にいぬまたけなり 氏名(本籍) 新沼武成(宮城県) 学位の種類 博士(医学) 学位記番号 医第3115号 学位授与年月日 平成10年9月9日 学位授与の条件 学位規則第4条第2項該当 最終学歴 平成3年3月23日 香川医科大学医学部医学科卒業 学位論文題目 パルボウイルスB19母子感染の疫学と胎児障害機 構の研究 (主査) 論文審査委員 教授矢嶋聰 教授菅村和夫 一509一 教授佐々木毅 論文内容要旨 ヒトパルボウイルスB19(以下B19)は!975年に発見された小型のDNAウイルスで,伝染性 紅斑の原因ウイルスとして知られている。産科領域においては,母子感染により非免疫性胎児水 腫(以下胎児水腫)/死産を発症した症例が1984年に報告されて以来,国内外で多くの症例報告 や研究がなされてきた。B19母子感染では胎児赤芽球系前駆細胞が選択的に障害され胎児は重篤 な胎児貧血となり胎児水腫が発症すると考えられている。またB19が胎児心筋へ直接感染し心 筋炎のため心不全になり胎児水腫が発症したという報告もある。B19による胎児水腫の発生は妊 娠中期に多いとされ,B19に感染する妊娠時期が胎児障害の発生を左右する大きな要因と推測さ れるが,この点に言及ぼした報告はまだなく疫学的研究すらほとんどなされていない。従来ウイ ルス感染による細胞障害は,ネクローシスによるものと考えられてきたが,最近の研究から多く のウイルスでその細胞障害機構にアポトーシスが密接に関与していることが示されてきている。 そこで本研究はB19母子感染の疫学的特徴(胎児水腫の原因中にB19が占める割合,伝染性紅 斑の流行との関係,胎児水腫を発症しやすい母体感染時期)および胎児水腫の発症機構における アポトーシスの関与(感染赤芽球のアポトーシスの有無,その誘導経路,心筋細胞のB19感染 の有無)を解明することを目的とした。 まず,1988年から1997年までの10年間に東北大学産婦人科において胎児水腫と診断された 175例を対象とし疫学的研究を行った。母体血におけるB191gM抗体とB19DNAによる検索 を行ったところ,全胎児水腫175例中B19母子感染は13例(7.4%)であった。宮城県内の伝染 性紅斑の流行時期とB19母子感染による胎児水腫発生の関連性を検討したところ,流行期には 胎児水腫!05例中B19感染が原因とされたものは12例(IL4%)であったのに対して,非流行 期でのそれは70例中1例(L4%)となり,流行期では胎児水腫例の中に占めるB19母子感染症 例の割合は有意に高くなっていた(X2検定,κ2=6.10,p<0・05)。これら13例と実験研究に 用いた剖検症例9例を合わせた22例について臨床的事項を検討したところ,母体感染時期は平 均13.0±4.1週,胎児水腫発症時期は2LO±5.5週,母子感染から胎児水腫発症までの期間は7.1 ±2.1週間であり,B19感染により胎児水腫を起こしやすい母体の感染時期は胎児の肝造血期に 近似していた。その理由としてこの時期では,B19が選択的に感染するBFU-E,CFU-Eの割合 が他の造血期よりも多いことなどが関与しているのではないかと推測された。胎児水腫発症機構 の研究では,国内施設のB19感染による胎児水腫剖検症例9例の病理組織標本を収集して使用 した。胎児剖検組織をH&宜染色によって観察したところ,各臓器血管内のB19感染に特徴的な 核内封入体を持つ細胞の割合は赤芽球中の14%∼37%(平均2L6±5.8%)であった。B19に対 一510一 する単クロン抗体Par3を用いた免疫組織化学染色では,赤芽球中の11%∼32%(平均18.4± 4.8%)にPar3染色陽性細胞が認められ,陽性率はH&E染色による感染細胞の割合とよく相関 していた(r二〇.893,p<0.001)。アポトーシスの検出のためTUNEL法による染色を行ったと ころ,B19感染細胞の4%∼13%(平均7.4±L8%)にTUNEL染色陽性細胞が認められた。こ のようなTUNEL陽性細胞が実際にB19感染細胞であることを確認するために蛍光二重染色を 行ったところ,Par3陽性細胞中に占めるTUNEL陽性細胞の割合は3%∼U%(平均6.0±2.1 %)であった。さらにB19感染赤芽球のアポトーシス誘導機構を解析するため各アポトーシス 関連因子に対する抗体を用いて免疫組織化学染色を行った。caspase3/CPP32,p53-DO7,p21 に対する抗体では染色陽性細胞がB19感染細胞のそれぞれ平均7.7±2.8%,3.3±1.0%,3.7± 0.8%に認められたが,Fas,Bcl-2,caspasel/1CE,caspase2/1CH-1,GranzymeB,Perforin に対する抗体では染色陽性細胞は認められなかった。剖検症例の心筋組織にて蛍光二重染色を行っ たが心筋細胞がB19に感染している所見は認められなかった。このような剖検組織の検索によっ てB19に感染した赤芽球系細胞がアポトーシスに陥っていることが明らかになり,これが胎児 造血を中断させ重度の貧血を導き,ついには胎児水腫に至らしめる主原因ではないかと推測され た。まらそのアポトーシス経路にcaspase3/CPP32が重要な役割を果たしている可能性が示され, アポトーシスの誘導経路の解明により,将来的に胎児水腫発生の予防法,治療法を考える糸口に なるのではないかと考えられる。 一511一 審査結果の要旨 妊娠中の母体感染は,しばしば胎児,新生児に影響をもたらす。いわゆるTORCH症候群 (トキソプラズマ,梅毒,風疹,サイトメガロ,ヘルペス)やB型肝炎などでは,母子感染の診 断,治療,予防法がほぼ確立している。近年はHIV,HCV,パルボウイルスB19,GBS,HTLV-1 などの母子感染に関する研究が進められている。ヒトパルボウイルスB19(以下B19)は1975 年に発見された伝染性紅斑の原因ウイルスで,産科領域においては1984年にはじめて母子感染 により胎児水腫を発症した症例が報告された。胎児赤芽球系前駆細胞が選択的に障害され胎児貧 血となることが胎児水腫発症の原因と考えられている。またB19の胎児心筋への直接感染の報 告もある。B19による胎児水腫の発生は妊娠中期に多いと考えられているが,疫学的研究はほ とんどなされていない。 本研究の目的はB19母子感染の疫学的特徴(胎児水腫の原因中にB19が占める割合,伝染性 紅斑の流行との関係,胎児水腫を発症しやすい母体感染時期)および胎児水腫の発症機構におけ るアポトーシスの関与(B19感染赤芽球のアポトーシスの有無,その誘導経路,心筋細胞のB19 感染の有無)を解明することであった。 疫学研究では東北大学産婦人科にて過去10年間に胎児水腫と診断された/75例を対象とし, 実験概究では国内施設のB19感染による胎児水腫剖検症例9例を対象とした。 本研究の結果としてB19母子感染による胎児水腫は胎児水腫全体の1割弱であるが伝染性紅 斑の流行期に発生頻度が上昇すること,妊娠中期(肝造血期)に感染したものは胎児水腫を発症 しやすいことが示された。またB19感染における胎児水腫発症の主原因は胎児心筋の直接感染 ではなく,赤芽球系細胞の障害による胎児貧血であること,その障害機構にはアポトーシスが関 与していることが明らかにされた。また,アポトーシス誘導経路としてcaspase3/CPP32の重要 性が示唆された。 現在までにinvitroの実験においてはB19感染細胞のアポトーシスおよびcaspase3/CPP32 の関与は示されている(1998.Moffatt,S.)が,実際の胎児水腫剖検標本にてB19感染細胞の アポトーシスの有無を証明したのは本研究が初めてである。 本研究は今後のB19母子感染における胎児水腫の予防法,治療法の開発に役立つものと考え られ,学位に十分値するものと判断される。 一512一
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