ブラックボックス - タテ書き小説ネット

ブラックボックス
底抜鍋
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タテ書き小説ネット[X指定] Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
ブラックボックス
︻Nコード︼
N7847BW
︻作者名︼
底抜鍋
︻あらすじ︼
陸上自衛隊、女性機甲科隊員一等陸士、早水鶇。12月15日、
監禁誘拐の実行犯により殺害される。しかし早水一士の遺体は未だ
回収されておらず行方はわかっていない。それと報告書には無いが
現場の防犯カメラに映った"ある男"が、この件に関与している可
能性がある。これまでの一連の怪人事件との繋がりも考えられるが
今の所何もわかっていない。君たちは引き続き捜査を実行してくれ。
1
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2
Fall
of
box
﹁お帰りなさいませ、ご主人さま!﹂
メイドの格好をした若い女性達が息を合わせて”ご主人さま”を迎
える。何を隠そう、いやなんの隠し様もなくここはメイドカフェで
ある。
メイド達が可愛らしい声で振る舞うその先には、茶色のトレンチコ
ートに身を包んだ若い男が立っている。
男は慣れた素振りでメイド達に手を降りカウンターに並ぶ席へ向か
った。”カフェ”というのは名ばかりで実はガールズバーのメイド
版みたいな所なのがここ札幌のメイドカフェの特性らしい。
席につくなり彼の前に来た一人のメイドが水とおしぼりを用意する。
﹁今日は外凄く寒いですね﹂なんてたわいもない気温の話をしなが
らふと横の客を見た彼は、眉間に少しシワをよせた。
﹁久しぶりデスねキャプテン﹂
隣の客はそう言って敬礼する。外国人であるその客はガタイが良い
白人で、首筋から少しタトゥーが見えていた。
二人はしばらく互いを凝視したままでトレンチコートの男に至って
は顔を引きつらせて睨んでいる。と、そこに今さっき水とおしぼり
をくれたメイドが二人を交互に見て微笑した。
﹁ご主人様方はもしや知り合いですか?もしかもしかすると部活の
キャプテンとそのメンバーさんだったりしますか?私スポーツとか
する男の人大好きなんですよ!﹂
3
二人ともメイドの方を見てポカンとしていたが、トレンチコートの
男は話を合わせるように誤魔化し笑いをして、外国人もまた誤魔化
すように笑った。
笑談はしばらく続いたが、メイドもまた複数いる客の接待に忙しい
ようで他の客の所へ行ってしまった。
するとそれを見計らったかのように外国人客の方が真剣な眼差しで
話し始める。
﹁キャプテン...あなたはいったい何をするつもりなんデスカ?
ボクたちはもうアレとは関わりを切ったハズ、でしょう...﹂
トレンチコートの男は手前に置かれたカシスオレンジを飲み干した
後、足と腕を組んで顔をしかめた。
﹁面倒ごとがちょっと増えたんだよ...﹂
﹁面倒ゴト?まさかまたアレを強奪されたトカですか?﹂
﹁まぁ...大体そんな感じだ。けど今、アレは俺んとこにも無い
し奪われてもいないというかなんというか...﹂
険しい表情を深める二人にタイミングを見計らうように一人のメイ
ドが話しに割り込んだ。
﹁あの...そろそろお時間なんですが﹂
すると二人は息を合わせるようにメイドの方を向く。
﹁﹁延長で﹂﹂
4
1.fall
of
box
イスラエル発新千歳空港行ボーイング777、24便貨物室内ーー
キャリーバックやボードケース、楽器その他諸々。様々な貨物が丁
寧に並べられた一般客用の積載スペースの横に色っ気の無い段ボー
ルが積み上げられた業務用と思わしき区画がある。
その一角にたむろする男達は皆黒いスーツにガスマスクという異様
な姿をしており、一人は全体に指示を出しているようだ。
男達の手には分解された武器の部品がにぎられている。
瞬く間に武器の結合を完了させた彼らは貨物室に数人を残し幾つか
の班に分かれ散解した。
機体最上階の客室に一発目の催涙弾が放たれたのはその直後だった。
突如として現れたガスマスクにスーツの男達は中央通路を突っ切る
ように手投弾を投げる。すると悲鳴と共に煙が辺りを覆い尽くした。
ガスマスクの男達は催涙弾が落ちた場所えと向かい、催涙弾の落ち
ている真横の席に銃を向けてその引き金を引いた。
甲高い発砲音が鳴り響き、勢いよく飛び出した薬莢が機内の側板を
叩く。
少しの沈黙の後、さらなるパニックを引き起こした機内はまさに地
clear﹂
獄絵巻である。
﹁E583
発砲したガスマスク男の一人がインカムで目標の殺害を報告をする。
応答する無線を聞き取った彼は撃ち抜いた乗客から四角いボックス
5
ケースを回収し、そのまま銃口を他の客席に向けた。背中に背負っ
たバッグからドラム型の弾倉を取り出し、それを銃に取り付けよう
とする中、突然場違いな声が彼の動作を一瞬停止させる。
﹁怪我した時のおまじない知ってるかい?﹂
ふざけたような裏声で話かけたのは、わずか数十秒前にこめかみを
撃ち抜いたはずの男だった。
その直後、男は下からすくい上げるように拳を振り上げ、ガスマス
クの男を数メートル先まで殴り飛ばした。
﹁いたいのいたいの飛んでけってんだよ畜生が!!﹂
そのままガスマスク男の落とした銃を拾い、こめかみを撃たれた男
は煙舞う通路を駆け抜ける。
煙が一瞬晴れるともう一人のガスマスク男が現れ、こちらに銃口を
向けた。すると煙を切り裂くように真横から降り抜かれる銃床がガ
スマスク男の頭を客席の方へ突き飛ばし、奥の客席へと落下した。
すぐさま四角いボックスケースを回収した彼は急いで階段を駆け下
り、機体の最低部に向かう。
機体最低部貨物室、そこは空調機の音が一定に流れ狂気に包まれて
いた客室とはまるで別な世界のような空間である。
その片隅で立ち止まった彼の背後には仁王立ちする二人の影があっ
た。
﹁お前がボックスの主だな﹂
そう言って二人の影は風を切る音と共に彼の背後に迫る。
二人が突き立てた全長1.5メートルはある2本の大剣は底床板に
6
突き刺さり、内一方の男に彼の肘がめり込んだ。
もう一方の男はすぐに体制を変え大剣を真横に構え、斬りかかる。
直後、重金属同士がぶつかり合うような鈍い音と痺れるような振動
が機体全体を充満し、そして辺りは静まり返った。
大剣は諸手受により完全に裁かれ彼の手刀は大剣男の胴体を貫通し
ていたのだ。大剣男の手から大剣が滑り落ち、同時にその体も崩れ
落ちた。
﹁あぁ...そうだよ、だからなんだってんだ﹂
息を切らし脂汗まみれになりながらそう呟いた彼は、機体の側面に
ある貨物搬入用ハッチに手をかけた。
﹁おい待てっ!!﹂
突然声がしたのは上部へ登る階段の方だった。階段の手すりにしが
みつき拳銃を持った男がこの世の終わりかというような顔で彼を見
つめていたのだ。
﹁私だ!バート少佐だ!上は全て我々が制圧済みだぞ!!もうお前
に脅威はない!!さぁ戻ってくるんだ!!いや、戻ってくれ!!!﹂
このバート少佐と名乗る男の話など聞く素振りも見せず、彼はもく
もくとハッチを開いていく。
気圧が一気に下がり、室内に暴風が吹き荒れる中彼はハッチの側面
に掴まり四角いボックスケースを抱えて外に身を乗り出した。
﹁待て!ここは4万フィート上空だぞ!!クロスカースキーィィィ
ィッ!!﹂
7
﹁死にはしませんよ...多分﹂
そう言い残し、貨物搬入口の底板を蹴り上げた彼は空の中に消えて
いった。
3時間前、4万フィート直下ーー
ある少女は危機的状況にあった。
陸上自衛官である彼女はその日、外出許可をもらい駐屯地近郊の町
に繰り出して買い物を楽しもうと思っていた。しかし運の尽きかは
たまた神のいたずらか、友人からの一通のメールによってすべてを
殺される﹄
狂わされる事になったのだ。
﹃たすけて
最初は彼女もイタズラか何かだと思い、︵笑︶なんてのを付けた文
章を返信していたのだが、同じ文章のメールがもう2~3回来てか
らは流石に焦り始めたようだ。
﹁どうしよう...警察﹂
髪をかき乱して泡を食う彼女。しかし次に来たメールを見た途端に
携帯を握りしめて何かを決意したように最寄りの鉄道駅の方へと走
り出した。
そのメールには現在地の住所が記されており、彼女はインターネッ
8
トを使い詳しい場所を調べながらそこへ向かう事にしたのだ。
三つ離れた駅を降り、住所検索で調べた住所へ向かうと意外にもあ
っさりと発見してしまった。
そこは高級な住宅街やマンション群が並ぶ通りで、危機迫る状況と
は程遠い雰囲気である。
震える足を一歩一歩進めながら彼女は携帯で110番通報をする。
﹁も、もしもし!あの...大変なんです友達が殺されそうなんで
す!!﹂
﹁わかりました。とりあえず落ち着いて住所と状況を説明してくだ
さい﹂
﹁住所はえっと...状況ですか?﹂
慌てながら周りをキョロキョロと見回す彼女。
泣きそうになりウロウロとする中、彼女は背後に迫る不審な影を完
全に見落としていた。
︵ドゴッ︶
鈍い打音が鳴った直後、彼女は膝から崩れ落ちた。
目が覚めるとまず目に入ったのはコンクリートの壁だった。頭の中
でグルグルと何かが回っていて三半規管がうまく機能せず、立つ事
が出来ない。
ぼやけた視界が徐々に戻っていく中、彼女の目の前には最悪の状況
が広がっていた。
9
﹁みさ...あぁどうすれば...﹂
友人は手術台に縛り付けられ、その向いには執刀医の様な格好をし
た小太男がこの世のものとは思えない程に気持ちの悪いニヤケ顔を
している。
すると動揺する彼女の呟く声に気がついたのか、小太り男は彼女の
方へと向かってゆっくりと歩き始めた。
﹁キミ、つぐみちゃんって言うんだって?みさっちから聞いたよぉ
∼!かわいいね!アイドルみたい!﹂
小太り男は息を荒げながら彼女の体をなぞるように触る。
力が入らない腕に精一杯の力を込めてその手を跳ね除けた彼女は、
携帯を取ろうとポケットを探した。
﹁黒川曹長...当直に連絡しなきゃ...あれ、携帯...﹂
︵カシャッ︶
携帯の撮影音。見上げるとそこには自分の携帯があった。
男は彼女の姿を彼女自身のカメラで撮影していたのだ。
もはや彼女の頭は恐怖と絶望でほとんど思考停止状態である。
そんな彼女を小太り男は両手で抱え、彼女の友人の真横に設置して
ある手術台へと運んで行った。
﹁みさちゃんのサラサラのロングヘアもかわいいけど、つぐみちゃ
んのショートヘアすごく好きだよぉ∼!綺麗な脚だね...すごく
エッチだよ...でもね﹂
10
そう言って小太り男は友人の方に覆いかぶさり、耳元に顔を近付け
た。
﹁君からいただきまーす﹂
つぐみは薄れる意識の中絶叫する友人を見ていた。その瞬間、彼女
の中で何かリミッターのような物が完全に外れた。
突然移動棚の上に置かれた医療用のメスを取り、飛び起きた彼女は
メスを握りしめて銃剣刺突の体勢を取る。同時にメスを男のわき腹
を照準し、体軸線上を真っ直ぐと突き抜けた。腰の回転により勢い
を増したメスは小太り男の体に突き刺ささる瞬間にさらに力を込め
そのままめり込んだ。
ところが、メスが刺さった部位はわき腹ではなく腕であった。
最後の力を振り絞り切ったためにつぐみはよろめきその場に座り込
む。
﹁う、うあ”あ”あ”あ”あ”﹂
小太り男は突然奇声を上げ、つぐみに襲いかかる。身動きの取れな
い彼女に対し小太り男は怒りの力に任せて首を絞めにかかった。
自衛官にふさわしくない程にか細く美麗な首は男の手で完全に覆わ
れ、逃れる事は間違いなく不可能である。
泣き叫びながらもがく彼女は抵抗も虚しくついに泡を吹いて意識を
失った。
その後も小太り男は首絞めをやめず、顔を真っ赤にして手に力を込
め続ける。
﹁おい...もうやめろよ...やべぇって!!くそっ!!やめろ
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デブ!!﹂
そういって仕切りの向こう側から慌てて出て来たのはハンディカム
を持った若い男だった。
首を絞めていた小太り男は彼の怒声に気がついたらしく、ふと我に
かえってその凄惨な状態をようやく理解したようだ。
助けを乞う眼差しで彼の方を見る。
若い男は頭を抱えてしゃがみ込み、また立ち上がったかと思うとハ
ンディカムを床に叩きつけて逃げるように部屋から出て行ってしま
った。
﹁まってよ...小島くん!!小島くん!!!あああああああ!!
!﹂
つぐみの死体と気絶した友人を車に乗せた小太り男はそのまま車を
出し、山林へと向かった。
山中のさらに奥を抜けて誰にも見つからないような場所に車をとめ、
そこで二人を引きずり下ろした。
そして何を血迷ったか、小太り男は二人を車のヘッドライトの手前
に並べ、自らズボンを脱ぎ始めた。さらに車から下ろした斧を両手
で持って振りかざし、つぐみの首へと振り落とした。
広がる血だまりと共に転がる彼女の頭部。その光景を目の当たりに
して更に興奮した小太り男は下半身を露出したまま彼女の身体に抱
きついた。
その直後の事だった。
12
上方からの落下音。
凄まじい音と同時に隣の大木が倒れ、男の目の前に崩れ落ちた。
状況を把握出来ず恐怖した小太り男は慌てて車に乗り込み、すぐに
車を発進させ山を下っていった。
死体、気絶者、全て動かない空間の中で異変が起こったのは小太り
男が出て行って数分後のことだった。
大木を破壊し地面に突き刺さったその物体は、側面から白色の煙を
突然吐き出し始め、カタカタと震え出したのだ。
煙はどんどん濃くなりやがて線のようになり、横たわる二人の元へ
と伸びていく。
さらに細くなった煙が切断されたつぐみの首の断面から中へと入っ
ていく。
﹁おいおいなんだよこれ...﹂
全身泥まみれの男がそう呟く。
無残な斬首遺体とその傍に横たわる少女。
男は首の無い少女の遺体を一通り観察し終えると、隣の少女に近づ
き首筋に指を当てた。
﹁お、生きてる﹂
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そう言って男はまた斬首遺体の方に歩み寄り、胸部の上まで脱がさ
れかけた服を掴み遺体を持ち上げた。
切断面からは血が滴り落ち、腕は重力のままにだらんと垂れ下がる。
すると男は何を血迷ったのか右手で拳を作り遺体の腹部を何度も殴
り始めた。
殴りはじめてからしばらく経ったその時、異変は起こった。
体が徐々に痙攣し始め、体全体の血管が赤くなり始めたのだ。
同時に辺りのガスは濃くなりやがて視界は一切遮られる。
男が掴んでいた胸ぐらを離すと、そこにいたのは斬首される前のつ
ぐみだった。
﹁セカンドバースデーだ、おめでとう首なしちゃん﹂
男は袖で汗を拭いながらポケットからジッポライターとタバコを取
り出す。
タバコに火をつけ、深く吸った煙を吐き出すと、その煙は弱い風で
ゆっくりとつぐみの方へ流れていく。
﹁ゴホッ!ゴフッ!...おフォッ!﹂
煙を吸い込んだつぐみは大きい咳をして勢いよく起き上がった。
両手で顔を擦って息を整えるつぐみ。彼女が最初に見たのはタバコ
をくわえ驚いた表情のまま固まった青年だった。
寝ぼけ顏だったその表情はみるみる内に青ざめていく。そして彼女
は何かを思い出したように握った拳を手にあて、次に隣の少女に覆
いかぶさった。
﹁みさは!みさは殺さないでっ!!お願いします!!なんでもしま
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すからっ!!!﹂
ところどころかすれたり裏声になったりしながら絶叫するつぐみ。
腕を組んで少し考えこんだ男はくわえていたタバコを地面に押し付
けてその場にしゃがむ。
﹁うーん...じゃあちょっとこっちに来て﹂
恐怖と困惑に歪めた顔で振るえながらもゆっくりと近付く彼女。
男のすぐ側までくると、目をつむってこれから起きる悲劇を覚悟し
た。
そんな彼女に対し、男は頭を軽く撫でてから胸部の上まではだけた
服を下まで下ろした。
﹁ほぉいい体してんな。でもおっぱい丸出しは流石にいかん...
おっとそろそろ色々来るみたいだ﹂
そう言って立ち上がった男はつぐみに背を向けて森の奥へと走り出
す。
﹁あ、あのっ!﹂
つぐみは思わず声を発して男を呼び止めようとした。それに気づい
たらしく男は立ち止まり一度振り返る。
﹁さっきなんでも言うこと聞くって言ったよなっ!!じゃあその倒
れた木の根元にある真っ黒くて四角いやつを預かっといてくれっ!
!んじゃぁ!!﹂
男はまた振り返り、森の奥へと消えて行ってしまった。
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唖然とした表情のままのつぐみは、危機が去ったという安堵感のせ
いか全身から力が抜け、また意識が遠のいていく。
薄れゆく意識の中で彼女の耳には少しずつ大きくなっていくヘリの
ローター音が聞こえていた。
−−−−−−−−−−−−
﹁そんな大変なコトがあったんデスか...﹂
外国人の男はそう言いながら何度か頷く。
﹁ヤバイ組織に襲撃されるわ落とした箱は何の偶然か”適合者”の
少女の側に落ちるわ...俺が思うにまたもう一悶着始まるぞこり
ゃ﹂
若い男はラーメンをすすりながらそう言うと、外国人の男が彼の肩
を軽く叩いた。
﹁キャプテン、いまさらなんですがこんな所でそんな事喋って大丈
夫なんでスカネー...?﹂
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﹁んぁあ、大丈夫大丈夫。面倒事は黙ってても入ってくるしかわん
ねーよ。それに俺らはもうお国のワンちゃんじゃないから秘密も糞
もねーってな﹂
﹁確かにそうデスネ、HAHAHAHAHAッ!!﹂
二人が大声で笑ながらテーブルを叩いていると、このラーメン屋の
店主の男がカウンターから覗いてきた。
﹁おいこら兄ちゃん達よぉ!他の客がめーわくすっだろ!﹂
二人とも苦笑いで頭を下げると店主は歯を見せて笑った。
﹁まぁわかりゃいいんだよ!んな事より替え玉サービスすっけど食
うかい?﹂
二人は顔を見合わせてから息を合わせるように店主の方を向く。
﹁﹁はいもちろん食います!!﹂﹂
17
Fall
of
box︵後書き︶
どうも、現役戦車乗りの底抜鍋であります。いえ、ネタじゃないで
すガチです︵笑︶
文才も筋肉も無いならひたすら鍛錬、練成、反復演練!!というの
が私のモットーでして、初めはつまらない話で始まるかもしれませ
んが、きっと面白い展開を作っていきますのでどうかよろしくお願
いいたします。
最近勤務が忙しくなってきたので更新頻度はどんどん落ちていく一
方ですが、週2回くらいはなんとか更新出来るよう頑張りたいと思
っております。
それと感想や意見等があれば是非是非お書きください!!
罵倒でも批判でもかまいません︵笑︶
レンジャー訓練においては頑張れ!という応援の裏返しであります
からね!
まぁ私はレンジャーじゃないですが...
PS
︶
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18
早水鶇の困惑
とある駐屯地の会議室で一人、渋い顔をしながら書類に目を通す男
がいた。
机の周りをグルグルと回る男。
彼の制服には1等陸佐の階級章が付いている。
﹁村上3佐入ります﹂
ノックもせずに入って来たその男は村上と名乗る。
壁沿いに並んだフックの一番手前に制帽をかけた後、彼は小さくお
辞儀をして1佐の階級章を付けた男の方を見た。
﹁お久しぶりです秋吉1佐﹂
﹁大分久々だな村上くん。戻ってきてくれて嬉しいよ私は﹂
二人は握手を交わし、秋吉は村上の肩を軽く大分叩いた。
まるで作ったような満面の笑みを浮かべる秋吉に対し、村上は﹁フ
フッ﹂と鼻であざ笑う。
﹁ん?何か面白い事でもあったかね村上くん﹂
﹁いえ、こんなに露骨に窓の多い場所を選ぶのが秋吉1佐らしいな
と思いまして﹂
それまで笑顔を作っていた秋吉は村上のその一言で顔をみるみる引
き攣らせていく。
そして右手に持っていた書類の端を握りつぶして彼の目の前に勢い
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よく近づけた。
﹁君は人の迷惑というのを考えないのかねッ!!そもそもあの化物
の件我々が関わるものじゃあない事くらい君にもわかるだろう!!
この前もどこぞの国々でドアをノックした後部屋も人間も木っ端微
塵になってただろ!?これでは心臓がいくつあっても足りんわ馬鹿
者ッ!!!﹂
物凄い見幕で一方的に詰め寄る秋吉だったが、村上は至って冷静に
振る舞いネクタイを整える。
﹁まぁまぁ、そんなに顔を赤く為さらずに。それに私はドアをノッ
クしませんでしたよ?今はドアの前に警護員がついてますからご安
心ください。それより本題に入りましょう﹂
二人は向かい合うそれぞれのソファに深く座り、胸ポケットに手を
いれた。秋吉はタバコを出しそれに火を付けるが、一方村上は棒型
のチョコレートを取り出しそれを一人で食べ始めた。
それを見ていた秋吉は最初に吸った煙で深く咳込んだ。
﹁...どうかしましたか?﹂
﹁ゴホンッ!い、いいやなんでもない。さっきの話の続きをしよう
じゃないか﹂
最初に食べ始めたチョコレートを一気に口に含み、飲み込んだ村上
はテーブルに持参した書類を並べていく。
﹁この報告書を見てわかる通りですが早水1士は私の所で預かって
おります。しかしあなたの部隊にお返しする事はおそらく出来ませ
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ん。どうかお許しください﹂
﹁なぜそんなに彼女にこだわる。能力の高い化物ならいくらでも買
えるだろう。あれか、元々自衛官だから扱いに融通が聞くと思った
のか?﹂
村上は右足を上げて左足を組み、ニヤリと笑う。
﹁我々にとって必要な存在なんです。ホンモノなんですよ彼女は..
.﹂
陸上自衛隊秘密施設地下−−
早水鶇はまた知らない景色の中にいた。
窓が一つも無く、実にのっぺりとした部屋。その真ん中にある病院
用ベッドに仰向けに寝ている。
だるい体を無理矢理起こして辺りを見回すが、やはり何もない。
しばらく目を泳がせていると、部屋の隅に設けられたスライドドア
がモーター音と共に開いた。
﹁調子はどうかな?早水くん﹂
入って来たのは、自衛官の制服を着た男だった。ポケットに手を突
っ込んで偉そうにしている彼の肩には3佐の階級章が付いている。
21
﹁あ、お、お疲れ様ですっ!﹂
鶇は思わず反射的に頭を下げた。
そんな彼女に男は微笑みながらポケットから出した栄養ドリンクを
差し出す。
﹁はははっ、いやいやお疲れ様はこっちのセリフだよ。良かったら
これ飲んで。まずは元気つけなきゃね﹂
戸惑った表情のまま男の差し出した栄養ドリンクを受け取る彼女。
何か言いたそうにしているが、言いたい事が多すぎて喉でつかえて
いるようだ。
一度深呼吸をして、ツバを飲み込んだ彼女はやっとの思いで最初の
質問を吐き出した。
﹁あの、あなたはだれなんですか?なぜ私の事をしっているんです
か...?﹂
男はポケットに入れていた左手を出して、首の後ろに手をあてる。
﹁おっと、最初に自己紹介をするべきだったね。僕は村上正義って
もんでね。多分きみもニュースなんかで見たことがあると思うけど、
怪人事件ってのを調査してるんだ。申し訳ないけどきみの身辺につ
いても少し調べさせてもらっているんだよ﹂
﹁その怪人事件と私と何の関係があるんですか?﹂
﹁そうそう、それなんだけどね﹂
何か思い出したようにまたポケットから何かを取り出す村上。
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取り出したのは小さいタブレットっと端末だった。
ベッドの横に置かれた客椅子に座った彼はタブレットを鶇の方に向
けて弄りはじめる。
﹁これから見せる映像はかなりショッキングな映像だけど全部真実
だ。見たいかい?﹂
鶇は少し考えてから見る事を決意し、眉間にシワを寄せて画面を凝
視する。
映像には最初から悲惨な光景が映し出されていた。地面に寝かされ
た二人の女性は半裸にされ、その周りを小太りの人物がうろついて
いる。その男は突然斧を持ち出し構えたかと思うと、左の女性の首
めがけて振り下ろした。
画面はそこで一度切り替わる。
次に現れたのは違う人物で、この人物もまたうろついている。そし
てしばらくするとまた左の女性に寄っていく。
その直後、画面は霧のようなものに包まれ、完全に視界が奪われた。
またしばらくして霧が晴れたかと思うと、そこに映っていたのは首
が元通りになった女性だったのだ。
﹁聞いて驚かないでくれよ。この左に映ってる女の子、実は君なん
だよ﹂
﹁え...私が?﹂
鶇は村上のその衝撃的発言に困惑した。
23
﹁そう、君は一度生まれ変わったんだよ。怪人とし...いや、怪
人は聞こえが悪いな。改造人間?仮面ラいー...は違うか﹂
腕を組みながら心底どうでもいい事に悩む村上を横目に、鶇は動画
が終わった静止画面に釘付けになっていた。
﹁じゃあ私の隣にいるのって...みさっ!?﹂
彼女は突然村上の肩を掴み、ぶつかる寸前まで顔を近づけた。
﹁みさは無事なんですかッ!!﹂
﹁栗田美沙さんの事かい?彼女なら今警察が保護しているよ﹂
そう言うと彼女は安心したようでため息をついてベッドに座り直す。
﹁それとまたショッキングな知らせなんだけどね。実はきみ、死ん
だ事になってるんだ﹂
﹁それはつまり...どういうことですか?﹂
﹁まぁ、なんていうのかな...いわゆる大人の事情ってやつでね。
さっき見せた映像は山に不法投棄する人を監視する監視カメラに映
ってた映像なんだけど、それをこうチャチャっと改ざんして抜き出
して、警察に渡ったのは君が死んだ部分だけなんだよ﹂
口を開けたまま唖然とする鶇。
24
彼女はまた村上の肩に掴みかかり、思いきり顔を近づけた。
﹁私にはもう帰る場所は無いんですかッ!?私はどこに行けば...
いいんでしょうか...﹂
泣きそうになりながら肩を落とす彼女に対し村上は軽く肩を叩いて
微笑んだ。
﹁その事なら全くもって問題ないよ。これから君は僕の部隊で働い
てもらう事になってる。両親にも友人にも今まで通り会える。ただ.
..﹂
村上は胸ポケットから何かを取り出し、握った手を彼女の前に差し
出す。
手を開くと、そこには制服用の階級章があった。
﹁君は曹長に昇進する事になる﹂
翌朝6時丁度。鶇は廊下に響く起床ラッパと同時に目を覚ました。
髪の毛はボサボサで、上に巻き上げるように寝癖が付いており、お
まけに目は半開き。とても人様に見せられる格好では無いと心に思
いながらも寝ぼけていた彼女はスリッパを履いてドアの方に向かい
始める。
体をフラフラさせながらドアを開けると、廊下には制服を着た自衛
官が右へ左へと幾人も歩いていた。
その自衛官達のほとんどは幹部の階級章を付けており、皆顔つきも
シャキッとしている。
しばらく見惚れていた彼女だったが、今の自分の風貌を思い出して
25
急に恥ずかしくなり、勢いよくドアを閉めた。
︵ズガンッッ︶
酷い衝突音が地下フロア全体に響き渡る。腰を抜かし尻餅をついた
彼女は何がなんだかさっぱりわからず驚愕の表情で歪んだドアを見
上げた。
彼女は立ち上がりグニャグニャのドアを無理矢理こじ開けようと少
し開いた隙間に手を入れてそれを思いっきり横に引いた。
何かが潰れるような異様な音を響かせて開いたドアの向こうには、
和かに微笑みながらスーツケースを持った村上の姿があった。
﹁おはよう、朝から元気だね。うんいい事だ﹂
﹁も、申し訳ありませんっ!!﹂
村上は深々と頭を下げて詫びる彼女の頭に手を乗せて軽く撫でた。
﹁気にしない気にしない、慣れるまでは力の調整ってのが難しいら
しいからね。そんな事より、君の新しい制服を持って来たからちょ
っと着てみて﹂
頭に置いた手を今度は肩に置く村上。ドアの破壊音を聞いて駆けつ
けた野次馬が囲む中、彼らは村上に対して不審な視線を送る。
それに気づいたのか村上は後ろを振り返り苦笑いした。
﹁あ、もしかしてこういうのもセクハラだったり...?﹂
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同フロアの待機室に鍵をかけ、鶇は新しい制服に袖を通した。それ
は今まで着ていた制服と全く同じサイズで、ピッタリと身体に合っ
ている。着替え終わりドアを開けるとおもての待機椅子には村上が
座っていた。
﹁ようし、じゃあ次は新しい部署にご挨拶といこうか!﹂
そう言って鶇が案内されたのは、3階上の階にある事務室だった。
部屋のドアの傍には﹁特務第2中隊﹂と書かれた立札がかかってい
る。
村上は彼女の前に立ち、先にドアをあけて中に入っていく。
﹁みんな聞いてくれ。今日は新しい隊員を紹介するぞ﹂
部屋にいる者達は全員彼の方を向き、動作をピタリとやめた。
しかしその後1人だけ村上に背を向けて手を横に振る者が現れた。
﹁あー、わかったぞ。またあれだろ?清掃のおばちゃんでーす!と
か陸ガメのポンくんだよ!とかそんなんだろ?もうその手にはのん
ねーy...﹂
﹁今回はおばちゃんでも陸ガメでもない。では紹介しよう...中
隊の新しいメンバー、早水鶇陸曹長だ!!﹂
村上は一度表に出てから鶇の肩を押して前に出るように促す。当の
彼女は固まった表情で目を泳がせながら一度頭を下げる。
するとそれまで冷め切っていた皆のボルテージは急激に上昇し、部
屋は一気にうるさくなった。
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﹁うほおぉぉぉめっちゃ美少女やぁぁぁ!!!﹂
﹁神よ...ついに我が部隊に第4の女神を召喚されたか!!﹂
﹁よっしゃ!よっしゃ!これで我々女子の会にメンバーが増えるぞ
よっしゃ!﹂
皆が皆思い思いに叫び、もはや狂気と言うべき領域に達していた。
そんなどんちゃん騒ぎの中、やけに冷静振る舞う者も数人いる。内
1人はそっぽを向き、まるで興味が無いと言ったような態度をして
いた。
﹁色々わかんないと思うから教えてあげてくれ。じゃあ、あとはみ
んな頼むよ﹂
笑顔で手を振った後、村上はそそくさと出て行ってしまった。
その後、鶇の周りにはまるで転校生に群がるクラスメイトのごとく
隊員が囲み始めた。
質問責めに逢う鶇だったが、悪い気はしていないようだ。
12時、
何故か棒クジで鶇と昼食を食べる者を決めるという話になっており、
全員がクジを引いた所、成海さんという者が一緒に食べる事になっ
た。
だが、顔と名前がまだ一致していない鶇にはそれが誰なのかよくわ
かっていない。
皆が嘆く中、1人の女性が笑顔で鶇に声をかける。
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﹁じゃ、一緒に行きましょ﹂
その女性は自分が自己紹介をした時に冷静な素ぶりをしていた者で
あると彼女はすぐに気がついた。
隊舎を離れ5分ほど歩いた所に建つ厚生センター。二人はその中に
ある小さなレストランに入った。
早速メニュー表を開いた彼女らは、迷いも無く﹁今週のオススメラ
ンチ﹂を選び注文する。
成海はお冷を一口飲んでから鶇の方を向いて笑った。
﹁やっぱりこうデカデカと書かれてると気になっちゃうよねー﹂
﹁あ、はい...そうですね。私も気になってしまいました﹂
緊張のせいかぎこちなく笑う鶇に対し、成海は彼女の眉間に指を付
けつ軽く押した。
﹁あーもぅ、やっぱ可愛いなー!鶇ちゃんはっ!もしかして人見知
りちゃんなのかな?﹂
﹁そ、そうですね。始めて会う人の前だとちょっと緊張してしまい
ます...早くみんなの名前を覚えて仲良くしたいです﹂
﹁それじゃあまず私の事を覚えてねっ!私のフルネームは成海雪歩。
まぁ階級は見ての通り2等陸曹。私は元々自衛隊にいたわけじゃな
いからどのくらい凄い階級なのかはわかんないけど鶇ちゃんよりは
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下だね。あ、もしかすると敬語使った方がいいのかな?﹂
終始ポカンとした顔で聞いていた鶇は、成海の方に寄って渋い顔を
する。
﹁いえ、むしろ敬語を使うのは私の方ですよ!身分も人生経験も全
然無いですし...それより元々自衛隊にいた訳ではないって...
﹂
﹁うん、それなんだよね。元々私達はごく普通と言えるかわからな
いけれど一般人だったの。けど、怪人になってしまってからは警察
から身を隠さなきゃいけなくなっちゃって...そんな時に私達を
かくまってくれたのが今の中隊長、村上さんなの。一応適当な階級
を付けてもらってるんだけど、飾りみたいなものでむしろ付けてる
のが申し訳ないくらいって感じかなぁ﹂
渋い顔をしたまま顎に胸に拳を当てて何度も頷く鶇。
、その皿をそれぞれ二人の前に置いた。
二人が真剣な表情で話してい中、皿を二つ乗せたおぼんを持った店
員がテーブルの真横に来て
皿には半熟に近い卵の乗ったオムライスがキレイに盛り付けられて
いる。
﹁わぉ!これは期待以上に美味しそうだね!﹂
スプーンをもって軽くはしゃぐ成海に、鶇は思い切ったように話始
めた。
﹁あの...私、成海2曹なら何でも話せるような気がします。一
つ愚痴を言わせてもらってもよろしいでしょうか。長くなりますが.
..﹂
30
申し訳なさそうな顔をしている鶇だったが、成海は満面の笑みで彼
女を見ていた。
﹁全然オッケーだよ!むしろ一つと言わずに何個でも愚痴っていい
んだよ。それと2曹なんてつけないで成海さんでいいよっ﹂
﹁ありがとうございます、成海2...いえ成海さん!実はなんで
すが私も今の階級に少し困惑してるんです。私は元々自衛官だった
んですが、一気に5階級も上昇だなんて...﹂
﹁そっかぁ...一般企業もそうだけど、いきなり地位が上がると
身分が高くなるってだけじゃなくて役職や負担する責任もレベルア
ップしちゃうもんね﹂
﹁それも勿論悩みの種なんですが、これは死による昇進と名誉昇進
が重なった結果なんだとか言われて.....正直に言うと私、一
度死んでいるんです...﹂
それまで笑顔だった成海は驚いた表情で少しの間固まってしまった。
成海の様子を見て慌てた鶇は、テーブルに両手を付けてその上に頭
を下ろした。
﹁ごめんなさい!こんなバカみたいな事言って...でも私にも何
が何だかわからなく...私どうなっちゃったんですかね...ど
うずれば#△%□⃝﹂
もう涙だか鼻水だかよくわからないもので顔をぐしゃぐしゃにする
鶇。しばらく固まっていた成海が我に帰った時にはもう彼女は何を
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言っているのか理解できないほど泣いていた。
そんな中、成海は腕を組んで斜め上に目線を向けた。
﹁そうだなぁ、私が今の私になった時もわけがわからなくて困惑し
てたと思う。けど私が思うにね、そんなに悩む必要はないんじゃな
いかな?﹂
下を向いて泣きじゃくっていた鶇は顔を少し上げて彼女の方を見る。
﹁行雲流水、自然な流れに身を任せる方が生きやすいって事もある
よ。為すべき事を成し、時には身のため時には人のために何かをす
る。そして自然と自分の正しい思った道をいく、なんて言ってもな
かなかうまくはいかないんだけどね﹂
﹁行雲流水...ですか。為すべき事を成し、...為すべき事..
...あぁッ!!!﹂
急に大声で叫んだ鶇は何かを思い出したようにその場で立ち上がっ
た。ひっくり返るイスも一斉にこちらを向く客達をもよそに彼女は
一言呟いた。
﹁どうしよう...あの黒い箱は今...﹂
彼女がそう呟いた数秒後、成海の携帯の着信音が静寂たる店内に鳴
り響いた。応答した成海はすぐに通話を切って鶇の方を見るなり嫌
気交じりの笑顔を向ける。
﹁非常呼集。中隊長事務室に集合だって﹂
二人は必要な金額をレジ台に置き、すぐに店を出た。
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中隊長事務室前、狭い廊下に多数の人が行き来しごったがえしてい
る。しかもその人間のほとんどは幹部の階級章を付けた隊員である。
ざわつく人混みをかき分けなんとか事務室に辿り着いた二人。二人
を迎えたのはポケットに手をつっこんで険しい表情をする村上だっ
た。
﹁お、さすが!二人とも一番乗りだね!﹂
そう言って彼は手元にある書類でペラペラと仰いでいる。
鶇もまた険しい表情で、彼の方を見つめていた。
﹁いったい、何があったんですか...?﹂
﹁今さっき3課の方から連絡が入ったんだがね。札幌市内でまた怪
人による事件が発生しちゃったようでね。まぁ警察が動く前に我々
が行かなきゃならないわけなんだ。そこで鶇くん﹂
気がつくと村上は鶇の2歩前まで近づいていた。のけぞる彼女にさ
らに迫る村上。
﹁きみには我々の仕事というのがどう言ったものか見学に行っても
らおう﹂
﹁見学...ですか?﹂
そう言って首をかしげる彼女は、村上の言った言葉に対して少なか
らず興味を抱いていた。
33
調査分隊
﹁午後12時頃札幌中心部で身元不明の遺体を発見。歳は二十代後
半から三十代、人の為せるものとは思えない程酷く損壊している。
チェーンソーか何かでえぐられたような傷が幾つもあり、身体の一
部と思われる肉片が四方八方に散らばっていたとの情報﹂
車両の無線から聞こえてくる情報は恐ろしいものだった。
鶇はフロントガラスごしに見える景色を睨みながら深くため息をつ
く。
鶇と成海、中隊の人員2名で編成された調査分隊を乗せたジープは
”事件の起きた場所”へ向かっていた。
しばらく前方を見ていた鶇に、成海は少し声を大きくして話しかけ
た。
﹁鶇ちゃん、緊張してる?﹂
彼女の問いかけに頷いて答える鶇だったが、声は車両のサスペンシ
ョンのギシギシなる音にかき消されてしまった。
それを察してか成海は反対側の席に移り、鶇の隣に移動する。
﹁大丈夫大丈夫!今回は見学ってわけだし、怖がることないよ!﹂
そう言って彼女は鶇の肩を叩くが、当の鶇は終始苦笑いだった。
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大きい道路を抜け、市街地の路地に入っていった車は背の低いビル
の前に停車する。
車両の後部ドアを開け、外に出た鶇達は目の前の異様な光景に思わ
ず息を飲んだ。
路肩に1列に停車したパトカー、大人数の警察官、歩道を占拠する
野次馬達。何か大きい事件があったのだと誰もが察していた。
成海を筆頭に車から降りた隊員は黄色いテープの貼られた玄関へと
入っていく。
﹁おいこらぁっ!!勝手に入るなぁ!!!﹂
鬼の形相でそう叫んだのはスーツにトレンチコートを着たいかにも
刑事らしい中年男だった。中年刑事の横には若い男が肩を怒らせて
立っている。
すると鶇達と同行していた中年隊員が彼の前に立ち、身分証と一枚
の紙を突き出した。
﹁文句があるなら防衛大臣に言ってください。まぁ一警察官にそこ
まで権限があるかどうか知りませんがね﹂
﹁なんだと!?こんちきしょうっ!!次は必ずボロ見つけてしょっ
引いてやるからな!!!﹂
悔しがる中年刑事をバカにしたようににやけながら中年隊員は後ろ
を向き、他の隊員も玄関の方へ足を進める。しかし鶇だけは振り返
りつつも何かを気にするように首だけ後ろを向いていた。
彼女の目線の先は中年刑事の横の若い男に向いている。その若いも
また驚いた表情で彼女をジッと見ていた。
不安になった鶇は頭を前に向き直して皆が入って行った玄関の方に
走って行った。
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ビルの階段を昇り、3階まで辿りつくと成海は振り返り鶇の方を向
く。
﹁ここからはかなりスプラッティーな景色が広がってると思うけど、
大丈夫?﹂
﹁え...その、行かなきゃダメですかね...?﹂
﹁無理する事は無いよ。じゃあ私達は見てくるからここでちょっと
待っててね﹂
そう言って成海と他の者は鶇を残し、事件のあった部屋へと入って
行った。
残された鶇は廊下に設置された椅子に座り、辺りを見回しながらソ
ワソワしている。
そんな彼女を遠くから見つめる者がいた。先程の若い男である。
彼は早足で鶇の方に向かい、鶇の前で足を止めた。
﹁あなたは...﹂
そう呟いた彼は眉を寄せて険しい表情をする。それに気がついた鶇
は不安な顔をして彼を見た。
﹁いえ、人違いですね...失礼しました﹂
しばらくの沈黙後、彼は一度お辞儀をして横の階段を下って行った。
鶇は椅子から立ち上がり、階段を下っていく彼を後ろから見送る。
そして彼女の不安はより一層深まっていった。
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調査を終え車に戻った隊員達。そのまま車を発進させ、来た道を戻
って行く。
それまで張り詰めていた車内の雰囲気は調査が終わったせいか、少
し柔らいでいた。
鳴海やドライバーの中年隊員が気楽に笑談する中、鶫はやはり足を
閉じて身を小さくしている。
﹁ホント成海ちゃんは器がでかいよ。他のWAC︵女性陸上自衛官︶
なら、やれセクハラだーやれキモオヤジだーなんて愛嬌がないった
らね﹂
﹁いえいえ、松川1曹が下ネタ言い過ぎなんですよ。私は下ネタ大
好きですからむしろドンと来いって感じですがねー﹂
この中年隊員は松川という1等陸曹らしい。
松川はバックミラー越しにチラチラと鶫の様子を伺う。
﹁えっと、早水曹長でしたっけ。昨日着隊したんですよね?﹂
突然そう切り出した松川に鶫は思わず息を詰まらせる。
﹁は、は、はい!昨日着隊しました!早水1っ...て、訂正...
早水曹長です!﹂
﹁はははっ、わかりますよ。私も初めて転属した時は緊張して舌が
回りませんでしたからね。早水曹長は幹部候補生ですか?いや、で
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もバッジが付いてないですよね﹂
﹁その...これには色々と訳がありまして﹂
緊張と動揺で顔を引きつらせながらも愛想笑いをする鶫。何も悪い
事をしていないのに言葉を濁さなければならない事に彼女はストレ
スを感じ何度もため息を吐いていた。
するとそれを見兼ねた鳴海が車載無線機に手を付き、前の方に身を
乗り出して松川に近づく。
﹁松川1曹!女の子にはスリーサイズと生理の日以外にも聞いちゃ
いけない事が色々あるんですよ!気を付けてくださいね!﹂
﹁うーん、やっぱり女という生き物は難しいな。あなたもそう思い
ませんか?山田准尉﹂
山田准尉とは助手席に乗っている若い男性隊員である。
しかし彼は無口なのか鶫達と行動を共にしてから一度も口を開く事
が、無かった。
しかも双眼鏡を片手になにやら前方を警戒しているようだ。
その無口な山田が初めて口を開いたのは松川がたわいもない同意を
求めて声をかけた次の瞬間であった。
﹁松川1曹、200メートル程先の青い建物の横に車をつけてくだ
さい﹂
今までの笑談に終止符を打つかのごとく、彼は真顔でそう言う。
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﹁わかりました。でもいったいどちらに...﹂
山田の意図がわからず皆困惑君であったが、次の山田の一言が不安
をより一層大きくする事になった。
﹁防直102情報群の同期から色々聞きましてね。どうやらこの辺
に一連の事件のヒントがあるんじゃないかという話でして。それと
皆さん、拳銃は薬室に弾を込めて撃鉄を起こした状態で統制しまし
ょう﹂
再び車を降りた一行は、山田の言う青いビルに入り狭い通路のさら
に狭い階段を一列になって登って行く。
埃臭いビル内は湿気と暗さで陰気な空気に圧迫されている。
そんな中、山田が先陣を切り一同は古びたドアが並ぶ3階の廊下へ
と向かった。
305と書かれた部屋番号札が付いた部屋の前で立ち止まった山田
は、何の躊躇もなくその古びた鉄扉をノックし始めた。
他2名はズボンにさした拳銃をすぐ取れるように身構え、鶫に関し
ては打者がリードするかの如く後退の用意をしている。
山田が3回目のノックをしてから一分近く経っているが反応はない。
だが当の彼はまた何の躊躇もせずドアノブに手をかけ、扉を開け始
めた。
何度か開けようとするが鍵がかかっているようで、扉は閉ざされた
ままである。
それでも彼は何度も何度もガチャガチャと扉を動かし続ける。
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それを見ていたは松川は苦笑いをして彼の横に並ぶ。
﹁あの、松川准尉。また改めて行くべきだと思うのですが...﹂
すると鳴海は山田の反対隣に並び、腕を組んで顔をしかめた。
﹁多分もうすぐ来ますね﹂
彼女がそう言った途端、部屋の中から何かを投げつけたようなデカ
イ音が鳴り響いた。
続いてヒステリックな男の怒声とこちらに向かい来る靴音がし始め、
山田と鳴海はドアから一歩引いて待ち構える。
︵ガシャンッ!!︶
その鉄扉はいいなり、そして怒涛の勢いで開き、ドアの目の前にい
た松川の体を直撃した。
﹁誰じゃゴラァッ!!ぶっ殺すぞオラァッ!!!﹂
いきなりの罵声に山田と鳴海は尻込みもせず、平常的態度である。
出てきたのはオールバックに黒いスーツを着た、”いかにもヤクザ
”という風貌の男だった。
早速山田は落ち着いた様子で切り返す。
﹁ごめいわくをおかけして申し訳ありません。我々は見ての通りこ
ういう者でして。色々聞きたい事がありますんで少しお時間いただ
けませんかね﹂
彼が身分証明証を見せると、ヤクザ男は一同を渋々部屋の中に案内
40
した。
皆が部屋に入るなりヤクザ男は一番奥の大きなイスにふんぞり返っ
て偉そうにしながら深く座りこむ。
﹁んんで聞きたい事っちゅうのはあれか?危ない粉とか汚いお金と
かかぁ?しかしまぁ自衛隊さんとは何の関係もないよなぁ、あ”ぁ
ん?﹂
眉間をしわくちゃにして目を細めるヤクザ男に山田はそいつの目の
前に出て迫ったいった。
﹁いいえ、違いますよ。私がお聞きしたいのは”箱”の事ですよ。
これだけ言えばわかりますよね?﹂
それまで顔をしわくちゃにして怒りを表していたヤクザ男は急に真
顔になり、目を見開いて山田の顔を見た。
﹁あぁ、知ってるやニイチャン。あれは俺が売った﹂
彼は胸ポケットから数枚の写真を取り出し、机の上に強く叩きつけ
た。
それを見ていた鶫はビクつき身をより小さくしていく。
﹁こんなのっぺらした箱にどんな希少価値がついてるかなんて俺に
ゃあわからん。でもこの写真に写ってるクソデブ野郎は5000万
で買っていった。そりゃ俺らだってこんな値段で取り引きされるん
だから相当ヤバイもんである事くらいはわかる。じゃあなんで引き
下がらないか...﹂
41
部屋は静まり返り、周りの仲間共も黙りこくる中ヤクザ男は勢いを
付けてデスクの引き出しを開ける。
その中から取り出したのは一丁の拳銃だった。
すると彼の仲間共も一斉に拳銃を取り出し、一行は取り囲まれてし
まった。
映像の中でしか見た事のないような非現実的状況に鶫は完全に硬直
してしまい、絶望的表情で目を泳がせる事しか出来ないでいる。
長い沈黙の後、ヤクザ男は椅子から立ち上がり銃を向けたまま山田
の方に近づく。
﹁仲間がな、一人死んでんだよ。もう俺らは後戻り出来なくなっち
まったんだよッ!!!﹂
彼は山田の胸ぐらに掴みかかり鬼の形相で山田にガンを飛ばす。
するとその勢いでぶつかったデスクから数枚の写真が地面に落ちて
いった。
写真は丁度鶫のすぐ側まで滑って行き、ひたすら目を泳がせていた
彼女の目に止まる。
そして彼女は銃を向けられているにもかかわらず、吸い寄せられる
ように数枚の写真に顔を近づけた。
しかしそれは彼女にとって、現在の状況をも凌駕する衝撃的なもの
が写っていたのだ。
﹁これ...私を...﹂
彼女のその一言に部屋の全員が注目する。
﹁私を殺した男と...撮影してた男...﹂
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次の瞬間、山田に掴みかかっていた男は鶫の方を睨み、彼女のいる
方向に向かってヅカヅカと歩き始めた。
﹁撮影してた男?小島じゃねぇかよ...素人女ってのはてめぇだ
ったのか。てめぇが大人しくしてりゃぁ小島は......くそぉ
ァァぁあまぁァッ!!!ぶっ殺してやらァああッ!!!!﹂
頭に血を登らせ腹の底から声を絞り出すように叫ぶと、彼は鶫の頭
に拳銃を突きつけた。
と同時に、鳴海、松川も痺れを切らし腰にさしていた拳銃を突きつ
ける。
やはりまた現場は硬直状態に陥った。
そんなさ中常に平常的な表情をする山田は鳴海と鶫の異変に一人気
づいていた。
﹁成海、と早水。もしかして何か変な感じがするのか?﹂
鳴海と鶫は一度顔を見合わせてから山田の顔をみて同時に頷く。
﹁やっぱりな。噂をすればっていうやつだ。そもそも我々はこんな
事をしている場合なんでしょうか?そろそろ来るんじゃないですか
ね、コレが﹂
そう言って山田が手に持ったのは小太りの中年男が写った写真だっ
た。
部屋にいる全員がわずかな地鳴りに気づき始める。次第に大きくな
43
っていく揺れは一定のリズムを刻みその速さを増していく。
なにかが近づいている。
皆それぞれが察していた。
そして突然、奴は現れた。
全ての窓ガラスが割れ、部屋の中へ飛び散る。
全ての者は窓の方を凝視し、ある者は腰を抜かし、またある者は口
を開けたまま固まっていた。
﹁つぐみちゃぁん”ん”!!!せいぎのひーろーがたすけにぎだよ
ぉぉぉ!!!!﹂
わけの分からない形をした巨大な化け物はそう言って虫のような足
を鶫の方に差し出した。
鶫の向かいにいたヤクザ男は後ずさりしながら巨大な化け物に拳銃
を向け連続して発砲した。
﹁ギャアアアアアアアッ!!!うばべあがばだがぁあいやぁぁああ
っ!!!﹂
もはや何を言っているのか分からない程に絶叫しながら拳銃を撃ち
続けたが、やがて弾は無くなりスライドが下がったままの拳銃の引
き金をひたすら狂ったように引き続ける。
一方化け物は拳銃の弾など微塵も効いていない様子で、差し出した
腕から刃物のような鋭利な物体を剥き出し、それを振りかざす。
化け物が音もなくそれを平行にスライドさせると、ヤクザ男と窓側
44
にいた仲間共の首が順番に落ちていった。
残された身体からはとめどなく血が流れ、辺りは凄惨な情景に変わ
っていく。
化け物の顔と思わしき部分からまた人間の顔がひり出され、鶫の方
をみてにやける。
鶫は恐怖のあまり過呼吸気味になり、目線を逸らす事が出来ないよ
うだ。
ゆっくりと近づいていく化け物。
また彼女の方に手を延ばし始めるが、それは鳴海の手によって阻ま
れた。
﹁つぐみッ!!!﹂
成海の撃った拳銃弾が腕の関節部分に命中し、少しは怯んだようだ。
続いて山田、松川も拳銃を構え、関節部分を狙い何発も発砲する。
しかし化け物は敵どもを一掃するべくまた先程の首切りの構えをし
始め﹁ヴォォォォ﹂という鳴き声のような声と共に腕の鎌を鎌を降
り始めた。
鳴海は瞬時に鶫に覆いかぶさり、山田、松川は姿勢を低くする。
降り始めた鎌は風を切る音と共に鳴海の真横に差し掛かったが、直
後突如として静止した。
金属同士のぶつかる音が鳴り響き、化け物の鎌は粉々に砕け散る。
﹁そんなもんで切れると思うな。このピザ野郎が﹂
そこに立っていたのは昨日メイドカフェにいた男、一昨日飛行機か
45
ら落下したその男である。
皆が呆気に取られている中、彼は化け物を睨み続けながら近づいて
いく。
化け物は恐れをなしたのか彼が近づくにつれ後に引いて行き、やが
てビルから落ちて行った。
男はそのまま窓の方に行き下を見下ろしたが、怪物は既に逃げたよ
うでその姿はどこにも無かった。
男が振り返ると成海と松川は彼に向かって拳銃を構えて警戒してい
る。
しかし山田は警戒をすることなく堂々とした態度で男に顔を向けた。
﹁成海、松川。銃を構える必要はもうない。それにしても久々です
ね。クロス・カースキー大尉﹂
二人が拳銃をゆっくり下ろすと、クロスはポケットからタバコを取
り出しそれに火を付け、ため息を吐くように煙を吐き出した。
﹁どいつもこいつも大尉なんて呼びやがって、退役だっつの...
山田くんこそ、今日は座布団運びがない日なのか?﹂
﹁ははっ、そうですね。今日は月曜日なんで﹂
山田もポケットから何かを取り出したが、手に持っていたのは棒型
のスナックチョコレートであった。
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﹁やっぱりお前もチョコレートシンドローム野郎か。村上といいお
前といい、何を考えてるかわかんないんだよ...まぁそんな事は
どうでもいいんだが、とりあえず例のアレを早く返して欲しい﹂
クロスは山田の目の前に手を出し、”例のアレ”と呼ぶものを早く
返すよう催促する。
しかし当の山田は首を横に振ってやれやれという具合に両手を左右
に開いた。
﹁村上3佐からの伝言で、﹃黒箱はまだ返せないんで代わりにうち
の鶫曹長をお貸しします﹄という事です﹂
﹁あーあぁ、やっぱそんな事だろうと思ったよ...﹂
あまりに衝撃的事態にしばらく意識が飛んでいた鶫だったが、聞き
覚えのある声に反応し状況を把握しきれないまま現実に引き戻され
た。
﹁あ...あの、あなたは﹂
﹁一昨日ぶりだな首なしちゃん﹂
クロスはにやりと笑う。
吸い終えたタバコを壁に押し付け、それを投げ捨てると彼は鶫の肩
に手を乗せた。
﹁んじゃあブラックボックスが戻るまで首なしちゃんは借りて行く
よ﹂
﹁ちょ、ちょっと待ってください!借りて行くって...どういう
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事ですか?﹂
﹁つまり簡潔明瞭に言うと、今の首なしちゃんはブラックボックス
と同等の価値があるって事なんだけど...まぁわけわかんないだ
ろうよな。とりあえずついて来い﹂
そう言ってクロスはポケットに手を突っ込み廊下へと繰り出して行
った。
不安気に振り返りながら後をついていく鶫に対し成海は真剣な顔で
彼女を見る。
﹁鶫ちゃん、もし何かあったら私に連絡して!﹂
﹁は、はい!﹂
残された3人はその凄惨たる現場を見渡し溜息を吐きながら途方に
暮れるしかなかった。
﹁面倒くさい事になったな。とりあえず中隊と警察に連絡しよう﹂
そう言うと山田はポケットからチョコレートバーを取り出し、バリ
バリと食べ始めた。
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メイドとコスプレと決断
札幌の中心街、地下鉄駅周辺を中心に栄える駅前通り。
その一角に何本も道路をまたぐ長い商店街があり賑わっている。
何件も連なる店の中には﹁メイドカフェ﹂も少なからず存在してい
た。
商店街の端付近に店を構える店”メープルストリート”
看板を見上げた鶇は口をへの字にして首を傾げる。
﹁どうした?...あぁ金か、心配すんな。今日は俺の奢りだから﹂
ずいぶん楽しげにそんな事をいうクロスは物珍しそうに店の外装を
見回す彼女を置いて先に階段を上っていった。
それに気付いた彼女は急いで後を追いかける。
﹁お帰りなさいませご主人様ー!﹂
メイド達の可愛らしい声に応えるように手を振るクロス。
それを後ろから見ていた鶇にとってはとても異様な光景であった。
クロスは我先に席へと座るが、鶇は席へ向かう事を躊躇っているよ
うだ。
彼が手招きすると鶇は恐る恐る隣の席へ向かった。
すると鶇の前に一人のメイドが現れ、水とおしぼりを置くなり目を
輝かせて彼女をまじまじと見始めた。
49
﹁うっはー!超絶美少女ハケーン!!初めての方ですかね?ていう
か自衛隊さん?﹂
ハイテンションで声をかけるメイドに対し鶇は少々苦笑い気味であ
る。
すると返答に困り気味の彼女をフォローするようにクロスはしゃし
ゃり出てきた。
﹁これは俺の連れ。んでその通りモノホンの自衛官だよ﹂
﹁なるほどー!やっぱりこーすけ様は顔が広いですね!外国人さん
とか自衛隊さんとか、凄い友達ばっかりですし!あれ、自衛隊さん
は...えーと彼女さんでしょうか?﹂
クロスは目を瞑って手を仰ぐように振り、鶇もまた同じ動作をする。
﹁そうなんですか!これは失礼!うーんでもやっぱり恋人同士に見
えるような...お兄ちゃんと妹にも見えるような﹂
﹁そんなギャルゲーの設定みたいなボーイミーツガールなら今頃某
ビルの観覧車でキャッキャウフフしてるんだがなぁ。あ、そうだ飲
み物飲み物...クーニャンちょーだい﹂
了解にゃん、という具合にメイドは注文を受けて店の奥へと入って
いく。
他のメイド達は各客に対応しているため、やはり必然的に二人だけ
の空間になってしまっていた。
だいぶ緊張している鶇とは対照的にクロスは特にぎこちなさはなく、
むしろ落ち着いている。
タバコに火をつけ水を少し飲むと彼は鶇の方を向いた。
50
﹁そういや、首なしちゃんの名前聞いてなかったけど名前なんての
?﹂
﹁あ、えっと申し遅れました。私は早水鶇といいます!あの、クロ
スさんは先程こーすけ様と呼ばれて...﹂
クロスは腕を組み鼻から煙草の煙を全て吐き出してからこめかみあ
たりを掻く。
﹁こうすけ、ってのは昔の名前だ。見ての通り俺は生粋の日本人な
んだが、名前がクロス・カースキーになるまでには...まぁ色々
とあってだな﹂
口を半開きにして彼を見つめる鶇。
それを見ていたクロスは少しにやけながら彼女に顔を近づけた。
﹁そもそもあんたは誰で、なんで私をこんな所に連れてきたの?何
が起こってるの?って顔をしてるな﹂
﹁ご、ごもっともです!教えてください!いったい何がどうなって
るんですか!?﹂
今度は逆に鶇の方が彼に勢いよく迫る。その勢いに圧倒されたクロ
スは後ろへ仰け反り苦笑いをした。
その後直ぐに座り直し一度咳払いをしてまたタバコに火をつけるク
ロス。
﹁この世の中に”怪人”ってのがいるのはわかるだろ?じゃあそい
つらはどこから湧いてきたか...答えは一昨日の晩、俺と一緒に
51
落ちちまった黒い箱にある﹂
﹁それは...私に預かっておいてと言っていたあの黒い箱の事で
すか?﹂
﹁そう、預かってくれと言ったが見事に村上の手に渡っちまったあ
の箱だよ﹂
﹁うっ...すみませんでした...﹂
呆れ笑いをするクロスに鶇は膝に手をついて深く頭を下げる。
﹁まぁしょうがないさ。んでまぁ簡単に言うと最初はあの箱が人間
に超人的能力を与えて、世に言う”怪人”ってのにしちまうわけな
んだがな。聞いて驚くなよ?実はこの箱、悪魔が作った生物改造兵
器なんだよ﹂
現実離れしたその言葉に、はてなマークを浮かべるごとく首を傾げ
る鶇。
クロスはまた呆れ笑いをしてカウンターの方を向いた。
それから間も無く店の奥へから先程のメイドが現れて彼の前に立ち
止まる。
﹁お待たせしました!にゃんにゃんクーニャンですにゃん!﹂
﹁おう!ありがとにゃん!﹂
クロスはハイテンションな対応でメイドに笑いかけた。だがやはり
この男の風貌には似合わないと鶇は横でそう思った。
彼を見て引きつり気味の表情であった鶇は自らの顔を両手で拭い、
52
彼に真面目な顔をむける。
﹁クロスさん、一つ質問があります﹂
﹁ん?﹂
﹁どうして...どうして私なんですか!﹂
するとクロスは手に持ったグラスのクーニャンを一気に飲み干し、
息を吐き出した。
﹁俺も昔、同じ事を言っていた。でもな、そこに偶然黒い箱があっ
て、偶然”適合者”がいた。ただそれだけの話なんだよ。お前が適
合者である以上、義務はきっちり果たしてもらうからな﹂
鶇は眉を寄せ、これまでにない程の眼力で彼を見つめながら息を飲
む。
﹁じゃあ、まず最初にだな...﹂
﹁は、はい﹂
クロスは真剣な表情のまま目線をメイドの方に向ける。続いてつら
れるように鶇も真剣な眼差しでメイドの方を見た。
だがしかし、その目線の先にあったのは
紺色の生地、赤いリボン、チェックの短いプリーツスカート。
どこからどう見ても女子用の学生服である。
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首をかしげ、不審な目つきでクロスを見た彼女は話の方向性からし
て場違いなそれを指差す。
﹁あのー...これはいったい﹂
そんな彼女に対し当のクロスは自信満々に振る舞う。
﹁命令下達、第一号!変装による工作活動の事前準備!現在時刻よ
り行動開始!﹂
彼がそう叫ぶとメイド達は戸惑う鶇を店の奥へと拉致していった。
﹁あっ!だ、ダメですっ!何するんですかぁ!はわわわっ!いやぁ
ぁぁっ!﹂
数分後、他の客たちも期待の眼差しで待ちわびる中、強制的に着せ
替えられた彼女は再び戻ってきた。
横に手を添えるメイドが微笑みながら彼女を導く。
﹁お待たせしましたご主人様。JKより超絶JKな美少女女学生の
完成です!﹂
﹁おおおおお﹂
客席から歓声が湧き上がる中、鶇は顔を真っ赤にして短い丈のスカ
ートの前側を押さえる。
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﹁予想外に上出来だぞ鶇!あとはニーソとカチューシャを...﹂
クロスがそう言いかけると彼女は着替えをした奥の部屋へ戻り、瞬
時に着替えて直ぐにまたカウンターに戻ってきた。
かと思うと下を向いたまま出入口の方に走りそのまま出て行ってし
まった。
﹁お、おいまてっ!鶇っ!鶇ーーーっ!!﹂
クロスは彼女を追いかようとしたが、会計をまだしていなかったた
めに出入口の前でしどろもどろするしかなかった。
﹁ご主人様、お出掛けですねー!...その、お連れ様をこんな目
に合わせてごめんなさいです...﹂
﹁いや、気にしないでくれ。俺が全て悪いのは明白だ...という
か正直やりすぎたなこりゃ﹂
そんな事を呟きながらクロスは﹁行ってらっしゃいませご主人様﹂
と腰を折るメイド達に見送られて店を後にした。
先に行ってしまった彼女を見つけるべく急いで階段を駆け下りたク
ロスだったが、彼女は店の階段の脇で待っていた。
﹁そこで待ってたのか...いや、悪かった。つい出来心だった。
今は反省してる...﹂
手を合わせて謝る彼に鶇は笑いかける。
﹁いえ、まぁ凄い恥ずかしかったですけど...なんか前の部隊で
ワイワイ騒いでた事思い出して、やっと今までいた世界に戻ってき
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た気がして...あっ﹂
何かに気づいたように空を見上げる彼女。そのまま手を伸ばした彼
女のその手に一粒の雪が舞い落ちた。
﹁雪だ!雪です!やっとふりました!今年はずいぶん遅いですね﹂
楽しそうにはしゃぐ彼女を見たクロスはその後空を見上げた。
﹁うーん、気が変わった﹂
﹁へ?何の話ですか?﹂
軽く首を傾げる彼女にクロスは右手で指を指した。
﹁今日はあのピザ野郎の索敵をしてもらおうと思ったんだが、気が
変わった。全部お前に託す事にする﹂
﹁そ、そんな...託すなんて私どうすれば﹂
﹁奴を倒すも放っておくもお前次第だ。たが、お前なりの方の付け
方を俺は期待してるよ。そう、これはお前自身の決着でもあるんだ
からな﹂
それまで彼女の胸につかえていた何かが一気に込み上げはじめた。
表情は今までになく冷静で気迫を増し、拳を強く握りしめる。
そして何度か深呼吸をして、彼女は言い放った。
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﹁私、やります﹂
クロスはまたニヤリと笑いポケットから携帯電話を取り出した。
凄みを増して言い放った彼女だったが時間が経つにつれ、不安の方
が裏回り等々頭を抱えて座り込んでしまった。
﹁あぁ...勢いであんなこと言うんじゃなかった...どうしよ
う、無理だよ私になんて...ぐぅぅ﹂
﹁いいや、一つ方法があるんだなこれが﹂
﹁私にも勝てる方法、ですか?﹂
﹁奴は強い衝撃に弱いらしい。もっともそれは拳銃弾なんてちんけ
なもんじゃだめだ。大砲、翼幅100ミリ以上の徹甲弾ぐらいはな
いといけない。そこで登場するのが...お前の本職だ﹂
鶇は目を丸くして彼を凝視した。
正気の沙汰とは思えない彼の言葉に何故かどこか現実になってしま
うのではないだろうかと思ったのは今までの一連の出来事を振りか
えっての事だろう。
﹁村上正義、あいつはどんな手を使ってでも自分の思い通りに任務
を遂行する男だ。一個戦車連隊動かすのも容易い事だろうよ。さぁ
早水鶇、人生の大勝負だ頑張れよっ!﹂
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﹁はい...!﹂
彼女はその場で立ち上がり雪舞う空を見上げる。
滲み出るその涙を乾かすように。
58
再会
﹁戦車とは、対戦車戦闘における地上攻撃部隊の基幹であり機動打
撃の骨幹である。装軌車両による機動力は不整地や障害を突破し、
山林、泥濘地の機動戦闘を容易にする。これらの基本的特性を重ん
じ、的確な指示、行動が出来るよう明日の”実戦”に臨んでもらい
たい﹂
雪混じりの強風が吹きすさぶ中、とある一個戦車連隊は全中隊を集
い夕礼をしていた。
隊員たちは何時になく緊張の面持ちで背筋を張っている。
連隊長、もとい秋吉1佐が締めの言葉を終えると各中隊指揮官は気
をつけをかけ、総員は半長靴のぶつかる音と共に休めの姿勢から姿
勢を正す。
﹁連隊長に敬礼﹂
かしら
﹁頭ぁぁーー中ッ﹂
皆、一斉に揃って顔を秋吉に向け頭中の敬礼をする。
﹁直れッ!﹂
直れの号令と共に彼らはまた一斉に元の方向へ向き直った。
﹁連隊長降段、部隊解散願います﹂
夕礼終了後先に連隊長室に戻っていた秋吉の元に、やや急ぎ足で向
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かう者がいた。
﹁村上3佐、入ります﹂
村上は秋吉の有無を言わせまいと言うようにすぐにドアを開けて秋
吉の目の前まで直進する。
﹁おい、今度はなんだ村上くん。どうせまた突拍子もない事を言い
出すんだろ?これ以上君との関わり合いはゴメンだと前にも言った
はずだろう!﹂
秋吉はやれやれと言う顔で村上を追い返そうとしたが、村上は引き
下がる様子もなく寧ろここに居座ろうと来客用の椅子に腰をかけた。
﹁秋吉1佐、いえ...第51戦車連隊、連隊長殿。今度はお願い
ではありませんよ。防衛大臣直轄部隊司令本部からの特別命令を伝
達しに参りました﹂
やはりといった様子で秋吉は大型の連隊長椅子から立ち上がり、ズ
カズカとドアの方向へ歩いて行く。
すると村上は怪しい笑みを浮かべ、振り返らないまま話し始めた。
﹁確かに、大きなリスクは伴います。しかしながらこの作戦が成功
すればあなたやあなたの部隊にとってとてもとても大きな報酬が手
に入るわけですよ。なんせ戦後初の”戦績”を残す事になりますか
らね﹂
村上の言葉にドアの前でピタリと止まる秋吉。
60
﹁村上くん、君に後押しされなくとも師団本部からの連絡はとっく
に入っているんだよ。しかしね、わずか5時間という間に射撃計画
を立てて同時に200発の徹甲弾を輸送しなければならないという
事がどれ程の事か少しは考えて欲しいものだ﹂
そう言い残すと村上はドアを開け、連隊長室を後にした。
その晩、同駐屯地の戦車部隊は明日の戦闘準備を行っていた。
戦闘の主力中隊である第6戦車中隊は2日程前まで鶇が所属してい
る部隊であった。
﹁鶇の奴、生きてるかな...どっかで﹂
整備をしていた3曹の隊員が砲手の潜望鏡を磨きながら一人呟く。
すると30台ぐらいの2曹の隊員がそう言った隊員の胸ぐらを掴み
砲塔全面板に押し付け憤怒した。
﹁馬鹿野郎!今はそんな事考えてる場合じゃねぇだろうが!明日は
本物のまとに弾をぶち込むんだぞ!﹂
﹁そんな事言って!!涙溜めてるんじゃないですか!!﹂
二人はいがみ合い戦車の全面板の上で火花を散らせる。彼らが彼女
の事をこれほどまでに気にするのは元の乗車編成において同じ車両
に搭乗する者たちだったからである。
そんな最中、突然に透き通るような女性の声が二人の耳に過った。
61
﹁峰内2曹!飯谷3曹!
﹂
その声の主はいなくなっていたはずの鶇だった。
二人は目を丸くし、数秒間固まった後戦車から飛び降りてすぐに鶇
の方へ駆け寄る。
﹁おいっ!!てめぇ何処に行ってやがたった!!自衛隊が嫌になっ
たらまずは俺に相談しろって言っただろうが!!﹂
峰内はものすごい見幕で泣きながら鶇の肩を揺らす。されるがまま
の鶇。
﹁あぅっ!わっ!違うんです違うんですよぉ!﹂
彼女のその言葉でやっと停止した峰内は鼻水をすすりながら問い質
す。
﹁じゃあなんで突然いなくなったんだ?それに本部は、﹃捜索は警
察に任せるから部隊員は協力するな﹄なんておかしなことを言い始
めるし...﹂
﹁すみません、私にもよくわかなくて...でも一つ言える事は..
.私はもうこの部隊にはいられないんです﹂
峰内と飯谷はまた驚愕の表情を浮かべた。そして飯谷に至っては彼
女のある”おかしな点”に気づきさらに驚愕する。
﹁え?鶇、お前それ曹長の階級章...﹂
62
﹁こ、これはその﹂
慌てて階級章を隠す彼女とそれを困惑の表情で見つめる飯谷の肩に
峰内は手をポンと乗せた。
﹁まぁなんでもいいっ!今日はせっかく鶇がもどったんだから宴だ
!飯谷、残ってる奴を集めてこい!﹂
﹁りょ、理解!﹂
と言っても人数は5名程度であったが、皆鶇の帰隊を歓迎し泣いて
笑っての盛り上がりだった。
翌朝、と言えど起床ラッパが鳴る2時間前。つまり午前4時。
戦車のエンジン音と共に鶇は目をさました。半目で辺りを見回すと
そこは元いた隊舎の元いた部屋だった。
いつも通り着替え、迷彩服に身を包む鶇だったが、やはり迷彩服の
階級章も曹長の物に変更されている。
もうこの場所には戻れない。
一番上のボタンを止めた彼女は鏡に向かい黄色いゴムで髪を纏めた。
﹁横井士長、及川3曹お世話になりました。それと、さようなら..
.早水1等陸士﹂
63
小声でそう言って黒い識別帽をかぶった彼女はまだ寝ている隊員た
ちを起こさないように静かにドアを開けた。
﹁時刻調整、0500より実施﹂
﹁10秒前..........4、3、2、1、今っ!﹂
皆それぞれの腕時計を調整し、現在時刻を合わせる。
その後、急な編成変更による乗員組み換えがされている事を上級幹
部は早急に伝える。
しかし編成変更とは鶇の車両だけであり、鶇もあらかじめ知ってい
たと言うように受け入れた。
次に各員は戦車に搭乗し、装甲帽を被る。
鶇は運行前点検と各スイッチの動作を確認し、指を指した。
そしてそれが終わり、操縦席から顔を出すとそこにいたのは村上だ
った。
﹁村上3佐...!お疲れ様です!﹂
﹁急にこんな作戦に参加させる事になって申し訳ないな﹂
﹁いえ、決心は付いていましたから大丈夫です!昨日クロスさんと
いう、なんというか...なんて説明していいかわからないんです
が、その人に言われたんです。”これはお前自身の決着でもある”
って﹂
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﹁なるほどね、君のお陰でクロス大尉も我々にチャンスをくださっ
たわけか﹂
話を自己完結しようとしている村上に彼女は思い切ったように疑問
を投げかけた。
﹁あの、村上3佐とクロスさんはお知り合いなんですか?﹂
﹁あぁ、昔からの仲でね。まぁあっちはどう思ってるかわからない
けど﹂
彼が話し終えると同時に一番端の戦車がエンジンをスタートさせ、
轟音が響き渡った。
﹁鶇くん、君はとても強い子だ。だから大丈夫。んじゃ原隊最後の
操縦頑張ってね﹂
そう言うと村上は後ろを向いて手を降った。
﹁車内通話、峰内だ。聞こえるか?鶇。今日編成が変わったのはき
っとお前が何か持ってるからだ。期待してるぞラッキーガール。い
つも通りいくぞ!﹂
﹁車内通話、飯谷。鶇、今日はどんだけおにブレーキでもいいぞ!
頭気をつけろよ!﹂
﹁車長、砲手の感明よし!了解っ!頑張ります!﹂
65
車内の無線から聞こえる車長峰内2曹、砲手飯谷3曹の声援を聞き、
それに応えながら彼女はエンジンをスタートさせた
。
一方戦車から離れていく村上はポケットから携帯を取り出し、中隊
事務室へ電話を入れた。
﹁もしもし、僕だ、村上だ。我々も我々の行動を開始しよう﹂
札幌の中心街にあるラーメン屋。
決まって毎回そこにいるのはクロスとガタイのいい白人だった。
塩ラーメンのスープをレンゲですくい、息をかけて冷ます白人男。
十分に冷ましてからそれを飲み干し、彼はクロスの方を見た。
﹁昨日はどちらに行かれてたデスカ?﹂
クロスは頭の後ろを掻きながらあくびをする。
﹁ふぁ∼あ...あぁ、そういやお前が店に来たのは鶇と俺が出て
ったあとだったか﹂
wish
I
were
you!︵羨
﹁ツグミ?もしやキャプテンは女の子と一緒にランデヴーしてたん
デスか!?oh...I
ましい︶﹂
66
クロスは醤油ラーメンのスープを全て飲み干し、大きいゲップをし
てから白人男を睨みつけた。
﹁だから、そんなんだったらな?俺もホテルでズッコンバッコンや
ってるわけで...まぁその話しは置いとこう。とりあえずあのピ
ザ野郎は村上率いるモンスターカンパニー︵怪物中隊︶に任せる事
にした﹂
﹁まさか前にメイジャームラカミが言っていた、ソウコウゲキ作戦
やるデスか?大丈夫でしょうかネ...﹂
不安気な顔をする白人男に対しクロスは鼻で笑って得意のにやけ顔
をかます。
﹁何言ってやがる。あのピザ野郎なんて比じゃないさ。早水鶇とい
う女は既にとんでもない化け物になっちまってんだからな﹂
白人男はひたいに汗をかきながら眉間にシワを寄せ、真剣な表情で
クロスを見つめる。
気づけば時刻は6時を回っていた。クロス達が店を出ると、商店街
を挟む道路に濃い緑色の車両が何台も通り過ぎて行くのが見えた。
自衛隊車両である。
その後も連なるように何台も通る装甲車両。クロスはポケットに手
を入れ、肩を上下に動かしポキポキと音ならした。
67
﹁はぁーあ...ついに始まっちったか﹂
68
再会︵後書き︶
ここまで読んでくれているみなさん、本当にありがとうございます!
今回の話しは自分の現職である戦車部隊の描写を入れてみたんです
が、防衛機密に触れない程度に実際の動きを仕込みました笑
これからもミリタリー要素をふんだんに使っていきたいと思います
ので好きな人詳しい人は是非是非意見等ください!出来る限り反映
させたいと思いますb
毎度わかりにくい文章でごめんなさい...
ただでさえわかりにくい文章なのに伏線立てすぎてさらにわけわか
んなくなってますねこりゃ︵ ̄д ̄;︶
あと誤字脱字等もだいぶ目立ってますが、とりあえずピザ野郎戦を
´
▽
`
︶ノ
完結させてから逐次保備修正をしてしていきたいと思いますf^︳
^;
どうかこれからも応援宜しくお願いします︵
69
オトリ作戦
午前6時、札幌の中心街には異様な光景が広がっていた。
深緑色のジープ、高機動車、トラック、装甲車。それらが道を占拠
し何十台と連なっているのだ。
大きい通りや交差点、至る所に迷彩服と防弾チョッキに身を包んだ
自衛官がおり交通整理をしている。
しかも皆小銃を携行し、ただでさえ物々しい雰囲気をより一層高め
ていた。
﹁うわぁ、なんか戦争でも始まるのかって感じですね成海先輩﹂
﹁確かに。でも戦争というより怪獣映画のワンシーンみたいじゃな
い?加奈はそういうの好きでしょ﹂
LAV︵軽装甲機動車︶の横で雑談するこの2人を含む特務第2中
隊の隊員達はは商店街を横切る道路上で命令下達を待っていた。
無線を傍受する者、周囲を警戒し巡回する者。それぞれが気を張り
詰める中、特務第2中隊の者達だけはむしろ暇を持て余したように
振舞っている。
時刻は6時を回っていた。
部下である加奈と雑談していた成海は商店街の一角にあるラーメン
屋から見覚えのある人物が出てきた事に気がつく。
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﹁あいつ...﹂
そうつぶやくと成海は商店街の方へと歩き出し、肩を怒らせながら
その人物に近づいていった。
﹁あの、成海先輩!どちらに行かれるんですか?﹂
それを見ていた加奈も慌てて後をついて行く。
封鎖され、車が通らない横断歩道を渡った彼女はついに”彼”の前
に立ちはだかった。
﹁ん、あれ?あんたは...昨日山田達と一緒にいた女じゃねーか﹂
そこにいたのはガタイのいい白人男を連れたクロスだった。
成海は腰に手を当て彼を睨む。
﹁昨日助けられた事に関してはお礼を言う。けど鶇を連れて行って
鶇にいったい何をしたの?返答次第では修羅場になるけど﹂
鋭い目付きで疑いを向ける彼女に対しクロスはそれをあざ笑ような
態度で軽くため息を付いた。
﹁はぁ、そうだなぁ。昨日は久しぶりに若い女の子をしこたま味わ
ったよ。やっぱ若いっていいねぇー!いや別にババアを味わった事
は無いけどさぁ﹂
それまで溜めていた成海の怒りは頂点に達し、ついに彼の胸ぐらを
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掴んで思い切り引き寄せる。
﹁てめぇ...村上3佐の知り合いだかなんだか知らねーけど、も
う我慢ならねぇ...タマえぐり出して焼却炉にぶち込んでやる..
.﹂
﹁ななな、成海先輩!落ち着いてください!成海先輩...﹂
﹁oh...オネイサンおっかないデス...﹂
見たこともない成海の恐ろしいその形相に、加奈は震え上がり怯え
ていた。そしてクロスの連れである白人男も突然の状況に困惑し泡
を食っている。
そんな状況にも胸ぐらを掴まれている彼は全く動じる様子もなく、
半分にやけ顏をしている程であった。
﹁ははっ、いやいや。村上からは冗談の通じる女だって聞いてたけ
ど、蓋を開けてみるとこのザマだ。まぁ冗談の通じない女は締まり
がいいとかって言うらしいけどな﹂
﹁そんなに死にたいんなら今すぐ切り刻んではらわたブチまけさせ
てもいい。でもそれはてめぇが鶇に頭蓋骨陥没するまで土下座して
からだ﹂
もはや誰も止める事が出来ない程に暴走する成海。そんな彼女を見
て流石にヤバイと思ったのかクロスは頭を掻きながらそっぽを向い
た。
﹁いやバカ。本当に冗談だよ。俺が鶇を連れてったのは、ブラック
72
ボックスの代わりに”索敵能力”の優れた彼女を使い奴を探し出し
てスライスハムにでもしてやろうと思ってたからだ。お前も怪人の
端くれならわかるだろ?﹂
彼女はゆっくりと手の力を緩め、手を離すと一歩後へ引いた。服の
乱れを直しながら彼はさらに続ける。
﹁でも、その必要はなくなった。なんせそちらの村上3佐殿が請け
負ってくれるみたいだからな。さてさて、あんたらはどんな方法で
奴を演習場の弾着地までおびき寄せるというのかな?﹂
それまで黙っていた加奈は急に思い出したように肩に下げたショル
ダーバッグの中をあさり始める。そして彼女は水色の布切れのよう
なものが入ったジップ付きの袋を取り出し、高らかに見せつけた。
﹁これです!鶇ちゃんの部屋から盗んできたまだ洗ってないパンテ
ー!これで奴をおびき寄せるんです!﹂
それを見たクロスは目を細めて引きつった苦笑いをし、次に成海を
勢いよく指差して怒鳴りつけた。
﹁なぁにが﹃鶇に土下座しろぉ﹄だッ!!お前らの方がよっぽどひ
でえだろJK!!︵常識的に考えて︶﹂
﹁しょ、しょうがないでしょ!鶇を囮に使うわけにはいかないんだ
か...﹂
成海がそう言い終える直前だった。
73
また”あの時”と同じような地鳴りがし始めたのだ。
全員の表情は固まり、誰一人として言葉を発しなくなる。
十数秒間続いた揺れは収まり、皆辺りをキョロキョロと見回す中ク
ロスだけは後ろを向き地面を直視していた。
﹁下から...来るぞ﹂
直後、地面は爆発するよう砕け、轟音と共に辺りは砂煙に包まれた。
煙りが晴れるにつれ、いびつな形をした”それ”の正体は明らかに
なる。
周りにたむろしていた自衛官達は後に引きながら銃を構え一応の臨
戦態勢を取った。
一方、クロスや成海達はというと、その化け物を睨んだままで特に
身構える様子もない。
成海は右拳を強く握りしめる。すると肘あたりから手首を通り、極
太の針のようなものが勢いよく伸びた。黒光りする針は1メートル
程あり、彼女はそれを化け物へと向ける。
﹁私が時間を稼ぐから、加奈は急いで車に乗って!!﹂
﹁りょ、了解です!﹂
加奈は反対側の車両の方へと一心不乱に走り始めた。それを追いか
けるように歩き始める化け物。
成海は素早くその背後に飛び乗り、化け物の肩に乗り上げる。
74
全く見向きもしない化け物に対し舌打ちをした彼女は、腕から伸び
る極太の針を化け物の右腕関節部分に思い切り突き刺した。
化け物は道路に横付けされた車両の一方前で停止し、﹁ヴォォォォ﹂
という奇妙な悲鳴を上げる。
車両に向かっていた加奈は化け物がそこに到達する前になんとか乗
車に乗り込み、直後車両は怒涛の勢いでストール発進をした。
化け物の顔から太った男の顔が這い出し、直進する車両を凝視する。
﹁まぁってよぉぉおつぐみちゃぁん!!!﹂
そんな彼の意思に合わせるように化け物は蜘蛛のような多数の足で
素早く歩き始めた。その勢いに成海は振り落とされる。
町なかの道路を駆けていく化け物は道路上にたむろする自衛隊車両
を次々と突き飛ばして加奈の乗る車両に近づいていった。
そんな状況に車内もまたパニック状態であった。ドライバーと助手
席の車長以外の後部人員は皆青ざめた表情で追いかけてくる化け物
を凝視している。
とうとう化け物の手が届く所まで迫り奴の爪が後部ドアを引っ掻い
た。これはまずいと思ったらしく3曹の階級章を付けた男が天井か
ら突き出た銃座についた。
﹁加奈!弾が切れたら予備の弾薬を俺にくれ!﹂
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﹁わかった!上島っち!﹂
上島という男は軽機関銃のこうかんを引き、化け物に対し照準を合
わせたと同時に引き金を引いた。機関銃は薬莢を撒き散らしながら
軽快に弾丸を連発する。ところが全ての弾丸は硬い装甲に当たった
ように跳ね返されてしまっていた。
﹁加奈!次はアレだ!ほらっスーパーロボットみたいな名前の...
バズーカ的なやつ!﹂
彼がそう言うと加奈は2.3秒考えた後にそれが何なのか思い出し
たらしく、後部の積載スペースに横たわる長い鉄筒を持ち上げ彼に
手渡す。
﹁これだ!カールグフなんとか!﹂
カールグフなんとかではない。カールグスタフ84ミリ無反動砲で
ある。
無反動砲を受け取った上島はまた銃座に上がりすぐにそれを構えた。
しかし車体が揺れるためなかなか照準が定まらない。
やがて開けた道路に出た車両は今までになく安定した走りをするよ
うになった。彼はまた照準しなおし、ここぞとばかりに無反動砲の
引き金を思いっきり引く。
その瞬間、砲の後ろから凄まじい爆風を吹き出し直径84ミリの榴
弾が化け物に向かい発射された。
榴弾は命中し、爆発。轟音と煙りに包まれた化け物はどんどん失速
して行った。
76
﹁だっはっはっ!ざまぁみやがれ!化け物んが!﹂
中指を立てて笑う上島。しかし後部窓から化け物の様子を見ていた
加奈は今までより深刻な表情をする。
﹁ねぇ上島っち...あいつなんか進路変えてるっぽくない?﹂
﹁ん?あれ、ホントだ。しかもあの山林道って直進したら...鶇
達がいる駐屯地の方向じゃねーか!?﹂
化け物は山林道方向に進路を変え、さらに速度を増して行く。
一方、札幌の商店街の一角に取り残された成海はまたクロスとの睨
み合いを続けていた。
﹁どうして鶇に戦わせようなんて思ったの!?あの子はまだ怪人に
なってしまったばかりなのに。まだ何もわからないのに...﹂
肩を怒らせる彼女にクロスは腕を組んで睨みを効かせる。
﹁鶇から話を聞いてるか知らんが、彼女を殺したのはあのピザ野郎
だ。お前だったらどう思う?自分と自分の友人が犯して殺されそう
になっちまったら。あいつはあいつなりに決着を付けなきゃいけな
い事ってのがあるんだよ﹂
成海は少し黙ったあと大きくため息をつき、さっぱりとした表情で
77
彼の方にに向き直った。
﹁鶇には私と同じ思いさせたくなかった。でも彼女にはそういう強
い意思があったんだね。私ちょっと過剰心配し過ぎたのかな...
可愛い子にはちょっと旅をさせてあげるべきってことだね﹂
そう言って彼女は待機する車両の方へと戻って行く。
﹁まぁお互い彼女の勇姿を見守ってやろうじゃないか﹂
程なくしてクロスは白人男を引き連れ彼女と反対方向に歩いて行っ
た。
真っ直ぐと商店街のアーチ内を進む2人。
信号を渡り次のアーチに向かおうとしたその時だった。
軒並み連ねる商店の一つにクレープ屋があり、クロスはその前で突
然足を止めた。
﹁あ﹂
その一言と共にクロスは顔をしかめて固まる。
彼の目線の先にいたのは肌の白いブロンド髪の少女だった。
白人男はクロスと少女を交互に見てから少女を指差す。
﹁あのオンナノコもオシリアイでスか?﹂
クロスは少女を凝視したまま白人男に返す。
78
﹁あぁ、知り合いだ。知りたくもないけどな。お前もそうだろう?
神罰の代行者ラグエル...﹂
少女は振り向き、一口かじったクレープを反芻して飲み込んでから
満面の笑みで答えた。
くろすこうすけ
﹁いいえ、私はあなたさまの事がもっと知りたいのでございますよ。
黒巣浩介さまっ﹂
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PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n7847bw/
ブラックボックス
2014年2月15日20時40分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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