てしかがえこまち 推進協議会の挑戦 田口 誠

特集
観 光 戦 略 の 実 践 と 地 域 活 性 化
観光戦略の実践と
地域活性化
てしかがえこまち
推進協議会の挑戦
田口 誠
北海道弟子屈町観光商工課 課長補佐 兼 観光係長
は
じめに
て し かが
北海道弟子屈町は北海道の東部にあり、世界最大級
の規模を誇る屈斜路カルデラと、その東側の摩周カルデ
したことから、弟子屈町はいわゆる通過型の観光地で
あることがわかります。
2観光産業の衰退
ラの山ろくに広がる、高燥地帯の中にあります。火山活動
弟子屈町の観光産業の指標となる「宿泊数」につい
によって生じる原始的自然景観、温泉などに恵まれた風光
てですが、弟子屈全体の宿泊客数のピークは、平成3
明媚な土地柄はまさに阿寒国立公園の名に恥じない地
年の73万4,000人であり、その後は減少を続け、平成20
域です。山林が約70%を占めるため、同国立公園の特徴
年には35万6,000人とピーク時の約48.5%にまで減少して
である、森と湖と火山の絶妙な景観を醸し出しています。
います。
また、総面積は774.7平方キロメートルで、同国立公
これは刻々と変化する旅行形態の変化に弟子屈町
園の約55%の5万ヘクタールが弟子屈町内にあり、温
が対応できなかったことがこうした状況を招いた原因と考
泉はもとより世界一とも言われる透明度(41.6m)を記録
えられます。
した摩周湖、そして、屈斜路湖の二つの湖と硫黄山など
の大自然のすばらしい観光資源を抱えています。
国政調査による平成17年の総人口は約8,600人であ
り、昭和40年以降減少を続けています。
1
本町の観光の概要について
本町の宿泊施設は温泉ホテル、
旅館、
民宿、
ペンショ
ンなど約70軒、収容人数は約6,000人です。
12
弟 子 屈 町
CASE STUDY ②
さらには、高度経済成長の時代に全国の温泉地域で
は、団体旅行などの場として、自らは何の経営努力をしな
くてもたくさんのお客さんがどんどん来ていました。
もちろん
弟子屈町も同様ですが、趣のあった温泉旅館は現代風
の大型ホテルへと変貌を遂げ、宿泊施設自体がお土
産品店、飲食店、カラオケ、ゲームセンターなどを囲い
込み、それが地域の商店街を疲弊させる原因となりなが
らも、一方では発展してきました。
平成20年度の調査では、摩周湖、川湯温泉などに
営業といえば発地の旅行エージェントに送客をお願い
訪れる観光客は年間約86万人で、人口約8,500人の
するのが常であり、地域を省みることもしてきませんでした。
P
町に延べ100倍以上の観光客が訪れる観光に特化し
R不足ではなく魅力不足であることに気づく由もありません。
た町です。
しかし、観光客は夏季に集中しており、さら
黙っていても物が売れ、黙っていてもお客さんが来て
に、近年は日帰り客、宿泊客ともに減少しています。こう
いた時代。
こうした状況を長く体験していると、また、黙っ
vol.91
特集
てしかがえこまち推進協議会の挑戦
ていれば・・・、もう少し我慢すれば・・・同じようなお
客様や団体客がこぞってやってくるのではないかなどと
思ってしまうのです。我々、行政も同様でした。
こうした意識も当町の観光産業を衰退させた原因のひ
とつです。
3 観光カリスマとの出会い
そんななか、北海道運輸局から観光カリスマの山田
桂一郎さんの講演会を開いてみないかとのアプローチが
ありました。
忘れもしない平成19年4月22日、釧路公立大学・国
土交通省北海道運輸局・弟子屈町が主催した山田
てしかがえこまち推進協議会設立総会
4 地域協議会設立へのみちのり
その後、行政、商工会、旅館組合・観光協会らと山
桂一郎さんの「自然と共生した観光・リゾート地域とは」
田さんは幾度となく懇談を行いました。
その都度、山田さ
と題した講演会。
んから現在の日本における人口減少による地域経済の
山田さんは今まで私たちが見たこともない様々なデータ
縮小の状況や、全国で観光を重視する動きが活発化し
を提示しながら、的を得たお話を展開、参加した方々は
てきていると説明し、国際的、国内的背景、観光のマー
食い入るように聞き入っていました。
ケティングなど多岐にわたるレクチャーを受けるとともに、
山田さんは『弟子屈は明らかにマーケットニーズに対
する対応に遅れている。摩周湖などの名所・旧跡のように、
今後の町のあるべき姿、地域再生への取り組みについ
て議論し、意見交換を続けました。
「物見遊山」があれば人が来るのではないかと、勘違い
また、地域が一体となった取組をするためには、既存
している。本当に来るのでしょうか? こういうものにしがみつ
の組織ではできないことが多く、新しい枠組み、仕組みの
いていると、明らかにお客様は激減します。時間消費の仕
組織化が不可欠であるとのことから、既存の組織の現状
組みを作らなければ、見せるだけでは時間を消費してくれ
や課題についても懇談を続け、新たな地域協議会の設
ない。今の1泊2日のお客さんが2泊してくれれば、
この地
立が決定。
また、協議会を設立しても、実際に経済活動
域全体の経済効果は劇的に上がる。
しかし、使わせる時
を行う組織ではないため、取り組み全体のアウトプット先と
間がなければ絶対に2泊はしない。では、そのためには、2
しても、新しい会社を設立し、町の観光を総合産業化し
泊すると中1日の24時間はこの地域で消費させなければ
ていく
ことで確認しました。
意味が無い。ただ、摩周湖を見るだけではなく、エリア内
こうして、山田さんとの出会いから約10ヶ月後の2月23
で色々なことができる仕組みが必要である。大手旅行会社
日、ようやく
「てしかがえこまち推進協議会」ができあがっ
が自分達ではできない取り組みを、地域で作ってくださいと
たのです。
いう時がやってきたのです。
しっかりと地域作りを進めることに
よって、選ばれる地域をつく
り、着地型ツアーを作るなどして、
地域にお金が回る仕組みをつく
らなければ』
と説きました。
この話を聞いた私たちはもちろん、観光事業者の方々
も、何とか山田さんにお手伝いをいただき一緒に地域の
5 てしかがえこまち推進協議会とは
この協議会は「誰もが自慢し、誰もが誇れる町」を目指
し、観光を基軸とした地域再生を目指す協議会としてス
タートをきりました。
再生に取り組みたいという声が高まり、商工会長・旅館
これからの観光はまず地域の魅力づく
り、そして、来て
組合長・観光協会長など地域の経済団体のトップが集
いただいたお客様に地域全体でおもてなしを提供し、満
まり協議しました。
足させて帰っていただくためには、
「住んで良し、訪れて
これが、現在に続く取り組みのきっかけです。
以下、
「てしかがえこまち推進協議会」設立への道のり
と、同協議会の取り組みについて報告いたします。
良し」の町をみんなでつくっていかなければいけません。
こうした町をつくるために、自らが責任を持って決断し、
そして、実行するという新しい仕組み、新しい枠組みの組
vol.91
13
特集 観光戦略の実践と
地域活性化
イザーの山田さんからそれぞれの活動に対してアドバイ
スを受けるといったもの。
1年間が終わってみると、この随時開催の専門部会が
平成20年度の1年間に約130回開かれました。
3日に1回
はいずれかの専門部会が開かれているという状況です。
事務局である我々観光商工課の担当職員はほぼ全て
地域密着型旅行業者の㈱ツーリズムてしかが
の部会の日程調整はもちろん、同席し議論に加わりました。
こうして実施した事業が次のとおりです。
織となっています。
今までの観光に関する組織は、直接観光に関する事
①「てしかが観光&まち元気フォーラム」②「まちぐるみで・
業を営んでいる方々や関連事業者だけで構成されてい
おもてなし」セミナー③観光カリスマ塾④エコツアーガイド
ましたが、この協議会は家庭の主婦や子供たち一般住
養成講習会⑤外国語パンフレット作成⑥TOSSオホー
民も参加したものとなっています。
ツク観光立国教育セミナー⑦てしかがジュニア自然ガイ
観光のまちづく
りを進める上では、さまざまな地域資源を
ド⑧弟子屈町公式ポータルサイトの構築⑨屈斜路湖
観光素材として再発見して、商品化して観光客に提供し
遊魚プロジェクト⑩てしかがいいとこマップ作成⑪2泊3
なければなりませんが、こうした動きには直接的な観光関
日の「エコ湯治プラン」造成・商品化⑫エコポイント事
連事業者だけではなく、地域のあらゆる業種が連携しな
業実施⑬観光地における環境の取組を考える公開ディ
ければなりませんし、
さらに、地域の文化や歴史の紹介など、
スカッション⑭地域のお年寄りなどから聞き取り調査⑮
地域住民全員が一体となって連携していかなければ、こ
100%地元食材を使った地産地消メニューの開発 など。
れからのお客様の動向の変化には対応できないからです。
中でも特に「てしかがジュニア自然ガイド」の取り組み
これまで、弟子屈町をひとつの地域としてとらえ、地域
は、子ども達に「地域への愛着・誇り」を醸成し、町民
が一体となった取り組みで「地域力」を発揮させる仕組
性を育み、地域社会というステージで、たくさんの体験活
みがなかったため、今後は同協議会が主体となり、観光
動を通し、実感・体感することであり、そのためには自分
というキーワードの下、行政頼みにならずに、あく
までも
「自
達の町の普遍的な良さを再確認するとともに、
「自分の住
らが動かなければ何もすすまない」という強い思いを持っ
んでいる『弟子屈町』の良さを伝えたい」、
「町のために
て地域の活性化や交流人口増加を図ることとしました。
活動したい」という社会参加あるいは社会貢献の意識
協議会としては、①エコツーリズム推進部会②人財
を持つことも大切であると考え取り組まれました。
育成部会③環境・温泉部会④女性部会⑤情報部会
実際に摩周湖での定点ガイドを実施することで、
自然体
⑥食文化部会の6つの専門部会が主体となり、さまざま
験活動やお客様とのふれあいを通して、主観・客観の両
な取組を模索していくこととなりました。
方の視点から地域の自然の素晴らしさを学び、ふるさとの
構成員はこれまで準備を進めてきた方々や、弟子屈
町をはじめとする多様な団体
(町教育委員会、
観光協会、
自然を守る人財の育成の足がかりとなったと思っています。
また、子ども達が自らの町のすばらしさを知り、地元に残
商工会、振興公社、JA、自治会連合会、郷土研究会)
りたいという気持ちを強く持てる環境づく
りとしても非常に
の長や実務担当者。
そして、主体となる町民の方々にも
有効であると考えています。実際、参加した4名の子供
積極的な参加を呼びかけていくこととしました。
たちは、地元を見直すとともに地元に住み続けたいという
6
1年目の取り組み
会の進め方としては、年1回の協議会(総会)
、役員
14
【平成20年度実施事業】
意識が強くなってきています。
こうした子供たちが増えていく
と、当町の未来は劇的に
変わっていくのではないかと期待しています。
会、専門部会長会議、随時開かれる各専門部会を中
また、特筆すべきところは、環境・温泉部会で、新しい旅
心とし、月1回程度開催の合同専門部会で、各専門部
行プランを提案しようとした際、何回ともなく打ち合わせや議
会の活動に関する情報の共有を進めるとともに、アドバ
論を展開しましたが、細部を詰めれば詰めるほど、部会や
vol.91
特集
てしかがえこまち推進協議会の挑戦
協議会の活動には限界があることに気づき、立ち行かなく
なったことです。
このことが後に新しい地域密着型の旅行業
者「㈱ツーリズムてしかが」設立の契機となるのです。
集まって打ち合わせをするたびに、プランはできるが、
りするところはできないのです。
こうして、この協議会が観光を機軸とした町づく
りを進
める上で、その仕組みとのひとつとして設立したのが「㈱
ツーリズムてしかが」なのです。
一番大事なPRや販売は誰がやるのか? という疑問が
この会社は旅行業が主体ではありますが、観光振興
噴出。
そのたびに協議会設立時に話していた「新しい法
はもちろん、環境保全や地域振興を進めることによって、
人をつくる」ことの大切さを振り返ったのです。
持続的な循環型社会を確立するために、人材の育成
やはり会社を作ろうと実現に向かってスタートしたのは、
年の瀬も押し迫った12月26日。協議会の主だったメン
バーが集まり、新法人設立に向けて準備が始まりました。
や環境調査なども手がけていくこととしています。
8 今後の課題と展望について
その後も幾度となく繰り返される打ち合わせ。有志を
新しい協議会組織ができ、それなりに活動が進み、ア
募っての会社づく
りなどは皆初めての経験のため、まさに
ウトプットができる旅行業者(法人)
も設立され、
さまざまな
3歩進んで2歩下がるといったような状況でした。
しかし
ところでクローズアップされてきました。
ながら、4月の設立を目標としているためスピード感が求
められました。法人の形態もLLC、LLP、株式会社、公
益社団法人、一般社団法人があり、いずれにするのが
最適かでまたまた一進一退が続きました。
結局、
アドバイザーの山田さんなどの意見も伺いながら、
しかしながら、
まだまだ、観光を機軸としたまちづく
りはス
タート地点です。
「誰もが自慢し、誰もが誇れる町」を目指し、一人ひとり
が一体何ができるのかを考え、自らできることから取り組ん
でいかなければなりません。
株式会社を設立するとして、町民への説明会も開催しま
もちろん、
まちづく
りですから皆さん楽しんで取り組まなけ
した。
ここでも批判意見が出るなど、正直、準備会の皆さ
れば継続した息の永い取り組みにもできません。楽しそう
んもあきらめかけたこともしばしばだったと思っています。
に取り組んでいるからこそ、新しい仲間も集まってきます。
ま
しかし、今のままではどうにもならない、我々が取り組ま
なければ誰も助けてはくれないという強い思いで、こうして、
晴れててしかがえこまち推進協議会の理念を具現化す
ちづく
りだから、観光振興だからといって無理やり集めて
も本物にはなり得ません。
また、町民の皆さんにもさまざまな媒体や機会を見つけて、
るための新法人の「㈱ツーリズムてしかが」が4月1日
協議会の活動などについて、積極的にお知らせするとともに
に設立を迎えました。
一緒に歩んでいく方策を皆で探っていきたいと考えています。
7 てしかがえこまち推進協議会と
(株)ツーリズムてしかが
観光のまちづくりでは地域の資源とお客様をどうやっ
て結びつけるかがひとつのポイントです。
終 わりに
観光を機軸としたまちづく
りを進めるには、行政主導の
住民参加ではなく、住民主導の行政参加が理想の形
であり、こうしたまちづく
りを町ぐるみで進めることで、
「住ん
そして、
その資源などをPRしたり、資源を使った旅行プ
で良し、訪れて良し」の町をつく
り、循環型で持続性の
ランをお客様へ販売したりする仕組みがあって、初めて
ある町を目指していかなければならないと考えています。
そ
できあがります。
のためには、着地型旅行などを通じて、さまざまな方々が
ところが、お客様に来ていただいたりすると地域資源と
業種を問わず連携し、
訪れたお客様の滞在時間を増や
いうのは痛みます、たくさん来れば来るほど負荷がかかり
し、消費を促すとともに、その収益を如何にスピード感を
痛んでしまうのです。ですからこの痛んだ資源を守るため
持って地域内で回すことができるかを、そして、その販売
に、プランなどを販売して得たお金の一部から拠出する
窓口となる地域密着型の旅行業者である㈱ツーリズムて
仕組みが必要となります。
しかがを如何に地域で支えて、盛り上げていくかということ
また、この協議会は任意団体であり、収益を求めてい
る団体ではないため、実際に旅行プランなどを販売した
も、今後の重要な課題であると考え、町ぐるみで取り組ん
でいきたいと考えています。
vol.91
15