Twinkle:Tokyo Womens Medical University - 東京女子医科大学

Title
痴呆例の髄液中有のバソプレッシン濃度と1-desamino-8D-araginine-vasopressin(DDAVP)治療
Author(s)
遠藤, 理有子; 小林, 逸郎; 村上, 博彦; 降矢, 芳子; 丸
山, 勝一
Journal
URL
東京女子医科大学雑誌, 59(6):615-619, 1989
http://hdl.handle.net/10470/7032
Twinkle:Tokyo Women's Medical University - Information & Knowledge Database.
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/
!57
〔東女医大誌 第59巻 第6号頁615∼619平成元年6月〕
原
著
痴呆例の髄液中のバソプレッシン濃度と
1−desamino−8−D−arginine−vasopressin
(DDAVP)治療
東京女子医科大学 神経内科学教室(主任:丸山勝一教授)
エンドウリ ウ コ
コバヤシ イツロウ ムラカミ
遠藤理有子・小林
ブリヤ
ヨシコ マルヤマ
降矢 芳子・:丸山
ヒロピコ
逸郎・村上 博彦
ショウイチ
勝一
(受付 平成元年2月23日)
Cerebrospinal Fluid Vasopressin Levels and the Effect of 1・desamino・8・D・
arginine・vasopressin(DDAVP)in Dementia
Riuko ENDO Itsuro KOBAYASm Hirohiko MURAKAMI Yoshiko FURIYA
,
,
,
and Shoichi MARUYAMA
Department of Neurology(Director:Prof. Shoichi MARUYAMA), Neurological Institute,
Tokyo Women’s Medicai College
Arginine・vasopressin(AVP)concentration in the cerebrospinal fluid was measured by radio−
immunoassay in 5 patients with Alzheimer type dementia(ATD),5patients with multi・infarct
dementia(MID)and g patients without dementia as a control group. The mean concentration of AVP
was O.65±0.24 pg/ml for ATD,0.60±0.23 pg/ml for MID, and O.92±0.13 pg/ml for controls. It was
lower in patients with MID than controls significantly(p<0.05). It was lower in older patients than
younger patients, however there was no statistical significance.
Five ATD patients were given 1−desamino・8−D−arginine・vasopressin(DDAVP),20∼40μg/day,
intranasally, for 12 to 28 days. The effect was evaluated by Hasegawa’s Dementia Scale and GBS
Score between pre−amd post−treatments. DDAVP was effective in 2 patients and no significant
changes were noted in 3 patients. Two effective cases were relatively yGunger and had moderate
degrees of dementia. Before treatment, the cases were in a depressive state, but after treatment, they
seemed euphoric and their mental activities began to rise. Two of non−effective cases were older and
had severe degrees of dementia which progressed during the treatment. As a side effect, severe
hyponatremia was noted in these 2 patients, but it improved within two days after stopping the
treatment and by water restriction.
heimer type dementia, ATD)と多発梗塞性痴呆
緒「言
Arginine vasopressin(AVP)は間脳視床下部
(multi−infarct dementia, MID)において髄液中
から分泌される神経ペプチドであるが,DeWied
のAVP濃度を測定し,患者対照群との比較,痴呆
ら1)によりラットにvasopressinを投与すると条
の程度との相関についての検討を行った.
件づけ逃避反応の記憶保持時間が延長すると報告
ATD 5例に対しDDAVP(1−desamino−8−D・
されて以来,痴呆の治療薬として種々の研究がな
arginine vasopressin)の、点鼻投与を行い,2例に
されている.今回我々はAlzheimer型痴呆(Alz一
改善を認めたのでこれを報告する.
615
158
AVP
表1 患者対象
症例
1
年齢
性別
58
F
罹病期間
投与量
投与期間
20μ9
12日
20μ9
12日
40μ9
4日
20μ9
/4日
2
58
F
3
67
4
69
F
F
2年
4年
1年
5年
5
84
F
3年
*(pく0.05)
(P9/m1)
:
:
王
8
1.0
1:1
o
8
…
…
40μ9
14日
40μ9
12日
;{
0.5
●
対象と方法
ATD 5例(平均67歳,55∼84歳), MID 5例
CI
(66.4歳,62∼74歳),痴呆や脳血管障害のない患
C2
ATD
MID
図1 髄液中のAVP
者対照例9例(47.9歳,17歳∼73歳,うちage
CI:患老対照, C2:age matchした患者対照, ATD:
matchした例6例,61.8歳,56∼73歳)において,
Alzheimer型痴呆, MID:多発梗塞性痴呆
腰椎穿刺で採取した髄液中のAVP濃度を
AVP
radioimmunoassay法を用いて測定した.
(P9/ml)
■
また,ATDと診断した5例(女性5例,平均
●
1.0
67,2歳,58∼84歳)に対し,DDAVP 1日20∼40
●
●
x、
●
μgを2回に分けて,12∼14日を1クールとして点
●巫x・
●
鼻法で投与した(表1).効果の判定は,臨床症状
と長谷川式簡易知能評価スケール2)(以下長谷川
△
0.5
式スケール),GBS(Gottfries, Brane, Steen)
●患者対照
△
κ
XAIzhelmer型痴呆
尺度3)を用い,投与前後で評価した.GBS尺度は,
△多発梗塞ド1痴呆
①着衣・摂食・排便等の運動機能,②場所・時間・
x △
y=1.231−8.057x
r=0.610
人の見当識や記憶等の知的機能,③感情機能,④
0
暗うつ・落ち着きのなさ等痴呆に共通のその他の
0
20
症状をスコア化したもので,点数が高い程機能が
60
80
100
図2 年齢と髄液中のAVP
妨げられていることを表す.投与中,体重・尿量・
血液生化学をモニターし副作用を観察し,重篤な
AVP
副作用の出現した症例は途中で投与を中止した.
結
40
年 齢(歳)
(P9/mD
果
1,0
XAIzhelmer死1岬災ll呆
△多発梗塞目覆il呆
1.髄液中のAVPの比較
△ x
r=0.264
髄液中のAVP濃度は,患者対照群0.92±0.13
x
△ x
pg/m1(平均±標準偏差), age matchした患者対
△
照群0,88±0.13pg/ml, ATD群0.65±0.24pg/
0.5
ml, MID群0.60±0.23pg/m1であった. AVP濃
x
△
×
度は痴呆のみられる症例では寸言を示し,MIDで
△
は患者対照群と比較して有意(p<0.05)に指値を
呈した.ATD・MID間での有意差はみられなかっ
o
0
た(図1).
図2に年齢と髄液中のAVP濃度の関係を示
10
20
30
長谷川式簡易知能訊毛価スケール(点)
図3 長谷川式簡易知能評価スケールと髄液中の
す.推計学的有意差はないが,患者対照群におい
一616一
AVP
159
ても,ATD・MID群においても,年齢が高くなる
表2 DDAVP投与前後の長谷川式簡易知能評価
スケールとGBS score
につれて髄液中のAVP濃度は低くなる傾向が見
られた.長谷川式スケールとAVP濃度には相関
GBS score
長谷川式スケール#
はみられなかった(図3).
症例 1.
2.DDAVP治療
以下に症例を呈示する.
症例1:58歳,女性.
身のまわりのことは可能であるが家事はでき
7→15.5
@
2.
P7.5→14
@
3.
@2→2
@
4.
P7.5→27.5
@
5.
T,5→0
運動
知的
感情
その他*
0→0
21→19
5→5
8→7
O→0
R→2
P→1
S→2
Total
34→31
@8→5
P00→101
Q5→26 T0→50 P2→12
P3→13
X→7
O→0
P→0
P0→7
V→7
T→8
V9→91
O→0
Q7→34 S0→42
#:長谷川式簡易知能評価スケール
ず,やや添うつ傾向があり中等度の痴呆を認めた.
傘:痴呆に共通なその他の症状
DDAVP 20μg/日12日間投与により言葉が出やす
くなり表情も明るくなった.長谷川式スケールは
表3 DDAVP療法の効果
7から15.5点に改善した.投与2日目に手掌・足
背の浮腫が認められたが,6日目に自然に軽快し
GBS score
長谷川式簡易
m能評価スケール
た.
症例2:58歳,女性.
自分の名前が漢字で書けず,会話の途中で内容
軽度改善 不
改善
2例
運 動
0例
s変
ォ化
1例
2例
m 的
エ 清
R03
を忘れたり物忘れが目立った.DDAVP 20μg/日
変
3例
P51
悪
化
2例
P01
サの他*
串:痴呆に共通なその他の症状
12日間投与後,症状には著変なく長谷川式スケー
ルは17.5から14点にやや低下した.
症例3:67歳,女性.
り,無欲状・無反応・寝たきりの状態であった.
高度の痴呆と日常生活の制限がみられた.
DDAVP 40μg/日投与10日目から悪心・嘔吐,低
DDAVP 40μg/日投与後,低ナトリウム血症(投
ナトリウム血症(Na 103mEq/1)がみられたが,
与2日目Na 128mEq〃,4日目Na 113mEq/1)
水制限により2日後にはNa 135mEq/1と回復し
と尿量減少を認めたため4日間で投与を中止し
た.入院という環境の変化によって,投与前から
た.水制限により尿量は増加し,中止2日後には,
症状の悪化がみられていたが,投与中にも痴呆の
Na 131mEq〃と改善した.投与前後で痴呆の程
程度は進行した.
度は変わらなかった.
以上まとめると,長谷川式スケールでは,改善
2例,不変1例,悪化2例であった.GBS尺度で
症例4:69歳,女性.
外出先を間違えたり電話のとりつぎができず,
は知的機能や痴呆に共通な症状の各項目が各々3
ひきこもりがちで人に話かけることが少なかっ
例で軽度に改善がみられた.1例で運動機能の著
た.DDAVP 20μg/日投与後1週間頃から,表情
明な悪化がみられた.全体的にDDAVPの効果が
が明るくなり話をしたり笑うようになった.14日
みられた例は2例であった.(表2,3).
間投与後長谷川スケールは17.5から27.5点に改善
考
察
したが,失見当識は残存した.そのためDDAVP
Vasopressin(VP)は抗利尿作用,血管収縮作
を40μg/日に増量して14日間投与を行ったが症状
用の他にACTH分泌や記憶促進作用等,種々の
は変わらなかった.退院後外来でDDAVP 10μg/
生物学的活性をもつ神経ペプチドである4).加藤
日の投与を続けているが,積極性が出てぎて外出
ら4)によると,下垂体後葉摘出ラットや遺伝的尿
も独りでできるようになり,副作用もみられず著
崩症ラットでは条件づけに対する逃避反応学習や
明な改善が得られた.
それによって得られた逃避反応の維持に障害が認
症例5:84歳,女性.
められるが,これらの逃避反応学習直後にVPを
高度の痴呆で,入院後徐々に経口摂取不能とな
投与すると逃避反応の維持に改善がみられる.ま
一617一
160
た,健常ラットで逃避反応学習直後に脳室内に抗
面からの治療が試みられつつあるが,いまだに有
VP血清を投与すると逃避反応の維持時間が短縮
効な治療法や予防法はなく,研究段階である.VP
すると述べている.これらのことから,VPが記憶
の痴呆患者への投与の報告では,有効14),無効15)16)
獲得,特にその維持に影響を与えていると考えら
等報告によって一定した結論が得られていない.
れている.
我々の経験したDDAVP投与の5例中2例に長
また,VPは海馬スライスのCA 1領域の
谷川式スケールの改善がみられた.改善のみられ
ニューロンの発火を増加させ,また,中隔の吻部
た2例は,比較的年齢が若く痴呆の程度も中等度
や海馬背側,視床下部背側交感神経路のカテコラ
であった.投与前にはやや暗うつ傾向がみられた
ミン終末を破壊すると,VPによる記億固定が障
が,投与後,表情が豊二かになり意欲の向上が認め
害されると報告されている5).これらのことから
られた.症例4は著明な改善が得られたため,退
VPが大脳辺縁系,特に海馬に分布するカテコラ
院後もDDAVPの投与を続けた.以前は家にひき
ミン作動神経終末に神経調節因子として作用し,
こもりがちであったが,積極性が出現し,独りで
記憶固定を促進すると考えられている5).
外出ができるようになった.Goldら17}は燥病の患
我々の髄液中のAVP濃:度の検:討では,痴呆を
者では髄液中のAVP濃度は増加しているが,う
有する症例で,また年齢が高くなる程,推計学的
つ病の患者では低下していると報告している.ま
有意差はないがAVP濃度が低くなる傾向がみら
た,Sφrensonら9)はうつ病患者がうつ状態から回
れた.これまでにもATDや他の原因による痴
呆6)∼9)の患者では,髄液中のAVP濃度の低下が報
復した時,髄液中のAVP濃度の増加がみられた
と述べている.DDAVPの効果としては意欲の向
告されている.Swaabら10)は年齢が高くなるにつ
上がみられ,抑うつ的な症例に効果があると思わ
れて視索上核のAVP作動性細胞が減少すること
れる.
を報告し,中でも痴呆のあった患者では著明に減
改善のみられなかった3例中2例は,高齢で痴
少していたと述べている.我々の結果もこれらの
呆の程度も重く,日常生活のすべてに介助が必要
報告を支持するものと考える.Zaborskyら1’)は
な状態であった.両者とも,入院という環境の変
脳内各部位からAVPを分泌する視索上核に至る
海馬からの由来が多いと報告した.ATDでは病
化により,DDAVP投与前から症状の進行がみら
れていたが,投与中にも進行した.DDAVP投与
により,2例とも重篤な低ナトリウム血症がみら
理学的に,大脳皮質とともに海馬や中隔にも神経
れた.低ナトリウム血症は,投与の中止と水制限
細胞の減少やAlzheimer神経原線維変化がみら
により2日以内に改善したが,高齢者や心・腎合
れ’2),髄液中のAVP濃度の低下に関与している
併症のある患者には慎重な投与が必要と思われ
可能性が考えられる.
た.
神経路の約50%は大脳辺縁系,特に扁桃核,中隔,
今回の検討では痴呆の程度と髄液中のAVP濃
度の相関は認められなかった.ATDでは,神経生
化学的研究により,AVPの他アセチルコリンや
結
語
ATD 5例, MID 5例,患者対照例9例の髄液
中のAVP濃:度を測定した.また, ATD 5例に対
しDDAVPの点鼻療法を行った.
1)髄液中のAVP濃度は,痴呆があり,また,
ソマトスタチン・カテコラミン・セロトニン。
GABA等,種々の神経伝達物質の低下が報告13)さ
れており,AVPだけで痴呆の程度を評価するこ
とは難しいと思われる.しかし,今回の検討は
年齢が高くなる程低くなる傾向がみられた.
ATD 5例, MID 5例と少数例であるため,今後
意欲の向上と長谷川式簡易知能評価スケールの改
症例数をふやし検討する必要があると思われる.
善を認めた.改善例は比較的若年で中等度の痴呆
2)ATDにDDAVPの点鼻投与を行い,2例に
ATDでは,脳内の蛋白質・遺伝子・DNAの異
例であった.
常や神経伝達物質の変化が解明され,生化学的な
一618一
161
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