全眼球炎を合併したクレブシエラ肝膿瘍の1例

76
全 眼球 炎 を合 併 した ク レブシエ ラ肝 膿瘍 の1例
宮崎県立宮崎病院内科
日高
孝紀
横田
Key words:
序
勉
田村
(平 成4年8月24日
受 付)
(平 成4年10月12日
受 理)
Klebsiella pneumoniae,
endophthalmitis
文
liver abscess,
g/日)投
化 膿 性 肝 膿 瘍 の起 炎 菌 の 多 くは,大 腸 菌,ク
レ
和夫
与 を 受 け た が 十 分 な 解 熱 は 見 ら れ ず,6
月5日
に は 右 眼 の 視 力 障 害 を 来 す に 至 っ た.6月
ブ シ エ ラ菌 な どに よ る こ と は 良 く知 られ て い る
8日
が,近 年 化 膿 性 肝 膿 瘍 に転 移 性 眼 炎(全
日),MINO(200mg/日)投
眼球 炎)
を伴 った 例 に お い てKlebsielkz pneUmoniaeが
起
炎 菌 と して 注 目 さ れ,報 告 例2)∼9)も
散 見 され る よ
よ り 同 医 へ 入 院 し,amoxicillin(1,125mg/
今 回,私 達 は 基 礎 疾 患 に糖 尿 病 を有 し,全 眼 球
(PSL)(30mg/日)内
(Fig.3a)で
した ので,文
さ れ な いlow
症
患 者:54歳,女
主 訴:弛
良 好,体
頃 よ り全 身 倦 怠 感 を 自覚
す る よ うに な った.同
年12月14日
に悪 寒 を 伴 う
40.4℃ の 発 熱 が あ り近 医 を受 診 した が,そ
弛 張 熱 が 続 くた め 約2週
軟,肝
脾,腎
滴
月の入院
の 時 同 時 に糖 尿 病 も指 摘 さ
に 治 療 は受 け な か った.退
確 認 さ れ た.し
院 後2ヵ
月
て肝 膿 瘍 は 縮 小 して い る こ とが
か し,平 成3年6月2日
39℃ 台 の発 熱,嘔 気,頭
よ り再 び
痛 等 が 出現 した.こ
のた
め 同 医 を 再 び受 診 しcefazolin sodium(CEZ)(2
別 刷 請 求先:(〒880)宮
の た め6
日高
拍80/分,整,血
圧126/78
の 眼 球 結 膜 に 著 明 な 充 血 と浮 腫
房 内に浮遊細胞 及び角膜裏 面沈着物 を
部 に 異 常 な く,腹
部 は平 坦 で
は 右 季 肋 下 に1.5横 指 触 知 し,圧
は 触 知 し な か っ た.四
沈 は1時
間60mmと
血 で は 白 血 球 数13,700/mm3と
の 主 体 は 好 中 球 で あ っ た.ま
痛 を み た.
肢 に 異 常 は な か っ た.
1):検
尿 で は 尿 糖
充 進 を 示 した.末
増 加 し,そ
た軽 度 の 貧 血 も認 め
化 学 検 査 で は 血 糖259mg/dlと
し,ア
ル カ リ フ ォ ス フ ァ タ ー ゼ は14.0K・A・U,
γ-GTPは871U/lと
高血 糖 を示
胆 道 系 酵 素 の 増 加 も 認 め た.
疫 グ ロ ブ リ ン 値 は 正 常 で,リ
試 験 に てPWMは
梢
の増 加
た.生
た.免
孝紀
養
結 膜 に 黄 疸 ・貧 血 は 見 ら
入 院 時 検 査 成 績(Table
(+),血
重41.5kg,栄
免 疫 血 清 学 検 査 で はCRP5.40mg/dl(2土)で
崎市 北 高松 町5-30
宮 崎 県立 宮 崎病 院 内 科
認 め た.そ
長145.5cm,体
吸 数18/分.眼
認 め た(Fig.1).胸
間 後 同医 へ 入 院 となっ
目よ り解 熱 した.1ヵ
後 に 退 院 とな った.そ
の 腹 部CT
直 径 約5cmのenhance
areaを
温37.3℃,脈
が あ り,前
の後 も
た.肝 膿 瘍 の診 断 に てminocycline(MINO)点
ご との 腹 部CTに
density
れ な か っ た が,右
現 病 歴:平 成2年10月
れ た が,特
は,S4とS6に
mmHg,呼
記すべ きことなし
既 往 歴:乳 腺 症
投 与 を 受 け,3日
れ に よ り全 身 症 状 は や や 軽 快 し た が
入 院 時 現 症:身
眼視力障害
活 歴:特
眼が
月14日 精 査 治 療 目 的 で 当 科 入 院 と な っ た.
性.
張 熱,右
家 族 歴,生
例
服,dexamethasone点
眼 症 状 は 改 善 し な か っ た.6月13日
炎 へ と進 展 した ク レ ブシ エ ラ肝 膿 瘍 の1例 を 経 験
献 的 考 察 を 加 え報 告 す る.
お視 力
低 下 は ブ ド ウ 膜 炎 と 診 断 さ れ,predonisolone
な さ れ た.こ
うに な った.
与 を 受 け た.な
あ っ
ンパ 球 幼 弱 化
正 常 で あ っ た が,PHA,ConA
感染 症 学 雑誌
第67巻
第1号
77
全 眼 球 炎合 併 の ク レ ブシエ ラ肝膿 瘍
Fig. 1 Right eye having reddend, injected and
edematous bulbar conjunctiva, and keratic precipitates and floating cells in camera oculi anterior.
し,当
初 はMINO(2001ng/日),PSL(20mg/日)
を 継 続 し て 投 与 し た.眼
病 変 に 対 し て は
betamethasone,ofloxacin,tropicamideの
行 っ た.糖
点眼 を
尿 病 に 関 し て は 食 事 療 法1,600Ca1/日
を 開 始 し た.ま
た 肝 膿 瘍 に 対 し,エ
レ ナ ー ジ を 行 っ た.こ
PneUmoniaeで
コ ー下 に肝 ド
の 時 膿 瘍 の 起 炎 菌 がK.
あ る こ とが 確 認 さ れ た.ま
変 ぱ 細 菌 性 全 眼 球 炎 と診 断 し,副
た,眼 病
腎皮 質 ス テ ロイ
ド 剤 を 中 止 し,imipenem/cilastain
sodium
(IMP/CS)(1g/日),aztreonam(AZT)(2g/日)
投 与 に 変 更 し た.し か し 患 者 がIMP/CS投
与 時気
分 不 良 を 訴 え た た めcefmetazole(CMZ)に
し た が,再
AZTを
月5日
び 眼 症 状 が 悪 化 し た た めIMP/CS,
再 投 与,ま た 眼 内 の 炎 症 が や や 改 善 し た7
に 眼 内 の 膿 吸 引 とIMP/CS硝
行 っ た.こ
分離
変更
子 体 注入 を
の 眼 球 内 の 膿 か ら もK-Pneumoiaeが
同 定 さ れ た.肝
ド レ ナ ー ジ 中 の7月8日
の
は軽 度 低 下 を示 して お り細 胞 性 免 疫 の軽 度 低 下 が
腹 部CT(Fig.3b)で
認 め られ た.
れ る の み で 肝 膿 蕩 の 消 失 が 確 認 さ れ た,ま
た,こ
胸 部X線
の 頃 よ り末 梢 血 白 血 球 数 も正 常 と な り,血
沈 も改
像 で は,肺 炎 を 示 唆 す る よ うな所 見 は
善 し,CRPも
な か っ た.
臨 床 経 過(Fig.2):平
成3年6.月14日
Table
平 成5年1月20日
に 入院
1
Laboratory
は ドレ ー ン チ ュー ブが み ら
陰 性 化 し た.糖
尿 病 の コ ン トロー ル
も 食 事 療 法 の み で 良 好 と な っ た.ド
findings
on admission
レー ン チ ュー
日高
78
Fig. 2
Fig. 3a Abdominal
CT (enhanced)
approximately
5cm (S,& S7). 3b
tube only and no liver abscess.
abscess, either.
(a)
lD: 182071-0
54F 6/13/91
3c
Clinical
孝紀 他
course
after
admission
of June 13, 1991 showing liver abscess with diameter
of
Abdominal
CT (plain) of July 13, 1991 showing drainage
Abdominal
CT (plain)
(b)
lD: 182071-0
54F 7/8/91
of August
9, 1991 showing
no liver
(c)
lD: 182071-0
54F 8/9/91
感 染 症学 雑 誌
第67巻
第1号
79
全 眼球 炎 合併 の ク レブ シエ ラ肝 膿 瘍
Table
DM:
Diabetes
CC:
mellitus
Chronic
2
Metastatic
LA:
cholecystitis
ブ を 抜 去 後 約 半 月 の8月9日
3c)に
Liver
Sigmoid
K. pneumonie
abscess
Lung
C: Sigmoid
の 腹 部CT(Fig.
お い て も,肝 膿 瘍 の再 発 を み な か っ た.
考
平 成3年5月
に はCT上
れ て い た が,そ
に 肝 膿 瘍 で 入 院 加 療 し,
ほ とん ど治 癒 した と思 わ
の後 増 悪 し,さ
Lung
in Japan
●: this
abscess
case
cancer
至 って い る.ま た 基 礎 疾 患 に 糖 尿 病,悪
ど,い わ ゆ るcompromised
性腫瘍 な
hostに 発 症 す る例7)8)
が 多 く見 られ,ま た 本 邦 に お い て も原 疾 患 と して
案
本 症 例 は,平 成2年12月
A:
colon
endophthalmitis
ら に右 眼 球 炎 を 併
肝 膿 瘍 の頻 度 が 高 い.
転 移 性 眼 炎 の 治 療 に 関 し て,Mayath
Leopold11)は 眼 球 へ の 感 染 後4∼6時
&
間 後 よ り治
発,右 眼 失 明 に至 った.血 液 培 養 で起 炎 菌 は分 離,
療 を 開 始 した もの と,12時 間 後 に 開 始 した もの で
同定 され な か った が,肝
は 効 果 に有 意 の 差 を認 め る と言 う.ま たMeyersー
ドレナ ー ジ に よ り採 取 さ
れ た 膿 及 び 眼 球 内 か ら 吸 引 し た 膿 よ り,、K
Elliott &
pneumoniaeが
眼 球 へ の感 染 後24∼48時 間 後 ウサ ギ の 網 膜 の 光 受
検 出 され た.
Dethlefs12)の ウサ ギ を 用 い た 実 験 で は,
本 例 で は初 回 の 治 療 が必 ず し も十 分 で な い こ と
容 体 の 破 壊 が 起 こ り失 明 へ 至 っ た と報 告 し て い
が 肝 膿 瘍 の再 発 及 び眼 炎 の 合 併 につ な が った と考
る.こ の よ うに転 移 性 眼 炎 の 治療 は 極 め て速 や か
え られ る.ま た 基 礎 疾 患 の糖 尿 病 も再 発 の 一 因 で
に開 始 しな い と,眼 炎 は 治 ま って も失 明 に 至 る こ
あ った か も知 れ な い.抗 生 剤 の 全 身 投 与 で は肝 膿
とが 多 い と思 わ れ る.さ
らに,眼 炎 に対 す る治 療
瘍 に 対 す る 治療 効 果 は完 全 で は な く,本 例 の よ う
と して は,抗 生 剤 の 全 身 投 与 で は 十 分 な 眼球 内 濃
な 孤 立 性 な い し限 局 性 の場 合,初
度 が得 られ な い た め,眼
回 治療 か ら肝 ド
内へ の 直 接 的 な抗 生 剤 注
レ ナ ー ジ に よ る排 膿 が試 み られ るべ きで あ った と
入 が必 要 で あ る13).本例 で は 右 眼 失 明 に至 っ た が,
思 わ れ る.こ の よ うに 肝 膿 瘍 の段 階 で の 治 療 が不
抗 生 剤 眼 球 内 注 入 が 最 終 的 に 眼 炎 を 鎮 静 させ た と
土 分 で あ った こ とが,眼 炎 へ の併 発 へ つ な が った
考 え られ た.
こ とは否 定 で き な い.
K.pneumoniaeに
以 上 の よ うに,K.pneumoniaeに
よる転移 性 眼炎 につ いて 述
べ る と,1856年 のVirchow1)の
報告 以来,細 菌 が 血
行 性 に 眼 内 へ 転 移 す る こ とが知 られ て い る.し か
は全 眼 球 炎 の1割 に しか 過 ぎな い10).私 達 が調 べ
が 必 要 と思 わ れ た.
文
1) Virchow,
chow.
2)
た 今 まで の報 告 例 は 自験 例 を 含 め31例 で あ った.
本 邦 の 報 告 例(Table
2)は8例2)∼6)9)であ り,そ の
うち 両 側 失 明 は2例 で,あ
平 成5年1月20日
と5例 は片 眼 失 明 へ と
や
か な 肝 ドレナ ー ジ及 び 眼 内 へ の 直 接 的 抗 生 剤 投 与
し現 在 で は 全 眼球 炎 の 大 部 分 は 外 傷 性 あ る い は 術
後 に よ る も の が 多 く,転 移 性 全 眼 球 炎 に よ る もの
よ る肝 膿 瘍 に
お い て は,眼 炎 の 併 発 に 注 意 す る と と もに,速
邸
R.:
Arch.
信 男,
Path.
奥 村 有 史,
進,
capillare
Anat.,
星 野 元 宏:
mitisの2例.
3)
献
Ueber
眼 臨,
島 田 悦 男,
山 根 至 二,
Embolie,
9: 307-322,
Metastatic
69: 1146,
endophthal-
1975.
井 野 元 勤,
斉 藤 英 昭,
Vir-
1956.
浅野
柳 沼 征 人,
悟,
浅野
福永
哲:
日高
80
両 眼 全 眼 球 炎 を 合 併 し た 肝 膿 瘍 の1例.
887-890,
4)
朝 枝 裕 子,
屹:
眼 臨,
四 日 剛 太 郎,
見谷
両 眼 同 時 発 症 した 転 移 性 全
76: 567-570,
巌,
木下
1982.
昭,
高 橋 一 郎,
田 正 博:
肝 膿 瘍 に 合 併 し た 全 眼 球 炎 の1例.
77:847,
1983.
6) 樋 端 み ど り, 小 路 万 里:Klebsiella
よ る 両 眼 転 移 性 眼 炎 の1例.
井
眼 臨,
pneumoniaeに
眼 臨, 79:1584,
7) Liu, Y.C., Cheng, D.L. & Lin, C. L.:
1985.
Klebsiella
pneumoniae liver abscess associated with septic
endophthalmitis. Arch. Intern. Med., 146: 1913
-1916
, 1986.
8) Chiu, C.T., Lin, D.Y.& Liaw, Y.F.: Metastatic septic endophthalmitis in pyogenic liver
abscess. J. Clin. Gastroenterol., 10: 524-527,
1988.
9)
加 藤 明 彦,
A Case
pneumoniaeに
症 誌,
小泉
眼 球 炎 の1例.
5)
内 科, 36:
1975.
孝紀 他
深 山 牧 子,
of Liver
稲 松 孝 思:
Abscess
よ る 転 移 性 全 眼 球 炎 の2例.
62: 830-834,
感染
1988.
10) Puliafito, C.A., Baker, A.S., Haaf, J.& Foster,
C. S.: Infectious endophthalmitis. Review of
36 cases. Ophthalmology, 89: 921-929, 1982.
11) Mayath, F. R.&
Leopold, I. H.: Study of
experimental
intraocular
infection. Am. J.
Ophthalmol., 40: 86-101, 1955.
12) Meyers-Elliott, R. H.& Dethlefs, B. A.: Experimental Klebsiella-induced endophthalmitis in
the rabbit. Arch. Ophthalmol., 100: 1959-1963,
1982.
13) Barza, M.: Treatment of bacterial infections
of the eye. In Remington, J. S., Swartz, M. N.
(eds.): Current Clinical Topics in Infectious
Disease. New York, McGraw-hill International
Book Co., p.158-194, 1980.
Klebsiella
Associated
with
Endophthalmitis
Caused
by Klebsiella
pneumoniae
Takanori
HIDAKA, Tsutomu YOKOTA & Kazuo TAMURA
Department of Internal Medicine, Miyazaki Prefectural Hospital
A 54-year-old female was admitted to our hospital because of a spiking fever, right hypochondriac
pain, right oribital pain and visual disturbance. Before admission she was treated with systemic
antibiotics infusion for a diagnosis of liver abscess at the other hospital and the liver abscess almost
diminished for a while. With the diagnosis of liver abscess and endopthalmitis, liver drainage and
evisceration were carried out. The culture of pus from the eye and liver yielded K pneumoniae. After
liver drainage, evisceration, and direct injection of antibiotics into the eye, inflammatory findings
tended to improve.
Seven cases of metastatic K pneumoniae endophthalmitis have been reported so far in Japan. The
cases had liver abscess as the primary disease and 3 cases had bilateral endophthalmitis. Five cases
with liver abscess survived except one who died of sepsis, but unfortunately, all cases became blind in
the affected eyes.
The prognosis of bacterial endophthalmitis,
especially associated with K pneumoniae liver
abscess, is poor and as the outcome could appear to depend on time when treatment is started, a more
aggressive diagnotic approach is required. Moreover systemic antibiotic infusion alone is inadequate
for treatment of liver abscess and endopthalmitis, and liver drainage, evisceration and intravitreal
injection of antibiotics must be given in early stage.
感 染 症 学雑 誌
第67巻
第1号