大腸憩室が後腹膜腔に穿孔し 広背筋膿瘍を形成した 1 例 - 千葉大学

〔千葉医学 88:253 ∼ 256,2012〕
〔 症例 〕
大腸憩室が後腹膜腔に穿孔し
広背筋膿瘍を形成した 1 例
高 橋 幸 治 青 柳 智 義 当 間 智 子 二 村 好 憲
佐久間 洋 一 高 石 聡 増 田 渉1) 山 本 義 一
(2011年11月 2 日受付,2012年 7 月 2 日受理)
要 旨
症例は68歳男性。約 2 か月間の右背部痛と発熱を主訴に当院受診。右背部に 2 ㎝大の発赤を伴う
硬結があり,同部に圧痛を認めた。CT 検査にて,上行結腸背側の後腹膜に気腫像と膿瘍の存在を
示唆する低吸収域がみられ,その一部は広背筋内部まで到達していた。以上より,後腹膜膿瘍と診
断し,入院後直ちに経皮的ドレナージを施行し,抗生物質投与を開始した。下部消化管内視鏡検査
で,上行結腸に膿成分を伴った穿孔を疑う憩室を認めたため,内視鏡的にクリップで閉鎖した。ド
レーンからの造影検査を行ったところ,膿瘍腔と上行結腸を介する瘻孔が描出されたため,保存的
治療の限界と判断し,右半結腸切除術を施行した。本邦文献報告によると,大腸憩室後腹膜穿孔症
例の平均病悩期間は短く,筋肉内に膿瘍を形成したものは数例にすぎなかった。自験例は,病悩期
間が長期にわたり,後腹膜腔から広背筋にかけて膿瘍を形成しており,稀な症例と考えられた。
Key words: 広背筋膿瘍,大腸憩室,後腹膜穿孔
Ⅰ.諸 言
瘍を形成した症例を経験したので若干の文献的考
察を加えて報告する。
大腸憩室が腸管外へ穿孔して瘻孔を形成する頻
度は約0.4%とされ[1],腹腔内への大腸憩室穿孔
Ⅱ.症 例
に比べて臨床症状が軽微で非特異的であるため診
断治療が遅れることが多い[2]。大腸憩室が後腹
【症例】68歳男性。
膜腔に穿孔すると,後腹膜腔で炎症が急速に拡大
【主訴】右背部痛,発熱。
進展しやすく,敗血症性ショックを起こすなどし
【家族歴】特記すべきことなし。
て急激な全身状態の悪化を起こし得る[3]。今回,
【既往歴】65歳時,胆石症にて腹腔鏡下胆嚢摘
われわれは大腸憩室が後腹膜腔に穿孔して瘻孔を
出術を施行。
形成し, 2 か月間に渡る長期間の経過で広背筋膿
【現病歴】2010年11月,物を持ち上げた際,右
医療法人社団誠馨会千葉メディカルセンター外科
千葉大学大学院医学研究院腫瘍病理学
Kohji Takahashi, Tomoyoshi Aoyagi, Tomoko Tohma, Yoshinori Nimura, Yoichi Sakuma, Satoru Takaishi,
Wataru Masuda1) and Yoshikazu Yamamoto: A rare case of an abscess in the latissimus dorsi muscle caused
by colonic diverticulum perforation.
Department of Surgery, Chiba Medical Center, Chiba 260-0842.
1)
Department of Molecular and Tumor Pathology, Graduate School of Medicine, Chiba University, Chiba 260-8670.
Phone: 043-261-5551. Fax: 043-261-2305. E-mail: [email protected]
Received November 2, 2011, Accepted July 2, 2012.
1)
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高 橋 幸 治・他
背部の違和感を自覚するようになった。その 4 日
斑状気泡像を認めた(図 1 A)。
後から発熱と食思不振を伴うようになり,2011年
【腹部 CT 所見】後腹膜腔に気腫像と,周囲の
1 月に当院外科外来を受診。
被膜様構造を伴い膿瘍を示唆する低吸収域がみら
【入院時現症】血圧152/74㎜ Hg,体温37.6℃。
れ,その一部は広背筋内部まで到達していた(図
右背部に発赤を伴う 2 ㎝大の硬結があり,同部に
1 B)。また,上行結腸に憩室が散在しており(図
圧痛を認めた。腹部には圧痛を認めなかった。
1 C),上行結腸背側の後腹膜が肥厚し,周囲の
【血液生化学検査】WBC 16,700/ ㎣ , CRP 22.8
脂肪織濃度の上昇がみられた。
㎎ /dl と炎症所見を認める以外には異常値はな
【入院後経過】後腹膜膿瘍の診断で入院同日に
かった。
経皮的ドレナージを施行し,抗生物質(フロモキ
【腹部単純 X 線所見】大腸肝弯部周囲に多数の
セフ)投与を開始した。後腹膜腔の膿培養からは,
Klebsiella oxytoca,Streptococcus anginosus が
検出された。第 5 病日の下部消化管内視鏡検査
で,上行結腸に憩室が散在しており,うち一つは
膿成分を伴い穿孔部と考えられ,近傍の憩室と併
B
せて 2 箇所をクリップで閉鎖した。第 6 病日の造
影 CT で,造影効果の強い被膜をもつ低吸収域が
右腎上極から右腎下極の高さまで存在し,一部は
肥厚した後腹膜を介して上行結腸と連続してい
た。第11病日の経皮ドレーン造影で,膿瘍腔と上
A
C
図1
A 腹部単純 X 線では大腸肝弯部周囲に多数の斑状
気泡像を認めた(矢印)
。
B 後腹膜の低吸収域の一部は広背筋内部まで到達
していた(矢印)。
C 上行結腸に憩室が散在していた(矢印)。
行結腸を介する瘻孔が描出された(図 2 )。以上
より,所見の改善に乏しく,保存的治療の限界と
判断し,第19病日に手術を施行した。
【手術所見】上行結腸肝弯部より約 3 ㎝口側に
瘻孔が存在した。腹腔内には少量の腹水は存在し
たが,膿成分はみられなかった。瘻孔部分を切離
A
B
図3
図 2 経皮ドレーンからの造影検査で,上行結腸
(矢頭)と膿瘍腔(黒矢印)を介する瘻孔(白
矢印)が描出された。
A 肛門側断端から5.8㎝の部位に憩室(矢印)を認
め,これが穿孔していた。
B 主として,固有筋層を欠いた憩室(矢頭)を中
心として化膿性炎症がみられ(白矢印),憩室内
腔を置換するように黄色肉芽腫様の変化(黒矢
印)もみられた。腫瘍性増殖を示唆する所見はみ
られなかった(H.E., ×20)。
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広背筋膿瘍を形成した大腸憩室穿孔
し,右半結腸切除術(切離線は回腸末端から約
あった[12]
。手術としては穿孔部縫合閉鎖もしく
10㎝口側,瘻孔から約 5 ㎝肛門側とし,機能的
は切除吻合が望ましいが,困難な場合には人工肛
端々吻合)を施行した。
門造設や Hartmann の手術等が行われる場合もあ
【切除標本肉眼所見】肛門側断端から5.8㎝の部
る[2-3]。
位に憩室を認め,これが穿孔していた(図 3 A)。
大腸憩室が後腹膜腔に穿孔すると後腹膜腔で炎
【病理組織所見】固有筋層を欠いた憩室を中心
症が急速に拡大進展しやすく,診断治療が遅れる
として化膿性炎症がみられ,憩室内腔を置換する
と敗血症性ショックを起こすなどして,急激な全
ように黄色肉芽腫様の変化もみられた(図 3 B)。
身状態の悪化を起こし得る[3]。診断の遅れから
【術後経過】第35病日の経皮ドレーン造影で膿
全身状態が悪化し手術不可能となった症例や,緊
瘍腔の縮小と瘻孔の閉鎖がみられ,第36病日の
急手術を行うも救命できなかった症例も報告され
CT 検査で広背筋内膿瘍が縮小したため経皮ド
ていることから[3,13]
,全身状態の管理には十分
レーンを抜去した。第39病日に退院し,現在まで
留意し,治療方針を絶えず再検討する必要があ
経過良好である。
る。
自験例では,当初は抗生物質投与と経皮的ドレ
Ⅲ.考 察
ナージによる保存的治療を選択したが,最終的に
は穿孔部切除を要したことから,大腸穿孔症例に
大腸において,直動脈が筋層を貫通する腹膜垂
対する外科的治療はほぼ必須と思われる。しか
付近が腸管内圧の抵抗減弱部であり,大腸憩室の
し,経皮的ドレナージにて膿瘍腔は縮小し手術侵
大部分は同部に発生する。このような解剖学的理
襲の軽減に寄与したと考えられることから,可能
由により,憩室穿孔は腹腔内方向に起こることが
ならば保存的治療を選択し,改善が十分でない場
大半である。結腸憩室が腸管外へ瘻孔を形成する
合は積極的に外科的手術の適応を考慮すべきであ
頻度は約0.4%とされ[1],また腸間膜内に穿孔す
ると思われた。また,自験例において症状が軽度
る頻度は 1 ∼ 2 %とされるため[4],大腸憩室が
で,病悩期間が 2 か月と長期間となった理由とし
腹腔外に穿孔する頻度は 3 %未満と考えられる。
て,嫌気性菌の関与が乏しかったことや,腸管穿
1983∼2011年までの期間,医学中央雑誌の検索を
孔部が腸管内への膿瘍ドレナージ路となり腹腔内
行なったところ,大腸憩室後腹膜穿孔後に,筋肉
の汚染が少なかったなどの可能性などが考えら
内に膿瘍が進展した症例は 5 例のみであり,腸腰
れ,また,長期間だからこそ,炎症が後腹膜や筋
筋膿瘍 4 例,大腰筋膿瘍 1 例で[5-9],広背筋に
膜を越えて徐々に広背筋内まで進展し膿瘍を形成
達した症例はなかった。
したのではないかと予想された。
大腸憩室後腹膜穿孔では,腹腔内への穿孔と異
後腹膜膿瘍の原因として,腸管からの瘻孔も念
なり,受診時に腹膜刺激症状が軽微な場合や,主
頭に置くべきであると再認識した 1 例であった。
訴が多彩であり,診断が困難なことも多い[10]。
後腹膜への消化管穿孔の診断に重要な所見は後腹
膜ガスの存在であるが[2],単純 X 線ではとらえ
られない後腹膜ガスも,CT ならば比較的容易に
検出することができる[3]。
大腸憩室後腹膜穿孔の治療は一般の大腸穿孔に
準じ,緊急外科的治療が第一選択となる場合が多
いが,全身状態が良好で,腹膜刺激症状が軽微で
限局している場合は待機手術も考慮すべきとの報
告[11]もある。しかしながら,初期治療として保
存的治療を選択した症例の多くは後に手術を行っ
ており[5,11],保存的治療のみでの治癒は稀で
SUMMARY
A 68 year-old male presenting right back pain
and fever for 2 months was admitted to our hospital.
Clinical findings included reddening and tenderness of
the patient’
s right back. Abdominal CT scans revealed
gas in the retroperitoneal space and low density area
suggesting abscess extending to the latissimus dorsi
muscle, which led to the diagnosis of retroperitoneal
abscess. A percutaneous drainage and antibiotics were
administered immediately. Diverticulum with abscess
in the ascending colon, suggestive of perforation, was
revealed upon colonoscopy, a simultaneous clipping
procedure was perfomed. Despite conservative
256
高 橋 幸 治・他
treatment, a percutaneous contrastradiography still
revealed the existence of a fistula and the abscess
connecting to the ascending colon. Then, a right
hemicolectomy was performed, resulting in successful
healing. According to other reports, disease duration
in cases of colonic diverticulum perforation was short,
and few cases presented abscess in muscle. This is a
rare case of an abscess in the latissimus dorsi muscle
caused by colonic diverticulum perforation, resulting in
a long disease duration.
文 献
1 )鈴木俊二,田平洋一,細瀧喜代志,島本正人.結
腸膀胱瘻と結腸直腸瘻を合併した結腸憩室穿孔の
1 例.日臨外会誌 2007; 68: 924-7.
2 )日比俊也,天岡 望,甲賀 新.直腸憩室の後腹
膜穿孔の 1 例.外科 2001; 63: 635-9.
3 )小林浩司,横溝 肇,木村和衛,会田征彦,梶原
哲郎.大腸憩室の後腹膜穿孔の 2 例.日臨外医会
誌 1997; 58: 896-9.
4 )山田恭吾,杉山 讓,小堀宏康.結腸間膜内へ穿
通した上行結腸憩室炎の 1 例.日臨外会誌 2006;
67: 1820-3.
5 )山崎一磨,坂東 正,増山喜一,田近貞克,川口
誠,塚田一博.虫垂憩室の穿孔が原因と考えられ
た腸腰筋膿瘍の 1 例.日臨外会誌 2008; 69: 20259.
6 )赤木大輔,渡邉聡明 , 北山丈二,名川弘一.上行
結腸穿通性憩室炎による後腹膜膿瘍の 2 例.手術
2004; 58: 1511-4.
7 )島本 強,鬼束惇義,片桐義文,味元宏道,広瀬
光男,阪本研一,島 寛人.虫垂憩室炎穿孔によ
る腸腰筋膿瘍の 1 例.臨外 2002; 57: 829-31.
8 )広田将司,岩瀬和裕,松田 宙,伏見博彰,根津
理一郎,田中康博.潰瘍性大腸炎の寛解期に S 状
結腸憩室炎穿通による腸腰筋膿瘍を生じた 1 例.
臨外 2008; 63: 1299-302.
9 )赤間史隆,野川辰彦,久野 博,地引政晃,林
徳真吉.腎結腸瘻により,汎発性腹膜炎を呈した
1 例.日臨外会誌 2009; 70: 3438-41.
10)上甲秀樹,日前敏子,増田 潤,矢野達哉.後腹
膜腔に穿孔し,股関節周囲まで広範囲に膿瘍を
形成した大腸憩室の 1 例.日臨外会誌 2003; 64:
696-9.
11)越湖 進,小窪正樹,佐藤一博.腹腔内遊離ガス,
皮下気腫,縦隔気腫を呈した S 状結腸憩室穿孔の
1 例.外科 2002; 64: 1714-7.
12)高橋 毅,粟津正英,豊田昌夫.後腹膜気腫像を
呈した S 状結腸穿孔に対し保存的加療を行い得た
1 例.外科 2009; 71: 1600-3.
13)田 崎 正 行, 筒 井 寿 基, 丸 山 亮, 原 昇, 車 田
茂徳,米山健志,宮島憲生,冨田善彦,高橋公
太.尿路感染症による敗血症を疑われた大腸憩室
炎後腹膜穿孔によるガス壊疽の 1 例.日泌尿会誌
2002; 93: 758-61.