Title [数学科] 主体的に数学の学習に取り組む生徒の育成 Author(s

Title
[数学科] 主体的に数学の学習に取り組む生徒の育成
Author(s)
辻川, 智宏; 下村, 伸大; 溝渕, 修也
Citation
研究紀要, 2010: 53-60
Issue Date
2010-10-21
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/2386
Rights
Hokkaido University of Education
数学科
主体的に数学の学習に取り組む生徒の育成
辻
川
智
宏・下
村
伸
大・溝
渕
修
也
はじめに
本研究は,問題解決の後に「活用問題」に取り組む実践をとおした,生徒の「自ら学ぶ意欲」の向
上を目的としている。Ⅰ章では研究主題設定の背景を示し,Ⅱ章ではこれまでの授業実践の成果と課
題を踏まえ,
「自ら学ぶ意欲」を高める動機づけの枠組みを捉え直すことで,研究の視点を定め た。Ⅲ
章は研究総論とⅡ章の考察を踏まえ,
「 自己効力感」を味わう手立てを基に仮説を設定し,Ⅳ章の実践,
Ⅴ章ではその検証・考察をし,本研究 における手法の成果と課題を報告 するものである。
Ⅰ
研究の目的
計算式を示すと正確に速く計算できる生徒は多い。しかし,その計算をどの場面でどのように用い
るのかがわからなければ問題解決の場では意味をなさない。教師から与えられた問題をこなすだけの
受け身の学習活動では,生徒が数学について学ぶ意義や有用性を実感 することは困難であり,さらに
学んだことを活用しようとすることもないであろう。
国際的,全国的な学力調査の結果からも,我が国の中学生における数学の課題として「得点は上位
にあるが,意欲や態度は低いレベル」
「身に付けた知識・技能を十分に活用できない」などが報告され
た。これらを受けて先行実施が始まっ た新学習指導要領では,
「数学的活動を一層充実させ,確実に知
識・技能を身に付けるとともに数学的な
思考力を高め,自ら学ぶ意欲を高める」
ことを求めている。
本校数学科では上記の課題の解決は,
生徒が多様に変化する社会を生きていく
ための重要な資質を身につけることにつ
ながると考え,昨年度「数学のよさ」の
実感へ導く授業の構築を目的とする研究
に着手した。1年の実践を経た本校2,
図1
数学の学習に対する意識調査より(2,3年生)
3年生の数学の学習に対する意識は,
「数学を学ぶと役に立つ,数学は楽しい」と考える生徒の割合は
高いが,
「問題が解けても別の解き方を考える,計画的に数学の家庭学習を進める」割合が低い傾向に
ある(図1参照)。また,3月に行った教研式観点別到達度学力検査(CRT)の結果においても『数学
的な見方・考え方』の観点の平均得点率が 64.4%で他観点(80%前後)と比べて低く,これらの実態は
昨年度の調査などと比較して大きな変化は見られなかった。
そこで,これらの生徒の課題を解決するために研究総論で述べている「行動の喚起」が「行動の強
化」に辿り着く道筋にある「行動の持続」と「持続に関 わる自己調整」に研究の視点を向け,生徒の
変容を目指した手立てを講じる必要があると考えた。特に自己調整の機能に注目して「自ら学ぶ意欲」
を高める動機づけの枠組みを捉え直すことで講じる手立ての位置づけが明らかになり,効果の高い授
業を展開することが可能となる。その結果,家庭においても授業の課題追究を継続したり,自分の目
標に向けて学習を進めたりするなど主体的に数学の学習に取り組む生徒の 育成につながると考えた。
Ⅱ
数学科の研究の視点
生徒の「自ら学ぶ意欲」を高
教師から与えら
れる問題を楽し
んで取り組む
【疑似内発的動機づけ】
めるために「自律的かつ目的的
な動機づけ」の強化を図り,そ
目的的
手立てA
して,その強化のためには,授
業において生徒が「自己効力感」
を味わうような手立てを講じる
問題
他
律
的
手立てA
教師から与えら
れる問題に仕方
なく取り組む
【完全なる外発的動機づけ】
いる。
これを受けて,本校数学科は
教科学習の視点から捉え直した
「動機づけ」の枠組みの中で,
数学を勉強することが大
切だと思うから自ら進ん
で学習に取り組む
【統合による調整】
解決
必要があると研究総論は述べて
図2
「他律的かつ目的的」な位置づ
数学が好きだか
ら自ら進んで学
習に取り組む
【完全なる内発的動機づけ】
自
律
的
夢 の 実 現や 進 学 の た め に自
ら進んで学習に取り組む
【同一化による調整】
手段的
自ら学ぶ意欲
数学科における「自ら学ぶ意欲」を高める動機づけ
の枠組み
けである「疑似内発的動機づけ」から「自律的な動機づけ」にベクトル が向かう授業の構築に今年度
の研究の視点を置いた。なぜなら,私たちが実践してきた「問題解決の授業」は,先述のとおり,生
徒の興味・関心を喚起させる効果は認められたが,解き終えた問題の追究や継続した家庭学習など「主
体的に学習する」行動にまでは至らなかったからである。 この反省を踏まえ,問題解決によって喚起
した(疑似内発的動機づけまで高めた)生徒の興味・関心を,
「自己効力感」を味わうような手立て Aを
講ずることで,「自ら学ぶ意欲」を高めることができると考えた(図2参照)。
Ⅲ
研究仮説
数学の授業において,問題解決の後に「活用問題」に取り組む活動を取り入れることにより,
「自ら学ぶ意欲」が高まるであろう。
1
数学科における「自己効力感」を味わう手立て
・問題解決の後に,「活用問題」に取り組む授業を展開する。…手立てA
本研究の1年次目の成果は,
「 自己効力
感」を味わい,夢中になって問題に取り
組 ん だ 生徒 が 増 加 し た こ と で あ った (図
3参照)。数学の授業において,「自分に
とって尐し難しい」問題に取り組んでい
る時,
「自己効力感」を味わうことが多い
ようである。具体的には,数学的活動を
とおして,学習内容を確実に習得すると
ともにそれらを次の場面で活用し,新た
な性質の発見や思考のひろがりにつなが
図3
学習に関する意識調査より
る際に味わうと考えられる。そこで,生徒に授業で習得した知識や技能を活用する活動を経験させ,
「もっと学習したい」という感情を高めることが 先述した課題の改善に必要であると考えた。
また,
「学びをひろげる」段階へ生徒の意識が高まらなかった理由は,これまでの実践における問
題解決の後に設定した問題が「適用問題」としての位置づけが多く,そのため生徒が「自己効力感」
を味わう経験が尐なかったためと分析した。相馬(2009)は「生徒は考えることを通して基礎的・基
本的な知識や技能を習得していく。また,習得が活用を促し,逆に,活用が習得を促進することも
多い。」 1 ) と述べている。生徒が問題解決をとおして習得した知識・技能を活用できる問題(外的な刺
激)に取り組む経験を重ねることは,前頁図2の枠組みの中で行きつ戻りつを繰り返し,「自ら学ぶ
意欲」にベクトルが向かうものと考える。
表1
以上の考察から,
「自己効力感」を味わう手立てを ,問題解決の
示された数学的活動
ア
数や図形の性質など
を見いだす活動
イ 数学を利用する活動
ウ 数学的に説明し伝え
合う活動
後に「活用問題」に取り組む授業を展開するとした。この「活用
問題」について本校数学科では,①問題解決の過程で得た知識・
技能を活用することにより,さらに思考力や判断力,表現力を高
めることができる問題,②解決した問題設定とは異なる日常生活
や社会の文脈に落とした問題と規定している。また,
「活用問題」に取り組む活動は,表1の新学習
指導要領に示されている三つの数学的活動 2) の中の,アとイの活動と関連が深い。さらに ,ウの活
動を適切に設定することにより,主体的に数学の学習に取り組む 態度を育むと考える。
2
検証の方法
(1)
動因効果(D 1 )の検証方法
方
(2)
概
要
認知・感情・行動の
傾向アンケート(一群法)
単元指導前と指導後の人数について統計的検定を行い,傾向の高
まりの要因を考察する。
観察法
自律的な学びの姿を見取る。他の検証方法を補足する。
目標効果(D 2 )の検証方法
方
Ⅳ
1
法
法
概
要
ワークシートやノートの記述
生徒が活用問題に取り組む場面における思考の過程を考察する。
その生徒の思考を見取るために,自力解決用と他者の考えを記 述
するスペースを設ける。
ポストテスト(二群法)
単元指導終了後,
「思考」
「技能」
「知識」を観点とした同質異問題
の正答率平均の差について統計的検定を行い,要因を考察する。
実践
実践の計画
(1) 指導時期 5月下旬から7月中旬
(2) 対象学年 中学3年生 116 名(男子 66 名 女子 50 名)
(3) 指導単元 2章 平方根 3章 二次方程式
(4) 単元目標
・2章:正の数の平方根の必要性と意味を理解し,根号を含む式の計算ができるようにするとと
もに,具体的な場面で根号を用いて表したり処理したりしようとする態度を伸ばす。
・3章:二次方程式について理解し,因数分解や平方根の考えなどを用いて解くことができるよ
うにするとともに,具体的な問題を解決できるようにする。
(5) 指導計画 全23時間(1節:5時間,2節:7時間,3節:7時間,4節:4時間)
節
学習事項
1
平方根の必要
性と意味
主
な
学
習
活
動
○正の数の平方根の必要性を理解することができる。
○根号を正しく用いることができる。
○無理数(分数に表わせない数)について理解することができる。
<活用問題A> 分数に表わすことができない小数をつくってみよう 。
2
根号を含む式
の計算
○根号をふくむ式の乗除の計算ができる。
<活用問題B>
2 × 5 = 10
が成り立つ理由を考えてみよう。
○根号をふくむ式の加減の計算ができる。
○ 乗法公式を利用して、根号を含むいろいろな式の計算ができる。
<活用問題C>
3
二次方程式の
意味と解法
2 + 3 = 5 と計算できない理由を考えてみよう。
○二次方程式の意味及びその解の意味を理解することができる。
○因数分解や平方根の考えを用いて二次方程式を解くことができる。
<活用問題D> 二次方程式を右のように解いたが
間違いである。なぜ間違えているか
を説明してみよう。
x 2 =7x
両辺を x で割って,
x=7
○解の公式を用いて二次方程式を解くことができる。
<活用問題E> 二次方程式
ax 2 +bx+c= 0 を解くとき,3つの方法
(因数分解・完全平方の形・解の公式)のどれを用いるかを場合
分けしてまとめてみよう。
4
二次方程式の
利用
○数の性質や図形に関する問題などを,二次方程式を用いて解決する
ことができる。
○得られた解が問題の答えとし て適切かどうか判断した考えを,数学
的に表現することができる。
<活用問題F> 次の問題をもとにして,自分で問題をつくり解いてみよう 。
たてが25m,横が36mの長方形の畑
がある。これに右の図のように,同じ幅の
道をつくり,残った畑の面積が840m 2
になるようにしたい。道幅はどれだけにしたらよいだろうか。
2
実践授業の流れ(例:5/23)
(1)
本時の目標
小数を分数に表わす活動を通して,無理数について理解することができる。
(2)
本時の展開
学
習
○・・・発問
活
動
△・・・補助発問
主な働きかけ
【評価方法】
□・・・指示,説明
備
考
い ろ い ろ な 小 数 を 分 数 に 表 し て み よ う 。
(問題解決)
1.小学校で習った事項などを利用し,答え
が であることをノートに記入すること
ができる。
①0.1 は である。0.3 は 0.1 が3つ分で
ある。
②0.3 は 3÷10 の答えである。
③ x=0.3
3
10 x=3
x=
10
○「0.3 を分数で表してみよう。」 ◇ 早 く 解 決 で き た
【観察・ノート】
生徒への配慮:
別の方法で考え
3
△「 になる説明を考えよう。」
るよう促す。
10
◇③の考えが生徒
【観察・発表】
から出ない場合
は教師から説明
□「全体で確認しよう。」
する。
1
であることを
3
ノートに記入することができる。
2.活動1と同様に,答えが
○「0.333……を分数で表わして
みよう。」
【観察・ノート】
①0.111・・・は 1 である。0.333・・・は 0.111
□「全体で確認しよう。」
9
…が3つ分である。
②0.333・・・は 1÷3 の答えである。
③
x=0.333・・・
1
-) 10 x=3.333・・・
x=
3
-9x=-3
3.活動2の③の考えを利用して,答えを求
めることができる。
③
x= 0.373737・・・
37
-) 100 x=37.373737・・・
x=
99
-99x=-37
○ 「0.373737… … を 分 数 で 表 わ
してみよう。」
【観察・ノート】
□「隣の人と確認してみよう。」
□「全体で確認しよう。」
どんな小数でも分数に表わすことができるだろうか。
(活
用)
4.分数にできない小数には,無限に続くこ
と や繰 り 返 しの な い(循 環 しな い)特 徴 が
あることに気づき,具体例をノートに記入
することができる。
・0.121231234・・・
・π
・1.41421356・・・
など
○「分数に できな い小数 をいく
つかつくってみよう。」
【観察・ノート】 手立てA
△「分数に できな い小数 には,
どんな特徴があるだろうか。」
5.次の3点について説明を聞き,要点をノ
ートに記入することができる。
①有理数と無理数の意味 ②数の分類
③有限小数・循環小数・循環しない無限小数
□有理数と 無理数 につい て説明
する。
Ⅴ
◇解決できない生
徒への配慮:活
動1の③の方法
を参考にするよ
う促す。
◇早く解決できた
生徒への配慮:
別の方法で考え
るよう促す。
期待する行動傾向
③の考えを利用
して,小数点以下
の値を消すために
さまざまな試行を
行う。 独立達成
期待する行動傾向
活動1,2,3
で扱った小数の特
徴に気づき,循環
しない無限小数を
つくろうとする。
挑 戦
◇有理数よりも無
理数の方が多く
存在する。
実践の検証と考察
1 動因効果(D 1 )の検証と考察・・・『認知・感情・行動の傾向アンケート』の数値から
表2
傾
向
本実践の『認知・感情・行動の傾向アンケート』結果
質
問
項
目
(R)は逆転項目
指導前(人)
指導後(人)
はい
はい
いいえ
いいえ
情
報
ア 授業で習ったことを,さらに詳しく勉強してみようと思う。
76
39
100
15
イ わからないことがあれば,調べたり,質問したりして解決する。
95
20
104
11
挑
戦
ウ 尐しでも問題が難しいと感じると,やる気がなくなってしまう。(R)
34
81
36
79
エ 尐し難しい問題でも取り組んでみようと思う。
95
20
97
18
深
い
思
考
オ 問題が解けても別の解き方を考える。
34
81
47
68
カ 問題を解いた後は、次の指示があるまで何もしていない。
( R)
15
100
10
104
キ 時間がたつのを忘れてしまうほど,集中して問題に取り組むことがある。
82
31
94
21
独
立
ク 問題が難しいと,すぐ人に聞いてしまう。(R)
31
84
29
86
ケ 問題が難しくても,自分の力でできるところまでやっている。 100
15
107
8
コ 正解できなかった問題は,答え合わせの後,もう一度取り組んでいる。
28
91
24
自
発
学
習
※χ 2 (カイ2乗)検定の結果,アは 99%の確率で効果があると認められた。
85
前頁の表2は,本実践の指導前後における『認知・感情・
行動の傾向アンケート』(p13 参照)の結果である。指導前の
調査において,
「はい」(逆転項目については「いいえ」)の回
答数が多く,本研究2年目を迎えた段階として望ましい状態
であった。加えて多くの項目で数値の改善が見られ,実践後
のア,イ,エ,カ,ケの項目で「はい」と回答した人数が 100
人(85%)前後であった。中でもアの効果が顕著であり,本実
践の大きな成果となった。獲得した知識や技能を活用し,無
理数の意味や二次方程式の解法などの理解を深める問題を取り組ませる 授業は,学習内容について「さ
らに詳しく勉強したい」という知的好奇心を喚起することができたと推測できる。
しかし,多くの項目で数値の改善は見られても,
「いいえ」(逆転項目は「はい」)の回答数の割合が
約20%の項目があることは見逃せない。特に課題であった項目オについて数値の上昇は見られるが,
有意差は認められず,未だ半数を下回っている 。別の解き方を考えるには時間の保障が必要であると
思うが,授業中や家庭学習である問題が解けたとしても,よりよい考え方を追究する態度を多くの生
徒に培いたい。
2
目標効果(D 2 )の検証と考察・・・ポストテストの比較から
研究総論にもあるとおり,本研究は動因効果の高
表3
38 期生と 40 期生とのNRT比較
まりとともに,目標効果を高めることも目指してい
38 期生(統制群)
40 期生(実験群)
る。ここでは,目標効果を「思考」「技能」「知識」
偏差値平均
57.4
59.3
の3観点ごとに測定し,手立てを講じていない2年
標準偏差
10.5
10.3
前の3年生(38 期生 109 名)と手立てを講じた今年度
※t検定による有意差は認められない。
の3年生(40 期生 115 名)との定期テストの正答率の
比較による二群法で検証を行った。また,生徒のワ
表4
38 期生と 40 期生とのポストテスト比較①
【思 考】 38 期生(統制群)
ークシートの記述など数値で表れない側面について
も考察を加えた。なお,二群間において,3年生4
月に行った教研式全国標準診断的学力検査(NRT)
40 期生(実験群)
正答率平均
46.2
56.7
標準偏差
20.9
26.1
※t検定において,95%の確率で効果がある。
を用いたt検定による有意差は認められなかった
(表3参照)。
資料1
(1) 「思考」の観点の検証と考察
思考の観点を測定したテスト問題
(一部抜粋)
<38 期生テスト>
二群間の「思考」観点の問題正答率について,
t検定を行った結果,99%の確率で効果がある
と認められた(表4を参照)。特にH層の生徒群
(NRT 5段 階評 定の う ち 5ま たは 4に 属す る
・
28n の値が整数となるような自然数 n のう
ち,もっとも小さいものを求めなさい。
・0<n≦100のとき,
6n
の値が自然数
となるような整数 n をすべて求めなさい。
生徒群)間における効果が顕著であった。
数 学 の 得 意 な 生 徒 に つ い て ,「
a + b=
a  b が成り立たない理由(反例)をいくつか考
える」や「二次方程式の特徴を捉え,適した解
法を選択する」,「解決した問題をさらに追究す
<40 期生テスト>
144
19  n
が整数となる自然数 n をすべて
求めなさい。
る」など,授業において 生徒の考えが強く反映される活動 を設定すること は,「1つの問題をいろ
いろな方法で解いてみよう」などの深く思考する行動を促すと推測できる。さらに,この経験から
身に付けた「自分なりの考え方」が,実践から40日後のテストにおける問題解決でも効果があっ
たと考える。しかし,L層の生徒群(NRT5段階評定のうち2 または1に属する生徒群)の正答率
が低く,H層の生徒群との成績差が大きい状況は2年前と変わらない結果となった。数学の苦手な
生徒の思考力向上に課題が残った。
(2) 「技能」,「知識」の観点の検証と考察
t検定を行った結果,「技能」の観点で 95%の
確率で効果があると認められた。しかし,「知識」
の観点でt検定による有意差は認められなかった
が,平均正答率が2年前を下回る結果となった(表
5を参照)。
本実践と「技能」や「知識」の観点における効
果との因果関係は今のところ明らかにすることは
できなかったが,t検定や各種検査の結果,授業
中の様子などから,尐なくとも本実践は「技能」
表5
38 期生と 40 期生とのテスト比較②
【技 能】 38 期生(統制群)
40 期生(実験群)
正答率平均
70.8
77.5
標準偏差
24.3
21.1
※t検定において,95%の確率で効果がある。
【知 識】 38 期生(統制群)
40 期生(実験群)
正答率平均
75.9
71.5
標準偏差
24.9
24.5
※t検定による有意差は認められない。
や「知識」の定着を妨げる影響はない
と判断できる。
(3) プロトコル分析
活用問題Fの実践で使用したワー
クシートの記述内容を考察する。
①
抽出生徒A(H層)の考察
生徒Aは,数学のNRTにおけ
る全国偏差値が73(段階5)であり,
数学における動因も高い生徒である。
図3の模範解答では,思考の流れを
整理して記述していることから形式
図4
生徒Aのワークシート(H層)
図5
生徒Bのワークシート(M層)
的に思考を進めていたことがわかる。
また,問題の条件に比を用いるなど
既習事項を活用しようとしたことも
推測できる。
②
抽出生徒B(M層)の考察
生徒Bは,数学のNRTにおける
全国偏差値が54(段階3)の学力を
有する生徒である。図4の模範解答
では,二次方程式の因数分解による
解き方を用いるために問題の数値の調整に挑戦したことがわかる。 また,傾向アンケート(p13
照)のエ,ケ,コの項目が改善した。本実践をとおして,自分の力でやってみようという意欲が高
まったと推測できる。
③
抽出生徒C(L層)の考察
生徒Cは,数学のNRTにお
ける全国偏差値が41(段階2)
である。図5の模範解答では,
解の公式を用いて二次方程式を
解くことに粘り強く挑戦する姿
勢が見られる。傾向アンケート
(p13 参照)においてもイ,オ,
クの項目が上昇した。特にオの
「別の解き方を考える」が1か
ら4に大きく上昇した。欄外の
解が成立する根拠を示す記述な
どから,本実践をとおして,自
図6
生徒Cのワークシート(L層)
分の力でできるところまで取り組む態度が高まったと推測できる。
まとめにかえて
「授業中に喚起された興味・関心が持続せず,学びをひろげるような学習を行うまでに至らない」
という生徒の実態は,本研究の手法を用いることにより,一定程度克服することができた。それは,
「認知・感情・行動の傾向アンケート」の「さらに詳しく勉強したい」 の数値が大きく伸びたこと,
「別の解き方を考える」も改善の兆しが見えたことによる。 また,意欲面に限らず他の3つの観点の
検証からも「問題解決の後に活用問題を設定する」という授業改善の手法は数学にかかわる学びをひ
ろげるために有効であったといえる。
【註及び引用文献】
1)
相馬一彦/佐藤保 編著,『問題解決の授業に生きる問題集』,明治図書,2009,p.16.
2)
文部科学省,『中学校学習指導要領解説- 数学編-』,2008,p.33.
【参考文献】
・北海道教育大学附属釧路中学校研究紀要 ,2009.
・櫻井茂男,『自ら学ぶ意欲の心理学』,有斐閣,2009.
・文部科学省,『中学校学習指導要領解説-数学編-』,2008.
・国立教育政策研究所,「TIMSS2007 国際調査結果報告(概要版)」,2008.
・文部科学省,「PISA2006 調査国際結果の要約」,2007.
・文部科学省
国立教育政策研究所,
「平成 21 年度全国学力・学習状況調査【中学校】報告書」,2009.