幼児を対象とする文理解テス トの開発に関する研究 - 横浜国立大学

幼児を対象とする文理解テストの開発に関する研究
林部英雄*・小野
On
the
development
Hideo
博**
of sentence
comprehension
for the
preschoolers
HAYASHIBE
and
1.は
Hiroshi
test
ONO
じめに
筆者らは1986年から,小学生レベルを対象とする日本語力の標準化された検査を作成
すべく,作業を続けてきた(小野他,
1987;1989)。その検査は,語棄,助詞,漢字,文
型,指示語,前提,含意の6項目からなり,
1989年に一応の完成をみた。その後,各方
面からこの検査を利用したいとする声があったが,中でも障害児教育の現場の教員からの
要望が大変に強かった。そこで筆者らもー・部参加して障害児に対する適用が試みられた。
その結果明らかになったことは,全般に小・中学校レベルで軽度の障害児に対しては充分
に検査の適用が可能であるが,中度から重度の子供に対しては中学校レベル以上でも検査
の内容が難しすぎて適用が不可能だということである。しかもこれらの子供たちへの適用
の希望が一番強いのである。
そこで普通児の幼稚園レベルでの検査の標準化を目的とした作業が開始されたわけであ
る(小野・林部,
1990)。その時問題となるのは,検査の項目を易しくすることは勿論で
あるが,幼稚園期の子供を対象として調査をするわけであるから,文字が読めないことを
前提にしなければならないということである。
ところで日本語に関する能力を決定している要因は最低3種であることが現在までに明
らかになっている(林部他,
1989)。したがって本来ならば,検査を簡略化する場合でも,
語嚢に関する知識,文法的な規則の知識,いわゆる語用論的な知識の3種の要因全てにつ
いて検査に含めなければならないはずである。しかし,語用論的な知識に関する検査は文
字刺激を用いずに集団での検査の実施を考える限りかなり困難である。そこでとりあえず
語嚢の検査と文法的な知識を必要とする文型の検査の2種のみを開発することとした。
本研究はそのうち文型の検査を取り上げて,調査の結果や採点方法等に考察を加えるこ
とを目的としている。また検査の開発に際しては,他の類似の検査との重複を避ける意味
からも,
a)できる限り簡略で集団でも実施できる検査とすること,
b)ある程度の期間
をおいて再検査を実施することを念頭において,文型は同一だが名詞,動詞の組合せを変
*
*特殊教育教室
*大学入試センター試験研究部
林部英雄・小野
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えた別版を作成すること,
博
c)語嚢検査との関連が明らかにできるようなものとすること,
という方針で臨むことにした。
2.方
2-1.被
検
法
者
神奈川県内の幼稚園および保育園に在籍する幼児で,担任によって障害がないと判断さ
れているもの。
3歳児
98名
(男子53名
女子45名)
4歳児
107名
(男子56名
女子51名)
5歳児
103名
(男子49名
女子54名)
2-2.調査項目
2個の名詞と1個の他動詞及び補助動詞からなる文10種類。即ち,名詞をNまたはn,
動詞をⅤとして次の10種類の文である。
1
)能動態普通語順
(NがNをⅤした)
2
)能動態転換語順
(NをNがⅤした)
3)受
動
4)倭
悲
(NがNにnをⅤられた)
痩
(NがNにnをⅤさせた)
5)あ
げ
る
(NがNのnをⅤしてあげた)
6)も
ら
う
(NがNにnをⅤしてもらった)
7)く
れ
る
(NがNのnをⅤしてくれた)
8)使役+受動
(NがNにnをⅤさせられた)
9)使役+あげる
(NがNにnをⅤさせてあげた)
10)使役+もらう
(NがNにnをⅤさせてもらった)
このうちNとしては,ネコ,イヌ,タヌキ,ゾウ,ウサギ,
キツネの6語,
あたま,せなか,かたの3語,
ぶつ,かく,たたくの5語が
Ⅴとしては,おす,なでる,
nとしては,
用いられた。また,機械的な組合せではこの他に「使役+くれる+という型の文が可能で
あるが,これは少々不自然に感じられ,成人を対象とした予備検査においても他の文型に
対してははとんど100%の正反応率であったのに「使役+くれる+のみが90%以下の正反
応率しかなかったので,検査項目からはずすことにした。
図1に示すように,これらの項目に対する正解の絵と逆の動作を現す絵の2枚が刺激に
用いられた。また,文そのものも印刷されているので,文字の読める子供は読んでも構わ
ないことになる。このような項目.をA4の用紙1頁に3項目ずつ,
4頁に印刷した。
1頁
目には氏名,性別,誕生日等を記入する欄と,教示,動物の名前の確認用として6種の動
「イヌが走っている+絵と,
「ネコが走っている+絵があ
物の絵,練習として選択させる,
り,その後に第1項目が印刷されている。項目の順序は上記のタイプの順序通りである。
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(1)
キツネを
イヌが
おした
a
1.
q
a
2.
a
 ̄ヽ
-「モ
下
dJ
図1調査項目として用いられた刺激例
2-3.手
続
き
検査は10-20名程度の集団で実施した。各集団を検査者1人と補助者2
-
3名が担当
する。検査者は一般的な教示の後,最後に刺激中に現れる動物の名前を確認し,その後,
1題の練習を行い,引き続いて各項目を実施する。練習の際に2枚の絵のうちどちらか一
方に丸をつけることを徹底させる。実施に当たっては刺激文をゆっくりと2回ずっ読み上
げる。全員が反応した頃を見計らって次の項目に移る。反応時間の制限はしなかったが,
年少児でもはぼ15分以内で終了している。
果
3.結
あらかじめ出現が予想される反応として,正反対の他に語順のみに統制された反応があ
る。これは"名詞一名詞一動詞”という系列があったとき,附加されている助詞等に関係
なく,最初の名詞を行為の主体,
である(Hayashibe,
2番目の名詞を行為の対象と理解すると考えられる反応
1975)。図2に各年齢における全検査項目に対する平均正反応率と平
均語順反応率を示す。図2からは,正反応率が順調に伸び,語順反応率が4歳を境に減少
に転ずるかのごとき様相が見えるが,その差はわずかであり,これだけでは結論を引き出
せない。
○/。
70
0---0
正反応
a-I--一口語塀反応
60
50
3
図2
4
5
平均正反応率と平均語順反応率の年齢による推移
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博
次に,各検査項目ごとの平均正反応率の年齢による推移を見てみよう(図3)。項目の
亀
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
100
50
亀
100
50
!
100
50
亀
100
(10)
50
図3
各調査項目に対する正反応率の年齢による推移
(9)
幼児を対象とする文理解テストの開発に関する研究
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番号は2-2.調査項目の項で示した番号である。この図を見ると,項目ごとにかなり様
相が異なっていることが解る。
(1), (3), (5), (6), (7), (8)は年齢が上がると正反応率も増
加する右上がりのグラフとなっているが,その他は逆に右下がりとなっている。また右上
がりのグラフの中では,
(1)が1番高く,次いで(5),
5歳児の正反応率で比較すると,
が90%前後であり,以後(3),
(7)
(6), (8)の順となっていることが解る。文タイプから見て
ち, (1), (5), (7)は普通語順であり,
語順で,習得の順序として,
(3),
(6)は"行為の対象一行為者一行為”という転換
(1)が1番早く,次に(5),
(7)の能動的授受構文,そして(3),
(8)については,
(6)の受動的構造の文という順序を仮定してもよいであろう。
文の正反応率の推移と併せて考えると,
(4)の使役
5歳頓に理解が始まるが,まだ定着には少し時間
がかかるというところであろうか。その他(2)の転換語順の文や(9),
(10)の授受,受動と
使役の組合せ等が完全に理解されるのはさらに先になろう。
4.評価基準の作成
上記の結果からみて,本検査では全被検者の正反応率によって標準化を行い,ある個人
が何歳何カ月レベルであるという評価をするよりも,文理解の発達段階をいくつかに分け,
個々の子供がどの段階であるかという評価のしかたの方が適していると考えられる。また,
特に障害児の言語教育・訓練に応用しようという場合,子供が何歳何カ月レベルであると
いうことの他に,むしろ子供がどのような反応をする段階にあるかを知ることが重要であ
ることが多いのではないだろうか。そこでここでは本検査で評価できる発達段階を4期に
分けて考えることにした。各段階の定義をする前に得点化の方法を説明しておこう。
語順反応とは文中で最初に現れる名詞が行為者で,後から現れる名詞が行為の対象であ
るとする反応である。全項目に対する反応のうちこの規則に適合する反応の数をordとする。
P反応とは,
-した,
-られた,
-してくれた(以上普通語順),
てもらった(以上転換語順)に対して正確に反応するものである。即ち,受動的な要素ま
-してあげた,
-し
で理解ができるが,助詞によって転換語順を理解したり,
に反応できない。この反応数をpstと表すが,
-させる(使役)などには正確
3.結果で述べたような順序で習得が進む
ものと仮定できるので次のように反応数を算出するのが適当であろうと考えられる。
(1)が誤反応ならば0,正反応ならば1。
(1)が正反応で,かつ(5)もしくは(7)のいずれか一方が正反応なら2,両者が正反応
なら3。
(1), (5), (7)の全てが正反応で,かつ(3)もしくは(6)のいずれか一方が正反応なら4,
両者が正反応なら5。
即ち, (5)以降の正反応は(1)の正反応を前提とし,
(3)以降の正反応は(1),
(5), (7)の
正反応を前提とするということである。
この他に全項目に対する正反応数をcorで表す。
このように各個人の反応が,
ord,
pst,
corという3個のパラメタで表されることにな
る。そこで各発達段階をこれらのパラメタを用いて定義しよう。ただし無作為な反応をし
た場合, pstが4以上となる確率は約6%以下,
5以上となるのは約3%以下で,
2項分
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布の部分和からord,
corが9以上となる確率はほぼ1%以下である。
図3を見ると,
第1段階(無作為期)
3歳児でははとんどの項目に対する正反応率が
40-60%の間にある。確率水準は50%であるから,このレベルでは文タイプに統制されな
い無作為な反応をしている子供が多いことを示しているものと考えられる。この段階に属
する基準は次の通りである。
(pst≦1)
(ord<9)
and
第2段階(語順期)
and
(cor<9)
先行研究(Hayashibe,
1975)からも語順のみに統制された反
応をする子供がいることは予想できる。そこで次の基準に従うものをこの段階に属するも
のとする。
((1<pst≦3)
(cor<9))
and
第3段階(受動期)
(ord≧9)
or
3.結果で述べた通り,能動文,普通語順の授受文,さらに
-られる,
-してもらうという受動的な要素を含む文は理解できるがそれ以外は習得されて
いないという段階が存在するものと考えられる。この段階に属する基準は次の通りである。
(3<pst)
(ord<9)
and
第4段階(正反応期)
and
(cor<9)
全項目に正反応できる段階を次のように定義する。
(cor≧9)
このような基準で被検者を分類し各年齢の各段階のものの比率を示したのが図4である。
○/。
0--・・+⊃正反応期
一oo
A--「△
受動期
∇+・-∇
語順期
【ユーーーー亡l無作為期
D、
50
/
/A
/
ヽ
/
ヽ
ヽ、.
/
、、、、、、
/L{
中 ̄ ̄ ̄--/.苛・-、ー∇
/
、
/
、ー
、_
 ̄、・..
A/
、-、ヽ
0
3
図4
4
5
各年齢における各発達段階に属するものの割合
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幼児を対象とする文理解テストの開発に関する研究
この図を見ると,発達的な傾向がはっきりと現れており,このような基準を用いて子供
の発達段階を推定することが妥当であることが示唆されるoまた一つの目安として,無作
為期は概ね3歳以下の段階で,語順期はほぼ4歳程度,受動期は五歳以上という対応がつ
けられることも解る。
5.結
び
以上のように本検査は一応の完成を見たわけであるが,ここでとりあげた刺激の他に同
一の文型で言語の組合せを変えた版を2組作成したo全部で3組の検査が存在することに
なる。これらを用いれば最初に検査をしてから暫時おいて変化を捉えることができるであ
ろう。
また,評価の基準については上記のものが絶対というわけではないo例えば,
co一,
100人
閥値を9ではなく8にしても二項分布の部分和は約5%であるoこのようにした時,
に対して検査を行5'と,
ordの
5人程度は無作為な反応をしても誤って語順期や正反応期に分類
されてしまう危険があるが,逆に過渡的な時期にある子供が正確に分類される可能性が高
くなる。そのような意味で上記の基準は少し厳しくなっているといえるであろうoこのよ
ぅな点も含めて,今後実際に障害児に適用していく中で,検査の見直しをする可能性もあ
ることを付記しておく。
最後に本検査を使用してみようという方は下記に連絡をいただければ幸いであるo
〒240横浜市保土ヶ谷区常盤台156
横浜国立大学教育学部
林部英雄
献
6.文
Hayashibe,
word
H・
1975
order
Applied
and
particles
:
A
developmental
ln
日本語力の多次元的評価の試み
博
日本教育心理学会第30同大会発表論文集
海外帰国子女などの日本語力評価システムの開発に関する研究
小野
博・繁桝算男・林部英雄・岡崎
博・林部英雄
勝・林部英雄・根本まり子・
特殊教育研究施設報告
3-16.
日本語力検査の開発
小野
and
1987
嶋田美保・世木秀明・茂呂雄二
36,
DescriptlVe
1989
昭・野沢紀子・堀内順治・藤木
博・出口利定・堀田
(東学大)
Japanese・
(ICU)・ 8, 1-18・
Linguistics
林部英雄・繁桝算男・市川雅教・牧野泰美・小野
小野
study
勉・市川雅教・木下ひさし・牧野泰美
1989
昭和61-63年度科学研究費報告書
1990
幼稚園児を対象とする日本語力調査の試み
特殊教育研究施設報告(東学大)
39,
1-5・