とはなりにくい。さまざまな現場のニーズを吸い上げ、商品
に結び付ける開発を絶え間なく進めているからこそ、オプセルは「食べて」
いけるのだ。
営業の現場は、例えば「東京ビッグサイトなどで行われる展示会に出品
すること」と小俣社長。こうした展示会には、企業の大小に関係なく、
「問
題を解決したい技術者などがやってくる」という。また、ホームページに
も現在まで 2 万 6,000 件を超えるアクセスがあって、そこから直接連絡し
てくるユーザーもいる。
つまりこういうことだ。オプセルは、レーザービームの走査技術や関連
する光学分野で、高い技術力を誇っている。一方で、問題を抱えていてそ
れを解決したい人々がいる。それらが結び付いたとき、オプセルのビジネ
スが成り立つ。言葉を変えると、ユーザーがオプセルを探し出す機会を増
やすこと、究極は「困ったときはオプセルに頼め」という評判を作り上げる
こと、それが営業なのである。だから、お金になる確率は低くても丁寧に
応えるようにしている。
◆次なる飛躍を目指して
社長さんの立場からは、半導体や電子機器関連の専門商社からの依頼仕
事はありがたい。
「お金の面で苦労することがないから」で、このような実
感は、実際に社長業をやった人でないと絶対にわからない。営業をやり、
開発をやり、経営も考えるベンチャー会社の社長さん、それが小俣さんで
ある。
いま小俣さんが期待しているのは、有機 EL(エレクトロルミネッセンス)
のプラスチック欠陥検査装置だ。ソニー株式会社が有機 EL テレビを発売し
たり、松下電器産業株式会社が 37 型の量産化を発表するなど話題に事欠か
ないが、有機 EL 表示装置の新たなターゲットは、自動車のダッシュボード
やフロントガラスに付けること。従って、曲面にする必要があり、最終的
にはすべてプラスチックで作るための研究開発が進んでいる。
有機 EL ディスプレイは多層の透明薄膜で構成されるが、実は、この実用
的な検査装置がいまのところ存在しない。CCD のラインセンサーはあるの
だが、これでは見える範囲が狭く、また透明なプラスチックの中にある透
明な欠陥を探し出すのは難しい。しかし、オプセルの「レーザ走査イメー
ジャ」ならそれが短時間でできる。レーザー走査技術自体が備えている長所
だ。もちろん、要求があればそれに見合うよう、大きさもスペックも変え
ていかねばならないが、オプセルなら自在に対応できるのも強みである。
ベンチャーが生き残る1つの形として、小俣さんは「オプセルがコアと
なって、われわれの仲間が伸びていく」という構想を持っている。実は、
小俣さんの周りには、部品加工のプロとか設計のプロとか、1人でやって
いる実力者がかなりいる。それぞれは独立して仕事をしているのだが、少
し大きな仕事が来たとき、何らかの課題が生じたとき、いろいろな組み合
わせで集まって、問題を解決している。この「群としての潜在力」を生かし
ていきたいと小俣さんは考えている。紆余曲折を経て7年。小俣さんの言
葉には気負いは見られない。
http://sangakukan.jp/journal/
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
特集●
ベンチャーの法則
株式会社オキサイド 高品質な光学単結晶メーカー
顧客も経営戦略も世界を視野に展開
株式会社オキサイドは光学用の単結晶を製造販売しているベンチャー企業。スライスして
供給する。独立行政法人物質・材料研究機構が支援するベンチャー企業の第2号である。
6割が海外向けだ。2年半前に三菱電線工業の光部門を買収し、部品を組み合わせたモ
ジュールまで一貫生産するようになった。その M&A の成果は?
◆物質・材料研究機構発ベンチャーながら山梨県に立地
株式会社オキサイドは、独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)が支
援する「NIMS ベンチャー企業」第 2 号であり、光学単結晶の製造販売を中
心事業としている(第 1 号は 「SWING」 で、現在は同社の関連会社である)。
古川社長(写真1)は民間企業に勤務の後、1996 年に米国のスタンフォー
小澤 育夫
(おざわ・いくお)
野村證券株式会社 法人企画部 公益法人課
主任研究員
ド大学に留学、帰国後 NIMS に勤務した。
スタンフォード大時代の友人の多くがベンチャー企業を創業、あるいは
ベンチャー企業に就職したことに刺激を受けたこともあり、2000 年 10 月、
研究成果を事業化すべく同社を創業した。これは、人事院が起業を支援す
る休職制度を活用した第1号である。創業は山梨県小淵沢町(現在、北杜
市)であったが、NIMS のある茨城県から離れて東京を飛び越えている。こ
れは、光学単結晶と類似した水晶の加工が地場産業となっていて蓄積があ
り、自治体側の体制も整っていたことが理由である。その後、事業の拡大
に伴って敷地が手狭になり、2005 年 6 月に同じ山梨県の武川村(現在、北
杜市)
(写真2)に移転している。同社は、北杜市の工場誘致条例第 1 号企
業である。なお、古川社長は 2003 年 10 月に NIMS を退職し、同社の社長
業に専念している。
◆世界的なオンリーワン企業
主な製品は、光学用の酸化物単結晶であり、スライスしてウエハーとし
写真1 株式会社オキサイド
代表取締役社長 古川 保典氏
て供給する。電子デバイス用の単結晶としては水晶発振子が広く知られて
いるが、これは電気信号用である。同社の製品はほぼすべてが光学用であ
る。最終的には、大容量通信や、高画質動画を扱うデジタル家電、超精密
加工、高精度な医療機器などの分野で使われる。同社の製品は産業界の最
上流に位置することもあり、用途の幅は広い。
株式会社オキサイドの概要
本社所在地:山梨県北杜市武川町牧原 1747 番地 1
URL:http://www.opt-oxide.com/
代表取締役社長:古川 保典
設立:2000 年 10 月 18 日 資本金:3 億 5,000 万円 従業員数:41 人
http://sangakukan.jp/journal/
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写真2 株式会社オキサイド
本社工場
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
直接的なアプリケーションは、光学的発振(発光)や波長変
換、光変調、光センサー、光フィルター等の部品である。こ
れらはすべてが画像 ・ 動画あるいは光信号を扱うため、電気信
号用に比べると、極めて高品質な単結晶が要求される。結晶
には欠陥の存在がほとんど許されないが、この高品質単結晶
の製法こそが、古川社長が NIMS で研究していた 「 二重ルツボ
法 」 である。従来の方法では、少量の高品質結晶を製造するこ
とは可能でも、結晶全体の品質を一定以上にすることは難し
かった。二重ルツボ法での欠陥率は、従来に比べて 1/100 ~
1/1,000 の水準にまで、非常に低く抑えられている(写真3)。
同社は量産用に製品を出荷しており、現在は 10 種類以上の
単結晶をラインアップしている。代表製品のスーパー LN/LT
単結晶(写真4)では、実質的に世界のオンリーワン企業であ
る。このため 6 割が海外向けであり、世界市場を対象とした事
業となっている。
小規模な生産を行うところはあるものの、高品質な LN/LT
写真3 二重ルツボ法単結晶製造装置
単結晶を量産できるのは、世界でも同社だけである。同社は 2001 年 5 月
から販売を開始したものの、歩留まりの向上に手間取り、量産向けに本格
出荷できるようになったのは、会社設立から 4 年後の 2004 年からだそう
である。同社の技術では二重ルツボ法が有名であるが、実際の事業化に際
しては、辛抱強く、細かなブレークスルーを積み重ねて、現在の地位を築
いている。
写真4 スーパーLN単結晶
◆事業展開に買収も活用
古川社長は、創業当初から、単結晶だけでは事業規模が大きくならない
と認識していた。そこで、2005 年 12 月に三菱電線工業株式会社の光部品
(波長変換部品)事業を買収、川下の部品分野へ進出した(写真 5)。現在で
は、単結晶ウエハーだけでなく、部品 ・ 部材を組み合わせたモジュールま
で、一貫して製造・供給できる体制となっている。
同社の特徴として、技術面だけでなく、買収を活用した事業展開にも注
目したい。三菱電線工業からの事業買収に続き、2006 年 5 月には多木化学
http://sangakukan.jp/journal/
19
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
株式会社より TeO2 単結晶および BGO 単結晶事業を買
収した。買収による事業展開は国内のベンチャーでは
比較的珍しいが、海外を中心に光部品関連の業界では
一般的に行われている。同社は、戦略面でも世界的視
野に立っている。
同社は量産向け出荷を開始した 2004 年9月期以後、
順調に事業を拡大している。一度も赤字になることな
く、現在では当時の倍を超える 5 億円の売上高に達し
ている。また、光部品事業の買収により、直接的な
売り上げ増はもちろん、川下にまで対応できるように
写真5 QPM-PP サンプル
なったので、顧客からの問い合わせや共同開発依頼などが増加した。この
ため、単結晶のメニュー拡大を含め、全社としての業容そのものが広がっ
た。もし、同社が単結晶だけを供給するメーカーであれば、規模拡大の速
度はもっと遅かったと思われる。
部品事業の売上比率は現在 2 割まできたが、今後も成長の中心となり、
将来的には売り上げの過半数を占めると期待される。
◆新連携事業でさらに技術開発を進める
高度な技術が評価され、2002 年 4 月には LN/LT 単結晶の欠陥制御によ
り、中小企業優秀新技術 ・ 新製品賞の中小企業庁長官賞を受賞した。その
後も日本結晶成長学会の技術賞、つくばベンチャー大賞などを受賞してい
る。2008 年に入り、2 月にジャパン・ベンチャー・アワードの創業 ・ ベン
チャー国民フォーラム会長表彰、6 月にはスーパー LN/LT 単結晶とその供
給による当該分野の応用開発促進の波及効果などから、独立行政法人科学
技術振興機構(JST)の井上春成賞を受賞した。
2007 年 7 月には、関東経済産業局の新連携事業認定計画に同社の案件が
認定された。従来は複数の装置でしか実現できなかった広帯域のレーザー
発振を、1つの装置で可能とするモジュールの開発を目指す。株式会社タ
ナカ技研、株式会社メガオプト(ともに本社は埼玉県)と連携して、必要と
なる結晶の開発、高精度の研磨、レーザー装置化を進めていく計画である。
実際の単結晶は、一見透明なガラスの塊であり、サンプルは人の握りこ
ぶし程度の大きさである。専門外の筆者にはちょっと変わった形のガラス
にしか見えなかったが、これが数百万円の価値を持ち、世界各地で先端技
術開発を加速させたかと思うと、感無量であった。
http://sangakukan.jp/journal/
20
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
特集●
ベンチャーの法則
JSTのベンチャー企業の実態とその支援策
設立後平均 3.8 年、60% が研究開発段階
科学技術振興機構(JST)は JST の各種事業を通じて設立された大学発ベンチャー企業
の活動状況を調査した。企業数は平成 19 年 11 月現在、173 社。過去1年間に設立さ
れたのはそのうちの 4.0% で、16 年度の 16.8% をピークに下がり続けている。設立後
の平均経過年数は 3.8 年で、研究開発段階にある企業が 60% を占める。まだ、販売す
る商品が完成していない企業が多いことを示している。
◆はじめに
大学等の研究成果を社会還元する手段の1つとして、大学発ベンチャー
企業の設立が期待されている。経済産業省の調査 *1(以下、
「METI 調査」と
いう)では、平成 18 年末時点で 1,590 社の大学発ベンチャー企業が設立さ
齋藤 和男
(さいとう・かずお)
独立行政法人 科学技術振興機構
産学連携事業本部 技術展開部
新規事業創出課 課長
れ、年々その数を増やしている。独立行政法人科学技術振興機構(JST)は、
その創出を促す「大学発ベンチャー創出推進」事業や、その前身事業である
「プレベンチャー事業」のほか、基礎研究事業、産学連携事業、地域関連事
*1: 平 成 18 年 度 大 学 発 ベ ン
チャーに関する基礎調査報告書
(平成 19 年3月報告)
業等を通じて大学発ベンチャー企業の設立に貢献しているが、これらの事
業を通じて設立された大学発ベンチャー企業(以下、
「JST 発ベンチャー」と
いう)を対象として、その設立の状況や活動状況を平成 18 年度に引き続き
調査したので、その概要を報告する。
なお、今回の JST 調査では、JST 発ベンチャーの置かれた状況を明らかに
するため、一部の事項については METI 調査と比較することを試みた。
◆調査結果の概要
平成 19 年 11 月末現在の JST 発ベンチャー数を調査したところ、173 社
が抽出された(このうち「大学発ベンチャー創
出推進」事業と「プレベンチャー事業」により設
立されたベンチャー企業は 63 社)。調査時点は
異なるものの、METI 調査が把握した大学発ベ
ンチャー企業の約1割強が JST 発ベンチャーで
あった。いずれの調査においても平成 16 年度を
ピークに新規設立企業数の伸びは鈍化していた
(図1参照)。
JST 発ベンチャーに対するアンケート調査を
平成 20 年3月に実施した。回答のあった 103
社の内容を集計したところ、売上高が1億円を
超える企業が8社、資本金が1億円を超える企
業が 19 社、従業員が 10 名を超える企業が 24 社、
上場企業が3社という結果になった。
http://sangakukan.jp/journal/
図1 ベンチャー企業設立数に占める新規設立比率の推移
21
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
次いで、回答企業の平均売上高から、JST 発ベンチャー
の経済波及効果(直接効果〔総売上高〕と間接効果〔生産
誘発額等の額〕)を算出した。直接効果は 116 億円(平成
幅に増加していた。METI 調査では大学発ベンチャー企
業の経済波及効果は 5,166 億円であり、JST 発ベンチャー
のそれは約4% にとどまったことになる(両調査とも調
査・算出手法は同一)。JST 発ベンチャーの設立後経過
年数が平均 3.8 年であり、研究開発段階にある企業が
60% であるのに対し、METI 調査ではそれぞれ 5.3 年と
49% であることから、JST 発ベンチャーでは、いまだに
販売すべき商品が完成していない企業が多いことが経済
波及効果の少ないことの原因と推定している(図 1、図 2
参照)。
METI(n=308)
24.5
20.1
3.6
研究開発の初期段階
18 年度の調査では 83 億円)、経済波及効果は 213 億円
(同 151 億円)となり、直接効果、経済波及効果とも大
(%)
JST(n=94)
1.1
研
究
開
発
段
階
研究開発途中の段階
試作品を完成または試験販売中
19.1
16.9
8.4
製品化に目途がたった段階
製品またはサービスとして販売中
(単年度赤字)
事
業 製品またはサービスとして販売中
段 (単年度黒字だが累積損失あり)
階
製品またはサービスとして販売中
(単年度黒字で累積損失なし)
営業利益については、1期前、2期前の決算時よりも
14.9
22.7
22.3
9.4
6.4
11.7
18.8
図2 事業ステージの比較
改善しているが、依然として1社平均で 7,800 万円の赤字であった。
また、直面している課題に関する質問への回答として、資金調達、人材
の確保・育成、販路開拓・顧客確保を挙げる企業が多かった。これらの課
題は、大学発ベンチャー企業が一般的に抱える課題と見られ、METI 調査で
も同じ傾向である。これらの課題の背景には、ベンチャー企業においては、
研究開発の成功の可能性、経営安定性、将来性、商品・サービス提供の継
続性等のリスクへの不安から、社会や市場の信頼が得にくいことがあると
思われる。
◆支援策の検討
以上のように、JST 発ベンチャーは厳しい状況に置かれている企業が少
なくないことから、大学等の研究成果の社会還元を進めるためには何らか
の支援策が必要である。また、JST が平成 19 年4月に開催した「大学発ベ
ンチャー活性化シンポジウム」でも、
「大学発ベンチャーの成功を『数』では
なく『質』で議論すべき時期になっているのではないか」
「大学発ベンチャー
全体に対してはまだ支援が必要」等々の意見が出た。
今回の調査結果も踏まえると、研究開発型である JST 発ベンチャーの支
援策検討の観点として、起業から商品上市までの研究開発のスピードアッ
プや社会的認知度向上などが重要と思われる。具体的には、次のようなも
のを検討した。
1)人材の紹介や専門家の派遣など、人的支援による研究開発の側面支援
2)企業間、業種間等の交流の場等を設置することによる営業機会の提供
3)先行企業、外部コンサルティング等による成功事例の紹介や経営戦
略のアドバイス
4)起業時までにとどまらず、起業後の研究開発に対する資金援助
一部の地域では、これらに類するさまざまな支援策を活用する取り組み
http://sangakukan.jp/journal/
22
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
が既に始まっており、これらの活動により、研究開発型ベンチャー企業の
成功例が増加し、その社会的認知度も上がることを期待したい。
◆「大学発ベンチャー創出推進」事業について
最後に、JST 発ベンチャーの約3分の1を創出してきた「大学発ベン
チャー創出推進」事業について触れたい。
JST では、既存の大学発ベンチャー企業を対象とした上記支援策検討と
は別に、本事業を通して新たに設立されるベンチャー企業の質の向上を図
るための制度改革を検討してきた。
その結果、前述のように一部地域で始まっているベンチャー支援の取り
組みを活用することが有効と考えられたので、平成 20 年度から、その活動
の中核を担っている各地の財団等に側面支援機関として本事業に参画して
いただくことにした。これにより、本事業に採択される方々は、起業前後
において、前述支援策の1)~3)の支援も含めて、各種支援を受けられるこ
ととなった。幸い、本事業への応募数が平成 19 年度の 59 件から 71 件へ増加
(20% 増)した。制度改革への理解が得られたものと考えている。
また、本事業により設立された既存のベンチャー企業に対してこれまで
も展示会出展支援等による交流の場の提供を行ってきたが、平成 20 年度か
らは、本事業を通して設立され、設立から間がないベンチャー企業による
ビジネスマッチングフェアを開催することとした(9月 17 〜 18 日:東京
国際フォーラム)。このフェアの開催により、生まれたてのベンチャー企業
の販路開拓や他企業とのアライアンスなどにつながることを期待している。
今後は、これらの支援策の実をあげることや、前述4)に関する制度改
革を図り、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学
発ベンチャー企業の創出につなげていきたい。
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23
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
大学発特許から見た産学連携(前編)
大学発特許の「出願人」の実態
背景と調査研究アプローチ
大学の知的財産は今、劇的に変化している。1998 年から開始された TLO の設
立や、2003 年の大学知的財産本部整備事業の施行、そして 2004 年の国立大学の
法人化などが大学発特許の在り方に大きなインパクトを与えている。しかしながら
われわれは、大学の研究者がかかわってきた特許出願活動の全容を、必ずしも正確
に把握していなかったのが実情であった。そこで科学技術政策研究所では、筑波大
学、広島大学、東北大学の 3 大学をモデルとして、これらの大学の研究者が「発明
金間 大介
者」としてかかわったすべての特許出願を把握・分析することで、大学の知的貢献
(かなま・だいすけ)
活動の実態を明らかにすることを試みた *1。
文部科学省 科学技術政策研究所
研究員
本稿では 2 回にわたり、このプロジェクトの結果およびそこから得られた知見を
紹介する。第 1 回目の今回は、大学発特許の「出願人」の構造に焦点を当てる。
◆大学発特許の出願は以前から活発に行われていた?!
図表 1 に、今回調査した 3 大学の特許出願状況を示す。これらは、
「出願
*
1:金間大介;奥和田久美.大
学関連特許の総合調査(Ⅱ)国立
大学法人の特許出願に対する知
財関連施策および法人化の影響.
科学技術政策研究所,2008 年
6 月.
人」に各大学名を含む特許だけではなく、
「発明者」に各大学の研究者を含む
特許を全て抽出した結果である。
一見してわかるように、2004 年の法人化前は、大学等に帰属するいわ
ゆる機関帰属特許は非常に少なく *2、しかもその多くは TLO に帰属してい
ることがわかっている。一方、企業(一部、研究者個人)を出願人とする特
許は、法人化前から活発に出願されてきたことがわかる。これらの特許の
帰属関係を表す最も典型的な例は、
「発明者」の欄に大学の研究者および企
業の技術者を記入し、
「出願人」の欄に『○○株式会社』としているパターン
*
2:正確には、法人化前の大学
は、その名の通り法人格を有し
ていなかったため、特許の出願
人にはなり得ない。ただし、一
部の特許において、出願人の欄
に「○○大学長」と記入すること
で、実質的に大学に帰属させて
いた例が見られる。
であった。
ここに、国立大学が法人化する前の産学連携の実態が見てとれる。企業
は、大学の個々の研究室と、共同研究や寄付金を介した緩やかなつながり
を維持することにより、大学に蓄積されている科学的な知見や、新たな技
術開発等における技術的な評価を得ていた。また、企業は、このようなつ
ながりを通して、実験設備等の設備投資に踏み切る前に、大学にある設備
を借用して事前の評価等に活用していた。このような活動の成果が結果的
に、大学教官を「発明者」に、企業を「出願人」にした特許出願に結び付いて
いたと考えられる。
ただし、この形式には、いくつかのデメリットがあった。主な例として
は、大学として成果の把握が困難、古くからつながりのある企業が有利で
他の企業にとっては大学の敷居が高い、利益相反などのポリシーがあいま
い、などが挙げられる。このような状況は、次に解説する国立大学の法人
http://sangakukan.jp/journal/
24
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
化により激変することになる。
120
◆法人化とともに急増する
大学帰属特許
100
80
いることになる。一方、2006 年の公開公
250
報のデータは、基本的に法人化後に出願
2006
2004
2005
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
公開年
ただし、赤い折れ線で示されているよ
600
うに、大学発特許の数そのものが急増し
たわけではない。それまで主に企業に帰
500
属させていた特許が激減し、大学帰属に
400
東北大学
産学連携活動にとって非常に大きなイン
件数
全体
個人または企業に単独で帰属する特許
大学またはTLOに帰属する特許(企業との共願を含む)
300
200
パクトがある。日本には、87 校の国立大
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
大学へ切り替わったことになる。まさに
1996
0
も、年間数千件の特許の帰属が企業から
1995
100
学が存在する。大まかに推計しただけで
産権を所有する時代が到来したといえる。
1998
方針を打ち出した結果が現れている。
1997
0
1996
より、多くの大学で原則機関帰属とする
1995
50
に急増していることがわかる。法人化に
法人化により、大学が法人として知的財
2003
100
であった機関帰属特許が、法人化を契機
切り替わったというのが実態だ。これは
2002
150
広島大学
1994
を戻すと、2004 年までは全体の数%程度
全体
個人または企業に単独で帰属する特許
大学またはTLOに帰属する特許(企業との共願を含む)
1994
この特性を踏まえた上で、再び図表 1 に目
公開年
件数
200
されたものだけを扱っていることになる。
2001
タは、主に法人化前の出願動向を表して
2000
0
1999
加えた 2005 年 9 月までの公開公報のデー
1998
20
1997
化されたことから、これに 1 年 6 カ月を
1996
40
1995
開される。国立大学は 2004 年 4 月に法人
1994
60
1993
筑波大学
1993
が経過した段階で特許公開公報として公
全体
個人または企業に単独で帰属する特許
大学またはTLOに帰属する特許(企業との共願を含む)
1993
特許は通常、出願されてから 1 年 6 カ月
件数
公開年
図表 1 3大学の研究者を発明者に含む特許出願件数の経年変化
◆単独出願?それとも共同出願?
大学発特許には大学や企業あるいは研究者個人が単独で出願するケース
(単願)と、これらが共同で出願するケース(共願)の 2 通りが存在する。
単願と共願では、運用面や活用面で大きな違いが出る。図表 2 に、3 大学
の単願と共願の割合の推移を示す。これを見ると、企業と大学との共願の
割合は、大学によって異なっていることがわかる。東北大学では、過去か
ら継続して共願割合は高いが、一方で筑波大学では基本的に低い状態が続
いている。広島大学は、法人化によりその割合を増加させている。
単願と共願には、それぞれメリットとデメリットが内在している。大学
から見れば、単願とすることで特許のライセンス先を限定することなく、
http://sangakukan.jp/journal/
25
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
0%
(公開年)
筑波大学
広島大学
10%
1993∼2002年
16%
2003∼2005年
16%
2006年
12%
1993∼2002年
13%
2003∼2005年
2006年
1993∼2002年
東北大学
2003∼2005年
2006年
20%
30%
40%
50%
13%
60%
70%
80%
28%
37%
38%
25%
25%
11%
15%
61%
19%
25%
12%
44%
35%
47%
46%
39%
13%
15%
30%
37%
6%
9%
32%
16%
38%
100%
20%
51%
20%
90%
13%
20%
5%
大学関係と民間企業との共同出願
大学関係(大学・TLO・個人)の単独出願
企業の単独出願
その他
(その他:(独)科学技術振興機構(旧科学技術
振興事業団)や(独)NEDO技術開発機構等)
図表 2 全体に占める民間企業との共同出願の割合
最も有効的に活用してもらえるであろう企業に対し、独自の判断でライセ
ンス活動等を行うことができる。ただし、出願や登録、マーケティングの
費用がかさむため、予算に限界がある大学では、おのずとその件数は限ら
れる。また、2007 年 4 月以降に適用された特許関連諸経費の減免処置の変
更により、例えばそれ以前は免除されていた審査請求料を、大学は半額分
負担することとなった。このように、単願とする場合には、予算面からも
高度な知財経営が必要となる。
一方、共願とする場合、共同研究等の成果をそのまま参加企業等を変え
ることなく、同一メンバーで一貫して実用化まで目指すことができる。ま
た、大学側としては、登録等の費用を企業に負担してもらうことも可能な
ので、予算的な負担を軽減しながら、特許出願等の成果を増やすことがで
きる。ただし、特許法第 73 条にあるように、特許権の譲渡やライセンス等
を実施する場合は、共同出願人すべての同意を得る必要がある。従って、
単願の場合に比べ、利権構造が複雑になり、結果的に発明を実施する企業
を限定してしまい、研究成果の最大化を阻害させてしまう可能性も否定で
きない。また、共同出願人となった企業が当該発明を実施する際に、大学
側へロイヤルティを支払う等の不実施補償を行うかどうかが昨今問題と
なっている。
大学は、このような単願と共願のメリット・デメリットを考慮しながら、
知財戦略を進めていかなければならない。
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
「女性研究者」への2つの視点
̶支援モデル育成事業に携わって̶
女性研究者の研究と出産・育児等を「両立」させる仕組みづくりを目指すのが「女性研究
者支援モデル育成事業」。同事業に取り組む大学の1つ、日本女子大に所属する筆者は、
仕組みは徐々に整いつつあるが、大事なのは周囲の理解や本人の意識改革だと見る。そ
して、仕事と家庭の「バランス」と、ロールモデルという2つの視点を提示する。
平成 18 年度から科学技術振興調整費を活用し、女性研究者の研究と出
産・育児等を両立させる「仕組み」の構築に向けた「女性研究者支援モデル
育成事業」が進められている。優れた女性研究者がその能力を最大限発揮
できるようにするのが目的だ。筆者が所属する日本女子大学は初年度に採
小川 賀代
(おがわ・かよ)
日本女子大学 理学部数物科学科
准教授
択された 10 大学の 1 つである。本学はマルチキャリアパス支援――理系の
女性研究者の両立支援にとどまらず、育児のために諦めた研究者がもう1
度チャレンジする支援、他分野で活躍していた人が研究分野にシフトチェ
ンジする支援、研究職以外で理系の知識を活かすための支援――を目指し
ている。積極的に取り組んでいるのは次のようなものである。
・研究補助を行う研究助手の配置および補助を通しての研究助手のキャ
リアアップ
・自宅に居ながらにして実験環境を整えるためのテレビ会議システムの
導入
・出口の確保として e ポートフォリオを活用したジョブマッチングシス
テムの開発・構築
・すそ野を広げるための啓発活動(子供科学教室、サイエンスカフェ)
◆求められる周囲の理解
これらの活動も最終年度を迎え、
「仕組み」は徐々に整いつつある。他大
学もそれぞれに創意工夫をし、RPD(Restart Postdoctoral Fellowship:特別
研究員)など他の施策の実施もあり、女性研究者を取り巻く環境は徐々に
好転しつつあるといえるだろう。だが、これで十分といえるのだろうか。
個人的には納得できない部分が残る。
「『仕組み』をつくる」≠「インフラを整
える」ではないからである。環境・制度が整うとともに、周囲の理解、本
人の意識改革が浸透して初めて女性研究者のすそ野が広がり、その能力を
最大限発揮できるのではないだろうか。
周囲の理解、これまで育ってきた過程における考え方(性別による役割
など)に縛られた本人の考え方が大きな壁となっているように思う。被支
援者が、支援を受けることを心苦しく思ってしまうことも、少なくはない。
本人の考え方に依存しているのなら、仕組みづくりを支援することはない
http://sangakukan.jp/journal/
27
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
のではないかと、短絡に考えないでほしい。
これまでの社会構造において刷り込まれた考え方を、個人の力だけで変
えよというのは無責任である。やはり、今、日本で起きている社会構造の
変化の中でみんなが意識の転換をしていく必要があると思う。そのために
は、どういう取り組みがあればよいのだろうか。
◆多様な「仕事と家庭のバランス」
最近、
「ワークライフバランス(WLB)」という言葉をよく耳にする。仕事
も家庭もバランスよく・・・ということを意味しているが、個々人によっ
てそのバランスは異なる。時間的にワーク:ライフ=5:5である必要は
ないのである。ワークとライフはトレードオフの関係ではなく、精神的な
充実度の視点から見れば相関の関係にあると考えている。
女性研究者は男性とは比べものにならないほど多様な WLB が求められ
る。ライフイベント(結婚、出産、育児、介護など)に応じて、WLB を余儀
なく変化させていく必要があるからである。各自置かれている環境はさま
ざまであるため、
「仕組み」をつくっていく場合、多様な WLB の視点が大切
で、それに応えられるようにしていく必要がある。20 代、30 代はキャリ
アを形成していくために、ワークに重みを置きたいと思うのは当然のこと
であるが、育児により時間的・物理的な制約を受け、WLB を実現できずに
研究者を断念していった人も少なくない。本学をはじめ、各大学での取り
組みは、さまざまな形でこれを支援する仕組みづくりを行ってきているが、
子育ては、2、3年で終わるものではなく、就学以降も続くため、もっと
長い目で見ていく必要があると感じている。
◆手の届きそうなモデルの役割
もう1つ、このプロジェクトを通して女性研究者の数を増やし、両立を
促す重要な鍵となるのはロールモデルの存在であると感じている。
生き方の多様性を目の当たりにすることは、生き方の選択肢が増えると
いうことである。ロールモデルは、スーパーな能力を持った人がさらりと
実現している姿よりも、手の届きそうな人が、地道な努力をし、研究・仕
事と育児を両立してワークライフバランスを実現している姿を見せてくれ
ることの方が、効果的であると実感している。
優秀な人を大事に育てていき、ロールモデルに仕立てるような、トップ
層のレベルアップ的な取り組みでは、女性研究者人口の増加はすぐに頭打
ちとなってしまうだろう。やはり、身近にロールモデルが多数存在するこ
とで、母数を増やしていくことが研究者増加の1番の近道なのではないか
と考える。女性リーダーの数についても問題視されているが、母数が増え
れば自然発生的にも増えていくと期待できる。その方が、意図的につくら
れる女性リーダーではなく、真のリーダーといえるのではないだろうか。
この支援プロジェクトが始まって、採択されたどの機関においても妊娠
する人が増えたとの報告がある。これは、今まで特別な人・特別な環境の
人にしかできないと思っていた両立が、女性研究者支援の開始により身近
http://sangakukan.jp/journal/
28
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
なものとなり、妊娠・出産者が増えたのではないかと考えられる。このよ
うに、身近で支援を受け、両立を頑張っている人を見るだけで、両立の一
歩を踏み出そうと思う人が増えていくのである。これを、多数の機関で継
続的に支援を行うことにより、徐々に両立をする研究者が増え続けていく
のではないだろうか。
■ ■
しかし、軌道に乗るには、もうしばらく時間がかかりそうだと思うのが、
正直な感想である。
「女性研究者支援モデル育成」の実施大学・機関では、
各種の取り組みにより、今、やっと糸口が見えてきたところである。少し
ずつではあるが、意識改革が図られ始めている。本支援を継続していくこ
とで、地道に両立する研究者の数を増やしていき、さまざまなやり方があ
ること、そして、さまざまなキャリアパスがあることを示していくことで、
本人および周囲の意識が変わっていくことと思う。意識の変化とともに、
仕組みづくりも組織内に定着し、制度・環境の成熟、深化を期待する。
そして、男女問わず、研究者が、それぞれの世代に応じた WLB を選択・
実現し、やりがいや充実感を得ながら研究、家庭生活を送れる日がくるこ
とを切に希望する。
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
今求められる産学官連携コーディネーター
人材育成プログラム
国際競争力強化のため、イノベーションを担う産学官連携コーディネーターの育成を進め
ることが急務であると説く。大学にはさまざまなMOT(技術経営)プログラムがあるが、
コーディネーターの育成プログラムはみられない。産学官連携活動の進展に伴い、コーディ
ネーターの役割は、発掘した研究成果と企業ニーズをマッチングさせる単純なものでなく
なり、プロデュース能力が期待されるようになっているという。
◆国際的な人材獲得競争
世界では知識経済化を支える優れた人材の獲得競争が激しく展開してい
る。わが国では、特に卓越した研究者や産業人材の獲得競争において社会
環境面の問題から海外の優れた人材が集まりにくいといった現状があり、
また海外人材の多くを国内にとどめることができていない。さらに、高度
な産業技術人材育成のための国立大学等の高等教育機関の抜本的改革には
至っていないのが現状であり、従来に無い高度な産学官連携人材育成の重
要性は一層高まっている。
国際競争力強化のためには、イノベーションを担う産学官連携人材・経
営人材等の人材育成を進めることが急務であり、今こそ国を挙げた効果的・
効率的な人材育成の取り組みが必要な状況にある。
山本 外茂男
(やまもと・ともお)
北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究調査センター
文部科学省
産学官連携コーディネーター
◆さまざまな産学官連携人材育成プログラム
日本の大学では、実にさまざまな MOT プログラムが実践されているが、
広い意味での産学官連携人材育成プログラムも実に多彩である。文部科学
省産学官連携コーディネーターの活動事例集である「産学官連携コーディ
ネーターの成功・失敗事例に学ぶ-産学官連携の新たな展開へ向けて-」
(平成 18、19、20 年度版)にも多くの事例紹介があるように、各大学で、
研究マネジャー育成、中小企業の経営者育成、知的財産人材育成、ものづ
くり人材育成など目的も多様性を増し、座学からさらにはインターンシッ
プ方式、修士課程の一環として称号の付与など多彩な工夫がされている。
また、産学官連携人材育成といっても、企業・自治体職員・大学学生・大
学職員・大学教員・起業家などさまざまな人材が対象となり得る。また、
育成の目的も違えば育成プログラムの内容も違いがある。
これらの事例から、産学官連携コーディネーターが人材育成プログラム
にさまざまな役割を果たしている様子がうかがえる。自身が企画推進して
いるプログラム、大学の企画に参画しているプログラムなど、かかわりは
一様ではないが、産学官連携コーディネーター自身が人材育成プログラム
に深く関与している姿が垣間見える。しかしながら、産学官連携コーディ
ネーター自身の育成プログラム事例は見られない。
http://sangakukan.jp/journal/
30
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
◆コーディネーター人材育成プログラムの必要性
文部科学省が平成 13 年度に 56 校 56 名のコーディネーター配置でスター
トした「産学官連携支援事業」は、その後平成 16 年度のピーク時には 82 校
110 名のコーディネーター配置を行い、さらに平成 18 年度からは「産学官
連携活動高度化促進事業」となり、その活動は大学等内にとどまらず、地
域貢献や地域振興へと展開するに至った。平成 20 年には「産学官連携戦略
展開事業(コーディネートプログラム)」となり、地域の知の拠点再生担当
や目利き・制度間つなぎ担当などのミッション特化が進んだ。
こうした事業の変遷のなか、コーディネーターとして採用された人材の
キャリアを見てみると、8割が理系学部を卒業し、7 割弱が企業の技術職
からの転身者である(図1)。
しかし、産学官連携活動の進展とともに、コーディネーターを取り巻く外
部環境は大きく変化した。発掘した研究成果を企業のニーズにマッチングす
るような単純な状況ではなく、企業や社会のニーズに従って研究成果を結合
し、フィージビリティスタディ(FS)資金を手当し、育て、錬成していく創
造的なプロセスをデザインする力量が期待され、初期の目利き人材からプロ
デューサー人材などへとコーディネーター人材への期待は高度化している。
顕在化していない企業・社会のニーズを顕在化してゆく想像力・企画力が求
められている。技術・知財の目利き能力だけの人材では相対的に活動範囲が
狭まってしまう。つまり、コーディネーターのミッション内容はすでに多様
化しており、求められている人材像が変化しているのである。
その結果、活動スタート時点でどれだけ素晴らしいキャリアがあるとは
いえ、必然的に自己研さんを求められることになる。法人化後の大学がそ
れぞれの独自性を発揮すべく、産学官連携活動の評価が明確なアウトプッ
トや新規性のある連携、より質の高いものを求められるなかで、コーディ
ネーターは自助努力でスキルアップに取り組んで行くしかない現状がある。
ステージチェンジによるコーディネーター活動の変貌
活動の多様化とミッション・フィールドの拡大
コーディネーターのキャリア
(ステージ1)
大学出身学部
○大学シーズと企業ニーズの把握、発掘
○大学シーズと企業ニーズのマッチング
○大学研究成果の技術移転、事業化に向けたアドバイス
1対1
18%
N=104
学内
理科系
文化系
(ステージ2)
○大学内外における産学官連携体制の構築支援
○モデルとなる産学官連携プロジェクトの企画・助言
○教職員への産学官連携意識の醸成
1対N
82%
国内
コーディネーターの前職
8%
(ステージ3)
○地域、自治体との連携システムの構築支援
○全国的なネットワークを活用して産業界の幅広い
ニーズに対応
○シーズ創造の促進、目利きによるシーズから
事業化へのつなぎ
N対N
グローカルの戦略
国際
1%
N=104
企業技術職
企業営業職
大学教員
士業
26%
65%
文部科学省産学官連携コーディネーターHP 2005年より
図1 ステージチェンジによるコーディネーター活動の変貌
http://sangakukan.jp/journal/
31
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
◆育成すべきコーディネーター人材像とは
今や、産学官連携コーディネーターとは、技術や経営、社会までの幅広
い視点を持ち、企業や大学の内外に関係なく、異分野が持つ知恵や能力を
融合・協調させるマネジメント力を備えた人材である。従って、その人材
育成プログラムは地域・社会・時代の要請(ニーズ)に応え、世界に通用す
る未来人材を育成する実践的なプログラムであることが必要である。
◆求められる実践的人材育成プログラム
実務で役立つ能力を身に付けることや、付加価値・利益を生み出す力を
高めることを目指す人材育成プログラムを設計するためには、実践的教授
法を導入することが必須であり、それがプログラムの教授法を革新するこ
とにつながる。
ただし、実務に役立つ能力が身に付く人材プログラムを設計するために
は、実践的教授法の導入とその科目開発を行うだけでは不足である。これ
に加え、受講生のニーズ、能力、経験の水準に合わせて講義科目や体験・
実習科目などとの相乗作用を視野に入れたり、実践的教授法や講義法、体
験・実習法などとの組み合わせ科目を開発したりといった、さまざまな工
夫が必要になる。
多種多様な課題に応えられるコーディネーター人材を育成するプログラ
ムには、課題発見力、仮説の構築能力とその仮説を実証する能力だけが期
待されているのではない。プロジェクトを遂行する上で必要なコミュニ
ケーション力とリーダーシップ力などを統合した、ターゲットドリブンな
実践的能力を育てることも期待されている。
人材育成プログラムを通じてこうした能力を育成していくには、より現
実に即した題材で学習させたり、疑似体験をさせたりしながら、受講者が
互いに能力を引き出し、高め合える教授法(実践的教授法)を導入すること
が効果的だと考えられる。例えば、PBL(Problem Based Learning)、ビジ
ネスプラン作成演習、コンサルティング・プロジェクト、インターンシッ
プ、ロールプレイング、ケースメソッドなどである。
◆人材育成プログラムは常に進化すべき
コーディネーターに求められる能力は、身に付ける方法が確立され、身
に付ければ確実に役立つスキルが明らかな基礎的なものではなく、むしろ
応用的・総合的なものである。このような人材を育てるには、さまざまな
内容や方法論が実施され、試行錯誤が行われる中で優れたものが生まれて
いく状態が大切である。そのため、産学官連携教育プログラムが何かの教
育ガイドラインに完全に合致していることでは不十分、あるいはむしろ望
ましくないことであり、その教育プログラム独自の取り組みが必ずなされ
ていなければならない。つまり、その時代に即して変化することを義務付
けられていなければならない。
佳境に入ったとも思えるわが国の産学官連携活動が今後も連綿と継続さ
れていくためにも、このタイミングで人材育成プログラムとして残すこと
に大きな意義があるのではないだろうか。
http://sangakukan.jp/journal/
32
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
独創技術を商品化するまでの長い道のり
-新技術協会の調査研究:10 事例が語る開発成功の真実-
飯沼 光夫
社団法人新技術協会は、独創技術の開発・実用化に成功した10 事例を対象にした『産学
官連携によるイノベ−ション創出の成功要因に関する調査研究報告書』をまとめた。10
事例はすべて科学技術振興機構(JST)の技術開発支援制度を利用したもので、技術のア
イデアが売れる商品になるまでに10 〜 20 年近い期間を要している。事例の経緯の調査
から抽出された成功要因は?
(いいぬま・みつお)
千葉商科大学 名誉教授
◆はじめに
本論は、社団法人新技術協会が財団法人新技術振興渡辺記念会の研究助
成を受けて実施した『産学官連携によるイノベーション創出の成功要因に
関する調査研究報告書』
(調査研究委員会委員長・飯沼光夫:2008 年 3 月)
に基づいて、その調査研究成果の概要を述べたものである。
調査研究対象として取り上げた10 事例は、すべて独立行政法人科学技術
振興機構(JST)の技術開発支援制度(独創モデル化事業、委託開発事業、プ
レベンチャー事業など)を活用し産学官が連携して独創技術の開発・実用
化・商品化・事業化に成功した事例である。本調査では、独創技術のアイ
デアを生み出し、それを実用化し、売れる商品にするまでの経緯を詳細に
調査分析し、その中から、成功に至る重要な要因を抽出した。また、企業
にとっての成功とは、新商品が一定の売り上げをあげた実績が得られるこ
ととした。
なお、これらの事例調査は、対象企業の関係者の方々ならびに大学等の
研究者の方々に全面的なご協力と資料のご提供などをいただいて初めて実
現した。
◆ 10 事例の共通的な特徴点
まず、10 事例の共通的な特徴点について述べる。
10 事例は、いずれも独創技術に挑戦し、それを売れる商品にするまでの
ストーリーを時系列的に詳細に追跡し、その間に直面した数々の困難を明
らかにして、それをどのように克服し、成功のゴールに到達したのかを取
りまとめたものである。そして、その開発、商品化の過程で産学官が連携
して適宜 JST などの公的技術開発支援制度を効果的に活用していることで
ある。
しかも、とりわけ困難が多いことが予想される独創技術に挑戦したこれ
らの事例は、すべて中堅企業、中小企業、ベンチャー企業の実施事例なの
である。
これは独創技術開発に対する私見であるが、
「独創技術開発とは、今まで
に全くない新しい価値を創り出し、従来の学会常識や産業常識を意図的に、
計画的に非常識にする技術開発活動である」と思っている。
それ故、独創技術は生み出すのが難しい。生み出しても正当に評価して
http://sangakukan.jp/journal/
33
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
もらうのも難しい。評価されても、適切な開発支援を得るのも難しい。独
創的新商品ができても、なかなか売り上げに結び付かない。これが独創技
術の本質であろう。
そのような性格をもつ独創技術ゆえに、いずれの事例も、独創技術を「新
商品として売り上げをあげる」ところに至るまでには10 年から20 年近い期
間を要している(表1)のも特徴点として挙げておきたい。
企業名
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
システムインスツルメンツ(株)
創業 1972 年、社員 39 名
(株)先端赤外
創業 2004 年、社員 11 名
(株)東京インスツルメンツ
創業 1981 年、社員 45 名
スタンレー電気(株)
創業 1920 年(大正9年)、
社員 12,198 名
宮本工業(株)
創業 1918 年(大正7年)、
社員 125 名
(株)放電精密加工研究所
創業 1961 年、社員 397 名
(株)角弘
創業 1883 年(明治 16 年)、
社員 340 名
(株)エンバイオテック・
ラボラトリーズ
⑧ 創業 1999 年、社員 25 名
⑨
※商品化(売上げ)
までに要した期間
商品名
アトー(株) 創業 1964 年、社員 73 名
表面プラズモン共鳴光導波路
分光装置(S-SPR-6000)
1995 年
⇩<14 年間 >
2008 年
大手分析機器メーカーからスピンアウトして創
業。創業当初から産学官連携で独自測定法の開発
推進。全く新しい測定法なので、商品となるニー
ズとの結合に苦労。
テラヘルツ分光分析装置
1993 年
⇩<15 年間>
2007 年
テラヘルツ分光は理論限界突破の未開拓技術分
野。
日本分光(株)から独立して、ベンチャー企業設
立。JST の支援が企業を支えた。
三次元顕微レーザーラマン
分光装置(Nanofinnder30)
1991 年
⇩<16 年間 >
2006 年
商社から開発型企業への転身。ロシア専門技術
者の積極的活用(1991 年ソ連邦消滅)。
世界に先駆けたサブミクロン以下の分光。
1969 年
⇩<19 年間 >
1987 年
歴史あるタングステン電球の将来性に対する危
機感と米国アポロ宇宙船のLED 実装ニュース。
世界初最高輝度達成。
GM 社との共同開発の成功。
米国自動車技術会(SAE)標準(世界標準)。
2000 年
⇩ < 7年間 >
2006 年
冷鍛造業界の老舗で技術レベルも高い。
弱電用部品など現業の伸び悩みによる将来への
危機感。
ホンダとの共同開発成功。量産受注。
4軸制御直動式高精度大型
デジタルサーボプレス機
(ZEN Former)
1990 年
⇩<18 年間 >
2007 年
放電加工金型業界の草分け的存在。
金型専業体質から、精密機械加工業への転換。
高精度デジタルサーボプレスの先駆者。
加工開発センター開設。
燃料電池用精密部品受注。
プロテオグリカンの量産化技術
(Proteoglycan)
1991 年
⇩<17 年間 >
2007 年
地元青森の社歴 125 年の名門企業。現在は鉄鋼、
建材、土木資材など販売。地元への貢献が社是。
畑違いの分野への新規参入。
弘前大学と地元の全面協力。
プロテオグリカン研究ネットワーク構築。
エビウィルス検査キット
(Shrimple)
1999 年
⇩ < 8年間 >
2006 年
東南アジア(タイ)のエビ養殖業のエビ感染症抗
体の開発(1993 年エビ感染病の世界的流行)。
水上社長創業のベンチャー企業。
日商岩井の参画。新ビジネスモデルの創造。
各種公的支援策のフル活用。
色識別型生体光計測システム
(Cellgraph)
1994 年
⇩<13 年間 >
2006 年
バイオ研究者のための研究支援機器専門メー
カー。高感度化、微弱計測化の時代の流れへの
対応。
ホタルの生物発光と遺伝子工学技術の活用。
社名のアトーは、微小計測単位名称 10 -18 を示す。
1993 年
⇩<15 年間 >
2007 年
全くの未知・新規事業である再生医療ビジネス
の創出を目的としたベンチャー企業。
加藤教授と辻社長の二人で創業したので、ツー
セル(2 つの細胞)の社名となった。
最近4年間で約 100 件の普及・啓蒙活動実績。
医療機器としては薬事法の適用が必要。
高輝度赤色発光ダイオード
(LED)による自動車用
ストップランプ
リサイクル型高強度・耐磨耗性
Al-Si 系鍛造品
(株)ツーセル ⑩
創業 2003 年、社員 15 名
(株)丸菱バイオエンジ
独創技術開発・商品化の背景
再生医療用幹細胞自動培養装置
創業 1954 年、社員 40 名
※ …『商品化(売上げ)までに要した期間』は報告書に基づいて、飯沼が独自に推定したものである。
表1 独創技術商品の開発・商品化成功事例(全 10 例)
≪産学官連携によるイノベーション創出の成功要因に関する調査研究報告書(2008 年3月)≫
http://sangakukan.jp/journal/
34
(飯沼光夫作成)
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
◆事例から得られた商品化・事業化への成功要因
事例の内容がかなり多岐にわたっていることが表1の事例概要一覧表で
わかるが、あえて開発パターンを類型化してみると、以下のようなパター
ンに分類することができよう。
例えば、独創技術の開発には成功したが、商品売り上げに結び付けるこ
とのできる最適の具体的なニーズを発見するのに手間取った事例(システ
ムインスツルメンツ株式会社、株式会社先端赤外)、ステップ・バイ・ス
テップ方式で一段階ずつ困難を解決しながら最終目標に近づいていく事例
(株式会社東京インスツルメンツ、株式会社放電精密加工研究所、アトー株
式会社)、初めから商品化の最終目標を明確に設定して、何が何でも成功す
るまでやり抜く事例(スタンレー電気株式会社、宮本工業株式会社、株式
会社エンバイオテック・ラボラトリーズ)、全く新しい概念の独創技術であ
るために既存の市場にはすぐに適合できず、新しいビジネス・モデルを創
出するところから始めなくてはならない事例(株式会社角弘、株式会社ツー
セル)などのパターンである。
しかし、それらの多様で個性的な事例の中から成功要因を抽出してみる
と、意外にも共通的に浮かび上がってくる要因を発見することができるの
である。それが、次に述べる7 項目である。
・ 各企業に志の高い経営理念が明快な形で存在し、それを開発関係者た
ち全員が共有の価値観としていたこと。
・ 新商品や新規事業の実現のための明確で具体的な経営戦略が示され、
全員が開発ベクトルを一致させることができていたこと。
・ 長年の地道な先駆的研究開発の実績の上に、新商品や新規事業のビジ
ネス・プランが展開され成功に至ったこと。決して、運良く成功した
わけではない。
・ 異なる環境にある産学官の開発関係者たちであるが、お互いに真摯(し
んし)な態度で相互信頼の関係をつくりだして、極めて強い求心力の
ある開発活動を継続できたこと。
・ 強い確固たる信念を持ち、失敗にくじけない挑戦意欲を持った開発リー
ダーが存在していること。そのリーダーが、ある時は、産学官連携の
強い接着剤となり、また、ある時は、潤滑剤の役割を果たしている。
・ JST などの各種の公的技術開発支援制度を良く理解して、技術開発の
展開状況に応じて適宜タイミング良く効果的に活用していること。
・ 新商品の独自性を効果的に発揮するために、知的財産権を活用してい
ること。特に独創技術開発においては、そのオリジナリティーある技
術アイデアを生み出した研究者への尊敬の念が、成功への不可欠要素
となっている。
このような共通的な成功要因を抽出することができたのである。
さらに総括的に言えば、独創を生み出す困難、独創を育てる困難、独創
を売れる商品にする困難と、その困難さは次第に増大していくように思え
る。従って、独創新商品は、開発リーダーが新商品を売るところまで責任
を持って手掛けることが絶対に必要であろう。まさしく、これが成功を勝
ち取る最大の要因と言ってもいいのかもしれない。
http://sangakukan.jp/journal/
35
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
IC無線タグでブランド魚の流通を追跡
株式会社アーゼロンシステムコンサルタントなど4企業1大学は、活魚のトレーサビリ
ティシステム構築の実証実験を行った。狙いは「関サバ」
「関アジ」のようなブランド魚
を全国各地につくること。情報の追跡のツールとしてIC無線タグを使った。実証実験
のレポートである。
平成 15 ~ 17 年、当社は水産業新技術開発事業(水産庁補助事業)、テー
マ「『ブランド・ニッポン』漁獲物生産システムの開発」に応募して、東京水
産大学(当時)の山中英明教授(現、東京海洋大学名誉教授)、凸版印刷株
式会社、株式会社明電舎、中島水産株式会社とコンソーシアム *1 を組織し、
高橋 貞三
(たかはし・ていぞう)
株式会社アーゼロンシステムコン
サルタント 代表取締役
生産者から消費者までの活魚のトレーサビリティシステム *2 構築の実証実
験を行った。情報の追跡・遡及(そきゅう)のツールとしてIC無線タグ
(RFID)を採用した。
事業目的は「関サバ」
「関アジ」のような魚価の高い、有名ブランド魚 *3 を
全国各地に作ることで、漁業の先細りを防止することであった。ブランド
魚の候補は、全国各地の水産試験場に勤務している山中教授の教え子たち
に集まっていただき検討した。初年度は宮崎県の「宮崎カンパチ」*4 と島根
県のケンサキイカ、2 年度は富山県魚津の寒ブリ、3 年度は長崎県のハマ
チ、ヒラマサ、トラフグを対象にした。本稿は筆者がすべて参加した初年
度の宮崎カンパチでの実証実験の報告である。
凸版印刷からは、13.56 メガヘルツのIC無線タグとハンディタイプの
リーダライターの提供とシステムエンジニア 2 名が参加した。明電舎から
は、トレーサビリティシステムの構築にシステムエンジニア 2 名が参加。
生産地から消費者向け販売店(東京高島屋)までの流通は中島水産にお願い
した。
鮮魚流通で大事なことは「鮮度=魚体温度」である。そのため、氷詰めの
発砲スチロール製容器内外に温度センサーを設置、さらに、宮崎カンパチ
の魚体内にも温度センサーを取り付け、宮崎・東京間 48 時間の 30 分ごと
の温度を計測した(図1)。
外気温 22 度~ 24 度、保冷車内温度 10 度~ 12 度、氷詰め発砲スチロー
ル内温度は 0 度~ 2 度であった。途中、築地魚市場で検品のため蓋を開け
た時、一瞬 6 度~ 7 度に上昇したが、発砲スチロール内の温度はいつも 0
度~ 2 度を保っていた。ブランド魚は鮮度を示す熱貫流率(K値)が低く、
*1:1 大学4企業の役割分担は、
全体統括がアーゼロンシステム
コンサルタント、システム構築
と補助事業の契約窓口は明電舎、
IC無線タグ(RFID)の提供は
凸版印刷、流通(生産地魚市場
→築地魚市場→東京高島屋中
島水産鮮魚売り場)は中島水産。
(社)海洋水産システム協会が参
加し、補助金の受け渡しと評価
委員会を開催した。
*2:食品のトレーサビリティ(追
跡可能性)とは「生産、処理・加
工、流通・販売のフードチェー
ンの各段階で、食品とその情報
を追跡し遡及できること」
(農林
水産省.食品トレーサビリティ
システム導入の手引き.平成 15
年 4 月.
)
*3:山中教授はまず、ブランド
魚の定義を①高付加価値化した
魚介類 ②品質>鮮度 ③活き
締め脱血 ④氷結晶を生成して
いない ⑤活魚 ⑥天然物 ⑦
鮮度K値< 20% とした。
*4:宮崎カンパチと他産地のカ
ンパチとの食味比較試験を 43
人の協力者により実行した。宮
崎カンパチを活き締め後 2 日経
過後のK値分析(定量的評価)は
10% 以下であり、うま味、甘み、
肉色、血生臭い、テクスチャー
(破断強度)
、透明感、血栓が見
えるか——の7項目の官能検査
アンケート結果は宮崎カンパチ
(ブランド魚)に軍配が挙がった。
価格も他の産地のカンパチより2~3割高かった。
◆ 30 分ごとの温度変化を計測
この実証実験では2つの新技術が有効であることが実証された。
http://sangakukan.jp/journal/
36
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
1つはIC無線タグ。入出荷日時の 30
分ごとの温度変化履歴を計測・確認でき
宮崎カンパチトレーサビリティ
(温度変化)
・商品名:宮崎カンパチ
た。水産業界初である。その情報の登録・
・出荷者:宮崎県漁業協同組合連合会
照会は、すべて情報公開を想定したイン
・入出荷情報
ターネット上で確認でき、IC無線タグに
よって断片のない、連続データを保持でき
るトレーサビリティシステムの実用化が可
能であることがわかった。
・出荷日:2003/11/19
(生産地)
宮崎県串間漁港
出荷日時
2003/11/19/09:49
<流通温度>
開始日時:11/19 06:30
(販売店)
日本橋高島屋
入荷日時
2003/11/21/08:21
終了日時:11/21 08:30
40
2つ目の新技術は山中教授の教え子で宮
35
30
25
崎県水産試験場の寺山誠人氏が中心になっ
気温
20
15
て開発した「活け締め脱血装置」であった。
この装置はカツオ、カンパチ、ハマチ用に
(消費地市場)
築地卸売市場
入荷日時
2003/11/20/21:51
10
5
0
庫内
温度
-5
-10
開発され、つり上げたカンパチの魚体を固
図1 宮崎カンパチトレーサビリティ(温度変化)
定し、頭からドリルを刺し込み、3秒間で
即殺・脱血するという画期的なもの。この
装置を船に積み込んでからは、鮮度と生産
性を上げることができるようになったとの
ことである。もちろん特許は出願済みとの
ことであった。
活魚トレーサビリティシステム フロー図
場 生産地/串間
所 宮崎カンパチ
業
務
活締脱血
梱包
済するひとつの手段である。外洋に出て魚
を獲る水産業から内海で養殖する水産業に
産業の産学連携をもっと進める必要性を感
じた。
つまり、養殖魚の付加価値を高める研究
が必要だ。これによって養殖魚のブランド
消費地市場
築地市場
配送
販売店
高島屋
荷受
配送
仕分・保管
バックヤード
携帯リ−ドライト
作
業
温度センサー
実装
設定
消費者
履
販 購 歴
参
売 入 照
荷受
携帯リ−ドライト
IC無線タグ
脱皮しつつあるが、
「養殖魚の地位が低い
=魚価が安い」の構図から脱却するには水
輸送
携帯リ−ドライト
本プロジェクトの意味は、漁獲量の落ち
込み、魚価低迷に苦しむ日本の水産業を救
輸送
検索・公開
IC無線タグ
(時間・場所・業務)
継承
バーコード
回収・記録
温度計(30分毎検温)設定
(サーバー) 商品識別コード・測定データ(日時・場所・業務)
図2 活魚トレーサビリティシステム
なお、IC無線タグ(RFID)に書き込んだデータは次の通り
①事前書き込みデータ;生産地・生産者/出荷者+品名+出荷年月日+その他
②流通通過時書き込みデータ;計量魚体重量+入出荷日時+通過場所
化も可能となり、天然魚に負けないブランド魚が出てくると思う。最近、
近畿大学が和歌山県の串本町で行っているマグロの卵孵化・養殖が衆目を
集めている。
また、浜価格が安く、流通経費が高い仕組みも何とかする必要性を感じ
た。
本プロジェクトで完成した「活魚・鮮魚のトレーサビリティシステム」は
明電舎から販売されている。
http://sangakukan.jp/journal/
37
●参考資料
・社 団 法 人 海 洋 シ ス テ ム 協 会.
(水産庁補助事業)平成 15 年
度水産業新技術開発事業 「ブ
ランド・ニッポン」漁獲物生産
システムの開発報告書.平成
16 年 3 月.
・山中英明.ブランド魚とトレー
サビリティ.東京海洋大学.
産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
2008 年 第 1 回 名古屋大学起業家セミナー
大学発ベンチャーを中心とした産学官連携
名古屋大学は7月 14 日、東山キャンパスで起業家セミナーを開催した。
国際展開する研究開発型企業、本多電子株式会社(愛知県豊橋市)の本多洋
介社長(写真1)が基調講演。名古屋大学発ベンチャー企業であるプロテウ
スサイエンス株式会社(名古屋市千種区)の澤田誠取締役が研究開発型経営
2008 年 第 1 回 名古屋大学起業家セミナー
開催日:2008 年 7 月14日
(月)
会 場:名古屋大学 VBL
主 催:名古屋大学 産学官連
携推進本部
の成功の秘訣(ひけつ)について講演を行った。155 名が参加した(写真2)。
本多電子株式会社は、1956 年に世界で初めてトランジスタ・ポータブ
ル魚群探知機を開発した企業。1970 年代に米国に進出しバスフィッシン
グなどレージャーボートに広く使われ、一時は同国でシェアナンバーワン
となったが、急激に円高が進み不振に。その後、トランジスタ・ポータブ
ル魚群探知機で培った超音波用の圧電セラミックス技術を核にさまざまな
分野で産学の共同研究を実施し、世界最先端の超音波技術を世の中に提供
し続けている。現在、音波による化学反応を研究するソノケミカルの分野
や新医療への応用、さらに環境分野への応用などでも各大学や研究機関と
写真1 本多電子株式会社
本多洋介 代表取締役社長
共同研究を行っている。
本多氏は「産と学の人のつながりがイノベーションを生み、
研究開発を促進した」
「20 年前に始めた研究が今やっと実用化で
きた」などの体験談を語った。
共同研究は、1980 年に豊橋科学技術大学の榊米一郎学長(当
時)の紹介で、超音波顕微鏡の権威である東北大学工学部の中
鉢憲賢先生と始めたものが最初。研究は東北大学の西條芳文先
生に引き継がれ、医療分野の細胞の観察に利用した。光学顕微
写真2 セミナーの様子
鏡でできない観察を可能にしたが、細胞の画像化には丸二日かかった。こ
の研究成果を学会で発表したところ、豊橋科学技術大学の穂積直裕先生
(現、愛知工業大学)からこの対策に関する提案をいただいた。研究を重ね
た結果、現在では数秒で観察できる。20 年を超える超音波顕微鏡の研究
は両校の再度の出会いによって、2002 年組織音速顕微鏡として完成した。
「周辺技術の向上を他人任せにしないためには、人との出会い、異分野の
方との出会いが非常に重要」という。
プロテウスサイエンス株式会社は、創業者である澤田誠氏(名古屋大学
環境医学研究所 教授)が開発した株化ミクログリアを中心とした脳標的化
技術により、薬剤の開発や改良、ドラッグ・デリバリー・システム *1 の研
究を行っている。講演では、資金不足により死の谷に陥った経験や、IPO
を目指した事業戦略を聞くことができた。
参加者から「産学官連携のポイント等を多面的に聞くことができた」
「開
*1:ドラッグ・デリバリー・シ
ステム(Drug Delivery System,
DDS)とは、体内の薬物分布を
量的・空間的・時間的に制御し、
コントロールする薬物伝達シス
テムのこと
発型企業の進め方の一例を学んだ」などの感想が寄せられた。
(上井 大輔:名古屋大学 産学官連携推進本部 起業推進部)
http://sangakukan.jp/journal/
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産学官連携ジャーナル Vol.4 No.9 2008
★平成 22 年度以降、厚生労働省の科学研究費の申請は、申請者の所属の研究・教
利益相反マネジメン
ト体制の難しさ
育機関に利益相反のマネジメント体制がないとできなくなる。一部の研究機関は数
年前からこれを構築しつつあるが、ライフサイエンス系の専門分野を持つかなりの
割合の大学や研究機関は、慌てて今その準備を始めている。この分野の専門家と言
える人は日本ではほとんどおらず、人命を扱う臨床研究の利益相反の問題となると
話が複雑化してくる。とは言っても、申請できないとなると、研究活動の死活問
題となるところもあろう。大規模の研究機関は、事務的な支援体制も潤沢であろ
うが、そうでないところは、その負荷にあえいでいるという感は否めない。もちろ
ん、“備えあれば憂いなし” ではあるのだが…。
(編集委員・伊藤 正実)
★北京オリンピックが幕を閉じた。北島康介選手ら多くのアスリートたちが私た
ちに元気を与えてくれた。想像を絶する努力のあとの栄光がドラマを生み世界中
を感動させた。順位を競うスポーツと異なり、先端技術を実用化しようとする研
究の成果は簡単には数値で表せない。それでも、ゆっくりではあるが着実に進展
している例が私の周りにもある。産学連携で開発している難病に効く薬、日本人
の得意な精密機器と医療とのコラボレーション ・・・。人知れず、黙々と課題に向
かう研究者たちは、患者さんの生活の質向上に寄与することが自らの喜びであり、
それによって達成感を得る。華々しくはないが、実を結ぶこと、達成感の喜びを
たくさん味わって、産学連携をプロデュースする人材が多く輩出されることが望
まれる。
(編集委員・前田 裕子)
達成感を得る喜びで
より多くの人材を
★ 8 月 17 日から 18 日にかけて当編集部に、原丈人氏の記事「コンピュータの次
「夢」実現のための
初めの1段
の世代の基幹産業は何か?」(2005 年 11 月号)を読んで「わが意を得た」といっ
た感想が多数寄せられた。17 日朝、原氏がテレビ出演し、興味をもった視聴者が
ネットで情報を探した結果らしい。その著書『21 世紀の国富論』は、同日のネッ
ト通販大手の総合ランキングで1位だった。私も番組の終わりの 10 分ほどを見た
が、アフリカへの食糧援助に関して「スピルリナ」という藻類のプロジェクトを
喜々として語っていた。ベンチャーキャピタル会社経営だけでなく、多くの顔を
持つ原氏。挑戦し続ける「夢」が多くの人を引きつけたのだろう。同番組での言
葉。「何かを思い立ち、それが実現するまでには多くの階段がある。まず、初めの
1段に踏み出すことだ。」 (編集長・登坂 和洋)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2008年9月号
2008年9月15日発行
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携事業本部 産学連携推進部
人材連携課
編集責任者:
藤井 堅
東京農工大学大学院
c
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JST人材連携課 要、登坂
〒102-8666
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FAX :(03)5214-8399
技術経営研究科
非常勤講師
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