厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業) 分担研究報告書 分担課題 習慣流産に対する免疫療法ならびに抗凝固療法症例の臨床的検討 研究分担者 田中忠夫(東京慈恵会医科大学・産婦人科・教授) 研究協力者 川口里恵,梅原永能,土橋麻美子,高橋絵理,齋藤幸代, 和田誠司(東京慈恵会医科大学・産婦人科・助教) 杉浦健太郎,大浦訓章(東京慈恵会医科大学・産婦人科・講師) 研究要旨 流産原因としての自己免疫異常、とくに抗リン脂質抗体陽性症例と同種免疫異常 症例に対する治療成績を、臨床的背景因子と併せて検討した。 抗リン脂質抗体陽性症例に対する抗凝固療法は、約90%の症例で妊娠維持に成功 したが、抗リン脂質抗体の種類、抗体価、あるいはアイソタイプなどにより抗凝固 療法の方法を検討する必要がある。同種免疫異常に対する夫リンパ球用いた免疫療 法は、約70%の成功率であった。同種免疫異常と診断する検査方法・基準を検討す る必要がある。 A 研究目的 1) 妊娠初期の流産を繰り返す不育症(反復 抗DNA抗体、抗核抗体、抗cardiolipin 抗体IgG・IgM(aCL−lgG・IgM)、 抗cardiolipin一β2GP1抗体(β2GP1)、 あるいは習慣流産)の原因は多岐に渡って いるが、特に免疫学的因子が関与する病態 は未だ完全には解明されておらず、実際の 臨床に際して、その管理指針が定まってい 抗phosphatidylserine抗体lgG・lgM (aPS−lgG・lgM)、抗phosphatidyl− ethanolamine抗体IgG・IgM (aPE−lgG・ ないのが現状である。 IgM) 、 lupus ant i coagulant (LA) 、 そこで本研究では、流産原因とされてい protein−C活性および抗原量、protein−S 活性および抗原量、血液凝固第XII因子。 る自己免疫異常とも関連する血栓性素因、 ならびに同種免疫の応答異常の存在を明ら かにし、また、それらを検出する適切な検 2) 抗体、夫婦間混合リンパ球反応(MLR)、 Th1/Th2細胞比率。 査法ならびに有効な治療法の確立を目指 す。 B.研究方法 妊娠12週までの妊娠初期の自然流座を2 回以上繰り返したために、精査・加療を目 的として慈恵医大病院・不育症外来を受診 した症例を対象とし、同意を得たうえで、 以下に示す検査・治療を施行した。 L不育症原因スクリーニングのための検査 項目 染色体検査・内分泌学的検査・子宮形態の 検査などの一般的検査に加え、以下(1)に 示す自己抗体を含む抗リン脂質抗体ならび に血液凝固因子の検査を行い、それらのすべ てに異常を認めない症例に対しては(2)に 示す同種免疫関連の検査を行った。 natural killer(NK)細胞活性、抗HLA 2. 治療方法の選択基準 一般的検査では異常を認めない症例につ いて、前述(1)の自己抗体、ならびに抗リ ン脂質抗体の検査結果により、原則的に以 下の基準にしたがって治療した。すなわち、 (A)β2GP1を除いた一つの項目ゐみ陽性を 示す症例で、かつLA弱陽性、aCHgMある いはaPS−lgMのみ陽性の症例に対しては、 アスピリンを単独投与した。(B)LA強陽性、 β2GP1陽性、aCL−lgG陽性、aPS−lgG陽性、 aPE−lgGあるいはIgM陽性、あるいは二つ以 上の項目が陽性の症例に対しては、アスピ リン+柴苓湯+ヘパリンの併用を行った。 なお、アスピリン(100mg/目)は妊娠前か ら服用し、妊娠32週まで投与した。柴苓湯 (9g/日)は妊娠前から服用し、妊娠成立後 に中止した。ヘパリン(5,000単位x2回/日) は胎嚢確認後から妊娠37週まで投与した。 79 また、一般的検査ならびに前述(1)の検 査で異常を認めない症例については、前述 (2〉の同種免疫関連の検査結果により、原 則としてMLR低値、抗HLA抗体陰性、NK細 胞活性高値、あるいはTh1/Th2比率克進の どれかに該当する症例に対して夫(パート 各々35.6±4.4歳、3.03±1.21回であった。 ナー)リンパ球を用いた免疫療法を行った。 った。 これらの間に統計学的に有意差は認めなか 食水1mlに調整し、妊娠前に2週間毎に3 2) 抗リン脂質抗体の出現頻度 156例についての抗リン脂質抗体の出現 回、妊娠成立後にさらに追加免疫として妊 頻度は、LA:34.0%、β2GP1:0.7%、aCHgG: 娠12週まで2週間毎に上腕皮内に接種し 19.9%、 aCL−IgM:53.6%、 aPS−IgG:12.4%、 た。 aPS−IgM:53.7%、aPE−IgG:22.0%、aPE−IgM: 3.症例の内訳と臨床的背景因子 1)2004年1月から2007年12月までの問に 20.6%であった。それらの出現頻度は、原発 性と続発性流産との問に差はなかった。 受診した症例を対象に、抗凝固療法と免疫 療法の治療成績を検討した。抗凝固療法の 適応症例は320例、免疫療法の適応症例は 3)治療成績 156例のうち103例(66.0%)に妊娠が成 立した。そのうち91例(88.4%)は妊娠維 71例であった。 持に成功し、12例(1L6%)はまた流産した。 2)2001年11月から2005年7月までの間に 流産症例の絨毛染色体検査の結果、10例は 正常核型であったが2例に異常を認めた。 したがって以後の治療成績の解析からはそ リンパ球は放射線処理後、1−5x107個/生 抗凝固療法を行った156症例を対象として, その治療成績と特に抗リン脂質抗体を中心 とした検査結果ならびに臨床的背景因子と の関連について検討した、 (倫理面への配慮) 施行に際しては事前に当院倫理委員会の 承認を得た。 C.研究結果 1.抗凝固療法と免疫療法の治療成績(2004 年1月から2007年12月までの症例) これら症例では、治療成績と検査結果あ るいは臨床的背景因子との関連性について 現在解析中であり、ここでは、治療成績につ いてのみ示す。 抗凝固療法を行った320例のうち、229例 (71.6%)に妊娠が成立した。アスピリン単 独群では73例に妊娠が成立し、そのうち53 例(72.6%)の妊娠が維持された。ヘパリン 併用群では156例に妊娠が成立し、そのうち 132例(84.6%)の妊娠維持に成功した。全体 としてみると、妊娠が成立した229例中185 例(80.8%)の妊娠維持に成功した.リンパ 球治療を行った71例のうち、43例(60.6%) に妊娠が成立し、そのうち28例(65.1%)の 妊娠維持に成功した。 2.抗凝固療法の治療成績と検査結果・臨床 的背景因子との関連 1) 臨床的背景因子 2001年11月から2005年7,月までの間に 抗凝固療法を行った156例の臨床的背景因子 は、全体としてみると年齢は33.9±4.9歳 80 (平均±標準偏差、以後同様)、流産回数は 2.86±0.96回であった。156例のうち原発性 流産は116例で、年齢は33.3±4.9歳、流産 回数は2.80±O.89回、続発性流産は40例で れらを除き101例を対象とした。 (1) 臨床的背景因子との関連性 妊娠維持に成功した91例の年齢は34.0 ±4.3歳、流産回数は2.76±0.95回、流産 した10例のそれは各々34.0±3.4歳、流産 回数は3.10±O.88回で、両者の問に差は 認めなかった。 (2) 抗リン脂質抗体の種類との関連性 最も妊娠維持率が低かったのはaPS−IgM 陽性例の88.1%であり、その他の抗リン脂 質抗体陽性例はすべて90%以上を示した。 しかし、陽性抗リン脂質抗体の種類と妊娠 維持率との間に差はなかった。また、陽性 抗体数別に妊娠維持率をみると、一種類の みの症例では30例中86.7%、複数種類の陽 性例では71例中91.5%であり、両者の間に 差はなかった。さらに抗体のアイソタイプ 別の妊娠維持率をみると、IgMのみの陽性 例では45例中88.9%、IgGのみ、あるいは IgGおよびlgM陽性例では56例中91.1%で あり、これも両者の問に差はなかった。 抗凝固療法の種類と妊娠維持率との関 連をみると、抗リン脂質抗体のlgG陽性例 あるいは複数種類の陽性例では、アスピリ ン単独治療で各々78.6%と85.0%、アスピリ ン+ヘパリン併用療法では各々95.2%と 94.1%であり、後者の妊娠維持率が高い傾 向であったが、それらの間に有意差は認め なかった。 D 考察 近年、自己免疫異常と関連する抗リン脂 質抗体の存在、あるいは血液凝固因子の異 2. 1) 学会発表 Kamide T.,Kawaguchi R.,Tanaka T.,et al.:The s ignificance of ant i− 常などによる血栓性素因が流産原因として 注目され、それらに対する抗凝固療法の有 効性が報告されてきた。しかし、抗リン脂 質抗体の種類、力価、あるいはアイソタイ プの種類などと抗凝固療法の種類、あるい は治療成績との関連は未だ十分に検討され phosphol ipi(i ant ibodi es (aPLs) on ておらず不明な点が少なくない。 Seggau Cast l e,Austri a. obstetr i cal compl i cat ions :Analyses f:rom the inci(ience of aPLs an(i the Placental pathology. 14th Internat ional Federation of Placenta Associations Meeting. September 10−13,2008. 今回報告した症例に限っては、陽性抗リ ン脂質抗体の数あるいはアイソタイプによ りアスピリン療法とアスピリン+ヘパリン 併用療法を使い分けたが、いずれも高い妊 娠維持率を得た。したがって、抗リン脂質 抗体のIgM単独陽性例ではアスピリン療法 だけでも有効であり、ヘパリン併用療法は 不必要かもしれない。今後、さらに臨床的 背景因子との関連も加えて解析する予定で 2)D・bashiM。,KawaguchiR.,TanakaT.,et ある。 Seggau Cast l e,Austria. また、母児間の同種免疫応答異常に起因 する流産の存在も知られているが、それを 3)UmeharaN.,KawaguchiR.,TanakaT.,et 検出する適切な検査、そして行われている 夫リンパ球などを用いた免疫療法の有効性 の評価は定まっていない。現在,71症例の 解析中である。 al.:Serum l eve l s of ant iphosphol ipi d ant ibod i es are patho l ogi ca l ly induced after the immuni zat i on wi th paternal lymphocytes in pat i ents of recurrent spontaneous abortion l Incidence and therapeut ic outcome.14th Internat ional Federation of Placenta Associations Meeting. September 10−13,2008. al.:Possible mechanisms of IUGR caused by ant iphosphol ipi d ant ibodies : Analyses from our IUGRmodel mouse. !4th International Federation of Placenta Associations Meeting. September10−13, 2008.Seggau Cast le,Austria. E 結論 4)川口里恵,田中忠夫他:Prolactinはプラ 今回は中間報告として、現在までに蒐集 イミング作用によりIFN一γによる単球 IDOの発現を増強し妊娠維持に関与す る.第60回日本産科婦人科学会.2008 した習慣流産例の治療成績を中心にまとめ た。抗リン脂質抗体陽性例では抗凝固療法 により高い妊娠維持率が得られ、同種免疫 異常と思われる症例に対する夫リンパ球免 疫治療は約65%の妊娠維持率であった。 抗凝固療法あるいは免疫療法のより厳密 な適応基準を決めることにより、一層の効 果を得ることができると思われる。 F.健康危険情報 特になし G.研究発表 L 論文発表 年4,月12目一15目.横浜. 5)土橋麻美子,川口里恵,田中忠夫他:夫 リンパ球免疫療法は抗リン脂質抗体の 産生を誘導する.第60回目本産科婦人 科学会.2008年4月12目一15目.横浜. 6)上出泰山,川口里恵,田中忠夫他: 産科合併症における抗リン脂質抗体お よび凝固因子異常の関与.第60回日本 産科婦人科学会.2008年4,月12目一15目. 横浜. 7)川口里恵:着床から妊娠維持におけるプ of peripheral monocytes with prolactin ロラクチンの役割一IDOの発現増強を介 して.第53回日本生殖医学会学術講演 会.(シンポジウム)2008年10月23日 sens i t i zes IFN gamma−medi ated 一24目.神戸. 堕」,Shimokawa T.,Umehara N., Nunomura S., Tanaka T., Ra C. :Priming indolamine 2,3 dioxygenase express ion wi thout affect ing IFN−gamma s ignal ing. J.Reprod.lnmuno1.77(2):117−125,2008. 81
© Copyright 2024 ExpyDoc